Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第四話 Bパート
『のんびり宇宙で「ときめき」』
1.
地球月軌道、ラグランジュ3宙域。
ここは地球を挟んで月の反対側に位置する重力均衡点の一つである。
そして、地球連合航空宇宙軍にとっては、外宇宙艦隊、内惑星系艦隊、月軌道艦隊の3つの艦隊司令部が設置されている太陽系最大の根拠地「リンデンバウム」がある最重要拠点であった。
ネルガル重工会長秘書としてこの宇宙ステーションを訪れたエリナ・キンジョウ・ウォンは挑むような視線で、シャトルの外に見える軍港の様子を見つめていた。
ひっきりなしに行き交う連絡艇や宇宙機。
タグ・ボートに引っ張られているのは改装中の戦闘艦だろうか。
無線を開ければ飛び交うスラング。
地球の軍施設と異なり、最前線に位置するこの宇宙港は、ひたすらガラが悪かった。
また一機、駐留待ちのシャトルの前を宇宙機が軌道を交錯させる。すれ違いざまにわざわざローリングしていく所などわざとやっていると言うことなのだろう。
無線機からは誘導に従わない宇宙機を管制官が罵詈雑言の嵐でこき下ろす様子が聞き取れる。対する宇宙機はわざわざキャノピーを開けて、無線機が通じないなどというジェスチャーをしている。もちろん、そんなはずはないが。
「お待たせして申し訳ありません」
エリナの様子に正面に座る航空宇宙軍士官が申し訳なさそうに謝る。
「いえ、トライアルのプレゼンテーションに間に合うのでしたらかまいませんわ」
エリナは自身の目的を示して答える。
彼女が地球からわざわざ木星蜥蜴に狙われる激戦地の一つであるリンデンバウムに出向いたのは、クリムゾン・グループが3艦隊司令部共同で行われる次世代艦のトライアルに、あの実用試験艦「エンディミオン」と量産型航宙艦セレーネ級のプレゼンテーションを提出すると聞きつけたためだった。この話を聞いた直後、アカツキ・ナガレは航空宇宙軍へのコネクションを駆使してエリナのプレゼンテーションへの参加をねじ込ませていた。その豪腕ぶりにはエリナもさすがは会長職にあるだけのことはあると感心したものだった。
「それでしたら、ちょうどいいタイミングでしたね」
エリナの目的に、40代ぐらいの佐官は左手を挙げてシャトルの外を示して見せた。エリナはそちらに目を向ける。
「‥‥あれが…」「ええ」
ゆっくりとゆっくりと流れていくリンデンバウムの港湾施設。その一角に向けて、エリナがかつて映像で見た一隻の船が曳航されていた。
細長い円錐は微妙に女性的なくびれを持ち、特徴的な三叉のディストーション・ブレードが艦前方に突き出た白亜の航宙艦。
クリムゾン・メルボルン造船所製、新型機関実用試験艦エンディミオン。
四隻のタグボートを従えたその姿は、数多くの航宙艦船を見慣れたエリナをして美しさと気品を感じさせる。
その認識はエリナにとって口惜しいものだったけれど、シャトルが動き出すまでエリナの瞳はエンディミオンに釘付けだった。
2.
