Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第四話 Dパート

 『絶対真空で「ときめき」「いま、忙しいんです」』


1.

 馬蹄形の巨大なアームを持った一隻の戦艦がタグ・ボートに曳かれてサツキミドリ2号の港に入港する。
 ナデシコの巨体を加速させる電磁スラスターは強力な荷電粒子の排出機関である。3万トンもの質量を加速させるために反作用として排出される荷電粒子は亜光速に達しており、強力で収束力の低い荷電粒子ビーム砲にも似ている。
 そんな艦船が狭い港湾内で自力航行をした場合、周囲は強力なビームで焼き尽くされてしまうため、通常、一定以上の出力を持つ船舶は港湾外でスラスターを停止させ、タグ・ボートによって指定の岸壁に牽引され接岸する。
 ナデシコも当然のことながら、泊地と称されるサツキミドリ2号と同行する宙域で全ての推進機関を停止すると、タグ・ボートに牽引されてサツキミドリ2号の接続ターミナルに接岸した。
 サツキミドリ2号の港湾から伸びてきたアームがナデシコの居住ブロックに接着すると、強力な磁力によって密閉されたエアロックを形成する。接合部にエアーが充填し気密漏れがないことが確認されると、初めて双方を遮る2重の扉が双方の内側に向けて開かれていった。
 アームのサイズはだいたい3メートルぐらいの正方形をしている。無重力規格で製作されているため、上下左右にかかわらず壁面にはリニアレーンが敷かれていた。
 開いたゲートを一台のカーゴが通り抜けた。
 行く先は機動戦艦ナデシコ。
 カーゴは3人の乗員と私物を乗せて、リニアレーン上を滑るようにナデシコの船体に飲み込まれた。



