Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第六話 Aパート
『「運命の選択」いまさらか?』
1.
木星からおよそ190万キロ離れた軌道にあるカリストのヴァルハラ市には、木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同体、統一軍司令部が設置されている。
統一軍司令部の一角には木星圏防宙軍司令部があった。
「な、なぜだ!? 本星が攻撃されるなど、誰も想定していなかったではないか? この司令部もろくに人員も予算も手当てされていない閑職だ。なぜ、なぜその責任を私が取らなくちゃならないんだ!!」
司令官室で男が叫ぶ。白い木連軍の制服の襟には少将の階級章が付いていた。後ずさる。背後の冷たい硬質ガラスに背が当たった。異様な風体をした、全員が編み笠をかぶり外套を着て体型が出ない格好をしている、男たちが男を取り囲んでいた。
先頭の男が編み笠の下から鋭い目つきを覗かせた。真っ赤な左目の義眼がぎょろりと男を睨み付ける。
「決まっております。閣下は責任を取るためにその席についておられるのですから」「く、草壁の差し金か!!」「お見苦しいものですな」
逃げ場所はない。それを悟った男の手が震えながらゆっくりと腰元に降りる。
「ほう」
楽しげに先頭の男が口元をゆがめた。
銃声が響いた。
新城 有朋大尉は草壁中将の執務室の扉をノックした。
「誰か?」「新城大尉であります」「うむ」
新城大尉は扉を開けて敬礼した。デスクに座る草壁春樹がゆっくりと答礼する。
「ご報告であります。飯田木星圏防宙軍司令がご自害なされました」「そうか・・・」
草壁はゆっくりと悼むように瞳を閉じた。
「惜しい人物を亡くした」「立派なご最後だったとのことです」
茶番と知りつつも、新城は草壁にあわせて答える。草壁はゆっくりと目を開いた。
「それで、被害のほどはどうか?」「はぁ…」
新城は目を落として口ごもった。
「かまわない。忌憚のない意見を聞かせてくれたまえ」「それでは」
新城は草壁の言葉に姿勢を正した。
「『プラント』の被害に関しましては、きわめて軽微と言えます。懸念されていた内部の放射能汚染も弾着直前のゲート閉鎖によって放射線の直撃を7割方減らすことができました。よって、こと『プラント』に関する限り、被害はほとんどないと言えましょう。
ですが、関連施設に関して言えば、壊滅です。中でも、『プラント』に駐留していた人員は全滅。およそ6500人全員が、です。
現在、放射能汚染が激しい施設は木星に投棄する計画を立案しております。おそらく、旧来の施設を復旧するのに、5年から8年がかかると見込まれます」
腕を組んで目を瞑る。
「それで、対策は?」「はッ、とりあえずは使える限りの虫型機械を利用いたしまして、プラント周囲を取り巻く残骸の撤去を。その後、宇宙港を再建し、とりあえずプラントからの生産物を回収できるようにと考えております」
「・・・期間はどれぐらいかかる?」「木連中の無人機械を掻き集めて、残骸の撤去におよそ2ヶ月。航路の安全を確保し建設資材を運び入れ、簡易な接岸用の艀を設置するまでひと月。
物資の出し入れにはさらにもう3ヶ月をいただきたいと見積もっております」「・・・」
新城は自分でも無茶な要望だと思いつつ、草壁に頭を下げる。単純に考えてプラントは半年以上、使用不能になる。また、虫型機械を掻き集めてとはいえ、戦時下の現在、木連にある虫型機械は木連を構成する宇宙都市の生活機能の維持に利用されているのだ。地球、火星から展開している兵力を引き上げることなく、容易に転用することなど許されない。
ましてや、なによりも大きな問題点がある。
『プラント』での作業に従事させた虫型機械はおそらく放射能まみれになってしまい転用できなくなる。つまり、木連は『プラント』の機能を急いで取り戻すために木連の生存に必要な機材を消尽し尽くしてしまうことになるのだ。
もしも敵方がそこまで考えて、あえて『汚い』核兵器を利用したのであれば、恐ろしい策略だろう。そして、敵の目的は達成されることになる。木連は『プラント』が使えなくては現在使用している機材のメンテナンスができず、1年後には人手で恐るべき放射能に汚染された『プラント』周辺の残骸撤去に従事する羽目になる。
事実上、半年から1年にかけて、木連はその主力を『プラント』に向けざるを得ない。そして、木連は敵の目的がわかっていながらも、むざむざとその手に乗るしかなかった。
忸怩たる思いを奥歯でかみしめる新城の目の前で、しかし、草壁が首を振った。驚きに新城が目を見開いた。
「遅いな。それでは、遅すぎる」「しかし、閣下!」「わかっている、新城くん。だが、今は無茶をしなければならないときなのだ」
自信に溢れた言葉を草壁が紡ぐ。その姿に男気を感じ目が釘付けになる自分を意識しながらも、しかし、新城は慌てて首を振った。
「ですが、物理的にこれ以上短期間に『プラント』を復旧するのは…」
言葉がとぎれる。両手を開いて訴える新城に、草壁はゆっくりと答えた。
「良い手だてがある。そのためには、木連市民、みんなの力が必要だ」
そして語られる言葉に、新城はいつしか熱く惹きつけられていった。
2.
