Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第四話 Cパート

 『赤い大地に「ときめき」できるかっ!』


1.

 慌ただしい飛行だった。
 オリンポス・シティからマリネリス・シティ、そして、火星南半球のヘラス・シティへ。
 イネス・フレサンジュは他のネルガル火星(マルス)社オリンポス研究所のメンバーと別に、ヘラス・シティに輸送されていた。彼女のために臨時便と護衛の飛行隊まで用意されていたのは、ヘラス・シティしいては火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)にとってどれほどの重要人物と認識されているかを物語っていた。
 だが、イネス自身はどうして自分がこれほどまでに厚遇されるのかわからなかった。
 相手がネルガルなら理解できる。
 ボソン・ジャンプの独占。
 先代会長の頃から続くボソン・ジャンプへのネルガルの執着は、すでに企業に取り憑いた怨霊にも見える。
 ヘラス・シティの新市街を過ぎ、海底に沈む旧市街へと案内される。案内の女性士官――肩の辺りで黒髪をラフに切り整えた褐色の肌のハンサムな女性だ――が辺りを警戒するように見回すと、そのまま迷うことなく閉鎖区画へイネスを案内する。
 この辺りでイネスはうすうすと理解していた。
 自分を望んでいるのは火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)ではない。火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)の背後で戦闘指導をしている何者かの組織が彼女を呼んだのだ、と。
 まだ新しい、腰をかがめないと頭を打つほど天井の低い回廊を通りぬける。
 水が抜ける鈍い(ドレイン)音が響く。
 狭いハッチをくぐり抜け、キャットウォークの柔らかな足場を通りぬけ、その先に。
 広いスクリーンに現在の戦況が映し出され、十人ほどの人々が彼女を待っていた。
 イネスは目を細める。
 その中の一人には彼女も見覚えがあった。エマニュエル・ガドナス。いずれ行われる火星植民都市連合大統領選、最有力候補のひとりのはずだ。これほどの重要人物まで参加しているとは意外だった。
 彼らの中心に位置する車椅子に乗った男とポニーテールの少女が前に出る。その二人組みにはイネスにも見覚えがあった。
「ようこそ、最前線へ」
 テンカワ・アキトの言葉にイネスは少し頬をゆるめる。
「説明して、もらえるのでしょう?」「無論。ドクターに説明できるとは光栄だ」
 アキトは苦笑すると、中央のシートにイネスを誘った。

「ボソン・ジャンプは時空間移動…」
 イネス・フレサンジュはひとりぽつりと呟く。
 発令所での説明の後、イネスはこよみと名乗る少女が回収した、ユーチャリスに載っていた資料に目を通していた。その技術資料や歴史、社会情勢の分析は、さすがネルガルと思わせる内容ばかりだ。
 ただ、少し気になった点がある。
 どうしてこれほどの資料が生き残ったのだろう。
 ユーチャリスが不時着した時の様子から考えると、オモイカネ改修型(アール)を破壊するほどの念の入った証拠抹消ぶりだ。しかし、その一方でこれだけの社会、技術資料が残されている。あまりにも片手落ちすぎる。
 こんこん。
 軽いノックの音が響く。
 はっと振り向く。
 そこにはあの少女がお盆の上に紙コップのコーヒーを載せて部屋に入り込んでいた。
「ちょっといいか?」「あら、悪の秘密結社のかわいらしい黒幕さん直々にコーヒーを持ってきてもらえるなんて光栄だわ」
 イネスは椅子を回転させて振り返った。その言葉にこよみは苦虫をかみつぶした表情を浮かべた。
「勘弁してくれ。それよりも、内々の話があるんだが」
「あら? 何かしら?」
 イネスは周りを見回す。他には誰もいない。
 こよみはテーブルにコーヒーの入ったコップを置くと、上着の隠しからいくつかのデータディスクを取り出した。
「ある人物の診療記録と、担当主治医からの伝言だ。意見を聞かせてもらいたい」
 こよみが見上げるように顔を上げ、イネスにデータを差し出す。
「私でいいのかしら?」
 いぶかしむようにこよみを見つめるイネスに、こよみは小さく頷いた。
「貴女でなければ困る」「そう」
 データを受け取るイネス。ウィンドウを開き流れ出す映像に目を見張った。
『この記録を私以外の人が見ると言うことは、私がもうアキト君の治療をすることが出来なくなった状況と言う事ね。
 私は今、この記録を見ているあなたが誰か知らない。たぶん、探すことも出来ないのでしょう。
 だから、あなたにお願いします。
 アキト君を、お兄ちゃんを救って上げて』
 そこには、五年ほど歳を取った自分がまっすぐな瞳で彼女を見つめていた。