静止軌道、ビッグ・バリアの外周にコンテナに張り付いたブースターやいくつもの貨物を牽引する宇宙機、大型の貨物船が集まる。
互いに船外灯を点滅させ無線を交わしながら、互いの影に身を隠すように船団が形成される。
行く先は月軌道L4。
月軌道の月に先行して地球・月と60度の位置に当たる重力均衡点である。
そこまで時速1万qで飛ばしても40時間かかる航宙を彼らは同航する。彼らの船の加速力は知れたものだ。L4に至るまでの4日間。静かに宇宙の絶対的な距離に紛れて潜む木星蜥蜴の無人兵器に怯えて、彼らは進む。
無人兵器からの最初の一発が自分に向けられないことを祈って。
「民間船団からの支援要請ですか?」「はい。どうしますか?」「・・・僕には訊いてくれないの?」
アマノガ・ルリはブリッジ上段後方のシートから、メグミ・レイナードの問いかけに首を傾げた。副長としてつめているアオイ・ジュンが周囲に視線をさまよわせている。
正面にウィンドウが広がる。
「GSO−LOL4−07船団です。月軌道までの平均加速0.006G。
ほぼ四日で月軌道に到着します。航路はこれです」「ほほう、これは奇遇ですなぁ」「そうねぇ」
ホシノ・ルリがウィンドウ上に静止衛星軌道から月軌道L4までの船団の予想航路を表示する。その航路は途中までナデシコの航路と重なって見えた。プロスペクターが腕を組んでしたり顔で頷く。
アマノガ・ルリは右の拳を口元に当てて考えていた。
木星蜥蜴によるサツキミドリ2号への襲撃は三日後。
現在のナデシコなら経済速度で巡航しても、充分に余裕を持って対応することが出来る。加えて、ルリは木星蜥蜴によるサツキミドリ2号襲撃は今回はないのではないかと考えていた。
航空宇宙軍は敵性母艦の地球圏侵入こそ許したものの、月軌道艦隊を中心に100万q防衛ラインを維持し続けている。サツキミドリ2号を落とせるほどの規模で無人兵器群が襲撃を加えることが出来るとは思えなかった。
「ですが、保険はかけておくべきですね」
自分に言い聞かせるように呟く。そう。火星に到着する前にこんなところで躓いているわけにはいかなかった。
「養姉さんに決定して頂きましょう。呼び出して頂けますか?」「そうですな。それがいい」「うむ」「僕の立場って・・・」
「わかりました。――艦長、至急艦橋までお戻りください」
艦長ミスマル・ユリカの呼び出しをメグミに任せると、アマノガ・ルリはコミュニケを使ってウィンドウを開いた。立ち上がるウィンドウは二つ。一つは格納庫のウリバタケ・セイヤに、もう一つはイツキ・カザマに繋がる。
「中尉、艦橋まで上がってもらえますか?」「・・・了解しました」
仮眠中だったらしく寝ぼけ眼をこすりながらイツキが敬礼する。軽く答礼すると、ルリはウリバタケに訊ねた。
「ウリバタケさん、ドミストリいけます?」「おう。いつでもいいぞ」「ありがとうございます」
「大尉、どうされるおつもりで?」
プロスペクターの言葉に、ルリはそっと微笑んだ。
「念のために露払いを・・・」
微かな熱源を感知して、彼らは目覚める。
敵軍の探知をかいくぐるため、いったん火星近傍から水星軌道まで降下し、太陽を背景に金星をフライバイで加速。
追いすがるように地球会合軌道へ乗る。
前線に浸透した友軍機からの報告が、本星を経由して伝えられる。
目標を確認。
状況に変更なし。
集結せよ。
敵の月軌道支援船団に対する攻撃すら放棄して、彼らは鉄くずを偽装し月軌道に侵入する。
集結せよ。
指揮機からの通信が彼らを目覚めさせる。
集結せよ。
集結せよ。
集結せよ。
・・・・・・
3.
待合室は人いきれと熱気に溢れていた。
地球連合航空宇宙軍最大の根拠地リンデンバウムの港湾施設は重力制御されていない。重力制御技術が存在しない頃に建設されて以来建て増しが続けられ、もはや重心の均衡を取ることも放棄されてしまった施設だが、各港湾施設を繋ぐ回廊には必ず1G規格の休憩所が設置されており、各船員や港湾作業員、整備員などでごった返していた。
エリナ・キンジョウ・ウォンは手近な自動販売機にエスプレッソを頼むと、備え付けの角砂糖を放り込んで空いている席を探す。装甲と構造物の鋼が剥き出しになった巨大な港湾を見渡すことが出来るこの休憩所に空席はほとんど無い。
