Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第五話 Aパート

 『索敵の「航宙日誌」』


1.

 後方トロヤ(トロイヤ)群は木星軌道の重力均衡点L5に位置している。
 木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体はこの鉱物資源に富んだ小惑星帯に、資源採掘のための無人基地を3カ所設置している。
 採掘作業にあたっているのは虫型作業機械たちだ。

 多脚機械。
 それは、低重力環境下で作業を行う際の接地圧を少しでも得るために、多脚によって相互に圧力を掛け合い、安定した作業空間を維持するための古くからあるアイデアだ。悪路走行には無限軌道(キャタピラー)がもてはやされるが、それはあくまでも地球のような自重で前進するための最低限な接地圧を稼ぐことができる環境での話である。
 小惑星などの0Gに近い重力環境では確実に足場を固定できること。それが何より重要だった。作業用アームと固定用の4軸の脚を持つ多脚機械が木星で主軸になった理由はそういうことである。
 やがて『プラント』の発見とともに充分なエネルギーを手に入れた木連では居住空間の1G重力制御がなされたが、低重力環境での作業が機械に任されるに従って、よりいっそう多脚機械の重要性が膨れあがっていくことになる。
 そして、地球軍との開戦が決定的になった時、運用が完成されたこれら作業用の多脚機械が順次軍用に改修されていったのは当然のことだった。
 物資運搬用のキャリアを取り払いウェポンポッドへ。
 1G環境下で機動性を維持するためにエア・スラスターを搭載し、小型の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)発生装置を取り付ける。
 拳銃弾程度で誘爆しない程度の装甲を取り付け、作業用機械は虫型兵器へと生まれ変わる。
 虫型機械の小型の相転移エンジンや突撃艦、大型戦艦などの基本的な工場設備は『プラント』によって供給されている。
 だが、『プラント』の生産力はまず第一に木連という社会を維持するために消費されており、戦争を決意したからと言って現在回転している社会というジャガーノートを無理矢理その方向にねじ曲げることはできない。
 『プラント』に存在する余剰ラインを転用し、軍用の装備を生産する。現在社会を支えている多脚機械たちの数パーセントを軍務に転用し、燃料、武器、弾薬と言った資材のストックを管理、運搬する。
 保管場所を維持し、生産された時期を管理し、可能な限りデッド・ストックが発生しないよう調整するには、多くの人手による生産調整を必要としていた。
 軍事は大量の資材を消尽する。
 生産の主軸が『プラント』である木連社会でも、戦争の影響は社会に大きく影響している。
 大量の無人機械という奴隷階級によって支えられた自由人たちの社会。
 その運用にはまず無人機械の消耗品を補充するという作業が優先される。
 木連の経済活動は、『プラント』を頂点とする無人機械の生存サイクルに木連の人々が寄生していると言えるのかもしれない。



 ササハラ・イオリは岩塊の片隅に目立たないよう設置されたセンサに近づくと、端末を接続して蓄えてきたデータを受け取る。
 彼女の担当箇所は7カ所。ここが最後だった。
「私が軍人ねぇ・・・」
 ため息をつく。そう。今のイオリは火星植民都市連合軍戦略宙軍(マーシャン・リンク・ストラテジック・スペーシー)少尉だった。
「いおちゃん、こっち終わったよぉ」「はいはい。こっちもおしまい。退避地点へ行くわ」「あい、少尉殿♪」「もう!」
 ちゃかすようなリーホゥの言葉に頬を膨らませて、イオリは軟式宇宙服(ソフト・スーツ)のポーチから蒼いクリスタル状の物質を取り出した。
 念には念を入れて、と木星蜥蜴の無人機械から観測されないことを計算された岩塊の影に敷設されたワイヤーを手繰りながら急ぐ。彼女の来ている軟式宇宙服(ソフト・スーツ)はグレーの布で包まれ、胸に付けている国籍識別章『鈍色の大地』の階級章以外に目立つものはない。光子一つ一つを識別する電子の目を持ってしても、この小惑星群の中で彼女を識別するのは困難だろう。
 イオリが退避地点に到着するとすでにそこには彼女と同じ宇宙服を着ている人影が身を隠すようにしゃがんでいた。少しでも、露出する可能性を少なくする。それは、ユートピア・コロニーからヘラス・シティに向かう過酷な逃避行の内に自然と身に付いた習慣だった。
 イオリの姿を見て彼女が立ち上がる。
「ナビゲートは?」「私がする」
 イオリは短く答えるとリーホゥと手をつないだ。右手にチューリップ・クリスタルを持つ。
「じゃ、行くわよ」「うん」
 チューリップ・クリスタルが活性化を開始し、ジャンプ・フィールドが発生する。
 その光は次第に広がり、二人を覆い尽くした。
 イオリは目の奥にきらきらと輝くナノマシンの発光現象を感じて呟いた。
「ジャンプ」
 ボソンの光が拡散し、二人の姿は発生した暗黒に吸い込まれるように飛び込んで、消えた。





