Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第六話 Cパート

 『「運命の選択」そんなのかっこつけてます』


1.

 それは火星の影の部分から気炎をなびかせながら現れた。
 数は4つ。
 重力圏を振り切るために付けていたブースターが二つずつ炎をあげながら分離し、火星の重力圏へと落ちてゆく。
 ゴクリ。
 誰かのつばを飲み込む音が大きく響いて、アマノガ・ルリはそれが自分が緊張のあまり生唾を飲み込んでいたことに気付いた。
 艦橋(ブリッジ)に詰める乗員の視線が前方スクリーンに集中する。
 彼らが見つめるスクリーンの中で、光点の一つが奇妙な軌道を描いた。それは、まるで弧を描くようにたゆんだ軌跡を煌めかせる。
 そして、光が奔った。
 青。
 青。
 そして、青。
「発光信号、青・青・青! 友軍です!」
 誰もが見つめていた事実をメグミ・レイナードは大きく声を上げて伝えた。艦橋(ブリッジ)に喜びのどよめきが上がった。
「メグミさん、国際共通信号の周波数帯で呼びかけてください。ルリちゃん、全艦に通信を繋げてください。私たちが火星まで来たことをみんなに知っていただきましょう!」「あい、艦長(キャプテン)
 ミスマル・ユリカの指示にルリの操作で艦内の全乗員の正面にウィンドウが浮かぶ。
 それは、艦橋(ブリッジ)から見た火星の姿。大きく映し出された青と赤の大地の姿と、彼らを迎えるために近づいてくる4つの機体の排気炎が映し出されていた。
『・・・聞こえ・・・こち・・火星・・・、接近中の・・・』
 メグミの操作する通信機に一瞬、人の声が響いた。
「オモイカネ」『了解』『直ちに』『捕まえた』
 小さなルリの言葉に応えて、オモイカネが通信機の周波数帯を拾い上げる。
 今度ははっきりと聞こえた。
『こちらは、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)、マリネリス航空戦闘団(ACC)所属第37航空隊だ。接近中の地球連合所属艦艇。聞こえるか? こちらは、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)、マリネリス戦闘団所属…』
「はーい、聞こえてますよー!!」『!!!!!!!!!!!!!!』
 一瞬、正面に移っていた機体の軌跡が踊るように歪んだ。
「こちらは、地球連合日本州船籍、ネルガル重工所属ND001 ナデシコです。
 お出迎え、ご苦労様です!」
 ユリカの言葉が艦内に響き渡る。艦橋(ブリッジ)の様子が映し出されていたナデシコのそこかしこでどよめきが起こった。
 そう、彼らは火星にたどり着いたのだ。
 ようやく、その実感が湧いたのだろう。あちらこちらで肩をたたき合い、抱き合いながら、喜ぶ姿が見える。
 ユリカは振り返ると、後ろのシートに座っているアマノガ・ルリにウィンクした。
「ルリちゃん、やったね♪」「はい」
 アマノガ・ルリはこくりと頷く。
 眼前に広がるは青と赤の星。ナデシコの進路上、誘導するように4機の白い双胴の機体が回り込んだ。
 ルリは想う。
 ここまで、いろいろとあった。これからも、いろいろとあるだろう。
 だが、今は火星にたどり着いたその喜びを大切にしたい。そう思った。
 そして・・・
「このどこかにアキトさんがいる…」
 ルリは次第に拡がっていく火星の姿に、心の中でそっと呟いた。





2.