しばらく見渡したエリナは窓際の席に空席が空いているのを見つけた。四人が座る小さな丸テーブルを独り占めしている男がいる。エリナはすこし挑発的な気分でその席に歩き出した。
エリナは先ほどの士官に誘導されて、エンディミオンの停泊する開放式ドックを訪れていた。
普段着ているスーツはシャトルの中で着替えてある。無重力区画の多いリンデンバウムではタイト・スカートは向いていない。指摘されて困惑したエリナのために、彼は女性用の略服を用意してくれた。すこし大きめのポケットと留め金の多く付いた作業用の制服だった。こちらの方が何かと便利でしょうと、下手なウィンクをして。
「こちら、よろしいかしら?」「・・・」
声をかける。エリナは近くまで歩み寄って気が付いた。男は無重力規格の車椅子に座っていた。どうやらこの場所が空いていたのは、男が退出しやすいようにとの配慮だったようだ。
ぼさぼさ髪のまだ若い、二十代後半ぐらいだろうか、男は声に反応するかのようにゆっくりとエリナを見つめた。
止まる。
黒いバイザーに隠れて視線はよく見えないが、驚いているような困惑しているような気配を、エリナは感じたと思った。
「・・・ああ。構わない」「ありがと」
礼を言って椅子に座る。丸テーブルにエスプレッソを置き、先ほどのプレゼンテーションで受け取った資料を広げる。男の頭が彼女の広げた資料を追うように動き、ふっと浮かべた笑みと共に再び港へと顔を向けた。
エンディミオンの関係者かしら、と思いつつ、エリナはプレゼンテーションの内容を資料に目を通しながら思い返す。
それは衝撃的な内容だった。
「・・・以上が試験艦『エンディミオン』のトライアル結果となります。エンディミオンの実力、決してスペック上の数字ばかりのものではありません」
クリムゾンの営業担当者が自信満々といった笑顔を浮かべながら説明を終えた。
それまで静まりかえっていた会場内がざわめき始める。
実用化ではネルガルに後れを取ったものの、性能的に匹敵する相転移機関。安定した出力の重力波発信器。これらの要素に支えられてエンディミオンは最大加速1.4Gを実現していた。巡航速度は0.6G。120メートル級巡航艦としては驚異的な数字である。この加速力であれば、ネルガル重工の機動戦艦ナデシコが約一ヶ月半かかる距離をわずか2週間で辿り着くことが出来る。
もちろん、穏航に努めて火星に向かったナデシコと単純な比較は出来ない。しかし、製品としてアピールは違いすぎた。
営業担当者は自信満々に続ける。
「これらの成果をもちまして、エンディミオンは廃艦。
クリムゾンといたしましては、実用二番艦セレーネ、三番艦アイネイアー、四番艦ディアーネ、五番艦アルテミスの建造に移りたいと計画しております」
そして、映し出される各艦の概念設計図。
常に全力加速を前提とし、兵装は正面連装六門の重力波収束砲のみに一本化した高機動砲艦とも言うべきセレーネ。
兵装は近接防衛用のレーザーのみに絞り、ひたすら航続性と快速性を追求した高加速艦アイネイアー。
長期の航宙を前提とし、兵装は機動爆雷と近接戦闘用の重力波収束砲一門に押さえた重雷装艦ディアーネ。
そして、太陽系全域を航宙範囲に収め、四門のの重力波収束砲と八基の機動爆雷、四機の護衛機動兵器を搭載したフリゲート艦アルテミス。
それぞれの艦は性能的にも大きさもまちまちで、とても同級艦には見えない。だが、それでもこれらの艦は機関へ集中する三本の竜骨に特徴付けられていた。
「ッ!!」
エリナははっとする。エンディミオンとの画像を見比べ、気づく。
「エンディミオンの三叉の出っ張りはの重力波発信器じゃないんだわ。あれは、より巨大な艦の構造へ接続するための竜骨の突き出し部。
エンディミオンの試験艦としての本来の役割は、の中枢艦としての構造の完成!」
エリナの考えを肯定するように、四隻の船舶の機関部が拡大される。
「「「「ぅぁっ!!」」」」
呻くように会場に様々な思惑がこもった声が挙がる。
拡大された機関部、その透過した外装の下には、先ほど紹介されていたエンディミオンの剥き出しの内部構造がジョイントするように埋め込まれていた。
