Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第四話 Fパート
『大漁宇宙で「ときめき」?』
1.
『こちらは月軌道L4宙域管制局。GSO−LOL4−07、どうぞ』
月軌道L4宙域の航宙管制をしている管制官は接近しつつある静止衛星軌道−月軌道L4定期船団07に呼びかけた。
船団の最終減速点が迫っていた。このまま減速せずにいると、船団はL4宙域を通り過ぎてしまう。
管制官は船団が遷移するべき軌道を計算すると、再度船団に呼びかけた。
『こちら、月軌道L4宙域管制局。GSO−LOL4−07、どうぞ』
返答はない。
管制官は嫌な気配を感じていた。
不安、予感。管制官は躊躇うようにもう一度呼びかける。
『こちら、月軌道L4宙域管制局。GSO−LOL4−07、応答どうぞ』
リアルタイムで表示される宙域管制図を睨む。
船団は宙域通過速度をわずかに越える速度でL4宙域を通り抜ける軌道を取っていた。危険な軌道だった。
管制官は躊躇いを振りきると、宙域管制図からランデブー可能な警備船を探した。2隻ほど、小型の高加速船が見つかる。だが、管制官はもう一隻、航空宇宙軍の内惑星系巡航艦が遊弋しているのに目がとまった。軌道は地球の低位軌道へ向かうものだ。邂逅するとしてもほんの数舜になるだろう。
しかし、管制官は何かに導かれるようにその巡航艦に呼びかけた。
『こちらは月軌道L4宙域管制局。航空宇宙軍月軌道艦隊所属、内惑星巡航艦ゼラニウム。応答よろしくお願いします』
『ゼラニウムより、宙域管制官へ。感度よし。どうぞ』
管制官は緊張に唇を湿らせて告げた。
『GSO−LOL4−07船団に状況06進行の疑いあり。邂逅を要請します』
『・・・ゼラニウム、艦長のマクシーン大佐だ。状況を知らせ』
艦尾で綺麗なスパイラルを描いて内惑星巡航艦ゼラニウムは回頭した。
状況06、木星蜥蜴による船団制圧、の可能性がある以上、船団の進行を放置するわけにはいかない。
ゼラニウムは小刻みに加速しながら、地球月軌道平面から南に離脱する。経済航路と言うこともあって、地球・月軌道の平面上には多数の船舶、ダストが存在している。そう言った探知可能な存在が視線上にある場合、手前の標的が後方の存在によってかき消されてしまう可能性が高い。
そのため、航空宇宙軍では視線後方に探知の障害物が発生しないよう、星系面から離脱しクリアな背景から標的を探査することを推奨していた。
GSO−LOL4−07船団の軌道要素は、地球静止軌道から加速しながらゆっくりとL4軌道に追いつかれる航路を取っている。低位軌道に遷移しようとしていたゼラニウムにとっては船団左舷後方、下方約8度から船団後方手前、およそ700キロで交差し、以後、船団を迂回するように追いつく軌道を取ることになる。
邂逅時の相対速度は秒速300km強。
ゼラニウムは正規内惑星巡航艦として4基の爆雷と2基の機動爆雷、60mmX線レーザー一門と2門の近接戦闘用10mmレールガンを装備している。近距離といっても惑星間空間に対してのことであり、実際の砲戦距離は2000キロ近い。
だが、彼らはわかっていた。この状況ではゼラニウムに戦闘を行う能力はない。
船団は依然進行しつづけている。周辺に木星蜥蜴の船舶が存在しているようなエコーはない。船団が木星蜥蜴に制圧されていると想定すると、敵はバッタやジョロなどの小型機動兵器と言うことになる。
ゼラニウムの主兵装である雷装はおおよそ100平方メートルに1発の結晶金属の爆散破片をばら撒く確率兵器である。密集状態を形成している船団にこの兵器を使用しても、船団を破壊してしまうばかりで、バッタやジョロなどといった小型兵器は小さすぎて効果を発揮できない。かといって、軸線砲のレーザーやレールガンで狙うには、的が小さく近すぎた。
内惑星仕様の正規巡航艦は対艦兵装が主であるため、遠距離での射撃管制システムが重視される。数千から数百万キロ先の標的を攻撃するシステムでは、同航する数百メートル先の小型機動兵器を狙うことは不可能だった。
本来ならば、この隙間を埋める兵器が航宙戦闘機であり、機動兵器なのだろう。
ゼラニウムも爆雷の搭載量を減らし、開いたスペースを艦載機用に改修することになっていた。しかし、ここで問題が発生していた。
艦載機としてどの機体を採用するべきか。
重力波ビームで運用されるエステバリスか、現在開発中のドミストリにするか、という問題であった。
エステバリスは小型で複数の機体を搭載することが可能だ。護衛戦力としても申し分なく、実戦証明済みでもある。ドミストリ一機を搭載するスペースで2機のエステバリスが運用可能となる。だが、エステバリスを運用するためには重力波ビームの発信器とエステバリスへの照準システムを積み込まなければならない。エステバリス4機を搭載するとなると、雷装を放棄することになる。