 昼時を過ぎたナデシコ食堂は、しかし、いつもと違って人が溢れていた。
「え? 火星に降りれない!?」「ええ」
 ナデシコ食堂でテーブルを拭いていたテンカワ・アキトは驚きの声を上げた。
 ホシノ・ルリはあっさりと頷くと、うっすらと汗をかいたグラスに挿されたストローに口を付け、一口吸い込む。
「・・・甘い」「いま、プロスさんが艦長と一緒に交渉してるんだけど、あれは難しいわねぇ」
 一緒に座るハルカ・ミナトが通信の様子を思い出して答える。
「でも、なんで?」
 アキトは震える声で問う。ちらりと、オレンジ・ジュースのグラスを両手で持つルリがアキトを上目遣いに見上げた。
「なんでも、混乱を避けるためだって話だったけど、なにか裏がありそうなのよねぇ」
 そんなルリの様子に小さく微笑みながらも、ミナトはゆっくりと髪を掻き上げた。その拍子に胸元がアキトの視線に入り、アキトは顔を背けた。
「せっかく助けに来たってのに、こんなところで足止めしやがって。政府の奴ら、いったいなに考えてやがるんだ」
 アキトは苛立ちをぶつけるように荒っぽくテーブルを磨いた。

 機動戦艦ナデシコは火星軌道高度2万キロメートルの衛星デイモスに停泊していた。
 火星に到着した彼らを出迎えた火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の航宙機は、彼らの前方に2機、後方に2機がつくと、ナデシコにデイモスとの合流軌道を示してきたのだ。
 全長わずか12キロメートルの衛星には、爆破された航空宇宙軍の通信基地施設を改装して建設した宇宙港が完備されており、着床したナデシコ以外にも、輸送艦を改装したとおぼしき航宙機母艦(バトル・スター)が1隻、ナデシコに並ぶように接岸していた。

『ナデシコの皆様。ようこそ、火星に。
 私は皆様と火星軍との窓口を勤めさせていただきます火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)作戦参謀局エレナ・エレシア大尉です』
 艦橋(ブリッジ)の正面スクリーンの中で『鈍色の赤』の制服を着た女性が敬礼した。
「ナデシコ艦長、ミスマル・ユリカです」
 ステージ最上段でミスマル・ユリカが答礼した。
「ところで、我々はいったいいつまでここに?」
 横からひょっこりと顔を出したプロスペクターが黄色いベストに眼鏡を光らせて問いかける。エレナは表情を変えず答えた。
『申し訳ありません。皆様の船に関しては政府の方でも扱いに困っている状況でして、政府からは後ほど代表の方がネルガル火星の方と一緒にお訪ねすることとなります。
 私どもの方からは、と言いますのは軍の方から正式な問い合わせと考えていただいて構いませんが、いくつか事前に何点かの確認事項がありますので、このように一足先にご連絡を入れさせていただいた次第です』
「・・・ほう。確認事項とは?」
『はい。その前に、これらの通信は記録されております。その点、お記憶に留めいただけるようお願いいたします』「ルリさん」「大丈夫です」「結構です。はい」
 エレナの言葉にプロスペクターは素早くホシノ・ルリに通信の記録状況を問いかける。そして、ルリの回答に満足すると、エレナに頷いて見せた。
『それでは、まず第一に、ナデシコは我々火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の指揮下に入る意志はおありでしょうか?』
 直球だった。
「えーっとですね、それはぁ…、どうなんでしょう?」「困りましたなぁ。最初からこう難しい話をされますのも」
 話を振るユリカに同意するようにプロスが腕を組んでみせる。しかし、当然のことながらそれはただのポーズだった。
「私どもといたしましても地球連合に所属する一営利企業でありますから、できうる限りの協力は惜しみません。ですが、やはり地球連合所属の艦艇がおいそれと他の軍隊の指揮下にはいるというわけにはいきませんでしょうなぁ」
 プロスはそう言って後方のシートに座る老提督に同意を求めた。だが、その視線は拒否を許さない。誰がこのナデシコの実質的な主導権を持つ者か、それを突きつけていた。
 フクベ・ジン退役提督はゆっくりと頷く。プロスは満足げに視線を和らげるとスクリーンを振り返った。
「まことに心苦しいことではありますが、可能な限り協力すると言うところで一つ?」「「・・・」」
 明らかな詭弁だった。
 ネルガルの意志は一つ。ナデシコの完全な私的運用だ。
 それはスキャパレリ計画(プロジェクト)の根幹をなす、火星北極冠遺跡(イワト)の奪還のために必要な条件だった。
 正直に言おう。ネルガルにとって火星は全滅していて欲しいのだ。もしも、火星の住民が全滅していれば、何を気にすることもなく、北極冠遺跡(イワト)に向かい遺跡の回収を行うことができたであろう。
 プロスペクターは火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)などと言った即席軍隊の能力を評価していない。しょせんは植民都市の都市警備隊(シティ・ガーズ)が寄り集まった程度の軍事力しか持ち合わせていないはずだ。その程度の戦力では、このナデシコを傷つけることはできるかも知れないが、その行動を妨げることなどできはしない。そして、木星蜥蜴もその程度の軍事力しか持たない火星を制圧できない程度の戦力しか投入していないのだ。
 万に一も、ナデシコが破れる可能性はない。そう、プロスペクターは踏んでいた。
 だからこそ完全な拒否ができる。ナデシコは火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の指揮下に入らないと、伝えていた。
『・・・そうですか』
 だが、拍子抜けなほどにあっさりと、スクリーンの中の女性は頷いていた。それはまるでナデシコ側の返答を想定していたかのようなあっけなさがあった。
『では、次にネルガル火星、オリンポス研究所職員のうち、退去希望者の受け入れについての確認を・・・』
 事務的な確認が続く。
 送られてくる名簿。そのなかに見つけた一人の女性の名前にプロスは顔を上げた。