2.

 オセアニア州アンズィ副州オーストラリア、メルボルン。
 古くからの港町として栄えるこの都市はクリムゾン・グループのお膝元として世界経済に大きな影響をもたらしている。
 その郊外に広大な敷地を造成した一軒の邸宅があった。
 主の名はロバート・クリムゾン。その屋敷に、警護を引き連れた数台のリムジンが到着していた。
 アクア・クリムゾンは車のドアを開けた執事に礼を言うと、差し伸べられた手に支えられて車を降りた。
「ようこそ、おいでくださいました。
 ロバート様がお待ちです」
 ホールで待つロバート付きの執事がアクアを誘う。アクアは優雅にうなずいて先導を許した。
 奇麗に刈り取られた庭園を縫って歩く。南半球初秋の乾いた風が心地よい。どこからか聞こえる川のせせらぎに耳を傾け、アクアはそっと指で髪をすいた。
「よく来た。
 ・・・お前のほうから私の元を訪ねるとはな」
 小道の先、仕立てのよいチャコールのスーツをまとった恰幅のよい壮年の男性が両手を大きく広げてアクアを迎えた。アクアはそっと小柄な体を寄り添わせ、祖父の両頬に頬を重ねる。
「それだけ重要な用件ということですわ。お爺様」
 ロバートの感慨ぶかげな声に、アクアが答える。その言葉は、だが、奇妙にそっけなく響いた。
「そうか・・・」
 ロバートは動じた様子を見せず、アクアを抱きしめていた腕をほどくと、アクアの差し出す左手をとってエスコートする。
 川辺にせり出した東屋には、すでにディナーの用意をした給仕たちが控えていた。
 ロバートの合図に川岸に設営された調理場から香ばしい煙があがる。
 小さな丸テーブルに導かれたアクアはロバートに引かれた椅子に落ち着いて、礼をいった。
「ふふ、そうやっていれば立派な貴婦人(レイディ)なのだがな」
 正面に座ってロバートが苦笑混じりに呟く。アクアが薄い笑みを浮かべて肯いた。
「わたくし、お母様似だそうですもの」
「・・・そうだな」
 ロバートが肯定した。
 食前酒(アペリティフ)を選ぶ。初秋の物悲しさに何かを想うよう、会話が途切れた。
 グラスの端に艶やかな唇をつけて喉を湿らせると、アクアは思い出したように口を開いた。
「そういえば、先日、変わったお客さまが見えましたの」
 ロバートが眉をあげる。
「お友達かね?」「初めてお会いした人たちばかりでしたわ」
 アクアはテニシアン島のセキュリティをかいくぐっての訪問であることを伝える。ロバートの目がかすかに細められた。
「ほう!?」「わざわざ火星からのお客さまでしたわ」「火星?」「ええ。火星植民都市連合の方だと名乗られましたの」
「・・・本物かね?」
 探るようにロバートが孫娘の表情を覗きこむ。アクアがくすりと笑みを浮かべた。
「さぁ? 少なくともそのうち二人は火星の住民でしたわ。第一次火星会戦前まで、火星ヘラス市に在住していたことは確認してありますから。残りのお二人は用心深い方で、何の痕跡を残していきませんでしたけど。
 でも、あのかたたちが本当に火星の方かなんて、どうでもいいんですの」
 アクアがグラスをそっと揺らした。
「わたくし、生体ボソン・ジャンプをはじめて見ることができましたから」「何だと!!」
 ロバートの座る椅子ががたりと音を立てた。ロバートのこわばった表情に、アクアがそっと笑みをこぼした。
「生体ボソン・ジャンプを先に実用化したのは地球でも木連でもなく。
 火星。
 とんだダークホースの出現ですわね」
 アクアは愉快そうに笑うと、グラスを傾けた。





3.

