Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第六話 Bパート

 『「運命の選択」さぁ、時間だ』


1.

 惑星を巡る衛星は潮汐力の影響を受け、母星にむけていつも同じ表面を向けるものが多い。
 地球を巡る月も同様に、常に地球に向けている面を表側(ニア・サイド)、地球の影になっている面が裏側(ファー・サイド)と呼ばれている。では、どちらが月開発の主軸となっているかというと、実は裏側(ファー・サイド)である。月の表側(ニア・サイド)は21世紀中期において地球で制定された景観保護条約によって、地球から見上げた目につく人工物の建設が禁止されていた。月との視線位置上にある月軌道重力均衡点(ラグランジュ・ポイント)の一つL1の開発も同様である。
 これは月軌道の生産力が地球に匹敵するほどとなった現在でも守り続けられている。
 かつては、月独立派の政治団体が月軌道の生産力を低下させるための地球側の陰謀だと騒ぎ立て、大きな政治問題となったこともあったが、人類の生活圏が地球軌道からより遠方に広がるにつれ下火になっていた。
 月軌道の人々が自信をつけたこともあるだろう。
 たとえ地球側の月表面や重力均衡点の一つが使えなくても、月軌道は地球に引けを取らない。
 そんな確かな自信が現在の月軌道の政治的安定を生み出している。
 地球連合航空宇宙軍月最大の航空宇宙技術工廠はその月の裏側(ファー・サイド)、ヘヴィサイド・クレーターに設置されていた。

 無骨なハンドルを回し、重いエアハッチを押し開ける。
 ひとりはスモール・サイズとはいえ、さすがにメンテナンス用のエアロックは3人もの人間が入り込むには狭い。細身のしなやかな身体のラインをした軟質宇宙服(ソフト・スーツ)を着た人影が最後にハッチを閉め、ロックを確認する。押し込められた合間をすり抜け、ひときわ小柄な人影が前に出るとエアロック内側の端末に開錠コードを打ち込んだ。
 次第にダクトの音が大きくなる。
 空気が送り込まれ気圧が回復してきたことで、音が伝わるようになってきたのだった。
 腕を押さえて自分の宇宙服の張りを確かめていた小柄な人影が気圧負けしなくなったのを確認して頸元のロックを外す。大きく深呼吸を一つついて、ヘルメットを外した。急激に低下する気圧に露出する皮膚に鳥肌が立つ。
 露わになったのは少女の顔。長い黒髪を宇宙服の中に押し込んだ少女は慌てた他の二人を身振りで抑えると、人間二人分の押し込まれたエアロックの隙間で器用に宇宙服を脱ぎ捨てた。
 小さく頭を振る。ポニーテールにまとめた髪が月の低重力下でゆっくりと踊った。
 こよみは脱いだ宇宙服の腰に取り付けてあった小型の拳銃を取り外した。ケースから伸びたサスペンダーを白いインナースーツに回して背中に背負う。
 スライドを曳いて初弾を装填。ブザーと共にエアーの充填が完了すると内側のハッチを大柄な人影に任せ手振りで開けるように指示した。ガコンとパッキングが鈍い音と共に外れる。
 するりとわずかに空いたハッチの隙間からこよみは猫のようにするりとエアロックの外に滑り込んだ。
「いいぞ。入ってこい。予定通りだ」
 真っ暗な部屋に白色灯の明かりが灯った。そこは、基地外で作業を行った要員が宇宙服を着替える少し広い部屋だった。
「ういーっせっと」
 背中から転がるようにエノラ・パーキンスは宇宙服姿のままハッチを抜けて転がった。続いてもうひとり。細身の宇宙服姿が転がるエノラを避けて入ると大きな鞄を運び込みハッチを閉めてロックする。頸元に手を回しロックを外して、彼女、ササハラ・イオリはヘルメットを取った。
