Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

Document $Revision: 1.9 $



第七話 Dパート

 『いつかあなたと「謳う歌」』


1.

 それはナデシコが順調に北極冠への航行を続けていた時のこと。
 アマノガ・ルリが提案した火星軍を囮にするという作戦は確実に効果を上げていた。木星蜥蜴の主力は火星軍との本格的な戦闘に拘束され、ナデシコの向かう北極冠方面にはほとんど配置されていなかった。
「俺を護衛に?」「はい」
 作戦前のブリーフィングでパイロット達の配置を検討していたときの彼女の言葉に、テンカワ・アキトは意外そうな顔をした。
「大尉、護衛なら私に」「イツキさん、オブザーバが二人ともナデシコを離れるわけにはいきません」
 不安そうな表情のイツキ・カザマ航空宇宙軍中尉を、彼女が、アマノガ・ルリがなだめる。
「じゃ、オレたちが」「ダメだよ。私たちはナデシコの護衛があるもん」「・・・そうね」
「そこで俺の出番だぜ」「論外」「ガーン」
 笑いながら、どつきあいながら、それでも、アキトは自分が認められた気がして少し嬉しかった。
 嬉しかったんだ。
 だが、そのすべてはこのためだったんだと、アキトは反応のないエステバリスのアサルト・ピットの中で理解していた。
 それは、圧倒的なまでの無力感。
 アキトはシステム掌握されたエステバリスの暗いアサルト・ピットの中で反応のないIFSコネクタを殴りつけた。
「畜生! 一体どういうつもりなんだ!」
 密閉されたアサルト・ピットに叩きつけるように叫ぶ。
 アキトのエステバリスは今、機能が停止した重力波カタパルトの途中に転がっていた。アマノガ・ルリの水色の電子専用エステバリス・カスタムが発艦し、その護衛として続いてアキトがナデシコを発艦しようとしたとき、突然、重力波カタパルトが停止し、アキトのエステバリスも制御を失ったのだ。艦橋(ブリッジ)に尋ねても、艦橋(ブリッジ)もまた混乱しており、まともな返答は期待できなかった。ただ、ひとつ判ったことは、彼女が、アマノガ・ルリがこの自体の元凶であると言うことだけだった。
 わからない。
 彼女が、アマノガ・ルリがいったい何を考えているのか、全然分からなかった。
「俺は、俺はここまで来て蚊帳の外かよッ!」
 ウィンドウが開いた。そこには、ナノマシンと全周ウィンドウの輝きに包まれた彼女の白い端正な面立ちがあった。
『・・・すみません。私が同行できるのは、ここまでです』
 返答があるなんて思ってなかった。先ほどまでの声も全部聞かれていたのだと思うと、若干の恥ずかしさと大部分の怒りで身体が熱くなった。
 アキトはウィンドウに映し出された少女を、騙されないと自分を言い聞かせて睨み付けた。その憂いを秘めた瞳に惹き込まれないようにするためにも。
「どういう意味だよ!」
『・・・本来いるべき人がいない代わりに、本来いないはずの私がいなくなって、これで全て元通り。そういうことです』
「本来いないはずって、あんたはここにいるだろう!」『・・・そう、ですね』
 ルリは小さく自嘲の笑みを浮かべた。
『「私」はここにいる。だから、私はもう…』
 水色のエステバリスがアキトのピンク色のエステバリスを置いて先に行ってしまう。アキトは動きの止まった重力波カタパルトの中でその姿をただ見送るしかできなかった。
「ちっきしょう!」
 アキトは一言叫ぶとアサルト・ピットの強制排出装置を作動させた。暗いカタパルトの中にアサルト・ピットが転がる。衝撃に朦朧としながらも、アキトはアサルト・ピットから這い出ると、格納庫への暗く長い道を走り出した。
 向かうのは艦橋(ブリッジ)だ。あそこの通信設備ならきっとアマノガ・ルリを押さえることができるはず。
 アキトは暗い回廊を一人走り続けた。





2.

