Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第六話 Dパート
『「運命の選択」なんて!』
1.
それは重大な反逆行為だった。
地球連合が今現在交戦している木星勢力に、地球連合の主力、航空宇宙軍が編成しようとする対木星戦争計画書を明け渡す。
もちろん、その全てが記述されているわけではない。
航空宇宙軍が予定している戦争計画、その手足となる艦隊編成、そして、造艦計画。
各造船メーカーには、そのうちの造艦計画のみが、情報流出が発生したときに備え改竄されて提示されている。クリムゾン・グループに属する造船メーカーはネルガル重工のように一元化されていない。クリムゾン・グループの中枢であるクリムゾン財団は各造船所の造船計画に基づき、その作業調整を行っているに過ぎない。
クリムゾン・グループに所属する軍用艦設計の研究所が要求する建造能力に合わせ、建造可能な造船所を紹介する。そう。クリムゾン財団はあくまで各基礎研究所からの依頼を中継したに過ぎない訳だ。たとえ、その造艦計画の指示がクリムゾン財団から出たものであろうと。
だが、今回材料にされた航空宇宙軍の造艦計画は、クリムゾン系列のものではない。
ネルガル重工に提供されたものだ。
そこには、航空宇宙軍が対木星戦役での主力として期待しているND系列、すなわち、ナデシコ級の造艦計画と現実的な性能、建造見積もりが記述されていた。
ネルガル重工のナデシコ級は実験艦の傾向が強い。
一番艦のナデシコ、二番艦のカグヤ、改ナデシコ級、三番艦コスモス、四番艦オトタチバナ、そして、それらの成果をふまえた上で、月ドックでの建造が計画されている超ナデシコ級「五号艦」。ネルガル重工はこの「五号艦」を建造するために、アルキメデス・クレーターに新たな造艦ドックの建設を計画している。
これらナデシコ・シリーズはやがて完成した技術を既存艦艇に移し替えることとなる。
つまり、ここには将来に渡って航空宇宙軍の保有することとなる主力艦艇の戦力見積もりが存在していた。
男は震えていた。
これを木星勢力に売り渡す。
クリムゾン上層部は木星勢力と新興の火星の間を取り持つために、これを木星勢力に明け渡し、木星勢力の主攻撃目標を地球に、ネルガル重工に向けようとしているのだった。
男はクリムゾン・グループの一員としてこれまで尽くしてきた。
非合法なことも、人を利用し欺くことも、クリムゾンのためによかれと思うことは何でもやってきた。
クリムゾンもまた彼の行動を高く評価し、今では、クリムゾン財団でクリムゾン・グループ全般を見通す地位を与えてくれている。これからも、彼はクリムゾンのために活動することに疑問はなかったし、クリムゾンがそんな彼に報いてくれることにも疑いはなかった。
だが、これは見逃せなかった。
彼は確かにクリムゾン・グループに所属する社員だ。しかし、それ以前に、彼には地球連合の市民として果たすべき尊い義務があった。
もちろん、今までも密かにクリムゾン財団が地球連合政府と木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同体との政治交渉の仲介を行ってきている事実は知っていた。彼にもたとえ戦争をしている二国間でも最後の外交交渉の窓口を閉じることはしないという知識はある。そして、その仲介を進めるのは第三国か、双方と取引のパイプがある武器商人であることも十分に理解していた。
その政治交渉の上での陰謀術策ならば許容できる。しかし、今回の行動は前線で戦っている兵士たちを後ろから刺す行為だった。
彼にはそれはクリムゾンが踏み出してはいけない道だと感じられた。
だから、彼は行動した。それが道を誤ったクリムゾンを正す方法だと信じて。
知らせる相手はクリムゾンの息のかかっていない航空宇宙軍情報部。細心の注意を払って伝えたその情報は、しかし、いつの間にかクリムゾン側にも知らされているようだった。
彼は航空宇宙軍内部の知り合いから警告を受け取った彼は、すぐに自分の失敗を理解した。航空宇宙軍もこの件を理解している。それはこの情報漏洩が航空宇宙軍とクリムゾンが組んで行った茶番劇であることを示していた。
足早に街中を急ぐ。彼は追われていた。彼もよく知るクリムゾンの内務監査部の者ではない。おそらくは航空宇宙軍情報部の手の者だろう。航空宇宙軍は今回の件について共犯者の権益を守ることに最大限の注意を払っているようだった。
「なぜだ・・・」
言葉が漏れる。背中を伝う冷たい汗。
自分の行いは正しいはずだ。
では、どうして自分は逃げ続けているのだろう・・・。
黒の少女の足下に焼けこげた人型が転がっていた。
少女は身元も分からなくなるほどに焼き焦がされた死体を前に、人差し指を頬に当てて小首を傾げた。
「そうねぇ」
少女は青い空を見て適当な言葉を思いつく。
「きっと日が悪かったのよ」
決して戻っては来ない返事を期待するでもなく、彼女は歩き出した。
2.
