Re-Genesis(リ・ジェネシス)
a disastrous summer
機動戦艦ナデシコ 2次小説
Author : Veneficus(うぇねふぃくす)


間章『最悪の夏』 A Part


1.

 純白の優美なシャトルがセンターゲートを通り、静かに重力制御区画に着床する。
 その両脇に傅くように、シャトルの半分ほどの大きさの宇宙機が2機、双胴のダイアモンドのような姿を横たえる。
 地球連合航空宇宙軍、第四艦隊司令ホウメイ・ゲレル中将はその姿をセンターポートの航宙管制室で見つめていた。
「あれはチグリフォーン31型ですね。艦隊防宙用に従来の核融合炉から重力波ビームによるバッテリー駆動に置き換えたものです。クリムゾンは火星軍に航宙機材を提供しているようですが、マリネリスの防空に使われている機体を航宙機としてリファインしたのでしょう」
 傍らに立つカイオウ・シンイチロウ大佐がゲレルの視線を受けて答える。ゲレルは小さく頷いた。
「以前見たチグリフォーンよりもずいぶんと小さくなったものだな」
 カイオウも同意する。
「はい。重力波ブレード(グラビティ・ブレード)の小型化に成功した模様です。また、重力波アンテナによるバッテリー駆動に変更したことで、フレームを再設計したのでしょう」
「ふん。それでこの性能かい? ディストーション・フィールドのもっとも薄い背後から、現行の木星蜥蜴の無人兵器搭載火器で貫通する火器はない、か。クリムゾンもぶち上げてくれる」
「これでペネトレータの量産が順調に行けば、航宙機主兵は揺るがないでしょう」「・・・そうかな?」
 ゲレルはカイオウの言葉に安易には同意しなかった。
「カイオウ君、順番を間違えちゃいけないよ。大艦巨砲も、航空主兵も、ただの道具さ。勝つためのね。
 我々は航空宇宙軍で初めて外征艦隊を編成することになる。これまでの治安維持を目的とした艦隊とは違い、攻め陥とすための艦隊だ。正面艦隊だけじゃない。武器弾薬を提供する補給艦。それを守る護衛艦。簡単な修繕なら前線から移動させずに行えるドック艦。人員の休息、慰安を目的とした慰安船や病院船。総艦隊規模は一体どれだけのものになるやら。頭が痛いね」
 溜め息を吐きながらゲレルがやれやれと首を振った。そんなゲレル提督を、頼もしそうにカイオウ中佐は見つめる。
「統合艦隊司令部は閣下ならそれができると判断されたのです。閣下の手足となる艦隊こそが勝てる艦隊であると私も信じております」
 強く言い切るカイオウをゲレルの鋭い視線が貫く。そして、ふっと笑みを浮かべた。
「それじゃあ、奉職分を働いて貰おうかね。まずはクリムゾンのお嬢さんのお出迎えだ」
 ゲレルは視線を戻す。
 その先に、シャトルから降りる数名の男女の姿があった。



航宙母艦(バトル・スター)?」「はい。そうですわ」
 火星植民都市連合への変わらぬ支援を表明したアクア・クリムゾンは具体的な支援内容を告げることなく逆に問いかけていた。
「火星宙軍が航宙母艦(バトル・スター)を保有するとしたら、どのような艦をお望みでしょう?」
 その言葉は明確でありながら、真意がどこにあるのか、誰もが戸惑った。
 エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領は視線を火星の防衛体制の解説を行っていたアジア系の少女に向ける。少女は小さく頷いた。
「期待に応えられなくて申し訳ないが、火星宙軍に航宙母艦(バトル・スター)を配備する予定はない。火星にとって必要な艦は木連軍の大型戦闘艦と撃ち合うことができる戦列艦だ。
 航宙機では攻撃することはできても、阻止することができないからな。艦艇としての概念研究はしているが、あまり参考にはならんぞ?」
 アクアはこよみの言葉に首を傾げた。だが、すぐに気付く。
 概念としての火星の航宙母艦(バトル・スター)が参考にならないのはなぜか。それはおそらく、地球圏や木連にとって実現不可能な項目を前提に構成されているためだろう。それはこの場合・・・。
「ボソン・ジャンプによる航宙機攻撃ですか」
 瞬時に導き出される結論に、誰もが言葉を失った。
「くっくっく。敵わんな」
 一人、車椅子に座った男が笑い声を上げた。アクアが拗ねたように唇を尖らせる。
「あら、どういう事かしら? 話を早く進めさせていただいただけですわよ?」「・・・なに、こちらも、それほど手札は多くないからな」
 テンカワ・アキトは肩をすくめると、言葉を失っているこよみに視線で促した。こよみは小さく肩を落とすと、スクリーンに表示する画像を切り替え、イネス・フレサンジュ博士と席を替わった。
「本格的な建造計画と言うところまで進んでいないけど、将来的な火星宙軍の再編成を睨んで、航宙母艦(バトル・スター)の概念設計を進めているわ」
 さらりと言い放つイネスの言葉に、アクアがジト目でこよみを睨む。こよみは横を向いて口笛を吹いて見せた。
「広大な惑星間空間。そこを舞台に戦闘を繰り広げる航宙機母艦に求められるものはなになのか? 私たちは、何と、どこで、どうやって、戦うのか。いえ、そもそも、航宙機母艦なんて本当に必要なの?
 私たちの航宙母艦(バトル・スター)の設計研究はここから始まったわ」
 イネスは大きな身振りでスクリーンの前に立つと、手に持った指示棒を振って見せた。
「それで、結論から言うと、航宙機母艦には二種類の種類がある。単純に言うと攻撃型空母と護衛空母よね。私たちもいろいろと考えてみたんだけど、護衛空母の方は火星宙軍には要らない。だって、護衛する船舶が火星にはないんだから。
 だから、私たちは攻撃型空母を造るとに決めたわけ」