『君たちの亡骸を抱きしめられない僕たちを許してほしい』
火星植民都市連合、輸送通信省外局五種交通局の例会には大きなウィンドウいっぱいに広がった木星系ガリレオ衛星群反地球連合共同体軍人、草壁中将の姿が映し出されていた。
「遺族向けのパフォーマンスってとこかねぇ」
エノラ・パーキンスは頬杖をついてウィンドウを見上げる。
「確かにスクリーン映えはするな」「羨ましいものです」
容赦のない視線で睨み付けるテンカワ・アキトの言葉にエマニュエル・ガドナス大統領が暢気に同意する。
『だが、僕たちは忘れない。地球人たちの卑劣な攻撃に君たちは勇敢だった。
その背中を僕も追いかける。だから、見守っていてほしい。僕たちのことを』
「まだまだ意気盛んというとこか」「そんなに簡単に手をあげられてもらってもこっちが困るわよ」
腕を組んで椅子にあぐらをかくこよみにササハラ・イオリがひらひらと手を振ってスクリーンを見上げた。
「もっと血を流してもらうんだから…」
スクリーンの中で遺族代表の赤ん坊を抱えたうら若い未亡人と草壁がともにスイッチを押す。切り替えられた画面のなかで、地球・火星それぞれの戦線から引き抜かれた木連の無人艦隊による一斉射撃が『プラント』を取り囲む残骸を破壊し薙ぎ払っていく。
テンカワ・アキトは渋い表情で呟いた。
「木連の社会生産力を削ぐという目的は不発か」「ああ。遺体や遺品の回収を諦めることができれば、放射能を帯びた残骸などグラビティ・ブラストで吹き飛ばしてしまった方が早い。荒っぽいが、手早いやり方だ」
こよみが肩をすくめた。
「しかも、弔砲代わりに遺族自ら撃たせることで反感を押さえ、国葬というイベントを戦意維持に利用できる」「あざといわねぇ」「でも、有効だわ」
「ですが、これでは講和など難しいのではありませんか?」
心配そうにエマニュエルがこよみに問いかける。こよみは頷いた。
「もちろんです。木連は不意打ちをうけたとはいえ、被害は高がしれています。この状況で木連指導部が講和に同意することなどあり得ません。我々が目指すべきは一時休戦です。本格的な外交交渉は休戦が実現した後になることでしょう」
「時間を稼ぐわけですね」「はい」
「時間がたてば地球圏が反攻を開始する。木連との講和が結べるとしたら、火星に展開する戦力を木連が必要とした時と言うことになるか」
二人の会話に肘を抱えて立つフェイエン・ノール中佐が口元に拳を当てて考える。
『友よ、さらば! 君たちを越えて僕たちは征く。いつか、また酒を酌み交わそう!』
「知らん奴に友呼ばわりされるのも嫌だろうに」「いいんでない? 死体は文句言わないし」「あ、美人な奥さんみっけ」「3番目?」「その後ろの脇」「ああ、確かに」
「この男どもは…」「イオリは女だぞ?」
フェイエンが額に手を当てる。こよみが静かにつっこみを入れた。
その知らせは衝撃的だった。
木星系の活動を常時監視している地球連合航空宇宙軍の根拠地から、木星大気上層で複数の核爆発が報告されて以来、航空宇宙軍の各種戦略分析班は降って湧いた事件にてんやわんやだった。観測機器に映ったのは、ほとんど同時に発生した小さな爆発と、順次発生した大きな爆発、そして、数時間の誤差を開けて再度発生した二つの大爆発だ。いずれもX線バーストのスペクトル解析などから核融合爆発によるものと判断されている。
これらの報告はその影響を多方面から解析され、軍上層部に配布されることとなる。
そして、また、この場所にも解析された情報は届けられていた。
「多弾頭誘導弾による飽和攻撃ですわね」
褐色の肌にソバージュのかかった金色の髪を揺らせて少女のきれいな声が響く。芝居がかったように手を大きく開いて、ゴースト・エコーに浮かび上がる巨大なスクリーン全体に映し出された、いくつもの火球に照らし出された巨大な惑星を仰ぎ見る。
