Re-Genesis(リ・ジェネシス)
a disastrous summer
機動戦艦ナデシコ 2次小説
Author : Veneficus(うぇねふぃくす)


間章『最悪の夏』 E Part


1.

 第三次火星会戦。
 おそらく、将来、そう名付けられるであろう戦いが近づいていた。敵の戦力は敵性母艦六隻を基盤とした、機動部隊である。
 時空転移門を中核とする艦隊編成を機動部隊と呼称するべきか、という点においては、火星宙軍、航空宇宙軍の双方においてさまざまな異論があるが、現状では部隊として編成された戦力を展開可能な艦隊として「機動部隊」と称されている。
 迫る脅威に対して、火星宙軍の投入可能な艦艇は以下の通りだった。


・電子戦専用巡航艦エンディミオン
・跳躍巡航艦マルシュアス
・重装砲艦イカロス、アドニス
・改装航宙機母艦ヘンプ・パーム、ポメグラネイト


 これに母艦航空隊戦闘攻撃機コレオプテール3型18機、制宙・攻撃機チグリフォーン32型24機、他、無人機8機となる。
 この他にも地球連合航空宇宙軍第四艦隊火星派遣部隊に所属するアルテミス級重装砲艦が二隻あるが、火星宙軍と航空宇宙軍との協定によって、この二隻を木連軍火星派遣艦隊との会戦に投入することは認められていなかった。
「ですが、デイモスの火星宙軍艦隊司令部の防衛に限っては、航空宇宙軍遣火部隊の護衛のために、独自の判断で行動することが認められています。
 そこで、戦略作戦局との事前協議の場で有事の際の指揮権について部隊保護のために火星宙軍の指揮権に従うとの約束を得ております」
 フェイエン・ノール軍務補佐官が答える。エマニュエル・ガドナス大統領が首を傾げた。
「それはどう言う意味でしょう?」
「はい。敵の攻撃がデイモスに及び得る範囲において火星宙軍の指揮下に入るということを意味します」
 ガドナスは肯いた。火星派遣部隊は協定の範囲において精一杯の協力を提案していた。火星圏での迎撃であれば、あの二隻の重砲艦は火星宙軍の指揮下に入って戦うことになる。戦力の集中を目指すのであれば、航空宇宙軍と共同で戦うことができる火星圏が有利だった。
「なるほど。それでは航空宇宙軍との共同戦線ということに?」
「いや、無理だろう」
 同席するテンカワ・アキトが首を振って短く否定した。ガドナスが首を傾げる。苦笑を浮かべ、フクベ・ジン火星宙軍中将が口を開いた。
「火星圏に籠もっていては奴らに艦隊を展開する余裕を与えてしまうからの。敵性母艦を火星圏に近寄らせては、勝ち目が無くなってしまうじゃろうて」
 フクベはそう言って横を向くと、主席航宙幕僚に小さく肯いて発言を促した。
 フクベの後ろに控えていたウェンディ・ハイゼンベルグ中佐がフェイエン・ノール軍事補佐官に目礼すると、ガドナスに敬礼した。
「戦略作戦局航宙戦技室は惑星間空間での迎撃を提案いたしております。
 木連軍の敵性母艦が火星圏に停泊した場合、複数の場所に泊地を形成されることになります。そこに拠点に策動する複数の無人戦艦群に対抗する能力は我々にありません。木連軍は一つの戦艦群で我々の数倍の戦力を保持しています。この戦力を持って火星への同時多方向侵攻を企てられたとき、我々はなすすべなく壊滅させられるでしょう。
 それを防ぐには、彼らが泊地に艦隊を展開する前、すなわち、火星圏外で敵性母艦を迎撃するしかありません」
 淡々と事実を告げる。そこに述べられた現実はとても冷たい。しかし、彼らにはその現実に向き合う以外なかった。
「そこで、我々火星宙軍は第一機動艦隊の全力で持って敵性母艦への跳躍攻撃を行うことを進言いたします」
「!!」
 ガドナスは驚きのあまり周囲を見まわす。しかし、彼以外の軍務経験があるものたちは、それを当然のような表情で受けいれていた。
「それは・・・、カミカゼですか?」
 恐れるかのように、シートの腕を強く握って問いかける。ウェンディ・ハイゼンベルグはポニーの長いプラチナブロンドを揺らして横に首を振った。
「いいえ。部隊はもちろん、可能な限りの生還の手立てを考えます」
「そうですか」
 ほっとしたようにガドナスが力を抜いた。
「じゃが、限りなくそれに近くなるじゃろうがの」
 ぼそりとフクベが呟く。それを耳にした幾人かの視線が集まるが、それを指摘するものはいなかった。



2.

 時空転移門を擁した戦隊を分離すると、木連軍火星派遣艦隊は相互に重力波砲による支援が可能な距離を開けて艦艇を分散させた。
 一見、戦力集中の原則に反しているように見えるこの配置は、戦略的勝利を念頭に置いたものだ。
 アララギの見るところ、わざわざ惑星間空間にまで火星軍が艦隊を派遣してきた以上、その戦略目標は木連軍艦隊の火星圏到着の阻止となる。
 翻って、木連軍の目的はどうか。
 それは火星圏制宙圏の確保である。これは火星自体に拠点を置く必要は無い。十分な戦力が火星重力圏内に錨を下ろせばいい。特に時空転移門を火星圏に配置すれば、直ちに木星からの戦力展開が可能となる。
「つまるところ、我々の勝利条件は簡単だ。
 火星軍艦隊を惑星間空間に拘束し、その間に時空転移門を火星圏に滑りこませる。もちろん、戦う以上、火星軍艦隊を無事で済ますつもりはないがな」
 火星軍で危険なのは、あの電子戦艦のみ。他の艦艇はせいぜいヤンマ級に撃ち勝てる程度の砲力しかもっていない。航宙機は惑星間航行能力を持っていないため、母艦を破壊するか、無視してしまえばよい。幸い、火星軍の所有する航宙機母艦は輸送艦を改装したもので、巡航艦と艦隊行動を共にできるものではない。
 ゆえに、艦隊を薄く、広く、展開し、かの電子戦艦に拘束される艦艇を最小限に押えて通りすぎてしまう。そして、そのまま、拘束されてしまった艦艇で逆に火星軍艦隊の機動力を押える。そして、アララギの指揮する直援艦隊による砲戦で火星軍艦隊を撃破するのだ。
 これがアララギの立てた作戦だった。
 視線の先、スクリーン上には双方の艦隊が接近しつつある。そろそろ、軌道速度を同期するための軌道遷移を必要とする頃合だった。
 アララギはふと笑みを浮かべた。
 火星軍が驚く姿が目に浮かぶようだった。
「先制する。敵艦隊の遷移軌道に向けて、全艦、爆雷を投射せよ」「全艦、爆雷投射開始!」
「本艦、爆雷投射。1番から4番」「1番・2番、射出」「3番・4番、射出」
 他の有人艦からも、無数の小型加速体が分離される。そして、しばらくすると、機関の点火に成功した機動爆雷が猛然と加速を開始した。
 敵の遷移軌道に突き進む爆雷にアララギは満足そうに肯くと、すかさず次の指示を出した。
「敵艦隊、回避宙域に向け、第二派を投射せよ。
 無人先導艦は前進。敵の爆雷を迎撃せよ」
 アララギはスクリーンの先の火星艦隊を見てほくそえんだ。
 航宙爆雷は地球軍だけの専科ではないのだ。