2.

 つい先日まで過剰な設備として操業を休止していたクリムゾン・メルボルン造船所は再び往年の活気を取り戻していた。
 その中心となるのは、二つのドック。
 中型の航宙船を建造する200メートル級の造船ドックだった。
「どうかしら?」
 いつもと違い、柔らかなベージュ色のセーターに白のスカート。白いボンボンの付いた赤のコートを着た少女が、柔らかな金色の髪を揺らして振り向いた。
 明るく照らし出されるドックは深く掘りえぐられ、竜骨(キール)が仮組みされている状態だった。三叉の竜骨(キール)は配置が特殊であるため、強い圧力でたがを嵌めておかなければならない。復元性の高い高硬度鋼を削りだした竜骨(キール)は、船がいずれ引き出すであろう力、その緊張感を充分に伝えていた。
「見事なものだ」「そうだな」
「あらあら、せっかく綺麗なお嬢さんが手ずから紹介してくれているのに、素っ気ない答えね」
 少女、アクア・クリムゾンが振り返った先にいた車椅子に乗った黒ずくめの男が素っ気なく頷く。同意した車椅子を押すポニーテールの少女とその男の評価に、二人のさらに後ろからついてくる金髪を結い上げた女性、年齢は二十代後半だろうか、が肩をすくめてみせる。
「構いませんわ、ドクター。皆さんはもうご存じですものね。うふふふふ・・・」
 アクアは口元に手を当てて穏やかに笑う。ドクターと呼ばれた女性は右手でそっと目元を隠す細いサングラスの位置を直した。X星人御用達のサングラスは彼女のお気に入りだった。
「いや、素直に褒めている。設計図を受け取ってわずか一ヶ月足らずで、ここまで作業を進めるとはな」
 車椅子に座るテンカワ・アキトはゆっくりと首を振った。
 設計図を受け取ったからと言って、おいそれと宇宙船ができるものではない。設計図はあくまでも完成品のデータが載っているだけでしかない。
 要求された強度、必要な特性に合わせて材質を選び、指定されたサイズの結晶金属を精錬し、削りあげる。
 竜骨(キール)として要求される鋼材は、全長80メートルを超える巨大な単結晶金属だ。いくら、クリムゾンの軍需産業が左前だといえ、これだけの鋼材を要求された翌日に精錬できるわけではない。
「でも、実はこれ、まだ竜骨の強度実験ですの」
 アクアがいたずらっぽくちろりと舌を出した。
「本当の船は、別のドックで足場を組んでいるところですわ」
「そして、廃棄処分するダミー用に利用すると言うことか」「うふふふふ」
 続くアキトの言葉にアクアは微笑んだ。
 楽しい。
 アクアは純粋に思う。打てば響くこの反応。互いに互いの2手3手先を読み、相手の意図と思惑を探るように目を交わしあう。それはまるで愛を語らう恋人たちのようではないか。
 たとえその唇で交わしあう言葉が血と怨恨を量産するためのものであっても、この高揚感は例えようもなく甘美だった。
「さ、皆さんのお待ちの品は、隣ですわ」
 アクアは先頭に立って歩みゆく。
 ドックとドックの間を繋ぐ回廊を通り抜け、IDカードを差し込み網膜と指紋による照合を行って、警備システムを通り抜けた。
「集めるのけっこう苦労したんですのよ。
 さぁ、ご確認くださいな」
 最後の扉を開いた先。
 大型専用ドックには2隻の輸送艦が停泊していた。
 アクアはウィンドウを開く。
「航宙戦用機動爆雷40基に通常爆雷120基。宇宙戦争でも始めるつもりですの?」
 7万トン級高加速輸送艦に搭載されている物資の大半は、航宙戦のための資材だった。本来は航空宇宙軍に納品されるべきものだが、不良品などの粗悪品率を上げて各地の工場から集めてきている。さすがのクリムゾンにとっても危険な操作だった。
 伺うように流し目をくれる。
「そろそろ、戦場を変えてもいい。そう言うことだ」「まぁ、怖いお話」
 アキトの言葉に思ってもいないことを答えて、口元に笑みを浮かべる。
「でも、どうやって?」
 挑発するような響きに、しかし、アキトは構わなかった。
「ドクター、始めるぞ」「せっかちさんねぇ」「やれやれ」
 ずっしりと重いケースからドクターとこよみが蒼い結晶を取り出すと、ドックに停泊中の輸送艦の周辺に適当にばらまき始めた。