「前衛を排除した後に本命の攻撃。おまけに時間差の置きみあげまで」
「叩くときには徹底するのが、ニンバスらしいかな」
可愛らしく頷くアラブ系の少女。この攻撃が示した徹底した意志を純粋に感心している。
「木連、その生産拠点への直接攻撃。発想が直接的なのか、間接的なのか」
冷たい視線で長い金の髪の少女がスクリーンを見つめる。そんな彼女にグローリアが柔らかな笑顔を浮かべる。
「ふふふ、戦略は間接的アプローチで、戦術は直接アプローチってとこね」
「政治的意図もあるのかも」「単独講和?」「うん」
ビクトリアの暗示にオーリオールが首を傾げた。グローリアが同じように優雅に首を振る。
「そう簡単にはいかないわ。それに火星には航空宇宙軍が艦隊を再建するまで戦い続けてくれなくちゃ、困るもの」
主に私たちが、ね。そう視線で続ける。優雅に楽しむように告げるグローリアにビクトリアが眉を顰めた。
「でも、今回の攻撃で1年ぐらいは余裕ができると思うけど」
「ええ。とっても好都合。航空宇宙軍は余裕を持って新時代の艦隊を設計できるから」
グローリアはにっこりと微笑む。
「しかも、ボソン・ジャンプ時代の運用まで見せてくれる。ニンバスもいい仕事をしてくれますわ」
「あの娘はそんなつもりじゃ…」
助けを求めるようにビクトリアがオーリオールに視線を向ける。だが、オーリは反応しない。それはグローリアの言葉を暗に肯定しているように感じられた。
「・・・グローリアも今回の火星軍の攻撃はボソン・ジャンプによるものと思うの?」
木星周辺のセンシング・データを見上げながら、オーリは訊ねた。
「今回の攻撃で火星軍はボソン・ジャンプを戦略単位で運用できる状況に至ったと判断しますわ」「そうね」「・・・(こくり)」
全員が同意する。これまではただの『ニンバスのお遊び』でしかなかった火星軍が意味ある単位として世界というパワーゲームのボード上に乗った瞬間でもあった。
「火星軍には木星系までの航宙を可能にする艦船は存在しないはず」
「クリムゾンと多少のつながりがあっても、私たち航空宇宙軍の目を盗んで火星に航宙艦を渡すことなんてできない」
「だとすれば、結論は一つ。彼らはボソン・ジャンプの軍事運用に成功したのね」
暗い闇に映し出された灼熱の人工太陽に曝される木星の姿に視線が集まる。それは、いずれ地球圏でも起こりうる惨劇であろう。
憂慮の念も深くオーリは呟いた。
「異常ね、火星軍は。政治側からの要請は?」「火星支援の方向性に変更なし。でも、やっぱり火星軍の持つボソン・ジャンプ技術には強い関心を示してる」「そう…」
「心配?」
からかうようにグローリアがオーリに流し目をくれる。オーリは平然と答えた。
「ええ。火星軍が本当にボソン・ジャンプ技術を戦争単位に組み込んだのであれば、その行方を心配するのは当然でしょう?」「ふーん…」「・・・」
「火星から木星までの長距離ナビゲート。機動爆雷の運搬。標的の命中精度。木星系にもずいぶんと目を潜り込ませてるようだし」「当然、地球圏にも同じ事をしているのではないかしら?」「ニンバス自身が十分な目になってると思う」
上げれば上げるほど、火星軍の持つボソン・ジャンプ技術には疑問が多かった。果てが見切れない。それは脅威だ。いつ自分たちに向けられるとも知れない、現実的な脅威だった。
「今はあの娘が火星軍を押さえているから、あまり心配してないけど」「・・・いつまでも続くわけじゃないし」
今の地球からは、火星は遠い。しかし、いずれ地球圏の手は火星に届く。そのとき、彼らは果たしてどんな選択をするのだろうか。
「私たちのニンバスへの信頼。火星もまた地球を信頼してくれる事を祈りますわ」
グローリアがため息をつく。それはその願いがおそらく果たされないことを知るため息だった。
3.