地球連合航空宇宙軍、月軌道艦隊司令部に所属していたカイオウ・シンイチロウ大佐は転属命令を受け取った。転属先は第四艦隊。主に実験艦や教導艦、特務艦などの老朽艦によって編成される艦隊である。現在の最前衛艦隊、木星蜥蜴との第一線を戦う月軌道艦隊から、第四艦隊への転属は降格にも等しい人事だった。
だが、カイオウ大佐は嬉々としてこの人事を受け入れていた。なぜなら、配属先の第四艦隊はつい先日新たな艦隊司令が就任し、現在司令部を構成する人事を進めているところだ。この転属はおそらく彼がもっとも敬愛する上官が月軌道艦隊から彼女の新たなる司令部に彼を引っこ抜いたものであると理解していたからだ。
「失礼します。本日をもちまして第四艦隊司令部主席参謀を拝命したカイオウ・シンイチロウであります。今後ともご指導よろしくお願いいたします。ホウメイ・ゲレル中将」
「ふふふ、第四艦隊にようこそ、カイオウ君。わかっているとは思うけど、ここを閑職だなどと舐めてたりしてないわよね?」
「もちろんです。提督がここに配属された以上、第四艦隊は新設される外惑星艦隊司令部の準備を行うものと小官は判断しております」
その言葉に、革張りの深い椅子に座った四〇半ばの女性がくるりと椅子を回して満足そうに頷いた。
「その通りだ。新設される外惑星艦隊。当分の間、この第四艦隊は外惑星艦隊を編成するための実験艦隊として運用されることになる。
それでは、早速で悪いが仕事を始めようか」「ハッ!」
ゲレルはカイオウに席を勧めると、ウィンドウに彼女が抱えている最大の問題を示した。
それを一瞥してカイオウが頷く。
「航宙母艦ですか」「ああ」
ゲレルはウィンドウに四枚ほどのスペック表を表示していた。
「ネルガル重工からは改ナデシコ級コスモスをベースにした大型の航宙母艦が提案されている。上甲板は、ふふ、航宙戦闘機の運用を前提にしているそうだ。そして、下部甲板は機動兵器の発着ポッド。これらのユニットは目的に合わせて入れ替えることができる。何とも贅沢な作りだな。
アスカ・インダストリは二隻を提案している。航宙機用の母艦と、機動兵器のみを運用する軽空母だ。なにげにネルガルの提案と組み合わせることができるところが裏を感じさせてくれる。
マーベリック社からは機動兵器の運用は艦隊直援に限り、各艦に搭載の機動兵器を利用することを薦めてきている。航宙母艦は比較的大型だが、まぁ、マーベリックの航宙機を六〇機も運用しようとすると、これぐらいのサイズになるだろうさ。
さて、問題は、だ…」「クリムゾンの提案ですね」「ああ」
ゲレルは両手を開いて天を仰いで見せた。
「連中はやる気があるのか?」「・・・」
スクリーンに表示されていたのは、中央の巨大なコンテナブロック部に多数の機動兵器を搭載した中型の機動兵器母艦だ。将来に予想される機体の巨大化を鑑み、だいたい20メートル級の機動兵器を40機が搭載できる代物だった。
だが、その提案は競合他社と比べて明らかに見劣りしていた。
「これがあのエンディミオン級を設計した会社の将来型航宙母艦だと? ハン、笑わせてくれるね」「は、はぁ」
カイオウはクリムゾン・グループにちょっと期待しすぎじゃないかと内心思いながらも、スペックを見比べる。確かに、最大のライバルとも言えるネルガル重工と比較すると、一回りもスペックが劣るようにも思えた。ふと、カイオウは顎に手を当てた。クリムゾン・グループからの提案にはどこか何かと似通った点を感じていたのだ。
「ゲレル提督、もしかしてクリムゾンには大型船舶用の相転移エンジンを設計する技術がないんじゃないでしょうか?」
「ん? なんだって?」「これをご覧ください」
カイオウはエンディミオン級巡航艦とクリムゾン・グループの提出した航宙機母艦の主機を示す。
「この諸限は比較的大型な航宙機母艦では機構部に余裕が持てるだけで機関単機での出力はほぼ同一です。ネルガルはナデシコ級で戦艦用の相転移機関を持っておりますが、クリムゾンは未だに巡航艦規模の機関出力しか実現できていないのではないでしょうか?」
「ふーむ…」
ゲレルはカイオウの言葉に腕を組んでうなった。確かに戦艦用に開発された大型の主機を2機積んだ改ナデシコ級とは比較にならなかった。
