Re-Genesis
a disastrous summer
機動戦艦ナデシコ 2次小説
Author : Veneficus
間章『最悪の夏』 C Part
1.
地球連合航空宇宙軍、外宇宙艦隊がクリムゾンの提示した正規航宙母艦の建造を内示したという情報はすぐさま造船・重工各社に伝わった。クリムゾンと関係の深い造船会社では、すぐさま、自社に艦艇の作製を受注しようとクリムゾン・インダストリ社やクリムゾン・スペイシャル社に各社の社長や重役が挨拶周りを行い始めていた。
ナデシコ級によってネルガルが起こした相転移艦の実用にクリムゾンが乗り遅れたという衝撃は、エンディミオン級巡航艦で追いつき、そして、今回の正規航宙母艦によってクリムゾンがネルガルに対して優位に立ったと公言する者まで現れていた。
「もう!」
ばさりと会長室の来客用ソファに業界新聞が叩きつけられる。
エリナ・キンジョウ・ウォンはいらだちを隠しきれないように爪を咬んだ。
「おやおや、荒れてるねぇ」
「当たり前でしょう! なによこの『機関開発力や技術力としてはネルガルに一日の長があるが、パッケージとしての造艦ではクリムゾンにかなわない』なんて、好き勝手に言わせて!」
会長室ただ一つのデスクに座った男をエリナは大きく振り返った。
男は軟派な様子で前髪をばっさりと除ける。
「まぁ、そうだねぇ。結局、クリムゾンの航宙機母艦もうちの相転移エンジンを使うことになるんだから。でも、実際思うよ。
異常だよ。あのクリムゾンの造艦技術は」「そうね・・・」
ネルガル会長アカツキ・ナガレの言葉にエリナは頷いて同意を示した。
「明らかに設計にクリムゾンの基幹技術が追いついていないわ。そうね。この違和感はまるで未来に熟成される技術を待っているという感じかしら」
それは恐ろしい予感だ。
航空宇宙軍に所属する、水色の少女のことを思い出す。今は火星から姿を消してしまったナデシコと共に。
「ちなみに面白い話があるんだ」
聞くかい、とアカツキが視線で問いかける。エリナは少し怒ったように尋ねた。
「なによ」
「エンディミオン、ギャラクティカ・・・。これらの設計の出所はクリムゾン・スペイシャルじゃないって話さ」「どういうこと?」
「アクア・クリムゾン。クリムゾンの気違い姫君がクリムゾン財団を通じて提供したってね」
エリナが眉を顰めた。
「それって・・・」「うん。ちょっと調べてみる価値が、あるよね」
アカツキは楽しそうに笑い声を上げた。
暗い部屋に淡く光る火星の姿がある。
中央に大きく映し出された火星の赤道直下マリネリス湾周辺には、地球が傍受した通信と分析が数多く貼り付けられている。火星軍が利用している通信の暗号コードの大半はすでに解析されており、火星軍の動向はおおむね地球連合航空宇宙軍の把握するところとなっていた。先のマリネリス防衛戦は地球連合も注視していた。
「火星軍はマリネリス防衛の戦力の大半を失ってしまいましたわね」
黒い肌に有り得ない金色の髪の少女がソファにもたれて戦況図を見上げた。そこには火星軍の想定残戦力も記述されている。火星に駐留する木星勢力に拮抗するだけの戦力を、火星軍はすでに失っていた。
「マリネリスに停泊していた作戦母艦エンディミオンが火星の衛星デイモスに移動したから、たぶん、戦力集中を計ってる。これで火星軍が持つすべての航宙戦力がデイモスに集結してる」
アラブ系の少女が心配そうに瞳を揺らして火星軍の戦力展開を伝えた。
「火星軍が持つ5隻のエンディミオン級、そして、2隻の航宙機母艦。現有戦力のすべてを投入して火星封鎖艦隊の撃破を試みる以上、彼らは火星の自力解放を決断したのね」「というよりは、戦線を維持する能力を失ったのでしょう」
長い金の髪をストレートにした少女が呟く。黒い肌の少女、グロウリアはそんなオリオールに肩をすくめて答えた。アラブ系の少女、ヴィクトリアも小さく頷いた。
「火星軍はもう航空宇宙軍が火星圏に辿り着くまで木星勢力と対峙し続ける能力を失ったから。あとはたとえ前線部隊を磨り潰しても、火星全土を奪還する以外に生き残るすべはないよね」「そうね」