3.

 太陽の光も届かない火星の海深く、『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)の作戦指揮所ではナデシコと火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)との通信を映し出していた。
「やはり、ナデシコは火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の指揮下に入らない、か」
 男が呟く。視界全体を覆う黒いゴーグルは、彼に映し出される視覚を IFS 経由で伝える。
「ネルガルの目的は終始一貫してボソン・ジャンプの独占だもの。いまごろ、北極冠遺跡(イワト)への侵攻ルートでも考えてるのでしょうね」
 金の髪を結い上げた女性が椅子の腕に座って男にしなだれかかる。男の腕が彼女の腰に回され、支えた。
「へぇ、北極冠遺跡(イワト)にねぇ。って、おい! のんきにしてる場合かよ!?」「うるさい。騒ぐな」
 騒ぎ立てる長身の男の頭に、少女の蹴りが入った。
「いずれにせよ、ナデシコを火星に降ろすわけにはいきません。丁重にお帰り願うのが一番でしょうね」
 倒れる男をため息混じりに見下ろして壮年の紳士が告げる。周囲も同意するように頷いた。
 ナデシコが火星を訪れたこと。そのこと自体は火星にとって希望を伝える素晴らしい事件だった。
 単艦で木連の包囲を突破し火星まで到達することが可能な艦の存在は、地球連合の航宙技術が木連のそれに匹敵するものとなったことを意味している。今はまだナデシコ一隻であるが、その背後にはこれから次々と生産されて来るであろう航宙船舶の姿があった。
 しかし、それはまだ遠い未来の話だ。
 火星圏が航空宇宙軍の制宙圏内に戻ることができるのは早くて1年後。月攻略戦で地球圏の絶対制宙覇権を回復した後のことになるだろう。いや、どう楽観的に見ても、それから一年近くは航空宇宙軍、木連軍によって、取っては取られの状態が続くことは間違いない。
 そんな状況で、どうしてナデシコの到来を火星市民に伝えられよう。
 ナデシコを見た火星の市民は、その背後に航空宇宙軍の影を求めてしまう。かつて彼らを守りきれなかった航空宇宙軍が、今度は守り抜く力を持って帰ってきたのだと期待してしまうだろう。そんな彼らに航空宇宙軍の戦略スケジュールなど伝えられる訳がない。いつまでたっても来ない味方に絶望する時、その時が火星市民の最後の時だろう。
 ナデシコの到来は一時的な希望をもたらすことになる。これがただの航空宇宙軍からの連絡艇や駆逐艦程度の船だったら良かった。火星市民は火星に辿り着いた彼らの勇気を称賛し、自分たちが孤独ではないことに心を落ち着けただろう。
 だが、戦艦では駄目だ。
 その装甲、武装、艦影。すべてが人々の心を煽り、期待させる。
 しかし、その対象が一企業が私的に運用する戦艦であり、火星を護ってくれないとなると、いったん高揚した精神は不安に踊り惑うことになる。
 火星軍へ組み込まれることを拒んだナデシコはただの不安要素でしかなかった。
「いっそ、陥としたらどうだ?」
 苦笑と共に、バイザーをつけた男が顎をしゃくってみせる。少女が渋い顔をして見せた。
「考えなくもない。だが、仮にも地球連合の船だ。我々の手で沈めるわけにはいかん。渡すものを渡して帰ってくれるなら、それが一番だ」
「あら。ほんとうにただ帰ってくれるだなんて思っているのかしら?」
 皮肉の色を浮かべて金の髪の女性が少女を見下ろす。
「そう願っている。それだけだ」
 少女は女性の視線を見返すと吐き出すように答えた。

