Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第五話 Eパート
『報復の「航宙日誌」』
0.
木星の大気上層、虚空に浮かぶ金色の城がある。
木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同体が所有する旧火星人の遺跡、『プラント』だ。
地球連合政府による核攻撃によって火星の地球化改造施設を追い出された月独立派は地球連合による追撃を逃れ、たどり着いた木星系でこの『遺跡』を発見した。深刻なエネルギー不足にあえいでいた彼らは『プラント』によってもたらされた生産力、相転移エンジンや無人船舶、虫型多脚機械によって、木星系を形成するガリレオ衛星群に宇宙都市を生産することができた。
現在の『プラント』の姿は全長100キロを越える巨大な複合構造体だ。本来の『プラント』自体に生産物資貯蔵施設や、木星系、トロヤ群、小惑星帯などから採取された鉱物資源を貯蔵する施設、港湾施設や船舶の回収ドック、そして、『プラント』での作業に従事する人々の居住施設などが建て増しされ、本来の『プラント』の姿から二回りほども大きくなっている。
そんな『プラント』の港湾施設の一つ。
現在生産されている無人戦艦ヤンマ級やカトンボ級駆逐艦の修繕、艤装を行うドックに、一台の多脚無人機械の姿があった。
その多脚機械は先週までは後方トロヤ群で鉱物資源の採掘に従事していた。採掘現場での無人機械の交換、メンテナンスのローテーションで無人輸送船に回収されたこの無人機械は摩耗した脚部の取り替えと分解整備を受けた後、港湾設備での物資の輸送作業に割り振られていた。
『プラント』の備蓄倉庫と港湾施設を往復し、与えられた仕事を淡々とこなしていた彼は、虚空からの呼び声に誘われるかのように歩き出した。
その声は現在『プラント』にいる『彼ら』に誘導を求めるものだった。
幾千幾万の無人機械が行き来する姿に紛れ、彼は進む。目的の場所は港湾設備のドックの一つ、様々な艦船が整備改良を受けているドックの一つに張り付くように、彼は絶対の真空に身を乗り出す。
そして、あらかじめ決められていた周波数帯に通信機のチャンネルを合わせると、彼は暗号化された誘導の電波標識を発信し始める。
その電波標識は微弱で、よほど用心深くなければただの雑音に紛れてしまいそうだったけれど、彼は静かに宙に向けて誘導電波を発信し続けた。
1.
ニュートリノの干渉と光子の流れによって創られる暗い空間。
地球連合、航空宇宙軍が構成する中枢ネットワークの隙間に浮かぶ聖域は通信ギャップ上に発生するゴースト現象を利用したネットワーク・メモリに構成されている。ここでの会話は各端末によって断片的に更新され、全体像を見ることのできる人物は限られていた。
「『鮮紅』が起動してるわ。どういうこと?」
褐色の肌の色をした少女が問いかける。
「ゴルゴタからの起動要請があったみたい。状況 30807653844512 に対応」「ニンバスの遺伝子情報の漏洩?」
ホログラフィクスに繊細な髪の毛の一本まで再現し、自ら発光する金色の髪が揺れる。淡々と響くその声に心配するようにアラブ系のメリハリのついた面立ちの少女が小首をかしげる。
「クリムゾンの研究所・・・」「綺麗さっぱり、ないことになってるわね」「すっきりするわ」
「あなた達が仕事をしていないからでしょう?」
冷ややかなメゾソプラノが切り裂くように響いた。
浮かび上がる影。
長く艶やかな黒髪、先に向かうにつれて軽いウェーブを帯びる髪をなびかせ、切れ長の眼をした少女が現れた。コケティッシュな面立ちに黒い瞳は冷たく宙に浮く彼女たちを見つめる。他の幼生固定体の少女たちとの差違は明らかだった。少女は他の幼生固定体と違い幼げながらも、一足大人への階段を踏み出した危うげな艶を備えていた。
「ルージュ・・・、かっくいい」「ふふ、いつ見ても、ぞくぞくしちゃうわね」「抱き心地良さそう」
三者三様の言葉にルージュと呼ばれた少女は拳を握りしめて叫んだ。
「だから、あなた達嫌いなのよ!!」
威嚇するようにルージュはきつい眼差しで他の幼生固定体を見渡す。
「わたしはあなた達がニンバスを放置している、その後始末をしているのだわ。いったいいつまであいつを野放しにしておくつもりなの?」
「それはあなたが決めることではありません」
唄うように褐色の肌をしたグローリアが答える。
「だからといって、情報漏洩をいつまで放っておくつもり?」
ルージュの指が翻る。XIONがいくつものウィンドウを開いた。
「航空宇宙軍内に流れる木星勢力の噂。クリムゾンと火星の接近。クリムゾンの新造艦計画。直接ではないけどあいつの影は見え隠れしてる。
そして、今回の遺伝情報漏洩。『鮮紅』はこれ以上ニンバスを放置するわけにいかないわ」
「あの娘の行動を評価するのは私たち四人の仕事。ルージュ、あなたはただの猟犬よ」「オーリ!」
オーリオールのつまらなさそうな言い方に、ヴィクトリアが慌てて制止する。そんな二人を馬鹿にするようにルージュが見あげた。
「それがあなた達の本音ね。――でも、忘れてはいないでしょう? わたしには聖域を保護するために独立した裁量が認められていること。
あいつはわたしが殺す。邪魔はさせない」