「エンジンの調達は別に考えるべきなのかねぇ」「航空宇宙軍の工廠だけじゃ、戦時増産に間に合いませんよ」
「参ったね。いくら船殻設計がよくてもエンジンがついてこないってことか」「はい」「・・・」
相転移技術は完全にネルガルが独走している。それは、航空宇宙軍への売り込みでも明らかだ。ネルガルはすでに航空宇宙軍の改修指定艦艇用の相転移機関の設計を始めているのに比べ、唯一の対抗企業であるクリムゾンは未だに相転移エンジンの試験船を建造しているところなのだ。
このままでは、航宙船舶の主機はネルガルが完全にシェアを独占しかねない。それは航空宇宙軍の戦争計画にネルガルの意向が大きく影響することを意味していた。現実に航空宇宙軍はネルガル重工がナデシコ級一番艦ナデシコの私的な運用を認めざるを得なくなっている。航空宇宙軍はネルガルの私兵ではない。
「テコ入れするか…」「はい。他に方法はありません」
ゲレルの言葉にカイオウが同意した。
「わかった。中枢ネットワークに資材調達計画の見直しを要求する。特にクリムゾン案については、主機の調達計画と調達開始年度に捕らわれる必要はないとコメントを添えて再提出を要求しよう。
当面、我々は改ナデシコ級をもって航宙機戦術の研究を行うことにする」「わかりました」
航空宇宙軍第四艦隊としての態度の表明にカイオウは背筋を伸ばして敬礼した。ゲレルは満足げに頷く。そして、ふと思い出したようにもう一枚ウィンドウを開いて見せた。
「それから、カイオウ君。我々第四艦隊の司令部人事なんだが、主席航宙参謀にこの人物を指名しようと思うんだが思うところを聴かせてくれないか?」
カイオウはウィンドウに映し出された一人の少女の姿に面白そうに顔を緩めて頷いた。
「私は諸手をあげて賛成いたしますが、第三艦隊司令部が彼女を手放すことに同意してくれますかね?」
カイオウの意味するところに、ゲレルはニヤリを頬を歪めた。
「三艦隊統合司令部からは今回の人事、少々無茶してもかまわないと内諾を得ている。あとはあの子煩悩なミスマル提督をどうやって納得させるかなんだがねぇ」「はぁ」
ゲレルは頬杖をついてウィンドウの『彼女』を見上げる。その中で『水色の妖精』と称される無表情な少女がカメラに向かってVサインをかましていた。
「それでは、クリムゾンが我々と木連との休戦交渉を取り持ってくださると?」
「ええ」
アクア・クリムゾンは人形のようにこくりとその細い小首を頷かせた。
「わたくしどもクリムゾンが全面的に火星と木連との和平に尽力させていただきますわ」
火星植民都市連合から派遣されている外交部のヤシマ・マゴロクは突然の申し入れに戸惑っているようだった。
これまでクリムゾン・グループは火星との取引をあくまで仲介者として行っている。木連に荷担するわけでなく、火星の肩を持つわけでなく、商売人として客の要求に応えているだけだった。おそらくは火星と木連の会談の模様はクリムゾンによって地球連合も知るところだろう。それが彼らの商売なのだから。
だが、今回の申し出は違う。
クリムゾンは火星と木連の和平に協力すると、クリムゾンの木連に対する政治力を行使する意志があると伝えているのであった。
そんな困惑にアクアがくすりと笑みをこぼす。
「もちろん、わたくしたちもただでとは申しませんわ。いえ、むしろお願いがあるからこそ火星と木連に和平を望んでいます」
「と、おっしゃいますと?」「はい。相転移エンジンの生産技術を移転していただきたいのです」
ヤシマは眼鏡の向こうで目を細めた。
「相転移エンジンの技術移転ですか?」
「そうですわ。正直なところ、火星の皆さんからいただいている相転移エンジンは数が少なく、わたくしたちも本格的な艦船への組み込みに取りかかれずにおりますの。実験船ばかり造っているわけにはいきませんでしょう? どこかで利益を回収しなければいけませんわ。
そこで、エンディミオンの引き渡しと同時に、火星の相転移エンジン生産技術と技術者をお譲りいただきたいの。もちろん、お見えになった方々はご家族と一緒に地球で厚遇させていただきますわ」
