Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第七話 Bパート
『僕らの無くした「謳う歌」』
1.
それは彼らにとってもはや日常作業の一つだった。
岩陰に張り付いて、定期巡回のルートに陣取る。火星の砂の成分を合成したシートに潜み、『彼ら』の訪れを待つ。
レーダーに感が入ると、一キロほど離れた場所に設置してある通信機から、指定のコードを送信する。
反応はない。
それは、『彼ら』が標的であることを示していた。
レーダーに反応する機数は二つ。
同時に制圧しなければ、敵に悟られてしまう。それだけは避けなければならなかった。
細心の注意を払って、大胆に、行動する。
別に設置してある観測所から、有線で連絡が入る。敵はバッタとジョロ、一機ずつだ。
最初に狙うのはバッタ。
離脱されては困る。
連結依頼のコマンド群にあるバグを利用して、通信をたたき込み、処理情報を飽和させる。機体制御に影響が出ないよう一端クリアされるため、バッタが抱え込んでいるジョロは切り離され、ジョロが地上への降下状態に移る。
着地した時点でコマンド・コントロールへの接続を依頼するところを、強制的に割り込んで、故障を認識させ機体情報の自己整備モードへ。
同時に襲撃斑がジョロに接触する。
バッタに対しては認識したジョロのコードで切り離し後のチェック中と言うことで上空待機させる。
順調だ。
接触した襲撃斑はジョロの外部コネクタにアタックツールを噛ませる。情報のオーバーフラッドによってジョロの制御系を奪い取り、指揮管制のソフトウェアを書き換える。また、同時にコネクタの接触時にソフトウェアの時限爆弾を仕込む。
時間が・・・かかっている。
じりじりと、焦る。だが、急かすことはできない。ソフトの書き換えが敵にばれるよりは、ここで我々の分隊が全滅する方がマシだからだ。
バッタを誤魔化すことができるのは、およそ、三分。ジョロの降下地点への移動に手間取ったのだろうか。
観測所に状況を問い合わせる前に、書き換え完了の合図が見えた。
別の通信機からリクエストを発信する。
ジョロは答えるようにレスポンスを返した。書き換えは無事終了していた。
襲撃斑が再度隠蔽を終えた時点で、バッタに結合依頼を要求させる。
上空を旋回していたバッタはジョロからの依頼に答えて胸に抱え込むようにジョロの機体と結合する。
そして、そのとき、ジョロからの接続依頼に潜んだ時限爆弾がバッタの制御系を乗っ取る。レスポンスがなくなった時点で、ジョロを経由してバッタのソフトウェアを書き換えるのだ。
それは一瞬の出来事。
バッタは何事もなかったかのようにジョロを抱え上げると、再び上空に舞い上がる。
通信機からコードを送る。今度は二つ。反応が返る。
準備段階から考えるとおよそ三日の作戦は、実働わずか五分ほどで終わる。
そして、彼らはまた次の襲撃ルートに派遣される。
これは休戦が成立してから、ずっと行われ続けている作戦だった。
一回に制圧できる無人兵器はわずかに二機でしかない。
しかし、この二機が中継し、後に大きな力となる。
彼らはそれを信じて、次の襲撃ルートに移動を開始する。
敵は無尽蔵とも言える数だ。
だが、この毎日の積み重ねこそが、最後に多くの人々を救うことができるのだと、彼らは信じていた。
だから、戦える。戦い続けることができる。
そんな積み重ねの上に勝利があるのだと、ただ信じて。
防衛体制1、すなわち、「戦争状態」に表示が切り替わる。
それは一つの儀式だ。誰もが見つめたくなかった、だが、いずれ来るであろう時が、今、ここにあった。
スクリーンに現在の火星植民都市連合軍の部隊配置情報が表示される。
その主力は有人のチグリフォーン22型と無人機の51型を中心とした機動兵器隊だ。現在、木連軍が運用している機動兵器、バッタやジョロではチグリフォーン級の大型の機動兵器を撃破することはできない。遠距離からの誘導弾や機関砲ではチグリの巡航モードの収束空間歪曲場を突き破ることができず、近距離では人型に変形した追撃モードのチグリに接近すらできないだろう。
だが、幸いなことに、木連軍は未だこの事実を理解していない。キル・レシオが1対50などという馬鹿げた状況も知らない。