「これはチューリップと同じものですわね」「ああ。そうだ」
 興味津々にアクアが訊ねる。アキトはアクアの白くほっそりとした指先につまみ上げられた蒼く透き通った結晶を見つめる。そう、このクリスタルこそが今に続く長い旅の始まりだったのだと想う。
「このチューリップ・クリスタルはボソン・ジャンプのためのジャンプ・フィールドを発生させる触媒になる。発生したジャンプ・フィールド内の情報が先行波として転送され、実体化する。
 これがボソン・ジャンプの過程だ」「・・・」
 アクアはアキトの言葉に手の中のCCを玩びながら、アキトの見つめている先を、ドックを振り向いた。ドクターと呼ばれた女性と、あのこよみと名乗った少女は黙々とドックの中に、あの2隻の輸送艦を包むようにCCをばらまいていた。
 それは、つまり・・・。
「まさか、輸送艦、戦隊規模のボソン・ジャンプ!」「フッ」
 思わず声を上げる。隣の男の不敵な嗤いに確信した。
 確かにこの方法ならば、戦域を変更することができる。常勝不敗、その本質は局所的な戦力圧倒を実現することにほかならない。ボソン・ジャンプによって自在に戦力を転用し局所的な優位を保持する。
 いや、それどころではない。
 ボソン・ジャンプによる戦略配置の変更も可能となる。
 双方がボソン・ジャンプを駆使して戦う場合、固定している拠点は双方の初撃で消滅する。あとは可動配置していた戦力によって双方の残存拠点を潰し合う。かつて、核が地球を二分して対峙していた時代が、相互破壊(MAD)による冷戦の時代が再び到来するのだ。
 アクアは気付く。もしも、そこまで彼らが予期していたのだったら――いいえ、予期していたに違いない――、こうしてクリムゾンと手を組むことも、その相互破壊(MAD)の戦略に沿ったものなのだ。
 もしも、ボソン・ジャンプによって火星軍が木連軍を攻撃していると知れば、木連軍は後方の生産施設への破壊を行う以外に火星軍の戦略攻撃を止める方法はない。火星軍はおそらく継戦能力を維持するために策源地を複数に分散している。そこへ運ばれる軍需物資、当然、人的資源も含まれる、の供給源を破壊するしか、火星軍の攻撃を止めるしかないのだ。
 しかし、その生産拠点が木連にとっても友好的な相手であれば?
 火星軍に物資を供給しているのがネルガル重工であれば、木連軍は都市破壊を含むいかなる手段を取ってしても攻撃を行うだろう。
 だが、クリムゾンではどうか。木連にとって地球連合との交渉の窓口であり、食料や軍需物資の調達窓口となっているクリムゾンに対して戦略攻撃を行うことは、自ら地球連合との交渉の窓口を捨て、徹底抗戦の道を選択することに他ならない。政治的な良識は、この選択を躊躇うこととなろう。
 そこまで考えて、アクアは軽く頭を振った。
 戦争は知性という凶器が暴走する場所だ。
 木連はやるだろう。
 彼らはすでに火星に対して戦略攻撃を行ってしまった。それは、対価として戦略攻撃を受けると言うことだ。火星軍が木連に対して戦略攻撃を行った場合、人的資源の少ない木連は絶滅を怖れて凶器を手にするに違いないとアクアは確信できた。
 そのとき、それまでの友好関係など何になろう。むしろ、潔癖性の彼らからすれば、地球を裏切って内通する卑劣漢を粛正する良い機会となる。
 自らの血まみれの手に目を向けず、足下に転がる死体の山を見ずに空を向いて正義を語る。言葉はむなしく宙にかき消えても、正視しなければ自らは汚れていないと語る臆病者たちだ。その臆病さゆえに穢れを外に求めるだろう。クリムゾンの利益を考えるならば、火星軍がボソン・ジャンプを活用しているという事実を木連に伝えることはできない。
 クリムゾンは火星軍に嵌められたのだ。
「ふふふ・・・」
 だが、アクアは自然と笑みが漏れることを止められなかった。
 心地よい。初めてではないだろうか。こんな敗北感を感じるのは。
 世界に()いていた。
 世界の全てが自分の知性の示す現象にたゆたっていた。
 そう信じていた。
 だが、どうだ。現実にはそんなのはしょせん小娘の幻想だったのだ。ここには同胞の血と肉を犠牲にしてアクアの上を行く人々がいる。必死に足掻いて彼女を打ちのめす人々がいるのだ。