「いちかばちか。たとえ戦闘部隊が全滅しても、火星を奪還できれば木星勢力が新たに戦力を展開するまでに時間がかかりますものね」
適切な判断でしょう、とグロウリアも頷く。
「それよりも、あちらのほう、どうでした?」
グロウリアが意味ありげにヴィクトリアに目配せする。ヴィクトリアはこくんと頷いた。
「うん。あの子の血液中に微量のナノマシンが検出されたの。用途は不明だけど、あの子の遺伝子に最適化されてた。これとブラスティの重力歪曲場が鍵になると思う」
ヴィクトリアが膝の上に置いたキーボードに指を滑らせると、いくつものウィンドウが浮かび上がり、ナノマシンのデータと操作対象となる遺伝子地図、そして、ニンバスの遺伝子地図を表示した。ナノマシンによって、これらの地図が書き換えられる様子が表示される。
「再現は可能だと思う。あとは・・・」「ヘスティア用の資材が残っていたわ」
オリオールが月のヘヴィサイド・クレーターに備蓄されている B 計画の部材をリストする。
「これであの子の行ったボソン・ジャンプを再現できるわね」
グロウリアがふんと小さくため息をついた。
「それじゃ、ルージュにでも跳んでもらいましょうか」
それは、かつて巡航追撃機ブラスティを受け取りにきた幼生固定体、こよみの血液から採取された、ジャンパー耐性ナノマシンを航空宇宙軍が手に入れた事実を示していた。
2.
火星の衛星デイモスにある火星宙軍の宇宙港から、巨大なリング状の構造物を纏った巡航艦が出港する。
火星宙軍、改エンディミオン級跳躍艦アスクレピオスだ。
続いて、3隻の巡航艦、連装グラビティ・ブラスト二機を艦首に装備したエンディミオン級改装重装砲艦アクタイオン、パエトーン、マルシュアスが相次いで宇宙港からタグボートに牽かれて行く姿を、テンカワ・アキトはエンディミオンの艦橋から見送った。
この火星宙軍唯一の艦隊はデイモスの衛星軌道上で輸送艦改装航宙母艦ポメグラネイトと合流し、第一回の艦隊級ボソン・ジャンプを決行する。
だが、そこに旗艦であるエンディミオンは合流しない。
政治サイドからの要請によってエンディミオンはこの会戦に参加することを禁じられていた。当然のことながらオモイカネ・アールの支援がなければ行動できないテンカワ・アキトも同様である。
巡航追撃機ブラスティが健在であれば、アキトはそれでも参加するつもりだった。だが、ブラスティは先のマリネリス防衛戦での無理な戦闘が祟り、今はドックに入って分解整備の最中である。
そのため、アキトはこうしてエンディミオンの艦橋から戦友たちが旅立つのを見送るしかできなかった。
火星宙軍はこの第二次火星会戦のために可能な限りの戦力集中を行っていた。
火星に存在する全てのコレオプテールをかき集め、ポメグラネイトに二個跳躍攻撃機隊を編成し、火星宙軍が保有する全ての航宙艦を投入し、戦略宙軍からも借り受けて育て上げてきた人材の全てをこの戦闘に注ぎ込んだ。
しかし、ただ一つ許されなかったことがあった。
作戦母艦エンディミオンの攻撃部隊編入は許可せず。
これは政治上仕方がない判断だった。
今回の会戦では火星宙軍は保有全艦の喪失の可能性も受け入れていた。
だが、それでも、エンディミオンの喪失だけは受け入れられなかった。
エンディミオンにはオモイカネ・アールが搭載されている。そして、システム制圧用の豊富な通信・索敵施設が艦隊旗艦としての指揮能力を高めていた。艦隊戦においてこれほど役に立つ艦はない。
しかし、エンディミオンを喪失した場合、火星には木星勢力に抵抗する手段がなくなってしまう。そんな事実が火星宙軍の戦力集中を妨げてしまっていた。
「不満か?」
見送る視線にそんな思いが浮かんでしまったのだろうか。
アジア系の小柄な少女がアキトを見上げて問いかけた。アキトは苦笑する。
「見送るしかないというのは、不安なものだな」「ん」
思う。いつも管制室からユーチャリスの出撃を見送っていた彼女のことを。エリナ・キンジョウ・ウォンもこんな気持ちで彼のことを見送っていたのだろうか。