「ヒナギクでの降下を許可する、ですか」
 アマノガ・ルリは火星植民都市連合からの通達を短く繰り返した。プロスペクターは大きく頷いた。
「はい。ナデシコを市民に見せることは社会不安を煽ることになるとの判断から、火星植民都市連合は残念ながらナデシコでの火星への降下を認めていただけませんでした。まったくもって、遺憾とするところです。
 ただ、その代わりと言ってはなんですが、非武装の連絡艇(シャトル)でのヘラス市への降下は認めていただきました」
 額をハンカチでぬぐいながら、プロスは憤懣やるかたないという表情で艦橋の人々を見回した。
「あら、でも仕方がないんじゃない? こっちだって、あまり協力的な態度とは言えなかったんだし」「ははは、これは痛いところを」
 ハルカ・ミナトの言葉を乾いた笑いで誤魔化そうとした。
「もともと火事場泥棒に来たようなものだしね」
 そこに、ホシノ・ルリがぼそりと呟く。プロスペクターもちょっと笑いが引きつった。
 アマノガ・ルリはステージ最上段を振り返った。
義姉(ねえ)さんは、どう考えられますか?」「うーん、それなんだよねぇ」
 視線の先、艦長席に立つミスマル・ユリカは腕を組んで首を傾げた。
「なんか、こう、ぴんと来なくって…」
 珍しいことに歯切れ悪くユリカが指を立てて額に当てる。つややかな黒髪がゆっくりと流れる。
「なんでです? これってただの嫌がらせなんじゃないんですか?」
 メグミ・レイナードが通信席のシートごと姿勢を回して訊ねる。
「本当に嫌がらせだったら、ヒナギクでの降下も認めないと思いますけど?」
 普段から上官であるアマノガ・ルリのそばにいるイツキ・カザマ中尉が手をあげて発言する。
「非武装のシャトルなら、すぐに撃墜できますから」
 アマノガ・ルリの言葉が艦橋(ブリッジ)に不吉に響き、静まる。
「コホン。艦長はどう思うかね?」
「やっぱり、私たちに見られちゃ困るものがあるんじゃないかと思うんです」
 フクベ・ジン退役提督の問いかけに、ユリカははっきりと答えた。プロスが納得するように口元に手をやった。
「フム。なるほど、なるほど。シャトルなら行き先は制限できますが、戦艦となると止められないと言うことですな」
「では、降りてしまいましょう」
 静かな声が艦橋に響いた。
 誰もが、彼女を見つめた。
 視線の先で、アマノガ・ルリはスクリーンいっぱいに広がる火星の大地を、ただ見つめていた。





4.