「みなさーん、ご拝聴くださーい!!」
 艦長のミスマル・ユリカの声が格納庫いっぱいに響き渡る。
 艦内は久しぶりの陸ということもあって妙に浮ついた気配を漂わせていた。
 しかもだ。ナデシコ到着と同時に着任したパイロット3名が全員女性だったということが、格納庫の主である整備班の人たちの浮かれた心に拍車をかけていた。
 ユリカの言葉におされるように、3人の私服姿の女性が仮設されたお立ち台の上に上がる。そのうち、髪の色を緑に染めたショートの女性は何か気になる物があるのか、格納庫の奥側、宇宙機がおかれている場所を睨み付けていた。
「はじめましてーっ! 新人パイロットのアマノ・ヒカルでーす」「「「「うぉぉぉぉぉおぉ!」」」」
 お立ち台の上で、肩のところで跳ねた栗色の髪の女性が右手を大きく振って整備員たちの歓声に答えた。
「18歳、独身、女。好きな物は、ピザの端の堅くなったところと両口屋の千なり、山本屋の味噌煮込み。
 それから、スリーサイズは上から・・・」
「賑やかな物ですね」
 少しあきれたようにイツキ・カザマ中尉がこぼした。チェックリストを片手に抱え、解体されハンガーの上に寝そべる電子戦用エステバリス・カスタムのアサルト・ピットを見上げた。
「この船は、民間船ですから・・・」
 アマノガ・ルリはアサルト・ピットから身を起こすと、オモイカネとの接続を表示するウィンドウを確認する。イツキはふと、ウィンドウの明かりに照らされたルリの姿に既視感(デジャ・ヴ)を覚えた。
 シーン・・・。
 ふと奇妙に静まりかえった気配に首をかしげ、イツキはルリと目を見交わす。だが、視線の先でルリは妙に悟った目をしていた。
「どうかしたのですか?」「知らない方がいいですけど、いいえ、今のうちに知っておいた方がいいかもしれません」
 ルリが苦笑する。その視線の先には、どこか壊れた笑いを浮かべながらウクレレをかき鳴らす長い黒髪の女性の姿があった。
「あの人は、確か、マキ・イズミさんですね」「あいつは駄洒落好きなんだよ」
 張りのある声が耳朶を打つ。
 ショートヘアを緑色に染めた黒のタンクトップの女性が整備員たちの間を縫って現れた。
「先任に挨拶しにきた。一応、あの暑苦しい奴には挨拶したからな」
 親指を突き出して背後を指さす。そこでは、頭に手をやって照れたような顔をしながら、アマノ・ヒカルと何かを熱く語り続けるヤマダ・ジロウの姿があった。
 だいたい何について話しているのか想像がついて、ルリとイツキはそろってため息をついた。
「俺はスバル・リョーコ。本日付でナデシコに着任した。よろしくな」
 大きく手を振ってスバル・リョーコが敬礼する。航空宇宙軍航宙兵学校で学んだ敬礼だろうと想像がついた。
 それに答えてルリがアサルト・ピットの中から脇を締めて小さく額に手を当てる。
「航空宇宙軍極東方面軍第三艦隊、航空参謀補アマノガ・ルリ大尉です。よろしく」
「同じく、第333航空戦闘団(ACC)所属、イツキ・カザマ中尉です」
 チェックシートを左脇に挟んで同じように敬礼を返す。艦隊派と呼ばれる艦船乗りや母艦航空隊の敬礼だ。航宙艦船では体の反動があまり大きくなく狭い場所でもできる脇を締めた敬礼が行われる。イツキはこのスバル・リョーコというパイロットが地上の基地航空隊の出なのだろうと当たりをつけた。
「へっへっへ。しっかし、役得だな。『水色の妖精』と一緒に戦えるなんざ、同期の連中にいい土産話になりそうだ」「そうですね」
 腕を直して鼻先を指で軽くこするリョーコにイツキが同意した。ルリが首をかしげた。
「そうですか?」「「・・・これ(だよ)(ですから)」」
 リョーコとイツキは互いに目を見交わした。