「まぁ、他人事というわけじゃない。むしろ、こちらの方が責任重大だぞ」
こよみは軽くアキトの背を叩いた。アキトは小さく頷いて、周囲を見回した。
かつてユーチャリスの艦橋にはアキトひとりだった。
ラピス・ラズリというパートナーはいたが、彼女はいつも戦闘時にはオモイカネ・アールのもとにある IFS 伝搬シートに身を横たえていた。だから、アキトはこんなに活気のあふれた艦橋を見るのは初めてだった。
エンディミオンの艦橋、二段にステージ分けされた下段には二〇人以上の CIC オペレータがシートに座り、各艦への指示伝達、索敵情報の統合管制、航宙機隊との交信を行っていた。
「フム。準備の方はよさそうじゃの」
フクベ・ジン火星宙軍第一機動艦隊司令は火星宙軍の「鈍色の赤」の制服を着てアキトたちのもとにゆっくりと歩み寄った。
「作戦母艦エンディミオン。出航準備は完了しております」
こよみが敬礼する。
「いつでも出れるが?」
対照的に無造作なアキトの言葉にフクベは苦笑した。話は聞いている。しかし、あの少年が長じてなる姿とはとても思えなかった。
それとも、「それほどまでの何か」、があったと言うことかの。
フクベは心の中だけで呟くと、力強い言葉で告げた。
「エンディミオン、発進!」
フクベの言葉にアキトが頷いた。
「エンディミオン、微速前進」「アイサー、微速前進」『あいあい』
軽い振動と共に、エンディミオンの艦橋に映し出される人工物の景色が、黒と赤の雄大な星空に入れ替わる。
「第一戦隊、ポメグラネイトと合流します」
木連軍火星圏封鎖艦隊は木連軍無人戦闘艦隊司令部より新たな指示を受けた。
その目的は火星圏の制宙圏の確保である。
木連本国艦隊、火星派遣艦隊の到着前に火星圏、火星を中心とした半径300万キロ(一〇光秒)における火星軍戦力の排除のため、封鎖艦隊はナデシコとの交戦で減少した艦隊を集結させていた。
木連軍では火星軍の主力巡航艦エンディミオンと木連軍主力オニヤンマ級大型戦艦との戦力差は1:1.7。火星軍の戦闘艦は確認されている限り3隻しか存在しない。他に航宙機母艦が2隻。機動戦を繰り広げる場合には、鈍足の航宙機母艦では木連軍の艦艇に追随できないため、火星の直接防宙以外には戦力となり得ない。
亜宇宙圏の掌握になんの疑問の余地も有り得なかった。
先行偵察にカトンボ級駆逐艦2隻で編成した戦隊を6個、前進させる。
火星軍は第2衛星デイモスを母港に2個戦隊を展開していた。艦数は7隻。先行する戦隊は4隻がエンディミオン級巡航艦で編成されており、デイモス軌道上には航宙機母艦2隻と護衛とおぼしきエンディミオン級一隻が遊弋している。
注意するべきは敵機動兵器との連携のみ。
木連軍の無人兵器は火星軍の機動兵器に対して十分な脅威となり得ていない。それに対して火星軍の機動兵器は木連軍の大型戦艦を撃沈する能力を持っている。未確認の情報では時空転移門すら破壊する攻撃力を持つ機体があると懸念されていた。機動兵器を投入した航宙機戦では木連軍に分が悪いことは明白だった。
ならば、敵打撃戦隊と航宙機隊を分断する。それが、無人戦艦群の判断だった。
無人戦艦群は艦隊を3分する。
大型戦艦16隻を中核に置いた打撃艦隊と、ヤンマ級突撃艦、カトンボ級駆逐艦だけで構成された快走戦隊を二つ。それぞれ、30隻ほどの勢力に分割し、打撃艦隊を中心に後方左右の配置につく。敵戦隊が正面の大型戦艦群に拘束されるうちに左右の快走戦隊が回り込み、そのまま、敵航宙機隊との乱戦に持ち込む。そして、敵打撃戦隊を殲滅した後に、対地攻撃を含む残存部隊の殲滅を行えばよい。
しかし、木連軍無人艦隊は火星軍の意外な動きを感知した。
数では圧倒的劣勢にある火星軍打撃戦隊が、火星軍の主力である航宙機隊の傘を外れて彼らに向けて加速を開始したのだ。
これは木連軍無人艦隊にとって僥倖だった。
労せずして敵艦隊を分断できたことに、木連軍もオニヤンマ級を主軸とした打撃艦隊を先行させる。
火星制宙圏を掛けた戦いはこの初戦の砲撃戦で決する。
無人戦艦群は艦隊編成を砲撃戦に向けて密集させると、加速を開始した。
3.