「ああ、疲れた。月って身体が浮いて困るわ」「ちょっとした距離だったからな」
「しかし、大将は慣れたもんだな」「まぁな…」
 座り込んだままのエノラがヘルメットを外してこよみを見上げた。珍しく困ったような表情でこよみが頷く。
「私はここで造られたからな」「あれま」「ふーん」
「まぁ、一般的には航空宇宙技術工廠として有名なのはここよりリンデンバウム(L3)のジャンクヤードだがな」
 こよみは航空宇宙技術工廠地上部の窓から広がるクレーターを示して説明する。
「こちらはどちらかというとお堅い、実用的な装備を研究している。E種兵装(エリクセン)計画から派生する特殊実験機もここだ。ジャンクヤードで概念としていじくり倒されたものをこちらで現実的に再構成しているといった方が正しいか」
「へぇー」「凄いのねぇ」
 エノラとイオリは素直に感心する。
「でもなぁ、よくここまで問題なく来れたよなぁ」「航空宇宙軍と交渉した」「えぇ!?」「マジですか?」
 こよみがあっさりとタネをばらした。
「例のカード、あの情報を伝える代わりに航空宇宙軍が開発中の最新鋭巡航艇を我々は受け取ることになる。これは火星軍(マーシャン・リンク)にとっても員数外の装備だな」「!? おい、大将まさかッ!」「慌てるな」「え? ええ?」
 こよみが口元に薄い笑みを浮かべた。
「ああ。試製B計画。木星系までの長駆浸透攻撃を目的として開発されたE種兵装(エリクセン)計画の1プロジェクトだ。だが、現在編成中の次期航宙艦船整備(ゾディアック)計画から外されることとなる」「なんでよ?」
「高いのさ。単独で木星系までの航行を可能にし、戦闘艦並の重力場歪曲場を張り、グラビティ・ブラスト1門を備える、たった40メートルの二人乗り巡航艇(クルーザー)に駆逐艦並の費用は出せん」「あー、ま、そうだな」
「だが、それだけの代物をこのままお蔵入りするには惜しい。せっかく作った以上、それなりの技術情報も取りたい。しかし、現状の航空宇宙軍の想定する戦域では使い道がない。それなら、人員はいないが強力な打撃艦が欲しい野良軍隊にくれてやろう、という政治的判断だ」「ふーん」「へー」
 こよみが肩をすくめる。エノラが顎に手を当てて首を傾げた。
「じゃ、なにか? 次は長期航続力が必要だって言うことか?」「そうだ」
 こよみが頷く。自身の決意を示すように。
「休戦後の主戦場は、木星=火星間航路。木連の有人艦隊を火星に近づけさせない事が勝利条件になる」「でもよ、俺たちにゃ、船もなければ人もいないぜ?」「船は用意してもらっているだろう?」「そっか、クリムゾン・・・」「おお!!」
「んじゃ、あとはそれまでにどれほどの戦力を用意できるか、か…」「それを今、頑張っている」
 こよみはエレベータに続く回廊への扉を開けると、指定のコードを使い地下奥深く300メートルほどの深度にある実験機用試作ドックを指示した。月は地球と違い、地殻の活動はすでに死に絶えて久しい。そのため、月の主要な軍事施設はおおむね200メートルから500メートルの深度に設置されている。
 6分の1Gに身体が浮かないよう固定して、エレベータを動かす。
 沈黙のうちに時が過ぎ、やがてエレベータの扉が開いた。周囲を警戒して、歩みを進める。
 目的のドックは2ブロックほど離れたところにある。計画中止が内示され、休日の勤務者のいない試作ドックは暗く静かだった。
 幾つ目とも知れない扉を開く。
「待ってたわ」
 謳うように、誘うように。
 綺麗なアルトの声が空虚な回廊に響いた。