「大尉はもう少しご自身の影響力をご理解されるべきだと思いますけど」
 イツキはため息とともにルリを見上げた。ルリはアサルト・ピットから整備車両のクレーンに乗って降りてきた。
 リョーコは歩いてくるルリの小柄な姿を意外そうに見つめた。
『水色の妖精』。
 その名は航空主兵(アマノガ・ギャング)によって一人歩きしている。
 ルリにしてみれば、使えるモノを使った、ただそれだけのことだったが、それまでやられ役と呼ばれ鬱屈していた航空畑の将兵にとっては、彼らに地球圏防衛の主力としての立場をもたらした祝福の女神である。
 地球圏の各方面艦隊では、機動兵器母艦(バトルスター)を中核にした機動部隊の編成が本格化し始めている。第333航空戦闘団(ACC)に至っては空母基幹艦隊という編成すら飛び越えて、機動兵器部隊に艦隊、輸送船団を組み込んだ航空戦闘団(ACC)と称される、より柔軟な組織形態にシフトしていた。
 当然のことながら、それを好ましく思わない者たちもいる。
 決して軍隊という組織の硬直性を意味するのではない。一見華やかに見える機動兵器部隊だが、実際に敵性母艦(チューリップ)に対して有効な打撃を与えているのは機動兵器ではなく旧来からの戦艦や誘導兵器(ミサイル)母艦である。
 艦隊防空を勝ち取れるようになっただけ。辛辣だがこの事実を端的に吐く人々も少なくない。
 それらの立場を取る人々にとってはアマノガ・ルリは軍の方向性を間違ったものに導こうとする危険な存在に見えるのだろう。
「よろしくお願いします」「お、おう」
 ルリのさしのべた手をリョーコは二、三度指をぎこちなく動かしてゆっくりと握った。
「リョーコ、一人だけ素早いわね」「そうだよ! 抜け駆けはなし!」「外れそうなアーム・・・抜けかけ・・・抜け駆け。ククク、あひゃひゃひゃひゃ・・・」「・・・」
 一人だけ何か受けてクレーンの壁をどんどんと殴って笑い声をあげているが、いつものこととしてさらりと流しアマノ・ヒカルがルリの手を奪って握った。
「私、アマノ・ヒカル。よろしくね」「ええ」「・・・はぁ」「マキ・イズミ。世話になるわ。・・・曲がり角のお肌、しわになる・・・」
 駄洒落を言いながらもイズミも素早くルリと握手をする。その瞳が一瞬細められた。
「重いモノを背負っているわね…」「・・・」
 ルリは答えない。イズミはふっと口元をほころばせて苦笑した。
 その横をすり抜けてヒカルがルリとイツキが整備していた二機の機体をじろじろと見上げた。
「でも、私たちの機体が最新だって聞いてたんだけど、こっちの方が断然性能が良さそうだよね」「おう、そうだ。どういうことだよ。俺たちの0G戦フレームが最新の機体じゃなかったのかよ」「・・・そうね」
「いやいや、それは間違いではありませんよ」
 気配すら感じさせず、黄色いチョッキを着た眼鏡のサラリーマン、プロスペクターが答えた。
「あの人、司会してたはずじゃ?」「・・・プロスさんですし」
「どういうことかしら?」
 マキ・イズミが珍しく鋭い口調で訊ねる。プロスはハンカチを取り出すと額の汗をぬぐった。
「ネルガルが開発しておりますエステバリス0G戦フレームはお三方とともにナデシコの方に運ばれてきた機体が最新のものです。こちらの二機に関しましては、航空宇宙軍航空宇宙技術工廠から持ち込まれましたものでして」
「ふーん・・・」「ま、そうだろな」「ドミストリは明日香インダストリだものね」
 納得したのかしていないのか、三者三様の反応を見せる。
「ま、いいや。なんにせよ、あんたたちの腕前楽しみにさせてもらうぜ」
 リョーコはにやりと笑うと拳を突き出して見せた。