それは暗にエンディミオン級の生産にエンジンが専有されてしまい、他艦種の開発が遅れていることを伝えていた。クリムゾンは火星から供給されているエンジンだけで、火星と航空宇宙軍からの艦船要求に応えなければならない。それには絶対的に生産数が足りなすぎた。
「そこでわたくしどもから提案がありますの」
アクアが傍らの書類を差し出した。ヤシマは首をかしげて問う。アクアは無言で頷くと、目にするよう促した。
「・・・これは地球連合の機密書類ですね。火星の独立を承認し、地球連合との外交関係の樹立を約束するものですか」
「住民保護、ご必要でしょう?」「そうですね。そちらも就職させるのに戸籍が必要でしょうし」「ええ、二、三家族程度ならともかく、大規模になると面倒ですから。すでに地球連合軍事機密委員会の承認は受けておりますわ」
「なるほど」
それは地球連合、しいては航空宇宙軍が早期の火星奪還を諦めたと言うことでもある。航空宇宙軍の保護を失った火星には独自に木連に対して単独講和を行う権限を渡し、奪還後に地球連合に再度吸収すると言うことだろう。
そう簡単にはいきませんよ。
ヤシマは胸の内でそっと呟く。そして、さらに資料をめくった。
「こちらは地球連合が火星にエンディミオン級巡航艦を供与する極秘文書ですね。その代わり、相転移機関の量産技術を火星からクリムゾンのファブに移すことが条件ですか」「ええ。戦略物資の生産拠点を危険な前線に置いておく訳にはいきませんから」
ヤシマはにこやかに頷いた。
「わかりました。本国に持ち帰り、至急相談させていただきます」
「ええ。快い返事をお持ちしておりますわ」
アクアはそんなヤシマの心を知ってか知らずか、いつもの無垢な笑顔でヤシマを見送った。
報告を受けたエマニュエル・ガドナス火星植民都市国家連合大統領は眉根を寄せた。
「クリムゾンは相転移エンジンの技術者を要求してきましたか」
コピーされた配付資料をめくる。そこには、地球連合との密約、クリムゾンの要求がまとめられていた。
「どう思われますか?」
「・・・相転移エンジンの技術移転そのものは、クリムゾンがここまで本気で火星支援の用意をしてくれている以上、問題はありません。
焦点はクリムゾン側に協力することになる火星市民の身柄の保護になります」
視線を向けられたこよみが資料を手に説明する。
これまで火星側が相転移エンジンの生産技術をクリムゾン・グループに渡さなかったのは、クリムゾン・グループが相転移技術だけ受け取り、そのまましらばくれる可能性があったからだ。
ボソン・ジャンプを見せ札にクリムゾンの関心を煽ったのはいいが、火星が危機的状況にあることに代わりはない。早急な火星支援が必要だった。クリムゾン・グループは相転移技術を持たずネルガル重工との競争に敗れつつあった。そこに相転移技術を提供する。
だが、クリムゾンは別に火星からでなく木連から相転移技術をもらってもいいわけである。地球と火星、木星の三つを天秤にかけ、一番条件がよいところから手に入れればよい。もしも、相転移技術の移転を火星がすぐに受け入れていたら、クリムゾンはもらう物だけもらって木連に火星攻撃を早めるよう進言したことだろう。そうすれば、クリムゾンの懐は全然痛まないからだ。
しかし、クリムゾンが地球連合政府に働きかけ、火星の独立承認と全面支援を受けたことは大きい。クリムゾンが火星のために生産する艦船や物資は地球連合が買い取り、火星に譲渡されることになる。そうなると、クリムゾンにとっては、火星がより長く抵抗し続けることが直接的な利益に結びつくのである。これによって、たとえ相転移エンジンの生産技術をクリムゾンに任せたところで、火星支援が途切れることはない。地球連合にしても火星支援が自分たちの管理下によって行われれば、火星に配備された戦力は明確なものとなる。
だから、問題は火星からクリムゾンに派遣される技術者たちの身柄ということになる。
制宙圏が木連側にある以上、火星から地球まで彼らを運ぶ方法はボソン・ジャンプしかない。つまり、クリムゾン・グループは有人ボソン・ジャンプの実例を迎え入れることになるわけだ。