 火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)中佐フェイエン・ノールはデイモスに向かう連絡艇(シャトル)の中で、第一種礼装のネクタイを締めていた。
 傍らには資料の詰まったスーツケースを抱えたエリス・ティタニア中尉が控える。
「まったく、貧乏くじを引かされたものだ」
 彼女にしては珍しく愚痴る。エリスが可愛らしく小首を傾げた。
「仕方がありません。借りがありますから」「まったく・・・」
 フェイエンは連絡艇の窓から代わり映えのしない漆黒の宇宙を見ながら、ため息をついた。
「あんな船など10名もあればさっさと制圧してしまえるというのにな」
 ナデシコをどうするか。
『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)である彼女たちには対応策を考える充分な時間があった。
 最も過激な意見では「火星に到着する前に撃沈してしまえ」とか、「火星圏に近づく前に追い返せ」などがあったが、フェイエンに代表される軍部では「丁重にお譲りいただく」のが主流だった。
 しかし、これらの案は決して実行されることはなかった。当然だ。ナデシコは地球連合船籍の船だ。その船を沈める、もしくは、拿捕すると言うことは、地球連合に対する挑発行為に等しい。
 もちろん、火星植民都市連合には領宙に進入してきた不審な船、しかも、戦闘艦だ、を臨検する権利も抑留する権利もある。が、地球連合には公的には外国は存在しない。地球連合から見ると、火星植民都市連合の行動は海賊行為と見なされる怖れがあった。そして、地球連合の裏にはネルガルの姿もある。
 実は、ネルガルにとっても火星が独立してしまうことは都合が悪い。火星が独立した以上、ネルガルの火星の資産、そして、特に遺跡は彼らの手が届かないものとなりかねない。火星には慈悲をかける程度の生き残りがいるぐらいがちょうど良かった。
 そのネルガルが果たして火星の独立を受け入れるだろうか。むしろ、ネルガルの船舶に対する海賊行為を非難し、地球連合に対して火星に対する強攻策を取るようロビー活動に努めるに違いない。一応、手は打ってあるが、つけ込まれる隙はないに越したことがなかった。
「ネルガルの代表はプロスペクターと言ったか。手強いのだろうな」
 事前に受けた説明に気が重い。
「そうだと思われ・・・えぇえ!!」
 同意しようとフェイエンの顔を振り向いたエリス中尉が驚きの声を上げた。いぶかしげに顔を傾げたフェイエンもつられてエリスの見つめる方向、つまり、連絡艇(シャトル)の外に視線を向けた。
 そして、固まる。
 視線の先には火星大気圏に向けての降下軌道を取る白い双胴の戦艦の姿があった。