頭上を広がるスクリーン上に、木星−火星間の一年間の時系列を繰り返す最適経済航路が表示されていた。
最適経済航路とは必要最小限の加速で目的地に到達することが可能な航路のことだ。
木星系を発した艦船が太陽の重力場が形成する最少作用位置を伝って火星の重力圏に落ち込む。木星圏を出発した艦船は当然のことながら木星と同じ慣性速度を持って太陽を回っているため、その速度を火星に合わせて木星の回転方向に対して減速しながら相対速度を火星に合わせていくことになる。
もちろん、位置エネルギーもある。
木星は火星より高い場所にあるため、木星から火星まで降りてきた艦船はその位置エネルギーを太陽方向への速度に変換している。それを減速するには、やはり長時間の加速が必要となってくる。
これが、次世代艦艇と予想される1G加速艦になると、また、問題は違ってくる。
相転移機関の普及に伴う高加速度艦の出現。
エネルギー問題を気にすることなく1Gオーバーの持続的加速が可能であると言うことは、今までの航宙戦術を一挙に引っ繰り返すことになる。
これまでの航宙航路という概念ではなく、惑星間の重力均衡など気にせずに目的地に向けて一直線に加速すればいいのだから。
この艦隊運用の自由度の大幅な拡大は艦隊のあり方を変更していくことになる。
それは、航空宇宙軍外宇宙艦隊に超光速艦が配備されるまでの、惑星間戦闘を支配する運用戦術となるわけだが、それはまだ遠い未来の話だ。航空宇宙軍でも艦政本部内の試作部で製作が検討され始めた段階でしかない。
今はまだ1G加速艦は想像の産物でしかない。いや、一隻だけ、それに近い艦船は存在しているが。
しかし、その1G加速艦に最も近い唯一の艦である火星宙軍の巡航艦エンディミオンもジャンプ・シップへの改装に伴い、大幅にその加速を低下させている。定常1G加速を可能にする艦艇は、未だない。
そのため、航宙戦略は基本的に最適経済航路を中心とした航宙資材の輸送路を念頭に置く必要があった。
問題は、木連軍火星派遣艦隊が最適経済航路を使用するかどうか、だったが。
「敵戦隊は艦隊を二分しています。前衛は双星級巡航艦四隻を中心に、オニヤンマ級大型戦艦一〇隻、ヤンマ級突撃艦一二隻、カトンボ級駆逐艦二八隻の計五四隻。後衛は大型時空転移門一二基、オニヤンマ級六隻、ヤンマ級八隻、カトンボ級一〇隻の計三八隻です。
共に、ほぼ想定通りの軌道を取っている模様です」
エリス・ティタニア中尉が説明する。
誰もがついに来るべきものが来たとスクリーンを見つめていた。
「しかし、こう、うらやましいものですね。次から次へと、よくこれだけの戦力が出てくるものです」
ため息と共に、エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領が呆れた声を上げた。
「言っても詮のないことですが、こう次から次へと溢れる戦力を見ていると、うちにも少し分けていただきたいと思いませんか?」「まったくだ」「あんなにいっぱいあるんだものねぇ」「まったく」「いやはや」「・・・」
「・・・おまえら、夢を見すぎだぞ」
アジア系の少女がてんでばらばらに好き勝手なことを言い合う様に力なく肩を落とす。
「くくく…。まぁ、なに、そのアイデア自体は使えるだろう」
含み笑いをして、だが、テンカワ・アキトが首を振った。
「なにがだ?」「分けてもらえばいいだろう? 囮ぐらいにはなる」
こよみが片眉をぴくりと上げた。口元に拳を当てて考える。
「なるほど。だが、どこまで騙しきれるか」「初撃を撃ち込めればいいさ。後は乱戦に持ち込む」「うーん…、誰もがお前のような戦いをできるわけじゃないんだが」「なに、できる戦い方を考えればいい」「また難しいことを」
「「「「「・・・」」」」」
ふと気づくと、発令所の全員がアキトとこよみのやりとりを凝視していた。
「なんだ?」「あー、いや、まぁ、その、な」
エノラ・パーキンスが頭を掻きながら尋ねた。
「話が全然見えん」「威張って言うな!」「グハッ!」