スクリーンに映し出された巨大な人型に一瞬、誰もが言葉を失った。
「あれがジン・シリーズだ。木連の大型有人機動兵器。相転移エンジンとグラビティ・ブラスト、短距離ボソン・ジャンプ機能を搭載した制圧兵器だ」
「木連ではもう有人ジャンプが可能なのか?」
テンカワ・アキトの説明にフェイエン・ノール中佐が引き締まった表情に眉をひそませる。
「木連軍特別優人部隊、彼らに対する遺伝子操作が始まるのは、確か来年の秋以降だったはずだ。ネルガルが行う有人ボソン・ジャンプ実験に危機感を憶えた木連軍が優人部隊に志願者を募り、半ば特攻にも等しいジャンプ研究施設の直接攻撃を行うのが来年の末になる。
おそらく、木連は戦意高揚をはかるために開発中のジン・シリーズを公開することにしたのだろう」「ふむ」
フェイエンは腕を組んでスクリーンに映る人型を見上げた。
「でもよ、こんなデカ物、使えるのか?」「さて・・・」
背もたれに身体を預け、エノラ・パーキンスが伸びをするように背後のアキトを伺う。アキトは面白がるように視線で話題を彼の隣に座る金髪を結い上げた女性に振った。女性は嬉しそうにいそいそとホワイト・ボードを取り出そうとする。それを見て、エノラの表情が絶望に暗くなる。
「説明が必要なようね」「・・・手短に、な」「しまった…」
少しだけ話題を振ったことを後悔するようにアキトがイネス・フレサンジュに告げた。エノラが助けを求めるように周囲を見回すが、こよみも含めて露骨に視線をそらしている。
「さて、木連でどうしてこれほどの大型機を機動兵器として開発する必要があったのか。
もっぱら木連ではゲキガンガーが聖典と崇めていることを理由に挙げられます。確かにフォルムや音声入力を利用した操縦などの運用についてゲキガンガーの影響が大きいと認知されます。が、これは機体が大型化する理由には成りがたい。むしろ、木連の社会環境や技術的制約が大型の機動兵器を必要としたと考えることが妥当でしょう」
スクリーンに今まで映し出されたいくつかのジン・シリーズがスケールと共に表示される。
すでにノリノリのイネスの様子に周囲には諦めムードが漂っていた。
「では、なぜ、ジン・シリーズは大型化しなければならなかったのか? 木連には虫型兵器という全長1メートルから3メートルにもなる優れた機動兵器が存在しているというのに、彼らが小型の機動兵器を製作することに技術的困難は少ないはずだというのに、どうしてジン・シリーズだけはこれほど大型化したのか?」
「有人だからさ」「あ・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
あっさりと答えてしまったこよみを凄い目つきでイネスが睨み付けた。
「木連を構成する衛星系は広い。主要な宇宙都市があるカリスト、ガニメデ、エウロパ、この3衛星ですら最近接距離で40万キロから80万キロ、地球=月距離と同じか、その倍もある。最外縁衛星に至っては2000万キロだ。この環境で安全に有人機を運用するには、有人機に相転移エンジンを採用して航続距離を稼ぐしか方法がなかったんだろう」「ふっふっふ、うさぎさんは悪い子ねぇ…」「うわッ! なにをする! ちょっと待て!」
指先をわきわきさせながらイネスがこよみの肩を捕まえる。こよみはランドセルやら黄色い通学帽やらをどこからとも無く取り出すイネスの指先から逃げ出した。
「もう、手伝いたいのならそう言ってくれて良いのよ」「いや、そんな気は全くない!」
こよみは力一杯断言してイネスから距離を取った。イネスは手に持っていた幼稚園児パックを白衣にしまい込むと、少し残念そうにスクリーンの前に立った。
