Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第五話 Bパート
『おっきなルリの「航宙日誌」』
1.
白い艦影が征く。
ネルガル重工に所属する機動戦艦ナデシコが修理を終えてサツキミドリ2号を出航したのは、襲撃を受けてから一週間後のことだった。
流れるように泊地を通り抜けていくナデシコを、すれ違う様々な船舶が発光信号で見送る。
彼らは知っていた。
一週間前、無数の無人兵器の襲撃からその白皙の船体に傷を負ってサツキミドリ2号を守り抜いたのが、目の前を旅立つ『彼女』だと言うことを。
そして、今、『彼女』が新たな戦場へ旅立たんとしていることを。
だから、彼らは『彼女』を見送る。その航海に幸あらんことを祈って。
メグミ・レイナードは次々に入る電文を読み上げていた。
「第十七雲竜丸より、『貴艦の航海の成功を祈る』。続いて、リヴィエラ・インペリアより・・・」
「メグちゃん、ありがと。各船には『ありがとうございます。ちょっと行ってきまーす』と返信してください」「・・・はい」
ナデシコ艦長ミスマル・ユリカの軽い言葉にメグミは目眩を感じながらも、すれ違う船に別れの言葉を送る。と、ふと、気付く。長距離通信が入電していた。
メグミはすぐさま通信文を開いてみた。それは、地球=月軌道L3に位置する地球連合航空宇宙軍の根拠地リンデンバウムからのものだった。
「あの、航空宇宙軍、内惑星系艦隊司令部よりアマノガ・ルリ大尉宛に通信です」
「わたし宛ですか? わかりました。まわしてください」
銀色の長い髪を揺らして、アマノガ・ルリが首をかしげた。すぐに、ルリの元にウィンドウが開く。その姿を横目に見ながら、副長のアオイ・ジュンがユリカに訊ねた。
「ユリカ。それで、コースはどうするんだい?」
「うーん、それなんだよねぇ…。ルリちゃん、太陽系内惑星図を表示してくれるかな」「あい、艦長」
ユリカはメイン・スクリーンに映し出された、小惑星帯以内の太陽系惑星図を見つめた。
「ジュン君はどう思う?」「そうだね」
ジュンはホシノ・ルリに説明して軌道を表示させる。
その軌道は常に地球を背にするように火星への接近する軌道を取っていた。
「ほう」「へぇー」「ふーん」「うむ」「・・・」
「火星の状況がつかめないから何とも言えないんだけど、火星は敵の制圧下にあると考えて、ナデシコの軌道をなるべく地球の雑音に隠す。たぶん、現状ではこの航路が最適だと思うんだ」
ジュンの言葉に感心するように艦橋乗務員たちが声を挙げる。ジュンは少し得意げにユリカを振り向いた。ユリカは口元に拳を当ててスクリーンを見つめたまま考えている様子だった。
「ルリちゃんはどう思う?」「「はい?」」
二人のルリの声が重なった。
一瞬の同時多重な声にユリカは慌てて手を振った。
「あ、ごめんね。おっきなルリちゃんの方。んー、でもこの際だから、ちっちゃなルリちゃんの意見も聞いてみたいかな」
「はぁ」
ホシノ・ルリはちらりと艦長席後方に視線を投げると、スクリーンに航路を表示した。
「ナデシコの火星へ行く目的は、いちおう人命救助という建前になってます。
艦長がどういう意図を持って火星到達を目指すのかによりますが、穏行性、速度、現在のナデシコの軌道要素から考えて、アオイ副長の指定した航路が一番妥当かと思われますが、艦長」「ハッハッハ・・・、ルリさんも容赦ないですねぇ」
「あなた、鋭いのねぇ…」「わたし、少女ですから」
冷や汗をハンカチでぬぐうプロスペクターを余所に、ユリカが頭を抱えるように艦長席に座り込む。
「ど、どうしたの、ユリカ?」「艦長、何を考えておられるのですかな?」
不安そうにジュンがユリカの顔を覗き込んだ。すっと顔を上げるユリカのアップに少しどきどきする。
