Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第五話 Dパート
『ちっさなルリの「航宙日誌」』
1.
四隻の大型戦闘艦が単縦陣からコンバット・ボックスに陣形を組み変えた。
慣性航行状態での砲戦、その射線が互いに重なり合わないよう一番艦の影から左右上下にずれ、砲門をナデシコへと向ける。
随伴の駆逐戦隊は大型艦の射線を塞がないよう二手に分かれると、ナデシコの左舷下方と左舷後方へ回り込もうと加速を開始していた。
「戦闘加速開始」「あい、艦長。乱数加速開始します。加速タイミングはこちらに」「は〜い」
機動戦艦ナデシコ艦長ミスマル・ユリカの命令に、ナデシコが加速を開始した。
全力加速を不定期間実行する。航空宇宙軍で標準的に行われる爆雷の回避機動だ。軌道交差を行う戦場での回避機動は艦の持つ運動両方向に対する加速の変化で行うことがもっとも好ましい。惑星間空間では多少の軌道変更などよりもそれまでに保持してきた速度の方がずっと大きいため、機動爆雷のように面で制圧する兵器には、この乱数加速が適切だった。
もっとも、木星勢力の無人艦は主にグラビティ・ブラストによる砲戦と機動兵器戦に頼っており、乱数加速をする必要はないかもしれない。だが、それはこれまでの戦場であって、今、この戦場に爆雷を投入してこないとは限らなかった。ユリカは『これまでそうだったから』と言う願望に期待していない。
「敵、重力波変位急速拡大」「総員、耐ショック」
敵大型戦闘艦から計八条の黒い闇が伸びる。ときおり輝くうねりは、射撃管制用のレーザー光が重力場変位の中に閉じこめられて赤方偏移したものだろう。
内、二条がナデシコのディストーション・フィールドをかすめた。
ディストーション・フィールドはたわみ、反作用でナデシコのディストーション・ブレードが衝撃を艦に伝えた。
艦橋を揺るがす動揺に、艦長席に立っていたユリカは指揮卓に手を着いた。
「ディストーション・ブレードに支障なし。船殻剛性にも影響ありません」「うん」
ホシノ・ルリの報告にユリカは元気よく頷いた。
「それじゃあ、こちらからも行きましょう」「はーい、こっちはいつでもいいわよぉ」
ユリカはディスプレイに表示されている双方の相対位置を確認した。エステバリス隊は敵の大型艦で編成された戦隊の頭を抑える形で砲戦を邪魔しないように突入しつつある。ナデシコのやるべきことは単純だった。
エステバリスが敵戦隊に突入するまでの陽動。
そして、それは成功しつつあるようにユリカには思えた。
「目標敵大型戦闘艦一番艦。グラビティ・ブラスト、発射!!」
ナデシコから昏い闇が伸びる。
「弾着、今」
ルリの報告とともに、スクリーンに拡がる敵戦艦の左上方のディストーション・フィールドをかすめた。
「オモイカネ、照準を補正。次弾エネルギー充填。よろし」「機動補正、いいわよ」
「はい。でもその前に、フィールド全開」
言うが早いか、スクリーン上の敵戦艦の姿がまるで水に起きた波紋のように揺れていた。グラビティ・ブラストが起こす重力レンズ現象だった。
「敵艦発砲。フィールド全開」
淡々とルリが報告した。その単調な言葉に一拍遅れて激しい衝撃がナデシコを揺るがした。
「か、艦長、エステバリスを回収したまえ!」「必要ありませんわ」
衝撃にずれた眼鏡を直してプロスペクターが傍らのフクベ・ジン退役提督に声をかけた。
「大丈夫。そのための相転移エンジン。そのためのディストーション・フィールド。そして、グラビティ・ブラスト。あの時の戦いとは違いますぞ。お気楽にお気楽に」「い、いや、し、しかしっ!!」
振り向いて言葉を続けようとしたフクベをユリカの元気な声が遮った。
「大丈夫です! 信じましょう」
フクベは迷いなくスクリーンを見つめるユリカの姿に言葉をなくした。いくつかの光が敵大型戦闘艦に取り付きつつあった。それはナデシコから分離したエステバリス隊だった。
ユリカはスクリーンに輝く光の一つを見つめて叫んだ。
「アキト、ファイトッ♪」「・・・」
その後方、オブザーバー席に座っていた銀の髪の少女はユリカの言葉に複雑そうな視線をスクリーンに向けた。
「止められ、なかった・・・」
呟きは誰の耳に届くことなく消えていった。
2.