回し蹴り一閃。
犠牲者となったエノラを少々哀れな視線で見下ろしながらも、取りなすように、フェイエン・ノール軍事補佐官が尋ねる。
「分けてもらうとはどういう意味でしょう?」「ああ、それか」「・・・」
アキトが頷いた。こよみはふんと鼻息荒く腕を組む。
「どんがらだけなら数はある。数隻分の戦闘艦をカモフラージュする程度のな」
「なるほどのぉ。残存艦を装う訳かの」
フクベ・ジン火星宙軍第一機動艦隊司令は白く長い髭を弄りながら含み笑いをする。
「ほほほ、その混乱を突いて、ただひたすらに敵性母艦を狙うことになるか」
笑いながら告げたその一言は、火星宙軍の戦力の厳しさを意味していた。
戦場は航宙機が運用できる火星近傍とはいえ戦力差は絶望的なまでに大きい。これまでは局所的な優位を利用して勝利を積み重ねてきたが、この先、惑星間空間にまで戦場が広がったとき、火星宙軍の持つ戦力はあまりにも乏しかった。
だからこそ、敵の補給路を寸断する必要があった。特に新たなる敵性母艦はいかなる被害を重ねようとも破壊しなければならない。
「では、前線は?」「フム。こちらで引き受けよう。最も、そちらの方が最前線と言えるじゃろうがの」「・・・」
こよみの言葉にフクベが快く頷く。そのフクベの言葉にエマニュエルが眉を顰めた。
「こよみさん、考え直していただけませんか?」
それは引き留める言葉だった。こよみは小さく首を横に振った。
「これは既定の路線ですよ、エマニュエルさん。このために、我々はクリムゾンから過剰なまでの機動爆雷を購入し続けてきたのですから」
こよみは今一度、思い出させるように告げた。
「木星=火星航路の機雷封鎖。木星から火星へ降下する最適経済航路を機雷の海に埋め、二度と敵性母艦を火星に辿り着けさせない。
それが、火星が取り得る最後の戦略行動となるでしょう」
とうに決まったことだと、こよみが言う。既定の方針だと告げる。
「ですが、それをこよみさんがやる必要は・・・」「火星には惑星間空間を航行できる人員が他にいません」
エマニュエルの翻意を願う言葉をこよみが切り捨てた。
そう。火星宙軍には惑星間航行の訓練を受けた人材が居ない。唯一経験者であるテンカワ・アキトもオモイカネ・アールのサポートなしに惑星間宇宙に出るわけにはいかない。
だが、ジャンパーでないこよみを派遣することは、あまりに危険だった。
「なに、よほどのことがない限り、安全な航海ですよ。少なくとも、彼ら以外に今現在、木星=火星航路を取りうるものは居ません」
こよみがスクリーンに映る木連軍火星派遣艦隊を指さした。
「わたしの機雷敷設艦が通る航路と彼らは行き違いです。敵の居ないところに行くだけです」
大したことはありませんよ、こよみはそういって肩をすくめた。
機雷敷設という3ヶ月以上の航宙を気楽に表するこよみの姿に、エマニュエルも少し表情を和らげた。
「あとは、俺たちが木連軍の艦隊を撃破すればいい。そういうことだろう?」
アキトがこよみの言葉に合わせて問う。こよみが肩をすくめて頷いた。
「そういうことだ」
話が纏まる。
だが、この場にいる誰もがわかっていた。
これは儀式だ。
もとより、火星が取り得る選択は多くはない。
「こよみさん」「ん?」
立ち上がるこよみにエマニュエルが声を掛ける。こよみは振り返った。
「どうしました?」「・・・」
エマニュエルはその強く真っ直ぐとした瞳に見上げられて口ごもる。それはエマニュエルの感じる罪の意識なのだろうか。
「・・・実は、ご相談したいことがあるのですが」「ええ」
こよみは視線で場所を変えるかと問いかける。だが、すぐに、エマニュエルの逡巡する様子に口元に手をやった。
「迷うようなこと、ですか。では、戻ってからでいいですか?」
どこから、とは言わない。心の内をまとめる時間をくれたことに感謝して、エマニュエルは頷いた。こよみは満足そうに頷くと、片手を上げた。
「それでは」「ええ」
二人の足が違う向きに向けられる。しかし、行く手は共に戦場だった。
4.