 金色の透けるような長い髪をさらりと指で梳いて流すと、彼女はぴんと背筋を伸ばして胸に手を当てた。
「初めまして。私、クリムゾン財団からクリムゾン・スペイシャル社に技術顧問として派遣されましたシャロン・ウィードリンと申します。以後、お見お知りおきをお願いいたします」
 それは、クリムゾン・インダストリアル社社長リチャード・クリムゾンの娘の名前だった。





2.

 火星植民都市連合と木連軍無人艦隊との戦いは4つの方面で戦線が形成されている。
 マリネリス戦線は火星にとって最大の攻防地だ。対するは木連軍G群集団。火星に派遣された無人艦隊群最大規模の1400隻を擁している。オニヤンマ級大型戦艦およそ600隻を基幹とし、強力な打撃力によって火星軍主力を殲滅する意図を示している。
 メリディアニ=マルガリティファ戦線はマリネリス峡谷とヘラス海を繋ぐ3500キロにも及ぶ長大な戦線だ。火星植民都市連合軍(マーシャンリンク)にとってこの長大な戦線は現存する火星最大の生産基地であるマリネリス市とヘラス市を繋ぐ回廊になっている。この長大な円弧には木連軍群集団A、C、F、Hの4個が圧力をかけていた。艦隊規模はそれぞれが1000を割っており、艦隊編成もヤンマ級突撃艦やカトンボ級駆逐艦が快走戦隊を形成している。この艦隊群は現存する火星の2大都市間の交通路を遮断することを意図していた。
 ヘラス戦線はある意味でもっとも過酷な戦場だ。戦線はシルチス、ヘスペリア、アルギルの三方面に分割されており、それぞれD、E、Iの3個の群集団に備えている。これらの群集団は規模こそG群集団に劣るものの、G群集団同様、大型戦艦を中心とした打通艦隊を編成している。その打撃力は決して見劣りするものではない。
 アルギル戦線はB群集団を正面にしていたが、開戦初頭の宙対地攻撃によってこの群集団を壊滅するに至っている。そのため、無人機動兵器を駆逐するための航空隊を残し、戦力の全てをメリディアニ=マルガリティファ戦線に送っていた。

 迫り来る艦艇は無数。随伴する機体は無尽蔵。
 木星蜥蜴。そう呼称される所以となった『プラント』の生産力と資源にまかせた蹂躙攻撃が、再び火星の空を覆っていた。
 火星植民都市連合軍、メリディアニ戦闘団第217航空隊に所属するチグリフォーン-22型8機は木連軍無人艦隊C群集団正面を避け、敵左翼後方から接近を試みていた。
「バグパイプ1より、ステージ・マネージャ。バグパイプ・チームは指定の位置に着いた。アプローチの指示を待つ。どうぞ」
『こちらステージ・マネージャ。バグパイプ1、了解。貴隊への指示は以後、コンダクター06が担当する。中継コードをC−06に合わせ』
「バグパイプ1、了解。中継コードをC−06に。以上」『ステージ・マネージャよりバグパイプ1。幸運を』
 編隊長が中継コードを指定の指揮機に合わせる。データ・リンクが相互の情報を認証し、戦線後方の指揮機とのコネクションが確立した。
『こちら、コンダクター06、バグパイプ1、どうぞ』「バグパイプ1より、コンダクター06、どうぞ」