「かつての主力戦車という構想がありました。安定し、余裕を持った車体を開発し、改修を繰り返すことで変転する時代に対応するといったものです。我々クリムゾンといたしましては、今後100年、太陽系のみならず、太陽系近傍恒星系にまで広がるであろう航空宇宙軍の船舶に対し、カーネル・シップと外装兵装の改修・交換によって時代へ対応し続ける事を提案いたします」
会場が騒然となる。
その反応に満足げな笑みを浮かべてクリムゾンの営業担当者は頷いた。
「ブロック艦か…」
エリナはぽつりと呟くと、開放型ドックに係留されているエンディミオンを技術的な視点から見つめる。
中枢艦とも、ブロック艦とも呼ばれる構想は目新しいものではない。
現在、航空宇宙軍のみならず民間船舶に普及している輸送船舶は、規格化された篭型構造のコンテナ・ホルダにエンジンと居住区を備えた牽引船が張り付いている構造になっている。これもブロック艦と言える。
しかし、それを軍用艦に転用する例はほとんど無い。せいぜいが、航宙機母艦がわりに自力航行が可能な宇宙機を戦闘空域手前で発進させるぐらいだ。軍用艦は艦隊運動に追随できるよう竜骨が悲鳴を上げるほどの高機動や船体がきしむほどの加速、そして、外部からの容赦のない打撃に耐え続ける必要がある。ブロック艦は構造の共通性と簡素化、簡便性を追求し、耐久性や加速性能など、軍用艦として必須の機能を制限してしまう。
重力推進によって昔ほど船体構造の強度が必要なくなったと誤解される向きもあるが、重力推進の負荷は重力波発信器とそれを船体と繋ぐ張り出し部に集中する事実は変わらない。いや、むしろ、重力推進の普及が竜骨開発の必要性を高めたと言ってもいいだろう。
クリムゾンのブロック艦は新時代の船舶の構造特性を逆手に取ったものだ。どうせ一カ所に圧力がかかるなら、その部分をブロック化して外殻設計の自由度を高め、汎用性を持たせようというものだった。
「クリムゾンには相転移艦の設計経験なんて無いと思っていたのに…」
悔しそうにエリナが呟く。
ネルガルですら、ナデシコ級の開発を終え、改ナデシコ級の設計を開始したばかりなのだ。相転移艦の航宙特性や効率、構造負荷の点については、まだまだ理解していない所がある。ナデシコの航宙記録を調べて、これからといった段階だ。
それに比べて、クリムゾンの提供するエンディミオンは完成度が高すぎた。まるで数世代分の建造経験があるかのように感じられる。
おそらく、エリナは思う。おそらく、月軌道艦隊はセレーネ級を、内惑星系艦隊はフリゲート艦アルテミス級を採用するだろう。将来の木星反攻時のために、数隻のディアーネ級も購入するかもしれない。
ネルガルは航空宇宙軍に対して借りを作りすぎていた。既存の艦艇の更新のための相転移エンジンの増産で手一杯になってしまい、新造艦は現在計画中の改ナデシコ級が限界だろう。
独占と秘密主義の弊害が現れていた。
クリムゾンの計画の狡猾な所は、ブロック艦の全てをクリムゾンが造らなくても構わないという点だ。彼らは中枢艦のみを納入し、あとは航空宇宙軍のドックや他の企業のドックを使い様々な外装に仕上げることが出来る。これは戦時にはとても重要なことだ。ナデシコ級の場合、中破以上の損害を受けた時の修理先は佐世保か呉、横須賀、あとは月のネルガルのドックぐらいでしか受け入れられない。そのため、ドック艦コスモスが必要となってしまう。
だが、クリムゾンの艦艇は外装の損害であれば、すぐに他の工廠に回すことが出来る。装備が旧式化しても、外装を取り替えればすぐに最新式の艦と同等の戦力を保持することになる。機関が旧式化すれば、最新の中枢艦に置き換えることで脚を早くすることも可能だ。
軍艦としてはよく考えられていた。あまりにも。
エリナにはそれが何より疑問だった。クリムゾンは一体何処で相転移機関搭載艦の経験を積んだのだろう?
エリナはふと隣の男性に訊いてみたい欲求に駆られた。
エリナは視線をエンディミオンから右前方に位置する男に移し、訊ねてみる。
「すこし訊いてもよろしいかしら?」「・・・ああ」
黒いバイザーの影に視線を隠したまま、男が頷いた。
4.
