Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第四話 Eパート
『南海夕日に「ときめき」』
1.
燦々と輝く太陽の光の下、白いサマードレスを着た少女は水色のリボンを巻いた白い帽子を傾けて日差しに手をかざす。うなじで切り整えられた金色の髪が軽やかに揺れ、森を歩く少女は木漏れ日に笑顔を浮かべた。
自然としての景観を壊さぬよう整備された道を歩き、森が開ける。
見渡す限りの青い海。白い砂浜が伸びる。
少女は海からの風に吹かれながら、長い砂浜を歩く。押し寄せる波が彼女の足下を洗った。
彼女、アクア・クリムゾンは少し頬を膨らませると、濡れてしまったサンダルを脱いで左手に持つと、浜風に飛ばされないよう帽子を右手で押さえて波と戯れながら脚を進める。
その先に、海を見つめる車椅子の男と、ビニールシートの上にサングラスをして転がっているポニーテイルの10歳ぐらいのアジア系の少女、そして、砂を集めて城を造っている二人の男女が彼女を待っていた。
「お待たせしましたかしら?」
鈴の鳴るような軽やかな声で問う。
視線が集まり、車椅子の男が何か答えようと口を開きかけた。
「キャッ!!」
その時、強い風が吹き抜け、アクアのスカートを大きく揺らした。アクアは慌てて右手でスカートを押さえた。風に吹かれた帽子がゆっくりと空に舞い上がる。
水色のリボンが空の蒼に溶けた。
「白か…」
ぼそりとバイザーの男が呟く。
ゴスッ。
真っ赤になってスカートを押さえてしゃがみ込んだアクアの前で、ポニーテイルの少女が無言で男の頭をどついた。
鈍い音が響いた。
コホン。
アクア・クリムゾンは気を抜くと赤く染まりそうな自分の頬を静めるように咳払いを一つしてみせる。いつもの自分の姿を思い浮かべ、心を切り替える。
「ご一緒させて頂いてもよろしいかしら?」「ああ」
バイザーをかけた男が頷く。
アクアは微笑みを浮かべると、片手を上げて森の方に手を挙げた。5人ほどの男女がアクアのためにビーチパラソルと白のテーブル、そして、椅子が用意する。アクアはパーカーに引かれた椅子に座って礼を言うと、飲み物を頼んだ。夏の太陽が照りつける日差しの中、汗一つ浮かべずにパーカーは執事としての役目を務めていた。
「とりあえず、自己紹介しておこうか」
ポニーテールの少女が車椅子の男を左手で示した。
「こちらは、ATだ。本名は済まないが秘密だ。こちらはエノラ・パーキンス。雑用係だ。こちらはササハラ・イオリ。ATの看護人をしてもらっている。私はこよみ、と呼んで欲しい」
こよみは親指で自分の胸を示した。アクアが小さく頷いた。
「皆さん、初めまして。私はアクア・クリムゾン。アクア、そう呼んでください」
身元が調べられなかった二人はあからさまに偽名かコードネームであることを気にせず、アクアは自分も名乗る。それは互いに言葉を武器に心を削り合う戦いの始まりを告げる挨拶だった。
2.