「木連軍優人艦隊より高加速飛翔体多数!」
 観測員が叫ぶ。その意味するところは明白だった。
「乱数加速、開始!」「艦長、慌てるな」
 慌てて爆雷回避のための乱数加速を開始しようと声を張り上げた旗艦エンディミオンの艦長を、フクベ・ジン火星宙軍第一機動艦隊司令が止めた。
「しかし、このままでは!」
 食って掛かろうとする艦長を手で静止し、フクベは艦隊に指示を出す。
「全艦に通達。軌道このまま」「了解。第一機動艦隊全艦へ。軌道このまま」
 オペレータたちが不安そうに目を見交わしながらも、フクベの指示を伝える。
「敵より分離した機動爆雷、雷数30」「加速体の数に変化なし」
 フクベは小さく咳払いをすると、主席航宙幕僚に視線を投げた。ウェンディ・ハイゼンベルグ中佐が肯いた。
「イカロスを前進させましょう」「ウム」
 フクベの同意にウェンディがオペレータに指示を出した。
「迎撃担当艦にイカロスを指名。イカロスは方位11‐10‐11に前進し、爆散破片を迎撃してください」「イカロス、了解」
 火星宙軍最新鋭の重装砲艦が爆雷の接近方向に艦隊を離れて前進する。
「敵機動爆雷後方に新たな爆雷を探知! 雷数12。二群に別れて接近中」
「イカロス配置につきます」「全艦、重力波砲、発射準備」「ヘンプ・パームはアドニス後方に」「個艦防御、友軍に当てるな」
「機動爆雷、爆散します!」「イカロス、重力波砲広域放射」
 爆散し高速で突入してくる結晶金属を、重装砲艦の重力波砲が迎え撃つ。その重力破断によって数機の爆雷が巻きこまれる。しかし、大半の爆雷は火星艦隊に向けてすでに破壊の翼を広げていた。
「イカロス、第二射。今!」「爆散破片の無効化率、現在のところ、0.7%」
 スクリーン上に接近する爆雷の破片と、イカロスの重力波砲で無効化された領域が入り混じった。
「敵、機動爆雷第2派。最終加速に入ります」
「イカロス、第三射。発射」「無効化率、2.5%に上昇」
 再びの射撃に大きく艦隊左正面に空白が開く。しかし、さまざまなベクトルを持つ破片が前から、横から、その空白を埋めていく。
「イカロス、第四射」「無効化率8%まで上昇!」
 ひときわ断片の散布率が高いエリアが薙ぎ払われた。しかし、それはまもなく艦隊が爆散破片の効果範囲に突入する前兆でもあった。
「イカロス、第五射、発射」
「各艦、重力波砲、射て!」「イカロスに通達。第六射を持って個艦防御に入るように」「アイサー」
 満を持して、各艦の砲火が開かれた。
 イカロスと違って収束された重力波砲が艦前方に広がる破片を吹き飛ばす。
「イカロス、第六射、発射」「無効化率14%」
「艦隊、爆雷効果圏に突入します!」「ディストーション・フィールド、全開!」
 破壊をもたらす雲の濃度の薄いところを縫うように、第一機動艦隊は寄り添うように身を縮めて、耐える。圧倒的な相対速度を持った断片は、擦るだけでも艦に致命的な被害をもたらす。ディストーション・フィールドなど気休めでしかなかった。
 今はただ、自分たちにその威力が発揮されないことを祈りながら、時間が過ぎるのを待つしかできなかった。
 スクリーンに視線が集中する。
 濃い赤のエリアは艦隊を外れ、グリーンとイエローの雲を艦隊はすり抜けるように突き進む。
 そこに映し出されてる表示は、しかし、ただの確立でしかない。例え被弾確立は1%未満であろうとも、偶然、断片が当たってしまえば、それは常に100%だ。
 時間の進みが遅い。
 視線はスクリーン上の致死性の赤い雲を避けて、艦隊が進んでいくのを見つめ続けている。
 じりじりと。
 じりじりと。
 時間が過ぎる。
「マルシュアス、被弾!」「「「!!」」」
 声にならない叫びが艦隊展開図に視線を集中させる。
「マルシュアスより続報。外殻一次装甲に被弾。艦の運行、戦闘、跳躍に問題無し」
 誰かの安堵のため息に、ウェンディはそちらを見た。
 艦隊司令のフクベが白い髭を振るわせて、誰にも気付かれないよう息をついていた。
「艦隊、爆雷効果圏を抜けます!」
 歓喜のこもった声を女性オペレータが上げた。
「気を抜くな! 艦列を整えよ!」
 湧き揚がる喜びをフクベが叱咤する。
 これはまだ初撃に過ぎないのだ。こんなところで気を抜いている場合ではない。
 ウェンディは迎撃任務に指名した重装砲艦に指示を出す。
「イカロスへ、アドニス後方に続くように。アドニス、戦隊前方に」「了解」
 爆雷の効果範囲をくぐりぬけた艦隊は、迎撃のために乱れてしまった艦隊配置を整えた。
 もう、すぐそこに、敵がいた。