冷たい殺意を剥き出しにルージュが宣言する。グローリアが迷うようにオーリに視線を投げた。オーリは小さく頷くと見下すようにルージュに流し目をくれた。
「あなたに、できるの?」「やるわ」
自分の胸に手を当ててルージュが答えた。
「あいつを、ニンバスを殺すのは、このわたし。あいつを殺せるなんて、滅多にない。XIONへの裏切り。聖域を出て行けるところなんてないことを、あいつにたっぷり思い知らせてあげる」
すっと凄みを込めて嗤う。その黒い瞳には狩人の喜悦と殺戮への期待が浮かんでいた。
「マジ狩るアルトちゃん、出撃ね♪」「まじかる言うなっ!!」
にこにこと突っ込むヴィクトリアに律儀に言い返し、ふんと平たい胸を反り返らせると、ルージュは勢いよく?姿を消した。
いつも通りに静かになる聖域に、グローリアが訊ねた。
「いいの? ルージュって気が短いから本当にあの娘を殺しちゃうかも?」「・・・」
ヴィクトリアも不安そうにオーリを見つめた。
「ルージュに殺せるものなら、あの娘はとうに死んでるもの」「そぉ?」
「そうね。ルージュにもそれがわかってるってとこが悲劇、いえ、喜劇の出来損ないと言うところかしら」
グローリアが肩をすくめた。
「今回の遺伝情報漏洩だって怪しいもの。むしろ、クリムゾンに航空宇宙軍の関与を見せつけるためにニンバスがわざと流したと見た方が自然ね」「そう。クリムゾンが誤解しやすいように誘導している」「火星勢力の背後に航空宇宙軍を見せて、舐められないようにひと苦労」「ふふふ」
ヴィクトリアが思い出し笑いを浮かべた。
「ルージュって、いつもニンバスを意識しているから」「そうかも」
オーリが頷いた。
「ルージュは聖域に縛られた炎の剣。何の未練もなく旅立てるニンバスがうらやましいのだと思う」
「でも、それは幻想、いえ、たぶん、ルージュの願望でしかないということをわかっているのかしら?」「・・・どうかな」
「あの娘の居場所は、ここにしかないのにね…」
オーリはそっとため息をつくように言葉を零した。
2.
火星の北極で短く熱い夏が終わりを告げた。
北極冠シティ都市警備隊は寡兵ながらも激しい抵抗をして見せた。
当然だろう。敵は物を語らぬ無人兵器。降伏勧告もせず、武装していようとしていまいとにかかわらず、すべての人を標的に狩る殺戮者なのだから。
街中に打ち込まれるグラビティ・ブラストは人と建物の別なくすりこぎにかけたように粉々に物質を磨り潰す。
上空から街に影を落とし空を覆い尽くした黒と濃紺の艦隊は、整然と並んで、追い立てるように端から順に街を薙ぎ払っていく。走り疲れた家族たちは互いに抱き締め合いながら最後を迎え、必死に生き延びようと逃げまどう人々をはねとばしながら車を走らせる者も、しかし、やがては追いつかれて原子の塵に還る。
兵士たちは空に向かって虚しく銃を撃ち、絶望と無力に打ちひしがれて自分の番を待つ。
悲劇は続かない。
凄惨な風景も、必死の献身も、絶望の足掻きも、次の瞬間にはただの廃墟の塵となる。
救いもなく、赦しもなく。すべての祈りも、呪詛も届かず。
ただ、訪れる死のみが、彼らにとってただ一つの平等だった。
一部の警備隊は北極冠シティ郊外の遺跡発掘地に逃亡し抵抗を試みたが、木連が動員した兵力から逃れることはできなかった。
その日、火星住民から22万人弱が、また数を減らした。
亜宇宙圏の制圧は順調だった。
フェイエン・ノール火星植民都市連合軍中佐は統合作戦本部からの報告書を片手に大統領官邸を急ぐ。
木連軍による北極冠シティ攻略に対応して、マリネリス戦線に対する圧力が減少した隙を狙って行われた亜宇宙圏、火星ナノマシン圏からダイモス衛星軌道までの制圧作戦は、マリネリス防空隊から2個飛行隊約40機とヘラス航空戦闘団の総数にして100機を越える一大航空撃滅戦となっていた。のべの出撃回数は2000回を越えている。
木連軍が火星植民都市連合軍にとって常に頭の痛い問題となっていた低軌道艦隊を北極冠シティ攻略のために惑星大気圏内に降下させたことがなによりも大きかった。常にいつ上空から砲撃を仕掛けて来るともわからない艦隊の存在は、対応する部隊を常時保持しておかなければならず、戦力の遊軍化が頭の痛い問題となっていた。
もちろん、通信部隊による傍受のおかげで木連軍側の火星での作戦行動はおおかた前もって警告を受けることができる。だが、それでも即応性ある部隊を常に良好な状態で用意しなければならないことに代わりはない。
その低軌道艦隊が火星の大気圏内に降下したことは彼女たちにとって望外の幸運だった。
現在、火星周辺宙域にはチューリップは存在しない。あのジャンプ・ゲートはすでに火星に降下済みか、もしくは、地球へと投入されている。つまり、木連軍が再び低軌道に艦隊を展開するには大気圏で出力の上がらない相転移エンジンを吹かして火星大気圏内から上昇してこなければならないのだ。
そこを叩く。
火星植民都市連合軍はヘンプ・パームの僚艦である7万トン級輸送艦ポメグラネイトを航空隊の母艦として亜宇宙圏に貼り付けていた。そして、ポメグラネイトには2機の試作新型機も搭載されていた。
執務室の前で呼吸を整える。報告書を脇に挟むと、フェイエンは扉をノックした。
「どうぞ」「失礼します」