 アクアの心の奥底から震えるように高揚感が湧き上がる。
 こうでなければ。世界が私のような小娘の足下に這い蹲るにはまだ早すぎる。場合によっては私を完膚無きまでに打ち砕きローラーのように踏みつぶしていく。そんな人生でなければ、私には物足りない。
 狂っているのだと、理性は告げる。自己破壊と妄想と自己実現という、世界か自分かを求める安っぽい革命家たちの哲学に浸っているのだと、知性が語る。けれども、私はずっと待ちこがれてきたのだ。
 ワタシトイウソウチガセカイニドコマデニクハクデキルノカ。
 アクアは唇に指を当て、優雅に車椅子の男に振り返った。艶を帯びた女の瞳で男に婉然たる笑みを送る。
「わたくしも火星に行きたいですわ。連れて行っていただけます?」
「・・・いずれな」
 アキトは小首をかしげていた目の前の白鳥のような少女が、突然くすくすと笑みを浮かべたことに昔の嫌な記憶を思い出した。内心退きながらも、それを態度に出すことなく答える。
「だが今は、一大スペクタクルを間近で観賞することで我慢してもらおう」
 一通り巻き終わったのか、二つの人影が帰ってくる。
 アクアはこくりと頷いた。
「見せてもらいますわ。そう、始まりを」「・・・」
 告げてアクアは背を向けた。
 ボソン・ジャンプに巻き込まれないようドック横の重機制御室へと移る。
 そこにはパーカーを初めとしたアクアの部下たちがこれから始まる一大イベントを観測するために、ずっと待機していた。
「どうかしら?」「ハッ。彼らの個人データの照会はすでに行っております。女性の方はイネス・フレサンジュ博士。ネルガル火星で働く研究者ですな。残りの二人に関しては、いくつかダミーを経由して調査を行わせております」
「そう」
 アクアは満足そうに微笑む。
「どんな結果になるか、楽しみ。
 それから、これから起こることに関して、パーカー、箝口令を敷いてちょうだい。ことはクリムゾン・グループの存亡にも係わるから、お爺様にも、ひ・み・つ、よ」「はい。心します」
 アクアの全てを見透かすかのように透き通った瞳がパーカーを睥睨する。パーカーは胸に手を当てると深くお辞儀をしてアクアの意向に添うことを誓った。
「ふふ、そろそろ始まるようですわね」
 アクアが制御室とドックを隔てる厚いガラスにそっと華奢な手を当てた。その視線の先では、ドックの端にいる車椅子の男から広がった青白い光が2隻の輸送艦を包み込む。
「これが、ジャンプ・フィールド・・・」
 アクアはうっとりとした目で見つめる。
 木連軍が巨大なチューリップを打ち込んでやっと行う戦艦規模のボソン・ジャンプを、彼らはたった3人で今行おうとしていた。
「ボソン粒子反応増大」
 観測員の言葉とともに、ドックの上層に暗い闇が生まれた。それはチューリップから木連軍の無人兵器が現れている様と同じだった。
 でも、大きな違いは・・・。
 アクアはドックの端に目を凝らす。彼らの姿がきらきらと輝いているように見えた。直感的に、これが生体ボソンジャンプの鍵になる、そうアクアには感じられた。
「重力子増大! ボソン・ジャンプ発生します!」
「!!」
 観測員の言葉とともに、吸い込まれるように2隻の輸送艦と人影が闇に消えた。
 アクアはふと周囲が真っ暗になったような気がして目を閉じた。
 再び目を見開いた先には、煌々と照らし出された空虚な空間が広がっている。
「ふぅ・・・」
 アクアは大きく息をつくと、自分が呼吸を止めてまで今の光景に見入っていたことに気がついて、手近な椅子に腰を下ろした。パーカーがすぐさま温かなミルクティを差し出した。
「パーカー?」「はい、何でございましょう」
 ティーカップを持つ手が震えている。
 パーカーは見なかったように主の言葉を待った。
「わたくし、今、とっても楽しいわ」
 かすかに帯びた興奮に不屈の意志を感じ、パーカーは改めて彼の女主人に深い敬意を感じた。
「それはとてもようございましたな」「ええ・・・」
 アクアは一口紅茶を口に含むと、緊張に渇いていたのどを潤した。
「ええ、とっても」
 夢見るように、がらんとしたドックを、アクアは厭きることなく見つめ続けた。