なぜなら、彼らはチグリフォーンの撃墜判定を数多く受けているからだ。木連軍が理解している無人兵器と火星側機動兵器とのキル・レシオはおよそ1対20。地球戦線より多少低下しているに過ぎない。
火星側大型機動兵器の有効性は認めるが、数の優位を覆すほどではない。
それが機動兵器戦における木連軍の評価だ。
彼らは知らない。
無人兵器の中に交戦もしていないにもかかわらず、撃墜評価を送る機体が含まれていることに。一定の友軍の撃墜数を検出した段階で敵の撃墜評価を送信する機体があることに。なぜか、謎の増援を報告する機体があることに。
現状、火星軍の一個航空隊三六機を壊滅させるためには6万機を越える無人兵器を消尽しなければならないことになる。これは戦争ではない。ただの虐殺だ。
だが、もし、木連軍がそれを理解していれば、戦い方も違っただろう。
なぜなら、火星軍が第一に阻止しなければならないのは、木連の無人戦艦群だからだ。無人戦艦群を助攻に、火星軍機動兵器隊を誘出し、防御網の空白に無人機動兵器を都市に突入させたら、おそらくは火星軍もその防衛網を維持することはできない。前線の戦闘では勝利することができても、戦争に勝利することなく戦力を消尽し敗北することだろう。
しかし、木連軍の戦術は未だ無人戦艦の露払いとして無人機動兵器を運用しているに過ぎない。その結果として、止められない敵を止めるために、無人機動兵器を消耗し、みすみす突破を許したあげくに、無人戦艦に機動兵器との格闘戦をみすみす許しているのだった。
それでも、これまでは、オニヤンマ級大型無人戦艦を擁し、ヤンマ級突撃艦、カトンボ級駆逐艦などの戦列を突き崩すのは困難なことだった。
だが、それもこれまでの話だった。
火星植民都市連合軍は戦闘攻撃機コレオプテールの開発に成功した。
その機体は実験戦闘団に提供されていた一型から二型に更新され、本格的な量産体制に入る。
このコレオプテールの実戦配備を持って火星植民都市連合軍は大艦巨砲時代の終焉を太陽系中に告げることとなる。
2.
食堂に着いたイネス・フレサンジュは辺りを見回した。
探しているのはつんつん髪の少年の姿。イネスにとって懐かしい、蜜柑をくれたお兄ちゃんのままの姿だった。
「それじゃ、私は医療班、並びに、科学斑担当と言うことになるのかしら?」「はい。ドクターさえよろしければ」
「注文はお決まりっすか?」「私は火星丼」「私は醤油ラーメンを」
注文を取りに来た少年の姿に、イネスは目頭が熱くなるのを覚えた。
世界から切り離されたような、現実から遊離した日々。
その中で確かだったのは、泣いていた私。手渡された蜜柑の感触と、きっと会えるという、誰かとの約束。
やっと出会えた、ただ一つの現実との接点であるお兄ちゃんは、未来のお兄ちゃんで、ぼろぼろにされてしまった身体を引きずるように、這いずるように、それでも、前に進み続けていた。奪われても、詰られても、絶望に暗い闇の中に身を堕としても。
でも、今イネスの目の前には、昔のままの、何も変わらない明るいお兄ちゃんがいる。
これから起きる悲しみも知らず、ただ未来に訪れる可能性を夢見て、届かぬ自分に歯がみする。テンカワ・アキトという少年はそんな当たり前の少年だったのだ。だからだろうか。イネスの言葉に少し険が混じってしまったのは。
「あなた、テンカワ・アキトくんだったかしら。もしかして、テンカワ博士の息子さん?」
少し、不自然だっただろうか。イネスはプロスさんがさりげなくこちらを気にしたような気配を感じた。
「そうですけど…」
言葉少なげに、警戒した様子でアキトがイネスを見る。
イネスはおやと感じる。彼の両親に関する話は確かに警戒を必要とする話だ。だが、それは裏を知っていればこそ。ボソン・ジャンプについて何も知らないはずのテンカワ・アキトが警戒する必要はない。
それとも誰かから聞いたのか。
「ふーん、あなたよくこの艦に乗ったわねぇ」「どういうことだよ?」「・・・」
「だってそうでしょう?」
運ばれてきた醤油ラーメンを食べながらプロスの意識がこちらに向けられているのをイネスは感じながらも言葉をつなげる。
「テンカワ博士は当時のネルガルの会長と対立していたでしょう? その子供のあなたが、ユートピア・コロニーにチューリップを落としてしまった提督の指揮するネルガルの艦に乗って火星に来るだなんて、不思議だと思ったのよ」「・・・なんだって!」「まぁまぁ、テンカワさん、落ち着いてください」