内政担当者との会議を終えたエマニュエル・ガドナスは静かに彼女を迎えた。おそらく、用件の向きを理解しているのだろう。ゆっくりと頷くと、椅子を勧める。
「いえ…」
フェイエンは首を横に振って断ると背筋を伸ばした。
「ご報告いたします。本日未明、北極冠シティとの連絡が途絶いたしました。現在、偵察機による強行偵察を準備しております。軌道上からの偵察では北極冠シティ周辺からの電波は一切観測されておりません。
北極冠シティ約22万人の全員が絶望かと思われます」
「・・・」
フェイエンは一歩歩み出ると手の持ついくつかの書類をエマニュエルの座る机に置いた。
「大統領閣下には事前の計画通り、戦略宙軍に対する報復命令を発していただけるようお願いに参りました」「・・・」
エマニュエルは戦略宙軍に対する報復命令『状況1−C』の書類を手に取る。都市一つの消滅に対して限定された報復を行う指示書だった。
エマニュエルは指示書と事前計画を熟読する。もちろん、その内容はすでに何度も読み直し頭の中にすべて入っている。しかし、これは自分がこれから行う行為の持つ重みを再確認するための儀式だった。
いくどとなく繰り返すように目を通す。
その時間にじれたのかフェイエンが問いかけた。
「閣下?」「・・・ええ、わかってます。報復命令は出します。しかし、その前に一つやりたいことがあります」
エマニュエルは報復命令をデスクの右手に置くと、手を広げてフェイエンに説明した。
「事前に外交ルートを通して木連政府を非難します。報復をしたのは我々だと言うことを彼らに知らしめるために。
報復命令を出すのはその後と言うことになるでしょう」
「ですが・・・」
計画と違うことを行おうとするエマニュエルにフェイエンは疑問を投げかけようとする。エマニュエルはその言葉を遮った。
「報復の正当性を主張しておかなければ、木連が状況を理解するのに時間がかかるのではないかと思うのです。我々が彼らを襲ったと言うことを確実に知らしめることができれば、加えての戦略攻撃を行う必要はありません。
私は第2弾として用意されている木星軌道都市への戦略攻撃を行うつもりはありませんから」
確固たる意思の元にエマニュエルが告げる。フェイエンはその不動の意思に黙って敬礼をした。
退出しようと振り向いた背中にエマニュエルの言葉が届いた。
「こよみさんは私のことをどう思うのでしょうね? 甘い、と言われるのでしょうか」
「私もこよみも軍人、あるいは、軍属です。指導者による政治に要求された戦略に合わせた作戦を立案するのが仕事です。その意思を最初に示して頂ければ我々も閣下の意向にあった作戦を用意いたします。その甘さを実現するために。
私はそれでいいと思います」
フェイエンは振り返ることなく答える。背後でエマニュエルの安心するようなため息が聞こえた。
「それでは、失礼します」「ええ」
扉の前で振り返り敬礼する。
フェイエンは執務室を退出すると、心なし急いだ。
作戦の細部を早急に修正する必要があった。
「と言うことらしいんだけど、どうする?」
火星植民都市連合軍、戦略宙軍少尉ササハラ・イオリは副長用シートに寝転がっていくつものウィンドウを覗き込んでいる黒髪の少女に訊ねた。少女は怠そうに右手で髪をかき上げると、左手を開いて天に向けて肩をすくめた。
「どうすると言われてもな。まだ第一段作戦も終わっていない状況で、その先の話をする余裕はないな」
「おいおい、そんなこと言っていていいのかよ」
めんどくさそうに語るこよみにエノラ・パーキンスが同意を求めるかのように周囲を見回した。視線のあった艦長席のテンカワ・アキトが苦笑する。
「第2段階作戦、つまり、木連構成都市の戦略爆撃は『プラント』攻撃の成果を見て判断するとなっていたはずだ。現状で第2段階を進めるつもりはないと言うガドナス氏の判断は間違いではない」「でもよぉ・・・」
エノラが右頬を撫でる。
「言っちゃ悪いが、初めからやらないつもりであの蜥蜴野郎相手に勝てるなんて思ってるのかねぇ」
「・・・」「・・・」「・・・」
意外に重いその言葉に誰もが、誰だこいつという視線をエノラに向けていた。エノラが狼狽した。
「な、なんだよ。いったい」「ああ、本物のエノラだな」「そうね、誰かが着ぐるみ着てるって訳でもなさそうだし」「ドクター、なにかしていないだろうな?」「失礼ね。私は無駄なことはしないわ」
「なんか、酷ぇ言われようだな」「ま、あまり似合わないことをするなってこった」
がっくりと肩を落とすエノラ。からからとこよみが笑った。
「必要な事を必要なだけ行えばいい。しっぺ返しの誘惑は魅力だが、そこに流されないのが大人という奴だ。いずれはすべての決断を担うことになるんだからな。少しずつ自分の意志で判断していってもらえるのはありがたい」
「あら、珍しく謙虚ね」「赴く途は遠い。楽をさせてくれると言うんだ。任せるさ」「うわぁ、露骨に手抜きするって言いやがってくれやがりますよ」「いいんじゃない? 能力と労力は別物だし」
笑い声が響く。
自然に解散するなかで、アキトがちらりと視線を投げた。
「大丈夫なのか?」「どうだろうな…」
その声は小さく、誰も気がついた様子がなかった。こよみはアキトを振り向かずに何気なく答えた。
「だが、覚悟を固めるために時には失敗も必要だ。泥は私がかぶるさ」
「そうか」
アキトは小さく頷いた。
3.