「要するにそう言うこと。機動兵器の運用が地球圏とは比べ物にならないほど広いの。地球圏では一定以上の距離を越える場合には機動兵器や航宙機ではなく艦船を運用するけど、木連はどうも本格的な外洋艦隊を編成した経験はないようね。木星系においてはむしろ一定の航宙能力を持った宇宙機の方が使いでがあるわけ。
現用の技術力では機動兵器用の相転移エンジンを新規に起こすことができずに『プラント』が生産する相転移エンジンを小型化して使用しているわ。『プラント』が生産するのはせいぜい小型艦艇用のエンジンだから、どうしても機体は大型化せざるを得ない。
形がゲキガンガーなのは趣味でしょうけど」
イネスはそう話を締めると肩をすくめて見せた。
「このジン・タイプには対抗できるのですか?」
興味深そうにエマニュエル・ガドナスが問いかける。
「そうねぇ。火星軍のチグリフォーンとコレオプテールを足したような機体だけど、生産量が多いわけじゃないから数で押せば勝てるわ。ジン・タイプ1機に対して、コレオプテール1機とチグリフォーン2機でだいたい対等じゃないかしら」
イネスがだいたいの戦力計算をしてフェイエンの方を向く。フェイエンも同意するように頷いた。
エマニュエルもその説明に満足するように頷くと、こよみを振り向いた。
「わかりました。こよみさん、先を続けてもらえますか?」
その言葉に小さく頷くと、こよみはフェイエンの部下であるエリス・ティタニア中尉に視線を向けた。
すぐに、スクリーンにジン・タイプの胸部が大写しになる。そこには、白いぴったりと張り付くようなスーツを身につけた草壁中将が真剣な面持ちで行く手を見つめていた。
「さてさて、親愛なる中将殿はどうするつもりかねぇ?」
無責任な口調で見上げるエノラの視線の先で、草壁中将の乗り込んだジン・タイプは多くのタグボートを先導するように黄色と茶色の宇宙へ飛び出した。
白い繊手がカードをめくる。
アクア・クリムゾンは見るからに上機嫌でパーティの参加者の身上書を眺めていた。
「航空宇宙軍はともかく、連合陸軍や海軍がどうして宇宙船に関心を持つのでしょう?」
「彼らは宇宙船ではなく、クリムゾンの示す技術、その力に関心を持って訪れるのでございます」
主の言葉に深く一礼するようにそばに控えるパーカーが伝える。アクアは軽く微笑んだ。
「ふふ、そうですわね。あら、でも、たいへんですわ。このままだと、クリムゾンが相転移機関実用艦の先駆者になってしまいそう」
明日香インダストリやマーベリック社からの招待客も含めて、総勢1000人近いパーティになる。
そこで発表されるのは、クリムゾンの相転移エンジン実用試験艦。
ネルガルのジョーカーが未だ極秘に艤装を進めることから考えると、世界で初めて相転移機関を実用化したのはクリムゾンという事になってしまうだろう。
そのとき、ネルガルはどういう反応を示すだろうか。想像するだに、アクアは笑みが止まらなかった。
「ふふふ、本当に素敵。ねぇ、パーカー、あなたもそう思わない?」
アクアは両の手のひらを胸に当てて、目を瞑る。
「火星はボソン・ジャンプを使って戦争を煽ろうとしている。その標的は木連。
木連は長期に渡って緊張した社会体制の維持を強いられ続けている。そこにこの一撃。ストイックな社会は一見剛直に見えるけれど、脆いもの。彼らは相互破壊保障という崩落の恐怖にさらされて維持し続けることができるのかしら?」
「ですが、アクア様。共産圏は崩壊に20年ほどかかりましたが?」
問いかけられた執事は丁寧に疑問を投げかける。アクアは嬉しそうに頷いた。
「そうね。でも、そこには会話があったわ。外交努力という信頼もあった。双方に潜入した諜報活動という相互理解もあった。
今の木連はどうかしら?