 何者の突破をも拒むと思えた濃密な爆散破片の雲を貫いて現れた火星軍艦隊を見て、アララギは感嘆とわずかばかりの落胆を込めた表情を浮かべた。
「あれだけの爆雷も効果なしか」
 事前に把握した艦数と変更は無い。おそらくは全艦が戦闘可能な状態であるのだろう。最後の重力波が破片を吹き散らすと、火星軍艦隊は艦隊編成を組み変えていく。それは古典的な単縦陣だった。
「少しは脱落してくれるかと期待したが」「正面からの雷撃では堅陣を越えられないということでしょう」「うむ」
 アララギは副長の言葉に肯いた。
 地球軍の惑星間航宙戦術を学んで、今回、優人艦隊の各艦に航宙爆雷を搭載してみたが、あれだけの集中を行っても十分な戦果は得られていない。これは地球軍の航宙戦術が時代遅れなのか。
 だが、アララギはそこまで考えて首を振った。
 もとより、遠距離からの雷撃戦など木連軍のドクトリンにあらず。
 撃ち合ってこその砲、殴りあってこその拳である。
 アララギは地球軍に学んだ戦術への未練を長い髪のひと掻きで投げ捨てた。
「敵は電子戦艦を中心に突入してくるぞ! 以後の指揮はボソン通信機を除き封鎖する」「ハッ!」
「敵、艦隊を二分します」
 視線の先で火星軍艦隊が二手に別れた。
 アララギは数で劣る火星軍がわざわざ艦隊を分断するような真似をすることに疑問を覚える。しかし、すぐに火星軍前衛戦隊が加速を始めたことに納得した。木連無人戦艦群との交戦を前に、航宙機母艦を分離したようだった。
 アララギはすぐに手近な無人戦艦群に目星をつけた。広大な惑星間空間では航宙機など母艦を破壊してしまえば火星に帰れなくなって自滅するのが落ちだ。火星軍としては使いどころを計っているのだろうが、のこのこと木連艦隊の前に出てきてしまった方が愚かということだろう。
「敵、電子戦艦。前方無人戦艦群に対して電子戦を開始しました」
「敵戦隊甲、加速。艦名判別、先頭二隻は登録ありません。戦隊最後尾に電子戦艦エンディミオン。残りの2隻の艦種は重装砲艦と一致します」
「新造艦を二隻用意してきたか」
 アララギは腕を組む。
「しかし、想定内の戦力であることに代わりはありません!」「無論だ」
 副長の声にアララギが頷く。
「しかし、そうなると、火星には地球軍の艦が二隻残っていることになる。火星軍は愚かにも戦力分散の愚を犯したか。それとも、別に伏兵があるのか」
 アララギはスクリーンに映る火星軍艦隊を見て腕を組む。まもなく、前衛無人戦艦群との交戦距離だった。
「何、今更考えても仕方があるまい。観測員、別働隊に注意せよ。
 無人戦艦群に指令。砲戦可能圏内に入り次第、各個に攻撃を開始せよと、な。
 優人艦隊に通達。歓迎の準備にかかれ」「ハッ!」
 優人艦隊が相互にダイアモンド・ボックスを構成し始める。
 遙か彼方で、火星軍艦隊が砲火を開いた。



3.

 戦隊が歪曲場専用艦アドニスを先頭に戦列を整えた。
 ウェンディ・ハイゼンベルグ中佐は司令官席に座るフクベ・ジン提督に湯気の立つお茶を差し出した。
「提督、どうぞ。熱いのでお気をつけください」「・・・うむ」
 フクベは少し目を見開いてコップを受け取った。こわばった指先がコップの熱に解けていく。
 ウェンディは戦隊の航路を見ながら肩をすくめた。
「先ほどは驚きました。まさか、木連軍が航宙爆雷を使うだなんて」
 フクベは大きく目を見開いてびっくりした表情を再現して見せたウェンディに微かに頬を緩ませた。
「敵も学ぶ。航宙爆雷による遠距離攻撃に一番被害を受けている彼らがそれを使おうと思うのは不思議ではない」
 そう告げてフクベはお茶を一口すすった。
「わしも肝を冷やしたよ。マルシュアスが被弾した時にはな」
 ウェンディが大きく肯く。
 あれは本当に作戦の根幹を揺るがしかねない状況だった。マルシュアスの代替艦はエンディミオンだ。もし、マルシュアスが跳躍機関に被害を受けていたら、アドニス、イカロスの両艦だけで敵艦隊に突入することとなる。そう思うとぞっとする。
「ところで」
 フクベは何気なさを装って、訊ねた。
「あの迎撃方法は独学かね?」「まさか!」
 フクベの言葉にウェンディが笑った。
「遠距離爆雷戦の艦隊防宙のひとつです。ミサイル戦時代の対空防御が発展したものと思っていただければ」
 まさか、ここで役に立つとは思っても見ませんでした。
 そう言って笑みをこぼすウェンディにフクベは納得したように何度も肯いた。
 火星軍は爆雷戦に備えておるのか。
 フクベは思う。爆雷を主兵装にしているのは、今だ、航空宇宙軍しかいない。彼女の学んだ知識は航空宇宙軍に対しても存分に働くのだろうとの認識に、苦いものを感じた。