 火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)、統合作戦局の作戦指揮所には、ほぼ同時に赤道を越えて侵攻を開始した3つの木連軍無人艦隊群が映し出されていた。
 対抗するのは、各都市に展開する火星軍の航空隊だ。だが、圧倒的なまでの数で雪崩れ込んでくる木連軍の艦艇を止めるには、あまりにも頼りなく、迫り来る暴走戦車(ジャガーノート)を前に振りかぶられた蟷螂の斧にも見えた。
 それは、仕方がないことだ。
 いくら情報戦で圧倒的な勝利を得ていようと、目の前の圧倒的な力の差にはいかんともしがたい。
 だって笑ってしまう。火星軍が木連軍に対抗できるすべての航空機材、チグリフォーン、コレオプテールを集めても、木連軍が投入する大型戦艦にも数で負けているのだ。敵の主戦列艦と味方の航空機がだ。補助艦艇、無人機などを含めたときの戦力格差は、消耗戦になったら二ヶ月と持たないどころか、一週間で磨り潰されてしまうだろう。
 その、火星軍が避けようとしていた消耗戦が、作戦指揮所のスクリーン上でいま展開されようとしていた。
『アクタイオンより通信。射撃位置に着いたとの事です』
『パエトーンより連絡。指示を待つとの事です』
 火星低位衛星軌道(LOO)を遷移したエンディミオン級巡航艦(クルーザー)の二隻が発射位置に到着したことを連絡してきた。
 目標は木連軍無人戦艦群集団Bだ。この集団はマリネリス=ヘラス市を防衛の主軸とする火星軍に対して、逆方向エリジウム平原から南極方面への浸透を行おうとしていた。
「今、一番支援を必要としているのはA群集団を正面に向かえているメリディアニ市ではありませんか?」
 戦況を見つめながら、エマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領が尋ねた。すぐそばに立つアジア系の少女が答えた。
「メリディアニ市とマルガリティファ市はマリネリス=ヘラス両都市の中継に当たる火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)最重要拠点です。そのため、ありったけの航空・航宙機材が集められています。早期に陥落することはありません。
 このB群集団は大規模な航空集積地のないエリジウム方面から南極を越え、後背からヘラス市、アルギル市を襲撃する位置にあります。ここは我々火星植民都市連合にも大規模な都市がなく、迎撃拠点も乏しいのですが、逆に周辺地域を巻き込んだ、なりふり構わぬ宙対地攻撃が可能です。
 ですから、可能な限り早くそのことを連中に教育することで、敵の侵攻ルートをマリネリスおよび、メリディアニに抑え込むことが可能です。我々はアルギル市、そして、ヘラス市を安全な後方にすることで、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の継戦能力を維持し続けます」
「なるほど。戦域の極小化ですか」「はい」
 こよみはガドナスのために火星の地図を南極から見た図に切り替え、木連軍の各無人群集団の動きと迎撃の過程を描いて見せた。
 木連軍は火星の南側の地形、都市の位置を把握していない。そのため、八つの群集団は規模に応じて多少配置を換えているが、ほぼ等間隔に赤道越えを謀っていた。
 そのうち、最大の群集団Gはマリネリス市正面に展開している。
 マリネリス市は北西にすぐ海洋に面しているため、マリネリス市以外での防御拠点を編成できていない。おそらくは、木連軍もそれを前提に一気に力で揉み潰し、以後のパワーバランスを木連側に傾かせるつもりなのだろう。だが、逆に、火星側にとっては、一カ所でより多くの木連軍戦力を撃滅し、以後の防衛戦を有利に進めるチャンスでもあった。それだけの力があれば、の話だったが。
『あー、大将。そろそろ始めていいかな?』「・・・」
 こよみは額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。それはパエトーンからの通信だった。作戦指揮所に浮かんだウィンドウの一つにエノラ・パーキンスが暢気そうにこちらに手を振っていた。
 この極楽トンボ…。
 こよみは周りの楽しそうな視線をあえて無視して、手を振って見せた。
「なにを言ってる。お前、今は航宙戦隊の所属だろ。ちゃんと命令系統を守ってだなぁ」「まぁまぁ」
 苦笑しながら、ガドナスが説教を始めたこよみをなだめる。なにやらエノラが腕を組んで考えている様子だったからだ。
「エノラさんもなにかあるのでしょう?」「ガドナスさん、こういう馬鹿にはびしっと」
 ガドナスの取りなしにエノラがほっとしたように頭を掻いた。
『いや、やっぱさ、こういうときは何かかっこいい台詞でも言わんと』「グレッグさん、始めちゃってください」
 エノラが皆まで言うのを待たず、こよみはアクタイオンの艦長であるグレッグ・カニンガムに声を掛けた。グレッグは髭の生えた口元をにやりと歪めて笑みを浮かべると、大きく前に手を振った。
『おーし、ぶっ放せー!!』『うわっ、俺、放置かよ!!』
「アクタイオン、重力波砲(グラビティ・ブラスト)広域放射」「パエトーン、エネルギー装填完了。自動発砲装置正常稼働中」
『酷ぇ、こっちも負けずに行くぞ!』「パエトーン、発砲」「アクタイオン、自動発砲装置正常稼働中」
 エンディミオン級改装重砲艦(ヘヴィ・ガンシップ)に装備された四連装の重力波砲(グラビティ・ブラスト)のうち一門から放たれた黒い帯が、火星低位軌道(LOO)上から無人艦B群集団を包み込んだ。ナデシコ級に比べ、射程は四分の三程度、威力のほどは半分ぐらいしかないが、それでもアクタイオンの一撃に、少なくない無人機動兵器が爆発していく。しかし、例え大気圏内とは言え、さすがに、カトンボ級駆逐艦やヤンマ級突撃艦、オニヤンマ級大型戦艦などの艦艇は微かに空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を揺るがせる程度で持ちこたえる。
 そこに、パエトーンからの第二射が覆い被さった。今度は、さらに多くの火球が発生する。カトンボ級駆逐艦の中には揺らぐ重力波に翻弄されて行き足が止まってしまう艦もあった。
 アクタイオンの第三射には幾隻かのカトンボ級駆逐艦は完全に脚を止められ地上に着床する。また、ヤンマ級突撃艦にも空間歪曲場(ディストーション・フィールド)が安定せず針路が揺らぎだす艦があった。
 そして、パエトーンの第四射目。
 ついに、着床していたカトンボ級駆逐艦が絶えきれずに爆発した。また、上空で動きを止めていたカトンボ級の中にも同様に重力波の朝夕力に引きちぎられ火球に成りはてる艦が現れていた。
「そろそろいいな」
 こよみが告げた。ウィンドウの向こうでグレッグが頷き、クルーに命じた。
『次射より本射、行くぞ』『うちもこれで本射に行くぞ』
 アクタイオンの五射目には、B群集団は完全に動きを止めていた。アクタイオン、パエトーンの併せて8門の砲塔から間断なく降り注ぐ重力波砲は、一門一門の威力は低いとはいえ、木連軍無人艦艇の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)に無視できない歪みを与えていた。脚を止めた無人艦群は空間歪曲場(ディストーション・フィールド)にエネルギーを回すと、少しでも相転移機関の出力を上げるべく上昇を開始する。
 それを押し込むかのように、パエトーンの第六射が無人艦群を地表に追い返した。
『なぁ、こよみちゃん。何か格好いい一言頼むよ』『ああ、ずりぃ!』
「・・・えっと」「頼みますよ」
 グレッグが砲撃切り替えの合間に世間話のようにこよみに声を掛ける。作戦指揮所の面々からも奇妙に期待を込めた視線が集中し、こよみは思わず凍り付いた。そこにとどめを刺すようにガドナスからも優しい声が掛けられる。だが、間違いない。声が笑っていた。
 こよみは恥ずかしさに引きつりそうになる顔を必死に堪え、アクタイオン、パエトーンからのウィンドウを見上げた。
 そして、声を張り上げる。そのアルトの声が作戦指揮所に、そして、アクタイオン、パエトーン両艦に響いた。
「コホン、それでは…。  反撃の烽火(のろし)を上げろ!」
『本射開始!』『発射タイミングをアクタイオンに。続くぜ!』
 アクタイオンの上部側2門の重力波砲(グラビティ・ブラスト)が、相互干渉した重力波を地表に向けて放出した。
 今までに倍する以上の威力を叩きつけられて、地表に拘束された無人艦群は次々と異常朝夕力に艦体を挽き潰されて次々と火球に成りはてていく。その衝撃波がまた新たな打撃となって、無人艦の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を揺るがし、耐えきれなくなった小型艦艇は周囲の艦と連鎖するように次々と爆発を拡げていった。
 そして、さらに追い打ちを掛けるようにパエトーンからの射撃が彼らに叩きつけられた。
 それはこれまで彼ら木連が火星の住民に向けて繰り返してきた行為が、今遙かな高みよりの鉄槌となって彼らを叩きのめし打ち砕く。
 本射を開始して5射後には、既に木連軍無人艦群集団Bと呼ばれていた二〇〇隻近い艦船は跡形もなく火星の大地に消えていた。