 GSO−LOL4−07船団の先頭2000キロの位置を一艘のコルベットが巡航していた。
 すでに地球静止衛星軌道(GSO)を28万キロ離れており、充分な速度を持っている。前方警戒(ピケット)艦として船団に敵襲を警告するため、この艦だけはレーダーを発信させてアクティブに敵の存在を捜索していた。
「ん? エコーが出たのか・・・」
 観測員は奇妙なフリップを出し始めたディスプレイを軽く叩いた。振動で雑音が発生したのかディスプレイが一瞬真っ白になるが、すぐに元の調子に戻る。
「おしおし。機嫌いいじゃないか」
 観測員はディスプレイを優しくなでる。
 もうすぐ減速が始まる。
 月軌道L4はすぐそこだった。

 指揮機より全機へ。
 進入路の確保を完了。
 規定のルートより敵泊地への突入せよ。





2.

 クリムゾンの営業担当者は自慢気だった。
 彼の一言一言に地球連合航空宇宙軍の将兵が大きく反応し、ざわめく。確実な手ごたえを感じていた。
「一ついいか?」
 一人の佐官が手を挙げる。航空宇宙軍の将兵にまぎれて聞いていたエリナ・キンジョウ・ウォンは階級章から極東方面軍の士官であると識別する。
「ええ、どうぞ」「うん。カーネル・シップ構想そのものに否はないんだが、ここで概念設計されている艦の中に航宙母艦(バトルスター)がないのが気になるんだが?」「「「「「・・・」」」」」
「アマノガ・ギャングかよ…」
 ざわめきの中でエリナの耳に微かな声が聞こえた。
 地球圏とは違い、宇宙での航宙機の評価は高くない。
 宇宙空間、特に惑星間空間での戦争は壮大な陣取り合戦だ。地球圏に浸透してくる敵艦の軌道要素を把握し、相対速度が最大になるよう配置された艦から機動爆雷を投射する。重力波感知による位置の暴露を避けるために冷たく凍り付いていた無人艦は、あるものは慌てて全力で回避し、あるものはなすすべ無く撃破される。
 チューリップのような巨大質量を持った艦も、度重なる爆雷の破片によって機能を低下させ、地球圏に到着するやいなや無人兵器を投入できずに一方的に打ちのめされることになる。
 このような戦場では、既に浸透した無人機動兵器に対する制宙以外に航宙機の活躍の場はない。航宙母艦主義(アマノガ・ギャング)が冷ややかな目で見られるのも無理はなかった。
「そうですね…。我々クリムゾンといたしましても、航宙母艦(バトルスター)の将来性を高く評価いたしております。専門の設計部を用意して研究に努めているのですが・・・」
 担当官が困ったように口元を被う。
「何か問題があるのかね?」「はい」
 先ほどの佐官が問いかける。担当官は大きく頷くと、逆に問いかけた。
「少佐殿は航宙母艦(バトルスター)にどの機体を載せますか?」「う・・・」
 言われて少佐が考え込んだ。担当官が続ける。
「おそらくは、エステバリス0Gフレーム、XCF-42ラケナリア、あ、まだドミストリですね、を制宙機として、CE-39オンシジュームを攻撃機として配備するのが現状のベストなのでしょうが、エステバリス、オンシジュームは重力ビームで、ドミストリは核パルスエンジンです。自律型の機体と母艦に追随しなければいけない機体をどう運用すればいいのか」
「母艦に追随しなきゃ使えない航宙機なんて無駄よ!」
 キンキン声が響く。先ほどの少佐はむっとしたようにそちらに目を向けた。特徴的なキノコ頭の男、大佐の階級章をつけている、がいやらしく肩をすくめている。
「この先、航宙機の行動範囲は地球・月圏以上に広くなるわ。重力ビームの到達距離は約300キロメートル。そんなの惑星間空間じゃ一秒の対応時間にもならない。ひも付きなんて命の無駄遣いもいいとこよ!」
 少佐は太い眉をそっと釣り上げた。
「失礼ですが、大佐。ドミストリとエステバリスは共に戦域分担をすることで共存できると思えますが?」「ふん。エステを防宙戦闘機にしてドミストリで攻撃隊を編成しようってことかしら?
 それならそれで構わないけど、艦種を増やすつもり?」「・・・そうなりますな」
 憮然としたように少佐は答える。ムネタケ・サダアキがにやりと頬をゆがめた。
「そんな艦隊直援しか出来ない機体のために専用の箱を用意するなんてばかげてるわ。母艦がやられたらただのでくの坊じゃない。
 アタシたちは戦って戦って戦いつづける必要があるのよ。たかが一隻損傷した程度で使い物にならなくなる兵器なんて運用していられないわ。
 むしろ各艦に個艦防衛のためのエステバリス隊を付けたほうがいいでしょ。ドミストリはCF/A(制宙・攻撃両用)にして、ドミストリだけを載んだ航宙母艦(バトルスター)を作ればいいんじゃない? 燃料の種類も一元化できるし、統合した指揮が執れるわよ」
「なるほどぉ」「・・・」
 キノコ頭が得意げに自説を披露する。
 エリナは今の提案を頭の中で咀嚼してみた。悪い考えではない。だが、困る。これではネルガルの利益にならない。航宙母艦(バトルスター)最大の消耗材である航宙機がこのままでは明日香インダストリーに独占されてしまうことになる。
「そもそもアタシは紐付きのエステバリスに人が乗っていること自体が許せないのよ。みーんな無人にして後ろから操作した方がパイロットも消耗しなくて済むでしょ」
「我々をそんな勇気に不足がある者達と一緒にされては困る!」「なんですってぇ! アタシが臆病者とでも言いたいわけぇ!?」「考え無しの鉄砲玉のくせにッ!」「篭の中で震えてるチキン野郎!」「なんだとぉ!」「舐めてんじゃねぇぞ!!」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
 ゴングは誰かの投げつけた士官制帽だった。





3.