では核パルス・エンジンを使用し単体で運用可能なドミストリはどうか。
ドミストリの運用、射出システムはセル化されており、機動爆雷か、通常爆雷のどちらかのスペースを潰せば2機を運用することが可能となる。だが、ドミストリは未だ実戦をくぐり抜けていない。試作機のトライアルの段階では良好な成績を収めているが、しばらくは艦載機としてではなく充分な整備の行き届く基地航空隊で運用したかった。
加えて、もう一つ機種選定作業が遅れている理由が噂されていた。
クリムゾン・グループの航空宇宙関連会社であるクリムゾン・スペイシャル社が、火星戦線で活躍している大型機動兵器 MLC-02-Type21 チグリフォーンのライセンス生産を開始し、トライアルに参考出品したとの話だった。これがまた、好成績をあげていることから、事態を複雑化させているらしい。
しかし、今は問題ではない。
航空宇宙軍月軌道艦隊がどの機体を採用するにせよ、ゼラニウムには、いま、艦載機は搭載されていないのだから。
ゼラニウムが船団に同航せず、反航する軌道で交差しようとしているのも、苦肉の策だった。
正面のスクリーンには最大望遠で光学望遠鏡に映し出された映像が映し出される。
「まもなく、近距離通信可能圏内です」
オペレーターの言葉に発令所に緊張が走った。
航空宇宙軍月軌道艦隊、内惑星巡航艦ゼラニウムの艦長は帽子をかぶり直すと指示を出した。
「探査プローブ射出準備、先導ピケット艦との軌道交差前に射出する。船団に突っ込ませるぞ」
「雷装1番、探査プローブ用意」「復唱、一番管、弾種探査プローブ!」
地球・月軌道平面からわずかに離脱し、再び、交差するその時、船団の先導をしている前方警戒艦との距離は約400キロにまで近接する。ピケット艦にとっては前方右舷下方10度の方向から後方へ進入することになる。
「距離、500」「プローブ射出」「一番、射出!」
「一番、射出完了」
推進剤の白煙をまき散らして、探査プローブが一時加速を開始する。
「回頭! ピケット艦に艦首を向けろ。センサ、全開!」
探査プローブがゼラニウムの機動の邪魔にならない位置まで離れたことを確認して、艦長はピケット艦に向けて艦首を向けるよう命令した。熱源であるエンジンを隠し、被弾比率を極小に抑える。
「対艦砲戦用意! レーザー砲戦準備!」
すでに砲戦距離は至近と言ってよかった。みるみるうちに相対距離が縮まる。
スクリーン正面に映し出されたピケット艦の画像が急速に大きくなった。
そして、群がる無数の赤い光が不気味に映し出された。
2.
ナデシコの格納庫は戦場だった。
5機の最新型エステバリス0G戦フレームと2機の予備機の搬入、明日香インダストリーから送られてきたドミストリの整備部品の受領、運用データの受け渡しなど、人手がいくらあっても足りない状況だった。
実際、上陸のローテーションには整備班の要員の名前はない。新しい機体が搬入されてきたというのにゆっくりと休んでいられるほど、彼らは真面目ではなかった。また、サツキミドリ2号で合流した3人のパイロットたちもさっそく自分の機体付きに指定された整備員たちと調整を始めている。C整備された状態から普段の癖を再現するには、整備員たちがパイロットのカスタマイズの癖を理解する必要があった。
もっとも、ヤマダ・ジロウに関してはすでに担当の整備員たちも機体特性の調整を終えていたが。
そんなハンガーの片隅で、アマノガ・ルリは電子戦用エステバリス・カスタムのシステムアップを行っていた。
「大尉、あまり急がれなくてもいいのではありませんか?」「そうですね・・・」
IFSと繋げてオモイカネとの通信状態を調整するアマノガ・ルリにイツキ・カザマ中尉が声をかけた。水色の髪を編み上げショートのようにうなじを出したルリは冷ややかな視線でコンソールを見つめながら生返事をする。
イツキはちいさくため息をついた。
確かにこの寄港は部品交換ができる最後の機会だ。
用意されているエステバリス・カスタムの消耗部品は歩留まりが悪い中、何とか使える部品を選び出したものでしかなく、実用に耐えるかどうかはセッティングして見なければわからない。部品交換や基本的なチェックは分担して作業をしているが、最終的なシステムの安定性を検証できるのはルリ一人になってしまう。
「もう少しデータがそろえば、あとは火星までの航行中に部品の検品が可能です。ここで一通りの駄目出しをしてしまいたいですから」
ルリは額にうっすらとにじむ汗を拭うと呟いた。
「それにこれは、火星脱出のために必要です」「え?」
イツキはルリの最後の言葉に首をかしげた。
「あの、大尉――」
そのとき、警報がナデシコ全体に響き渡った。
艦橋への扉が開いた。