 いつもの発令所をフェイエン・ノール中佐は感慨深く見渡す。そこにはユートピア・コロニー救援以来の仲間たちが思い思いにくつろいでいる。
 困難を極めた火星の戦局は、いまだに一手間違えると全滅という危険なアリアを謳っている。そして、今、新たな一手を打ち込もうとしていることを彼らはまだ知らない。
 部下のエリス・ティタニア中尉の表情も硬い。火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)統合作戦本部に勤務する彼女にしても、こんな危険な作戦に打って出るなど理解の範疇を超えていた。
 だが、フェイエンは理解していた。政治による必要性が軍を動かすのだと。それがいくら馬鹿げた動機であろうと、血を流すのが彼らの使命だった。
「皆さん、お集まりのようですね」
 こよみが正面に立つ。そのいつもどおりの表情にフェイエンは悪態をつきたい衝動に駆られた。
「今回はどういう趣旨の会議なのかね?」
 エマニュエル・ガドナスが問いかける。作戦の秘匿を期すために、今回は必要最低限の人数で、会議の内容も伝えられていなかった。
「はい。今回の会議は木星圏攻略作戦の実施について、その趣旨と細目の説明となります」
「「「「「はぁ?」」」」」
 発令所が一瞬凍りついた気がした。
「た、大将よぅ。俺、最近耳が悪くなったのか、木星圏攻略って聞こえたんだけどよ」「そのとおりだ」
 エノラ・パーキンスが右腕を上げて問いかける。こよみはあっさりと肯いた。
「「「「「・・・」」」」」
 唖然とした一同を見回し、こよみの視線がテンカワ・アキトとイネス・フレサンジュに止まった。
「現在、火星戦線では木連軍の無人兵器によって一方的に攻撃を受けている状況にあります。
 政治交渉を進めるために、木連に対して我々が軍事的にまったく無力でないことを教育する必要があります。
 そこで、木星圏ガリレオ衛星群反地球政府連合共同体を構成する宇宙都市、および、プラントに対し、戦略攻撃を計画しています」
「・・・戦略攻撃かね?」「はい」
 エマニュエル・ガドナスがためらうように問いかけた。
「具体的には?」
 こよみが木星圏周辺の宙域図を表示する。
「大きく分けて、3つの方策をとります。
 ひとつは、木星圏の民衆を標的にした宣撫工作。全体主義国家と化している木連の軍部に対する不信感を煽り、政治的動揺を誘います。
 二つ目に、木星圏の機雷封鎖です。木連を構成する主要三衛星、カリスト、ガニメデ、エウロパと、それ以外の宇宙コロニーを分断し、内部分裂を誘います。
 三つ目に、木連の生産プラントに対し、核攻撃を含む戦略爆撃を行います。特に、第一撃では木連の遺跡『プラント』に対して可能な限りの破壊力を投入します」
「無茶だ! こよみさんを信頼しないわけじゃないけど、今回ばかりは無茶すぎますよ」
「ああ、俺もそう思うぜ。ちょいっと早すぎんじゃねえか?」
 サルベージ仲間のヤシマ・マゴロクとグレッグ・カニンガムが全体的な意見を代表するように言った。おおむね同意見なのか、その言葉に肯く人々が多い。例外なのはすでに作戦概略を知っている軍人たちと、面白そうな表情を浮かべているテンカワ・アキトだけだった。
「どうしてこんな作戦を立てたのかしら? 必要性に疑問があるのだけど」
 間をとりなすように、イネス・フレサンジュが訊ねる。
 イネスは一番反対すると考えていた軍人たちから何の意見も出ないことに興味を覚えていた。彼らは、可能である、と考えているということだった。
「まず、政治的な必要性から説明しましょう。
 皆さんは今、木連と交渉して無条件降伏以外の条件を提示されると思いますか?」「「「「「・・・」」」」」
 こよみの問いかけに誰もが言葉に詰まった。火星に向けて植民船が準備されている状況で、木連が火星と交渉する利点がない。
 いや、むしろ将来の禍根を絶つという意味で言えば、木連は火星市民の抹殺を図る必要すらあった。そう考えれば、無条件降伏すら難しいといえる。
 だが、木連との交渉を行おうと言い出したのはこよみ自身ではなかったのか。
 こよみの真意を探るように、エマニュエルが問いかけた。
「では、こよみさんは木連との交渉は無駄だとおっしゃるのですか?」
「いいえ、そうではありません。
 可能ならば、完璧な条件を引きずり出すためにも、我々は木連が交渉に出るしかないよう積極的に状況を作る必要があります。
 ここに示した作戦計画は、これ以上火星に関わっていると木連の存続が危うい、という状況を創るためのものです。
 ガドナスさん、これが国家と国家の存亡を賭けた『戦争』です」
「滅ぼされないために滅ぼす。
 そう言うことだ」
 テンカワ・アキトの言葉が不吉な予言のように響いた。