機動戦艦ナデシコの食堂、通称ナデシコ食堂を仕切る料理長リュウ・ホウメイはある事実に悩んでいた。
ナデシコが佐世保を出航してから、早一月が経とうとしている。
その間、彼女と6人のスタッフは昼夜を問わず200名を超えるナデシコ乗組員の食事を提供し続けている。そのうち夜勤の人数が3分の一とは言え、全員分の3食を用意するのは本当に大変なことだ。夜勤の人に関しては長期保存可能な弁当を用意しているが、必ずなにか一品手を加えるところが、ホウメイの料理長としての心配りを感じさせる。
「料理長、どうしたんすか?」「ああ、テンカワかい」
テンカワ・アキトが資材の在庫調整表を見て考え込んでいたホウメイの様子に心配そうに声をかけた。
「食材になにか問題でもありました?」「いや、食材の方は問題ないさ。ただ、そう、ただ、プライドの問題ってヤツさ」「はぁ・・・」
わかったようなわからないような、そんな表情でアキトが頷く。
ホウメイは苦笑すると席を勧めた。
「まぁ、座りなよ。アンタには以前、どうして私があんなに調味料をナデシコ食堂に持ち込んでいるのか、話したことがあったな」「ええ! オレ、それでやっぱり料理って凄いって、コックって職業を選んで良かったって思ったんです!」
勢い込んで腰を浮かせるアキトにホウメイは苦笑した。
それは、ホウメイが未熟だった頃の話、死に瀕した兵士にパエリアを作ってやれずに自らの力不足を嘆いた時の話だった。気負いすぎるこの少年に自身の話を聞かせて、焦ることのないよう宥めようとしたつもりだったのだが、あまり目的を果たせていないようだった。
内心、私もまだまだだね、と思いつつも、ホウメイはナデシコ食堂の依頼統計表を見せた。この資料には今まで乗組員たちがナデシコ食堂を利用した全注文がリストされていた。
「そう。私はナデシコのすべての乗組員たちに故郷の懐かしい味を提供できるよう努力してきたつもりだよ。もちろん、いろんな乗員がいるからね。出前も、弁当も配達もやっている。でもねぇ・・・」
ホウメイは一人の乗員の資料を出して見せた。アキトは現れた名前に複雑そうに眉根を寄せた。
「それでも一度もナデシコ食堂を利用してくれない人がいるってことは、ちょっとショックかもねぇ」
アキトはアマノガ・ルリの一度も利用されていない食堂情報をじっと見つめていた。
「定時の全天走査を開始します」「はぁ〜あ、暇よねぇ…」
「姿勢制御開始。乗員区域外からの乗員の退避を確認。乗員区域外、重力制御を停止」「ねぇ、ルリちゃん。何かやること無いかなぁ?」
「走査単位を0.2秒に固定。近傍での敵反応ありません。ディストーション・フィールド解除」「あぁあ、アキトも食堂だし、退屈ぅ」
「・・・艦長、じゃまです。自分の席についててください」「はぁい」
わざわざ艦長席のあるステージ最上段からオペレータ席のある2段目にまでやってきて、オペレータ用コンソールの端に座って愚痴をこぼしていたミスマル・ユリカは、10歳の少女の冷たい視線にすごすごとコンソールから降りた。
ユリカはちらりと後ろ目に彼女の姿を盗み見た。日に焼けていない白い肌。銀色の髪をツインテールにまとめ、金色の瞳に時折ナノマシンの輝きが宿る。
口元に指を当て、少し天を仰いで考えたユリカは笑顔を作って振り返った。
「る、ルリちゃんてアキトと仲良しさんなんだね?」「え・・・!?」
ユリカの突然の問いかけにルリは動揺を隠し、手元のコンソールに視線を落とす。
「そういえば、テンカワさんて時々ルリちゃんにお弁当持ってきてくれてるよね?」「ええーーーーー!!」