『敵襲!!』『危ないよ!』『危険』『狙いはナデシコ!』『数およそ80』『構成、バッタ30.ジョロ50』『サツキミドリ2号の迎撃隊は間に合わない』
さまざまなウィンドウが乱舞する中、艦橋乗務員たちは呆然とウィンドウを見回していた。
「発進します。港湾に緊急退避警報を!」
アマノガ・ルリは華奢な肩を大きく上下させて息を整えながら叫んだ。
艦橋に残っていた全員の視線がルリに集まった。
「メグミさん!?」「あ、はいっ!」
ルリの視線に促され、メグミ・レイナードは慌てて港湾管制局に通信を繋げた。
「機動戦艦ナデシコより、サツキミドリ2号管制局へ。
緊急出港します。直ちに艦外の人たちに退避警報を願います」
「艦長代理、状況は?」「オモイカネから聞いています。
ナデシコはこれより直ちにサツキミドリ2号を出港、港湾外で敵無人兵器を迎撃します」
副長のアオイ・ジュンの言葉に小さくうなづく。そこに、ゴート・ホーリーが問い掛けた。
「だが、現在の乗員の充足率は30%をわずかに上回る程度だ。無謀ではないか?」
「でも、このままだと袋叩きよね」「むぅ・・・」
ハルカ・ミナトの言葉にゴートが窮する。その間にルリは格納庫にウィンドウを開いた。
「ウリバタケさん、エステバリス、行けますね?」「あたぼうよ!」
威勢のよい台詞にルリは頷いた。
「エステバリス隊全機発進! ナデシコ前方に展開し、敵無人兵器を迎撃します。
――メグミさん、港湾の退避状況は?」「今、2次警報が鳴ったところです」
「ホシノ・ルリ、ドッキング・ブロックを退避の終了したところから分離してください。ドミストリは対機動兵器兵装で待機。
エステバリス隊、まだですか?」「ドッキング・ブロック、2番。退避を確認。ぱぁじ」
『敵、無人兵器。泊地に侵入しつつあり。5波に分かれて接近中』
「うっしゃぁ! 蹴散らすぞっ!」「待てぃ! それは俺の台詞だぁ」「リョーコ、いいとこ見せようって燃え燃え?」「俺の胸に銀バッチ、俺がシェリフだぁ。くっくっく・・・」
一瞬、艦橋が凍りついた気がした。
いち早く、我に返ったルリは慌てて言葉をつないだ。
「エステバリス隊はナデシコに同航してください。
ミナトさん、泊地を出るまでは重力波推進のみでお願いします」「わかったわ」
ルリの意図に気づいたミナトがウィンクを返す。
「ですが、重力波推進では泊地を離脱するのに時間がかかりすぎるのではないですかな?」「うむ。直ちに核パルスエンジンを使うべきだ」
プロスペクターの疑問に同意するようにゴートが頷く。
「・・・かまいません。エステバリス隊に任せます。副長!」「な、なんだい?」
呼ばれたジュンが驚いてルリを見た。
「陸戦隊を編成し、ナデシコ艦内に侵入した無人兵器を排除してください。ゴートさん、アオイさんのサポートをお願いします」「うむ、わかった」「うん、了解」
「敵、無人兵器、第1波約20機。エステバリス隊と交戦します」
「わかりました。ドミストリ、イツキ中尉?」「はい」「ナデシコ発進後、単機で泊地に残存する敵機の掃討をお願いします」「了解!」
「ドッキング・ブロック3番、パージ。続いて1番、パージ。ナデシコ、行けます」「大尉、発進を命じたまえ」
接近しつつある無人兵器の不気味な群れに焦りを感じたようにフクベ・ジン退役提督が声を発した。
しかし、ルリは首を振った。
「いえ、まだ、港湾作業員の退避が終わっていません。それに、あそこには艦を降りていたナデシコクルーたちも大勢います。彼らを失うわけにはいきません」
見つめるスクリーンに前進したエステバリス隊が無人兵器の第1波と接触するのが見えた。
距離は2000メートルとなかった。
「ホシノ・ルリ、敵第2波、3波の様子を見せてください。エステバリス隊、ヤマダさん、聞こえますか?」
「・・・」「ドミストリに先導させます。敵集団の切り崩しをお願いします。ヤマダさん?」
応答がない。
ルリは小さくため息をついた。
「ダイゴウジさん?」「おう!! 敵集団の頭を叩きゃいいんだな! 俺に任せろっ!!」
艦橋にいっせいにため息が漏れた。さすがに腕は一流だ。この状況下で自分が求められている役割をヤマダ・ジロウは理解していた。
ルリは一人別ウィンドウを立ち上げた。
「中尉、聞こえてますか?」「はい!」
「敵第2波、来ます。数およそ10機。第3波数およそ20、左舷に回りこみます」
「敵第3波の切り崩しをお願いします。ヤマダ機に支援させます」「了解。イツキ中尉、ドミストリ出ます!」
「危険ですなぁ・・・」「覚悟の上です」
プロスペクターの言葉をルリは静かに受け止める。
「港湾管制局より、出航許可出ました!」
ヘッドセットに耳を澄ましていたメグミが振り向いて叫んだ。
誰もがそのとき、ルリを見つめた。
ルリが頷いた。
「ナデシコ、発進です」
「はーい、いくわよぉ」
ミナトの言葉とともにナデシコは静かに港湾からの離脱を開始した。
3.