「テンカワ! 勤務時間中だよ。騒ぐのは後にしな!」
激高するアキトにちょうどいいタイミングでホウメイ料理長の檄が飛ぶ。
憤懣やるかたない表情でアキトが厨房に戻っていく。それを見送ってプロスが汗を拭きながら言った。
「そこまでにしていただけませんかねぇ。あまり若い方を煽られないようお願いいたしますよ」
「あら、私からすると、むしろ彼のために、このままこの艦に乗せておいていいのかしらって思うわよ?」「意味深ですなぁ」「そぉお?」
イネスは与えられた権限からオモイカネにアクセスする。引き出すのは話していた当の人物のデータ。経歴から医療データまでをざっと見て取る。
「ユートピア・コロニーから地球に突然現れるなんて、まるで木星蜥蜴みたいよねぇ」
意味ありげにプロスを見上げる。プロスははははと軽く笑って誤魔化した。
「いやはや、ドクター。さすがに目の付け所が鋭い。これは参りましたなぁ」「まぁ、あなたのことだから、変にうろつかれるよりは手元に留め置いておいた方がいいと考えたのでしょうけど」
でも、と口で呟いてイネスはアキトを見た。その身に降りかかるこれからという未来を。
「本当にこれでいいのかしら?」「・・・」
ずっと音を立ててプロスがラーメンのスープを啜った。
「おいしそうね」「そちらのタコさんもなかなか」
『敵封鎖艦隊、依然動きはありません』
『デイモスより、触接機射出します』
『触接機射出。重力波ビームコンタクト。一次加速開始します』『以後、穏航モードに』
『触接機、敵封鎖艦隊までおよそ52時間』
『木連軍無人戦艦群G軍集団、マリネリス方面に展開します』
『現在、マリネリス方面、航空隊の集結率41.8%』『前線部隊集結率84.1%です』
『マリネリス市、防空指揮所が機能を再開します』
『空間歪曲場展開装置、今のところ182機中7機が動作不安定です。バックアップによる再起動を行っています』
『アクタイオン、支援位置への展開を終了』『ヘンプ・パームより、母艦航宙機隊、稼働機46機』
作戦指揮所に映し出される状況に切迫した状況が伝わってくる。
エマニュエル・ガドナスはちらりと補佐に立つフェイエン・ノールに問いかけた。
「間に合いますか?」「間に合わせます。が、政治サイドでもう少し時間をかけていただけると助かります」
ガドナスは振り向いた。補佐官のひとりに声をかける。
「すみませんが、ヤシマさんにもう少し時間を稼げないかお願いしていただけませんか?」
「はい。今、ヤシマ外交代表がこよみさんとストーリーの打ち合わせを行っております。残り6時間を切った辺りで仕掛けたいとのことです」「そうですか」
ガドナスはちょっと肩の荷を下ろしたようにシートに座った。
ありがたい。本当に思う。
政治的に、一つどころではない、次の戦いを、その次の戦いを、さらにその次の戦いを見越し、戦い続ける用意をし続ける少女の存在を本当に心強く思う。例え、それがひとときの松葉杖に過ぎなくとも、いつか自分たち自身の脚で歩き出すまでの手伝いに過ぎなくても、今、確かに自分たちは同志なのだと思う。
「マリネリスは守りきれますかね?」
無防備都市宣言によって周辺都市の防空基地に分散していたマリネリス市都市警備隊の航空隊が次々と、集結しつつある。しかし、現在火星に展開する軍集団としては最大規模の五個艦隊を数える木連軍のG軍集団に対抗するには、明らかに数が足りなかった。
「マリネリスは広域制圧を仕掛けるための罠ですから、完全に対抗できるほどの戦力を配備するわけにもいきません。できうる限り数を減らし、突破した艦艇を押さえ込めれば、と考えております。
すでに、エンディミオンは作戦開始に備えてマリネリス市の方に接続済みです。念のために、上空にヘンプ・パームとポメグラネイトも待機しており、計画外要素に対処するために母艦航宙隊を投入する準備もできております」
「そうですか」
納得したように相づちを打つ。
そうだ。加えて各地の戦況に対応するべく、低位軌道上には砲艦としての改修をされたエンディミオン級巡航艦『アクタイオン』と『パエトーン』が宙対地砲撃の準備を整え、待機している。支援可能な艦艇が二隻とはいえ軌道上で頑張ってくれていることはありがたかった。
戦う準備は、万全とは言えないが、整えた。
戦う準備を整える時間も、作った。
戦う意志も、ある。
後は始まるのを待つだけだった。
3.