地球側は今のところ強力なディストーション・フィールドを張れば有人ボソン・ジャンプが可能であることを知らない。そのため地球側に引き渡されたボソン・ジャンプの成功例として彼らを非道なボソン・ジャンプ実験に利用されかねなかった。
「本音としては、技術者たちだけでなく、その家族も地球に送ってあげたいのです」
ガドナスが漏らす。
「火星から少しでも非戦闘員を安全な後方へ送ってあげたい。たとえ少しずつでも、火星の住民を安全な場所に」
「・・・」「・・・」「・・・」
「だとすれば、連中にボソン・ジャンプの情報を提供してみせるしかないな」
黒いバイザーをかぶったつんつんと尖った髪型の男が腕を組んで答えた。
「連中が誤解しないよう、はっきりとしたメッセージで教えればいい。そうすれば、火星住民のジャンパー体質という事実から目を逸らすことができる」
「おいおい、俺たちがいくら説明したって信じるか?」「だから実験する、とか言いかねませんね」
テンカワ・アキトの言葉にエノラ・パーキンスが首をかしげた。憂鬱そうな表情でガドナスも同意する。
「…いや、手ならある」
口元に拳を当てて考え込んでいたこよみがぴょんとソファから飛び降りた。ポニーテイルの長い黒髪が軽快に踊る。
「遺伝子構成のレベルから明らかに地球産の人間がジャンプしてみせればいい。
――空間歪曲場のデモンストレーションも行えば、地球人でもジャンプに耐えられると言うことを伝えることは可能です」
大きく両腕を開いて、こよみが全員に説明する。
「つまり、強力な空間歪曲場を使って地球人がジャンプすればいいわけか。それをクリムゾンに?」
明らかにおもしろがるようにアキトがこよみに視線を投げる。
「ああ」
「それは」「つまり」
こよみが自分の胸に右腕の親指を突き立てて大きく頷いた。
「わたしが行きます。技術者とその家族がクリムゾン側の保護を受ける前に、わたしが航空宇宙軍の前でボソン・ジャンプして見せれば、彼らも納得するでしょう」
3.
左右に張り出す無骨な翼の上から、二人の少女が手招きをする。周囲が無骨な鉄骨やクレーンの張り出したドックの中でなければ、どこか違うところに踏み込んでしまった気になりそうな自分に、エノラ・パーキンスは宇宙服のヘルメットを自分で殴っていた。
「なにしてるのよ…」
呆れたようなどことなく同情的な響きを込めて、続くササハラ・イオリが周囲を見渡した。
「こちらですわ」
その意図を察したのだろう。黒人の少女がイオリに中央に横たわる巡航艇への艀を示した。イオリは少女に頷くと、ぼうっとしているエノラの背中をどやしつけた。
「うぉあっと!」「いつまで呆けてるの。私は船の機能をチェックするから、エノラは…」「へいへい。肉体労働担当ね」
エノラはここまで抱えてきたケースを持ち上げると、5メートルほどの高さを下りる階段を探す。急いで階段までたどり着くと、一瞬だけ顔を上げて、そこに静かに眠る船の姿を見てつぶやいた。
「やっぱ、変な形だよなぁ」「こらぁ! ぼさぼさしない!」「へいよ」
エノラは肩をすくめると、一気に階段を駆け下りた。
空調のダクトが空気を循環する音が重く静かに響く。
暗い灰色の回廊。休みだからと言うわけではない。本来ならば、ヒトの熱源を関知し自動的に点灯するはずの照明も、点いていない。そう、機械の目にはここには誰もいない。
機械的な振動が響くその場所で、彼女たちは対峙していた。
「『代行者』を散布した、か。イオリが物理圧力を感じるほどの濃度を散布するとは、読まれていたのか?」
『後光』は左手を自然に腰に当てて問いかけた。彼女の正面、少女より少し年かさの、だが、うら若い少女がソバージュのかかった長い黒髪を掻き上げた。
「時間稼ぎのつもり? ふふ、いいわ。つき合ってあげる」
黒髪を揺らして少女が歩み寄る。無骨な鋼の上を進む黒いエナメルの靴。しかし、足音はしない。
「不用心なのよ。私が目覚めているというのに、航空宇宙軍の余剰艦艇を探そうだなんて。
あなたの痕跡があった対象から、火星圏防衛に適切な艦艇はおよそ三十隻。でも、その多くは近代化が必要だから、数ヶ月以内に戦力化するのは難しい。だとすると、後は新造艦、しかも、相転移エンジンの搭載を前提に設計されている艦と言ったら、このブラスティとヘスティアぐらいでしょう?