硬直した戦争指導。会話を拒否し妥協を許せない政治体制。そして敵の悪を盲信する民衆たち。もしも火星と妥協しようものなら、暴動で現体制が転覆しかねない。
ましてや、今は戦時だわ。
民衆は初めて身近に感じる戦火に不安を覚えている時に、自身の弱さをさらけ出すことは、共和制の社会ならともかく、木連では無理でしょう?
男は男らしく、女は女らしく。 ふふ、ゲキガンガーでしたかしら?
でも、木連のそれは敵ではなく自分たちをこそ追い詰めているように見えます。木連も戦争に銃後など無いことを理解する時が来たのでしょう」
アクアはテーブルに両肘を突くと手を組んで顎を乗せた。その蒼い瞳の先で、からりと音を立てて汗を掻いたグラスに残されていた氷が崩れた。
「お爺様にお会いしたいわ。きっと地球連合も木連も火星も、世界がクリムゾンに感謝するでしょう」
「はい」
執事は彼の女主人に深々と頭を下げた。
4.
スクリーンの中で草壁の叫び声が響く。
『さぁ、続け、木連の勇士たち! この痛みを乗り越えて、僕らの未来を、僕らの力で、切り開くんだ!』
一隻の市民船がタグボートに曳かれて木星への落下軌道に移動する。
彼らは知っていた。
この市民船は木連が火星に移民するために建造した4万人級の植民船だと言うことを。
その船の重力が導く先には、むき出しになった金色に光り輝く虚空の城がある。木連は建造中の市民船を一隻、その虚空の城とランデブーさせようと試みていた。
『僕らは木連男児! 君と僕との力を合わせれば、できないことなどありはしない!』
草壁のかけ声と共に市民船はゆっくりと落下軌道から減速し、相対速度と高度を『プラント』に合わせようとする。いくつもの微かな光が市民船の周囲で短い命を輝かせ、消えた。
「これはまずいな…」「ああ」
テンカワ・アキトの言葉にいらだちを表情に浮かべてこよみが頷く。
「傑物だな。木連中将、草壁春樹。確かに傑物だ。しかし、これはまずい」
苦り切った表情で互いに視線を交わす。イネス・フレサンジュが腕組みをしてこよみを見下ろした。
「どうするの? 当初の目的の8割方は封じられたわよ?」「ああ」「・・・」
「すまんが、どういうこった?」
勝手に分かり合っている3人にエノラ・パーキンスがちょっとちょっとという様子で訊ねる。こよみが右手を広げて見せた。
「今回の核攻撃、その主目的は我々が木連本土を直接攻撃する能力があることを示すことにある。これについては問題はない。木連は本土の奥深く、生産力の基盤とも言える『プラント』を攻撃されたことで我々が木連のすべての地域を攻撃する能力があることを知るだろう。
だが、その標的に『プラント』を選んだことには副次的な目的がある。ただ攻撃するだけでいいなら、市民船や木連軍統一軍司令部があるカリストを狙ってもいいわけだからな」「ふーん、何でよ?」
全然わかっていない様子でエノラが首を傾げる。
「木連の戦争遂行能力を叩く。特に、木連の軍需物資生産の根幹をなす『プラント』を機能停止に追い込むことで、木連がこれ以上戦争を続けられないようにする。それが目的でした」
補足するようにフェイエン・ノール中佐が答えた。
「現在木連が戦線に投入し続けているおよそ10万隻の艦艇。これらの機能を維持し続けるには大量の物資が必要です。
金属は擦れ、ベアリングは磨り減り、オイルは劣化する。
劣化した部品は取り替えなければなりませんし、そのための部品や、メンテナンス・ドックが必要となります。そのすべてをこの核攻撃で木連は失ってしまった。あとは時間との勝負になります。
『プラント』の復旧が一ヶ月遅れるごとに、千隻のオーダーで木連の無人艦隊はくず鉄に変わっていくのです」
「まぁ、実際には共食い整備や劣化までの時間があるが、すでに木連の無人艦隊の整備ローテーションは大幅に狂っているだろう。
だが、な。正直、部品さえあれば多少の無駄があろうと、一定期間を越えた部品をすべて入れ替えてしまえばそうそう問題にはならないんだ。木連には安全な泊地はいっぱいある。適当に店を開けばいい。