突然の警報。他の人たちを轢かんばかりの勢いで飛び込んだ退避場。
テンカワ・アキトは訳のわからない事態に混乱していた。
アキトとミスマル・ユリカが無事、エアロックを通り過ぎたあとも、ロータリー式のエアロックは次々と港湾作業員や、休暇に出ていたナデシコ・クルー、非番で艦外に出ていたクルーたちを運び込んでいた。
「お、おい、ユリカ! いったいどうしたんだ? ナデシコに帰るんじゃなかったのかよ?」
アキトは安心したようにハンドルに体を預けるユリカに声をかける。
はっとしたようにユリカが顔を上げた。
「そう言えば、説明してなかったっけ」「ああ、そうだよ!」
アキトは半ばやけになったように叫んだ。周りの人々が声を張り上げるアキトに注目を浴びせた。
「あのね、さっきの警報は・・・」「!!」
アキトはふと、視界の向こうで何かがだんだん小さくなっていくことに気が付いた。
視線が釘付けになる。あれは、あの形は・・・。
「あ、アキト・・・」「・・・逃げ出しやがった…」
アキトは思わず、分厚い耐圧ガラスに駆け寄っていた。後ろからユリカが何か声をかけてきていたようだったが、ぜんぜん耳に入らない。ただ、その視線は太陽からの有害な放射線を避けるためのシールドの向こう、彼らがこれまで過ごしてきた柔らかな船形の双胴の船に向けられていた。
「アキト、あのね…」
「ナデシコが、逃げ出しやがった!」
その声は激しく退避場内に響き渡った。
地球連合、航空宇宙軍月軌道L3の根拠地リンデンバウムに短いサイレンが繰り返し鳴らされた。
多くの作業員たちが一瞬、静まりスピーカーに耳を傾ける。繰り返されるサイレンの中、やがて、ある人は足早に休憩所を出て行く。その多くは、艦隊乗務員のようだった。
エリナ・キンジョウ・ウォンもまた、サイレンに耳を傾けていた。しかし、繰り返される短い警報から、月軌道内への小規模な襲撃であり、リンデンバウム自体への攻撃でないことを知ると、シートから浮きかけた腰を再び深く下ろした。ネルガルの頂点を目指す彼女はこんなところで死ぬつもりはさらさらなかった。
「どこかが襲撃を受けているようね」「・・・そのようだな」
正面の黒いバイザーをかけた車椅子の男が頷く。まるで何が起きているのか知っているかのように、慌てた様子はなかった。エリナはそれを不審に感じながらも、自分が一瞬でも慌てた様子を見せてしまったことを気恥ずかしく感じるほうが先に立って訊ねることができなかった。
「まぁ、ネルガルにせよ、クリムゾンにせよ、次期主力航宙機メーカーと変に張り合うよりは、エンジンの売り込みをかけた方が実利を得ることが出来るのかもしれん」「・・・」
探るようにエリナはバイザーの奥の男の視線を見上げた。今の彼女は航空宇宙軍の制服を着ている。ネルガルの名前が出てきたのは偶然か、それとも。
「おぅ、ちょっといいか? ・・・もしかしてお邪魔だったか?」「いや、かまわん」「・・・」
髭を生やした大柄の男性が男に声をかけてエリナにちらりと視線を投げる。男は小さく首を振った。
「そうか」
ひげ面の男はかがみ込むと、バイザーを付けた黒ずくめの男に耳打ちする。素知らぬ顔でエスプレッソを飲みながら、耳を澄ますエリナにかすかな言葉の断片が届いた。木星蜥蜴。襲撃。ナデシコ・・・。
「頼む」「おう。じゃ、お嬢さん、失礼するぜぇ」「え、ええ」
髭面の男はバイザーの男と二、三言葉を交わす。バイザーの男がエリナに声をかけた。
「月軌道L4のコロニーが木星蜥蜴に襲撃されているようだ。襲撃自体の規模は小さいが、現在、コロニーの一つが攻撃を受け続けているようだ」「あら、そう」
よっと力を入れて髭面の男が車椅子を丸ごと抱えるように持ち上げる。あまりの大味にエリナは目を丸くした。
「それでは、また、な」「・・・ええ」
呆然と見上げるエリナに男は一言告げると、男は車椅子ごと担がれて待合室を出て行った。
「・・・まるで王子様ね」
何となく呟いて、赤面する。
何を馬鹿なことを、と自分の考えをエリナは打ち消した。しかし、その想いはそれほど外れというわけではなかったことを、エリナは再び感じることになる。
だが、今はまだ、印象ある出会いの一つに過ぎなかった。
「いいのかぃ? あちらさんに接触してよぉ」「・・・」
無重力区画まで車椅子を運んだグレッグ・カニンガムが訊ねた。
「ユーチャリスはあいつの船だった…」「そうか…」
テンカワ・アキトの言葉にグレッグはふっと髭面の口元を綻ばせた。
「だけどよぉ、こよみちゃんに言い訳考えといたほうがいいぜぇ。きっと怒るぞぉ」「そうだな…」
アキトは口うるさい少女の姿を脳裏に思いおこしてげんなりした。
「考えておこう」「ああ」
4.