「ジュン君の航路に問題はないんだけど、問題がない所が問題かなって思うの」「それはなんですかな?」
訊ねたプロスペクターにユリカがスクリーンを見つめたまま答える。
「つまり、私が蜥蜴さんだってそう考えますから」「ほほう」
プロスペクターが感心したように頷いた。ジュンは苦笑を漏らす。
「ユリカ、相手は機械だよ?」「でも、ジュン君。木星蜥蜴って言うくらい何だから、地球蜥蜴だっているかもしれないよ?」「艦長、それって、ただのトカゲじゃありません?」「あ、そっか」「・・・」
笑い声が響く。
しかし、アマノガ・ルリは一人同調することなく、義姉の横顔を見つめていた。
まるで、それに気付いているかのようにユリカが振り返った。
「ねぇ、おっきなルリちゃんはどうかな?」
その見透かすような真っ直ぐすぎる瞳に堪えきれず、ルリは目を落とした。こんなユリカをルリは怖いと思った。
「…そうですね、まずは、航空宇宙軍からの判断材料をお見せします」
顔をあげずにウィンドウを操作したルリはメイン・スクリーンにリンデンバウムから送信されてきた情報を表示した。視界の隅でホシノ・ルリが驚いたように振り返った。
「月軌道干渉型望遠鏡群で地球−火星軌道の精密走査を行ってもらいました。現在の、地球−火星間の距離はおよそ2.1天文単位(約3億2000万キロメートル)。光速で18分の距離に当たります。
この距離の探査に、外宇宙艦隊から外宇宙艦レーザーセイル加速用レーザー発信器による砲撃を行い、その赤外反射の観測と、重力子、光学、X線観測を行いました」
「へぇ〜」「はぁ・・・、ルリちゃん凄いね」「ほほぅ」「・・・」ズズッ・・・
「あの、それって凄いんですかぁ?」
「そうですなぁ」
手を挙げて訊ねるメグミにプロスペクターが懐から取り出した電卓を叩き出す。
「一時的に、地球圏の内惑星系探査網を私物化して観測態勢に穴を開けた上に、地球の重力圏から他惑星まで物資を運ぶレーザーセイル用のレーザー砲台をぶっ放して観測させたわけですから・・・、ま、ざっとこんなものでしょうか」
そう言って電卓の価格をメグミに見せた。メグミがぴしりと凍り付く。メグミがネルガルと契約した年俸の200倍を越えていた。
「あとは、これに合わせて艦隊のシフトも変わっているでしょうから、正直、影響に至っては想像も付きませんなぁ」
プロスペクターが楽しそうに笑う。
「ナデシコの修理に時間がかかりそうだったので、試しに三艦隊司令部に要請を出してみました。意外にすぐ通りましたね」
航空宇宙軍がナデシコへの全面的な協力体制を敷いていることを言外に匂わせて、アマノガ・ルリは地球から見た火星方面の映像と、航空宇宙軍の分析官たちのコメントを表示する。
「地球−火星間には木星蜥蜴の無人兵器群による早期哨戒網が形成されているようです。赤外反応と測距では近い方から、3群。航空宇宙軍の第一次防宙圏の外側を見張るように、約300万キロ圏で薄い哨戒網が形成されています。
この哨戒網の目的は地球圏からの内惑星系艦の出入りを見張るのが目的のようです。あとは、参考資料として、地球圏への浸透ルートを調査しているグループの存在も確認されています。月圏でときおり起こる襲撃はおおむねこのグループの侵入によるものと思われます。
次に確認されているのが、内惑星系艦による火星圏防宙艦隊です。これが、2個艦隊を確認しています。ともに数隻の大型艦を中心にヤンマ級突撃艦の駆逐戦隊を随伴させています。
これらの艦隊は地球−火星間を塞ぐ火星から約500万キロの位置に一つ。そして、もう一つが火星に先行する形で火星軌道上を遊弋しています。規模としては火星軌道上の艦隊の方が規模が小さいです」