アクア・クリムゾンはその知らせをテニシアン島の別荘で聞いていた。
スコールの後の少し湿り気を帯びた風が、柔らかな彼女の金色の髪をくすぐる。その風にそっと笑みをこぼして、アクアは振り向いた。
「それで依頼していた調査会社の方はどうなったのかしら?」
執事のパーカーは答える。
「はい。どうやら、ビル火災に巻き込まれ、社員全員が亡くなられたようです」
火災とは恐ろしい物ですな、と付け加えるパーカーにアクアは頷いた。
「不幸な出来事。火って怖いですわね。わたくしたちも気をつけましょう」「はい」
パーカーは厳粛な面持ちでアクアの言葉を受け止める。そのすべてを焼き付くさんとする炎は、いつ彼らに向けらるともしれなかったからだ。
アクアは小首をかしげた。繊細な細い金の糸が白磁の肌を滑って揺れる。
「航空宇宙軍の方は他にお仕事を進めていないのかしら?」
「はい。今回動いたのは月の虐殺部隊であると考えられておりますが、いつものように敵対者を根こそぎ刈り取るといった行動は示しておりません。むしろ、慎重に情報漏洩を追いかけた結果のようです」「そう」
目を細める。アクアは航空宇宙軍によるクリムゾン系列の研究所襲撃に至る、一連の攻撃からいまいち明確なメッセージを読み取れずにいた。むしろ、反射的とすら見える。
アクアは自分の考えに自嘲した。勘ぐりすぎかしら、とも思う。
火星の後継者を名乗る者たちの中でどうしても身元のわからないあの二人、ATと名乗る黒ずくめの車椅子の男性と、こよみと名乗ったアジア系の少女を遺伝子レベルから調査した結果が、地球連合航空宇宙軍の虐殺部隊として知られている代行者による介入を招いていた。
その結果として、クリムゾンは生物学研究所と依頼を出していたいくつかの調査機関を失った。失われた人員の数は100人を切る程度だろう。噂に聞く「虐殺部隊」の行動にしてはおとなしいものだった。
あの二人の背後に航空宇宙軍の中枢に近い者がいることはこの件で明らかだ。
虐殺部隊は関わるすべての者を抹殺する。そういうルールだ。当然、その扱いはきわめて政治的な色合いが強くなる。航空宇宙軍の敵性体を排除する意思の代行とも言えるからだ。
それが今回に限っては破壊対象を情報漏洩に絞っている。正直なところ、アクアはかの虐殺部隊がこのように慎重な対応をできると考えていなかった。
「火星の動きに、航空宇宙軍も注意を払っているという事かしら。それとも、気を遣わなければならなかったと言うこと?」
思考が涼やかな言葉となって綴られる。起こりうる可能性と状況を整理し想いを描く。
「それとも、航空宇宙軍自体が彼らに対する対応を決めかねている、とすれば、彼らも航空宇宙軍と一体ではないと言うことになるわね」
だとすれば、面白くなる。航空宇宙軍が彼らの事をいったいどこまで知っているのだろう。探りを入れても悪くない。
「パーカー、航空宇宙軍にはそろそろエンディミオンの売り込みを始めるのでしたわね?」「はい」「そう」
アクアは満足そうに頷くと、何かを思いついたようにぽんと手の平を叩いた。
「そうですわ。パーティをいたしましょう。エンディミオンとその派生艦のモックアップを飾って。
きっといろいろな方に喜んでもらえますわ」
アクアはいい思いつきのように嬉しそうにパーカーを見上げた。パーカーはその意図を受けて恭しく会釈する。
「それでは、名簿を用意させていただきます」
「ええ」
アクアは薄い笑みを口元に浮かべた。
「たのしみ♪」
火星植民都市連合外交部に所属し、木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同体との交渉を行っているヤシマ・マゴロクは予期されていた連絡に小さく息を吐いた。木連の動きは、幸いと言っていいのか、彼らの想像の枠を出ていない。北極冠シティの人々には心苦しいが、いずれ遺跡のボソン・ジャンプ演算装置を巡って激戦地になるであろう場所だ。この大戦を無事に乗り切ることなどできなかっただろう。
こよみを中心に北極冠シティの人々を救出するための作戦はいくつも考案されたが、北極冠シティは周囲を海に囲まれており陸路での輸送は不可能だ。となると、海上輸送か空路ということになるが、海上輸送はマリネリス都市警備隊の海上護衛艦隊の壊滅から回復できていない。ヘラス都市警備隊はマリネリス=ヘラス間の海上護衛で手一杯の状態だった。
ボソン・ジャンプによる脱出も検討された。
しかし、ジャンパーでない人々を連れて行けるだけの強力な空間歪曲場を張ることができる船を火星軍は持っていなかった。
では、命の選別を行い、ジャンパーだけを救出できるのか。
輸送艦規模のジャンプが可能な人物はテンカワ・アキトひとりであり、後の戦いを考えると、彼の寿命を縮めるような行為はできない。他の人物にはバラバラなジャンプ先を考えるであろう人々をナビゲートする能力に欠ける。
結果としてボソン・ジャンプによる救出はこよみの手で握り潰されることとなった。当の本人に知らせると、無理をして助けに行きかねないと、こよみが苦い顔をしていたのを憶えている。
ヤシマは自分の演じるべき役割を思い起こす。
少し理性をなくして興奮気味に木連の行為を糾弾する。
苦い笑みを浮かべる。演技指導などなくてもできそうだった。
ヤシマは眼鏡を取って目頭を軽く揉みほぐした。
交渉の折衝役を務めるクリムゾンの人間が彼らを呼びに来る。ヤシマは左手を強く握って奥歯を噛みしめると、おそらく勝ち誇ったような目で迎えるであろう木連側との交渉の席に向かった。