それは、鈍重な鯨を襲うシャチの群れのようにも見えた。
次々と港湾を脱出しようとする艦船の合間をすり抜け、鈍重な機関にすれ違いざまにミサイルを撃ち込む。燃料ペレットに引火した炎は船舶から流れ出る酸素を求め逆走するかのごとく船内を焼き尽くし、黒くすす汚れた残骸がむなしく慣性航行を続ける。
「正面、輸送船廻宙丸、撃破されました。荷電粒子来ます」
「航行、慣性。ディストーション・フィールド全開!」「アイ、キャプテン・・・代理」
狭い港湾の出口で、一隻の輸送船が青白い炎の塊と化す。
暴走するエンジンから吹き荒れる荷電粒子が周囲の船舶を巻き込むように荒れ狂い、跳ね飛ぶプラズマ・リコイルが電磁シールドに凍り付き幻想的なオーロラをナデシコにまとわりつかせた。
アマノガ・ルリは出力の全てを、重力波推進から空間歪曲場発生装置にまわし、強引に港湾の出口を突破した。その後を追って、次々と無人兵器が港湾を飛び出す。
「港湾出ます」
「機関全開。進路 10 - 10、ローリング 30」
「了解♪ 進路 10 - 10、ローリング 30 ね」「相転移機関、出力40%、50%・・・」
アマノガ・ルリの言葉にナデシコの正面スクリーンに映る宇宙の景色が大きく揺れた。ぐるりと回転し、サツキミドリ2号の巨大な岩塊を頭上に、左下方に進路を向ける。
「うう、酔いそう…」
グリグリと周り揺れる視界にメグミ・レイナードは思わず口を押さえた。
「木星蜥蜴、追撃来ます。敵無人兵器、散開しながらナデシコを包むように加速しています」
『新手』『無人兵器50、3波に分かれて接近中!』『近い敵集団から甲、乙、丙』『甲、バッタ20』『乙、パッタ10、ジョロ5』『丙、バッタ10、ジョロ10』
「大尉・・・」
「ヤマ・・・ダイゴウジさん、イツキ中尉はそのまま港湾から敵無人兵器を駆逐してください。撃破よりも、港湾からの追い出しを優先するように。
リョーコさん、ヒカルさん、イズミさん、ナデシコ上面構造物を維持してください。艦橋ブロック、機関へ接近する無人兵器を優先して撃破するようにしてください。
ナデシコはこのまま敵を引きつけます。
ミナトさん、加速タイミングはお任せします。ホシノ・ルリ、この軌道を計算してミナトさんに廻してください」「・・・了解」「は〜い、おまかせぇ」
ステージ上のコンソールを操作して、ホシノ・ルリに軌道要素を指示する。ホシノ・ルリは一瞬目を見開くがすぐに計算したウィンドウをミナトに飛ばした。
「どうぞ」「ありがと、ルリルリ!」「はい」
ミナトを向くルリにウィンクを一つ送り、ミナトはウィンドウを見つめた。口元に笑みが浮かんだ。
「ふぅーん、なるほどぉ」
「オモイカネ、電子戦用意。通信網を押しつぶして敵の動きを止めます」『だいじょーぶ』『まーかせて』『いつでも行けるよ』「ふふふ…」
オモイカネの言葉に、アマノガ・ルリが思わず笑みを零す。
「期待していますよ、オモイカネ」『ウン!』
「敵甲、取り付きます」「ミナトさん!」「はいはーい」
無人兵器を振り切るようにナデシコが回頭し、艦の進路がぐるりとねじ曲がる。しかし、その機動は無人兵器から見るとあまりにもゆっくりと身を捩っているように見えた。
無人兵器の指揮機はナデシコの進路と友軍の進路から、追い込むように友軍機の進路を指示した。それは、ナデシコの無力な下腹に取り付く最善のルートだった。
バッタやジョロは推進器を全力に自らの慣性を押し殺すと、未だ自身の慣性を消しきれずに捻れるように加速を続けているナデシコを尻目に、くるりと機首を返し指定進路への加速を開始した。
待避所から眺める宇宙は遠い。
激しい光がときおり瞬き、流れるような排気炎が港湾を縦横に行き交う。先ほどまではもっと多くの光が尾を引いて流れていたはずだが、いつの間にか港湾内には数えきれる程度の人工の星しか存在していない。
おそらくは、湾外に逃れたナデシコを追って行ったのであろうことは、テンカワ・アキトにも容易に想像がついた。周囲を見回せば、彼と同じくナデシコの制服を着た人々が数多くアキトと同じように湾外の宇宙を見つめている。
彼らもアキトたちと同じく、ナデシコに置いて行かれた者たちだった。
「あのね、アキト。ちょっといいかな?」「なんだよ?」
アキトはぶっきらぼうに答える。
アキトの隣に寄り添うようにミスマル・ユリカが並んだ。
アキトはこのミスマル・ユリカが苦手だった。いや、今でも苦手だ。おそらくは彼女の女性らしさが、いつもアキトに引け目を感じさせる。何もない自分と比べて、迷うことなくまっすぐと、自分を信じて生きているこの女性の隣に立つことに気圧されるのだ。
そんな女性が彼のことを慕っているなど、何かたちの悪い冗談なのではないかと居心地悪く感じてしまう。
「アキト、ルリちゃんと知り合いなの?」「・・・」
答えられない。
アキトがこの艦に、ナデシコに乗るきっかけとなったのは、あの日春の妖精のように現れた彼女の言葉だった。
「全ては火星に」
今でもその言葉を憶えている。そして、彼女の勧めるまま会ったプロスペクターという人物は、アキトを火星に向かう船の乗員として招いた。
だから、今アキトはここにいる。
だけれども、今更ながらにアキトは、彼女アマノガ・ルリのことを全く知らないことに気がついた。
「あ、あいつはユリカの?」「義妹さんだよ。すっごく可愛いでしょう」「あ、ああ…」
ユリカは自慢するように胸の前で手を組んだ。アキトは不承不承頷く。
「春に、俺の勤めてた店にいきなりやってきて、火星に行けって。プロスさんの名刺を渡してきたんだ」
「ふーん? じゃあ、ルリちゃんて、アキトのこと知ってたの?」
「知らないさ! ああ、俺は何にも知らないさ!