3.

 市民船きさらぎ。
 木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体において月読級(ツクヨミ・クラス)と称される標準型移民船の一つである。一隻で約20万人の生活基盤を保持している。
 白鳥家はきさらぎの17層ある市街区の中程、12層に位置していた。
 木連軍特別宇宙優人戦闘団に所属する白鳥九十九中佐は、久しぶりの休暇を家族と過ごすために戦闘団の根拠地となっている木星第十三衛星アナンケから帰ってきていた。
 町内のご近所さんの挨拶に一つ一つ応えて九十九は家の前に立つ。表札には「白鳥」とかかっていた。
「ユキナ、いま、帰ったぞ!」
 ガラリと音を立てて、ガラス戸の玄関を横に開く。
「お兄ちゃん、お帰りー」「おう、九十九、遅かったな」
「ああ」
 九十九は奥からの声に応えると、玄関で靴を脱いだ。
 ふすまを開けて居間に入ると、黒い長髪の男性が丸いちゃぶ台についてお茶を飲んでいた。その男、月臣元一朗は左腕で傍らの一升瓶を九十九に掲げるとちゃぶ台の上に置いた。九十九の顔が綻ぶ。
「秋山さんも後から押っつけ駆けつけるそうだ。いろいろと忙しいからな」
 九十九の言葉に月臣も訳知り顔で笑みを漏らす。
「そうだな。では、まずは一献、行くか?」「ああ」
 きゅぽんと音を立てて一升瓶の栓が抜かれた。互いの杯に酒を注ぎ、それを片手に腕を組む。