作戦室の下部ディスプレイに映し出された偵察隊からのデータは、絶望的な状況を示していた。
ネルガルの火星北極冠研究所のピラミッド型の社屋には5基の敵性母艦が配置されている。先にナデシコに対して痛撃を与えた戦力が敵性母艦1基から排出されたことを考えると、単純に五倍の戦力が想定された。
「周囲をチューリップが5基か」「厳しいですね」
ゴート・ホリイが厳つい身体を抱えるように腕を組んで考え込む。アオイ・ジュンも純粋に感想を告げる。ここにはナデシコの士官の中でも幹部に当たる者しか立ち入りが許可されていない。そのため、周囲をはばからずにそんな発言が言えたのだろう。
「しかし、あそこを取り戻すのがいわば社員の義務でして。皆さんも社員待遇であることはお忘れなく」
プロスペクターがあえてこの状況下で積極論を要求する。もちろん、プロスペクターとしても単純にこの戦力比を覆せるとは思っていない。だが、最初から戦わないつもりであるのと、戦う意志があるのでは戦術として取りうるオプションが大きく違ってくる。
「オレたちにあそこを攻めろと?」
怒りに満ちた目でスバル・リョウコがプロスを睨み付けた。プロスとリョウコの視線が激しく交差する。
艦長のミスマル・ユリカは自信がなさそうにその二人に視線をきょろきょろと送るとぼそりと呟いた。
「私これ以上クルーの命を危険にさらすのは嫌だわ」
「ここがネルガルの秘匿研究所ですか」「大尉、ご存じなのですか?」
アマノガ・ルリ航空宇宙軍大尉は素朴に首を傾げるイツキ・カザマ中尉に小さく頷いた。プロスの視線が用心深くアマノガの表情を計る。
「ええ。実物を見たのは初めてですが」
存在だけは、と答えて、アマノガ・ルリは姉の表情を読みとった。
自信のない、弱気な姿。艦長として天真爛漫に振る舞うユリカのどこにこんな表情が隠れていたのだろうかと思うほどである。だが、これが本当のユリカなのだ。天才と呼ばれる一級の器であっても、経験の泉に満たされていなければ、なにも振る舞うことはできない。そんな自分の不安を押し切って、艦橋では常に明るく振る舞っていた気丈な彼女の孤独な素顔だった。
「いやはや、大尉は大変耳がお長いですなぁ」「私は臆病ですから」「おやおや」
プロスに振り向きながら、しかし、ユリカに聞こえるよう意識して、軽くアマノガ・ルリは呟いた。
「誘惑ですね」「何が、ですかな?」
「いえ。ここでナデシコを自沈させてあの研究所を吹き飛ばしたら、歴史が変わりますかね」
笑って、逆に問いかける。しかし、その瞳の奥に以前見た狂気にも似た憎しみの燠火を、プロスは確かに見た気がした。義姉であるユリカもその言葉に潜む何かに気が付いたのか、今まで自信なさげに頭を落としていた顔を上げはっと心配げにルリを見つめる。
「まさか、あなたは…」
その視線にアマノガ・ルリは小さく首を横に振って答えた。
「しませんよ。そんなこと。意味がない」「そ、そうだよね。ルリちゃん、そんなことしないもんね」
「それだけの戦略価値があるのですか?」
イツキの素朴な疑問に視線が集まる。その中で、先ほどから一言も参加しないイネス・フレサンジュの存在を強く意識した。