2.

 激しい勢いで拳がテーブルに叩きつけられた。
『我々は今回の地球連合の非道な攻撃に断固抗議する』
 白い詰め襟の制服を着た木連軍将校はボソン通信機の向こう側から激しく抗議の意を示す。
「はて? 我々地球連合は木星系に対する攻撃能力を持っておりません。非道の攻撃とはいったい何の事やら? どなたかとお間違えでは?」
 乾いた笑顔でスーツ姿の壮年の男性が返す。
『白々しい台詞を! 木連軌道都市に対する核攻撃を非道と呼ばずになんとする』
「さぁ、宙対地攻撃を平然と行う輩が使う言葉ではありませんね。都市に質量攻撃をするような輩など核の炎に焼き尽くされてしまえと思うのが人情でしょう」
『ふざけた台詞を!』「・・・」「・・・」
 ボソン通信機を挟んで激しい罵詈雑言が飛び交っていた。

 その様子をロバート・クリムゾンは苦々しげにモニターで見つめていた。
 クリムゾン財団は地球連合政府と木連、木星系ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体との政治交渉を仲介している。航宙機は明日香インダストリに押され、地球戦線での主力とも言える機動兵器ではネルガルに惨敗を喫しているクリムゾン・インダストリがバリア衛星などの重力傾斜斥力場発生装置の納入で他の追随を許さない裏には、政治交渉のためのパイプに対する地球連合政府からの報酬という一面がある。また、木連からはクリムゾン・グループにとって戦略的(経済上のではあるが)に重要な地域での戦闘を制限してもらうという報酬を得ていた。
「なんとも素直な事よ」
 ため息と共に苦い思いを吐き出す。
「目の前に吊り下げられた餌に疑うこともなく迷うこともなく」
「あらぁ、お爺様。それは素敵なことではございませんの?」
 椅子を引くウェイターに笑顔で礼を告げ、アクア・クリムゾンは嬉しそうな笑顔をロバートに向けた。ロバートは孫娘が上機嫌な様子に眉を顰める。
「あの火星の者たち、これほどまでのことをやるとは聞いてなかったぞ。まさか、お前の入れ知恵ではあるまいな?」「さぁ、どうでしょう?」
 指を組み、にっこりとアクアは微笑む。ロバートは深くため息をつくと額に手を当てた。
「お前はクリムゾンと木連との関係を壊すつもりなのか? それはまだ早すぎる」
 ロバートが首を振る。アクアはちらりとモニターを一瞥した。
「お爺様、誤解ですわ。わたくしは地球、木星、火星が共に歩める関係を構築しようとしているのですわ」
 アクアはロバートの意図を否定した。確かにロバートの言うとおり、クリムゾンと木連との関係を絶つには時期尚早だ。せめて近地球圏での航空宇宙軍の絶対優勢を確保するまで、木連が地球とのパイプを失うことは木連の暴走を引き起こす可能性がある。
 ロバートはアクアの真意を測り損ねて目を細めた。この孫娘からはしばしば窺い知れない何かを感じることがある。おそらくそれは、時折零れるアクアの世界認識のかけらなのだと、感じる。
 幼くして両親を亡くし、なに不自由なく、しかし、孤独に南海の孤島で育て上げられた少女の精神が、世界をいかに垣間見、いかなる世界を自身の内に再構築したのか。今更ながらロバートは、自分がアクアについていてやれなかったことに後悔の念を憶えた。
 そんなロバートの気持ちを知ってか知らずか、アクアは小首を傾げてロバートの目を見上げた。
「わたくしはクリムゾンから木連と火星に一時休戦を提案してはいかがと思うのです」
 名案でしょうとばかりにアクアはクスリと微笑んだ。



 浅い呼吸。朦朧とする意識。記憶は間断なく途絶え、次に意識を失った瞬間、自分は消えてしまうのではないかという恐怖に恥も外聞もなく身体がすくむ。
 暴走するナノマシンは、処理を行うために宿主の身体を分解し、血を骨を肉を神経を削り取っては無為なループに消尽する。いっそのこと抉り取ってしまいたいとすら思う痛みと発熱に、纏まらない意識が交互に現れては跳ぶ。
 もはや数えることすらおぼつかない意識の端で、ひんやりとした柔らかさを感じ、テンカワ・アキトはうっすらと目を開けた。
「お兄ちゃん…」「・・・」
 熱に渇いた喉で彼女の名を呼ぼうと試みる。金色の髪を編み上げたしっとりと肉感的なスタイルをした女性が切なげな瞳で彼を見下ろしていた。
「ドクター・・・」「あまり無理をしないで」
 憂いを込めた瞳でアキトを見下ろす。すぐそばにおいてある水飲みをアキトの口元に当てて、零れないよう少しずつアキトの喉に流した。男の喉がこくりと蠢く様にイネス・フレサンジュは魅入る。
 しばらくして、アキトが口を閉ざした。イネスは水飲みをベッドの傍らに置いた。身を起こそうとするアキトをイネスは手でそっと制した。
「ナノマシンの透析はまだ終わっていないの。だから、そのままで」「わかった」
 アキトが頷く。アキトの体内に埋め込まれた異常なナノマシン。それを排除するため、特定パターンのナノマシンを分解するナノマシン透析はアキトの身体に強い負担をかけている。暴走しがちなナノマシンもそれを分解するナノマシンも共にエネルギー源としてアキトの身体を燃焼して互いを食い合っている。
 アキトはこのナノマシン透析を体力が回復するのを待っては定期的に繰り返していた。
 もちろん、これによって彼ら『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)の戦力は大幅に低下する。しかし、大量のジャンパーの養成を開始した今の火星には、戦力の低下よりもアキトの命を長らえさせることの方を優先する程度には余裕があった。
「そうでなければ、私が協力するはずないものね」
 イネスは一人ごちる。
「どうした、ドクター?」
 イネスの態度にアキトが熱い息を吐くように問いかける。
 イネスは少しためらったが、意を決するようにアキトに尋ねた。
「お兄ちゃんは、いつまでこの茶番につき合うつもりなの?」