 発令所を重苦しい沈黙が支配していた。
「これは以前から聞きたかったことなのですが、こよみさん、あなたはいったい太陽系社会をどうしようと考えているのですか?
 ここまで無茶なことをすれば、木連の政情は不安定になるでしょう。いたずらに紛争の種を振り蒔くことになるのではありませんか?
 僕にはこよみさんの考えていることが理解できない」
 沈黙を振り切るように、エマニュエルが問いかける。
「それは私もぜひ知りたいものだ。部下たちに死を命じる立場としてな」
 沈黙を守っていたフェイエン・ノールも鋭い視線をこよみにぶつけた。
 注目を浴びたこよみは、何か宙を見透かすかのような、透明な表情を見せた。彼らは知らないが、その表情はこよみ、ニンバスの姉妹たちである幼生固定体(ナイファティ)たちととてもよく似ていた。
「太陽系は速やかに統合を取り戻すべきでしょう。戦後、火星も木連も新たな太陽系政体の下で、一自治州として吸収されるべきです。
 現在の火星独立政府は、火星市民を保護するための緊急避難的対処に過ぎません。
 そして、戦後の新秩序再構成期に向けて、木連の牙を抜くことは重要な政治課題となります。
 火星は木連の角をためる剣となりえます」
 言いきる。
 こよみ、いや、XION(中枢ネットワーク)の端末であるニンバスは、航空宇宙軍の戦略分析官としての視点を彼らに語りきって見せた。
 誰かのため息が聞こえた。
「それがこよみさんの本心ですか」「・・・」
 エマニュエルが呟く。こよみは答えない。ただ、冷たい人形のような瞳で彼らの注視を受け止める。
「その戦略の中で、火星はどうなればいいのかしら?」
 イネスが興味深そうに訊ねる。
「生き残り、火星の惨劇を語り告ぐ。そして、木連の市民に罪悪感を埋め込み、『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)などというふざけた組織に同調しないよう徹底的に彼らから正義を奪い取ります」
 こよみはふっと暗い笑いを浮かべた。
「彼らが大義を語るほど、人々からあざけりを受ける。
 そして、軽蔑と冷笑の中に追い込み、無力化します」
「処理しないのか?」
 アキトが冷ややかに訊ねた。こよみが首を振った。
「犯していない罪で人を裁くわけにはいかないだろう? 有能な人材であることに違いはない。改心してくれるなら、それに越したことはないからな。
 死は自らの無能と臆病の証明でしかない」
「フッ、傲慢だな」「私はそのために造られた。そう自負している」「ほぅ」
 感心したようにアキトが含み笑いを浮かべた。
「あのぅ、もしもし?
 二人で勝手にわかりあえられても困るんですけど」
 頭をポリポリと掻きながら、エノラが声をかけた。
「えっと、ようするに、大将、あんた性格悪いねってこと?」「・・・」
「・・・いったい今のをどう解釈したら、そう言う結論なるんだっ!」
「いや、だってよう、なんか『三州屋、そちも悪よのう』『いえいえ、お代官様にはかないませぬ』ってイメージが・・・」「どあほっ!!」
 こよみが手近なプラスティックのコップを投げつけた。
「要するにだ、いまさら太陽系内で複数の国家が張り合う時代じゃない。だから、腹へって気が立ってる木連を飼いならす必要があるから、物資援助による懐柔で気が緩んだところで精神的な楔を打ち込む。そこに火星戦線の状況を教育して、自分たちが支持した軍部が大量虐殺者で、それを応援した自分たちも同罪だから、もう軍に騙されないよう自己防衛させることで連中への支持を削る。