 ミスマル・ユリカは上機嫌でハンドルを握っていた。
 助手席には憮然とした表情で座る一人の男性が、少年から青年に移ろうとするぼさぼさ髪の男の姿があった。
「なんでユリカがついてくるんだよ!」「だってぇ。アキト、運転免許持ってないでしょ?」
 両手をハンドルから放して指を重ねて両手を会わせるユリカにアキトは慌てて横からハンドルを押さえた。
「IFSの奴なら持ってるぞ!」
「うん。でも、地球製の車にはIFSついてないから、運転できないんだよね」「・・・悪いかよ」
 拗ねるように窓の外に視線をそらす。
 ユリカは満面の笑みで首を振った。
「ううん、そんなところもアキトなんだね。アキトとデートなんてユリカ感激♪」
 アキトは喜ぶユリカを横目にため息をついた。
「こんなのが艦長でいいのかよ・・・」

「これでいいんですか?」「は、はぁ・・・」
 アマノガ・ルリは胸にかかった『艦長代理』のプレートに問い掛けた。プロスペクターは額に浮かんだ汗をハンカチで拭う。
「艦長ももう少し大人になればいいのにねぇ」
 ハルカ・ミナトが先ほどまでの騒ぎを思い出して笑った。
 サツキミドリ2号に到着したナデシコは資材の搬入と補給物資の追加、各部ストレスチェックに2日の停泊を予定していた。クルーにとってはこれが地球圏最後の休暇となる。ほぼ全員がローテーションを組んで休暇を取る中、たった一人だけ休暇が取れない人物がいた。
 艦長のミスマル・ユリカである。
 本来であれば、副長(ナンバーワン)のアオイ・ジュンと交代で休暇がとることができるはずの彼女が休暇を取れない理由。それは、マスターキーの存在にあった。
 ナデシコの機能はクーデター防止のためにマスターキーを艦長登録している人物が差し込むことによって制限を解除される。マスターキー登録されている人物は艦長のミスマル・ユリカとネルガル会長だけである。ほかの人物ではマスターキーを差し込もうと、反応しない。
 当然、艦長は艦を離れるとき、マスターキーを肌身はなさず持つことを要求されることになる。
 ユリカも休暇の時にはマスターキーを持って行こうとしていたのだが、アマノガ・ルリがそれに反対していた。月軌道とはいえ制宙圏は万全ではない。木星蜥蜴の奇襲があったとき、ユリカがマスターキーとともに艦を離れていてはなすすべなく沈められてしまう。
 ほかのクルーは何を神経質な、という目でアマノガ・ルリを見つめる中、ユリカはひとつのプレートになにやら書くと、それをルリの首にかけて微笑んだのだ。
「それじゃ、ルリちゃん、よろしくね」
 ルリは呆れるよりも、ああ、やっぱりユリカさんだ、と納得してしまったのは、付き合いの長さという不幸だろう。周りが呆然と見送る中、ユリカはアキトの愛を求めてさっさと休暇に入ってしまう。
「大尉、よろしく頼みます」「・・・はい」
 苦笑とともにアオイ・ジュンが声をかけ、ようやく艦橋(ブリッジ)のクルーたちも再起動を果たした。
「い、いいんですか? 艦長があれで?」
 メグミ・レイナードの言葉は艦橋(ブリッジ)にいた全員の気持ちを代表したものだったろう。
「ユリカさんですから」「・・・ばか?」
 ため息をつくようにアマノガ・ルリが答える。少女の呟きがしんみりと響いた。





4.