 その少女に目が留まったのはいかなる偶然だろうか。
 アクア・クリムゾンは巡航艦(クルーザー)エンディミオンの披露パーティに小さな少女の姿を見つけて、目を細めた。
 招待客の誰かが連れてきたのだろう。少女は光り輝く巡航艦(クルーザー)の立体映像を見つめていた。
「パーティは楽しいかしら?」
 バーテンにジュースを用意させて、アクアは少女に歩み寄った。その声に反応して、少女が振り返った。金色の柔らかな長い髪をなびかせて、10歳ぐらいだろうか。人形のように美しい。だが、その視線は凍り付いたように冷たく生々しい現実を見つめている。
 アクアはその金色の柔らかな髪の少女の瞳に魅入られたように告げていた。
「あなたと同じ視線の少女に会ったことがありますわ」
 少女がすっと瞳を細めて歌うように問いかける。
「その娘の髪は黒?」「ええ」「瞳はブラウン?」「そうよ。目が大きくて、少しつり目で」「マユが濃い」
 アクアはあの少女の面影を思い浮かべてくすっと笑みを漏らした。
「名前は…」「『後光』(ニンバス)。私は彼女に会いに来たのです」「そう」
 アクアはそのほっそりとした指を伸ばすと少女の頭を優しくなでる。指に感じる柔らかな髪を梳いた。
「でも、彼女はここにはいませんわよ」
 その言葉に少女は手を伸ばして指さした。その指先には一隻の巡航艦が淡く後光を纏って輝くように浮かんでいた。
「そこに。――この船はあの娘の匂いがします」「ふふ、お見通しなのですね」
「大けがをしてませんでしたか?」「いいえ、元気な子でしたわよ?」
 少女はほっとしたような柔らかな笑みを浮かべた。
「・・・よかった」
 その青い瞳が安堵の色を湛える。アクアはそんな少女に笑みと共に尋ねた。
「お名前を伺ってもよろしいかしら?」「『光輪』(オーリオール)
 少女は誇りと共に胸を張った。





3.

 地球連合航空宇宙軍の中枢ネットワークを構成するXION(シオン)。その外部端末である四体の幼生固定体(エンブリオ)のひとり、グロウリアは傍らのバスケットに放り込んである端末から響いたメールの着信音に小首を傾げた。
「あら、お手紙が着いたようですわ」
 大きなクッションに包まれるように座っていた身体を起こし、バスケットへ細い腕を伸ばして端末に指を走らせる。
「まぁ!」
 宙に浮かぶウィンドウ、そこに映し出されるメールにグロウリアは思わず驚きの声を上げて口元を手で押さえた。すぐに新しいウィンドウを立ち上げ、緊急最優先で追跡を要請する。
「うさぎさんからメールが来るだなんて」
 驚きですわね、と口の中で呟く。すぐにざっとメールの内容を確認すると、別処理で情報のデコードを開始した。端末からキーボードを引き出すと、返信を書き始める。
「クルーザー、しかも、アレを要求して来るだなんて、なんて贅沢。このご時世、使いどころがなくなったとはいえ、船一隻安いものではありませんのよ」
 XION(シオン)からの解読終了の知らせにちらりと視線を投げた。少し皮肉な気分でメールを送る。すぐに返信があった。
「ニュージランドでバカンスだなんて、結構なご身分ですこと」
 無駄だろうと思いつつも要員を派遣するよう、関係部署に要請を出す。そして、送られてきた映像情報に意識を集中した。形の良い細い眉毛が寄る。
「…これが木連の実質的戦争指導者。草壁春樹」
 流れる映像。いくつものフィルターがかかり、XION(シオン)から次々と分解解析された情報が映し出される。
「素敵なおじさまと言うには、少し趣味が悪いかも…」
 演壇に立ち、木連民衆に協力を求める姿をグロウリアは冷ややかに見つめ、はっと口元を押さえ呟いた。
「ちょっとお下品でしたかしら?」