3.

「・・・アキト、さん?」
 ウィンドウ・ボールの輝きに照らされたアサルト・ピットに響いた声に、アマノガ・ルリ、いや、ホシノ・ルリははっとした。
 ずっと探していた。生きていると信じていた。でも心配だった。不安だった。
 アキトさんの身体はもうボロボロだった。
 戦って、戦って、戦い続けて。
 アキトさんの身体を蝕んでいたのは、過剰に埋め込まれた極小の無人機械(ナノマシン)
 アキトさんの戦う力となっていたのは、幼い頃の自分の無力が悔しくて埋め込んだ微小機械(ナノマシン)
 『火星の後継者』からユリカさんを取り戻すため、アキトさんは自分の身体を文字通り微小機械(ナノマシン)に溶かされ喰われながらも、その微小機械(ナノマシン)を武器に戦い続けてきたのだ。
 アキトさんの武器になったのは、IFS、ボソン・ジャンプ。でも、それはみんなナノマシンに基づいた技術だった。だから、戦い続けるにはそれに頼るしかなかった。自分の命を削っても。
 いつも不安だった。
 今、この瞬間にも、あのひとはルリの知らないところで息絶えようとしているのではないか。もう、会えないのではないか。そんな怖れががいつも胸にしこりのように残っていた。
 視線はいつも、あのひとを捜していた。
 ただ二人流された、よく知るとても身近な異世界で、ひょっこりと迎えに来てくれるのではないかと、いつも期待して、絶望してた。
 だから、嬉しかった。
 無事でいてくれたことが、生きていてくれたことが、もう一度、その声を聞けたことが、ただ嬉しかったのだ。
 でも・・・。
「アキトさんですよね」『・・・』
 今度は確信を持って問いかけた。無言の奥にルリはアキトの逡巡を感じ取る。
 アキトさんらしい。口元を綻ばせて、そう思う。きっと、SOUND ONLY のウィンドウの向こうでは、ばつが悪いような困った笑顔を浮かべているのではないだろうか。
 でも、ルリの口から零れた言葉は、彼女自身がはっとするほど冷ややかなものだった。
「アキトさんはそこで一体何をしているんです?」
 そこにははルリ自身が気付いていなかった感情が、怒りと憤りが込められていた。
「そこで何をしているのですかと聞いているんです!?」
 自覚するともう止まらなかった。ルリは頭のどこかで意外と自分も激情家だったんだと評価しながらも、溢れる感情に押し流されていった。

 それは意外な光景だった。
 あのいつも冷静で物静かで声を荒げることなんてないと思っていた彼女が、いま、ウィンドウ越しとは言え目の前で怒りを露わにしている。こんな光景を目にするとは、ミスマル・ユリカは思ってもみなかった。
 しかも、相手はアキト。ルリちゃんのアキトだった。
 わかってはいたんだ。ルリちゃんが誰かを探しているって事は。
 でも、それがアキトだったなんて…。一体二人の未来にどんな事があったんだろうって、不思議に思う。それより、なにより、二人だけここにいるって、ちょっとずるい。
『・・・ルリちゃんか。なるほど。それでは、目撃者を残すわけにはいかないな』「「「!!」」」
 まるで、アキトの言葉とは思えない台詞を、アキトの声が告げる。あ、でも、ちょっと格好いいかも。
「そんな、駄目よ。私はアキト一筋なんだから。あ、でもこっちもアキトなんだから問題ないような。駄目駄目。私は一途な女なんだから。でも、その、アキトになら、殺されても…」『義姉(ねぇ)さん、何を言ってるんですか…』
 溜め息と共に、今までまったく反応してくれなかったルリちゃんが応えてくれる。
 ユリカは何となくそれが嬉しかった。でも、それとこれとは別だ。
「駄目だよ。ルリちゃん、アキトを独占しようだなんて。お義姉(ねぇ)さんは許しませんよ」
 びしっとユリカは人差し指を声しか出ない黒いウィンドウに向けて突きつける。もう一つのウィンドウの中で、大きなルリの表情が微かに強張ったことに、しかし、ユリカは気がつかなかった。