巨大な無人戦艦が陣形を組み替える。
遙か彼方、虚空に位置する敵と強力すぎる破壊力を互いにぶつけ合うために、その砲火が互いの邪魔にならないよう距離を開けて平面上に広がっていく。暗い闇の中に方形に輝いて、銀の織物のように光っていた。
対する火星宙軍は前方に2隻のエンディミオン級巡洋艦マルシュアスとアスクレピオスを左右に前進させ、その中央に特設砲艦としての改装を受けたアクタイオンとパエトーンが上下に並んで配置していた。砲戦距離は木連軍オニヤンマ級大型無人戦艦が圧倒している。地球のナデシコ級に匹敵するその長大な砲戦能力は特設重砲艦として改装を受けたエンディミオン級の四連装グラビティ・ブラストの1.3倍にも達する。また、火砲の数も主砲等の数で対等、射程がほぼ同じになる副砲やヤンマ級突撃艦の砲を加えると、圧倒的なまでの砲力の差があった。
光が闇に凝集され、軌跡を放つ。
オニヤンマ級大型無人戦艦の主砲にエネルギーが集積され、艦先頭に収束した重力レンズに満天の星の明かりが収束しているのだ。
一撃が擦るだけでも大抵の艦船であれば破壊されてしまうほどのエネルギーを解き放とうとしたその時。
星が流れた。
輸送船改装航宙機母艦ポオメグラネイトの艦首に仮設された巨大なジャンプ・リングが輝いた。
火星宙軍第一機動艦隊司令フクベ・ジンは艦隊前方に展開した彼我の戦隊の配置をその目で然りと確認すると、命令を下す。
「攻撃隊、突撃せよ!」
先陣として、レーダードームを機体下部につけたチグリフォーン22型と護衛のチグリフォーン52型四機がとジャンプ・リング中央に突入していく。続いて、コレオプテール2型とチグリフォーン52型によって編成されたペアが次々と一瞬の闇に飲み込まれ姿を消す。再びの出現先は木連軍無人艦隊大型戦艦群の右斜め下方だった。
最初に突入した指揮機が優先攻撃目標を後続のコレオプテール隊に伝達する。
超遠距離からの一方的な砲戦を想定していた木連軍のオニヤンマ級大型無人戦艦は突然のコレオプテールの出現に全くの無防備だった。
最初から砲戦になることを想定していたため、木連軍側には随伴の無人機がいない。
彼らは直ちに空間歪曲場を自艦の周りに張り巡らせると、全速での加速を開始した。敵の機動兵器が戦艦級の空間歪曲場を破るにはそれなりに時間がかかる。その間に、敵艦艇との砲戦距離に縺れ込んでしまえば、敵艦は友軍機への誤射を恐れて攻撃を手控えることになる。もしも、どうしようもなくなってしまったら、味方ごと撃ってしまえばいい。
揚々と泳ぐ巨鯨にオプションを連れたコレオプテールが追いすがる。
まるで、コバンザメが溢れる餌にありつこうとしているようにも見え。
しかし、次の瞬間、鮮烈な光が大型戦艦の黒い船体を焼き尽くした。
ディストーション・フィールドを破ることなく通り抜けた50キロトン戦術核ミサイルはほとんど装甲化されていないオニヤンマ級大型戦艦の船体の半分を包み込む。蒸発した金属が放射能を帯びた嵐となって吹き荒れた。
それを皮切りに、次々と大型戦艦が核の炎に包まれていく。
それは狩り場だった。
凶暴なシャチが鈍重な鯨を追い詰め次々と血祭りに上げる。仲間と合流しようにも、加速は断然、コレオプテールの方が速い。軌道修正を試みた段階で機先を制され、追い詰められる。近隣の艦に支援を要請しても、後方から追いすがるコレオプテールに対してどの艦も逃げ回るのに必死で有効な相互支援ができなかった。その間に一隻、また一隻と、巨艦の姿が火球に包み込まれて消えていく。
大型戦艦が消えた戦場で次の標的になったのはヤンマ級突撃艦だった。