「メリディアニ・オーケストラより、チーム・バグパイプの指揮が委譲されました」
 後方に展開する16機の電子戦作戦機に後方の作戦指揮所から攻撃隊への指揮権が委譲された。
「了解した。バグパイプとの回線開け。敵の指揮中継艦へのコンタクトを開始しろ」
「こちら、コンダクター06、バグパイプ1、どうぞ」『バグパイプ1より、コンダクター06、どうぞ』
「スニファ・コード発信します」「応答有り。数7」
 今回の迎撃作戦のために民間の航空機を改装した電子戦作戦機には、所狭しと機材と人が詰め込まれていた。火星宙軍は一機に付き6個飛行隊を支援できる電子機材とオペレータ達を民間の航空会社から調達した旅客機に載せ、各戦線に投入していた。
「IFFリクエスト。現在、利用されている識別コードをリストします」
「敵、中継艦の所在を確認。現在、12」「後方に連絡。中継艦への通信回線を維持」「了解」
「後方より、中継艦の情報が来ます」「敵艦隊規模。旗艦4、指揮中継艦86」「敵、中継艦の追跡情報を追加します」
 スクリーン全体に広がる黄色の点の間に、赤の点が表示される。そのうちの4つは点滅していた。赤い点滅に向けて、薄いラインが描かれていく。赤い点滅から赤い点に赤い点から相互に重なりながら黄色の点群に広がる。
 それは、現在目の前で展開する木連軍無人艦隊群の指揮通信網を調べ上げた結果だった。
「新規識別コードをリクエスト」「取得しました。友軍機に転送します」
「IFF発信コードをC−06−14に」『了解。C−06−14に切り替え』
 スクリーン上に映し出されていた攻撃隊の色が友軍機を表すグリーンから黄色に変わる。そのまま、木連軍の指揮通信網に組み込まれるチーム・バグパイプの戦闘情報を、作戦機から敵の指揮中継艦に向かって代わりに情報を供給し続けるのだ。
『バグパイプ1より、コンダクター06。まもなく、敵艦隊群に接触する』
「コンダクター06、了解。もし、敵に攻撃の兆候があれば、自身の判断で離脱してください」『難しいことを…。バグパイプ1、了解』

 チーム・バグパイプは4機の組に分かれると、群がるように飛び続けている木連軍の無人機動兵器に接近していった。
『なんか触れそうだな』『ああ。ここまで近付けるとはね』『まったくだ』
「私語をしている場合じゃないぞ」『『イエッサー!!』』
 バグパイプ1は通信回線から聞こえる部下の会話に叱責を加える。だが、内心は部下達の言葉に同意していた。すぐ目の前を今まで死闘を繰り広げていたバッタやジョロなどの無人機動兵器が編隊を組んで無防備に飛んでいる。彼らのために編隊を組む場所すら用意していた。
 前もって説明を受けていたことではあったが、こうして目の前で行われているとなると、驚嘆の念を憶えずにはいられなかった。
 そして、また、別の思いにも駆られる。
 もっと早くこの技術があれば。いや、この技術はもっと以前からあったのではないか。軍はそれを出し惜しみしていたのではないか。もっと犠牲者は少なく済んだのではないのか。
 もちろん、理性では軍上層部の正しさを肯定している。無人機動兵器を乗っ取るために特殊部隊が危険を押して休戦ラインを越えて工作活動をしていたという話も聞く。大規模制圧が可能な作戦母艦がマリネリス市防衛に貼り付けられて、他の方面には展開できなかったという話も、人づてに聞いてはいる。
 だが、それでも思うのだ。思ってしまうのだ。この技術がもっと早くあれば、と。
 首を振って馬鹿な考えを頭から追い払う。バグパイプ1はマイクに話しかけた。
「バグパイプ1より、コンダクター06。敵に攻撃の兆候無し。繰り返す。攻撃の兆候無し。以後の指示を待つ」
『コンダクター06、了解。優先目標を送信します。作戦開始まで現状で待機してください』
 センサに映し出される敵艦の映像が攻撃優先度によって色分けされる。
「バグパイプ1、了解。早めに頼む」『もうすぐです。コンダクター06より、バグパイプ1へ。針路を5−2−1へ』
「バグパイプ1、了解」
 列機に翼を振って、バグパイプ1はチグリフォーンを正面5時方向に降下を開始する。その先には、優先目標とされた木連軍、大型戦艦の群れがあった。





3.