ふと思い出したように通信士のメグミ・レイナードが眺めていたファッション雑誌から顔を上げて会話に参加した。初めて聞く事実にユリカが大きな声を上げてルリに詰め寄る。
「艦長、じゃまです。――ナデシコ慣性航行。観測機器、異常なし。ローリング開始します」
耳元をかすかに赤らめるルリだが、声にでないようコンソールを睨み付けたまま極力平静な声で報告した。
その端正な横顔をじーっと顔を近づけてユリカが見つめる。その視線にちらりとルリが横目で伺う。
「なんでしょう?」
「ルリちゃん、いいなぁ!!」
力一杯拳を握りしめてユリカが叫んだ。耳元近くで叫ばれたルリが思わず顔をしかめて呟く。
「・・・馬鹿?」「クス♪」
「どうして、どうして? アキトったらユリカには一度もそんな事してくれないのに、どうしてルリちゃんにはそんな愛情たっぷりこもった手作りのお弁当だなんて。
ま、まさか、そんな。アキトって、ルリちゃんみたいな年齢差の女の子しか愛せないんじゃ…。あ、駄目。アキトったらルリちゃんはまだ子供なんだから、そんなこといけないわ。駄目ったら駄目駄目駄目! 私が本当の愛を教えてあげるの。そして、アキトはルリちゃんのことちゃんと妹として。で、でも、今のルリちゃんはユリカと二つしか違わないから。まさか、光源氏計画!? いけないわ! アキトは、そう、アキトは私が好き!」
「かんちょ、艦長…」「・・・」
何か別の世界にいってしまったユリカを、ルリとメグミの冷たい視線がかろうじて現実に引きずりおろした。
「あ、あはははは・・・」「・・・」「・・・」
乾いた笑いをたてて頭をかくユリカ。ルリはコンソールに視線を戻した。
「テンカワさんは私がナデシコに着任したときから何かと目にかけてくれているだけです。出港時にまで遅刻してきた艦長たちと違って、私とテンカワさん、ホウメイ料理長はナデシコの進水式直後に着任しましたから」「あ、そうなんだ」「ふぅん」
初めてと言っていいだろう。ルリが自分のことを彼女たちに話したのは。ルリはむずかゆいような照れくささを表情に出さないようにこらえながら言葉を紡ぐ。
「テンカワさんが時々お弁当を作ってくれるのは、まだ、ナデシコ食堂の準備のために内装や調理場の使い勝手の調査をしていたホウメイさんがテンカワさんの料理の腕をみるためのまかないを私に分けてくれたときの名残です。新しい料理を覚えると、私に味加減を訊ねられるんです」「へー…」
「艦長はテンカワさんと幼なじみなんですよね?」「うん」
メグミがユリカに話題を振る。ユリカが満面の笑みを浮かべて元気よく頷いた。
「火星のユートピア・コロニーのお隣さん。アキトはユリカの王子様なんだ♪」「・・・」
「でも、妹さんのほうが親しそうでしたけど?」「う゛・・・」
メグミの無邪気なつっこみにユリカが一瞬凍り付く。ユリカの視線が一瞬複雑そうにコンソールを見つめる少女の横顔に落ちた。
「あはは…、十年ぶりにこおんな美人の幼なじみと再会したものだから、きっと、アキト、恥ずかしくって照れてたのよ」
「十年ぶりに会う二人かぁ」「・・・」
乾いた笑い声をあげるユリカ。しかし、メグミがさっくりと答えた。
「でも、それって、ただのお友達って事ですよね♪」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん…」
ユリカが泣き叫びながら艦橋から走り去る。それを何となく呆然とした表情で見送ったルリはぽつりと呟いた。
「・・・メグミさん、意地悪ですね」
「そうかなぁ?」
メグミは心底不思議そうに首をかしげると、再びファッション雑誌に視線を落とした。
3.