「価値は人が決めます。ネルガルにとっては建造するナデシコ級とその乗員のすべてを投げ打ってでも、と言う価値は見いだしているようですけど…
航空宇宙軍にとっては、また別です」「ねぇ、ルリちゃん・・・」
ユリカがおずおずと問いかけた。
「じゃあ、木星勢力もあそこに価値を見いだしたの?」「・・・」
ルリは少し考えると、短く答えた。
「だから、戦争してるんです」
プロスはさりげなく視線を逸らすと、いえ、私は何も、と素知らぬ振りをする。
暗く重い雰囲気の中、アマノガ・ルリは小さく咳払いをすると、自分が作った空気を吹き飛ばすように、ウィンドウの表示情報をいじり始めた。
「火星からの脱出ですが、私から一つ用意させていただいたものがあります」
ルリはイツキにウィンドウ操作を任せ、いくつかのプレゼン資料を展開した。
一番手前のウィンドウには『広域システム制圧について』と描かれている。
「火星までの1ヶ月半の航宙の間に、整備班の方に再配置のお手伝いをしていただきました。この成果の多くはウリバタケ班長を始めとする整備班の方達の不眠不休の努力のおかげです。
・・・えっと、コホン。
こんな事もあろうかと、かねてから用意してあったこのピンチから脱出する方法について説明いたします」
頬を紅く染めて照れながら、アマノガ・ルリは小さくVサインを出した。
こよみが命令書の映し出されたウィンドウを開いた。
「大統領からの使用許可が下りた。これで確実に時間が稼げるな」
「うーん…。だけど、こよみちゃん。本当にこれを使っちゃっていいのかい?」
ヤシマ・マゴロク外交代表はウィンドウに映し出された文章をちょいちょいと突いて見せた。その部分には、戦略宙軍が配置済みの報復用融合弾の公開を許可する、と書かれている。それは、先の木星系襲撃の際に、木星系遠衛星軌道に配置した報復攻撃用の核融合弾の事だった。
これらの融合弾は木星系の各宇宙都市を攻撃目標としている。もし、報復命令が下されたとき、ジャンパーによる輸送無しで直ちに木星系に無差別攻撃を行い、初撃の混乱を誘うことになる。その混乱に乗じてジャンパーによって多弾頭誘導弾を運搬し、木星系の主要都市に核攻撃を行うのだ。
当然、その存在を明らかにすると言うことは、木連側に対処のための時間を与えることになる。事実上、放棄を指示したに等しい。
こよみは肩をすくめて見せた。
「ヤシマさん、どうせ使うつもりがないんです。宙に浮かべておくより、こうやって時間を稼ぐのに役に立ってくれるだけマシです。それに・・・」
そう言って、こよみはくるりと椅子を回してシナリオを出力した紙をヤシマに渡した。
「楽しいでしょう?」
ニヤリと笑う。ヤシマは紙を受けとり、ざっと目を通した。自然と人の悪い笑みがヤシマの頬に浮かぶ。
「しかし、僕ほど木連に対して態度のでかい外交官はいないだろうね」「違いない」
二人して壊れたように笑う。口笛でも吹きたくなる気分でヤシマがシナリオの内容を頭に詰め込んだ。
「それじゃ、始めようか。木連に繋いでくれ」
4.