「くっくっく…」
 笑いが零れる。
 IFS 経由で送られてくる敵の配置情報から木連軍の大型艦同士の射線に入るよう巡航追撃機(クルーズ・チェイサー) MLE-03B コレオプテールをスライドさせる。同士討ちを避けるために、木連軍の大型艦は発砲できない。こちらの針路前方に展開するバッタやジョロなどの無人機動兵器はコレオプテールの収束空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)がまとめて吹き飛ばす。
 ああ、そうだった。
 テンカワ・アキトは笑う。ナデシコはこういう場所だったんだと思い出して、笑いを止められなかった。
 弾種を通常弾に選定。オニヤンマ級大型戦艦の張る強力な空間歪曲場(ディストーション・フィールド)をかすめ飛ぶようにぐるりと回転し、離脱ざま機関部に通常弾をジャンプさせる。ユニット構成で作成された非一体型艦形の木連式艦艇は接合部の剛性が脆い。それは、実はナデシコ型にも共通の弱点だったりするわけだが、その結果として、機関部に発生した爆発は接合部を伝わって大型戦艦を縦横に切り裂き、大爆発を起こした。その爆炎に隠れ、コレオプテールを見失った無人艦艇を余所にアキトの操るコレオプテールは新たな敵性母艦(チューリップ)に狙いを定めた。
 それは一瞬の閃光と全てを蒸発させて吹き抜ける灼熱の嵐を生み出す。
 チューリップを護衛するように展開していた艦船も発生した核の炎に煽られ、吹き飛ぶ。爆発は爆発を呼び、次々と破壊と炎の狂騒を引き起こした。
 ああ、なんて懐かしくも可笑しい日々だったのだろう。
 だから、アキトは少し考えに至らなかった。
 ナデシコを追い詰めた木連艦隊を破壊しまくりながら、掠れた笑い声を上げる男は、やはりどうみても不審者だと言うことに。

 その様はまるで破壊を振りまく魔王のようだった。
 たかだか全長37メートルの航宙機に、数百隻の艦艇が蹂躙される。
 その行く手に塞がろうとする無人機動兵器は沸き起こる衝撃波に粉々に吹き飛ばされ、鈍重な戦艦は次々と爆発を起こし松明のように燃え上がる。
 自分も未熟とは言えエステバリスを駆って木星蜥蜴の戦艦と対峙したことがある。だからこそ、より一層、戦闘ステージから見上げたウィンドウに映し出された光景がリアルな非常識を伝えていることを実感した。
「すっげぇ…」
 テンカワ・アキトは愕然と魅入られたようにスクリーンを見つめる。それは、まるでゲキガンガーを見ているかのようだ。
「でも、あれ、なんか悪役っぽくないですか?」「あら、そう? 結構いい男だと思うけど」「でも、目撃者を消すとか言ってますよ」「アキトはそんなことしません!」「別にテンカワさんのこと言ってません」
 四機目のチューリップが破壊される。
 すでに余りに多くの被害に、木星蜥蜴の艦隊は荒れ狂う暴風を避けるかのように退避を始めていた。残るのは、アマノガ・ルリによって支配され、チューリップへの突入軌道にあるナデシコと水色のエステバリス、そして、あの悪魔のように凶悪な機体だけだった。
 そのリングを斜めに付けた双胴の槍のような機体、コレオプテールと言うらしい、はナデシコに向かって接近する。その前にかばうように水色のエステバリスが立ちはだかる。エステバリスに近すぎない距離で、コレオプテールはリングを解き、ぐるりと回転した。
 中央から分離したリングは後背に回り、鳥の翼のように折りたたまれる。そして、双胴の舳先は中央で手前に折れ曲がり、リングを支えていたアームから華奢なマニピュレータが現れた。マニュピレータの手の甲が折れ曲がり、黒光りする銃口が矢継ぎ早に水色のエステバリスに向かって炎を撒き散らす。
「止めろぉ!」「手前ぇ!」「大尉!」「変形したくせに卑怯だぞぉ!」「変な顔、変けぇ?」「あ、あのさ、イズミ…」
 ウィンドウに映るアマノガ・ルリのアサルト・ピットに次々と赤いランプが点灯し、エステバリスがいくつものパーツを切り離した。
『くっ、アキトさん! どうしてです? どうして、あなたがまだ戦ってるんです?』「ナデシコ、操艦回復します」
 ウィンドウの向こうで、ウィンドウ・ボールのシステムが落ち、ルリがシステムの再立ち上げを行う。ホシノ・ルリが冷静にナデシコの操舵が回復したことを告げた。
「ミナトさん!」「まかせて」
 操舵周りの制御に不要な接続を落とし、ミナトは手早くナデシコの操舵系の制御を取り戻していく。チューリップへの突入を止める程度の操艦にはオモイカネのサポートはほとんど必要ない。そして、残った部分は、ミナトの腕でカバーだった。
『応えてください。私、怒ってるんです』『・・・君にそれを言う必要はない。ナデシコ、退避を支援する。エステを回収して去れ』
「慌てて退避する必要もなくなっちゃったわけだけどね」『ドクター・・・』「はいはい」
 肩をすくめるイネス・フレサンジュに溜め息を込めた声が届く。
「あの、助けていただいて、ありがとうございます。あなたは…」『・・・』『・・・』
 ミスマル・ユリカは制帽を脱いで礼を告げた。わずかばかりの間をおいて、声は続く。
『一時的に追い払っただけだ。奴らはすぐに戦力を立て直して来るぞ。後かたづけだけはしておいてやる』
「でも、圧倒的だったじゃない?」
 ミナトが操舵盤に肘をついてウィンドウを見上げる。
『正直もう弾がない。後は、そのチューリップに通常弾を二発ほど残してあるだけだ。これ以上の対艦攻撃能力はもうない』「あらま」
 納得する。
「それじゃ、私もお暇するわ」「ドクター!!」「それは困りますねぇ」
 ゴート・ホリイとプロスペクターが戦闘ステージに降りていくイネスに声を掛ける。だが、イネスは気にすることなく降りると、周囲をも回す。出入り口を固めているためか、周囲の人々と充分な距離が取れていた。イネスは満足げに頷くと、そっと頭を傾げて蒼い宝石のついたイヤリングを外した。
 イネスはチューリップ・クリスタルを片手にプロスペクターを見上げる。
「そうね。あなた達もこのまま帰るというわけにも行かないでしょ。だから、これはネルガルへのサービス」
 言葉と共に、イネスの身体にナノマシンの紋章が広がっていく。蒼い光が煌めき、イネスの身体ゆっくりと宙に浮かんだ。
「捕まえてください!」「あら、私に触れてはいけないわ」
 戸惑いを見せるパイロット達にウィンクを一つ、そして、イネスは告げた。
「ジャンプ」
 現れる闇に吸い込まれるようにその姿が掻き消えた。