「目標、敵一番艦。撃て!」
「本艦発砲!」「ゆきみづき、発砲」
 砲火を開く。
 アララギは木連軍の軍人として始めての敵艦隊との交戦に、しびれるような陶酔感を覚えた。
 彼の乗艦に続いてコンバット・ボックスを組む三隻の艦も、次々と発砲する。
「弾着、今」「照準修正」
 アララギは先手を取ったことに内心よしと手を打った。
 ディストーション・フィールドとグラビティ・ブラスト。この現代戦における盾と矛は交互に扱う必要がある。アララギはコンバット・ボックスによって艦隊火砲を集中し間断無い射撃によって相手を防御のみに追いこもうとしていた。
「敵艦発砲!」「なに!?」「空間歪曲場展開!」
 旗艦が動揺する。アララギは火星軍艦隊がいったいどううやって射撃をしたのか理解できずにスクリーンを見つめた。
「現在の敵の砲撃は広域放射。旗艦ならびに艦隊各艦に損傷無し」「敵、第二射、来ます!」
「空間歪曲場全開!」
 先ほどとは比べものにならない動揺が旗艦を襲う。アララギはスクリーンを睨みつけた。
「なぜだ! なぜ、我々がたった三隻の艦に撃ち負けるのだ!?」「敵、第三射!」
 新たな射撃が、旗艦のフィールドに激突した。アララギは激しい振動に揺らされる艦橋で、司令官席の手すりを強く握った。
「ゆめみづき発砲!」「いかん!」「敵、第四射ぁ」
 突然の守勢に耐えられなくなった僚艦のゆめみづきがフィールドを解いて発砲する。そこに、敵の第四射が襲いかかった。
「ゆめみづき、被弾!」
 フィールドを解いていたゆめみづきが重力波に揺すぶられる。アララギの視線の先で、しかし、ゆめみづきの姿は健在だった。アララギは気付かれないようほっと息をついた。
「ゆめみづきより、損傷軽微。戦闘・航行に支障無し」
「うん」
 アララギはかるく肯いて応える。
「目標が本艦だったのが幸いしましたね」「ああ」
 アララギはじっとスクリーンを見つめた。
「敵の砲撃は本艦が惹きつけよう。コンバット・ボックスを広げる」「了解しました」
 アララギの指示で、それまで密集態勢でダイアモンドを構成していた各艦の距離が開いた。
 その間も間断無い射撃が優人艦隊を襲う。しかし、そう簡単には守りに入った旗艦のフィールドを越えることはできない。
 アララギは再び攻撃を指示すると、不思議そうに敵艦隊を見つめた。


「ふむ。上出来じゃな」「普通はこんなこと考えません」
 木連軍優人艦隊からの砲撃を、空間歪曲場専用艦アドニスが一手に引き受ける姿にフクベは満足そうに肯いた。
「敵艦隊、コンバット・ボックスを展開します」
「イカロス、次回射点は8時の位置。乱数射撃開始」『イカロス、了解』『アドニス、了解』
 アドニスが艦隊前方に張り巡らせた収束空間歪曲場の影に隠れたイカロスが次の射点に移動する。
「射撃開始」
 エンディミオンの指令にアドニスの収束状態が変形した。そこから、イカロスが連装重力波砲を斉射する。反撃はアドニスのフィールドに阻まれ、多くが四散した。ぎしりとアドニスの船殻が歪むような気がした。
「敵第四挺団三番艦に効果弾」
 収束した重力波のどれかがかすめたのだろう。戦列を離れる艦の姿があった。四方に艦隊を薄く展開した敵に対して、標的をランダムに抽出し射撃する。
 狙われているのは旗艦とばかり思っていた優人艦隊は容易に射撃の的になっていた。
「敵の射撃が集中する先頭艦にフィールド専用艦を配置して、その影から重力波砲を撃つ、か。確かに遠距離砲戦では有効じゃの」「その代わり、専用艦が必要になってしまいますけど」
 ウェンディは首を傾げた。彼女は艦の役割を決めきってしまうことがあまり好きではなかった。それは艦隊の性質を決めてしまうから。運用の幅が戦う前から限られてしまうからだ。
 だが、現状では贅沢はできない。
 そもそも、火星にはそれだけの戦力が無いのだから。
「さて、いつまで続けられるかの」
 フクベが鋭い視線をスクリーンに向けた。彼我の距離は急速に接近しつつある。互いの射撃もすぐに致命的な結果をもたらすだろう。
 ウェンディは思った。
 せめて、母艦航宙機隊が突入するまでは生きていたいな、と。


 第一戦隊が無人戦艦群に突撃を開始する。
 跳躍誘導艦マルシュアスの艦橋でイネス・フレサンジュは気だるげにスクリーンに映る情景を見つめていた。
 そして、同時に気がつく。
 敵の無人戦艦群の一部に、第一戦隊と彼女らを分断しようとする動きがあることに。
「チューリップ・クリスタル、散布を開始します」
 オペレータの言葉にイネスは跳躍誘導官用のシートに座る。散布されたCCはマルシュアス後方に待機するヘンプ・パームにまで届いていた。
「ヘンプ・パーム、基幹要員の退避完了」
 これであの船には待機を続けるパイロットたちしかいないことになる。鈍重な輸送艦でただひたすら待ちつづけるというのはどれほどの孤独だろう。
 前方では第一戦隊が木連軍優人艦隊と砲火を交えている。彼らに課せられた任務は可能な限りの有人艦を惹きつけることだ。
 エンディミオンはそのためのおとり。
 全ては彼らの突入を成功させるために。
「敵、無人戦艦群接近中」
「ジャンプ・ドライブ、システム稼動」
「ナビゲータは配置に」
 戦隊級のボソン・ジャンプ。
 そのために必要なジャンパーたちがナビゲーション・シートについた。イネスもイメージ伝達のナビゲータとしてシートに身を横たえた。
「作戦開始30秒前」
「目標、敵機動部隊。敵性母艦正面」
 イメージする。
 脳裏に映るのは遥かな虚空。六隻の大型時空転移門の正面だ。
「カウントダウン、10、9・・・」
 全身を覆う発光現象。イネスは脳裏のイメージが確定することを理解した。
「4、3、2、1、今!」「ジャンプ」
 呟きと共に、二隻の宇宙船は虚空の闇に吸い込まれた。