コレオプテール隊も装備していた戦術核は各機2基ずつで、大型戦艦を相手にほとんど撃ち尽くしていた。しかし、それはそもそも、大型戦艦の数を見計らっての装備であり、通常弾頭の対艦ミサイルは各機共に6発が残されていた。
コレオプテール隊が編隊を二分する。
大型戦艦が次々と破壊されていく中、支援を担っていた駆逐戦隊は慌てて集結を計っていた。集結すれば、火砲による相互支援が可能だ。いかにコレオプテールの火力が強力とはいえ、所詮は航宙機。艦砲に耐えるディストーション・フィールドを張れるわけではない。
集結する。周囲に群がるシャチの群れから身を守るように。
しかし、彼らは忘れていた。
いや、航宙機の脅威度が上昇したために、相対的に対応レベルが下がってしまっていたのだ。
彼らは今何と戦おうとしていたと言うことを。
集結した戦隊をグラビティ・ブラストが襲う。直撃を受けたカトンボ級駆逐艦が一隻沈んだ。戦列が乱れる。しかし、密集した戦隊では火砲を撃とうにも友軍艦艇が邪魔になり、撃つことができない。いや、撃つことはできる。しかし、友軍艦が邪魔になって敵に脅威となるほどのグラビティ・ブラストの威力を維持できないのだ。
そのさなか、また、火星宙軍からグラビティ・ブラストの斉射がヤンマ級突撃艦を捉えた。直撃に耐えかねたその艦は戦列を離れる。そこに、コレオプテールが取り付いた。いくつもの爆発が艦隊を疾り、ヤンマ級は火球と化して消えた。
「勝負が付いたの」
言葉と共に、エンディミオンの周辺にボソン・ジャンプの反応が多数現れる。
「ボソン・ジャンプ反応多数。IFF青。友軍機です!」
「ポメグラネイトに回収を急がせろ。次が来るぞ」「了解」
テンカワ・アキトの指示にポメグラネイト周辺に展開していたチグリフォーン21型がポメグラネイトにまで接近したコレオプテールを高機動形態に変形して回収する。無人機であるチグリフォーン52型はそのまま母艦の周りを周回していた。
「コレオプテールの残存機数は?」「14機です」「そうか・・・」
第一次攻撃隊のコレオプテール隊は18機だった。
一回の攻撃で4機が撃破されている。そのほとんどが敵の駆逐戦隊と乱戦になってからの被害だった。
「第二次攻撃隊編成します」「うむ。今回はチグリフォーンを爆装して出す。コレオプテール隊はそのあとだ」「了解」
フクベが指示を出す。こよみが首を傾げた。
「チグリでは打撃力に不安がありませんか?」「いや」
アキトが首を振る。
「相手はヤンマやカトンボだ。数がなければ近寄れん」
「うむ。コレオプテールの攻撃力は連中も理解しただろう。次は容赦なく撃って来るじゃろう」
苦々しく答える。それはこれから受けるであろう被害を受け入れるための表情だ。コレオプテール隊のパイロットは爆撃手供A級ジャンパーだった。それでも、数名の犠牲者が出ている。これが主にB級ジャンパーで構成されているチグリフォーン隊となると、その被害はさらに拡大することが想定された。
敵艦隊の殲滅は当然。だが、そのために受ける被害は火星宙軍にとっても耐え難いものとなりつつあった。
「チグリフォーン隊には、コレオプテール隊の攻撃を成功するための囮になってもらう」
決断は下された。
これはまだ初戦。この先には、木連軍火星派遣艦隊との決戦が控えている。ここで貴重なコレオプテールを使い切るわけにはいかなかった。
「第二次攻撃隊、チグリフォーン16機、コレオプテール12機、発進準備完了しました」
フクベは一度だけ制帽を目深にかぶると、力強い声で命令した。
「第二次攻撃隊、出撃せよ!」
5.