4.

「”いかさま戦争(ファニー・ウォー)”?」
 人形のように美しい少女が小首を傾げる。細く柔らかな金色の髪が、少女の襟元をそっと撫でた。
 アクア・クリムゾンがその言葉の意味を知らないわけではない。しかし、それは火星の状況とはあまりにもニュアンスを異にしていたのだ。
「第二次大戦とはあまり似つかわしくない状況のようですけれど?」
 アクアは彼らの意図を問いかけた。それが火星の判断ミスであれば、切り捨てる分岐点を見定めなければならない。
「別に木連が経済的に破綻するなどとは考えておりません」
 笑みと共にエマニュエル・ガドナス火星植民都市連合大統領が首を横に振った。
「我々が行おうとしている戦いは戦争を偽装するものです」「偽装? できるのですか?」
 アクアは答えを求めて、目の前のアジア系の少女に問いかけた。
 黒い髪をポニーテイルにまとめた少女はウィンドウに木連軍の艦隊展開図を表示した。
「これは、木連軍無人艦隊における艦隊指揮系統をモデル化したものです」「まぁ!?」
 アクアは少女が示したものに目を見張った。それは電子戦の根幹に繋がる重要なデータだ。アクアは珍しく驚きを隠さず声を上げた。
「このような情報、良く手に入ったものですわね?」「一年ほどの地道な情報戦の成果です」「クク…、げふぁッ!!」
 こよみは内心舌を出しながら沈痛な表情で答えた。
 アクア・クリムゾンの背後でエノラ・パーキンスがそんなこよみの演技に思わず笑いを堪えきれず吹き出し、イオリに張り倒されていた。せっかく、情報を高く売りつけようとしているのを邪魔をする奴には当然の報いだった。
 こよみは何事もなかったようにアクアの背後から視線を戻した。一年ほどというのはまんざら嘘ではない。だが、ユーチャリスに搭載されていた無人兵器の情報から木連軍指揮下の無人機の通信系に潜り込むことができるようになってからは、木連軍の指揮通信網に潜り込むことにほとんど困難はなくなっていた。
 もともとが民生品だったこともあるだろうが、木連軍の指揮通信系統は「あまりにもザル」だった。木連軍は無人兵器群が使用している通信層を解析されるとはまったく考えていないとしか思えなかった。
 しかし、クリムゾンにこの事実を伝えれば、どんな経緯で木連側にその作戦目的などが読みとられていることを知られないとも限らない。火星が押さえている木連についての情報は、細心に、高く、売りつける必要があった。
 ウィンドウに広がる指揮管制ツリーの中で、いくつかの赤い点が光る。そして、その赤い点から伸びるラインが二階層に分かたれたピラミッドに繋がった。
「これが木連軍無人艦隊司令部です。ボソン通信機を利用した前線情報の取得が行われています。上層が艦艇、下層が機動兵器に対する戦闘式です。各指揮系統に従い、ボソン通信機を経由して取得された戦果評価が木連軍の戦略決定の評価情報になるわけです。
 我々は、ここに欺瞞情報を送り込みます」
「どうやって…、いいえ、それは訊かない方がよろしいのでしょうね」「恐れ入ります」
 アクアはふっと暗い宙へと視線を彷徨わせる。
 火星軍は木連軍の詳しい内部情報を知っている。それはおそらく無人兵器というハードウェアを媒介にした情報なのだろう。もし、木連側に人的接触活動(ヒューミント)を行っているのであれば、もう少し生々しい情報がさらけ出されているはずだ。
 人は人の中で利害の網を編むのだから。
 そう考えると、欺瞞情報を送り込むことは、可能なのだろう。
 無人兵器群の指揮管制に欺瞞情報を送り込み、その間に彼らは末端を排除しようと言うのか。でも、それでは”いかさま戦争(ファニー・ウォー)”にならない。そもそも、彼らは何を”いかさま戦争”だと言っているのだろう。
 ”いかさま戦争(ファニー・ウォー)”とは第2次世界大戦時にポーランドがドイツに侵攻された折、イギリス、フランスの両国が宣戦布告したにもかかわらずドイツと1年近く交戦しようとしなかった時期のことを言う。
 戦っているけど、戦っていない。
 アクアは気がつく。つまり、彼らの言う欺瞞情報とは、戦争の記録なのだろう。木連本国に対して戦争をしているという情報を送りつけながら火星では実際には戦わない。それが可能だと、彼らは言うのだ。
 アクアは視線を戻すと、こよみに向けて尋ねた。
「いつまで続けるのです?」
 その問いかけはアクアが彼らの意図を理解したと言うことを意味していた。
 こよみは答えた。
「航空宇宙軍が火星周辺の制宙圏を奪還するまでと考えます」「・・・」
 アクアはその細く美しい眉を顰めた。
 遠かった。
 単純に見積もっても1年半から2年近くかかることだろう。しかも、それは航空宇宙軍の反攻作戦が順調にいっての話だ。実際にはどれほど先の話になるだろうか。
「できるのです?」
 アクアは彼らの正気を疑うように口元に冷たい笑みを浮かべて問いかけた。
 彼らの答えはシンプルだった。
「できなければ、負けます」
「そうね」
 アクアはあっさりと頷く。できなければ死ぬ。それだけの話だった。