アクア・クリムゾンが通されたのは、ヘラス市の海底に設置されたと思しき戦闘指揮所の一つだった。
その場所には、地上とはまったく違った面々がアクアを迎えていた。
「これが『火星の後継者』という訳ね」
表舞台には現れなかった黒ずくめの男とポニーテールの少女の姿を見て、アクアが納得したように頷く。見回すシートにはヤシマ・マゴロクや、フェイエン・ノール、エマニュエル・ガドナスの姿もある。
「スポンサーに対する説明責任があるかと思ってね」「まぁ。理解ある顧客というのも素敵ですわ」
示された中央の椅子に当然のように座る。
それを見て、ガドナスが頷いて見せた。
「それでは、こよみさん。始めてください」「はい」
こよみが正面ウィンドウの右に立った。そして、左側の端末を操作する。
「現在の外惑星系動乱について、航空宇宙軍の長期戦争計画見積もりと、木連軍戦争計画見積もり、そして、それに対する火星軍の戦力見積もりと中長期計画をご紹介いたします」
「決定が下りましたわ」
闇にアルトの声が響く。淡い光に照らし出された仮想の楽園に、黒い肌の少女が告げる。
「航空宇宙軍は近地球−内惑星系の制宙圏の奪取を最優先とします。その後、地球での木星勢力の駆逐を機に小惑星帯へ、そして、両トロヤ群に根拠地を形成した後、木星系攻略を行うこととなります。
私たちも今後はそのグランド・プランを前提に作戦編成作業に参画することとなりますわね」
「・・・そう」「火星は…見捨てるの?」
グロウリアの言葉に、オーリオールとヴィクトリアが対照的な反応を示した。グロウリアは少しオーリの反応のなさに残念そうな表情をして、ヴィクトリアに視線を向けた。
「現在の航空宇宙軍の戦力では火星救援を行ったとしても、敵の反攻に制宙圏を維持し続けることはできませんもの。それに、航空宇宙軍が予想している火星陥落までの時間は、木星勢力の本格侵攻からおよそ2ヶ月。とても間に合いませんわ」
小さな肩をすくめてみせる。
「それに、ニンバスも手出しを望んでいないから」「?」「そうですわね」
グロウリアに続けてオーリが説明する。
「もし、ニンバスが本気で火星救援を当てにしていたら、航空宇宙軍に直接、火星のジャンプ技術を持ち込んだはず。そうしなければ、航空宇宙軍はいつまで経っても火星圏までたどり着けないから。
でも、ニンバスは地球に対しては、直接的な技術供与は行わず、クリムゾンを経由しての技術提供に留めた」
「自力で勝てると考えているのか、それとも、火星のジャンプ技術とはそういう類のものではないのか。
そもそも、ニンバスは火星を生き残らせるつもりがないのかも?」「・・・ニンバスはそんな事しないよ?」
拗ねるように答える少女にグロウリアはウィンクして見せた。
「だとしたら、いずれにしても、今すぐの火星救援は無用と言うことでしょう」「・・・」
「いずれにせよ、航空宇宙軍にとって戦いは未だ序盤でしかありませんもの。まだまだ、火星には戦い続けてもらわないといけませんわ」
映し出された試算は火星植民都市連合軍がどれほど頑張っても2ヶ月と持たないであろうことを示していた。
「これらの試算から航空宇宙軍は火星の直接的な救援を諦め、地球=月圏、および、地球以内の内惑星系での制宙覇権の確立を目指すものと思われます」
こよみは地球連合航空宇宙軍の中期戦略を説明する。早急な地球側による直接支援はあり得ない。火星圏防衛はあくまで火星単独で行わなくてはならないことを、示していた。
「それは当然ですわね。航空宇宙軍の外惑星艦隊は未だ部材の選定も行っていない段階なのですもの。現用艦艇を相転移機関に更新した艦で実戦経験を蓄積し、そこから木星系に向けた作戦を計画するつもりなのですね」
「おっしゃるとおりです。また、内惑星系での制宙圏の確立によって、航空宇宙軍は作戦展開上の自由度を手に入れることが可能となります」「あら、航空宇宙軍、そこまでいたしますかしら?」
「おーい、大将ー」
説明するこよみとアクア・クリムゾンの視線が入り交じる。周囲では何について話題にしているのか理解できず、エノラ・パーキンスが後ろから声をかけた。