火星植民都市連合輸送通信省外局五種交通局。
それが、火星植民都市連合が彼らのために用意した組織の名前だった。
輸送通信省は火星における流通を維持管理する巨大な省である。その外局の一つとして、彼らは組織を維持する予算を受けることになる。五種となっているのは、陸上輸送・都市間交通の一種、海上輸送の二種、航空・亜宇宙輸送の三種、火星と他の惑星間の流通を管制する四種、そして、それらに次いで、ボソン・ジャンプに基づく輸送を管理監督するという意味で五種と名付けられている。
実際に火星北極冠遺跡を奪還した後は、その維持、管理をこの部局が行うこととなる。
だが、実際には未だに書類上に発足した組織でしかない。
いずれは火星市民を対象としたジャンパー種別の検査を行う公的な組織の立ち上げも、まだ十分ではなかった。
「いずれにしても、法的な問題点はこれで解決したと言えますか?」
初老の紳士が訊ねる。その言葉に浅黒い肌をしたセミロングの髪の女性が頷いた。
「はい。軍はボゾン・ジャンプを利用した作戦について、五種交通局からの判断を尊重すると言うことになります。具体的な作戦にはフィフス・トランスからのオブザーバを受け入れます」「よろしい」
エマニュエル・ガドナスは満足そうに頷いた。そして、ソファに座ってストローでオレンジジュースを飲むアジア系の少女を振り向く。
「大統領に対する政戦両略のオブザーバもこちらの研究・調査施設から受けるという形式になるわけですね」
こよみはポニーテールを前後に揺らして頷いた。
「ええ。こちらからR&Dを提供し、それに基づいた戦争指導をしていただくことになります」
「そして、私はR&Dの研究所に所属する訳ね」「そうなる」
イネス・フレサンジュがミカンを剥きながら肩をすくめた。
「だが、場所は相変わらずだな」
テンカワ・アキトが潜水艦の発令所を見回した。こよみが肩をすくめる。
「作戦指揮所がまだできていないからな。基本的には軍が維持管理を行うが、その切っ先となるのは我々だ。独自の発令所が欲しい」「それで、航空宇宙軍の設備が残ってるんだから、それを使おうかって訳か」
エノラ・パーキンスが周囲を見回した。イネスが皮肉気に呟く。
「あといくつあるのかしら?」「無数に、な」
さらりと答えたこよみは立ち上がった。
「では、始めましょう。頼む」「ええ」
こよみの言葉にフェイエン・ノール中佐はエリス・ティタニア少尉に資料の手配を頼むと、いくつかのウィンドウを立ち上げた。
「先ほど航空宇宙軍のオブザーバより提案された木星圏攻略に関しまして、軍の方からの具体的なアクションを説明させていただきます」
大きくウィンドウが開く。
太陽系内惑星系、及び、木星、土星系がデフォルメされた距離で表示された。そして、木星軌道上の一角、木星の後方に位置する小惑星群が赤く塗りつぶされた。
「木星圏攻略の前進基地として、まず、この後方トロヤ群を攻略、恒久的な基地を建設いたします」
「ほう」
エマニュエルが感心したように声を上げる。そして、こよみに視線を投げて、その表情に変化がないことを確認した。
「ユーチャリスからの資料では、後方トロヤ群は木連の開発対象から外されているようです。木星を追いかけるという軌道位置からでは経済的に流通コストがかかると言うこともあって、木連の開発資本は主に前方トロヤ群、及び、小惑星帯に向けられています。
また、戦略的にも重要度は低く、木連軍は採掘用の無人兵器が数部隊配備されているだけの模様です。
この後方トロヤ群を木連に対する戦略攻撃の策源地とします」「ほう」「・・・」「・・・」「・・・」
「ちょっといいかしら?」
イネスが手を挙げる。フェイエンはうなずいて促した。
「後方トロヤ群を策源地に選んだ理由はわかるのだけど、戦略的に意味がない場所を占領しても無駄じゃないのかしら?」
「ドクターらしくない言葉だな」
多少笑いも含んだ言葉がイネスの耳朶を打つ。振り向く先にアキトの微笑みがあった。
「現在の戦略拠点は線で形成されている。後方トロヤ群が戦略上注視されていないのは、後方トロヤ群から木連を攻撃するには事前に察知される可能性が高く、木連側は余裕を持って迎撃することができるためだ。
しかし、我々はボソン・ジャンプを利用して点で戦略を構成することができる」