5.

 テンカワ・アキトは背後の爆撃手席(ガンナー・シート)にボソンの発光現象を感じた。爆撃手席(ガンナー・シート)の画像を受けとると、そこにはナデシコの艦橋(ブリッジ)から消えたイネス・フレサンジュの姿があった。イネスはすぐにIFSコネクタに手を置いた。
『お兄ちゃん、お待たせ』『いや』
 イネスの言葉に軽く首を振って待っていないことを示す。イネスがIFSの通信系を操作した。
『画像を写していいかしら?』『ああ、かまわない』『そう』
 アキトの同意を得ると、イネスは後方の爆撃手席(ガンナー・シート)から立ち上がり、前席のカメラを覗いた。
『ウィンドウ、写すわね』『ああ』
 IFSのみを経由していたコクピットに、二つのウィンドウが映し出される。
 ひとつはナデシコの艦橋(ブリッジ)を見下ろす形で、イネスは黒のゴーグルを付けた男の後ろからナデシコ・クルー達に手を振った。
 そして、もう一つのウィンドウには、ただ、ひたむきな視線でこちらを、いや、アキトを見つめる女の姿があった。

 アマノガ・ルリ、いや、ホシノ・ルリはウィンドウに映し出された懐かしい人の変わらぬ姿に、憶えず瞳に涙を湛えていた。
 駄目だ。
 目元が熱くなる。ジンと痺れるような感触にルリは自分を叱咤する。今はそんなときではない。
「アキトさんは火星を支援していたんですね」『…そうだ』
 確信はあった。本来の歴史を越えて戦い続ける火星。それは本来あり得ない何者かの介入がなければあり得ない。そう信じていた。でも、それとこれとは話が別だ。
「過去を変えても、アキトさんの身体が治るわけではありませんよ』『ああ。そうだな』
 黒いバイザーに表情を隠してアキトが頷く。ルリは身体が怒りとも憤りともつかぬ想いに震えるのを感じた。
「『火星の後継者』たちを倒しても、復讐が果たせる訳じゃありません」『ああ、わかっている』
 駄目だ。
 やっぱり耐えられない。
「それなら、なぜ…」
 涙が溢れる。
「なぜ、アキトさんが戦わなくてはならないんです?」
 ああ…。
 ルリはようやく理解していた。
 この怒りは、この憤りは、アキトさんに感じていたんじゃない。
「アキトさんはもう充分に戦ったじゃないですか?」
 不器用で優しくて、いつもまっすぐなアキトさんを戦いから手放そうとしない、この理不尽な世界がなにより許せなかった。
 だから、自然と言葉がのどをついて出てくる。
 言ってはいけない。
 誰かの制止する声が聞こえる。
 それは裏切り行為だ。
 でも、止まらない。
 そして、なによりもルリ自身が止めたくなかった。
「この世界は『私たち』のものではありません」
 それは、決別の言葉。これまでルリの事を大切に思ってくれた人々の心を踏みにじる言葉だった。
『・・・そんな、ルリちゃん』『・・・』『ルリルリ…』
 ウィンドウの向こうから愕然としたような声が聞こえる。彼女たちにとって初めて聞くルリの本心。ルリがホシノ・ルリからアマノガ・ルリになってずっと心の奥底に秘めてきた想いだった。
 でも、ルリにはそんなことはどうでも良かった。彼女の視線は、ただ、あの人だけを見つめていた。
「私たちは『この世界』にいてはいけない存在なんです」
 私とあの人、ただ二人だけの異邦人だった。