ナデシコ食堂はホウメイ料理長をチーフに、ナデシコいっさいの調理を取り仕切っている。
ナデシコ乗員数200名強。
4交代制で夜勤の時間は仕出し弁当とはいえ、毎食100人分もの食事をきりもりする調理場は、別の意味で戦場である。
そのテーブルのひとつに、ミスマル・ユリカは陣取っていた。ユリカの視線の先、カウンターの向こうには黄色い主計班の制服をきたテンカワ・アキトが、夜勤組のための弁当の用意に追われていた。
「テンカワ、それが終わったらあがりな。あまり女を待たせるもんじゃないよ」「そ、そんな! 俺は別にあいつのことなんか・・・」
ホウメイが親指で背後のユリカを指し示す。アキトは顔を赤らめると慌てて否定した。
「マナーって奴さ。ま、まだまだあんたにはわかんないかねぇ」
大きく笑って、ホウメイは興味深そうに艦長のほうとアキトを見比べているウェイトレスたちに声をかける。
「ほらほら、アンタ達! 手が止まってるよ!」「「「「「はーい」」」」」
明るい声に送り出され、アキトはエプロンをほどくと、消毒用ロッカーにしまって調理場を出る。
「なにか用か、ユリカ?」
紙パックのコーヒーを片手に、ユリカに問いかける。そんなアキトをユリカが真剣な表情で見上げた。
「アキトにお話があります」
いつもより大人びた、いや、歳相応か、ユリカの表情にアキトはぎこちなく肯いた。
ホウメイがユリカにコーヒーを置いた。
「あ、ありがとうございます」「・・・」「いいって、いいって」
礼を言うユリカにホウメイは軽く手を振る。おそらく、なんの話かとうに察しているのだろう。ユリカはコーヒーにたっぷりの砂糖といっぱいのミルクを注ぐと、かき混ぜながら話を切り出した。
「アキト、最近、艦橋に出前持ってきてくれないよね。どうして?」
アキトはうっと紙パックのコーヒーを喉に詰まらせた。ユリカはじっとアキトを見つめている。
「そ、それは、だな・・・」「ううん、わかってる」
しどろもどろに答えようとしたアキトをユリカが止める。アキトが隙をつかれたようにユリカを見つめた。
「アキト、照れてるんだよね♪
もう、アキトったら照れ屋さんなんだから。でもそんな所も、アキトの魅力っていうか可愛いとこっていうかぁ・・・。アキトと私が恋人だってことは艦橋のみんなも知ってることなんだから、アキトは誰はばかることなく艦橋に来てくれていいんだよ!
だって、アキトは私が好きなんだから♪」「ちょ、ちょっと待て! こら!」
アキトが勝手に盛り上がるユリカに慌てて抗議しようとテーブルに手を突いて立ち上がった。
『艦長、至急艦橋までお戻りください』「あ、はい。今行きます」
その目の前を遮るようにウィンドウが開き、メグミ・レイナードがユリカに話しかけた。
「じゃ、アキト! 出前待ってるからね♪
ルリちゃんは将来アキトの養妹になるんだから仲良くしてあげてね」「お、おいっ!」
アキトの制止も待たずに、ウィンク一つしてユリカが食堂を出て行く。
アキトはがっくりと肩を落とした。
「なんなんだよ、おい」
「・・・フフフ、テンカワもまだまだだねぇ」
ホウメイはそんな二人の姿に微笑んだ。
艦橋に着いたユリカはホシノ・ルリから一通りの状況を説明してもらっていた。
「うーん・・・」
「どういたしますかね、艦長?」「ユリカ、船乗りとしては非武装の民間船を見捨てるわけにはいかないよ」
軌道遷移図を睨みつけてユリカが唸った。プロスペクターが問いかける。
「民間船団に追従する必要はない。先を急ぐべきだ」「あら、冷たいのねぇ」
アオイ・ジュンに反対するゴート・ホーリーにハルカ・ミナトが不満そうに言葉を投げる。ユリカが振り返った。
「ルリちゃんはどう見る?」「養姉さんの好きにして構わない状況だと思いますよ」
アマノガ・ルリはイツキ・カザマと相談しながらドミストリの哨戒ローテーションを組む片手間にユリカに答えた。ユリカがちらりと舌を出す。
「あ、ルリちゃんもそう思う?」「ええ」