 これで『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)の乱で木連組が大量に同調する結果になることを抑えることができるはずだ!!」
 肩で息をしながらこよみが一気に言いきった。ぴっとエノラに指を突きつける。
「わかったか!?」
 エノラが頭をポリポリと掻いた。
「・・・最初からそう言ってくれよ」「お前はぁ!!」
「じゃれてるところをすみませんが、話を戻していいですか?」
 このままだとエノラがプチ殺されると感じて、エマニュエルは慌てて口をはさんだ。エノラが感謝の視線を送ってくる。
 エマニュエルはフェイエンに顔を向けた。
「軍のほうでは分析を終えているようですね。どうなのですか?」
 フェイエンはエリス中尉に合図をして全員に軍事分析の資料を配らせた。
「軍としては、詳細は資料を読んでいただくとして、条件付きで賛成となります」
「その条件とは?」
 資料に目を落としたまま、エマニュエルが訊ねる。
「はい。まず、クリムゾン、もしくは、航空宇宙軍の支援を受けられること。これは航宙戦の機材が不足しているためです。そして、もうひとつ、作戦参加者に一時的にせよ軍服を着せるということです」
「俺に軍に加われということか?」
 アキトが口元を歪めて問いかける。
「戦時法の問題だ。一時的な任官で、佐官待遇を考えている」
 フェイエンはアキトに資料を叩いて説明する。そこにこよみが続けた。
「軍人であるということは私権が制限されてしまうからな。お前をそのまま組み込むと、いろいろと不都合が多い。一度、我々の組織的な意味付けと合法性を用意しておくべきだな」
「手間がかかるものだ」「それが私兵集団ではなく、法治国家ということだ」
「ちょ、ちょっと待ってください。
 軍が賛成することはわかりました。でも、どうやって木星まで行くんです?」
「ああ、そういうことか」
 ヤシマが慌てて問いただす。その隣で、グレッグが納得したように肯いていた。
「戦艦規模のボソン・ジャンプ」
 イネス・フレサンジュが呟きで返した。
「あ!」
 イネスはユーチャリスの構造詳細を思い浮かべながら答えた。
「直接交戦するのでなければ、戦艦でジャンプする必要なんてない。
 爆雷や誘導弾、電子戦に限れば、輸送船一隻でことが足りる」
「そして、木連は一方的勝利によって本国が狙われるなど考えてもいない。
 その油断をついて、無人兵器生産の中枢である『プラント』を核攻撃する。遺跡である『プラント』そのものが破壊できるとは思えないが、宇宙空間での核爆発がもたらす木連への衝撃は大きい。木連にとって、自分たちの宇宙都市を攻撃されることへの恐怖は計り知れないものがある」
 アキトが続ける。
相互破壊(MAD)の恐怖に先に折れるのはどちらか、ということだ。ましてや、木連の敵は火星ばかりではない」
 エマニュエルが肯いた。
「地球連合で相転移艦の就航と、本格反抗が始まるわけですね。
 なるほど、状況を創るわけですか」
 感心するように声を上げると、エマニュエルはこよみを見た。
「我々には木星圏を占領することはできませんが、破壊することは可能です。もし、連中が交渉に応じないのでしたら、次は市民船や宇宙都市を狙います。
 『殲滅戦』をし掛けた以上、自分たちも殲滅されることを思い知ってもらいます」
「わかりました。詳細を教えていただけますか?」
 エマニュエルが事実上のゴーサインを出す。こよみはエリス中尉に場所を譲った。
 てきぱきとした手順で、作戦内容が紹介されていく。
 期待と不安の表情が入り混じる人々の中で、イネスは心配そうに、アキトの姿を見つめていた。