 通路の中央に立つ一人の少女。ソバージュのかかった黒く長い髪を低重力下になびかせ、ほっそりとした姿に薄い笑みを浮かべる。
『鮮紅』の代行者(アルト・ルージュ)! クッ!」
 最悪だった。
 こよみの驚きに少し機嫌を良くしたのか、少女は腕を組んでつんと見下す。
「あら、クリムゾンの研究所を潰すためにわたしを利用したでしょう? ここでわたしと出会うこと、そのこと自体は驚くことではないと思うわ」
「えーっと、大将、お知り合い?」「なんか、お人形みたい…」
「・・・」
 こよみは答えず一歩前に出る。
「航空宇宙軍とは話が付いているはずだ」「おい、ちょっと待てよ」「話が見えないわよ?」
「フン…」
 鼻で笑い、『鮮紅』(ルージュ)は顔を背け横目で彼らを見た。
「そうね、航空宇宙軍と火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)との間では話が付いてるわね」
「・・・そう言うことか」
 こよみは納得したように頷くと、振り返らず指示を出した。
「お前たちは先に行って準備してろ」「お、おい!」「…いいの?」「ああ」
「心配しなくてもいいわ。あの機体をあなた達に引き渡すのは航空宇宙軍の意志よ。あなた達に危害を加えるつもりはないわ」
「本当か?」「ええ」「・・・」
 疑うように問いかけるエノラに『鮮紅』(ルージュ)は頷く。同様にこよみも頷くのを見て、おっかなびっくり二人は足を進めた。
 耳が痛くなりそうな緊張の中、エノラはイオリを背に『鮮紅』(ルージュ)とすれ違う。空気が流れ、少女の長い髪が流れた。
「でいッ!」
 すれ違いざま、エノラが大きく腕を振り回し少女に掴みかかった。イオリは腰の拳銃を抜き、エノラが捕まえた少女に向けようとして、ほっそりした手がその動きをふさいだ。エノラは正面にいた少女の身体を突き抜け、つんのめる。
「せっかく手を出さないって言ってあげてるのに」
 『鮮紅』(ルージュ)がつり上がった目でイオリを見上げる。イオリの背筋がぞくりとした。
「邪魔をすれば、殺すわ?」「な、なんでぇ?」「はぁ・・・」
 突き抜けた身体に声を上げるエノラを見て、こよみが深くため息をついた。
「いいから、お前ら早くいけ」「へーい・・・」「そ、それじゃ、お先にぃ」
 しっしと手を振るこよみに冷や汗を垂らしながら、エノラとイオリは後ずさった。次のブロックへの入り口を開け放ち、足早に歩き去る。
 二人が立ち去ったのを見送り、『鮮紅』(ルージュ)はこよみを振り返った。ちらりと舌をなめる。
「なかなか楽しいお仲間ね」「手間がかかるがな」
 表情を造りながらこよみが肩をすくめる。下手に友人であることを肯定すると、それを理由になぶり殺しにしかねないところが『鮮紅』(ルージュ)にはあった。
「あなたはわかってるわよね?」「舐めてもらっては困る」
 楽しそうに『鮮紅』(ルージュ)がこよみに視線を投げた。こよみが頷く。
 航空宇宙軍は火星植民都市連合に武器援助を申し出ている。しかし、それはあくまで航空宇宙軍と火星植民都市連合間の関係であり、こよみのように航空宇宙軍を裏切ったものに対しては適用されない。いや、本来ならば、このルールはニンバスにも適用されるべきであることは事実だ。
 しかし、聖域管理官(GORGOTHA)には独自に活動する権限がある。
 そう。航空宇宙軍との連絡の不徹底を理由に、『鮮紅』(ルージュ)がこよみを粛正する時間は充分にあった。
「さぁ、ゲームを始めましょう。狩人はわたし。獲物はあなたよ」
 ルージュが楽しそうに口元を歪めた。



 グロウリアがちょこんと座ってにこにこと微笑んでいる。
 オーリオールは久しぶりに見るグロウリアの楽しそうな姿に、オーリは首を傾げた。
「どうしたの?」「ふふ、素敵なお誘いがあったんですの」「・・・?」
 ウィンドウを開き、送られてきたいくつもの映像を表示する。オーリが一瞥し、その意味するものにきゅっと目を吊り上げる。航空宇宙軍には現在、木連の内政情報を取得する能力はない。木連が情報を流出することに益はない。つまり、地球でも、木星でもないものからのコンタクトが、XION(シオン)に対してあったと言うことだ。
「この人が木連の実質的指導者?」「そうですわ」「・・・」
 ヴィクトリアの問いかけにグロウリアは頷いた。大きなクッションに包まれて、ヴィクトリアはじっと映像に見入る。表情の一コマ一コマをとらえるようなその視線に、グロウリアは楽しそうにオーリに振り返る。そして視線で問う。あなたは? そう問いかけるグロウリアにオーリは短く答えた。
「あの船、やっぱりニンバスの設計が入ってる。使えるわ」「そう」
 満足そうにグロウリアが頷いた。
「相転移エンジンの供給元は火星みたい。クリムゾンはまだ自力で相転移エンジンを生産できていないよう」「今の段階でエンジンの供給源がなくなるのは痛いですわね」
次期航宙艦船整備(ゾディアック)計画の路線変更、する?」
 映像から草壁春樹の心理分析を行っていたヴィクトリアが首を傾げた。グロウリアは頭を振った。
「いいえ。予定通り、計画の更新作業を行いましょう。ニンバスの策に乗るのは少ししゃくですけど、火星にはそれまで保って欲しいものですもの」
「じゃぁ、予定通り?」「ええ、予定通り」「そうね」
次期航宙艦船整備(ゾディアック)計画、地球圏防衛を主眼とした試案甲、試案乙に対し、再計画を進言します。航空宇宙軍は積極防御へシフトし、木星侵攻を目的とした外惑星艦隊を建設いたしましょう」
「戦場を地球圏近傍から、太陽系全域へ」「そして、木星圏へ」
「反攻の時は来たれり、ですわね」
 グロウリアは楽しそうにウィンクを一つして見せた。