 木星系ガリレオ衛星群反地球連合共同体、木連軍中将草壁春樹は毎週月曜日の午後、私的な戦略研究会を開いている。
 それは私的と言いながらも、実質的には木連の戦争指導そのものに等しかった。
「諸君、戦争は常に次の次を見据えて行動しなければならない。我らが木連の戦場の勇者達が目の前の戦いに勝利することに全力を注ぐことができるよう、我々は常にその先の戦いに備えなければならないのだ。
 今、我々の正義の戦いは、新たな局面に移ろうとしている。木連の正義の実現のために、諸君らの忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
 腕を組み背をびしっと伸ばすと、会議への参加者を見回し発言を促す。
 秋山源八郎は周囲が草壁中将の言葉をどう捕らえていいものか、答えあぐねている姿に手を挙げた。
「うむ。何かね、秋山くん」
「はい。閣下は先ほどこの戦争が新しい局面に入ったと仰いましたが、閣下はどういう局面に入ったと見ておられるのでしょうか。なにぶん、浅学の身でして」
 頭を掻いて苦笑しながら秋山が問いかける。その言葉に草壁は鷹揚に首を振った。
「む。それは確かに。私の言葉が足らなかったようだ。
 そうだな、誤解を恐れることなく言うと、我々はどういう形で戦後を治めるのか、と言うことだ」
「なんと、さすがは閣下。既に戦後を見据えた戦略を?」「うむ」
 秋山の大げさな驚きに、場もざわめく。草壁はコホンと一つ咳払いをした。
「戦争指導をする上で、どのような形で戦争を終結させるべきか、その観点は欠かせない。戦争は我ら自身が出向き、正義を示す時期を迎えつつある。その時、我らが未来を語らずに正しき戦いができようはずもない。
 諸君らもそろそろ終戦の未来を見つめて、戦いを指揮することを意識するべき時が来たのだと、私は信じる」
 その強い言葉が列席する木連軍中枢部の将官達の心に響いた。
 小惑星帯(アステロイド・ベルト)を木連無人艦隊群が越えておよそ一年半が過ぎようとしている。
 戦い続け、勝ち続けながらも、終わる様相の見えないこの戦争に、戦争に携わる者達の心も揺れる時期だ。それを見越して、草壁は戦争目的の明確化と戦略の一元化を示すことで、木連軍内の意識の統一を考えていた。
「我々はこれまで無人戦艦群を運用し、様々な場所で戦ってきた。
 火星で、月で、地球で。海で、空で、砂漠で。多くの戦いに勝利を得た我々は地球連合を屈服せんとしている。
 戦いには機というものがあり、また、勢いというものがある。今まではそれでも良かっただろう。だが、私は戦後を見据え、正しき未来に向け戦いの手綱を締めるべき時が来たと考える」
 草壁は会議に参列する一同の目を見回した。
「私は地球での戦いに深入りするべきではないと考える。かの悪しき地球人達が醜い様を地球で晒す分には我々は干渉するべきではない。地球大気圏より外に彼らが出ない限り、私は彼らの自治を認めようと思っている」
「地球人を地球に封じ込めるわけですな」「その通り。そして、聖地『月』に根拠地を置き、地球人どもの策動に備える。最後に火星は我ら木連人の新たな入植地とし、木連の人々に広く入植者を募りたいと考える次第だ」
「「「「「ほぉ・・・」」」」」
 それは今までもことある事に草壁が口にしていた木連軍の対地球戦のグランド・プランだ。同席する彼らは感心の合いの手を入れて草壁が言い出そうとしている言葉を待った。
「うむ。これからの大戦を見据え、私は木連軍本国艦隊を出動させるべき時期が来たのではないかと考える」
 会議場の誰もが思わず固唾を呑んだ。
 木連軍本国艦隊。
 それは木連唯一の有人戦闘艦隊だ。木連には地球連合と異なり消耗しても回復できるほどの兵数はない。そのため、本国艦隊の投入は戦争の最終段階、すなわち、月を完全に支配下に治め、地球連合に対し降伏を促すときであると考えられていた。
 秋山源八郎は言葉を失う周囲を見回すと自身の疑問を投げかけた。
「閣下、ですが、本国艦隊の戦力は貴重です。まだ、月軌道の制宙圏をかけて我らが無人艦隊と地球軍が戦っている状況下で本国艦隊を動かすのは時期尚早ではないかと思うのでありますが」
「うむ。その疑問はもっともであるが、秋山くん、君は木星と地球を本国艦隊が移動するのにどれだけの時間がかかるかわかっているかな?」
「は、えーっと・・・」
 秋山はざっと指を折って数えようとする。そこに横合いから声がかかった。
「およそ、四ヶ月かと」「うむ」「おお、すまんな、九十九」「なに」
 ざっと計算した白鳥九十九の言葉に草壁は我が意を得たりとばかりに頷いた。
「その通り。しかもだ、そのうちの三ヶ月は火星軌道までの距離となる。これではいざ事があったとき、我ら木連の勇士が事に当たることもできない。しかも、最近は地球軍の悪辣な罠に無人兵器の被害も馬鹿にならないと聞く。ここは、対地球軍の艦隊司令部を火星にまで前進させ、本国艦隊、無人艦隊の連携による地球攻略を私は提案したい」