ナデシコを発艦した5機のエステバリスは重力ビームで伝えられるエネルギーを速度に変えて、木連大型戦闘艦との邂逅軌道に遷移した。
ナデシコは敵大型戦闘艦と激しい砲火を交えている。
敵の駆逐戦隊がナデシコを挟撃する配置に着く前に、彼らはこの4隻の大型戦闘艦を排除しなければならなかった。
「クックック、あっはっは!」
先頭を行くブルーの塗装されたエステバリス0Gフレームに乗ったヤマダ・ジロウ、魂の名を大豪寺 凱と言う、は悦びに奮えていた。
「圧倒的不利な味方の艦を守るため、ロボットに乗り凶悪な戦艦に立ち向かう。これぞ、漢! 漢と書いてオトコと読む! このシチュエーションを喜ばずしてなんとする。
な、アキト、お前もそう思うだろ!」
ヤマダはふらふらと無駄な姿勢制御をして重力波スラスターを噴かしているピンク色のエステバリスを振り返った。
「え、あ、ああ。燃えるよな。って、畜生! 止まれ!」
叫び声と同時に姿勢制御用の推進剤が吐き出され機体が安定する。ヤマダがふっと余裕の笑いを見せた。
「初めてにしちゃ、上出来だ。さぁ、行くぜ! オトコになれよ!」「おお!」
競うように青とピンクの2機のエステバリスが砲戦陣形をとり横腹を見せている木星蜥蜴の戦闘艦へ加速する。
ナデシコからの砲火が止まった。
「ああ、馬鹿がそろって逝っちまいやがった」「うーん、おっとこの子ぉ」「咲いた、咲いた、火花の花がぁ」
苦々しげにスバル・リョーコが彼らの機影を見送る。
「ねぇねぇ、リョーコぉ。どおするの?」「まぁ、選択の余地はないと思うけどね」「ぅぅぅぅぅ・・・」
アマノ・ヒカルの問いかけに、マキ・イズミがしゃらりと黒髪を掻き上げた。唸り声をあげるリョーコは一瞬だけ躊躇すると、即座に断を下した。
「見殺しにした日にゃ、寝覚めが悪くなるからな。俺たちも行くぞ!」
リョーコは後方のドミストリに突入を知らせる発光信号を打ち出す。
そして、自身も重力スラスターを噴かして、木星蜥蜴の戦隊に突撃を開始した。
「あの方たちに作戦というものを伝えても無駄なのでしょうが…」
イツキ・カザマは通信機に状況報告をしてため息をついた。
先行した2機のエステバリスに引きずられて、エステバリス隊は逐次、敵戦隊へ突入している。イツキの航宙攻撃機ドミストリは本来エステバリスよりも優速なのだが、突入までは気付かれないよう重力スラスターのみによる軌道修正を強いられているため、重力波ビームによって母艦からエネルギー供給を受けられるエステバリスと違って自由に加速することもできず遅れていた。
2機のレーザー核融合炉による核パルスエンジンを吹かせば追いつくのは簡単だが、いざというときに推進剤不足で戦闘機動ができなくなってしまっては意味がない。
加えて、イツキは意識した、ドミストリには今回初使用となる新兵器がある。
XADFPM ペネトレイター。ドミストリが航空宇宙軍に正式採用された暁には、ドミストリの主兵装となるだろう対艦対ディストーション・フィールドミサイルだ。ドミストリの巨大なディストーション・ブレードほどの長さのこれを4基も搭載している以上どうしても加速が鈍くなる。重量を軽減するためにエンジンを捨てたエステバリスと張り合うだけ無意味だった。
「それにしても、エステバリスで敵艦の撃破なんて・・・」
本当にできるのかしら、という疑念をイツキは口元で押し殺す。艦長のミスマル・ユリカが判断し、上官であるアマノガ・ルリも支持した作戦だ。十分な勝算があってのことだろう。
だが、それでもイツキは不安を隠せなかった。
作戦として可能であっても、作戦を遂行する能力が兵の方にないのではないだろうか。そんな疑問をイツキはルリに問いかけてみた。ルリは小さく首を振って、答えた。今はまだ大丈夫です、と。
そこに込められていた意味をイツキは理解していた。
ナデシコやエステバリス、ネルガル重工が木星勢力に対抗するため製作したこれらの装備の能力は高い。よほど愚かな選択をすることがなければ、多少問題ある行動をとろうと後れをとることはないだろう。
今はまだ。