 敵先頭艦が四方から多数の重力波砲を受けて、爆発した。
 それによって、今まで一方的な攻撃を受けていた艦隊への砲火がとたんに弱まった。
 アララギは内心の汗をぬぐいながらも、油断無くスクリーンを睨んだ。
「なるほど。我々の戦闘陣形を極端にしていたわけか」
 アララギは火星軍艦隊の編成に納得する。遠距離砲戦では先頭艦に砲火は集中する。ならば、その先頭艦に強力な空間歪曲場を張らせて砲火を受けとめてしまえば、後続の艦は自由に重力波砲を放つことができる。
 ただ、中・近距離となると、砲火が正面に集中するわけではなくなるため、脆弱な側面を晒しやすくなる。
「司令、突撃は成功でしたね」「ああ」
 アララギは火星艦隊からの一方的な砲撃に、全艦に突撃を命じていた。コンバット・ボックスを維持したまま、防御に専念し、敵の戦隊との乱戦に持ちこむ。遠距離での砲戦に少なくない被害を払った上での決断だった。
「たった三隻でここまで俺たちを追い詰めるとは、天晴れなものだ」
 大破した先頭艦を乗り越えて、今だ砲戦を挑む火星軍艦隊にアララギは執念のようなものを感じた。
「だが、執念だけでは、船は沈まん。敵の先頭艦に砲撃を集中しろ。電子戦艦の制圧圏内には踏み込むなよ」「ハッ!」
 油断はしない。しかし、戦況はもはや残敵掃討に移行しつつあった。スクリーン上では敵の航宙機母艦とその護衛艦を無人艦隊が攻撃圏内に納めようとしている。
 おそらくは、航宙機母艦を随伴させたのが彼らの命取りだったのだ。
 鈍足の輸送艦改装空母では艦隊機動を共にできるわけがない。それを戦力不足を補うためにあえて持ち出し、結局の所、戦場に展開することができず貴重な艦船も護衛として戦力分散してしまう。
「もう2隻あれば、状況は違っていたかもしれん」「は?」「いや、なんでもない」
 アララギは頭を振った。そして、手を大きく前に振ると命じた。
「一気に押し潰すぞ。前進!」「ハイ!」
 敵戦隊を一息に揉み潰すべく、艦隊に前進を命じる。その時だった。スクリーン上から二つの光点が消えた。
「ん?」
「後方! 時空転移門艦隊正面に敵航宙母艦が現れました!」「なんだと!!」
 観測員の悲鳴にも似た叫び声に、アララギは思わず叫んだ。慌てて、戦場から離したはずの後衛艦隊が映るスクリーンに視線を投げる。
「敵母艦、航宙機隊を展開! 敵護衛艦、重力波砲発射!」
 突如現れた敵母艦の正面にいた巡航艦が重力波砲を放った。それによって、時空転移門を護衛する無人戦艦群が次々と炎を上げて破壊される。そうして生まれた間隙に多数の流星が走るのが見えた。
「敵航宙機隊、時空転移門に向けて突撃開始」「ええい! 手近な無人艦を向かわせろ! 我が艦隊が向かうまでの時間稼ぎを・・・」「敵戦隊突撃してきます!」「クッ!」
 こちらの混乱を見て取ったか、正面に展開する敵戦隊がアララギの優人艦隊に向けて重力波砲を乱射しながら突撃していた。すでに戦隊としての体裁すら保っていない。各々が単艦で、可能な限りの有人艦を拘束してみせるという気迫がその方向には籠もっているように思えた。
 アララギは彼らの突撃に覚悟を決めた。
「全艦、正面の敵を撃破する。その後、時空転移門艦隊を支援する。ありったけの無人艦を時空転移門支援に向けろ! 急げ!」「ハイ!」
 アララギはスクリーンに映る敵戦隊を睨み付けた。
 可能な限り早く、この戦隊を撃破しなければならない。
「そういうことか地球人。その電子戦艦は囮か」
 事ここにいたって、アララギはようやく気がついた。あの電子戦艦エンディミオンが正面の戦隊に配置されていた理由は、システム制圧されづらい有人艦を正面戦隊との戦闘に拘束するためだったのだ。
「時空転移門弐番艦、被弾!」「クッ」
 時空転移門のひとつが早くも敵の核ミサイルによる攻撃を受けていた。時空転移門の強力な空間歪曲場はそう簡単に打ち破れるはずがない。しかし、火星軍の輪っか付きはその強力な盾を易々と打ち破って、時空転移門を破壊する。
 不思議だ。
 アララギはスクリーン上の火星軍の動きにじっと目を向ける。
 あの航宙機母艦は元々後方にいたはず。しかし、いつの間にか、後衛艦隊正面に現れている。
 それではまるで・・・。
「まさか・・・」
 アララギは顔を青ざめた。その認識はある一つの事実を思い起こさせた。
「火星軍は生体ボソン・ジャンプを実用化しているのか」
 呆然と戦況に見入るアララギの視線の先で、また一つ、時空転移門が核の炎に包まれた。



4.

 その知らせは彼らにとっても意外なものだった。
「所属不明の輸送船だと?」
 木連軍火星派遣艦隊司令であるアララギは報告を聞いて眉間に皺を寄せた。
 木連軍火星派遣艦隊は第三次火星会戦とも言うべき戦いで敗北を喫していた。全ての時空転移門を破壊されたアララギは火星制宙圏の奪取は困難であると判断すると、残存艦隊をまとめ、可能な限りの速度で木星への航路を取っていた。
 もうすぐ小惑星帯というところで、先行するカトンボ級駆逐艦が独行する不明の輸送艦を発見していた。
「ふむ、地球連合の大型輸送船か」
 アララギは表示される独行艦の諸元を見て腕を組む。輸送船は小惑星帯から火星に向かう自由落下航路をとっているようだった。
「高杉、君はどう見る?」
「ハッ。単純に考えれば、前方進出拠点への補給が任務かと思われますが・・・」
 快活な熱血漢である高杉とは思えない歯切れの悪さだ。先の戦いは正義の戦いを夢見ていた男にもしこたま現実というものを教育していたようだった。
「うむ。火星軍は木連に対する戦略攻撃を行った経歴がある。と、なれば、木連近傍に進出拠点を持っていても不思議ではない」
 それは木連軍にとっても死活問題だった。
 現在、木連では先のプラント攻撃を戦訓に市民船、宇宙都市に防宙専用のディストーション・フィールド専用艦を配備している。航続力はないが加速性能に優れ、20メガトン級の水爆の直撃から拠点を防御する使い捨ての専用艦だ。もちろん、その艦は防御専用であり、攻勢には転用できない。
 プラントから生産されるこの艦は順次護衛の艦隊と入れ替わり、都市防衛の任に着く。だが、逆に言えばこれらの拠点防衛艦が配備されるまでは、木連軍無人艦隊の2割に当たる艦艇が遊兵とならざるをえなかった。
 その圧迫を掛けつづけているのが火星軍の戦略爆撃部隊だ。もし、火星軍の前進拠点を排除することができれば、木連軍はその全力を地球=月連合と火星に向けることができる。
「捕らえるか」「はい」
 アララギの冷静な判断に高杉が肯く。しかし、命令を発する前に輸送船に動きがあった。
「輸送船、反転! 加速を開始しました」
「見つかったのか!」
 三郎太が叫ぶ。アララギは動じた様子もなく小さく肯いた。
「無人艦には触接という任は荷が重かったのだろう。先行する無人艦はそのまま前進を。本艦隊よりヤンマ級2隻を分離。軌道要素を敵輸送船に同調するよう命じろ」「ハッ!」
 アララギの命令で艦隊から2隻のヤンマ級突撃艦が左翼に分離、減速するよう加速を始める。
「ヤンマ級は牛刀に過ぎるのでは?」
「駆逐戦隊の数が思わしくない。ヤンマ級ならばよしんばあの船が特設砲艦であっても、びくともすまい。
 なに、本艦が動くための押さえよ」
「輸送船、後部コンテナを分離」「輸送船、再度、回頭。進路左舷3時の方向」
「火星軌道へ逃げるつもりか。・・・どう言うつもりだ?」
 アララギはヤンマ級にそのまま追尾するよう命じる。
「輸送船、後部コンテナを再度分離。後部フレームも排除」
「輸送船の加速は変わらないな」「ハッ、これが全力かと思われます」「・・・ふむ」
 アララギの問いかけに観測員が応える。アララギは司令席で首を傾げた。
「空荷か。それにしては加速が伸びないようだが」
 スクリーンに映し出される輸送船の機関出力と排熱量、推進材の伸びる軌跡を見比べる。完全に空荷というわけでもなさそうだった。
「ヤンマ級突撃艦、敵輸送船と軌道同期しました」
「うむ。威嚇射撃を。当てるなよ?」「了解しました!」
 画面に映る輸送船の左舷前方からヤンマ級突撃艦が砲口を開いた。