「愛と勇気と熱血と!」「夢が明日を呼んでいる!」

 声が唱和する。
「「烈、激我印(レッツ・ゲキガイン)!!」」

 そのまま、ぐいっと杯を飲み干した。
 その様子を背に台所でつまみを作っていた白鳥ユキナは呟いた。
「いい歳してアニメなんて馬鹿みたい」
 これさえなければいい兄なのに。ユキナは心の中でため息をつくと、良い感じに焼き上がった魚の開きをお皿に載せて居間へと運んでいった。



「しかし、九十九。ようやくここまできたな」「ああ」
 月臣の言葉に九十九は綻びそうになる表情をぐっと引き締め酒をあおった。
「だが、まだまだこれは初めの一歩だ。俺たちの戦いはまだまだ続く」「フッ」
 二人は分かり合ったかのように笑みを漏らした。そこに、お盆を抱えたユキナが首をかしげる。
「ねぇねぇ、なにか良いことあったの? 二人とも今日は上機嫌ね」
「うむ」「ああ」
 異口同音に頷く。ユキナの表情がきらめいた。
「なになに、どうしたの?」
「ユキナ、軍機だ」「ぶぅー、ねぇ、元一朗?」「俺の口から言うわけにはいかん」
 迫るユキナをかわそうと、二人は首を振った。
「あっはっは、まぁ、そう堅いことを言わなくても良いだろう」「「「秋山(さん)!」」」
 豪快な笑みを浮かべながらがっしりとした体格の好男児が左手に一升瓶を、右手にいくつかのみあげを持って入ってきた。みあげをユキナに差し出すと、秋山源八郎はこれまた左腕の一升瓶を置いてみせる。
「ユキナちゃん、これはまだ公表できない話なんだがな。ユキナちゃんを見込んで、話すんだぞ」「(ごくり)」
 ユキナは頷く。
「火星の地球人たちが我々に降伏を申し出てきているらしい。これが成立すれば、憎っくき地球人に対する最初の大きな勝利となるだろう」「えぇええええええ!!」
「こら、ユキナ!」「(こくこく)」
 九十九の叱責にユキナは慌てて口を両手で押さえて頷いた。その姿に源八郎は目を細めた。
「だが、勝って兜の緒を締めよと言う。ぬか喜びはしてられん」「うむ」「ああ」
「とか何とか言って、元一朗、口元が緩んでるわよ」「なに!」
 ユキナのつっこみに月臣は慌てて口元を引き締めた。
「フフフ・・・、今頃は草壁閣下も喜んでおられるのだろうな」
 九十九は敬愛する上官を思い、笑みとともに杯に口を付けた。

 重苦しい沈黙が支配する。
 木連軍、いや、木連全体に動員令が公布されてからは、事実上木連という社会の最高権力者となった草壁春樹中将は相手の真意を測りかねるように眉をひそめた。
「それは・・・どういう意味かね?」
 ボソン通信機越しの相手に問いかける。交渉の相手は火星植民都市連合の代表者ヤシマ・マゴロクという人物だった。ヤシマは何事でもないかのように答えた。
『わかりませんか? それでは、もう一度読み上げましょう。
 一つ、木連の攻撃によって破壊された火星の生活施設、及び民間資産への賠償。
 一つ、戦略攻撃、及び、無人兵器による市民の虐殺に関連した軍人の戦争裁判。
 一つ、戦争責任者である木連の政治指導者への裁判。
 一つ、木連の即時停戦、及び、武装解除と、軍事力の解体。
 一つ、今回の戦争の引き金となったプラントの接収。
 以上ですが、なにか誤解を与えるような項目がありましたか?』
「なにを馬鹿なことを! 貴様たちは自分たちの立場をわきまえているのか!!」
 木連側出席者たちもようやく状況を理解したのだろう。一人の発言を皮切りに、口々にヤシマを非難する声を上げる。
「話にならん! 貴様たちは自分たちが置かれている立場を理解していないのかっ!! 我々がその気になれば、すぐにでも火星ごとき吹き飛ばしてしまえるのだぞ!」「そうだ! いくらクリムゾンの仲介とは言え、このような降伏勧告など受け入れるわけがないだろう。どちらが勝っていると思うのだ!!」「そうだ!」「全く、馬鹿馬鹿しい」「・・・」「・・・」
『宣戦布告。そう捉えていただいても構いませんよ』
 事前に話を聞いていなかったのだろう。通信機の向こう側では仲介役として同席しているクリムゾン・グループの担当者が目をむきだして、ヤシマを見つめていた。





4.