アキトが指摘した。
後方トロヤ群は木星の軌道上ラグランジュ5にあたる小惑星群である。約400もの岩石によって形成される小惑星群は、木星の軌道を後追いする形で太陽を周回している。
前方トロヤ群は木星の軌道前方六〇度のところに位置しており、500個以上の小惑星によって形成されている。後方トロヤ群に比べてギリシヤ群とも呼ばれるこちらの小惑星群の開発が進んでいるのはたぶんに軍事的理由と輸送コストの面が大きい。
後方トロヤ群から木星圏に到達するには、先行する木星に向けて加速し、その周回軌道に乗るべく減速する必要がある。それに比べて先行トロヤ群から木星にゆくのは、減速し続けるだけで木星は勝手にやってくることになる。穏行航行を行って木星圏に浸透するには前方トロヤ群は最適だった。だからこそ、前方トロヤ群には採掘基地のみならず木連軍の有人基地まで存在している。
だが、そんな地勢状の欠点こそが今は重要だった。
木連軍の注目を浴びることなく木星を射程に納めることができる戦略策源地。ボソン・ジャンプによる戦略の形成は、これまでの戦略的常識を覆そうとしていた。
「現在、第一次作戦のために鹵獲したバッタやジョロなどの無人兵器の再プログラミング作業が行われています。これらの作業が終了し次第、第二段階作戦の実施に移ります」
ウィンドウに鹵獲された無人兵器の総数と、作業の進捗状況が表示された。作業は3割ほどの状況だ。エマニュエルが心配そうにこよみを向いた。
「大丈夫なのですか?」
「数の問題ではありません。この再プログラミングされた無人兵器は木連社会の奥深くに浸透することになります。ですから、多少時間がかかろうと木連側に悟られないことの方が重要です」
こよみが頷いた。
「彼らが全幅の信頼を置いている無人兵器に対する不安を揺り起こし、社会的生産力を低下させる。そして、政情不安を造ります」「・・・えげつない話ですね」
少々げっそりした顔でエマニュエルはため息をついた。こよみは何でもないように答える。
「戦争を終わらせるために簡単な方法は、相手の国家を戦争していられない状況に追い込むことです。
継戦の意志を打ち砕く。人を殺すより効果的です」
「そして、第三段階として、木星に対する和平交渉が始まります。もっとも初期の交渉は互いに譲るところがありませんから2、3回は決裂すると想定しています」
停戦に向けたタイムスケジュールが示される。木連からは停戦前に最大限の戦果を獲得するべく大規模攻勢が予想されている。
それをいかにしのぐか、が、最大の問題点だった。
「長い1年になりそうですね」
エマニュエルの言葉が予言のように発令所に響いた。
3.
パーカーが軽い軽食と飲み物を配る。
高くなってきた日差しにアクア・クリムゾンは目を細めた。鈴が鳴るような美しい声で問いかける。
「それでは、ご用件を伺いましょうかしら?」
波の音にかき消されそうな、しかし、澄んだ声が届いた。
「火星植民都市連合政府は現在、木連、木星ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体との交渉を求めている。我々は火星政府を代表して、クリムゾンに木連との仲介をお願いしたい。
あるのだろう、ボソン通信機が?」「まぁ・・・」
こよみと名乗った少女が琥珀色の瞳を煌めかせ訳知り顔で視線を飛ばす。アクアは驚いたように口元を手で被った。
「ずいぶんと木連の事情にお詳しいのですね」
アクアは否定しない。そして、木連の技術を知っていることを通じて、暗に肯定していた。
「鹵獲品があるからな」
「そうですの?」「・・・ああ」
ぜんぜん信じていない様子でアクアがテンカワ・アキトに訊ねる。アキトは短く頷いた。アクアは意味ありげに微笑むと頭を揺らした。金色の髪がさらりと震える。
「そうですねぇ。私も詳しいことはお祖父様にお伺いしないとわからないのですけど、お祖父様もお忙しい方だから、会っていただけるかしら?」
アクアは困ったように首を傾げる。もちろん嘘だ。ロバート・クリムゾンからは可能な限りの好条件を奪い取ることを約して、白紙委任を受けている。権力の2層構造を利用して『贈り物』を増やそうという腹だった。
「困ったわ…」