「敵艦発砲!」
「遠いな。――総員、衝撃に備え」
 艦長席でこよみは観測員の報告を聞いた。すぐに艦内に警告を発する。加速によるG以外ほとんど重力のない艦内では、すべての物品が固定されていないとつまらない怪我をすることになる。特に機動爆雷の制御系を切り替えている連中には伝えておく必要があった。
 ぐらりと艦が揺れる。拡散されたグラビティ・ブラストの余波が届いたのだ。その威力はすでに構造物を破壊するほどの威力を持っていない。しかし、ディストーション・フィールドを持たない輸送船を動揺させるだけの力をいまだ残していた。
『ちょっと、こよみ! まだ、逃げなくていいの?』
 艦の動揺に驚いたのだろう。CIC のササハラ・イオリから連絡が入る。そう言えばイオリとも長い付き合いだな、と考えながら、こよみは答えた。
「まだ威嚇射撃だ。そう簡単には壊れんさ。そっちはどんな状態だ?」『こっちはもうみんな退避してるわよ。あとは私と梨花とマツキくんで艦橋要員を待ってるんだけど』「エノラ、そっちはどうだ?」『2番コンテナは終わったぞ。うちの連中はいま、CIC に向かわせた。あとは俺が1番を手間取ってるってとこか?』「なんで2番もやってるんだ!」『いや、弾数は多いほうがいいべ』「そんなに撃つ暇あるか!」
 こよみが怒鳴る。まったく、エノラの馬鹿ちんは。
 手元を見ると、2番コンテナに積載された機動爆雷の誘導管制が確認できた。
 こよみは自分以外の残りの艦橋要員に退避を指示すると、イオリに告げた。
「うちの要員は全員そっちに送った。エノラのほうと合流し次第、ジャンプしてくれ」『あ、俺ももうちっと残るわ』「おい!」『ちょっと。勘弁してよ! 私、エマニュエルさんからあなたたちをちゃんと連れかえるよう言われてるんだから。どう、梨花?――マツキくん一人で行けるって――それじゃ、お願い。ちょっと、こよみ。私と梨花で残るから』
 叩きつけるようなイオリの言葉にこよみは顔を顰めた。
「危ないから先に行けといってるんだが」『まぁ、仕方ねぇって』
 こよみはコンソールに映る敵艦の様子に目を落とし、タイミングを図る。
「針路10‐10‐2。本艦ローリングを開始。5番から8番のコンテナ分離」
 スクリーン上の加速、敵味方双方の相対速度を睨みながら、こよみの指がコンソールを走る。
「2番コンテナ開放。誘導用プローブ1番、投射」
 緩やかに回転する船体から、遠心力によってゆっくりと分離するコンテナ群にまぎれて、機動爆雷の索敵・初期誘導をするプローブが射出される。
「さて、もうちょっと気付かないでくれよ」
 呟きと共に、こよみは唇をなめた。


 標的がさらに分裂する。
 いくつもの断片はゆっくりと散らばり、標的の機関出力を浴びて赤く輝く。
 しかし、この程度の赤外散布では『彼ら』の目をごまかすことなどできない。幾重にも重ねられたフィルタは乱反射をかき消し、実体としてのクリアな宇宙を創り出す。
 だけど、気付かない。
 だから、気付けない。
 乱反射する断片として無視されたカケラの中に、『彼ら』を見つめる冷たい眼差しがあることを。幾重にもばらまかれたカケラの中に、『彼ら』自身が誘導されていることに。
 愚直なまでに『彼ら』は進む。
 その散らばるカケラの中を突き進む。