そう、部品さえあれば、この核攻撃は軍事的に深刻な問題になり得ない」
「あーっと、つまり、俺たちのやったことは無駄だった、つーこと?」
「それはない。ただ、あわよくば、そう狙っていた目的がどうやら2ヶ月程度の被害に収まりそうなだけだ」
アキトがむーっとした顔をしているエノラに答えた。エノラが肩をすくめた。
「なんだ。んじゃ、いいんじゃねぇの? 先も長いんだしさ。俺ゃ、てっきり大将がポカミスでもしたのかと思ったんだぜ?」「するかッ!!」「あらあら」
ぱこんと音を立ててこよみの拳がエノラの頭をとらえた。ひっくり返るエノラを眺め、イネスがため息をついた。
「特に間違ったことを言ってるわけじゃないんだから、そう怒らなくてもいいんじゃないかしら?」「いや、その通りなんだが、こいつに言われるとなんかむかついてな」「そう」
イネスが呆れたようにエノラを一瞥する。
「どうするの?」
「中佐、人を貸してもらえないか?」「? かまいませんが」
イネスに答えず振り返るこよみの言葉にフェイエン・ノール中佐は首を小さく傾げた。襟元で斬り整えられた黒い髪が小さく揺れる。
「どうかしましたか?」「・・・」
挑むようにスクリーンを見つめるこよみにエマニュエルが問いかける。
「これは危険だ。航空宇宙軍は木連の生産力を読み違える。今、地球圏に手を抜かれては困る」
「心配ですか?」「もちろん」
当たり前のようにこよみは頷いた。
「航空宇宙軍が木星系を監視していることはよく知っている。当然、今回の核攻撃についても、おおむね我々の中間予想と同じ結論に至ると思う」
「中間予想というと、木連は港湾部の再建まで約半年は戦力を補充できないというものね?」「そうだ」
イネスの言葉を肯定する。
こよみが知る限り航空宇宙軍の観測技術では、木星系で核攻撃が行われたこと、おそらく『プラント』が襲撃されたであろうこと、『プラント』周辺の施設が壊滅的な被害を受けたこと、木連軍は『プラント』周辺宙域を無人艦のグラビティ・ブラストで掃射したこと、などの4点しか知り得ない。火星軍のように制圧した無人機械を木星系に潜り込ませ、敵情を監視しているわけではないのだ。その点から予測しうる結論では、木連の『プラント』生産力を復旧するのにおよそ半年間かかるという結論しか引き出し得ないだろう。
だが、今、そのような結論を出されていては困るのだ。
「いま、地球圏が楽観的状況を見れば、外宇宙艦隊の整備が遅れる。地球圏にはジャンパーがいない。彼らは虚空を渡って木星系まで辿り着かなければならないのだから」
「・・・こよみさんは、地球圏による太陽系再統一を想定しているのですか?」「・・・」
エマニュエルの問いかけにこよみが口ごもる。
「そうですね。太陽系は統一されなければならない。しかし、それは必ずしも国家レベルでの一体化を意味しているわけではありません」
「そのために、航空宇宙軍に?」「ええ。この状況は航空宇宙軍に知らせるべきものだと判断します」
「クリムゾンを経由してはどうだ?」
アキトがあの少女の表情を思い出して顔をしかめながら訊ねた。しかし、こよみは首を振る。
「駄目だ。クリムゾンを経由すると、情報を加工される可能性がある。それに、クリムゾンにはまだ弱みを見せたくない」
「弱みですか?」「ええ。今のところ、クリムゾンには火星軍の背後に航空宇宙軍が関与していると臭わせています。クリムゾン経由でこの情報を航空宇宙軍に流した場合、その偽装がはがれる可能性が高い」
「そうなると、クリムゾンがその情報を握りつぶすか。いや、むしろ、木連に積極的にこの情報が火星側に渡っていることを流すだろうな」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
アキトが鼻で嗤う。自分たちの利になるなら親でも売る。それが企業の倫理というものではなかったか。
こよみはそんなアキトの考えを悟ったように苦笑した。