 エリナは無骨なテーブルにひじをついてため息をついた。あとのことは思い出したくなかった。
 航空宇宙軍の次期装備企業プレゼンテーションはそのまま喧嘩の会場となり、艦隊派と母艦派にわかれての大騒ぎになってしまった。
 エリナを誘導してさっさと喧嘩の場所から退避した士官の手慣れた様子からして、いつものことなのだろうと想像がつく。そして、また、地球圏の各方面艦隊はともかく、これから対木星蜥蜴の剣となる月軌道艦隊(ルナ・オービッツ)内惑星系艦隊(インナーフリート)外宇宙艦隊(アウターフリート)の三艦隊では、航宙母艦(バトルスター)や機動兵器を扱いあぐねている事を強く感じていた。
「このさき宇宙機はむしろ大型化するのかも…」
 宇宙空間での戦争は潜水艦の戦いにも似ている。
 第二次世界大戦太平洋戦争以降、小型の潜水艇は沿岸警備にのみ使われ、外洋を航行する潜水艦は次第に大型化の一途をたどっていった歴史を思い起こす。
 エリナは視線をエンディミオンから右前方に位置する男に移し、訊ねてみた。
「すこし訊いてもよろしいかしら?」「・・・ああ」
 黒いバイザーの影に視線を隠したまま、男が頷く。
「エンディミオンは艦載機が運用できるのかしら?」
「20メートル級制宙戦闘機二機を搭載可能だ」
 エンディミオンには重力波ビーム発信器が搭載されていない。機動兵器を運用するために、遠距離に重力波ビームを照射できる発信器を搭載するにはそれなりの装備が必要だ。ナデシコとて、オモイカネとホシノ・ルリという組み合わせがあるからこそ、運用が可能になっている。
「母艦にするならどういう風に組み立てるのかしら?」
 相手の反応に脈ありと見たエリナは中枢艦としてのイメージ図を示してエンディミオンを細いあごでしゃくる。男は軽く苦笑したようだった。
「そうだな。エンディミオンは母艦用の船として設計されていない。
 いや、それ以前に、母艦とはどういうものか、というイメージすら決まっていないからな」
 小さく頭を振る。
「エステバリスはわかる。アレは浮遊式対空砲台だ。母艦に追随し敵機動兵器の母艦への接近を防ぐ。自艦の発生させたディストーション・フィールドによって外界への迎撃手段を失ったDF搭載艦が、敵に取り付かれないようにする手段だ。攻撃的に使うのは制宙圏を確保した後のおまけでしかない。
 エステバリスの集中運用は無意味だろう」
「どうしてかしら?」
 挑戦するような目でエリナは男を睨みつけた。男の語る言葉は正しいのかもしれない。しかし、エリナとて自社製品が否定されるのは納得がいかなかった。
「艦隊による統一管制ならば充分な意味を持つだろう。各艦から抽出されたエステバリス隊を適切な所に配置することは防御上重要なことだ。
 だが、母艦で運用するのは駄目だ。
 エステバリスが敵と交戦するためには母艦が敵に接近する必要がある。母艦を危険にさらす攻撃隊などばかげていると思わないか?」「あ!」「重力波ビームで運用されている限り、エステバリスは母艦航宙機隊の中核にはなれないと言うことだ」
「・・・でも、地球圏では対木星蜥蜴の中核になってるわ!」
 苛立ちを押さえきれないようにエリナは声を荒げた。男はバイザーの向こうで目を細めた。
「地球圏では双方共に相転移機関を生かしきれていない。だから、戦闘の主体はバッタやジョロなど小型の機動兵器だ。エステバリスはそんな機動兵器を圧倒するために開発されたものだろう? それを集中運用すれば、戦果が上がるのは当たり前のことだ。
 敵より強い武器でより多い数で弱小な敵にぶつかるのが戦術の基本。それに一番効率のいい方法が、母艦運用だったというわけだ」
「それでは、これからの戦場、惑星間空間では航宙母艦主義は役に立たないと?」
 勢い込むエリナに男は微笑んだようだった。
「さぁ、それはわからないな」「なんですってぇッ!!」
 エリナはバンと資料をテーブルに叩きつけると立ち上がった。
「あなた、私を馬鹿にしているのかしら!」「・・・」「・・・」「・・・」
 周囲の視線をものともせず、というわけにも行かず、エリナは慌てて周囲に軽く会釈をして椅子に座り直す。正面の男は一生懸命苦笑を堪えているようだった。それがまたエリナのしゃくに障った。
「あなたねぇ!」
「まぁ、落ち着け。ドミストリが将来相転移エンジンを搭載しようと計画されているのは、宇宙機の持つ本質的欠陥のひとつ、活動範囲を無制限にしようというものだ。これが持つ意味がわかるか?」
「そうねぇ。どんな遠くからでもドミストリを出撃させることが出来るってことかしら」
「ああ。生命維持装置やパイロットの体調などの問題はあるが、機体さえ無事なら帰ってこれる。燃料切れが起きない。これは大きい。
 ・・・むしろ拠点攻略にこそ航宙母艦は真価を発揮するのかもな」
 最後の方は男の口の中で消えてしまったが、エリナにも男の考えがわかったように思えた。母艦とは元来攻撃的な存在だった。
 エリナは少し肩をすくめて見せた。
「じゃ、最大のライバルはやっぱり明日香インダストリーなのかしら」「かもな」
 男は短く答えた。