「それじゃあ、火星に向けてしゅっぱーつ!」
 ステージ最上段でミスマル・ユリカは大きく指をスクリーンに向けて突き出した。
 その声を合図に、ドックからナデシコに接舷されていた(はしけ)が次々と接合を解き外され、宙に漂う。ナデシコの突き出された両翼のブレードから発信される重力波が互いに干渉してナデシコを送り出す重力傾斜を形成する。
 滑るような離床。
 全長200メートルを超える巨大な戦艦は微かに、しかし、確実に加速を開始していた。
「10時方向よりにタグ・ボート2隻。本艦前方に回り込みます」
「港を出たら、すぐにディストーション・フィールドを。振り切ります。ルリちゃん、港内の航宙機母艦(バトル・スター)の様子は?」
「現在、明確な動きはありません。ただ、通信量は増大中」「中尉、よろしくお願いします」『ドミストリ、発艦します』
 加速用推進剤の白煙を上げながら、イツキ・カザマ中尉の乗るドミストリが宇宙港を駆け抜ける。途中漂う(はしけ)や工事用クレーンを器用にすり抜け、タグ・ボートをかすめるように湾外まで一気に加速した。
「ドミストリより索敵記録接続。オモイカネに」
『接続完了』『いいよ』『接続良好』『狭い』
「索敵記録をスクリーンに」「あい、艦長」
 一足先にデイモスの宇宙港外へ飛び出したドミストリがデイモス周辺の索敵情報をナデシコに送ってくる。本来ならば探査プローブを使うべき任務であるが、友軍の制宙圏内で使い捨てのプローブを消費することを渋るプロスペクターの反対でドミストリがその任を負っていた。
 イツキはタグ・ボートの剥き出しのコクピットから腕を振って怒りを露わにする港湾作業員に軽く機体を振って答えると、いっそうの加速をして一気に湾外に出た。
 正面に広がる漆黒のベールに光る星。
 機首を巡らせて姿勢を変えると、推進剤のみで行っていた加速から、核パルスエンジンを使用した本格的な戦闘機動に移行した。ドミストリはちょうど、宇宙港に向けて機首を巡らしていた連絡艇(シャトル)とすれ違い、一足先に火星へ軌道を向けた。
 メグミ・レイナードは点滅する受信パネルを見て振り返った。
「艦長、さっきから通信が入ってるんですけど、どうします?」「そうだね・・・」
 ユリカが口元に拳を当てて考える。そこに、背後から声がかかった。
「無視して構わないと思います」
 アマノガ・ルリはさらりと言ってのけた。
「どうせ彼らにはなにもできません」「うーん、そうなんだけど」
 いいのかなぁ、と悩むようにユリカが首を傾げる。
「ところで、火星に降下したら別行動を取らせていただきます」「ええ!?」
 ユリカが驚きの声を上げる。プロスペクターがちらりと視線を投げた。
「なぜ、と聞いても構いませんか?」「特務です」
 あっさりと答える。冷や汗を拭いてプロスはもう一度訊ねた。
「どこへ行くのかぐらいは構わないでしょう?」
「・・・ユートピア・コロニーへ」
 ルリの答えにフクベ・ジンの眉がぴくりと動いた。
「大切な人を捜しに」
 そのつぶやきは聞き取れぬほどに小さかった。
「行きたまえ」「提督!」
 取りなすように答えた老提督にプロスが異議を唱える。
「お飾りとはいえ、儂にもそのぐらいの権限はあるはずだ。行ってきたまえ」
 フクベの言葉にルリは静かに頭を下げた。





5.

 火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)中佐フェイエン・ノールは連絡艇(シャトル)がデイモスに着くと直ちに管制室へと駆けつけた。
「状況を」
「あ、はい! 地球連合船籍ナデシコが先ほどこちらの制止を振り切って出港しました」
 管制官が振り返って敬礼すると慌てて答えた。スクリーン上に映し出される輝点が火星の防宙圏に向かうのが見える。視界の端でエリス・ティタニア中尉が空いている端末に座るのが見えた。
「大統領府に通信を。それから、デイモス、ヘンプ・パームの航空隊に、出撃は厳禁だ、と伝えろ」「了解です」
「中佐、大統領府に繋がりました」
 エリス中尉が振り返った。フェイエンは頷く。
「フェイエン・ノール中佐です」『こちらでも状況は理解しています。すみませんが、すぐにこちらに戻ってきてもらえませんか? ――ジャンパーを送ります』「わかりました」
 最後だけそっと小声で伝えてくる。フェイエンは頷いて敬礼した。通信が切れた。
「管制官、すまないがすぐに出る。連絡艇(シャトル)の出港を最優先にさせて欲しい」「わかりました! すぐに航路を開けさせます!」
 力を込めて返してくれる管制官の返答に心の中で謝りながら、フェイエンはエリス中尉に目で合図した。エリスはすでに準備を終えていた。重力区画の中を駆け出す。
「中佐?」「ジャンパーが来る。・・・まったく、手間をかけさせてくれる」
 この場にいない何者かに向かってフェイエンは頭を振った。そして、意識を切り替える。
「行こう。時間はさほどない」