「どういう事なんだい?」
ジュンが問う。
「うん。船団の方もとりあえず声をかけてきただけだと思うの。向こうにしてみれば、武装した仮想巡航艦程度だと思っているだろうし、同じ宙域へ向かうのだから露払いしてくれれば儲けものってとこ。
だから、向こうも同航してくれることなんて期待してないと思うよ」
それを訊いたジュンは困ったような表情でユリカを見つめる。
「じゃあ、どうするんだい」「うん。ルリちゃん! って、おっきいルリちゃんじゃなくて、ちっちゃなルリちゃんにお願い。あちらの船団にナデシコの予定航路を送って欲しいの」
「…わかりました」
ちょっと困ったような表情でホシノ・ルリがIFSコンソールを操作する。そして、通信士のメグミに声をかけた。
「メグミさん、これでお願いします」「わかりました」
メグミが船団を呼び出して、船団長宛てに通信文を送った。
「養姉さん、すこしいいですか?」「なぁに?」「ドミストリの試験航宙スケジュールと最大進出航路です。許可をお願いしたいのですけど」「ちっちゃなルリちゃん、ちょっとスクリーンに出して」「・・・私、少女です」
ぼそりと呟きながらホシノ・ルリはスクリーンにアマノガ・ルリが作成したドミストリの試験航宙の計画書を表示した。隣でそれを聞きつけたミナトが思わず吹き出す。
「ここ、こうした方がよくないかな?」「そうですね」
いくつかの航路上の手直しを行って、ユリカが承認する。
プロスがスクリーンを見上げた。
「いったい何をやってるのですかな?」
「ナデシコの前方哨戒です。宇宙機って遠くまで行けて便利ですね」
ユリカが嬉しそうに答えた。アマノガ・ルリが続ける。
「この船団がナデシコでやろうとしていることを宇宙機で行います。
実際にはドミストリの実用試験を今のうちにやっておこうと思うのです。この先、構造上の問題が出ても対応できなくなります。今のうちなら、まだ・・・」
「ああ、なるほど」
プロスすっと探るように視線を細めた。
「大尉は用心深い方ですなぁ」
ルリは答えず首を振った。
5.
「軌道速度同期します。月軌道L4圏内に到着します」
軌道速度へ会合を終えたナデシコは船体を大きく回頭させて、艦の前方をラグランジュ・ポイントに遊弋する軌道都市に向けた。それと同時に、艦橋と格納庫の間で激しいやりとりが行われる。
「ドミストリ、発進用意完了」
『重力カタパルト、出力安定』
『重力傾斜正常に形成』
『全状態問題なし』
『ドミストリ、イツキ出ます!』
「ナデシコより、ドミストリへ。前方1万メートルまで誘導を行います。誘導装置を受信にしてください」
オペレータのホシノ・ルリから受け取ったデータをメグミ・レイナードはドミストリに送ろうと操作する。
『はい、ですが、操縦はこちらでします。ナビゲートをよろしく』「・・・ナデシコ、了解です。データを送ります」
重力カタパルトで加速されたドミストリがナデシコを発進する。射出されて安全圏を確保したのか、二機の核パルスエンジンから激しい荷電粒子がスラスターから吐き出され、ドミストリをすさまじい加速でぐいぐいと押し出していく。
「結局、何事もなく着いたりしちゃっているわけで…」
ホシノ・ルリはすぐさま視界から消える二つの光条を見送って、白けたように呟く。艦長デッキ後方のシートに座るアマノガ・ルリを意識した言葉だ。
「時空転移門撃破の英雄にしてはちょっと臆病すぎるんじゃない?」「あら、ルリルリ、手厳しいわね」
その言葉が耳に入ったのか、ハルカ・ミナトが左側に身を寄せてきた。
「でも、私もちょっと気にしすぎなんじゃないかなって思いますよ」
ドミストリとの交信を終えたメグミも小さな声で同意する。
「さっき誘導を断ったのも、あの人の指示らしいですよ。なんか横暴ですよね」「あら、それは違うわよ」
ミナトの言葉にメグミがきょとんとした顔をしてみせる。
「軍じゃ前進する機体はナビゲートはしても誘導しないそうよ。出会い頭に敵と会った時、誘導装置を切る前に撃破されちゃうかもしれないから」「えっ・・・、そうなんですか?」