「それはあくまで、そちらの都合だ」
車椅子の男が微かに首を動かしてバイザー越しにアクアを見る。
「我々はカリストに通信プローブを打ち込んでもいい。クリムゾンも火星との通信を斡旋することで十分な利益を得るチャンスはあるだろう?」
「あら? でも、お急ぎではないの?」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
彼らが黙り込む。そう。火星には時間がなかった。
彼らの反応にアクアは心の中で頷く。クリムゾン・グループの中枢とも言えるクリムゾン財団では、航空宇宙軍や各種天文台の資料から火星の現在についての情報を詳しく解析していた。そして、火星の現状がどれほど危機的状況にあるか、明白にデータは示していた。
アクアが交渉に時間を稼げば稼ぐほど、火星では多くの人々が死んでいくことになる。彼らは今この瞬間にも火星で木連軍による大規模攻勢が始まるのではないかと気が気でないはずだ。最後に折れるのは火星側だと、アクアが受け取った報告書は断言している。
しかし、アクアは内心、これほど早くこの札を切るとは思っていなかった。というか、交渉は始まったばかりだ。いま、一番賢いやり口は言を左右にして焦らすこと。初っぱなから相手の致命的な札をオープンするのは、あまりにも不味すぎた。
「あなたねぇ! 仮にも連合市民がそんなことでいいの!?」「あちゃぁ…」
ササハラ・イオリが苛立ったように声を上げた。エノラが顔をしかめる。
アクアはほっとしながら、済まし顔で拗ねて見せる。
「でも、あなたがたは地球連合から独立されたのでしょう? でしたら、連合市民である私はどうするべきなのかしら?」「それは・・・」
思ってもいなかった言葉に、イオリが言葉に詰まった。
「地球連合は連合市民の保護を義務付けられた組織ですけど、連合市民でない人の保護は当然優先度が下がってしまいますわ。地球連合と火星政府は友好条約の締結はお済みでしたかしら?」「・・・」
「あまりいじめないでくれないか? 無礼は俺が詫びよう」
ATと名乗るバイザーの男が口元をかすかにゆがめて告げる。視線が互いの真意を探るように交差した。アクアは無邪気な含み笑いをした。
「ふふふ…、そうですわね」
アクアはひとしきり笑うと、自分を納得させるように車椅子の男に視線を投げて、気持ちを引き締める。
「要するに、こういうことですわ。
相転移機関とその開発者一式、耳をそろえて私たちに譲ってくださらない?
お話はそれからにいたしましょう」
アクアはちょっと下品かなと思ったけれど、彼らに見える角度を意識しながら、ふんと鼻を鳴らして笑って見せた。
4.
火星市民のジャンパー調査は順調だった。
マリネリス市、ヘラス市で市民権を持つ成人男女を対象に行われたジャンパー調査によって、火星市民のジャンパー構成が明らかになった。
火星市民約180万人。そのうち、実際に調査を受けたのは61万人。
うち三分の2にあたる45万人がC級、すなわち、ジャンパー適正なしと判断された。そして、14万人がB級、DFの保護なしでのジャンプが可能であると識別されていた。
残る二万人が、A級ジャンパーと判定された。
「いぇーい、俺、B級」
エノラ・パーキンスは憮然とした顔で頬杖をついてソファに寝ころび、ノートPCでなにやら作業をしているポニーテールの少女に登録カードを突きつけた。
「馬鹿か?」
こよみがだるそうに額にかかった前髪を描き上げる。その仕草に違和感を憶えたエノラはくっと眉をひそめた。
「大将、体調でも悪いのか?」「・・・少しな」
「当然だわ。あなた本当は入院していなきゃ駄目なのよ」「そんな暇はない」
白衣のポケットに手を突っ込んでイネス・フレサンジュが説明した。
「前の歴史でホシノ・ルリが受けたB級ジャンパーへの遺伝子改造は、まだ現代の技術で完全に再現できてる訳じゃないわ。
本来、この遺伝子改造は定着も考慮の上で数回に分けて行うべきモノで、いくらあなたから提供された遺伝子マップを元に最適化したとはいっても、決して一回で進められた代物じゃない。
あなたの設計との親和性もあまりよくないことはわかっているのでしょう?」「・・・ホントか?」
「まぁな」
こよみはちらりと顔を上げて答えると、すぐにウィンドウに顔を戻す。イネスは腕を組んでこよみを見下ろした。