 生まれたばかりで未だどこにも承認されていない火星植民都市連合は、その行政首都をヘラス・シティに定めた。
 すでに火星で行政単位を維持できている、ましてや、軍事能力を保持している都市は赤道の巨大都市マリネリス(シティ)と、ネルガルの強力な後押しで過剰なほどの警備隊を保持していた北極冠シティ、そして、主攻撃目標でなかったことからお目こぼしを受けていた南半球のヘラス(シティ)とその近隣のいくつかの都市だけである。
 かつての3大植民都市と呼ばれたユートピア・コロニー、シリア・コロニー、マリネリス(シティ)の内、二つはもうない。
 その周辺都市も含めて200万人近い人口が、消えた都市と運命をともにしていた。
 戦線は北極冠シティを包囲する北方戦線と、マリネリス(シティ)防衛をかけた赤道戦線。宙対地攻撃を阻むべく極低位軌道の制宙権を賭けた亜宇宙航宙撃滅戦に収束している。火星の生産、戦略拠点として唯一、敵の攻撃正面にさらされていないヘラス(シティ)に首都が置かれたのは必然といえるだろう。
 エマニュエル・ガドナスは執務室から見える海にため息をついて椅子に深く腰掛けた。
「始まりましたね」「ええ」
 執務室のデスクの傍らにある椅子に腰掛けた少女が頷いた。ポニーテイルの黒髪が少女の動きに合わせて揺れる。ガドナスは少女の方を見もせずに呟いた。
「この宣戦布告で、また多くの人が死ぬのでしょうね。敵も、味方も」
「その通りです」
 少女は高すぎる椅子に足をぶらつかせて答える。
「おそらく、木連は今回の宣戦布告に対応して大規模な軍事行動に移ります。
 短期的な戦果で国論の意思統一を図るなら北極冠シティの壊滅を、中長期の優位を謀るなら火星亜宇宙圏の制宙圏の掌握を試みるでしょう。
 木連の政治体制から鑑みて、彼らは常に勝利を必要とします。
 戦略作戦局本部の見込みでは、マリネリスか北極冠シティ。私は十中八九、北極冠シティだと読みます」
「・・・」
 少女、航空宇宙軍中枢ネットワークの端末であるこよみの言葉が冷たく響く。
「北極冠シティにはこの攻勢を支えることはできません。これまでの戦いですでに疲弊しきっていますから。戦闘期間は2週間弱。総人口21万8100人の全てが絶望的です」
「そして、我々は木連への戦略攻撃という政治的オプションを手に入れるわけですか」「高価なオプションですが」「・・・」
 ガドナスは口ごもった。その苦渋の表情にこよみは冷たく言葉を加えた。
「北極冠シティは助かりません。むしろ今までよく保ったといえるでしょう。ネルガルはよほどの警備隊を配備していたようです。優秀な連中です」
 こよみは過去形で語る。北極冠シティの陥落は彼女にとって決定事項であることを示していた。
「私が‥‥‥見捨てたのですね」「・・・」
 ガドナスの言葉にこよみが片眉を上げる。
「北極冠シティは陥落します。それは我々にはどうしようもないことです。そして、生き残る我々はその屍の山の最後の一片までもしゃぶり尽くし、利用し尽くす義務があります。
 なにを躊躇(ためら)うのです?」
「・・・本当にそうですか?」「??」
 ガドナスが沈鬱そうな表情でこよみを見た。
「もしも、我々が木連を挑発することなく全面降伏を申し出ていれば、彼らを見捨てずに済んだのではありませんか?」
「残念ですが。彼らの目的は火星にある『遺跡』。それを手に入れるには、木連にとって我々の存在は目障りです。
 そもそも、我々植民都市連合が降伏したら、植民都市連合に参加していない北極冠シティは単独で戦う羽目になります。2週間どころか、三日ももちません。