5.

 神経を逆撫でする音が港湾全体に響き渡る。
 ミスマル・ユリカははっと頭を上げると、急ブレーキを踏んだ。
「どわぁっ!!」
 テンカワ・アキトは突然のブレーキにフロント・グラスにおでこをぶつけて叫んだ。
「ごっめーん!」「ぎょぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
 ユリカは一言謝ると、Uターンをしてアクセルを思いっきり踏みしめた。アキトは今度はサイドドアに、そして、シートに押しつけられて奇声を発する。
「早く、早くっ!!」「ゆ、ユリカ。いったい…」
「アキト、もうちょっと我慢してね♪ もう少しで待避所だから」
 アキトは訳がわからずに遠ざかりつつあるナデシコの方を振り向いた。そこで、気づく。
「か、壁が!!」
 背後からは次々と気密シャッターが下り、鋼鉄の鈍い青灰色が迫ってくるようにも見えた。
「到着!」「おわぁぁぁぁぁ!」
 ユリカが思いっきりハンドルを切ると、待避所へのエアロックに車を押し込む。すでに駆け込んでいた人たちが慌てて跳ねられないように逃げる。シリンダーが回りユリカたちの乗った車と駆け込んできた作業員たちを待避所に送り込んだ。
 ほっとしたようにユリカがハンドルに身体を預ける。
「お、おい、ユリカ! いったいどうしたんだ? ナデシコに帰るんじゃなかったのかよ?」
 全然訳がわからずに、アキトはユリカに声をかけた。ユリカははっと顔を上げた。
「そう言えば、説明してなかったっけ」「ああ、そうだよ!」
 アキトは半ばやけになったように叫んだ。周りの注目を浴びる。ユリカは説明をしようと口を開こうとしたその時、アキトがドアを開いて駆けだした。
「あ、アキト・・・」「・・・逃げ出しやがった…」
 アキトが駆けだした先には3重の耐熱ガラスがあった。その窓の向こうを見つめて呆然と呟く。
 ユリカはゆっくりと歩み寄った。
「アキト、あのね…」
「ナデシコが、逃げ出しやがった!」
 アキトの叫びが待避所に響き渡った。
 アキトの見つめる窓の外では、馬蹄形の船体が核パルスエンジンを全開にして泊地から脱出しようと加速していた。
 それは、火星を捨てた軍の行動と同じようにアキトには思えた。



 気持ちは逸る
 ひと時でも早く
 あの赤い星へ
 だが、踏み出す足元は覚束無い





先頭 目次 前話 次話

あとがき

 アキトってDQN? ってかおいらがアキトを馬鹿にして書いてるだけなのかなぁ・・・。
 2−Fまで続きます。