「うわぁ、これじゃ僕の案だと敵の防宙網に直撃だね」「ウム」「そうですなぁ」「・・・」
「・・・ルリちゃん、木星の人ってあまり惑星間航行に詳しくなさそうだね」「おそらくチューリップの影響かと思われます。彼らの航宙戦術は敵拠点までチューリップを突入させ、それを基点に無人部隊を展開すると言う形式を取ってます。
ただ、これは現状、無人兵器しか投入できていないことが、戦力の柔軟配置を制約している可能性もあります」
「つまり、この先はわからない。そう言うことだね」「・・・」
ルリはユリカに答えることができず、ウィンドウを覗き込んだ。
「最後に、地球連合、航空宇宙軍作戦本部長ユッスー・マカンドル大将より電文です。
『火星に街の灯は未だ絶えず。貴艦の成功を祈る』
以上です」
ルリが読み終えた電文に、艦橋に緊張感が走った。
火星の街の明かりは絶えていない。つまり、火星には未だ生存者がはるか彼方の地球圏からでも観測できる文明生活を営んでいると言うことだった。
遙か彼方の赤い星。そこに彼らの助けを待つ人々がいる。
その事実は敵地への孤独な航海に赴く彼らの心をどれほど勇気づけることだろう。
「行きましょう!」
ユリカが艦長席で胸を張った。
「そこに、私たちの助けを待っている人たちがいるのですから」
ユリカの言葉にルリは眩しげに彼女を見上げる。ステージ最上段に立つユリカの姿がルリにはとても輝いて見えた。
2.
地球連合航空宇宙軍、内惑星系艦隊が第一次火星会戦で稼働可能な全戦闘艦を失って、はや1年が経とうとしている。
しかし、補給艦艇の大半を早期に退避させたことによって、航空宇宙軍は未だその作戦能力を維持していた。
幸いなことに、病院船や工作艦などの回収用艦艇に対する木星蜥蜴の攻撃がなかったことも、内惑星系艦隊が稼働全戦闘艦艇の壊滅という破壊的な状況下に置いて、人員の消耗を最小限に抑えることができた理由の一つである。それでもやはり、太陽から小惑星帯まで半径3.3天文単位(約5億キロメートル、27.5光分)――1天文単位は太陽から地球までの平均距離、約1億5千万キロメートル――の広大な宇宙空間を賭けて行われた戦闘は、多くの航宙勤務者の命を奪っていた。
人員の訓練、月軌道艦隊から内惑星系艦隊への人員転換は着々と進んでいる。
だが、かつて補助艦艇を含めて200隻近い正面戦闘艦を配備していた内惑星系艦隊には、未だ20隻を割る艦しか配備されていない。この遅れは、航宙船舶の生産拠点である月軌道都市群の防衛に重点が置かれてきたと言うこともあるが、次の戦場を戦うべき内惑星系艦隊自身が、新時代の航宙戦闘、将来の航宙戦のあり方に対する回答を模索しているという点にもあった。
旧来、航空宇宙軍の想定していた惑星間航宙戦とは、惑星間空間における位置エネルギーと運動エネルギーを利用した爆雷戦であった。
敵味方ともに、複数の艦船によって構成された戦隊が敵艦隊の予測進路上に濃密な結晶金属の破片をばらまく。軌道巡航速度と双方の相対速度、そして、爆雷に搭載された機関の加速と、強力な指向性爆破によって加速された破片は、戦闘艦の装甲を易々と切り裂き、竜骨すら砕く運動量を持つ。
小惑星帯軌道での小競り合いから、火星軌道での全面会戦。
小惑星帯においての主兵装となった機動兵器戦における圧倒的不利は航空宇宙軍にとっては大変な衝撃だった。
軌道速度が等しく砲戦距離に持ち込まれる場合の多いこの戦場では、内惑星系巡航艦は容易に敵の小型無人兵器に捕捉され、意に染まぬ格闘戦を強いられることとなった。
惑星間空間での軌道戦に持ち込むことによって航空宇宙軍はひとときの時間を得たが、惑星間空間という遠距離においても機動兵器の有効性を多くの血を流して証明する羽目となった航空宇宙軍は、直ちに惑星間空間における航宙戦運用を抜本的に見直す必要性に迫られた。