ヘスティアは建造計画段階となると、あなたの欲しがりそうな艦はこのブラスティしかあり得ない。
後は、スケジュールの空きを見張れば、この通り」
『鮮紅』がこよみの顔をのぞき込む。
「ウサギさんはわたしの手の中」「フン、なるほどな」
こよみは顔を背けると、二、三歩後ずさる。ルージュはそんなこよみの様子に自分の優位を確信して腰に手を当てると左の人差し指をちろりと舐めた。
「もう、いいかしら?」「そうだな」
こよみは腕を組む。
「茶番はここまでだ」「!!」
次の瞬間、こよみがルージュに向かって踏み込んだ。とっさに身をかばったルージュの姿が大きく膨れあがり掻き消える。そして、こよみはそのまま、回廊を駆け抜けた。
ちらりと、腰に挟まれた大きな黒い機材に目を落とした。バッテリーの量はまだ十分残っていた。
「だが、あのレスポンス。この施設内にいるな」
こよみは闇に閉ざされた回廊を見透かすように視線を投げた。
ササハラ・イオリが艀に駆け込むと、アームが自動的に動き始めた。その向かう先はブラスティの肩口に当たるコクピット部後方のキャビンだ。ブラスティは機動兵器と言うより、機動兵器としても運用できる巡航艇として設計されている。そのため、コクピット後方には小さいながらもキャビンが用意されていた。そのハッチは開放されている。不用心だと思うよりも、半ば透き通った姿を見せる少女たちを見て納得していた。
あれはこよみと同じモノだ。
姿通りの年齢ではなく、背後には航空宇宙軍という強大な組織の支援を受けた闘争する意志の体現だった。
背後でハッチが閉まる音を聞きながら、コクピットへの細い通路を急ぐ。手前の階段を上がりシートに座ると、回転して剥き出しのキャノピーにシートが正対した。正面に大きな視界が広がった。
「うわぁ…」
その視界の広さに思わず声が漏れた。まるでドックに高々と突き出されるようにも見える。こんな剥き出しのままに戦っているのかと思うと、イオリは素直にパイロットたちに尊敬の念を抱いた。
「あなたがパイロットですの?」「!!」
大きく開いたキャノピーの中をのぞき込むように、うっすらと透き通った黒人の少女が問いかける。イオリは慌てて首を振った。
「あ、いいえ。私はただのナビゲータ。パイロットはこよみに任せるつもりだったんだけど…」
「ああ、なるほど。では、わたくしたちがすこしお手伝いいたしますわ」
少女の言葉に、ドックの機能が唸り声をあげて目覚めた。外部点火装置が後方から片腕で抱えるようにブラスティの機関部に接続する。
「そこのボタンを押してもらえますか?」「えっと、このメイン・パワーってやつね」「ええ」
黄色と黒の枠に囲まれた無骨な赤いスイッチをイオリは強く押した。その瞬間、発動機が激しい音を掻き立て、振動が機体を揺さぶった。操縦席を埋め尽くすように配置された計器が次々と目を覚ますようにオレンジ色の明かりに照らされたて、動き始める。
正面にはいくつものウィンドウが浮かび上がり、機体チェックのシーケンスを流し始めた。
「え? なになに、何なの!?」「落ち着いて。この子の起動シーケンスが始まったの」
いつの間にかイオリのすぐ右隣に浮かび上がっている金髪の人形のような少女が一瞬パニックに陥ったイオリに冷静に指示を出す。
「あなた方はどのような機体状態がお望みですの?」「えっと、ええっと…」
「あの娘はなんて言ってた?」「・・・」
イオリは金髪の少女の言っている相手がこよみのことだとわかり、胸に手を当ててゆっくりと深呼吸しながら元々の指示を思い出していた。
そう、あれは確か・・・。
「周りを壊しすぎない程度に空間歪曲場を張れる状態にするって」
「そう」「わかりましたわ」