たとえ装備におんぶにだっこであろうと、生きてさえいれば過酷な戦場は嫌でも兵士を教育していく。せめてもの願いは、それまでに周囲が払う犠牲が少なくなることだ。賢い愚か者は周囲の助けを求めるが、愚かな賢者は周囲を犠牲に生き延びる。愚かさ故に踏みしめた死体に気付くことなく。
イツキはじっと待ち続ける。
もどかしく過ぎる時間をじっと待ち続ける。
スバル・リョーコは敵戦隊前方に遊弋する無人兵器の群れに舌なめずりした。
「舐めるなよぉ」
リョーコの意識にIFSを通じてエステバリスが重力波ビームによる供給量を超えたエネルギーをバッテリーから引き出し、ディストーション・フィールドが強化される。
「行くぜっ!」
重力波スラスターが形成する重力傾斜がエステバリスを加速する。強化されたフィールドがバッタの作るフィールドを圧迫し、押し潰していった。
「ヒカルっ!!」「はいはーい」
跳ね飛ばされた無人兵器をアマノ・ヒカルが弧を描くように押さえ込む。発生した潮汐力に引きちぎられ宇宙に多くの爆発があがった。
「ほうら、お花畑ぇ♪」「フッ、あははははは」
「ははははは…、ふざけていると、棺桶行きだよ」
ハイになって高笑いをあげる横を再び集結しようとした無人兵器をマキ・イズミのスレート・ブルーの機体が弾き飛ばした。急激なエネルギー放射にバッテリー内のエネルギーが低下していたリョーコとヒカルの機体がイズミのフィールドの陰で出力を回復していく。
「なんだよ、なんだよ! あいつら楽しそうじゃんかよっ!」
周囲のバッタに翻弄され、あたふたと宙を掻いているピンクのエステの中で、テンカワ・アキトが叫ぶ。こんな周囲を敵に囲まれた状況で楽しげに戦い続けている彼女たちと逃げまどう自分の違いを思い知らされる。
だが、アキトは気付いていない。自分が以前はこんな状況下ではパニックに陥るしかなかったと言うことを。爆発や銃撃の音に怯え、叫んでいた時からまだ2ヶ月しかたっていないのだと言うことに気がついていなかった。
「アキト、エネルギーはたっぷりあるんだ。慌てなくてもいいんだよ」「だって!」
ヤマダ・ジロウがアキトの周囲を取り囲んでいたバッタを一薙ぎに撃破していく。その余裕のある闘いにアキトは焦りを覚えた。
「あの生意気な女を見返してやるって決めたんだろ? こんなところで小物を相手にしてる場合じゃねぇ」「って、どうするんだよ!?」「決まってるだろ? 漢は大物食いだってな」
ヤマダが機首を翻した。その視線の先をアキトも見つめる。周囲に多くの輝きをまとった黒と紫の巨大な戦艦の姿が映る。
「さぁ、行くぜっ!」「うぉぉぉぉぉぉぉぉ・・・!」
「おい、テンカワ、ヤマダ! 無茶だっ!」「ほんとに特攻?」「死に水は取ってあげるわ」「イズミッ!」
2機のエステバリスが加速する。
加速する機動兵器に気付いたらしき巨大戦艦がフィールドを強化した。そして、いくつもの輝きの群れが戦闘編隊を整え、迎撃する。
いくつもの爆発が次々とあがる。
その2条の爆発の帯は敵戦艦までたどり着いたかと思うと、ぴょーんとくるくる回りながら跳ねとばされた。
「うあぁぁぁぁぁぁぁ・・・!!」「だぁぁぁぁぁぁ、慣性ってのはよぉ・・・」
「無茶しやがって」「そんなに死にたいのかなぁ?」「弱いのよ。耐えられないほどに」
周囲の無人兵器を掃討しながら、リョーコはアキトとヤマダの機体が何とか無人兵器の追撃を避けながら戻ってくるのを見て取った。
「チッ、フィールドか」「死神が見えてきたわね」「「見えん見えん」」
不吉なことを呟くイズミに、リョーコとヒカルは二人で突っ込む。
「どうする? このままだとジリ貧だよ?」「加速しても、敵の直援部隊に邪魔されているわ。単純に突入しても無意味ね」
イズミが指摘する。十分な速度に乗れば敵のフィールドに対して運動量で対抗できるのだろうが、敵無人艦の戦隊は周囲に挺団を組んだバッタの群れを従えており、アキトやヤマダのエステは加速の出鼻をくじかれているのが見て取れた。
「敵さんもずいぶんと機動兵器と闘い慣れしてるじゃねぇか」
リョーコが攻めあぐねて眉を顰める。
そこに、ウィンドウが開いた。
「お待たせしました!」
イツキ・カザマが大輪の花のような笑みを浮かべて見せた。
4.