「今もあなたの身体の中では遺伝子を組み替えるためのナノマシンと、対毒物用に設計された白血球が激しい陣取り合戦を繰り広げているわ。その発熱が証拠よ。こんなところで作業している場合じゃないでしょう!」
今にもこよみを病室に押し込みそうな勢いで詰め寄るイネスにこよみはだるそうに答えた。
「暇はない。そう言った。いずれ、私の遺伝子情報の保全機能によるリバウンドで元通りとはいえ、現在の火星にはまともにクリムゾンと交渉できる担当者がいない。
一年だ。一年でいい。
火星市民には自らを鍛えるための時間が必要だ。だから、そう、これは必要なことなのさ」
「おい、大将・・・」「そう…」
おろおろとこよみとイネスを見比べるエノラを完璧に無視して、イネスはため息をついた。
「お兄ちゃんといい、あなたといい、医者泣かせばかりだわ。
何を作っているの? ジャンパー関連の方も済んだから、手を貸すわよ」「正直、助かる」
こよみはいくつかのウィンドウを表示させた。
「これは、船か?」「ああ」「・・・」
こよみが示した三面図にエノラがあごに手を当てた。
「でかそうな船だな」「・・・お前、時々鋭いな」「・・・カーネル・シップと言うことかしら」
イネスがウィンドウの一つを指さした。
「ユーチャリスの設計をベースに、船殻の設計を簡素化してジャンプ・リングを外したのね。なるほど。これなら現在の技術でも量産できるわ。サイズも一回り小さくなっているのね」
「正解だ」
こよみは片手をあげて降参を示した。
「クリムゾンにこれを造らせようと思っている。火星には造船施設も少ない。量産にはクリムゾンの力を借りるしかないからな」
「・・・いいの?」
「木連よりも火星の方が手を結んで利になる。そう思わせなければ始まらん」「・・・」「そうね」
イネスは同意すると全体像を表示させた。
三叉の突き出した竜骨が特徴の、しかし、繊細でほっそりとしたイメージの船が浮かび上がった。
「名前は何にするの?」
イネスがウィンドウからこよみに顔を向けた。
「エンディミオン。そう考えている」
「そう、エンディミオン。女神に愛された眠れる美少年の名前ね」「彼女、じゃないのな」
「ああ」
こよみがだるそうに頷いた。
「王子様の御座船だからな」
5.
一瞬、陽光が雲に遮られ翳る。
周囲の光景が全て灰色になったような肌寒さを感じた。
目の前には無邪気に微笑む金髪の少女。こちらの反応を楽しむかのように両肘をついて組んだ指の上に整った顎を載せている。
「残念だが、無理だな」
硬直していたササハラ・イオリの正面でこよみが肩をすくめた。その平然とした様子にイオリは尊敬の面持ちを浮かべる。
「あら、それじゃあ、お話にならないですわ。それでは、また。ごきげんよう」
にっこりと、アクア・クリムゾンが微笑んだ。
「慌てるな。提供したくないと言っているわけではない。提供できないだけだ」
ATと自称するテンカワ・アキトが取りなすように答えた。アクアがこくりと首をかしげる。
「どういうことかしら?」
「生体ボソン・ジャンプの問題は知っているだろう?」「・・・そう言うこと」
納得したようにアクアが頷いた。
「あなた達も完全にボソン・ジャンプを制御しているわけではないのですね」「そう言うことだ」
挑発するようにまなじりをあげてアキトを見つめるアクアにアキトが素っ気なく肯定する。くすりとアクアが口元を綻ばせる。
「用心深いのですわね」「見かけに騙されるつもりはない」
アキトはそう答えると顎をしゃくるように眼前のポニーテイルの少女を示した。
「あ? 何か言ったか?」「いや、別に」「うふふふふ」
振り向いたこよみからあからさまに顔を背けるアキトの姿にアクアは口元を手の甲で押さえて笑みを漏らした。
「可笑しな方たちですわ。――それで?」
アクアが問いかける。その意味は明白だった。代わりに何を提供できるのか、アクアはそれを訊ねていた。
「こちらも木連軍との戦いで相転移エンジンを切実に必要としている。形式は3系統で月産2基。クリムゾン社に対して格安で提供させていただこう」「少ないわ」
アクアがふぅとため息をついて両手を開いて見せた。