アイツがいったい何なのかなんて、そんなこと、俺の知ったことじゃない!!」「・・・アキト…」
ムキになって言い散らすアキトを哀しげにユリカは見つめた。その視線が辛くて、アキトはそっぽ向く。
「あのね、ルリちゃん、軍の中で孤立してるの」「へ?」「当たり前だよね。一年前に突然、最新鋭の機動兵器とともに航空宇宙軍をお父様を頼ってきた少女。その機体は、使われている部品は、どう見ても現代のものとは思えず、ネルガルが買い取った遺伝子強化体質の少女と全く同一の遺伝子を持つ8歳年上の女性。航空宇宙軍の出した結論は・・・。
ルリちゃんがどうして火星に行きたがっているのか、誰も知らない。でも、誰もがルリちゃんに注目してる。いろんな形で。もちろん、航空宇宙軍はルリちゃんがアキトに会ったことも知ってるよ。
だから、航空宇宙軍はルリちゃんとアキトのこと、ずっと興味を持って見つめてる」
「か、監視してたのかよ!」「うん」
ユリカは当たり前のように頷いた。アキトはそんなユリカを異質なものを見るような目で迎える。
「もちろんルリちゃんもわかってる。わかって、なんて言えない。でもね、知っていて欲しい。それがアキトに私からのお願い。ルリちゃんはこう言う戦場で戦い続けているのだってこと、アキトに知っていて欲しい」
アキトはすぐには答えない。理解するには頭がいっぱいだった。
「なんで、俺なんだよ?」「だって」
かろうじて問いかけたアキトにユリカが微笑んだ。
「ルリちゃんは将来、アキトの義妹になるんだもん。お姉さんとしては夫となる人と妹の仲が少しでもよくなって欲しいかなって。あ、でもルリちゃん美人だから少し心配。アキト、いくらルリちゃんでも浮気は許さないんだから。プンプン」
アキトはかすかな目眩を感じて、ユリカから視線を窓の外に投げた。
わずか数センチ先の宇宙。しかし、星々はとてつもなく遠かった。
迫り来る白い鋼板に、その「は号」虫型兵器はスラスターを噴かして相対速度を合わせる。
背中のミサイルポッドをむき出しに、一斉にミサイルを撃ち出す。
虫型兵器のミサイルは携帯数を優先しているために、射程や炸薬量が著しく制限されている。元々は車両向けの携行ロケット弾を改修したものであるため、貫通力という点で大型のミサイルには大きく及ばない。そんな虫型兵器が戦艦を潰すには、数でかかるか、相手の弱点を攻撃するしかない。
彼は悩む。
外部に露出しているスラスターを狙ったところで、この巨大な戦艦を落とすことはできない。また、スラスター周辺は強力な荷電粒子の放出に耐えるだけの強力な磁場が発生しており、誘導兵器を打ち込んでも効果が出ないことが想定された。
となると、艦橋やミサイル発射口などの弾薬庫を狙うことになるが、上面ブロックは彼より大きい機動兵器によって制圧されており、うかつに露出した僚機はさしたる時間を稼ぐことなく撃墜されていた。また、弾薬庫周辺の外壁は誘爆の危険を減らすために装甲化されている。彼の搭載している弾頭では貫通は難しい。
ならば。
彼はミサイルの直撃によって穴が穿たれた外板にアームを伸ばした。レーザーを収束させて鋼板の穴を繋げる。彼は自身の機械の身体が割り込める程度の大きさを確保すると、敵戦艦の中に身体を潜り込ませた。
「新たな侵入を確認。下層第12フロア、第30ブロックです」
「艦長代理、これで侵入された無人兵器はこれで五機を越えてますよ」
プロスペクターが引きつるように声を上げた。
アマノガ・ルリは静かに頷く。乗員が少ないこともあって侵入を果たした無人兵器の駆逐ははかどっていない。港湾を脱出したことでディストーション・フィールドを張ってからは無人兵器の接近を許していないが、港湾を出るまでに取り付いた無人兵器は少なくなかった。
「メグミさん、退避案内と副長への誘導をお願いします」「あ、はい! アオイさん、聞こえていますか?」
アマノガ・ルリはスクリーンに映し出されたナデシコ艦内で暴れる無人兵器の被害を見つめた。そのうち3カ所はすでに排除が完了していた。
「侵入してきた敵はアオイさんに任せます。ゴートさんも一緒ですから大丈夫です」「そうはいっても、ああ、また修理代が・・・」
愚痴をこぼしながら電卓をはじくプロスの姿にルリは苦笑した。
「今は、待つときです」
「まて、このブロックの先だな」
先行するゴート・ホーリーが後続のアオイ・ジュンを止めた。その制止に頷くと、アオイ・ジュンは宇宙服のヘルメットをかぶり気密を確認する。ジュンとともに陸戦隊を構成する者たちもそれに続いた。
「それじゃ、先頭は私とゴートの旦那かね」
料理長のリュウ・ホウメイがショットガンのスライドを引いて、対装甲用スラッグ弾を装填した。
「料理長にこんなことさせて済みません」「いいってことさ。ナデシコには従軍経験者は少ないからねぇ」「はい」