テンカワ・アキトはワゴンを押しながら格納庫への通路を歩いていた。
ワゴンには整備班の頼んだ出前と弁当が大量に積まれている。このひと月ほど、格納庫では整備班を主にこうして出前を頼む事が多い。ゾンビのように出された食事に群がる班員に尋ねたこともあるが、どうやら艦の通信管制全体についての再設計を行っていたらしい。現状の通信指揮機能では艦載機の支援に不十分なところがあり、電路の再配線やオモイカネとのデータ回線の拡張にてんてこ舞いだったらしかった。
その中心にはいつも彼女がいた。
長い銀色の髪を作業の邪魔にならないようポニーテールにまとめ、白い航空宇宙軍士官服を纏っている。たいていはあの水色のエステバリスのアサルトピットにいるか、整備班長のウリバタケ・セイヤといくつものウィンドウを開いてなにかを相談していた。そして、そばにはいつも黒く長い髪の日本人形のような航空宇宙軍のパイロット、イツキ・カザマが控えている。
ミスマル・ユリカに聞いた話では、彼女、アマノガ・ルリはまだ十八歳のはずだ。アキトと同い年である。
戦時とはいえ、その歳で大尉の階級を持つ者はいない。連合航宙大学校を主席で卒業したユリカも、まだ、新人の少尉でしかない。戦略畑のユリカの場合は大尉になるのは早くても3年後となる。そのころには、ルリはおそらく少佐に、いや、機動兵器主兵論者の後押しによって中佐にまで昇進しているかもしれない。
アキトは翻って自分を思う。
自分はいったい何なんだろう。
コック見習いで未だ一品の料理も任されていない。料理を好きだと言いながら、調理の本も紐解かない。世界中の調味料を前に圧倒されるばかりで、調味料の位置を覚えようと勢い込んではみたが、では、どの料理にどの調味料を使うのか。
まだまだ、学ぶべき事が多すぎた。好きだから、ただそれだけで鍋をふるっていられたときはとうの昔に過ぎていたのだ。
拳に力が入る。彼女のほっそりとした小さな背中。その小柄な姿が、遠い。
いつのまにか、視線があの少女を追っていた。だから、次に来た一撃を避けられなかった。
「よう、アキトじゃねぇか! お前もやっと男のロマンに目覚めたか!?」
しなやかだががっしりした腕がアキトの頭を抱き込む。
「ガイ!」「フフン、お前もやっと自覚が出てきたようだな」
ヤマダ・ジロウが得意げに鼻を親指でかく。ようやくそのとき、アキトは自分が格納庫の真ん中、エステバリスのベッドの前で立ちつくしていたことに気がついた。
「いや、そうじゃなくって」「隠すな、隠すな」
ヤマダはそういってアキトの左手を取る。そして、その甲に浮き出たナノマシンの紋章をアキトに示した。
「このタトゥをしている奴はパイロットだ! 隠したって無駄なんだよ!」「ばっきゃろー! そりゃ、俺の台詞だ!!」「グハッ!!」
ぶんと勢いを持って飛んできたスパナがヤマダの頭に突き刺さった。ずるずると崩れ落ちるヤマダ・ジロウをアキトは慌てて抱えた。
「オホン」
ずっしりと重いスパナを拾い上げたウリバタケが軽く咳払いをした。
「まぁ、なんだ。コック見習いはコックらしくしてりゃいい。馬鹿の言葉なんざ気にすんな」「・・・」「いきなり何しやがる!」
「それはこちらの台詞ですよ、ヤマダ・ジロウさん」
復活してウリバタケに食ってかかるヤマダに冷たい言葉が投げかけられる。アキトは振り返る。そこに、彼女が、いた。
「見習いでしかないコックに変なことを吹き込まないでください。テンカワさんには何よりもまず一人前のコックになってもらわなければなりません」
アマノガ・ルリはそんなこともわからないのかというようにヤマダを冷ややかに見つめた。
「敵後衛艦隊?」
その艦影を早期に発見できたのは幸運と言ってもよかった。
ナデシコは定期の全天走査の検差で火星の軌道後方300万キロのところに、木星勢力の後衛艦隊を発見していた。
「これはいかんな」「そうですねぇ」「ウム」
フクベ・ジン退役提督はナデシコの頭を押さえる位置に配置されているこの艦隊の存在に白く濃い眉を顰めた。プロスペクターは首をかしげて訊ねる。