「長かったわ・・・」
 ムネタケ・サダアキは受けとった転属命令書を開いて呟いた。
『上記の者、四月一日をもって連合航空宇宙軍第六艦隊次席戦務参謀として配属を命ず』
「あれから一年と半年。
 この命令を受けるためなら何でもしたわ。どんな汚れ役を命ぜられても文句はなかった。茶坊主呼ばわりされようと、役立たず呼ばわりされても、構わなかった。
 内惑星艦隊(インナー・フリート)の再建のためならどんな使われ方をされても構わなかった」「准将・・・」
 ムネタケの言葉に内惑星艦隊(インナーフリート)幕僚時代からの子飼いの部下達が感極まったように唇を噛みしめる。
 火星宙域での航空宇宙軍集成第一艦隊の敗北。
 火星を救えなかった内惑星艦隊(インナーフリート)の彼らに航空宇宙軍は事実上の懲罰人事を科していた。
 もちろん、木星勢力、航空宇宙軍は地球連合による木星蜥蜴という呼称から正式に木星勢力と敵対戦力を改称している、との技術力の差をここの将兵の責任に転嫁するつもりはない。だが、敗北した、その一点に置いて、彼らに対する風当たりは強かった。かつてのおごりに対する報復の側面もあっただろう。それは、航空宇宙軍もまた、人の作った組織であると言うこと、そこに生まれる情念を脱却し切れていないことの証明だった。
 かつては、彼らこそ航空宇宙軍、と呼ばれていた。そして、彼ら自身そう自負していた。しかし、火星会戦での敗北は彼ら航空宇宙軍のエリート達を完膚無きまでに打ちのめした。多くが小惑星帯=地球間の惑星間空間に消え、また、生き残った者達の中でも少なからぬ人数が敗戦の責任を負って自殺し、中には気が狂ってしまった同輩もいた。
 ムネタケ・サダアキは自殺しなかった。そして、狂いもしなかった。かつて馬鹿にしていた同輩からの軽蔑の視線を浴びようと、火星を捨てて逃げ帰った男というレッテルを貼られても、サダアキは決して第一線から離れなかった。
 親のスネもかじった。どんなおべっかも使った。上官に取り入り、お世辞もおべっかも使い、かつての内惑星艦隊(インナーフリート)の同僚達が予備役になろうと、閑職に追い込まれ辞めさせられようと、生き残った。
 どんなことをしても、もう一度、あの虚空の戦場で木星蜥蜴を叩きのめす。
 その一心で、サダアキは外の敵と、内なる敵を相手に戦い続けてきた。航空宇宙軍が戦い続けていれば、必ず、再起の時がくると確信して。
 実際、人材は足りないのだ。
 火星会戦での大量の人材の喪失は航空宇宙軍に惑星間空間でのスペシャリストの欠乏を招いていた。
 これまでの戦いはせいぜい地球を中心に一〇〇万キロ程度の、光の速度にしてわずか三秒の距離だった。航空宇宙軍の正規フリゲート艦にしてみればレーザーによる直接砲戦距離でしかない。そのような狭い空間は機動兵器に任せてしまえばよいのだ。運用する母艦は火星宙軍(マーシャン・リンク)が使っているような、輸送艦改装母艦でいい。地球や月軌道に戦闘艦は無用。
 航空宇宙軍が艦隊の再編を計画していることは知っていた。経歴に傷がある自分が、航空宇宙軍の主力となるであろう第七艦隊、通称、外惑星艦隊(アウター・フリート)に配属されるとは思っていない。だが、航宙輸送護衛艦隊として編成された第六艦隊ならば、サダアキの経歴が生きると期待していた。
 それに戦後の打算もある。
 航空宇宙軍はこの外惑星動乱後、大幅な人員整理を求められることとなる。その時生き残るのは、木星を征する外惑星艦隊である第七艦隊、外宇宙への探査を主目的とする第五艦隊、そして、惑星間の治安維持、輸送能力の維持を目的とする第六艦隊の三つであり、第一、第二、第三の三艦隊はおそらく解体されてしまうことだろう。生き残るのは太陽系を支配するための艦隊のみ。
「なんにしても、これからよ」
 そう。戦後の打算と言っても、生き残れるかどうかわからないのだから。
「今度は以前のようには行かないわ」
 あの時、自分たちはどれほど無力だったか。
 追い立てられ、逃げ回り、刈り取られる。
 そんな弱者だった火星会戦とは違う。
 同じ剣、同じ盾を手にした以上、二度とあんな無様な敗北をするつもりはない。
「今度は私たちが狩りたてる番よ」
 握りしめた拳に、力が籠もる。サダアキは部下達の姿を見回した。あの屈辱に満ちた日々を一緒に耐えてきた部下達だった。誰よりも互いの気持ちは理解していた。
 サダアキは言った。
「勝つわよ」「「「「「はい!」」」」」
 それは誓いだった。





4.