「まぁ、企業もそこまで愚かではないさ。ただ、彼らには彼らの世界観がある。それは国家とか、地域とか、そう言う視点ではなく、流動する人と物、資産と信用の位置づけによるものだ。その視点からすれば、彼らに価値があるのは生産力として『プラント』を抱えた木連と消費源として大量の人口を抱えた地球圏だからな。火星というのはその間を行き来するチップのようなものだ」
あえて挑発的な言葉で告げる。
幻想もなく、願望もなく、ただ砂に落ちているだけの事実を取り上げ、埃を払う。
「チップはチップなりに保身を謀らなければな」
突きつけられた石ころのような事実に、彼らは表情を引き締めた。
「は、こよみの調査ですか?」「ええ」
フェイエン・ノールはエマニュエル・ガドナスの言葉に困惑したように繰り返した。エマニュエルがゆっくりとうなずく。
「とりあえずは、こよみさんの隠している航空宇宙軍の火星基地を抑えればいいと思います。こよみさんは聡い方です。もしも、自分の身に危険が迫ればすぐさま姿を隠すでしょう。その時、調査する先を確定しておきたいのです」
「・・・直ちに調査を開始します。ですが、なぜ、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
フェイエンの疑問にエマニュエルがしばし口ごもった。
「みなさんが忘れかけていることですが、こよみさんは本来航空宇宙軍の情報部に属する方です。今は我々に協力して頂いておりますが、将来、我々が航空宇宙軍と敵対することになったとき、こよみさんの立場が問題になることは明らかでしょう。
我々の側に協力してくれればよし。もしも、こよみさんが我々と敵対する立場を選んだ場合、我々はほとんど総ての手札を航空宇宙軍に知られることとなります。その前に、我々はこよみさんを拘束しなければなりません。
もちろん、そのようなことがないに越したことはありませんが」
「・・・」
フェイエンはしばらく顔を伏せて考える。
「わかりました。部下に調査させるよう命じます」
顔をあげる。
そこには軍人としての義務感が張り付いていた。
5.
真っ暗なホテルのホールの中心に一条の光が差し込んだ。
「皆様、戦況の逼迫する中、ご足労いただけましたことにわたくしは感謝の念に堪えられません。ここで、クリムゾン・グループを代表して皆様にこの船を紹介できることを光栄に思います」
まるで自ら発光するかのように、光り輝く可憐な少女がにこやかに両手を開いて告げる。
「みなさま、わたくしはクリムゾンを代表して、ここに新型機関実用試験船『エンディミオン』をご紹介させていただきます。みなさまのご想像通り、この船はクリムゾン・インダストリーが初めて開発いたしました相転移機関を搭載いたしております。
そう、この船をもって地球の技術がかの木星勢力に追いついたことを、わたくしは宣言いたします」
盛大な拍手がアクア・クリムゾンを迎える。
クリムゾン財団が招いたこのパーティには多くの軍関係者が招かれていた。
主催は、あのアクア・クリムゾンである。彼女が社交界へのデビュー時に巻き起こした騒ぎを知るものならば、パーティへの参加に二の足を踏んだことだろう。
だが、今回のパーティは日頃華やかなりし舞台とは縁の遠い無骨な武官たち。そして彼らの見つめるものは、鋼と炎の戦船だった。
配られる性能仕様と構成概念図、そして、価格と工数表を手に、彼らは説明のコンパニオンを引き留め、あるいは、顔見知り同士が共に語らう。おそらくは、ライバルに当たる企業からも多くの調査員が紛れ込んでいることだろう。
それは、この場もまた、戦場であることを意味していた。
そんなパーティ会場に、金色の長い髪を揺らす、10歳ぐらいの一人の少女の姿があった。
いま、運命が扉を開く。
全ての札を手に、全てのチップをかけて。
使える全てを秤に乗せ
さぁ、カードをめくろう。
あとがき
あー、下手するとアキト・パートは今回、4パートになりそう。
ぐはっ。