「覚悟はついたかね?」
ボソン通信機の向こうから木連側の白い制服を着た、おそらく彼らの軍服なのだろう、男たちが開口一番に尋ねる。
ヤシマは切れそうになるのを堪えながら、冷静に言葉を選ぶ。印象強く、衝撃的になるように。さもなくば、彼らの家族を焼き尽くさなければならなくなる。
言葉の戦争。
一言一言が弾丸となって人を殺す。
外交とはそういうものだ。
ヤシマは事前にこよみに受けていたレクチャーを頭の中で繰り返す。大丈夫だ。まだ、覚えている。
「もちろん、つきましたとも。
貴方達のような虐殺者は力で叩き潰すしかないと言う覚悟が」
「なんだと!!」「我ら木連を愚弄する気か!」
「愚弄されるようなことをしているでしょう!」
騒ぎ出した木連側を一喝する。ヤシマはテーブルを叩くと身を乗り出した。
「貴方がたは自分たちが何をしていたのか、理解しているのか!? 北極冠シティには22万人の人々がいたのだ! わかっているのか? 貴方がたは22万人の人々を殺したのだぞ!
何が木連男児だ。何が激我魂だ!
貴方がたはただの虐殺者だ。女子供を殺した卑劣漢だ。
本当にわかっているのか? 貴方がたの市民船、月読級一隻分の市民を貴方がたは殺したのだ! 貴方達はその覚悟もなく、戦争をしているというのか!?」
言葉とはうらはらにヤシマは内心、情けなさに目眩しそうだった。この男たちはいったい何を無邪気に戦っているのかと。火星市民300万のうちすでに150万人を殺し、いま、なお死体の山を築こうとしている者たちが、自分たちの起こした罪を見つめるのでなく、幻想の正義を謳っている。殴ったら殴り返される。そんな単純な理屈も知らず、多くの犠牲を払っても他人を犠牲にしてでも自分のエゴを押し通そうという意志もなく、空っぽな夢を振り回して踊っている。
ヤシマはようやく理解していた。木連という社会の特殊性、無人機械に守られ、肥大化した自我の行き場をゲキガンガーというアニメに依存し、その型をなぞることで満足している。社会構造の評価としてこよみの言葉が苦い認識をもたらした。
彼らはありあまる無人機械に奉仕されることに慣れすぎて生存の生々しさを理解していない。
こんな輩の我が侭に付き合わされて我々は死んでいくのか。それはヤシマにとって吐き気のする思いだった。
「我々は木連に対して報復する。火星人類最後の一人が死に絶えるまで、木連の都市という都市、市民という市民を追いつめ、殺すでしょう。
その事態を招いたのは、ひとえに貴方達の愚かさだ!
この言葉、忘れないでもらおう!」
会議に出ている木連側参加者の顔を一人一人にらみつけるように記憶に刻む。そして、ヤシマは勢いよく席を立った。毅然と背を向ける。我々には木連を攻撃する何かがあるのだと感じさせるために、自信たっぷりに憤りを持って振る舞わなければならないのだから。
「負け惜しみを…」
残された木連側の参加者は妙に不安げに互いの顔を見交わした。呪いにも似た悪意を突きつけられて、困惑を隠せなかった。
「閣下?」「・・・火星側は追い詰められているだけだろう。我々は火星を必要としている。軍の行動に変更はない」
草壁中将は問いかけるような言葉に淡々と言葉を返す。この程度のことで動揺する他の参加者たちに不甲斐なさすら感じて。
「我々は火星の悪しき地球人を攻め滅ぼし、一気に月へ迫るのだ。この程度の悪意で僕たちの正義は砕けはしない!」
草壁の言葉に力づけられたように口々に叫び出す木連将校たち。草壁はそんな彼らの姿に小さくため息をついた。
エマニュエル・ガドナスは右の手元にあるインクの吸い取り紙を取ると、いましたばかりの署名の上にのせてそっと押した。白い紙にインクの薄いにじみが移った。
視線を書類に落とす。それは火星植民都市連合軍戦略宙軍にとって、最初の作戦命令となる。
限定された戦略目標に対する攻撃命令。
攻撃目標は木連の生産基盤の中枢である『プラント』である。
使用される戦略核兵器は20メガトンのレーザー水爆8機、総計160メガトンにも達する。一次被害半径はおよそ20キロメートルにも及ぶだろう。実際には投入される核兵器のうち2機がMIRV、つまり、多核弾頭弾であり、それぞれの弾頭が誘導される目標も異なるため火球がその大きさになることはないが、『プラント』を焼き尽くすには十分な熱量が投入されることとなる。
しかし、これでも『プラント』自体を破壊することはできないだろうという。『プラント』そのものがディストーション・フィールドの積層構造をまとっており、相転移兵器を使っても『遺跡』の破壊ができないことはすでに証明されている。
それでは何を破壊するのか、エマニュエルはあの少女にそう問いただした。少女は『プラント』そのものは破壊できないが、木連が『プラント』から生産される物資を受け取る港湾設備を破壊し、『プラント』の周辺構造体を汚染することができる、と答えた。
これにより木連は社会構造に深刻な打撃を受けることになる。エネルギーと労働力のほとんどを『プラント』に頼っている以上、『プラント』の復旧は木連にとって死活問題となるだろう。火星や地球連合は木連が戦争に必要な資材を生産するまで、およそ3ヶ月の貴重な時間を稼ぐことができる。
「だが・・・」
エマニュエルは報復命令書を手に持った。
「我々はあの少女に乗せられているのではないだろうか・・・」
なにか自分たちが手の届かぬ巨大な機構に運ばれていくような、言いようのない畏れにエマニュエルはそっと身を震わせた。
4.