「コンダクター11、誘導装置に一部不調有り」
「コンダクター11を退避させろ。ファゴットはコンダクター12に。オーボエはコンダクター13に誘導を」
「コンサート・マスターよりコンダクター11。ファゴットの管制をコンダクター12へ。オーボエをコンダクター13へ」「コンサート・マスターより、コンダクター12。ファゴットの管制をコンダクター11より委譲」『コンダクター12、了解』「コンサート・マスターより、コンダクター13。オーボエの管制をコンダクター11より委譲します」『コンダクター13、了解』
「コンダクター05より、管制全機の展開を確認」「コンダクター12、11よりファゴット01、ファゴット02の指揮管制を引き継ぎます」「コンダクター13より。オーボエ01、オーボエ02の指揮管制の継承を確認」
「コンダクター01より17まで。航空隊全機配置良し」
 オペレータ達が作戦指揮官を振り向いた。多くの視線がただ一つの命令を待っていた。
 作戦指揮官は頷いた。
「攻撃、開始」

 レシーバの奥から待ちに待ったその命令が届いた。
『全機、攻撃開始』
 チグリフォーンの先鋭的な翼が翻る。続くはウィングの固定された無人機の51型。
 火星宙軍は足りない防衛用機体の数を増やすために、チグリフォーンを簡素化した無人機を有人機と組み合わせて運用していた。
 有人機より小型で高機動な無人機は、列機として登録された有人機の背後を守り、強力なデフレクタ・ポイントは敵機を寄せ付けない。
 先行するチグリフォーン22型はデフレクタ・ポイントを全力で稼働させると、今まで編隊を組んでいた木連軍の無人機動兵器を吹き飛ばして加速する。その周囲を回るように、踊るように、無人機の51型がディストーション・フィールドを張り巡らして21型の背後を守る。突然の『友軍機』の機動に木連軍の無人機は追随できず、フィールドの圧力に引き裂かれて次々と爆炎を上げて消えていった。
 ウィンドウに攻撃指示が映し出される。
 敵大型戦艦はいまだ状況を理解できずディストーション・フィールドを張ってすらいない。
 左手のIFSコネクタが光を放ち、対艦ミサイルの発射準備が整った。
 シュート!!!
 大型の重量が次々と撃ち放たれ、機体が軽くなる。その機体を追い抜くようにロケットに点火した大型ミサイルがチグリフォーンのフィールドを離脱し薄暗い紫色の巨大な戦艦の機関部に吸い込まれていく。
 爆発。
 機体を引き起こす。巨大な戦艦の装甲をかすめて飛ぶチグリフォーンのデフレクタ・ポイントが強力な重力波干渉を発生させ、装甲番を引き裂いた。後方からは着弾した対艦ミサイルによって吹き上がる巨大な炎。抉るように、削るように、突き抜ける爆炎を追い抜いて、高く飛び上がる。
 さらなる爆発が周囲の艦を巻き込み、連鎖する爆発が大空を埋め尽くす。
 乾いた唇を舐めて、眼下を見下ろす。
 いくつもの嵐を肩を寄せるように逃げまどう紫と黒の艦影が見える。雲霞のごとき無人機動兵器も、激しい爆発に巻き込まれたのか、既にかつての数はない。
 残弾数を見る。
 大型ミサイルは尽きたが、まだ対艦レールガンの弾数は大量に残っていた。直に来る友軍の第二次攻撃隊が来るには、まだ時間がある。
 口元が自然と歪んだ。獰猛な笑みがこぼれるのを自覚する。
 狩りの時間はまだまだこれからだった。