「避けることはできないものでしょうか?」
「難しいだろう」「そうですね」
フクベ提督に艦長のミスマル・ユリカも同意した。
「どうして航空宇宙軍は見つけられなかったんですか?」
「火星後方は精査範囲外だったのだと思われます。追加要請を怠った私の責任です」
アマノガ・ルリがメグミ・レイナードに答えた。
「まぁ、いくらなんでもセンシングの生データを送れとはいえませんから」
ホシノ・ルリの操作でオモイカネによって解析された情報が表示される。そこには3個戦隊、戦列艦とおぼしき主力艦群と遊弋する2個の駆逐戦隊が映し出されていた。
「敵大型戦艦4隻、中型戦闘艦18隻、突撃艦多数が確認されています。機動兵器は観測できてません」
コンソールに映し出された戦力をユリカがじっと見つめる。
プロスペクターが一同を代表するように問いかけた。
「どうなさいますかな、艦長」
ユリカは大きく頷いた。
「この戦力を突破すれば敵は追ってこれないでしょう。戦いましょう。火星はすぐそこです」
「しかし、艦長。ナデシコ一隻でこれだけの艦隊を相手にできるのかね?」
フクベが問いかける。ユリカはちらりと一度だけ後ろに視線を投げると自信を込めて頷いた。
「はい。今のナデシコにはそれだけの戦力があります」
そして、ユリカは命令した。
「エステバリスなどの機動兵器による敵主戦列艦の撃破。ナデシコが敵駆逐戦隊を相手にする間に、機動兵器による航宙機攻撃を行います」
奇妙な緊張感が格納庫に張りつめた。
「フン。そのコック見習いをエステに乗せて囮にしたのは誰だったっけ?」「あなたは!!」
ヤマダ・ジロウが肩をすくめる。一歩前へ踏み出そうとしたイツキ・カザマの腕を抱くように捕まえて、アマノガ・ルリが止める。
「大尉!」「テンカワさんはナデシコ乗員200余名の三食を支える、たった二人しかいない貴重な調理資格者です。ヤマダさんはその一人を戦闘要員に回せなどとおっしゃるのですか?」「それは・・・」
口ごもるヤマダから振り返り、ルリはその金色の瞳をアキトに向ける。その瞳の奥に宿る哀願するような色に、しかし、アキトは気付かない。
「ア・・・、テンカワさんもつまらないことを考えないでください。もしテンカワさんの身に何かあったら、ホウメイさんはお一人でナデシコ食堂を切り盛りすることになるのですよ?」「そ、そうだけど・・・」
アキトはナデシコ食堂の混雑を思い出す。
「だけど、俺は、俺にできることをしたいんだ」「調理師として一流になるというのは、テンカワさんにできることではないのですか?」
迷うようなアキトにルリは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「テンカワさんが料理を任されれば、ホウメイさんが休むことができます。直接、木星勢力と戦火を交えるわけではありませんが、テンカワさんが調理師として成長することがどれだけナデシコにとって有益であるか、わかりませんか?」
反論する隙を見つけられずにアキトが俯く。彼女の言うことは正しい。正しすぎて、息が詰まりそうだった。
「でも俺は、俺はこの手で、火星のみんなを救いたいんだ」「よく言った!!」
奪い取るようにヤマダがアキトの両肩を大きく振りかぶって叩いた。
「漢はこうじゃなきゃな。ま、女子供にはわからんだろうよ」「テンカワさん!」
ルリの制止も聞かず、ヤマダがアキトを引き連れていく。
「艦長には俺から言っておくからな。さぁ、アキト。この俺がびしびししごいてやるからな」「え? え? えぇぇぇぇぇぇ!?」
ひらひらと手を振りながらヤマダとアキトは格納庫を出て行く。
それを見送って肩を落としたルリに、イツキがそっと尋ねた。
「あの、テンカワさん。出前のワゴン置いてっちゃったんですけど?」
「「「「「「・・・」」」」」」
なんとなく格納庫にいた人たちは、彼らが出て行った方に虚ろな視線を投げかけた。
「奴ら、逃げやがったな?」「ええ」
山積みになった食器がのったワゴンを前に、ルリは力無く頷いた。
5.