4.

「彼らの要求は何だったのかね?」
 ひとしきり料理が終わりデザートを頼むと、ロバート・クリムゾンは再び話を戻す。
 アクア・クリムゾンは頬に手をやり考えるそぶりを見せた。
「木連との交渉の仲介を頼んでおられましたけど、どうしてクリムゾンを頼ってきたのかは、教えていただけませんでしたわ」
 不思議ですわね、とアクアが一人納得する。ロバートは孫娘の態度に少し困ったように問いかけた。
「条件は?」「相転移エンジンの供与」「ほう」
 ロバートが感心したように声を上げた。
「ボソン・ジャンプを見せ札に、それを切ってくるか。
 ずいぶんとクリムゾンの内情に詳しいようだな」
 頭の中で防諜の調査を考える。そんなロバートの心を見透かしたようにアクアが軽やかに微笑んだ。
「相手はどこからともなく現れますわ。いつものとおりでは影も見れないかも知れませんわよ?」
「ふむ・・・」
 ロバートは同意すると、先ほどの話題に水を向けた。
「それで、お前はどう考える?」
「よろしいのではないかしら。クリムゾンが失うものは何もない様に思えるのですけど」
 アクアは川辺に視線を投げる。
「相転移エンジンが手に入るのでしたら、多少の出費は許容のうちではないかしら?」
 アクアはクリムゾンが現在抱えている問題を示す。
 地球連合航空宇宙軍からの機材の大量発注。それに民生部門はともかく、軍需部門においてクリムゾンはかつてないほど大幅な取りこぼしをしていた。
 蜥蜴戦争勃発以来、航空宇宙軍は兵器の最低基準として、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)の搭載を規定している。幸い、バリア部門のシェアのおかげで何とか指名取り外しを免れているものの、航空宇宙機ではネルガル、明日香・インダストリーに突き放され、艦艇では新造艦の発注から見放され旧来の核融合炉搭載艦の修理でなんとか造船所を維持している状況だ。
 いや、それすらも最近では機動兵器母艦(バトル・スター)への艦艇の更新が進み、クリムゾンの造船所には修理の依頼すらこない場合も多々ある。
 ようやく最近になって空間歪曲場(ディストーション・フィールド)発生装置の修理体制が整ってきたおかげで一息ついてはいるが、いずれ予想される航宙艦艇の増産をネルガルに独占されるのは目に見えて明らかだった。
「だが、世論の反発もある」
 ロバートはアクアの言葉に内心同意しながらも、あえて反論を紡いだ。アクアが、そんなこと、という表情で口を尖らせる。ロバートは利発すぎる孫娘のこんなしぐさを愛していた。
「戦争しているからといって、相手とのすべての外交チャンネルを絶つのは、愚物の証明ですわ。地球連合政府もそれをわかっていて黙認しているのではなかったかしら?
 第一、交渉するのは私たちではなく、火星政府の人たちですもの。彼らの交渉が成功すれば、クリムゾンは双方に恩を売れます」
「失敗したら、どうなるのかね?」
 ロバートのその言葉に、アクアは薄い笑みを浮かべて見せた。
「クリムゾンは相転移エンジンを受け取り、火星にさようなら。
 それだけのことですわ」
 ロバートは満足げに肯くと、グラスをぐっと飲み干した。





5.