メグミが口元を押さえた。ミナトが柔らかく頷く。
「そ。だから、メグちゃんも行きはパイロットの人には誘導装置を進めちゃ駄目よ。パイロットって短気な人が多いらしいから、『俺たちを殺す気か』なーんて怒鳴り込まれちゃうから」「はーい」「・・・」
メグミが表情を曇らせて俯く。そんなメグミを温かく見守りながらミナトが後方にウィンクするのを、ルリは気づいていた。たぶん、その視線の先には、ルリとよく似た風貌をした水色の髪の女性がいるのだろう。
直接、説明するのでなく、受け入れやすい人を介して軍のやり方を教育する。その手配りにルリは焦りにも似た忸怩たるものを感じる。
あの人はなぜ自分と違うのだろう。
「あと1分でコロニー見えます」「ディストーション・フィールド解除。停泊準備!」
ユリカの指示に艦橋が緊張感を取り戻した。
アマノガ・ルリもふと立ち上がる。ルリは正面スクリーンに超望遠のCCDカメラに写ったサツキミドリ2号を表示した。
「こちらは機動戦艦ナデシコ。サツキミドリ2号、聞こえますか?」
『こちらはサツキミドリ2号。了解。いやぁ、可愛い声だねぇ』
サツキミドリ2号の宙域管制官から軽い反応が返った。メグミはほっとする。
「これより停泊します。準備の方を」『オーケーオーケー。まかしとけ』
誘導装置にサツキミドリ2号からの管制が受信される。ルリの手が強くシートを握った。
「宙域管制局に舵を任せるわね」「了解です」
ミナトがひらひらと左手をユリカに振ってみせる。ユリカが艦の制御が宙域管制局に移ったことを承認する。
アマノガ・ルリはメグミ・レイナードに声をかけた。
「メグミさん、イツキ機にはナデシコが港湾に停泊するまでの哨戒をするよう伝えてください」「・・・わかりました」
「ルリちゃん、そう言う使い方するなら、専用の哨戒機が欲しいね」
「そうですね。本当は無人哨戒機が一番なのですが」
ユリカがアマノガ・ルリに声をかける。アマノガ・ルリはほっとしたようにユリカにはにかんだ笑顔を見せると、プロスペクターの方に視線を向けて同意した。プロスペクターが髭を指で撫でながら苦笑した。
「いやはや、プローブや無人機は使い捨てですからお高いのですよ」「人命よりも、ですか?」「ははは、大尉はお厳しいですな」
プロスペクターは集まる視線に汗を拭いて見せた。
「ま、我が社のコロニーでは3人のパイロットが補充できますから、イツキさんの負担も軽くなると思いますが」
「でも補充される機体はエステバリスの0G戦フレームだけなんですね」
ホシノ・ルリが補充物資のリストをウィンドウに表示する。
「あら、じゃぁ駄目なんじゃない?」「・・・ローテーション組みますか?」
アマノガ・ルリはユリカに訊ねた。
「どうします、養姉さん?」
「プロスさん、プローブの搬入数を調整できますか?」「うーん、難しいとこですなぁ。在庫があるかどうか」
「まもなく、泊地に進入します」
前方に識別灯の点滅が見える。3隻のタグボートがナデシコの周囲を包むように併走する。
ナデシコは静かにサツキミドリ2号の港にその巨体を横たえた。
「みなさーん、サツキミドリ2号では2日の停泊を予定しています。ゆっくりしてくださーい」
ユリカの全艦放送が高らかに響き渡った。
「・・・馬鹿?」
目標は港湾に停泊中。
丁作戦、状況を開始せよ。
状況を開始せよ。
開始せよ…。
気持ちが逸る
想いは遠いあの星に馳せる
でも、私には、この二本の脚しかないから
空飛ぶ翼を持たないから
一歩一歩、瓦礫混じりの道無き道を
裸足の足で行かなくてはいけない
そこに一つの誤りがあるだけで
辿り着けない、場所があるから
あとがき
あー、本当はサツキミドリ2号があるのはL2ですね。月の裏側の重力均衡点です。移動してます(笑)。
順調に浸食しています。火星以降はアキト・パートとルリ・パートを区別せずに行きます。