イオリの言葉に少女たちが頷いた。イオリの見ている目の前で、ウィンドウ上の情報がめまぐるしく変わり始めた。
「機関正常。相転移エンジン1番、2番点火シーケンスに」「シーケンス開始までは?」「2、1、今」「はやっ!」
外部ジェネレーターがひときわ大きな唸り声をあげた。密閉されたドックの中を荒れ狂うように駆け抜けた暴音の後。まるでなにもかもが凍り付いてしまったかのような気配の中、イオリはかすかに甲高い音とうねるような振動を感じていた。
「「ハッピーバースディ、ブラスティ」」
少女たちのハミングが聞こえた。
レーザー照射を行う暇もなかった。
『鮮紅』は弾き飛ばされた意識が自身の体に戻ってくる衝撃に跳ねるように身を起こした。
「『後光』! いったいなにを…」
口の中で不敵な少女を罵ると、彼女の意識に残る情報を思い返す。
物理的な衝撃ではなかった。
彼女を構成していた『代行者』の正体、それは空気中に散布された幾万幾億ものナノマシンだ。個々のナノマシンには単純な光学発信器が組み込まれており、中枢ネットワークのバックアップを受けた彼女たちの姿を象って投影される。そのため、単純な物理的衝撃、飛びかかってくるエノラや拳銃の弾であれば、ナノマシンはその圧力の前に吹き散らされる。しかし、彼女たちの意志は元の位置に残り、移動した圧力によって呼び込まれた新たなナノマシンが発光し、結果として、何事もなかったかのように彼女たちの姿が映し出されることになる。ナノマシンのスクリーンによって形成された立体映像なのだ。
だから、あのように『代行者』を完全に排除するなどと言うことを行うには、『後光』の全周に強力な斥力が発生したとしか考えられなかった。
ルージュは髪を描き上げる。衝撃だった。互いに手の内は理解しているつもりだった。自分の知らない何かをニンバスが持っている。その考えは酷くルージュをいらだたせた。
虚空を睨み、忌々しげに舌打ちする。今のルージュは通信封鎖をして単独行動していることになっている。そうでなければ、ニンバスの排除が禁止されてしまう。そのため、XIONのバックアップを得ることはできなかった。
「でもあれは」
唇を噛みしめる。そう。ルージュはあれが何かを理解していた。だが、それは現在の技術では存在しないはずのものだ。それをニンバスは手に入れていた。
「きっと個人用空間歪曲場発生装置…」
しかも、周囲の物理的な影響を排除するほど強力なものだった。よほど強力な銃器でなければ、ニンバスの身体まで届かないだろう。しかもだ。空間歪曲場にはレーザーが効かない。それは、『代行者』の唯一にして最大の武器、ナノマシン共鳴型の自由電子レーザーが封じられてしまったことを意味していた。
「そう。わたしが来ることも予想済みだったということ…」
まるでいいように遊ばれている感覚。忌々しい。
思い出す。生み出され、頂点に立つ『輝ける輪郭の娘たち』を見て初めて思った想い。自分はこの人のために戦い死ぬんだというあの崇高なまでの確信を、踏みにじるような行動を平然と取るニンバスが許せない。それは、彼女の前にいた多くのものたち、そして、これからも生産されるであろう多くの彼女に続くものたちの死を、その生を侮辱するものだから。
手持ちの拳銃は彼女たち幼生固定体にも撃てるように設計された小口径の銃だけだ。あの空間歪曲場の強度はバッタやジョロなどの無人兵器に少し劣るものだろう。そうなると、ルージュの体格では低反動装置を用意しなければ、貫通できるだけの威力を持った銃を撃てない。
そうなると、残る手立ては肉弾戦だけだった。
「いいわ、ニンバス。あなたはこの手で、殺す」
ルージュはうっすらと微笑むと、闇の中に駆けだした。
4.