「なんだ?」「いやぁ…、わからん!」「胸張って言うな!」「うふふふふ…」
腕を組んで重々しく首を傾げるエノラに、こよみの甲高い罵声が飛んだ。
「だってよぉ、たかだか、内惑星系の航路が開いたからって、作戦展開になんだべなって?」「こいつは…」
がっくしとこよみが肩を落とした。アクアは楽しそうにそんなやりとりを見つめる。苦笑とともに黒づくめの男が口を開いた。
「地球=木星間の距離は単純に一定間隔ではないしな。太陽降下航路を利用できれば、前線集積地への輸送も自由に振り分けられる。と、なればだ」
男は一端言葉を切った。
「火星救援を行う前に、木星攻略を行ってもおかしくない」「火星を跳ばすのか!!」
エノラの驚いた声に男が軽く頷いてみせる。
「木連はジャンプ・ゲートを多用している関係からか、制宙圏の概念に薄い。だからあまり考慮していないのだろうが、地球が木星に侵攻するには木星近傍に、安全な泊池を形成する必要がある。最有力宙域は・・・土星か?」「木星軌道L3だな」「あら、前方トロヤ群を陥とした方がよろしいのでは?」「前方トロヤ群は木連に近すぎる。あそこはマーシャル諸島だよ」「小惑星帯じゃ駄目なの?」「あそこは、出るも入るも激戦区になるな」「戦闘艦はともかく、輸送艦は近づけませんね」「えぇ、駄目かぁ」「戦争を読むにはまだまだってこったなぁ」「もぉ!」
湧き上がる議論に男が口元に笑みを浮かべる。その笑みはアクアがはっと意識してしまうほど優しく嬉しそうだった。
「木星系攻略は年単位の規模になる。輸送、戦闘、修理、補充、再配置。年単位で繰り返すことになる。つまり、木星系への侵攻艦隊は火星救援とは全く性質の異なる艦隊編成を必要とすることになるだろう。
そのような艦隊を木星系への侵攻前に危険に曝すと思うか?」「もったいなくて、使えんなぁ」
したり顔で頷くエノラにこよみのジト目が向けられる。本当にわかっているのやら。
「だが、内惑星系艦隊を遊ばせておく必要もない」「あら、二方面同時作戦があると?」「ああ」
アクアの問いかけにアキトが頷く。楽しそうにアクアはこよみに視線を巡らせた。だが、こよみは意見を異にするのか、腕を組んでみせる。
「二正面作戦かぁ? 航宙艦隊整備計画通りにいけば、それが可能な戦力も揃うし、そのころには上の方にも人材が揃ってるだろうがなぁ…」
歯切れ悪く困ったように頭を傾げるこよみに、皆が目を見交わす。
「何か問題でも?」「ああ、深刻といえば深刻なんだが」
こよみがスクリーン上に展開する航空宇宙軍の戦争戦略を見上げた。
「予算、下りるか?」「「「「「・・・」」」」」
とても重大な問題だった。
5.
「木連諸都市に対する無差別攻撃、だと?」
火星側の外交代表からの言葉に会議の参列者達の間から動揺が沸き起こった。草壁春樹木連軍中将は内心の舌打ちを押し殺しながら、意識して声を張り上げた。
「非道な! それが君たちの戦争というものなのか!」『・・・そうですが、何か?』
どことなく可笑しそうな笑みを浮かべて、火星の外交代表が首を傾げた。
「君たちは人の命をなんだと思っているのだ? 命は政治のおもちゃではない」「「「おお!!」」」
『・・・』
感嘆の声を上げる同席者達と、ボソン通信機の向こうで何を言ってやがるんだこいつらとでも言わんばかりの表情をするヤシマ外交代表の温度差が印象的だった。
『素晴らしいお言葉ですね。まったく、同感です。命とは個人の信条や理念の犠牲にしてよいものではありません。
ご理解いただけたようで幸いです』
皮肉な調子を隠そうともせず、ヤシマ外交代表が肩をすくめた。
『ならば、こちらからの提案も受け入れやすいかと思われますがね。
そうですな、12時間お与えしましょう。よい回答を期待しておりますよ?』
クスリと笑って、通信が切れた。
悄然とした表情の参加者達に、草壁の檄が飛ぶ。
「至急、本国艦隊をあげて木星系外衛星系の警戒に当たらせろ! 連中の言葉、ブラフの可能性が高いが、仮に真実であった場合、本国都市に悲劇が起きる」「は、はい!!」
慌てて動き出す人々の中で、草壁はゆっくりと腰を下ろした。