「輸送船がさらにコンテナを分離しました」
 観測員の報告にアララギはいらだたしげに眉を顰めた。
 わからない。
 あの輸送船には逃げるチャンスは多くない。そのうちの一つが彼ら木連艦隊の射程ぎりぎりを通り抜ける事だ。そのためには余剰なユニットをすべて投棄するのが基本だろう。しかし、目の前の輸送船はすこしずつユニットを分離している。操船の思いきりのよさや判断に比べるとその歯切れの悪さにむしろ違和感を感じてしまう。
 アララギは遠距離からではあるがヤンマ級2隻を分離し、輸送船の軌道速度に同調させた。軌道速度を同調してしまえば、相対速度の大きさを利用して逃げることはできないからだ。にもかかわらず、彼らは木連艦隊の横をすり抜けようと試みていた。
「まさかな」
 アララギはふっと苦笑をもらした。
 それはあまりにも突拍子のない考えだったからだ。
 そうだ。馬鹿げている。あの輸送艦がヤンマ級2隻を撃破できるはずがない。
 しかし、アララギはこれまでの戦いから学んでいた。火星軍が馬鹿げていると思えることを成し遂げてきたことを。それに・・・。
「保険を掛けておくことは悪くない」
 アララギは残存する艦艇からオニヤンマ級大型戦艦を一隻、選び出した。この艦を艦隊後方から輸送船に軌道を遷移させる。
 慎重すぎるかもな。
 アララギは自嘲を浮かべると、交差するその時を待ちうけた。


 輸送艦は全力で軌道を逸れつつあった。だが、その加速はヤンマ級突撃艦から見るとあまりにもわずかで、突撃艦は重力スラスターのみで軽々と距離を詰める。
 また、輸送船からなにかが分離していく。すでに分離できるユニットはすべて分離し、残った貨物を船外に放棄しているのだろう。
 逃げるために、生き残るために、わずかな質量も捨て、船を加速しようとしているに違いない。
 また、輸送船がコースを変えた。
 ヤンマ級突撃艦は先回りするべく軌道を修正すると、重力波砲にエネルギーを込める。
 ヤンマ級突撃艦の観測機が爆発的に加速するいくつもの飛翔体に気が付いたのは、その時だった。


 多方向からの同時攻撃。
 静止状態からの全力加速、そして、核爆発の勢いで亜光速にまで加速された結晶金属の断片が、輸送艦を追いかけてきた二隻のヤンマ級突撃艦を斜め後方から、左舷下方から、右舷上方から覆い包むように被さる。
 輸送艦が逃走の過程に振りまいたコンテナのカケラに隠された機動爆雷による飽和攻撃は絶妙の角度で襲いかかった。
 これほどの密度で全周から機動爆雷の爆散破片に包み込まれたら、どれほど強力なディストーション・フィールドも紙のようにたやすく突き抜ける。
「よし!」
 こよみは珍しく声を上げ、ガッツ・ポーズを取ると、すぐさま、艦長席の固定ベルトに手をかけた。もう、これ以上、この場に留まる必要は無い。さっさと逃げ出すのが吉だ。
 艦の自爆命令用に通信機を手に取り、シートから腰を浮かす。と、ふと、こよみは顔を上げた。なにか聞こえたような気がした。
 次の瞬間、カンと響いた甲高い音に、こよみは意識を失った。

「まさかとは思ったが、施設艦か」

 アララギは眼前で繰り広げられたせん滅劇に目を見張った。
「敵ながら天晴れ。だが、こちらも殴られっぱなしというわけにはいかない!」
 目を落とす。敵の輸送艦は自分たちの発射した爆雷の断片に隠れるように先行するヤンマ級の横をすり抜ける。しかし、そこには先ほど念のために配置していたオニヤンマ級大型戦艦の姿があった。
「主砲発射。爆散破片を排除せよ」
 アララギの言葉に重力波砲の広域発射が爆雷の破片を吹き飛ばすさまが映し出された。