『現在製作可能な最強の機動兵器を製作する』
その兵器はコンセプト機エリクセンの名を持ち、E種兵装計画と総称され、多くの宇宙戦闘機、機動兵器を開発していくこととなる。
一方、航宙艦船に関しては混乱から脱することはできなかった。そして、混乱は第一次火星会戦の最終局面、火星圏防衛の失敗によって頂点に達することとなる。
第一次火星会戦において木星勢力――航空宇宙軍では未だ不明(ということにしている)の敵勢力をこう公称している――は機動兵器母艦を初めて投入した。
幾重にも投入された軌道爆雷の爆散破片を突き抜けて、航空宇宙軍の内惑星艦軌道に同調させ、正面から無人兵器群を投入する。
まるで敵前上陸作戦のような戦力展開にあっけにとられた内惑星系艦隊だったが、対応を誤ることはなかった。
敵がふつうの戦争相手であったら。
水際で、すなわち、母艦から出現時に叩いても叩いても消耗した様子もなく現れる敵艦艇。無尽蔵に思える小型無人兵器。数で圧倒することすらできず、有効な兵器を投入することもできず、なすすべなく撃沈されていく友軍艦艇。
悪夢だった。
敵前上陸と言うよりも、むしろ塹壕戦における戦車の投入と機動歩兵の展開に等しいと気付いた時には、すでに制宙圏は木星勢力の支配下に移っており、集成第一艦隊には支援艦艇の退避を援護するぐらいしかなすすべはなかった。
そして、フクベ提督の指揮のもと火星圏防衛のために残った残存艦艇は、第一次火星会戦最大の悲劇を引き起こすこととなる。
あれから、1年が過ぎた。
多くの戦死者と、少なくない自殺者を出した航空宇宙軍内惑星系艦隊司令部は、太陽系宇宙の支配権を取り戻すための一歩をようやく踏み出そうとしていた。
軍人は過去の戦いに備える、と揶揄されることがある。
航空宇宙軍の備えもまた、二度と第一次火星会戦の惨めな敗北を繰り返さないために行われたと言っても良いだろう。
ネルガル重工会長アカツキ・ナガレは航空宇宙軍内惑星系艦隊艦政本部がネルガルに内示した資料を見つめた。
「内惑星系艦隊はずいぶん攻撃的なシフトを行うつもりなんだねぇ」
アカツキの手元にある資料は内惑星系艦隊の整備計画だった。
統合艦隊整備計画。航空宇宙軍の実働戦力を構成する5つの艦隊司令部が将来の戦闘を想定した艦船をいかに構成するか、その総てがここに記載されることとなる。
内惑星系艦隊はその内、レオ、ヴァーゴ、ライブラ、スコーピアスの4個艦隊を編成するとしている。興味深いことに、その一つ、レオには仮称として「外惑星系艦隊」と記されていた。これは戦域の移動、将来における木星圏侵攻を前提とした編成だった。
「思ったより、クリムゾンのシェアが伸びていませんわね」「うちとしてはほっと一息ってとこなんだけどねぇ。まぁ、冒険を避けたんだと思うよ」「画期的な構想よりも堅実な拡張路線を取ったってことかしら」
「今は、ね」
アカツキは資料を指ではじく。会長秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンは右手で反対側の肘を抱え込んで訊ねた。
「どういうことかしら?」「おやおや、君がわからないのかい?」「ふざけないで」
ニヤニヤと笑みを浮かべたアカツキをエリナが一喝する。アカツキはデスクに資料を投げ出すと肩をすくめて見せた。
「怒ってばかりいると、美容に悪い「ギロッ!!」あ、いや、外惑星系艦隊の編成をよく見てごらんよ。なにか、気が付かないかい?」
エリナは怒るべきかどうか、少し迷ったが、すぐに思い直して資料をめくる。分厚いページから数枚めくってみた。特に不思議なところは思い浮かばなかった。他の資料と比べると、補助艦艇の整備に重点が置かれているところだろうか。正面戦力などの調達計画はほとんど未定とされている。