 火星の他の戦線でも事態は順調に推移していた。
 火星宙軍の二隻の戦闘艦アクタイオン、パエトーンは亜宇宙からの対地攻撃により、後背から亜宇宙間の木連軍の動きを完全に抑え込んでいる。
 エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領は作戦室を見下ろす席から展開する戦況を見つめていた。
 既に、このときを想定して作戦計画ゴルゴーンは3ヶ月以上前から準備されていた。
 休戦期間を通して行われてきた諜報、浸透工作。
 その全てが駆使され、火星宙軍の戦果として上がろうとしていた。
 もちろん、いずれは、木連軍も今回の敗北に対処してくるだろう。しかし、それは今ではない。
 火星宙軍はこの初撃に置いて全ての戦力を投入し、木連軍の無人戦艦群を削り尽くそうと試みていた。
「順調そうですね」
 ガドナスは傍らに立つフェイエン・ノール中佐に語りかけた。フェイエンは髪を揺らせて頷く。
「はい。いささか物資の消耗は激しいですが、幸いクリムゾンからの補給物資が十分に備蓄されてます。敵戦艦群の2割ほどの撃滅は可能です」
「そうですか」
 満足そうに戦況を見つめる。
 まもなく、最後の戦場、マリネリス市防衛戦が始まる。
 そこには作戦計画ゴルゴーンの最後の罠が木連軍無人戦艦群を待ちかまえていた。
「ここでG艦隊群を壊滅できれば、こちらから反攻に打って出ることができますね」「はい」
 木連軍が火星に投入する最大の無人戦艦群。これを撃滅すれば、木連軍占領地域に大きな軍事的空白ができる。火星宙軍は逆に空いた戦力を投入し、木連軍の占領地域に点在する時空転移門、すなわち、チューリップの排除を行うことができるだろう。
 火星からのチューリップの排除は火星が木連から完全に奪還されたことを意味する。
 だが、これには火星政府、そして、彼ら『火星の後継者』達の中でも意見が割れていた。
 こよみやイネス・フレサンジュらは火星には現在自立して防衛する能力はなく、チューリップの排除は航空宇宙軍が内惑星系の覇権を確立してから行うべきであり、性急な反攻作戦はあえて困難を拾いに行く行為だと反対している。
 それに対して、フェイエン・ノールや軍作戦局では早期の全土解放を計画していた。もちろん、彼女らとて火星が自立防衛が困難であるとわかっている。しかし、彼らは火星がこれ以上の戦争状態に耐えきれないと危惧していた。そのため、一時的に火星全土を解放し、火星宙軍にその資源の全てを転用することで、局面の限定を図るべきだと考えていたのだった。
 その双方の主張に対し、ガドナス大統領は、個人的にはフェイエン・ノールと同様全土解放を望んでいたが、そのリスクも十分に理解していた。火星宙軍航宙艦隊の増強無くして火星防衛は困難だ。だからこそ、アクア・クリムゾンの出してきた個人的な提案も考慮に入れずにいられない。
 ちらりと周囲を見回す。
 アジア系の少女の姿は金髪の妙齢の女性が押す車椅子の男の傍らにあった。
「木連軍無人戦艦G群集団、まもなく、マリネリス防空ゾーンに突入します」
 オペレーターの声がガドナスの注意を引き戻した。
「マリネリス航空団、迎撃を開始します」
 スクリーンの中で、AC-M と名前づけられた迎撃機が進軍してくる敵艦隊の前方に広がり、高度を取りながら切り込む用意をしている。
 作戦計画ゴルゴーン。そのマリネリス正面作戦メデューサは旗艦として改装された巡航艦エンディミオンの電子戦制圧範囲内に敵艦艇を追い込み、制圧した艦船を次々と破壊するという単純なものである。
 彼ら航空隊の任務は敵艦隊の誘出であり、エンディミオン、正確にはオモイカネ・アールによって制圧された敵艦の破壊だった。
「変じゃの…」
 オブザーバーの立場として同席していたフクベ・ジン元地球連合航空宇宙軍中将が顔半分を覆う豊かな髭をいじりながら呟いた。
 その呟きはフクベ自身誰かに伝えるつもりのものではない。だから、そんな彼の言葉に問いかけがあったのは驚きだった。
「提督、何か気がかりなことでも?」
 こよみと呼ばれる少女がぴょんとポニーテールの長い髪を振り回してフクベを見た。その姿通りの年齢からは想像もつかない言葉遣いにフクベは目を細めた。
「フム。いささか、木連軍のあの布陣がの」「・・・」
 フクベは自分が疑問に思っていたことを指さし示す。聞けば、フクベと同じく航空宇宙軍の特務とのこと。火星宙軍(マーシャン・リンク)設立時からのメンバーとは言え、よそ者であることに違いはない。艦隊戦について話し相手にでもなる気持ちでフクベは答えた。
 少女がすぐに手元にいくつものウィンドウを拡げた。眼下の作戦室で展開されている作戦情報が簡略化されてウィンドウに映し出された。
 手近な場所に展開された作戦情報に、周囲にいた人たちも覗き込む。
 数多く投入されている無人機や通信情報によってマリネリスに攻撃を仕掛けようともくろむ木連軍の陣容はほぼ正確に把握されていた。木連軍G群集団は二陣に分かれマリネリス峡谷西北西と北東から防衛戦に突入しようと企てているようだった。艦隊の展開は西北西の艦隊が前進しており、北東の艦隊は明らかに遅れている。