4.

 ロバート・クリムゾンは見上げるように孫娘を伺う。アクア・クリムゾンは示される疑問に、しかし、笑みで答えた。
「まぁ、お爺様。怖い顔をされておられますわ」「アクア…」
 ロバートは呼びかけて、言葉を切った。目の前の少女になんと声をかけるべきか。だが、それを告げるのは彼以外の誰であってもならなかった。
「アクア、お前は私が憎いか?」「あら」
 突然の言葉に、アクアはゆっくりと首を傾げる。ロバートは言葉を続ける。
「それとも、この世界が、どうしようもなく憎いのか?」
 アクアは答えない。いつものように口元に笑みを湛えロバートを見つめていた。ロバートは内心焦りを感じていた。自分の言葉は正面に座る少女に届いていないのだろうか。セカイノスベテ、ナニモカモがこの少女にとって厚みをなくした影絵のように、現象になりはててしまったのだろうか。
「誤解ですわ」
 少女が口元を隠して零れる笑みを押さえる。ロバートはその笑みに何ら翳りのないことに安堵していた。
 アクアは年老いた自分の血族の姿に哀しみさえ憶えながらも、奥底から湧き上がろうとする激しき意志を押し隠すように窓の外に視線を向ける。
「そう思ったときもあります。セカイの全てが色を亡くし、眼前で崩れ落ちてゆく感触。全てに突き放されるようにナニモ理解し得なくなるシュンカン。わたくしのコワレテイクサマに陶然としていたことも。
 でも、お爺様。わたくし、今とっても感謝しておりますのよ?」
 ロバートの視線を受け、金色の柔らかな髪(フェアヘア)を揺らしてアクアは嫣然と笑った。それは十五とは思えない艶を帯びてロバートを圧倒する。
「ワタクシノスベテ。その果てまでも使いこなすことができる血と肉としてのクリムゾン財団。セカイというゲームに参加するために私はお爺様の与えてくれる全てが必要なのですもの」「な・・・」
 ロバートは絶句する。アクアの言葉。その傲慢は、しかし、彼の生の証しですらあるそれを、踏み台であると宣言するのだ。
「クックック…」
 憶えず笑いがこみ上げてくる。それは若き日の想い出。世界がこの手の中にあると信じた夢の続きなのだろう。
 ロバートはアクアに問いかけた。
「それで、どうやってあの木星の石頭を説得するつもりだね?」
 アクアはロバートの言葉に自分への肯定を認め、笑みを深くした。そして、伝える。
「あら、お爺様。彼らに次期航宙艦船整備(ゾディアック)計画の原案を与えてやればよろしいのではありませんの?」
 無造作に投げ出すように、アクアは地球連合航空宇宙軍の対木連戦争計画を木連に対してリークすることを伝えてみせる。さすがにロバートはアクアに異を唱えようとして気付いた。
 航空宇宙軍はクリムゾンの提供した相転移実験船の技術情報を元に、戦争計画の抜本的変更を試みている。そして、以前の原案はネルガル重工のナデシコ型を参考に行われるはずの艦隊整備計画だった。ロバートはにやりと笑みを浮かべた。
「なるほど。ナデシコ級の脅威か…」
 納得したように頷きを繰り返すロバートを見て、アクアは悪戯っぽく笑ってウィンクした。
「ふふふ、ネルガルにも苦労してもらわないといけませんものね」
 ロバートは諸手をあげてアクアに同意した。