と、そこまで考えて、エリナは思い至った。外惑星系艦隊として配備される正面戦力のほとんどが現在すでに存在している艦艇の配置転換だった。
「外惑星系艦隊は新造艦をどうするつもりなのかねぇ」
エリナの疑問を代弁するかのようにアカツキが楽しそうに言う。
「僕はこの第四艦隊あたりが怪しいと思うんだけど」
教導、試験艦隊である第四艦隊はそのほとんどの艦艇をクリムゾンから調達していた。もちろん、その性格上、購入数は多くない。だが、調達する艦艇のほとんどが、あのエンディミオン級の派生であると言うところに、クリムゾンの商品への期待が感じられた。
「エンディミオン級の中枢艦を四隻も同時購入しようってんだから、ずいぶん力が入ってるよ」「そうね…」
エリナは第四艦隊の整備計画ピスケスを見直した。練習艦艇が一新されていた。その総てが相転移機関を搭載した内惑星系巡航艦だった。おそらくは、乗員の再訓練を重視したものなのだろう。試験艦艇もアカツキが見つけたエンディミオン級の他に、その派生艦であるアルテミス級を購入対象としていた。次期主力艦として出せる問題点をここで洗い直すつもりのようだった。
「まずいわ…」
エリナは口元に指を運ぶ。このままでは次期主力航宙艦をクリムゾンに持っていかれそうだった。
「そこでなんだけど。月面フレーム用に作ってる相転移エンジン、あれ、明日香に売り込むから」
アカツキがさらりと重要なことを決定する。
「そうね。それがいいわ」「・・・へぇ」
あっさりと頷くエリナを面白そうにアカツキが見あげた。
「あれだけ反対していた君があっさりと方針変換するなんて、何かあったのかい?」
「・・・な、なんでもないわよ! 私たちが肩入れすることで、次期航宙機はほぼドミストリに決まるわ。クリムゾンの出してきたチグリフォーンは良い機体だけど、内惑星系艦隊が必要とする性能には足りない。
だとしたら、B計画が頓挫した今、惑星圏防衛用の機動兵器としては駆逐されることが分かり切っている月面フレームにこだわるよりも、相転移エンジンの供給源としての地位を維持することが優先よ」
アカツキの揶揄するような視線に、エリナはふと月軌道L3の航空宇宙軍基地リンデンバウムで出会った男を思い出して、慌てて言葉を紡いだ。アカツキはエリナの率直すぎる反応に笑い声を堪える。その表情の意味するものを読みとってエリナは顔を背けた。
「何よ…。航空宇宙軍は航宙機母艦を『侵攻兵器』と定義づけたわ。侵攻用の兵器に必要な航宙機は中距離の航宙能力と戦闘機動の両立。
B計画で開発された格闘戦用高機動ユニットとうちの小型機用相転移エンジンをドミストリに組み込めば、追随できる機体はこの太陽系に存在しないわね」「おやおや」
アカツキは指折り数え始める。
「侵攻に必要となる中期の航宙能力は相転移エンジンでカバーできる。戦闘機動じゃピーク・マニューバはチグリフォーン二型に匹敵する。相転移エンジンの方は兵装に存分に回せる。対艦攻撃は例のフィールド・ランサー搭載誘導弾を使い、対航宙機戦ではピーク・マニューバとデフレクタ・ポイントで圧倒する。
なーんか、できすぎのような気がするんだけどねぇ」
「商人は夢を売るものよ」
ぽりぽりと頭を掻くアカツキにエリナは胸を張って言い切った。
そのあまりの言いぐさにアカツキは破顔した。
「それもそうだね。現実は軍人さんたちに血の代価を払って何とかしてもらうってことで。
じゃぁ、エリナ君、明日香インダストリーとの交渉の方、任せてもいいかな?」
「承りますわ」
エリナは冷たい笑みを浮かべ、頷いて見せた。
3.