 ナデシコの格納庫では、水色のエステバリス・カスタムの発進準備が進められていた。
 ナデシコの着陸予定地点であるヘラス・シティ郊外からユートピア・コロニーまでのおよそ5千キロを単独で行動することとなる。途中までは支援の砲戦フレームによりバッテリーを運搬してもらい、そこから単独での行動を取ることになっている。
「ですから、砲戦フレームは私が!」「うっせーな、大尉がオレを指名したんだ。アンタがオレに文句を言うのは筋違いってもんだろ!」
 アマノガ・ルリの電子戦用エステバリス・カスタムは旧型のエステバリスとバッテリーの形が違っている。そのため、重力波ビームを介して砲戦フレームからエネルギーの補充を受けることになる。全行程の3分の一を同行する砲戦フレームを誰が操縦するか。イツキ・カザマ航空宇宙軍中尉とナデシコのスバル・リョーコとの間で言い合いが起きていた。
「イツキ中尉、今回はナデシコで待機していてください。火星軍と接触する際、航空宇宙軍のオブザーバが誰もいないという事態は避けたいのです」「ですが!!」「中尉、プロスさんはあくまでもネルガルの方です。その言動はネルガルの利害から離れられません。イツキさんには私の代わりにプロスさんが行き過ぎた行動を取らないよう注意していただきたいのです」
 水色のパイロットスーツの上に青い整備班のジャケットを羽織ったルリが髪を纏めながら説明する。その言葉に渋々とイツキは頷いた。
「はぁ、大尉がそうおっしゃるのでしたら…」「ふっふーん」
 しかし、すぐに鋭い視線で胸を張るリョーコを睨み付けた。
「今回は大尉のことよろしくお願いします。傷一つなく返品してくださいね」
「あったりまえだ!」
 睨み合う両者の姿に、ルリが思わず溜息をこぼした。そこに、声がかかった。
「おいッ!!」
 それは内心ルリが恐れていた人物だった。ルリはビクリと振り返る。その視線の先には黄色いナデシコの制服の上にエプロンをつけたテンカワ・アキトが息を切らせて立っていた。
「ユートピア・コロニーに向かうって本当か!?」
 アキトの手にしたお玉がルリにまっすぐ突きつけられた。



 発進する2機のエステバリスと入れ違うように、ナデシコのセンサは接近しつつある一機の連絡艇(シャトル)の姿を捉えた。
「オモイカネ?」
『船籍照合』『火星ヘラス市船籍ダンデライオン』『IFF照合』『問題なし』
 ホシノ・ルリの問いかけにオモイカネはすぐさま答えた。
「通信が入ってますけど、どうします?」
 メグミ・レイナードが再び問いかける。プロスペクターがにこやかに答えた。
「繋いでください」「はい♪」
 艦橋(ブリッジ)正面のスクリーンに二人の女性が現れる。
 一人は褐色の肌にソバージュのかかった髪を肩で切り整えた鳶色の瞳を持つ女性だった。こちらは白に赤いラインが入った軍服とおぼしき制服を着ていた。
 もう一人、金髪を結い上げた白衣の女性を見て、プロスペクターは満足そうに頷いた。
「お久しぶりですかな。ドクター・イネス・フレサンジュ」
 その言葉に金髪の女性は細身のサングラスを外した。隣に立つ軍人らしき女性は苦い表情をしてみせる。
『ずいぶん強引なお誘いね。ミスター』「無事だったか」『ええ。オリンポス研究所からの脱出者リストは送ってあるはず。だから私を指名したのよね?』「ご明察ですな」
『お話中失礼ですが、着艦の許可を求めます。私は火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)中佐フェイエン・ノールです』
「ほう」
 プロスペクターは面白そうな声を上げた。ホリイ・ゴートが視線を向ける。
「ミスター、ご存じですか?」「ええ、ヘラス市都市警備隊(シティ・ガーズ)第177特務大隊(DoLLs)と言えば、その筋ではずいぶんと有名ですから」
「えーっと、凄いんですか?」「凄いんです。とっても」「へぇ・・・」
 ミスマル・ユリカが首を傾げる。苦笑しながらプロスが答えた。
「彼女たちなら5、6名もいれば、このナデシコを占拠できるでしょうな」「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇ〜!!」
『心配しなくても、直属の部下は連れてきていない。同行しているのは作戦参謀局のオペレータだ』
 フェイエンは投げやりに親指を立てると、同行するエリス・ティタニア中尉を示した。
『他はパイロットを除けば全員そちらの関係者だ』『オリンポス研の地球帰還希望者7家族32名が同行しているわ』
「ルリさん?」「確認取れました。確かにネルガル火星、オリンポス研究所職員家族のようです」
「じゃあ、格納庫のハッチを開けちゃってください。ようこそ、ナデシコへ」