明日香インダストリの新型機発表会にはネルガルからも多くの人々が招待されていた。
もちろん、今回の発表会の目玉である新型機、相転移機関を搭載し、格闘戦に対応したアクティブ・マヌーバを装備した、高機動型宇宙戦闘機ドミストリIIの開発に、ネルガルからの技術提供が果たした役割が大きいことがある。最後まで争ったクリムゾン・スペイシャル社のチグリフォーン三二型があくまで核融合炉を搭載することに拘ったのに対し、宇宙戦闘機と割り切ったドミストリIIはネルガルから提供を受けた小型機用相転移エンジンの採用で、絶対的な優位を手にしていた。クリムゾンとしてもチグリフォーンに相転移機関を採用したかったのは山々だったが、ネルガルとの良好とは言い難い関係はクリムゾンの相転移機関を持つ第3世代宇宙機の開発に大きな影を落としていた。
「ようこそ、アカツキ・ナガレ会長。パーティはお楽しみいただけてますでしょうか?」
長い黒髪をボブに切り整えた日本人形のように美しい女性がカクテル・グラスを片手にアカツキににこりと微笑みかけた。アカツキはもちろんとばかりに頷く。
「あなたのような美しいお嬢さんに会えることほどの喜びはありませんよ。カグヤ・オニキリマル会長代理」「ありがとうございます」
カグヤ・オニキリマルは当たり前のようにアカツキの賛辞を受けとった。
「ドミストリIIはネルガルの協力がなければこうして航空宇宙軍の主力航宙機の座を射止めることはできませんでしたわ。CF/A-43 パフィオペディルムは必ずや地球連合に勝利をもたらすことでしょう」
自身も航空宇宙軍外惑星艦隊に所属するカグヤは誇らしげに会場中央に座す全長24メートルの宇宙機の姿を満足げに振り返った。主機をネルガル重工が月面フレーム用に開発していた小型相転移機関2機に変更し、後尾に特徴的な半球状の高機動スラスターを二つ配置したフォルムは、以前のどっしりとした機体形状と比べずいぶんとスマートになっていた。
特に ND-001 ナデシコに派遣したドミストリの運用実績から報告されていた、攻撃機として対ディストーション・フィールド貫通ミサイルを装備したときの機体バランスの問題なども、核融合炉からの電磁誘導スラスターが集約されていた機体中央下部が開いたことによって、安全にミサイルを保持できる様になった点がマルチロール機としてのドミストリIIの採用の大きなアピールとなった。
航空宇宙軍第七艦隊、すなわち、外惑星艦隊は新たに配備する新型のギャラクシー級航宙機母艦にドミストリ II を CF/A-43 パフィオペディルムとして採用することを決定していた。
外惑星にまで広がる広大な戦場を核融合炉では戦えない。
それが航空宇宙軍の判断だった。
「母艦を取り逃したのは残念だったけどね」「そうでしょうか?」
アカツキの軽い韜晦を意味ありげにカグヤが首を傾げて見上げる。それは、ネルガルのもう一つの動きを明日香インダストリも知っていると言うことを意味していた。
「私どもも、きっとお役に立てると思いますわ。ホウショウ?」「はい」
ずっとカグヤの左後ろに控えていたショートカットのスーツ姿の女性が一歩前に踏み出すと、データシートをアカツキに手渡した。アカツキはひらひらと受けとったシートを振ってみせる。
「これはお誘いかな?」
アカツキを前にカグヤは嫣然と微笑んで見せた。
「そう取っていただいても、構いませんわ。・・・私どもはリアクト・システムの開発に成功いたしました」
「へぇ・・・」
アカツキは剣呑な目でカグヤを一瞥する。カグヤは気にした様子もなく、胸に手を当てて小さくお辞儀をして見せた。
「それでは、良いお返事を期待します」「失礼します」
優雅に立ち去るカグヤとホウショウと名乗る秘書を見送って、アカツキはエリナ・キンジョウ・ウォンを振り向いた。
「まったく、誰も彼も一筋縄ではいかないねぇ」
怖い怖いとおどけるアカツキの背を見つめ、エリナは遅れて同意した。
「まったくだわ」
続く...
あとがき