 我々が北極冠シティにしてやれることは、せめて攻勢に出て北極冠シティへの敵の圧力を緩和してやること。それぐらいです」「では、2週間というのは」「我々が攻勢に出て、ようやくそれぐらいは保つだろうと言うことです」
 憮然とした表情でこよみが答えた。ぽっちゃりと柔らかい頬が膨れて見える。
「しかし、攻勢に出てそれだけですか。・・・だとしたら、それだけの価値が、ありますか?」
「今回の攻勢で、亜宇宙圏の制宙圏をイーブンに持っていきたいのです。輸送艦や航宙艦を運用するために、ダイモスに宇宙港を建設しておきたい」「ああ、そういうことですか」
 ガドナスは先日入手した2隻の高速輸送艦を思い浮かべた。
 軍用の高加速艦とは言え、所詮は輸送船である。惑星重力下に輸送船を保管すると言うことは船殻への負担が大きくなってしまう。早急に無重力状態のドックや宇宙港が必要だった。
 ガドナスはほっと息をついた。陥落することが未来において決定している都市を援護するために無駄に命を散らせるわけではない。そのことにガドナスは安堵していた。
「こよみさん、私はたぶん嬉しいんです」「・・・」
 ガドナスが言葉を紡ぐ。過酷な重責を負いながらも、吹っ切れたような静かな表情で。
「安全な場所で、私から妻や子供たちを奪い、何も知らずに当たり前の生活を続けている木連の人たちが憎い。見ず知らずの同胞20万人の犠牲が出ることよりも、私は彼らに報復が行えることが何より嬉しい。
 もうお前たちの故郷は安全じゃない。いつ核の劫火に焼かれるともしれない。
 そんな夜も眠れなくなるような恐怖の渦に彼らを突き落とすかと思うと、ははは、嬉しいんですよ。その命令をするのがこの私だと言うことが、ほんとになによりも嬉しいんです」
「・・・そうですか」
 こよみは乾いた笑い声を上げるガドナスの姿を一瞥する。
「こんな私が報復命令を出すことは、たぶん間違っているのでしょうね」
 穏やかな表情で虚ろな言葉を吐き出す。その額には長きに渡る苦悩と苦渋が深く刻まれているようだった。
「私がこういうことを言うのは筋違いなのだろうが、別に構わないと思うぞ」
 こよみが肩をすくめてざっくばらんに答えた。
「むしろ、正義のために人殺しをする輩よりよほど好ましい。奪われたもののために、失われてしまったもののために。そう想う心を馬鹿にする気にはならないな。
 まぁ、個人の動機が何であれ、それが私にとって役に立つならなんでもいい」
 顔を背けて答えるこよみに、ガドナスは小さく頷いた。そして、苦笑する。
「そうですね。しかし、こよみさんにそこまで言われるほど正義というのは厄介ですか」
「まぁな。人を一番殺した学問はなにか知っているか?」
 突然の問いかけにガドナスは首をひねって答えた。
「ええっと、物理学でしょうか」「惜しいな。答えは哲学さ」「え?」
「思想のために、理想のために、そして、それを実現する正義のために。
 哲学は容赦なく人を殺す。敵も味方も関係なく…」
 こよみは皮肉な笑みを浮かべた。
「私はなにより俗物でありたい。つくづく、そう思うよ」



 死を量産する
 人の意思で、死に逝くものと生き残るものを選別する
 それが罪と傲慢と呼ばれようと
 こうして石を積むように
 屍の山を積み続ける





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 あとがき

 難しいことはよくわからないので、置いておいて(苦笑)。
 えーっと、ここんところ、半年ほどアップアップだったので、頂いた感想のお返事遅れています。時間を見つけては気合いを入れてお返事書いてますので、お待ちください。
 次はルリ・パートで航宙戦です。であであ。