「まもなく、敵哨戒網に突入します」
「グラビティ・ブラスト、広域発射。撃て!」
艦体を唸らせて重力波が広範囲に放射された。ぱらぱらといくつかの爆発が発生する。
「戦果確認、敵無人兵器4機の破壊を確認。次の射撃ポイントはこちらに」「はいはーい」
ホシノ・ルリが算出した軌道に目を通してハルカ・ミナトが答えた。コンソールを操作し、敵哨戒線を破る最適な射撃ポイントへナデシコを誘導する。
「はーい、いいわよぉ」「第2射、エネルギーチャージよろし」「それじゃぁ、続いていっきまーす!」
身震いするようにナデシコの巨体が唸る。
激しい闇が拡がり、再びいくつかの爆炎をあげた。
「今度は3機、近接哨戒網の2%を破壊と認定」
「ミナトさん、第3射の位置へよろしくお願いします」「メグミさん、後方、ペラルゴニウムに加速命令を」
ナデシコ艦長ミスマル・ユリカの指示に重なって、後方、アドバイザーたちが座っているシートから、アマノガ・ルリが通信士のメグミ・レイナードにウィンドウを開いて伝えた。
「はい。――こちら日本州ネルガル重工所属ND−001ナデシコより、地球連合航空宇宙軍、内惑星系艦隊所属ペラルゴニウムへ。アマノガ・ルリ大尉より加速要請がありました」
『ペラルゴニウムより、ナデシコへ。本艦了解。貴艦の航行の無事を祈る』
「後方より、航空宇宙軍所属艦ペラルゴニウム、加速を開始しました」「ルリちゃん、核パルスエンジン出力最低。ミナトさん、以後の軌道変更は―」「重力加速のみってことよね。まかせなさい」
ナデシコの回頭した後ろを通り抜けて、航空宇宙軍内惑星系巡航艦ペラルゴニウムが推進剤をまき散らしながら加速を開始した。
「艦長、いいわよぉ」「エネルギーチャージ、済んでます」「第3射、発射ぁ!」
今度は無数の爆炎が拡がった。
第1射と、2射で追い込まれたり哨戒網を再構築するために移動した無人兵器を包み込むように射線が通ったからだ。破壊された哨戒網をホシノ・ルリが再計算した。
「敵哨戒網、破壊率8%まで上昇」「よし」
ユリカは大きく頷くと、手を突き出して指示を出した。
「ナデシコ、太陽系平面を離脱。火星後方軌道より火星に向かいます!」
航空宇宙軍からの資料を見たユリカは、地球圏から火星に向かう進路を決めていた。
無人兵器の構成する哨戒網の一部を破り、地球を影に太陽系平面を北に離脱。敵の追跡を振り切り、火星後方からいったん火星軌道を外に膨らんで斜め後方から火星に接近するというものである。
もちろん、敵の哨戒網の一部を破ったからと言って、無人兵器の追跡を振り切ることができるわけではない。そもそも、哨戒網を形成する無人兵器は「許容しうる消耗」として、その損失すら前提に配置されているものなのだ。
そのため、ユリカはアマノガ・ルリを通じて航空宇宙軍に支援を要請していた。
火星への強行探査の依頼である。
ここ1、2週間の動きで、航空宇宙軍が火星に対し新たなアクションを起こしていることは、木星勢力にも知られていることだろう。そこに、今回の哨戒網の強行突破である。常識的に考えて、火星方面への軍事力増強を行うだろう。
ユリカはその木星勢力に理由を与えようとしていた。
つまり、航空宇宙軍は火星への強行探査を行うために一時的に有人艦を惑星間空間へ離脱させたのだと解釈させようと言うのだ。