太陽の光すら弱く、遠い星の一つにしか見えなくなる絶対の真空。
彼らは青白いボソンの光をまとって現れた。
全長15メートルを越える巨大な機械の塊にグレーの軟質宇宙服を纏った人影が二人、互いに指で指示を掛け合う。中央のくびれた部分に、二人は集まり機械のパネルをあけると、現れた数字のキーを叩き規定の解除コードを入力した。
一瞬、分厚い防塵ヘルメット越しに互いの目を見交わし、同時に入力キーを押す。
巨大な機械自体が身震いするように、機能を回復していく。バッテリーからレーザードライバーに電力が流れ、共鳴を開始したレーザードライバーは高エネルギーで浸透率の高いX線レーザーを発生させ、レールガンによって打ち出された重水素・3重水素の燃料ペレットに照射した。
まんべんなくエネルギーを受け取ったペレットは激しい熱量に核融合反応を起こし、熱と中性子と荷電粒子の形でスラスターに溢れ出した。荷電粒子は電磁誘導スラスターに凍り付き、起電力となって新たにレーザードライバーを稼働させる電力を発生させる。中性子はあるいは減圧材に吸収され、そして、残りは絶対の虚空へ放出され、推進力となってわずかずつではあるが、機動爆雷を加速し始めていた。
『機能自己診断、問題なし』
『加速用核パルス・エンジン、アイドリング安定』
『誘導装置、電波受信。電波強度問題なし』
『一次点火用X線ドライバ、出力安定』
『反応兵器弾頭部、機能正常』
最後に現れた文字を確認すると、二人は互いに手を重ねた。反対側の手でポーチを探り、青い水晶片を取り出す。
一瞬生じた闇に二人の姿が吸い込まれるように消える。
残されたのは恐るべき破壊力を抱え、静かに命令を待つ兵器の姿だった。
「命令が下った。始めるぞ」
A級ジャンパーの伝令から作戦指示書を受け取ったテンカワ・アキトは指示書をこよみに手渡した。こよみも作戦の指示書に目を通し、それが木連が保有する『プラント』への攻撃指示であることを確認する。
「ジャンパー集合」
アキトの言葉に6人の男女が集まる。そのうちの一人に、イネス・フレサンジュの姿もあった。
「ドクターも参加するのか?」「戦術予備ということね。ジャンパーもまだ多くないのよ」「そうか」
短く言葉を交わす。アキトは全員を見て回すと戦闘命令指揮所全体に伝わるよう大きな声で告げた。
「報復命令が下った。戦略宙軍はこれより木連生産プラントに対して報復攻撃を行う。
明朝0300時より作戦行動を開始。
ジャンパーは事前の予定通り機動爆雷とともに座標指定によるボソン・ジャンプを行う。全員の退避を確認した後、母艦は爆雷の誘導を開始。最終誘導信号を受信した後、母艦は欺瞞軌道へとジャンプ、軌道修正ののち後方トロヤ群へ帰還する。
質問は?」
アキトの視線にまっすぐに彼らは顔を向けて答える。
「それでは、作戦を開始する。準備にかかれ」「「「「「はッ!」」」」」
「アール、作戦行動開始のカウントダウンを」
『はいはーい、お任せ』『作戦開始まで、17時間53分40秒』
「こよみ、誘導弾は?」「とっくに整備はできている。ここ一月かけていくつか潜入させた無人機械からの通信も受信済みだ。月からでも目標に当ててやろう」「ククク…」
自信たっぷりにこよみが答えた。楽しそうにアキトが暗い笑みをこぼした。
「では、盛大な花火を期待するか」
後方の母艦から通信を受けた八機の機動爆雷はその全てが正常動作していた。
木星系奥深くにジャンプによって現れた八機の機動爆雷は、3つのグループに分かれると木星系第14衛星アナンケの宇宙都市群を通り抜け、木星への降下軌道を取り始めた。
先行するのは多核弾頭弾である2機の機動爆雷だ。
これらの機動爆雷は敵に発見された段階でそれぞれ16発のメガトン級反応弾に分離し、『プラント』防空網に突入する。そして、後続の4発は混乱した防空網をくぐり抜けひたすらに『プラント』を目指すことになる。最後のグループはいったん、木星上層軌道へ降下し木星を一周した後、混乱から回復してきた『プラント』に再度攻撃を行うこととなる。
ゆっくりと重力に惹かれて木星に落下する隕石のように穏行航行のまま木星系低衛星軌道を目指す。
ガリレオ衛星群の軌道をすり抜け、イオの軌道の内側に入り込んだとき、彼らはその通信に気がついた。木星の大気上層、巨大な朝夕力に引きずられて発生する電磁雑音に紛れて微かに響くその声に。
最後の軌道修正を行う。
そして、6機の機動爆雷は標的に向けて全力加速を開始した。
『プラント』の宙域管制官は重要だが暇な職場だ。