テンカワ・アキトは緊張した面持ちで正面ディスプレイに映る敵戦闘艦の遠影を見つめた。
多くの無人兵器を従え君臨するその姿は、火星に届かんとするナデシコの前に立ちはだかる巨大な壁だった。
「テンカワさん、いいですか?」「あ、うん」
ウィンドウを開いて問いかけてきたイツキ・カザマにアキトは頷く。
イツキ・カザマの作戦は単純なものだった。ヤマダ機が先行してイツキのドミストリを守り、ドミストリは敵戦闘艦に充分近づいたところでミサイルを発射。敵のディストーション・フィールドが弱まったところを後続するアキトが攻撃するというものだ。
ヤマダはさんざん文句を言って敵戦闘艦に弾き飛ばされてから、不満を抱えたまま同意していた。時間がない、と言うのも事実だ。ナデシコはすでに接近してきた駆逐戦隊と戦火を交えており、不利な状況下にある。このまま手をこまねいていたら、彼らが帰るべき場所がなくなってしまうかもしれないのだ。
アキトが最後尾なのは、安全性を考えてのことだ。
敵無人兵器の攻撃を一手に引き受ける前衛と、突撃する火薬庫であるドミストリのそばにいるより、戦闘に不慣れなアキトは後から着いてくるだけでよかった。ろくに戦闘訓練も受けたことのない少年に、それ以上何を望むというのだ。
イツキの無言の配慮を察して、スバル・リョーコたちも何も言わなかった。それよりも、別の艦に対して同じ構成の攻撃をしようと互いに手はずを整えていた。
「チッ、結局あの女の思惑通りか。気にいらねぇ」
ヤマダ・ジロウがぼそっと呟く。イツキがキッと睨んだ。
「気に入らないからって、味方を切り捨てるつもりですか!」「そんなんじゃねぇ」
ぼそりと答えると、ヤマダはエステを加速させた。
「なにもかも、わかったように動かされるのが気にいらねぇんだよ」「・・・」
イツキは小さくため息をつくと、ブルーのエステに続いて加速する。エステに比べると2倍以上も大きなドミストリのデフレクタ・ポイントが収束し、強力なフィールドを形成した。
「テンカワさん、着いてきてください」「わかった」
ドミストリの核パルスエンジンが吐き出す強力な荷電粒子をかぶらないよう、アキトは距離をあけてドミストリの後を追った。
前方でヤマダ・ジロウが雄叫びをあげながら、向かってくる木星蜥蜴を倒し続ける。迫りくる巨大戦艦の影。ヤマダ機によって切り開かれた回廊を駆け抜け、ドミストリから2基のミサイルが放たれた。推進剤を激しくまき散らし100Gを越える加速を続けるミサイルが、ヤマダ機を追い越し、強化された敵戦闘艦のディストーション・フィールドに接触した。
パカリとミサイル弾頭のカバーがはずれ、三叉の槍のようなものがフィールドに突きたつ。一基のミサイルはその段階で誘爆を起こし、敵戦闘艦のフィールドを揺るがしただけだったが、もう一基のミサイルはフィールドが薄くなった部分から小さなミサイルをフィールド内に潜り込ませることに成功した。そのミサイルは爆発するかのように全力で加速し続けると、敵戦闘艦の機関とおぼしき場所に突き立ち爆炎をあげた。
「おれは…、俺は!」
明らかに弱くなったフィールドにアキトはエステバリスを駆って突撃する。自然とのどの奥から奮えるような雄叫びがわき出ていた。
「俺はぁ!! ぅおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
イミディエット・ナイフを装着し、右拳に握りしめる。
そのまま、敵の巨大な戦艦にアキトはナイフを斬りつけた。弱くなっていたフィールドはアキトの突撃を止めることなく、ナイフの切っ先はずっしりとした手応えとともに敵戦闘艦を横に切り裂いていった。
無我夢中で通り過ぎた。手が震える。それは、怖れではなく力をふるう事への悦びだった。
はっと我に返ったそのとき、背後で激しい爆発が起こった。
呆然と振り返るピンク色のエステバリスの前で、あの巨大な戦艦が爆発していた。
「敵艦隊の7割を撃破。火星へ軌道遷移できます」
少女の声が艦橋に響いた。
「ミナトさん!」「はぁ〜い、わかってるわ」
ミスマル・ユリカの指示に、操舵手のハルカ・ミナトは余裕の面持ちで軌道を変更する加速を行う。
「エステバリス隊の収容を」「もうやってるわ」
無骨なゴート・ホーリの言葉を軽く受け止め、ミナトが隣の少女にウィンクする。
戦闘オブザーバとしてこの戦いを見つめていたアマノガ・ルリ大尉はウィンドウに映し出される情報を見つめていた。
「エステバリスとドミストリ。同時運用にはいくつか問題があるようですね」
呟いてウィンドウを閉じる。ステージ最上段後方からユリカの背中越しに正面スクリーンに視線を投じた。
「これでやっと、火星に届く…」
火星は、もうすぐそこだった。
あの人は、また同じ道を辿ろうとしている
その道は決して幸せにつながってはいないと
伝える声がかすれる
もう、時間がないのに
私はまだなにも伝えられていない
あとがき
ようやくナデシコは火星圏へ。長かったぁ(笑)。
6話はしばらくアキト・パートを流します。んじゃ