だが、アマノガ・ルリはもっと冷ややかにユリカの意図を見つめていた。
きっと、ユリカさんは地球圏に木星勢力と通じているものがいることに気付いている。
その視点から見ると、この軌道や支援要請は航空宇宙軍に対するポーズですらあるのだろう。
スクリーン中央ではペラルゴニウムから分離した探査プローブが加速を開始していた。ペラルゴニウムはナデシコの軌道を隠すようにこのまま一端地球圏を離脱し、火星向けの探査プローブを2つ発射した後、地球圏に戻ることになる。ナデシコはペラルゴニウムの艦体機動と探査プローブの輻射に隠れて、陰に潜む。
「ミナトさん、太陽系平面を離脱した時点で全天走査をお願いします」「りょうかーい」
ユリカの指示に気楽に答えるミナト。
その指示にルリは表情を少し暗くした。
ユリカさんは後方の誰に対して追跡を警戒しているのだろう?
4.
ナデシコ食堂はもう灯を落としていた。
ホシノ・ルリは夜勤のための食事を買いに自動販売機コーナーへと歩いていた。
足取りは重い。
いつも意識する。ステージ上段の彼女、その視線を。
自分と同じ髪の色、自分と同じ金色の、人工の瞳の色、同じように見えて、自分より年上の彼女は・・・。
「オモイカネ、あのひと、オモイカネを直接操作していた…」
それは彼女がネルガルに買われたたった一つの存在意義だった。
たった一人の友達、そのオモイカネを横から奪われたような気分に、ルリはぞくりと背中が凍えるような気分を感じた。
何もない。無価値な自分。作られた機能すら代換がある取り替え可能な人形。そんな現実が突きつけられた気がする。
ガコン。
ルリははっと頭を上げた。行く手で音がした。そして、自動販売機の取り出し口から商品を取り出し、プラスチックのふたが閉まる音がする。
ぼうっと暗い通路にあたりを奇妙な白さで照らし出す自動販売機の正面に一人の女性が立っていた。銀色に輝く長い髪が自動販売機の蛍光灯に輝いて奇妙に青白く照らし出されている。
呆然と見つめるルリの視線の先で、女性は生気を失った幽霊のように機械的に自動販売機のボタンを押していた。いくつものハンバーガーの包みを抱え、ドリンクを取り出す。
彼女はちらりとルリに視線を投げると、どうぞとばかりに場所を譲った。少女に関心なさそうな様子で格納庫の方に歩く。その背中、折れそうに細い華奢な背中に、ルリは今まで感じたことのない漠然とした不安を感じていた。
それは、少女が初めて感じた自分の未来への不安なのかもしれない。
彼らが知らない運命に向けて
今、船が行く
そこには罪がある
後ろめたい現実がある
見つめたくない後悔がある
それまでの、ひとときの空白に
少しの間、身を委ねたい
あとがき
・・・あれ? 航宙戦、どこ? ねぇ、航宙戦、どこぉ?
はい。突っ込まれる前に自分で突っ込んでます。今回はようやく地球圏脱出です。
空き巣にDVDを根こそぎ盗まれてしまったので、もう一度ナデシコのDVDを買ってきて見ながら書いてたのですが、やっぱり、いくら敵の攻撃に損害が出てないからって、敵の追尾を許してちゃ駄目でしょう。何となく、ユリカの美化がTV比120%ぐらいな気がしますが、天然に切れる艦長として描写しています。
次は、アキト・パート。派手な展開って、いつ書けるんだろう(鬱)。
Σ (゚Д゚;)、漏れには無理なのか!!