 アキトはルリの言葉に胸の痛みを感じていた。
 この義妹(いもうと)はずっとこんな思いを抱いてこの世界に生きてきたのか、と。
 自分の存在に罪悪感を抱きながら、自分の行動に罪の意識を感じながら、痛みの中で歩んできたのか、と。
 アキトはルリを巻き込んでしまったことに苦い思いを噛みしめる。
 意地を張っていた。
 思い出すのはあの最後の時。
 ユリカに逢うことが怖くて、自分の中に吹き荒れる怒りと悔恨をぶつける相手が欲しくて。
 そして、死に魅入られていた日々。
 すべてを奪われた気になって、残っていたものすら捨てて、死を追い続けた。
 その結果がこのざまだ。
 幸せになって欲しい。戦争や哀しみから無縁な場所で、当たり前の生活を送って欲しいと遠ざけた少女を巻き込んで、そして、また、たった一人置いてきてしまった。
 気にならなかった訳ではない。
 クリムゾンとの交渉の傍、地球上で戦意高揚のためとはいえ、ルリの活躍は大きく報道されていた。それを目にしたとき、アキトは確かに嬉しかった。嬉しかったのだ。
 生きていてくれた。無事でいてくれた。
 どこか怪我をしていないか。ネルガルに狙われたりしているんじゃないか。軍で危険な目に遭わされたりしていないか。
 いろいろ心配なことはあったが、それでも、ルリが自分の居場所を見つけ、この世界で新しい自分の居場所を手に入れようと頑張っているのだと信じていた。
 だから、アキトをルリに逢おうとしなかった。
 自分は過去の亡霊。だが、日の当たる場所で華やかに生きていけるルリと道は違えど、過去の亡霊なりにやるべき事、いや、やりたいことがある。新しい仲間もいる。そして、目指すべきものもある。
 アキトにできることは、ただ影ながらにルリの幸せを見守ることだと心していた。
 だからこそ、ナデシコ出港時にも航宙実験と称して巡航艦(クルーザー)エンディミオンで見守っていた。あの時、どれほどチグリフォーンを駆って彼らの前に姿を現したかったことか。
 しかし、アキトがその衝動を堪えているうちに、過去の自分が戦い、ナデシコは再びの初陣に勝利を成し遂げた。
 もう大丈夫だと、あの娘はもう大丈夫だと、背を向けた。
 あの場所にはハルカ・ミナトさんがいる。ミスマル・ユリカもいる。恥ずかしい奴だがテンカワ・アキトもいる。そして、なにより、幼いホシノ・ルリ自身がいる場所を訪れることができるほど、ルリは大人になったのだと、過去を乗り越えたのだと思っていた。
 まさか、これほどまでに自分を追い込んでいたのだと、思っていなかったのだ。
『私、頑張ったんです。アキトさんが死ぬはずがないって、きっと大丈夫だって。
 アキトさんが地球にいたらすぐ私だって判るようにメディアにもいっぱい出ました。ユーチャリスを見つけて、火星がまだ戦っているって知って、きっとアキトさんが頑張ってるに違いないって、火星に行こうって、頑張ったんです…』
 淡々と、でも、雄弁に、少女が、いや、ひとりの女が訴える。
 彼女は全然乗り越えていなかった。
 アキトは自分の考え違いに唇を噛みしめた。しかし、感覚がほとんど感じ取れないアキトにとっては、それは痛みの感じ取れない空しい行為だったが。
「君は、帰れ」『な!!』
 ウィンドウの向こうでルリが絶句する。
『ちょ、ちょっと、アキト君? この娘はあなたのことを…』『ぷんぷん! ルリちゃんをいじめるなんて、そんなのアキトらしくないよ!』
『・・・あれがオレ…?』
 ナデシコが映し出されるウィンドウにちらりと視線を向ける。そこには、かつての自分が、いた。
 走り出す行方が見えなくて、ただがむしゃらにぶつかり続けた自分がいる。
 思い返せば、我ながら恥ずかしい日々だったと思う。ただひとり、世界から断絶して、その先に手を伸ばすことこそが始まりだと知らず、差しのばされる手を振り払っては怯えていた、馬鹿だった自分がいた。
『エステの回収を。もうじき敵が来る。今度は守りきれん』
『リョーコさん、イツキさん、ルリちゃんの回収を。ミナトさん!』『はいはい。でもねぇ…』
『アキトさん、私も火星に――』「君は帰れ」
 ルリの言葉を遮って、アキトは機体を翻す。遙か地平線上には黒く霞んだ闇が浮き上がる。木連軍のナデシコ追撃艦隊だ。その数は2000隻を大きく上回っていることがアキトには伝えられていた。
 ルリは正面のコレオプテールが背を向けるのを見て、一瞬視界が真っ暗になった。その背を追うようにエステバリスを進ませようとしたとき、背後からがっしりとした鋼の腕がルリのエステバリスを引き留めた。
『な、リョーコさん、離して』『すまねぇな。艦長命令なんだ』『大尉、戻りましょう』
 赤と、予備機で塗装されていない灰色のエステバリスがルリの機体を背後から捕らえていた。ルリは振り払おうと機体を制御しようとするが、重力波アンテナが破壊されており低下したバッテリー量では2機のエステを振り払うほどの出力が出ない。
『アキトさん! アキトさ――』「君は、この世界に大切なものを見つけろ。俺に捕らわれるな」
 自分という存在がいかにルリにとって呪縛となっていたのか。
 それを失念していたことに、アキトは深く後悔の念に包まれる。だが、遅くはない。アキトはルリの事を心配するナデシコのクルー達の姿を見つめた。
 そう。きっと遅くはない。彼らがルリちゃんにもう一度、生きていくと言うことを、当たり前の生活を取り戻させてくれる。
「そして、幸せになれ」『!!』
 コレオプテールを巡航(クルーズ)フォームに変形させる。
 強力な空間歪曲場(ディストーション・フィールド)が周囲の景色を霞ませ、コレオプテールが加速する。
 そして、アキトはナデシコに向かって告げた。
「行け」
 ウィンドウの向こうでミスマル・ユリカが敬礼して応えた。

 アキトさんが行ってしまう。
 アマノガ・ルリは目の前で変形したコレオプテールを見て我を忘れて叫んだ。
「待って! 待ってください、アキトさん! 私にとってなにより大切なのはア…」
 だが、ルリの言葉が止まった。
 その視界にはナデシコの通信ウィンドウが、ミスマル・ユリカの姿が映っていた。
「私は…」『ルリちゃん、帰ろう?』
 ユリカが優しく微笑む。
 ルリの双眸から涙が溢れる。ルリは悟っていた。ああ。自分はいま、この人を裏切ろうとしていた。
「わたし、わたしは…」
 言葉を失うルリのエステバリスを、無骨だけれど丁寧に2機のエステバリスがナデシコに運ぶ。
 コレオプテールは既に白炎を吐きながらあの暗い戦いの場所へ向かってしまっていた。
「わたしにとって・・・アキトさん…」
 ルリはがっくりと肩を落とすと、全ての通信ウィンドウを落とした。





6.