 全身のしびれるような痛みに、エノラは意識を取り戻した。
 輸送艦を襲った衝撃に、つかの間意識を失っていたようだ。廊下を急いでいたエノラは周囲の壁を転がっていたようだった。
 宇宙服を来てなかったら逝ってたかも。
 全身の打撲を確かめながら、自分の用意のよさに感謝する。
『誰か! 梨花、しっかりして! 梨花!』
 通信機の向こうでイオリが半狂乱になって叫んだ。珍しい。エノラはイオリのそんな姿に事態の深刻さを理解した。
「おい、イオリ! 落ち着け! 梨花の生体反応は?」
 通信機に怒鳴る。一瞬の間があった。
『心臓は動いているけど、意識がないの! さっきの衝撃でちゃんと固定してなかったから、壁にぶつかっちゃって。たぶん、そのとき、頭を打ったんじゃないかって』
「オーケイ。イオリは単独で何人飛ばせる?」『えっと、そりゃ、ひとりでもみんな行けるけど』
 よしよし。冷静になってきた。
 考えているうちに落ち着いてきたのだろう。イオリの口調はいつもの落ち着きを取り戻していた。残存ジャンパーの一人が意識を失っているのだ。いまやイオリだけが命綱だ。そのイオリがパニックになっては、助かるものも助からない。
「とりあえず、出血や目に見える怪我はないな? だったら、少し待ってくれ」『うん。すぐに様態が急変てことはないと思うけど・・・』
「大将のだんまりが気になるんでさ。ちょっくら、艦橋見てくるわ。戻ったら、すぐ、逃げるぜ」『こよみが! うん。でも、急いでよ』「そりゃ、もちろん」
 いつ撃たれるとも限らない。次は直撃かもしれないのだ。エノラは痛む身体に気合をいれて、重力のなくなった艦内を艦橋に急ぐ。
 壁を蹴って進む。その動きが酔っ払ったように、壁に引き寄せられる。心なしか艦の動きに回転が混ざっているようだった。
 嫌な予感がする。
 エノラは逸る心をじっと落ち着ける。
 さきほどからの連絡不通。
 放置される艦の異常回転。
「らしくないぜ、大将」
 吐き捨てるように呟いて先を急ぐ。
 長い回廊の先に、艦橋へのハッチが見えた。
 取りついて、一息に扉を開こうとして、動きが止まった。
 封鎖済み。
 はっと、右脇のエア・ステートを見た。
 コンディション・レッド。
 ハッチの向こうは真空だった。一瞬だけ迷って、エノラは背後の回廊を一ブロック分閉鎖する。もちろん、身体を手近な手すりに安全索で繋げることも忘れない。
「イオリ、宇宙服の持ち合わせは?」『私も梨花もちゃんと着てるわ。気密漏れもなしよ』「上等!」
 エノラは回廊の気密を開放した。風が巻き起こる。宇宙服が気圧差で膨らんだ。見る見るうちに減圧する中、エノラは飛ばされないようハッチの開放ノブを掴む。手応えはすぐにあった。気圧バランスが安全圏まで低下したため、ノブをロックしていたバーが外れたのだ。
 焦らず、急いで。
 レバーをまわす。最悪の予感がエノラの手をもたつかせた。
 軽い振動と共に、艦橋への扉が開く。エノラは素早く艦橋に身体を滑りこませた。
「・・・あー、イオリちゃんよ」
『なによ!』「先行っていいや」『ちょッ!』
 エノラはおそらく機動爆雷の破片が猛威を振るって通り抜けたであろう、半壊した艦橋を眺めた。
「こりゃまた、きれいさっぱり」『ちょっと、エノラ! 落ち着きなさいよ』「いや、正直な感想なんだが」
 エノラは艦長席のあった場所に視線を向ける。
 力なく浮かぶ、ちぎれたシートベルトのカケラ。赤い煙のようなものが破壊されずに残っていた艦橋の半分に散らばる。エノラにはそれだけでなにが起きたかを想像できた。
「ったく、肝心なときに要領が悪い」『ちょっと、エノラ、こよみは? 早くしないと梨花が!』
「大将は吹き飛んじまった」
 エノラはちらりとだけ肩越しに艦長席の残骸を振り返ると胸元に手をやる。そして、宇宙服でタバコが取りだせないことに気が付いた。首の後ろに手を当てて、もとの回廊に戻る。
『エノラ!』「だから!」
 非常用のハッチをくぐり手近なエアロックにたどり着いて叫んだ。バンと激しい音を立ててエアロックの閉鎖ボタンを殴りつける。
「もう居ねぇんだよ! こよみの奴は爆雷の欠片でミキサーに掛けられたように消し飛んださ! 多少の残骸は残ってたが、へらで引っぺがしても一割にもならねぇよ!」『!!』
 通信機の向こうに声のない悲鳴が響いた。エノラはしまったと思いつつ、エアロックに座り込んだ。
「つーわけでよ、一足先に帰ってくれ。俺は後始末しておくからよ」『エノラ、早まっちゃ駄目よ』「・・・梨花を早く医者に連れて行かんとやばいだろ」『っ!』
 エノラはエアロックの空気が満ちたことを確認して、ヘルメットを外した。胸のロックを解放し、ひしゃげた煙草を取り出す。
『すぐ戻ってくるから! だから、早まるんじゃないわよ!』「へいへい」
 エノラは気密がまだ生きている回廊に転がり込むと、ライターを取り出し煙草に火をつけた。空いた左手でウィンドウを出す。艦橋は破壊されたが、船体中央に設置した発令所はまだ生きている。エノラは艦長戦死の手続きを行い艦内の状況をチェックした。
「行ったか…」
 大きく煙草の煙を吐く。イオリと梨花を示すヴァイタル・サインは存在しない。この船に残っているのはエノラと肉片となり果てたこよみだけだった。
「肝心なところでどじっ娘ぶりを発揮しやがって」
 悪態をつきながら、コンソールを操作する。艦長が戦死した以上、機密情報の隠滅は副長の仕事だった。
 艦橋と発令所を中心に配置されている戦術核の安全装置を外す。そして、既定のコードを打ち込むと、すぐにカウントダウンが始まった。
 エノラは吸う前にほとんどが灰になってしまった煙草に未練がましい一瞥をしてもう一本火をつけた。
 大きく息をつく。
 エノラは目を閉じると壁に頭をつけた。
「なんだよ、大将。火星人類の進化の行く末を見守るんじゃなかったのかよ」
 思わず愚痴が突いて出る。思えば、引っかき回されるだけ引っかき回される日々だった。
 半壊した輸送艦のセンサにエコーが発見された。たぶん、さっきの無人戦艦がこの艦に接触しようというのだろう。だが、もう遅い。
 エノラは指先で軽く灰を弾いた。
「こんなとこで逝っちまうなんてな。ったく、気が早いぜ」
 ちらりとカウントダウンに目を落とした。
「ま、いっか」
 それが、エノラの意識に残った最後の言葉だった。



5.

 エマニュエル・ガドナスは大統領府でその報告を聞いていた。
「・・・以上、今回の作戦によって火星宙軍稼働艦艇は作戦母艦エンディミオン、跳躍戦闘艦マルシュアスの2隻に。航宙機母艦はポメグラネイトのみ。
 輸送船はクリムゾンとの物資輸送船1隻となります。火星宙軍の人的損失は3割を超え、現戦力での火星圏防衛は困難です。周辺戦力を一掃できたのが、不幸中の幸いでした。
 火星宙軍は速やかな戦力の補充を必要としています」
「・・・」
 フェイエン・ノール軍事補佐官の言葉にガドナスは眉間にしわを寄せて深い苦悩を刻み込んだ。
「航空宇宙軍はなんと?」
「これ以上の支援は困難とのことです。彼らはまず、内惑星系の制宙圏を回復させなければなりません」
 重い現実に言葉を失う。
 ガドナスは幾度も周囲を見まわしては、ため息をついた。フェイエン・ノールはただ彼の言葉をじっと待つ。
「クリムゾンに、アクア・クリムゾンに連絡を。
 ・・・以前の提案について、我々はそれを受けいれる、と」
 うめくようにガドナスが言葉を吐いた。フェイエンは少しだけ表情に同情の色を浮かべたが、すぐに表情を隠し敬礼した。
 背を向け、大統領執務室を出ていくフェイエンを見送って、ガドナスは机に肘をついてがっくりと肩を落とした。
「こよみさん、あなたがいてくれたら、なんと言われたでしょうね」
 今はもうどこにもいない人物に問いかける。その言葉は空虚な部屋に掻き消えた。



fin.

先頭 目次 前話 次話


 あとがき

 やぁ、今回はいっぱい消えたね。いろいろと、これですっきりさんですよ。
 さて、自分で書いてなんですけど、機動爆雷を果たして重力波砲で迎撃できるのか。
 や、無理でしょ。爆散破片の速度が光速の2%ぐらいだとしても、秒速 6000 キロメートル。地球半径が1秒ですよ。グラビティ・ブラストにそんなに射程ないよね。
 では、ようやく番外編も終わって、次からはナデシコ本編に戻ります。
 次回の冒頭は久しぶりに彼女です。