「要するに、とっとと帰れと?」
「そゆこと」
 イネス・フレサンジュはナデシコの艦橋(ブリッジ)で火星の現状を説明していた。エリス中尉にホワイトボードを任せてノリノリである。
「だが、ドクター。我々はこれまで木星蜥蜴とのあらゆる戦闘に勝利を収めてきた。ナデシコの力を持ってすれば、火星を一気に解放することも可能だ」
「無理ね」
 イネスはあっさりと答える。
「未だ『彼ら』を木星蜥蜴としか知らないあなた達が、木星勢力の何を理解しているというのかしら?
 相転移エンジン? ディストーション・フィールド? それともグラビティ・ブラスト?
 私たち火星ですら、たかだかナデシコ一隻。陥とすのも造作ないわ」「「「なんだってー!!」」」
「あら、怒ったのかしら?」
 赤いパイロット用の制服を着た3人娘が声を張り上げた。イネスが鼻で笑ってみせる。
「どうかしましたかな、艦長?」「・・・」
 先ほどから会話に参加せずに何か考え続けているユリカにプロスペクターが話を振った。
「えーっと、何か忘れてる気がするんですよねー」「っていうか、なんでリョーコさんがいるんです?」
「「「「「おおッ!!」」」」」
 ホシノ・ルリのつっこみに、ステージ最上段にいるみんなが相づちを打った。
「すみません、ミスマル艦長。実は・・・」
 申し訳なさそうに、イツキ・カザマが説明する。その説明にユリカが叫んだ。
「えぇーーーーーー! アキトがおっきなルリちゃんと一緒に行っちゃったぁ!!」



 赤い大地に降り立つ。
 水色のパイロットスーツの小さなかかとが酸化鉄を多く含んだ赤い砂を押し分けて跡を残す。
 周囲には爆炎に黒く焼け焦げた金属片や溶けた鉄のかたまりが、長きに渡る放置を物語るように砂に埋もれていた。
 一歩、一歩。
 彼女は足を踏み出す。
 目指す場所にあるのは、大地に突き刺ささり、天に突き出された、焼け焦げた巨大な竜骨。
 吹き飛ばされた外装が幾重にも死した巨竜の鱗のように散り、激突時の衝撃で抉り上がった土が彼女の足取りを塞ごうとする。
 火星の低重力に助けられて、おぼつかない足取りで、ひときわ大きな(うね)を越える。
 その先に、視界全体に広がって、巨竜の骸があった。
 かつては純白に磨き上げられていた装甲も、いまは大地に埋もれ、剥き出しの船殻が幾重にもリングとなって大地に連なり倒れ伏せている。機関部は花瓶に刺さる朽ちた花のごとく、ねじ曲がり崩れ落ちた鋼の奇妙なオブジェと化していた。
 ユーチャリス。
 清らかな心と称された白亜の美しい戦艦の姿は、もうない。
 ここにあるのはただの残骸。
 復讐に生き、絶望に呪った、プリンス・オブ・ダークネスの生の終着だった。
「いいえ、終わりじゃない」
 誰よりも自分に言い聞かせるように呟く。それは誓いだった。
「まだ、終わらせません」
 アマノガ・ルリはユートピア・コロニー郊外に墜落したユーチャリスの残骸を見つめていた。



 熔けたガラス 焼け焦げた鋼
 鋼の巨像は 赤い夕日に照らされて
 赤い大地に暗い影を落とす
 それでも、私は信じる
 あなたの姿を信じている





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あとがき

 ふみゅーん、なんか詰め込みすぎでよくわかんないね(自爆)。
 この続きは6Fで。DEはたぶんアキト・パートです。
 なんとか7話終わったら、一度PDFにまとめます。
 ではでは。