 イネス・フレサンジュは正面に座る少女に一通りの説明を終えると、大きなため息をついた。
「彼がこちらに来てからは、様態は比較的安定しているみたいだわ。無理な感覚矯正や戦闘訓練などをしていないのがいいみたいね。
 でも、決して安心できる状況でないのも、確かよ。
 生きていく。ただそれだけに専念できるなら、いくつか手段はあるのだけれど・・・」
「たとえば?」
「そうね。外部からの放射線照射によるナノマシンの強制破壊や、脳移植という手もあると思うの。ただ、ナノマシンが構成する補助脳を除去することになるから、記憶障害や長期にわたる療養も必要になるわね。  当然のことだけど、パイロットやボソン・ジャンプもできないわよ」
 イネスの言葉にこよみがため息をついた。
「そうか・・・」
 こよみはテンカワ・アキトの診察記録を睨みつけ、小さく首を振った。
「だが、奴の力が必要なのは今なんだ。この一年を乗り切れば、あとは奴や私がいなくなっても何とかなる体制が作れる。それまで、なんとかできないか?」
「主治医としては今すぐナノマシンの除去手術を行いたいのよ。でも、そう言うわけには行かないのでしょう?」
「ああ」「・・・」
 短い、しかし、はっきりした答えにイネスは小さくため息をついた。
「じゃあ、可能な限りナノマシンを刺激しないことをお勧めするわ。
 ナノマシン異常暴走(スタンピード)が起きるたびにアキト君の命がすり減っているのだと覚えておいて」「心しておく」
 こよみは軽く目を瞑った。
「そのためにも、あちらのほうはどうなっている?」
「どれかしら? お願いされた案件というと、ジャンプ・フィールド発生装置、ボソン砲、携帯用ディストーション・フィールド発生装置、いろいろあるんだけど?」
 イネスがうんざりといった様子で両手を広げて天を仰いでみせる。
「ジャンパーの分類手段だ」「あれね」
 イネスはデスクの上の小さなプレートを手に取った。
「ジャンパーはジャンプ・フィールドに反応して体内のナノマシンを活性化させる。  これはIFSを通じて、そのときの情報伝達密度を計算するものよ。
 私とアキト君で調べてみたけど、ほぼクリアな体情報データが取れたわ。これをA級ジャンパーの基準にしたわ。
 おそらく30歳未満の火星市民の大半はB級以上の情報伝達が可能だと推測するわね。
 ・・・あなたがいつから火星で活動していたのか知らないけど、私がオリンポス・シティ近辺で保護されたのが20年以上前。そのころから火星で活動していた場合、体細胞の入れ替わりに応じてジャンプ耐性を手にいれていないとも限らないわ。
 どうするのかしら? 航空宇宙軍が中枢ネットワーク(XION)のマン=マシン・インターフェイスとして作りだした遺伝子細工の死神。試してみる?」
「さっさと貸せっ」
 イネスの長い前置きに頬を膨らませて、こよみが手を突き出した。イネスがそっとプレートを手渡す。
「始めてくれ」
「そう。ジャンプ・フィールド展開」
 プレートから虹色のボソンの輝きが発生する。その向こう側にこよみは淡く発光するナノマシンの輝きを見たと思った。



 絶望を紡ぐ
 恐怖という針と、生存という糸で
 絶望という名の衣を編み上げる
 何よりも残酷なのは
 その手が希望という名を
 持つことだろうか





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 あとがき

 続いています(苦笑)。ようやく次の話当たりで宇宙戦争が書けそうな様子でちょっと幸せです。
 あ、それと、このHTMLはIE5.5以上を推奨です。ネスケもルビ・タグ対応してくれないねぇ。
 それでは。