 フクベの示した西北西の艦隊群は前衛艦隊に突撃艦と駆逐艦を配置し、後衛艦隊に戦列艦を配置していた。航宙機での防衛を図る火星宙軍に対し、戦列艦を温存する打撃を重視した編成だ。確かに木連軍艦隊がちゃんと艦隊を編成していること自体、珍しいことと言えるだろう。
「マリネリス攻略を前提とした打撃艦隊ですね。前衛艦隊によって火星宙軍の戦力を消尽させ、後方の艦隊を温存する。拠点攻撃には妥当な編成だと思いますが?」
 こよみが小首を傾げた。フクベは頷く。
「うむ。そう見える。じゃが、その通り受け取りには配置に疑問が残るのだよ。ふむ、そうじゃの」
 フクベが後方に展開する艦隊の陣形を示した。その艦隊は大きく4つに分かれ、その両翼を突撃艦を中心とした駆逐戦隊が固めている。中心の二個艦隊は砲撃戦のためか横に広く展開し、奥行きは少ない。それに対して両翼の艦隊は縦に戦列を伸ばしている。前衛艦隊が四つの挺団に分かれて前進しており、後衛艦隊は前衛艦隊よりも薄く広く展開していた。
「この展開では前衛艦隊がマリネリス航空団と交戦した場合、後衛艦隊がそれに拘束される可能性が高い。おそらくは、両翼の艦隊を前進させて支援するつもりなのじゃろうが、それにしては距離が近すぎる。
 ほれ、見るがよい。航空隊の突入に従って、前衛艦隊の動きが遅れておる。このままでは、後衛艦隊が追いついてしまう。航空隊に有利な乱戦になるじゃろうて」
 こよみが航空隊の戦況を差し込む。次々と交戦を開始するマリネリス航空団。無人機とのペア編成で機体数を増強した航空戦隊は前衛艦隊の全身を阻止するために、一個当たり一〇〇隻ほどの戦艦群への突入を行っている。その数は272機。マリネリス防衛を行う機体のおよそ7割に及んでいた。残る機体はマリネリス市直援を行う無人機と戦術予備、そして、ジャンパー専用機であるコレオプテールが数機だった。ほぼ実働戦力の全てを注いで、敵前衛艦隊の誘出を行っていた。
「それはそうですが…。木連軍はただ単に陣形の選択を誤っただけではありませんか?」「どうかな」
 こよみの問いに、車椅子の男が答える。テンカワ・アキトはあまり問題視されていない敵の無人機動兵器群の配置を指さす。
「もしもそうであれば、無人機がここに配備されているはずがない。これは明らかに、航空隊を後衛艦隊に向かわせないためだろう」
「前衛艦隊に航空隊を拘束することが目的ということか? そんなことをして意味があるとは思えんが」「ふむ…」「・・・」
 こよみが腕を組む。
 言われてみれば確かに木連軍の無人兵器群は前衛艦隊後方に展開していた。その艦隊の隙間を埋めるような配置は後衛艦隊への突破を許さないという構えなのかもしれない。
 しかし、前衛艦隊は火星宙軍の攻撃によって進撃速度が低下し、後衛艦隊は変わらず前進し続けている。遠からず、後衛艦隊両翼の艦隊が前衛艦隊に追いついてしまうだろう。あとはフクベの言う通り乱戦に巻き込まれるのが落ちだ。後衛艦隊は乱戦を回避するどころか、気にする様子もなく前進し続けている。
「両翼を抜ける様子はなさそうじゃの」「・・・」「・・・」
 左右に展開する様子を見せない後衛艦隊にフクベが呟く。
 悪い予感がする。
 誰ともなく視線を見交わした。
「何らかの作戦か?」「戦列艦が乱戦に巻き込まれてどんな意味がある?」「考えすぎと言うこともないとは言えんの」
 ジリジリと煽られるような焦燥感。
 木連軍の意図が読めない。
 通信傍受も、戦況も、現状を表現する以上の情報を取得することはできない。
 まもなく、後衛艦隊が前衛艦隊と合流する。
「そのまま、乱戦になって制圧域にもつれこんでくれるならいいが」
 珍しく揺れる瞳でこよみがウィンドウを見上げた。
 このまま、オモイカネ・アールの制圧圏内に艦隊を引きずり込むことができるなら、あとは行動できない敵艦を一方的に潰していくだけなのだ。むしろ、この展開は火星宙軍にとって有利だ。有利のはずだ。
「敵後衛艦隊、主砲発砲準備!?」「「「!!!」」」
 オペレーターの戸惑うような声にアキトたちが目を合わせた。
「しまった!」「退避を!」「間に合わん!!」
 作戦室に三人の声が響いた。
 どうしたのだと戸惑う視線が彼らに集まった。
「どうしました?」「早く航空隊を逃がせ!」
 フェイエンの言葉にこよみが叫ぶ。
「敵艦発砲。・・・えっ?」
 報告が途切れる。こよみがウィンドウを見つめた。
「敵前衛艦隊、消滅しました…」
 ウィンドウに映し出された戦場には、一面の炎が広がる。
 それはつい先ほどまで、木連軍G群集団前衛艦隊とマリネリス航空隊が戦い続けていた場所だった。


続く...

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 あとがき

 遅れてごめんよう。
 しかし、某水の惑星のアニメとこれの舞台が同じだって信じられないよね。