ガニメデに自宅を持つその管制官は代用コーヒーを片手に持ち、眠気を堪えながらぼうっと宇宙港を見渡す。いまも巨大な輸送船が宇宙港に接岸しようとしている。その周辺には牽引する無人機械が飛び回り、着床作業を行っている。ディスプレイには到着の予定表が流れ、開いている積み上げ港に次の船舶が緊急度にあわせて割り振られた。
「やれやれ」
ふっと苦笑が浮かぶ。管制室のもう一人の職員が机に突っ伏して眠っていた。確か、先月子供が生まれたばかりの年若い管制官だ。お国のために少しでも役に立ちたいですと背筋を伸ばして着任の挨拶をしたとき、なかなか見込みある熱血漢がきた者だと思ったものだ。
さすがに、この職場ではそのように気を張っては長持ちしない。普段勤務にいそしんでいる分、夜勤で疲れが一気にでたのだろう。木連も子供ができたばかりの青年を戦場に送り出したりはしない。将来がある若者には重要だが安全な仕事を割り振ることとなる。
『プラント』は木連社会の要だ。昔から政治闘争が始まっては『プラント』を管理する者が生き残ってきた。彼もいずれどうして自分がここに配備されたのか悟るときがくるだろう。
青年の作業服を掛けてやる。机に小さな写真立てがある。おっとりとした日系女性が子供を抱えて恥ずかしそうに微笑んでいた。
コーヒーをすする。もしも、地球との戦争が終わったら、本当のコーヒーを飲んでみたいものだ、と思う。
そのとき、管制官呼び出しを示すブザーが鳴った。彼は眉をひそめた。緊急の呼び出しなど、彼の長い勤務生活でも数えるほどだ。気の毒に思いながらも、彼は机に眠る青年の肩を叩いて起こした。
「え、は?」「緊急事態だ」「ハイッ!」
まだ年若い管制官は弾かれたように飛び起きる。ふぁさっと肩にかけられていた作業服が床に落ちた。
彼はすぐに呼び出しの内容に目を通した。オペレート用のヘッドセットをかけ、周囲の宙域図を表示させた。そこには、所属不明と表された6機の航宙機が『プラント』への衝突軌道にあることが表示されていた。
「警報!!」「りょ、了解であります!!」
彼の大きな声に作業着の袖を通しながらあわてて駆け寄ってきた青年が敬礼をして近くのコンソールにつく。すぐに、宙域管制官の直接指揮下にある無人機械がリストアップされた。
「非常警報を鳴らせ!」「非常警報でありますか!?」
彼の指示に驚きの声を上げて青年が振り向いた。警報自体が発令されることも稀な『プラント』で非常警報などとは青年には信じられなかった。しかし、彼は念を押すように伝えた。
「そうだ。全域にだ」「は、しかし…」「がたがた言わずに早く出せ!!」「ハイッ!!」
彼の怒声に殴り飛ばされたように青年が『プラント』全域への非常警報を発する。木連建国以来、一度たりとも閉じたことのない隔壁が自動的に閉まり始める。
遅れて『プラント』全域に非常事態を示すサイレンが響いた。
「駄目だ、間に合わん!」
ディスプレイの中で6機の航宙機のうち2機が自爆したかのようにバラバラの破片になった。それぞれの断片は不定期な軌道を描き、『プラント』を包むように散らばり始める。そのエコーですでにディスプレイの中では元の航宙機と破片の区別をつけることができなくなっていた。
「は? しかし、危険に気づいた誰かが爆破したのでは?」
「馬鹿野郎!! これは多弾頭誘導弾を使った飽和攻撃だ!」「まさかっ!?」
驚きよりも疑いを見せる青年に、しかし、彼はもう気遣いをなくしていた。
バラバラにちりばめられた32機の弾頭の着弾が始まろうとしていた。
イオ軌道の内側に入った機動爆雷はそれまでの欺瞞をかなぐり捨て、落下軌道から単機の核パルスエンジンに加速用推進剤まで投入して全力加速を開始した。爆雷の目的は最終誘導宙域までの運搬だ。一滴の液化水素も一発のペレットも残さない勢いで猛然と加速していく。
やがて、明白な誘導電波に識別信号を返し、その繰り返しを待って爆雷は加速を一時中断する。弾頭部を覆う金属のカバーは脱ぎ捨てられ隠された16発の1メガトン級の核弾頭が標的を識別する。誘導電波と画像のビデオ解析、そして、自分たちをここまで運んできた爆雷自身を元に突入経路が決定され固体燃料に点火、ブースターから吐き出される青白い炎と白煙は硫黄と水素の電離した木星上層大気に向けて弾頭を加速させた。
いくつかの無人機械が衝突軌道に進出しようとするが、強引に加速して前に躍り出る。