ロバート・クリムゾンはボソン通信機の向こうに並ぶ人物の姿にさっと視線を投げた。名前と人物評定を思い起こしながら真っ先に口を開いた。
「私は木連と火星政府との和平交渉を勧めさせていただきに来た」
その迷うことのない口ぶりに木連側の参加者たちは互いに顔を見交わせてざわめいた。
ロバートはすぐさま反発がでないことを確認すると、手元の資料を指し示した。
「ここには火星政府からの交渉委任の正式文書がある。
火星政府は過日、火星北極冠シティに対する木連の無差別攻撃の報復として、木星『プラント』に対する戦略核攻撃を行った。もし、木連軍がこのまま都市に対する非道な虐殺行為を停止しない場合、報復として火星軍は木連を構成する市民船、および、宇宙都市に対する報復核攻撃を行うとのことだ。
火星軍の木星系に対する作戦能力は、諸君らが一番よく知っているはずだな?」
『何だと!!』『あの非道な核攻撃は火星のモノだというのか!!』『火星許すまじ』『・・・』
口々に火星軍に対する非難を口にする木連政府関係者たちの中でロバートは腕を組んで考えている男に密かに注目していた。
『話にならん。火星軍と称する輩は自分たちの立場を理解するべきだ』
木連軍中将、草壁春樹がゆっくりと首を振る。
『我々があのような行いを二度と許すとでも思っているのか?』『そうだ!』『全くです』『木連の守りは万全だ』
「フム」
ロバートは伺うように視線を細める。
「だが、諸君らはどうやって攻撃されたのか、未だに理解しておらんのではないかね?」
『火星からの投射軌道はすでに我が木連艦隊によって封鎖済みだ。二度と我らが神聖なる国土を犯させることはない』
「ほほぅ。火星からの投射軌道、な。それは輸送艦の加速状況からの推測ということかな?」
『ご老体。よくご存じですな』「なに。舞台裏についてそれなりに聞いている」
ロバートは訳知り顔で軽く笑って見せた。
「だが、それでは止められんよ」『・・・』
草壁はかすかに眉をひそめると尋ねた。
『まさかご老体の差し金ではありますまいな?』
「私なら『プラント』を狙わんよ。初撃をこそ都市を狙う。しかも、一発ずつでいい。できるだけ多くの都市を攻撃する」
火星軍もまだまだ甘い。ロバートはそう笑って見せた。その言葉に草壁も明らかに表情を変えた。
木連を構成する数多くの宇宙都市。そのほとんどがドームを複数連結した宇宙に露出した宇宙都市である。また、木連の人口の5分の一を支える市民船も装甲化されておらず、破片程度ならいざ知らず、核融合反応の高熱の前には無防備にその街区を真空に晒したことだろう。
もし、そのような事態となっていたなら、先の爆撃によって失われた1万人近い犠牲者どころの騒ぎではない。少なくとも50万、下手をすれば、1000万人近い死傷者を出した可能性もある。そして、木連は同時多発的に起きた被害を前に未曾有の大混乱に陥っていたことだろう。
そんなことになったら、いくら『プラント』が健在であろうと戦争など行えるはずもなかった。
『火星はあくまで報復に徹したと?』「いまだ綺麗な戦争などを夢見ておるのかもしれぬがな」
それは誰に向けられた言葉だったか。
ロバートは皮肉気な笑顔を浮かべて、対峙する木連の参加者を眺めた。
5.
中部オーストラリア州アリス・スプリング、その南西30キロの場所にクリムゾン・クローズド・サイクル社はパイン・ギャップ最終処分場を保持している。この最終処分場は主に重工業製品、特に軍用艦や航宙船舶などの解体処分場として、名を知られていた。
しかし、その日、この処分場には多くの観客が訪れていた。訪れた観客のほとんどが軍服を纏っている。
南半球ではそろそろ初夏。夏の日差しが砂漠に照りつける中、黒や紺の制服に身を纏った人々が、分厚いコンクリートに覆われた処理区画の一つに鋭い視線を向けていた。
そこで行われているのはエンディミオン級巡航艦の対爆耐久テスト。廃棄される試験艦の最後の貢献だった。
爆破される艦の通路には圧力センサーの埋め込まれた人型やダメージを受けたときの破壊形状を調査するためのセンサ、破壊が艦に及ぼす過程を記録するためのカメラが設置されている。これらの情報は、以降のエンディミオン級巡航艦を建造するときの糧となる。
戦って、戦って、戦い続けるための。
幾度となく破壊音が響く。
エンディミオン級一番艦エンディミオンは短い生涯をこの最終試験場で終えた。
クリムゾン・メルボルン造船所。
かつて、4隻の輸送艦を提供したのと同じドックに、一隻の巡航艦が安置されていた。
それは、在るはずのない船。一週間にわたる対爆実験を受け、最後には鉄屑として廃棄されたはずの巡航艦エンディミオンの姿だった。
ネルガルの機動戦艦ナデシコに遅れること二ヶ月。エンディミオンは戦船としての人生の幕を開こうとしていた。
「この艦で、あなたたちは何を得ることができるのでしょうね?」
詠うように、囁くように、悪戯っぽく微笑んでアクアが振り返る。
その視線は他の誰でもなく、ただ車椅子に座った黒ずくめの男に向けられていた。
「未来を。誰も知らない明日を」
男は、軽く頷いた。
本当にこれでいいのか
呪いのように疑問は付きまとい離れない
誰かに答えを求めたくなるときがある
誰かの答えにすべて投げ出してしまいたくなる
だが、その選択、すべての罪は
誰のモノでもない
だから、こそ
振り払えぬ疑問もまた
あとがき
人生って切ないねって話。あんまし好きじゃない。
アキトの出番ないし。なー・・・。