銃口を上に脇を締めてホウメイがゲートの脇に身を寄せる。ジュンは対レーザー用スモーク手榴弾を三つほど腕の中に抱えてゴートの背後に隠れた。
「それでは、手順を確認する。ゲートを開けると同時に敵を目視。その後、スモークで相手の武器を無力化した後、突入する。いいな」「はい!」「アイサ」
ゴートが宇宙服の上に巻いたコミュニケに伝えた。
「ホシノ・ルリ、開けてくれ」『はい』
扉が開く。
赤い赤い機械の目を確認した直後、ジュンはピンを抜いた手榴弾を投げ込んだ。
「アパーム、アパーム! 早く弾薬を!! うわぁぁぁぁあああああ!」
アオイ・ジュンは叫びながら飛び起きた。その正面に覗き込んでいた厳つい顔に悲鳴を上げる。
「おやおや、大丈夫かい?」「えっと、僕は?」「・・・バッタの爆発に巻き込まれて気絶していた」
悲鳴を聞いて振り向いたホウメイ料理長が苦笑する。きょろきょろと周囲を見回したジュンは、そこが先ほどまでいた戦場ではなくナデシコの艦内であることにほっとする。
「ブリッジ、ああ、駆除は終わった。こちらの被害は軽傷3だ。そのうち、副長は今目を覚ました」
ゴート・ホーリーはコミュニケを使いブリッジに報告した。すぐにメグミ・レイナードの姿がウィンドウに浮かんだ。
『お疲れ様です。艦内に侵入した無人兵器は今ので最後だそうです。そろそろ仕上げに入るそうなので、副長とゴートさんはブリッジまで上がってくださいとのことです。他の方々は、とりあえず休憩です。
艦長代理からご苦労様です、とお伝えくださいとのことです』「「「「「おお!!」」」」」
周囲がわき上がる。ゴートは短く答えた。
「了解した。それでは、ホウメイ料理長。後のことは」「ああ、まかせとき」
わかったように頷くホウメイ。ジュンも起きあがると、陸戦隊の全員に礼を言って艦橋へ急いだ。
メグミ・レイナードはゴート・ホーリーからの連絡を受けると、ステージ上の艦長席を振り返った。
「ゴートさんから、無人兵器を撃破したとの報告です!」
弾むような声にアマノガ・ルリは頷いた。
「わかりました。それで艦内に侵入した無人兵器は終わりなので、上がるように。それから、陸戦隊の皆さんにご苦労様と伝えてください。
それでは、こちらも仕上げましょう」「はい♪」
「ですが・・・どうやってですか?」
アマノガ・ルリの言葉にプロスペクターが問いかけた。ブリッジクルーたちも興味深げに振り返る。
状況は良くなかった。
ナデシコは港湾を脱出してから、必死に回避機動を繰り返すが、機動では無人兵器にかなうわけがない。エステバリスの支援によって幸いなことに上層は被害を免れているが、相手に先回りをされてばかりの状況では再び無人兵器に取り付かれないともしれなかった。
しかし、アマノガ・ルリは動じなかった。
「プロスさん、鯨がどうやってイカを釣り上げるのかご存じですか?」「は?」
突然の問いかけに、プロスは眼鏡に手を当てて位置を正す。
「いえ、申し訳ありませんが。ですが、それがいったい・・・?」「オモイカネ、準備の方は?」『いつでもおっけー』
アマノガ・ルリは柔らかな笑みを浮かべて見せた。
「鯨は自分たちよりも機動性に優れたイカを食料としています。彼らがイカを食べるとき、まず、イカを誘い込みます。このように」
アマノガ・ルリの言葉に合わせて、ホシノ・ルリが先ほどアマノガ・ルリから指示を受けたナデシコの艦体軌道を表示する。それはぎこちないながらも、綺麗な螺旋を描いていた。
ナデシコの上部構造物は常にその螺旋の外側を向くようハルカ・ミナトに繰艦されている。ナデシコの機先を制するよう軌道を繰り返す無人兵器群は自然と螺旋の中心部に集まるよう誘導されていた。
そして、初期の艦体軌道により、中心部はサツキミドリ2号から外れていた。
「これは!!」「グラビティ・ブラスト、収束率80パーセント!」「アイ、艦長代理」
「回頭180度」「はーい!」
ミナトの指先がコンソールを奔る。艦が大きく回頭を始めた。その進路の先で、無人兵器たちがまた新たな軌道へ移ろうとしていた。
「オモイカネ!」『制圧開始!』『オッケ!!』
一瞬の電磁波の波に洗われて、無人兵器群の動きが止まる。だが、ナデシコにはその瞬間が重要だった。
「グラビティ・ブラスト射程内、敵機全機入ります」「撃てぇ!」
アマノガ・ルリの言葉に黒い光が駆け抜けた。
そして、闇にまとわりつくように、激しい光芒がいくつもいくつも瞬いて消えていく。
「敵機、反応消えました」『完勝』『やったね』『最高!!』
「おっきなルリルリ、やったね♪」「ウム、さすがだ」「ホゥ・・・」
「エステバリス隊に敵残存戦力の掃討を命じてください。本艦はサツキミドリ2号に帰投します」
わき上がる賞賛と感嘆の声の中、アマノガ・ルリはほっとため息をついた。
5.