 テンカワ・アキトはベッドから鋭い視線でイネス・フレサンジュを見上げた。イネスはアキトをいたわるように、痛々しいものを見るように眦を落とす。
「お兄ちゃんもわかっているはず。火星はいずれ陥ちる。あの娘のやっていることは徒労でしかないわ」
「・・・」
 アキトはイネスの意図するところを悟って、手を伸ばす。イネスの柔らかな手を捕まえたとき、びくりと動揺が伝わった。
「・・・そうかも知れないな」
 アキトはイネスの言葉を肯定した。
 アキト自身理解している。このままでは、おそらく火星はじりじりと戦力を消耗し、いずれそれが限界に達したとき一気に崩壊し始めることだろう。
 だが、それでもなお、戦い続けたいと思うのだ。
「いずれ戦線が崩壊するときが来るのかも知れない。木連が現状の戦力分散から一気に戦力を火星に振り向けるときが来るのかも知れない。いや、戦争は水物だ。この瞬間にもどこかの戦線で大きなミスを招いてしまっているのかも知れない」
「そうよ! だから!!」「だが、退くわけにはいかない」「!!」
 アキトが弱々しくイネスの手を握りしめる。その力はイネスからすればたやすく振り解ける程度のものでしかない。しかし、その熱はなぜかイネスを惹きつけ放さなかった。
「逃げ出すことはいつでもできる。だが、今は戦い続けたい。
 アイちゃん、俺は戦いたいんだ。失われてしまった故郷のために」
 イネスが唇を噛みしめ、顔を背けた。
「…馬鹿よ、お兄ちゃん」「ああ」
 イネスは両手でアキトの手を包み込んだ。
「本当に、馬鹿なんだから」「そうだな」



 グロウリアは宙に開かれたウィンドウに問いかける。
「でもよろしいんですの? 私たちにボソン・ジャンプを見せることになりますわよ?」
 こよみ、ニンバスからの返信は躊躇いを表すかのように少し間があいた。
 そう。これは危険な賭だ。
 ボソン・ジャンプ、その実態が火星人のナビゲートによるものと言うことを、この受け渡しで火星軍は航空宇宙軍に知らしめることとなる。だが、彼女はこれが必要だと信じた。虚像が膨れあがり火星に対する恐怖心を煽らないよう、適切な情報漏洩が必要であるとニンバスは確信していた。また、各企業の暴走に対抗するには細心なまでに注意深い情報の提供が一番だと、ニンバスは知っていた。
 そして、航空宇宙軍は適切な情報提供を行えば、無謀な実験を行わないとニンバスは信じていた。
 だからこよみは短く答えた。
「ああ、構わない。こちらの手の内を見せる。これは航空宇宙軍に対する信頼の証だ」
 グロウリアはそこに込められた意志に圧倒されそうだった。
 ニンバスは昔からこうだ。冷静に分析し、冷たく状況を見通した上で、なおかつ、熱い。
 メールに込められた熱が感化しそうな気がしてグロウリアは頬を手で包んで火照りを冷ます。
「仕方がありませんわね。今回だけですわよ」
 グロウリアはたぶん次も自分がそう言うのだろうと苦笑しながら、ニンバスへの返事とした。



 白い翼。
 左右非対称系でありながら、その姿は力強く、優美さすら感じ取れる。
「これが!?」「・・・すごいわ」
 エノラ・パーキンスとイオリ・ササハラは眼下に広がる格納庫で静かに眠る純白の鳳の姿に思わず息を飲んだ。
「ようこそ、火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の皆様。これが、航空宇宙軍からあなた方への贈り物。
 試製B計画。航宙機による木星系長駆侵攻計画の最後の残照。
 巡航追撃機(クルーズ・チェイサー)ブラスティですわ」
 翼に腰掛けていた金と褐色の二人の少女が双対の天使のように立ち上がった。





5.