先の木星遺跡『プラント』への戦略核攻撃。あれは充分に計画された戦略攻撃だった。だが、あのとき、仲介に出たロバート・クリムゾンに言われたではないか。まだ、甘い、と。
考えてみれば、連中はあのときからずっとこれを用意していたのだろう。『プラント』への戦略攻撃という眩い光に隠れて、混乱する木連本国の防宙網の影に潜んでいたのだ。
あのとき甘いと言われていたのは、火星のことだったのだろうか。
あの言葉は、正面に発生した被害にばかり目がいっていた、木連をこそ皮肉っていた言葉なのではなかったのだろうか。
「閣下…」「うむ」
草壁は内心の動揺を腕を抱えて押し殺し、ただ、報告を待ち続けた。
通信機が切れる。
「お疲れ様です。ヤシマさん」「いやいや、どういたしまして。こんなもので良かったかな?」「ええ、ばっちりです。なにげに期限が6時間ほど延びていることを、気づいていないでしょうね」「あはは。でも、これで少しは時間が稼げましたね」「ま、お互い同意の上ですよ」
こよみは手元のシナリオをシュレッダーに食べさせて肩をすくめた。
「こちらとしては、これで部隊展開に余裕を持って対処することができますし、展開済みの部隊は休息も取れる。木連にしてみれば、不意打ちで受けるはずの核攻撃を先制で潰す、あるいは都市周辺に無人の護衛艦隊を配備して、誘導弾への傘にすることができる。そのトレードオフです」
通信を送る。交渉による時間の延長を報告するものだ。これによって、火星軍の動きはわずかばかりだが、余裕を持たせることができる。
開幕の時間は、もう少し先だった。
「じゃ、どうだい? 僕らもご飯にしないかい?」「そうですね」
「それじゃ・・・」
「はい。木連軍が火星に対する本格侵攻を開始した時点で、ナデシコは敵の策敵網を回避し、北極冠研究所に接近。チューリップを利用して、火星大気圏内からの脱出を計ります」
中央スクリーンにアマノガ・ルリの描いた脱出ルートが描き出される。それは、火星軍を囮にするという冷徹な作戦だった。
「チューリップを利用した脱出については…」「ええ、問題ないわ。ナデシコには他の艦にはない強力な空間歪曲場があるものね」
ルリの言葉を肯定するようにイネス・フレサンジュ博士が楽しそうに言葉を綴る。
「もともとチューリップはワームホール、つまりこの宇宙と別の宇宙とを結ぶ・・・」「それはさておき、本当に可能なのか? そのシステム掌握というのは」
ゴート・ホリイは強引にイネスの言葉を遮って疑問を示す。ルリはオモイカネからの試算をウィンドウに映してみせる。
「規模としては、無人兵器1個戦隊か…」「はい。小規模な制圧に関しては単機でも20機程度は制圧可能ですが、オモイカネのバックアップによって、大規模な制圧が可能となります」
「制圧した艦隊の陰に隠れて、チューリップに入るんだね」「はい」
ミスマル・ユリカの言葉にルリが頷く。
「これが一番安全に火星圏を脱出する方法かと考えます」「うーむ…」「そうだね」「ふむ…」「・・・」「・・・」
作戦室の中、誰もがアマノガ・ルリの提案を深く考えていた。その中で、イネスのルリを見つめる視線が痛い。だが、あえてルリはイネスから意識を外した。
あの「こんなこともあろうかと」という台詞を言ってしまったからでは、きっとないと思うのだけど。
「うん。これで行きましょう。ルリちゃん、負担をかけるけど、よろしくお願いね」「わかりました」
艦長であるユリカの決断が下りた。
ルリはほっとする。これで歴史は元の通り動き続ける、はずだ。火星の歴史はずいぶんと変わってしまっているけれど、ナデシコの歴史は変わらない。変えさせない。
イネスの金色の髪が揺れて、作戦室を出て行くのを見送る。
ルリは小さなため息とともに呟いた。
「アキトさん、ここは、この世界は、私たちのものじゃないんです…」
それは小さな決意だった。
いつか、思い出す日が来るのだろうか
今日という日を、その想いを
追いかけて、探して、届かなくて
色褪せてしまったこの世界の中で
私は、もう一度、手を伸ばす…
あとがき
話進んでないね。地味だね。
・・・(´・ω・`)ショボーン