接舷用ブロックが近づく。
近づくにつれ、遠くからはくすんだ色に見えていたナデシコの詳細が目に止まった。
外板は所々に黒いシミが浮かんでいた。そこは細かい穴が無数に開き、周辺は流出した酸素が引火し白い塗装を焼き焦がしている。一、二カ所大きく外板が膨らんでいるところもある。おそらくは、内部で大規模な爆発があり、外板を内側からねじ曲げたのだろう。
ミスマル・ユリカは外観からざっとナデシコの被害を数えた。おそらく判定では小破。あの内部での爆発が船殻に影響を及ぼしていたら中破だろう。だが、ユリカは楽観している。機関のバランスには問題なくタグ・ボートの加速もバランス的な問題を感じさせない。船殻に影響がないことを本能的に感じ取れる。
それになによりも。
「ルリちゃんだから」
そう、ユリカはそれを信じられる。
ユリカの大切な義妹が、火星へ行くための唯一の手段を危険にさらすはずがなかった。
足下が激しく揺れる。白い船体にドッキング・ブロックが接舷した。
「陸戦隊、前進!」
ドッキング・ブロックの接舷部前方で、押っ取り刀で駆けつけたサツキミドリ2号警備隊の陸戦隊が戦闘態勢を整える。無人兵器に侵入を許した艦内に、未だ無人兵器が潜んでいる可能性がある。
彼らはナデシコ・クルーに先んじて艦内の安全を確保するべく、待機していた。
双方の気密を確認し、ロックが開かれる。
陸戦隊員は宇宙服を着たまま、前進を開始した。これは以前、木星蜥蜴の侵入した艦に接舷した際、ドッキング・ブロックの制御を奪われ表示を信じて内部に突入した兵士が真空中に吸い出されるという事件を戦訓とした処置だ。
やがて、気密の確認を終えた陸戦隊が本格的にナデシコの中に突入を開始する。
「畜生、なんで最初にナデシコに入る奴らが、あんな連中なんだよ」「アキト…」
ユリカの隣でテンカワ・アキトが拳を握りしめて悔しそうに接舷用区画を睨み付ける。ユリカは心配そうにアキトを振り向くが、何も言えずに口を閉ざした。
わかっている。
アキトは軍が憎いのではない。おそらく誰よりも自分の無力さを噛みしめ、受け入れきれずに自分よりも力があるはずの軍の無力さ憎むことで精神の平衡を保っているのだ。
そうしなければ、あとはこの不条理な世界を憎むしか逃げ道はなくなってしまう。
「ユリカ、もういいらしいぞ」「あ、うん!」
ユリカは彼女と同じくナデシコに駆けつけた乗員たちの注目を感じながら、艦内に足を踏み入れる。
艦内の通路のあちこちには戦闘があっととおぼしき弾痕が散らばっていた。銃を抱え艦内通路に座り込んでいるナデシコ乗員の視線が虚ろに見つめる。
艦橋へ。
心が逸る。
足も自然に速くなり、ユリカはいつの間にか艦橋への通路を駆けだしていた。ちなみに、左手にはしっかりアキトの右手を捕まえている。
「ユリカ、ちょっと待てー!!」『いらっしゃーい』
艦橋前のドア、オモイカネのウィンドウが出迎えた。
ユリカは胸に右手を当てて息を整え、足を踏み出した。
扉が開く。『艦長、ブリッジ・イン』
「義姉さん、お帰りなさい」「ルリちゃん!!」
振り向いて、ユリカを迎える義妹の微笑みが、どこか壊れそうなガラス細工にも似て、ユリカは思わず駆け寄った。銀色の髪を結い上げた少女はユリカとアキトの姿を眩しそうに見つめる。
駆け寄ったユリカにルリがぺこりと頭を下げた。
「ナデシコ、傷つけちゃいました」「ルリちゃんの馬鹿。みんな無事なんだから大丈夫だよ」
ユリカはそう答えると、ぎゅっと大切な妹を抱きしめた。
「ご苦労さま。ナデシコの指揮を引き継ぎます」「はい」
そんな二人を、アキトは複雑な表情で見つめていた。
アマノガ・ルリは一人、部屋に戻る。
電灯はつけない。
何もない質素を通り越したようながらりと空虚な空間が広がる部屋で、ルリはベッドに腰を下ろした。
何か心に寒い風を感じてベッドの上で膝を抱える。小さな膝に頭を預ける。結い上げていた髪がほつれ銀の川が流れた。
「アキトさん・・・」
ぽつりとつぶやきが漏れる。
項垂れ膝に頭を埋める。
今は、何も考えたくない。
密やかな嗚咽が部屋に響いた。
とりあえず、今日も
ナデシコはまだ無事です
まだ・・・
あとがき
おそくなりました。
ふと、気づいたのですが、アキトは自分の無力さが憎くて、テレビ版ではいろんなところに過剰な行動としてDQNに現れるわけです。そこで最近ふと思い出したのが種なフレイ様。そのDQNな行動と無力故の哀しい言動は多くのフレイスキーを魅了しているのですが・・・、妙に重なるんです。
そんなフレイ様が大好きな私はもしかしてアキトのことが好きなんじゃ(ガ━━━━━━━━(゚Д゚;)━━━━━━━━ン!)。