その向こうに映し出される金色の城。機械の目がとらえた構造はパターンによって分解され、突入した弾頭がより効率のよい破壊をこなせるよう、次々と目標の占有を宣言し、残標的に遅れた弾頭が割り振られていく。
宇宙港、および、周辺の航宙管制施設、特にレーダーサイトや『プラント』施設全体の監督に関わる部分には6発の弾頭が自身の目標と定めた。もちろん、その目標は一カ所ではない。他の標的は遅れて『プラント』をロックした核弾頭が突入優先度の低い標的へと突入経路を修正変更していく。より効率的な破壊、より効率的な凶器の発露を求めて、電磁的自殺効果を起こさないよう点火タイミングすら同期させて、彼らは剥き出しの金属によって築かれた構造体、その奥深くへと突入した。
最初の着弾は宇宙港に隣接する造艦ドックだった。
複雑な構造物の間に突入した弾頭は周囲からのレーダーの反射波で標的との適切な距離を判断すると、一瞬、構造体からの距離を取り、そこでX線レーザードライバーにエネルギーを注入した。第一層の発信器から負荷に耐えかねて構造崩壊を起こしながら放出された高エネルギーのレーザーは中央周辺に焦点を合わせ、球形の高プラズマ状態を発生させる。突然発生したプラズマに、押しつぶされた中央の重水素は高熱と高い圧力に臨界温度に達し核融合を起こした。重水素対による核融合反応は大量の熱量と高速中性子を発生させて周辺の圧力に抗する。周辺の十分に高圧状態になったプラズマは内部から新たに発生した熱量と、高速中性子に衝突され、濃厚なエネルギーのスープに新たな核融合反応の火をつけた。その反応は外層の重水素・3重水素層におよび、より低温で発生するダーティな核融合反応を起こし、ついには高密度のプラズマ球となって膨れあがった。
膨張する火球は周辺の構造物を次々と飲み込み、熱と放射能を浴びせて物質を本来の素粒子へと還元していく。一瞬にして蒸発した重金属は気化した圧力と高熱をさらに周辺に吹き付け、放射能混じりの熱風が真空のはずの宇宙を気体で満たし焼き払う。その連鎖反応は立ち並ぶ造艦ドック巻き込み、徹底的な破壊を叩きつけ抉り出し焼き尽くす。
数キロにも及ぶ一次被害はさらに気化した重金属イオンの突風となって荒れ狂い、周辺20キロばかりに二次被害と呼ばれる爆圧と構造破壊を引き起こした。その周辺にいた生命体は火球に巻き込まれ素粒子の蒸気と消えたか、重金属イオンの熱風に全身を焼き爛らせたか、それ以前に大量の中性子を浴びて意識するまもなく外傷のない焼死をしていた。
着弾はそれだけに止まらなかった。
『プラント』各所で発生した核爆発は二七カ所に及び、木連が『プラント』管理のために配置していた多くの防宙、監視設備を消滅させていた。多くの人々は意識する前に死亡しており、『プラント』それ自体を補修する無人機械も大量の放射線に焼き切られ、機能を失っていた。
四機の二〇メガトンの融合弾はそんなほぼ無力化された『プラント』に、プラントそれ自体を覆い包むほどの巨大な火球をもって襲いかかった。
噴出する空気を焼き尽くさんばかりの勢いで燃えさかる劫火は、木連を構成する多くの軌道都市からも見ることができた。
「プラントが・・・燃えている…」
呆然と見つめる誰かの声が響く。
白鳥ユキナはその時、兄の九十九と夕食の買い物に出かけていた。帰り道、天を覗く公園に発生した巨大な火球にユキナは思わず九十九の腕にしがみついた。
木星大気上層に見え隠れする『プラント』は木連の人々にとって生活の柱だった。彼らが受ける社会サービスのほとんどは『プラント』が生産した無人機械に支えられ、彼ら自身の生活を満たしてきたのだった。
その『プラント』がいま彼らの目の前で燃えていた。
呆然と見つめるその先で、新たに二つの火球が発生する。
それはわずかに残らんとする『プラント』を叩き潰そうとする圧倒的な意志のようにも見えた。
「お兄ちゃん、わたしたち、勝ってるんだよね?」「ああ…」
ユキナの怯えるような問いかけに、九十九は漆黒の虚空を見つめたまま答えた。
「ああ、当たり前だ」「・・・」
しかし、その声はむしろ九十九自身に言い聞かせているようにユキナには聞こえた。
振り上げた拳を振り下ろす。
契約ではなく、相互性でなく
ただ罪そのものが俺を裁く。
だが、俺は…
それでも、俺は嬉しいと思う。
救いも、赦しも、慰めも
もはやここにはない。
それでいい。そう想う。
あとがき
えーっと、ピカっていいよね(はぁと)。やっぱりピカだよね。ピカ中だよね。
第6話はABがアキト・パート、Cがルリ・パートとなります。
であであ。