 水色のエステバリス・カスタムが格納庫に固定される。
 ウリバタケ・セイヤはエステバリスの被害をざっと見回すと腕を組んでエステの固定されているラックを見あげた。
「こりゃー、すげぇ…」「どういうことですか!?」「おわっ!!」
 感嘆するウリバタケにイツキ・カザマ中尉が詰め寄った。
「大尉は、大尉は無事なのですかっ! はやく救助作業を!」「まぁ、落ち着きな」
 言いつのるイツキの肩をウリバタケが軽く叩いた。
「よく見てみな。アサルト・ビットの周辺にゃ、一発の着弾もねぇ。撃たれたのは重力波アンテナとシステム掌握のためのオモイカネとのリレイ周りだけだ。あの距離、あの相対速度、ディストーション・フィールドでの弾の散らばりまで配慮した射撃だよ。
 ったく、こんなの人間技じゃねぇぞ」
 呆れるようなウリバタケの言葉に、イツキは少し落ち着いてルリのエステを見回した。
 確かに、パイロットとして醒めた視点でエステを見ると致命的な場所には一発の着弾もない。集弾は通信アンテナ、重力波アンテナに見られるだけだ。これならパイロットにはほとんど被害は出ていないはずだった。
「でも大尉は!」「まぁ、一人になりたい時ってのは誰にでもあるからよ」
 エステバリスのよじ登って行きそうな剣幕のイツキをウリバタケが暗に止めた。イツキもはっとアサルト・ピットを見上げた。
「うちの奴らにはおっきなルリルリが自分で出てくるまでアサルト・ピットには手を出さないよう言ってある。あんたは大尉さんを手伝ってやんな」「・・・わかりました」
 後ろ手に手を振るウリバタケにイツキは頭を下げると、傷だらけのエステバリスにそっと手を触れた。
 その姿はまるで主人の心を表すようだった。

 赤く乾いた火星の大地を這うようにコレオプテ−ルは飛んでいた。
 後部爆撃手席(ガンナー・シート)に座ったイネス・フレサンジュはちらりと前席の男に視線を向ける。男はそれを感じ取ったのか微かに顔を動かした。
「どうした?」「いいえ…」
 少し拗ねたようにイネスがぷいと顔を背ける。男はイネスが何に拗ねているのか判らずに肩をすくめた。イネスにはその仕草がまた癪に障った。
「もてる男は大変ね」「・・・なんのことだ?」
 男は訳が分からないと首を傾げる。イネスは大きく溜め息を吐いた。
「この鈍感。さっきの娘のことよ」「ああ、ルリちゃんか」「そうよ。まったく、あんな子にまで手を出して」「待て。ルリちゃんは妹のようなものだぞ」「あら、向こうはそう思っていないようだけど?」「・・・」
 不利になると黙り込む。少しは意識していたようね。
 イネスはキャノピーに映る男の、テンカワ・アキトの横顔を見つめた。
 アキトは何かを思い出すように目を瞑った。
「彼女…、君のことは見向きもしなかったな」「あら」
 イネスは何となくいじめたい気持ちになって囁いた。
「それは違うでしょ。私を見なかったんじゃないわ。
 あなただけを、見つめていたのよ」
 アキトは小さく溜め息を吐いた。そして、心の中で呟く。
 ルリちゃん、君には幸せになって欲しいんだ。
 アキトは置き去りにしてきた大切な少女のことをただ想った。

 アマノガ・ルリ、いや、ホシノ・ルリは力無くアサルト・ピットを埋め尽くす耐Gシートに身を任せていた。
 拒絶された。
 ショックだった。ルリはそのことに頭がいっぱいだった。赤と灰色のエステバリスがルリのエステをドックに固定する。だが、そんなことはどうでも良かった。
 もうどうなってもかまわない。
 ルリは耐Gシートのロックを外す。全身を包み込んでいた巨大な固定具が上に外れていく。エアクッションが気圧を失い、ルリのか細く小さな身体がずれた。ルリはシートに力無く頭を預ける。
 うつむいた眦から涙が頬を伝い、落ちた。

『チューリップ、消滅しました』
 ナデシコ艦内に、ホシノ・ルリの報告が響いた。

 そして、8ヶ月の歳月が流れる。



 私はいつも、あの人の背中を見送るしかできない
 私はいつも、踏み出すことができない
 あの人にとって、私は置いていくしかない、そんな存在なのだろうか?
 あの人にとって、私はただの過去でしかないのだろうか?
 でも、その答えを得ることが、怖ろしい





先頭 目次 前話 次話

あとがき

 来い! ヽ(゚∀。)ノうぇねはどんな非難でも受ける!
 落ち込むけどね(´・ω・`) なんか、文章へぼいし。

 さて、かなり遅れてしまいましたが、いったん間を空けます。ちょっと、展開の立て直しやら、キャラの整理整頓をしないといけませんので。その間にちまちまと間章「八ヶ月の空白:最悪の夏」を出しますので、適当におつき合いください。
 であであ。