「なぁ、大将。気付いているか?」「あぁ?」
 街の図書館から公共のネットワークにアクセスし、無料の記憶領域をダミーをあしらいながら幾つも用意する。個々の情報それ自体ではただの映像や画像ファイルでしかないが、データを合成しフィルターすることによって火星軍が木星系に浸透させている無人機械から入手した情報を解凍することができる。
「最近妙な視線を感じるんだけどよぉ」「どっちだ? 地球でか、それとも、火星か?」
「・・・地球でもかよ」
 エノラは思わず周囲を見回す。その頭をこよみが押さえ込んだ。
「なにやってんだ、この馬鹿」「いや、気になるじゃん」
 こそこそと頭を寄せて話し合う。うんざりした様子で、こよみは肩をすくめた。
「地球圏ではたぶん航空宇宙軍だろう。私を追跡している可能性がある。火星では、おそらく、軍だな。あの動きは」
「って、マジですかッ!」「ん? それほど驚くようなことでもない」
「でもよ、大将。身内に監視されて気分がいいわけはないだろ!?」
 こよみは首をすくめた。
「利用すればいいさ。生き残りたいのなら、貪欲なまでに。
 その程度の傷では揺るがない。それが本当に『強い』と言うことだ」
「とは言えよぉ」「ああ、わかっている。確かにこのままだと少し動きづらいしな。対策はする」
 端末にエージェントからのレスポンスが帰ってくる。トレースの有無を確認しながら、ものによってはトレーサーにそのままダミーのマシンをあてがい、こよみは航空宇宙軍の内部情報を漁り続けた。
「こんなものか…」「終わりか?」
 踏み台にしたマシンからアクセスの痕跡を消しながら、こよみはウィンドウを開いて掻き集めてきた情報を流す。と、指先を伸ばしてウィンドウを操作すると、新たなウィンドウを開いて先ほど流した情報を表示し直す。
「ほう」「? どったの?」
 感心したように口元に右手を寄せるこよみに、何事かとエノラもウィンドウをのぞき込んだ。
 そこに映し出されていたのは、一機の機動兵器のデジタル・モックアップだった。
E種兵装(エリクセン)計画、試製B案か」「また、でかい機体だな」
 こよみの操作に機体の全体像が映し出される。
 ドミストリの設計の痕跡が見られる二基のディストーション・ブレードと背負い式の巨大な主砲。重心のバランスを取るためか、機体の軸線より右に設置された砲塔に対して、左側にはむき出しのコクピットと長期航行用の船室をかねたユニットが配置されている。
 全長は37メートル。
 現用の技術でグラビティ・ブラストを備えるにはこれだけの大きさが必要となるのだろう。航続期間は1年とされている。これは、単機で木星圏にまで到達可能な航続能力だった。
「主機は相転移エンジン2機か。こりゃ機動兵器と言うよりクルーザーだな」
「この後ろにくっついてる丸っこいのはなんぞや?」「ああ、それは高機動ユニット、ピーク・マヌーバって奴のようだ。機体の機動軸に取り付けてスラスターで強引に振り回そうって代物だな」「へー。こんな40メートルもの機体に格闘戦でもさせる気かねぇ」「・・・どうやらそのつもりのようだぞ」「へっ?」
 驚いてエノラはこよみを振り返った。こよみがウィンドウを顎でしゃくる。
「まぁ、見てろ」
 こよみがいくつかの操作を加えると、機動兵器のモデルが形を変える。前に伸びた2機のディストーション・ブレードはスマートな機体の足に折れ曲がり、後方に伸びていたウィングは華奢なマニュピレータを隠すアームに、そして、前方に強く伸びる主砲は起きあがった機体の右肩に配置される。間違いなく、その大型の機体は人型に変形していた。
「試製B案、コードネーム『ブラスティ』。航空宇宙軍が木星圏侵攻用の大型戦闘機として開発中の機動兵器だ」
「嘘みてぇな諸元だな」
 同時に映し出される情報にエノラは思わずぼやいた。
「ああ。だが、いい機体だ」「・・・おいおい、大将。まさか」
 不敵な口調に嫌な予感を憶えたエノラにこよみが頷いた。
「もらっていこう。この機体、我々にこそ必要だからな」「やっぱし…」
 当たり前のようににやりと笑うこよみの姿に、エノラはがっくりと肩を落とした。

「見つけたわ」
 様々なウィンドウの照り返しをうけて少女が暗い笑みを浮かべた。
「うさぎさん、うさぎさん。おいたはそこまでよ」
 (うた)う。
 参照を受けたとおぼしきファイルの痕跡を拾い、標的の関心の対象を見つけ出して、彼女、XION(シオン)の守護たる『鮮紅』(ルージュ)の代行者は唇をその細い指でそっとなでた。
「もうお休みの時間だわ。あはははははは…」
 顎を反らして高らかに笑い声をあげる。
 そう狩りの始まりだった。



 心が熱い
 語る言葉は熱を帯び、人に伝わって感化する
 たぶん、これは熱病の一つ
 誰もが望まなければと願うたぐいの悪夢
 名前を希望と呼ぶ





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あとがき

 うーん、うーん。なんか久しぶりです。次はルリ・パート。むっちゃひさしぶりになります。
 それでは。