「最低4基ですわ。その代わり、値段は少し色を付けてあげても構いませんわよ」「4基は無理だ。こちらも軍が船を必要としている。4基も提供していたら、こちらの戦線が崩壊する」
慌てた様子でこよみが答えた。エノラ・パーキンスが珍しいモノを見たように顎に手を当ててこよみを見る。
アクアはそれらの反応に少し少女の言葉を考えた。そして、すぐに合点がいく。軍の船。なるほど、とアクアは少女の提案を瞬時に展開して見せた。
「そうですわね。軍艦を造るのでしたら、うちを利用されてもよろしいのですわよ?」
少女の拳が鋭く後ろ手に振り抜かれた。どすんと言ういい音がしてエノラが腹を押さえる。
アクアは少女に利用されただけのエノラに少しだけ同情すると、少女に提案した。
「クリムゾン社の造船所はご存じの通り戦争景気から取り残されて閑古鳥が鳴いてますから。
もし、あなた達が相転移エンジンを提供していただけるなら、こちらから造船所を提供しますわ。それでしたら、クリムゾンが自由にできる相転移エンジンの数、月産2基でも構いませんわよ」「・・・支払いはどうする?」
しばらく考えるそぶりをした少女が訊ねた。
承諾の印だった。
アクアはこくりと頷いた。
「物納でどうかしら? 手付けに輸送船4隻、積み荷付きで提供いたしましょう」
アクアがパーカーに指を鳴らして合図した。パーカーは恭しく頷くと、提供する輸送船の輸送船のカタログを差し出した。カタログは二つあった。
「二十万トン級輸送船と、軍用の七万トン級高加速輸送艦か」
アキトがそのカタログを見てこよみに頷いた。こよみはそれを受けてアクアにウィンドウを開いた。
「・・・これは…」
アクアが一瞬言葉を失う。
そのウィンドウには一隻の白亜の宇宙船が立体として表示されていた。
「相転移エンジン搭載型高加速中枢艦エンディミオン。火星宙軍が現在、量産体制に移ろうとしている次世代型航宙艦だ」
アクアは魅入られたかのようにその白い星船の姿に見とれていた。
6.
2196年8月8日、この日、火星植民都市連合軍戦略宙軍が発足した。
「皆さん、皆さんは故国の復讐の刃です」
先頃行われた火星植民都市連合大統領選に当選したエマニュエル・ガドナス大統領は、わずか10名ほどの白と赤の一種礼装に身を包んだ将兵を前に訓辞を行う。全員がまだ二〇代前半だろうか。緊張した面持ちで壇上のエマニュエルを見つめていた。
エマニュエルはそんな彼らの視線を受け止めゆっくりと見回す。
「皆さんはこれからA級ジャンパーとして生体ボソン・ジャンプの訓練を受けて頂くことになります。
皆さんに報復命令が下された時、故国は既に存在しないでしょう。ですから、我々は皆さんに我々の哀しみを苦しみを無念を託します。皆さんは故国の復讐の剣として任務を果たし、そして、全てを忘れて地球で平和に暮らしてください。
失われた者達から、これからを生きるあなた達に、これが最後の贈り物になると思います」
「敬礼ッ!」ザッ!!
深々と頭を下げるエマニュエルに、儀礼官の合図に整列する将兵が一斉に敬礼する。エマニュエルは習いたての答礼を返した。
「直れッ!」ザッ!!
短い形式的な式典が終わる。事務方、後方支援まで合わせても100人にも満たない小さな軍隊の誕生である。
だが、この場にいる誰もが理解していた。
この小さな軍隊こそが火星市民の命綱になる。
そんな小さな希望の誕生だった。
イネス・フレサンジュはその式典にオブザーバーとして臨席していた。
隣に座る小さなアジア系の少女に問いかける。
「どう? 満足かしら」「ああ。まずまずだな…」「そう」
こよみはこともなげに頷く。イネスはちらりとこよみを見下ろした。
「あなた、本当はただ、火星軍を使ってボソン・ジャンプの軍事的可能性を追求してるだけなんじゃないでしょうね?」「・・・」
こよみは即座に反応しない。
しばらくしてすっとこよみは反動をつけてパイプ椅子から飛び降りると、イネスを振り向いて片頬をゆがめ笑みを作って見せた。
「かもな…」
言葉を無くすイネスを置いて、こよみが歩き去った。
誰もがぎりぎりのところで戦っている
余裕などない
計算などない
その時その時に
ただ最善を尽くす
あとがき
というわけで、ようやく戦争の種まきが終わりました。
つぎは成長の季節ですね。刈り取りまでは長いなぁ(苦笑)。
それでは。