Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第四話 Aパート

 『南海気分で「ときめき」』


1.

 太平洋赤道直下の島、テニシアン島。
 蒼い空と青い海の狭間に浮かぶ珊瑚礁の島は、つい先月、個人の所有物になっていた。
 所有者の名前は、アクア・クリムゾン。
 オーストラリアを地盤に多国籍企業体に成長したクリムゾン・グループ会長ロバート・クリムゾンの孫娘にして、公式には唯一の孫娘である。
 だが、一部にはある意味で彼女の名前は祖父の名よりも知れ渡っていた。
 自殺愛玩者(スーサイド・マニア)アクア。
 去年、ヨーロッパの社交界にデビューした時、来場者全ての飲み物にしびれ薬を混入し、震える身体で倒れる人々のただ中で微笑みながら独り踊り続けた事件は、戦慄と共に狂気の姫君として彼女の名前を上流階級の名士達に植え付けていた。
 そんな彼女に手を焼いたロバート・クリムゾンが、実社会から彼女を隔離する目的で買い与えたのが、このテニシアン島だった。
「お祖父様も愚かなことね…」
 からりと晴れ上がった空の蒼と海の碧に眼を細めて、アクア・クリムゾンはグラスに注がれた白ワインを一口含む。自然発砲した微かな炭酸が舌から爽やかさを届ける。
「クリムゾンなんて所詮、罪人の裔オーストラリアの成り上がりもの。古くさくて黴の生えたものをありがたがる骨董品に媚びを売った所で、中身のない賞賛を浴びるだけだわ。
 パーカー、あなたからもお祖父様にそうおっしゃってくださらない?」
 給仕の隣に控える老執事にアクアはたおやかな手を差し向ける。
「アクア様のお心の美しさ、私めは感服する次第でございますが、なにぶん、ロバート様もアクア様の後々のことを思えばの行いでありましょう。それをあのような振る舞いをされては、ロバート様の面目が立ちませぬ」
「厄介なこと。富貴を得た次は格式かしら。
 見栄やプライドでクリムゾンをここまで大きくしたのではないのでしょうに」
「何事にも、ないよりはまし、と言うことはございますから」
「まぁ、パーカーも酷いことをおっしゃるのね」「アクア様、あまり私めのような老人を虐めないでいただけませんでしょうか」
 アクアの明るい笑顔にパーカーが困ったように首を振った。
 くすくすと年相応の笑みを漏らすアクア。しかし、その表情がふと翳った。
「お祖父様もネルガルにつきあって火遊びを始めるなんて、本当に困ったことだわ。クリムゾン・グループはネルガルのような単純な企業ではないというのに。クリムゾンはもう戦争で利益を得ることが出来る企業体ではないのをお祖父様はわかっておられないのかしら」
 アクアがまるで小鳥のようにこくりと小首を傾げる。
「私めが愚考するに、木連、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同連合体の圧倒的な勝利に、ロバート様も危機感を抱いたのでありましょう。
 なにぶん相手はろくに交渉も出来ない軍国主義者の群れ。
 このまま地球連合が敗北した場合、木連による地球資産の分割が行われかねません」
「『キミにも国を一つ分けてあげよう』、そんな台詞もあったわ…」
 アクアはふと自分が昔読みふけった漫画の台詞を思い出して笑みを浮かべた。
「国、民族、宗教。人は未だに自ら生み出した文化からの脱却を成し遂げていないのね」
「生きると言うことは根ざすことでもありますから」「まぁ…。それじゃあ、私は生きても死んでもいないのね」「・・・アクア様」
 再びくすくすと笑うアクアにパーカーは困惑した表情を隠さない。こんなひとときこそがアクアの数少ない楽しみであるとパーカーも理解しているために、無碍に振る舞うわけにも行かずパーカーはただ困惑するしかなかった。
「でも、いくら何でも、『プラントを渡せ』はないでしょうに」
 口元をナプキンで拭くと、グラスに盛られたフロマージュを華奢な銀のスプーンでかき混ぜる。うっすらとチーズの香りが広がり、ラズベリーソースと絡み合う。
「木連の生産力の大部分を占める『遺跡』を要求すれば、彼らも引くことは出来ない。戦争を創ったと言われても仕方がないわね」「恐れながら、かの提案はあくまでも外交担当者個人の私案であり、地球連合の総意では…」「うふふ、ネルガルでしょう? つつかせたのは」「はぁ…」
 アクアの笑顔にパーカーは頷いた。
「交渉のためにふっかけられた条件をまともに返せずに戦争に突入する木連首脳部も無能ですけど、相手の文化背景の分析を終える前にいつものやり方を通した地球連合の外交部もお馬鹿ね。交渉担当者はどうなったのかしら?」
「はい。開戦直後に女性関係のもつれで自殺しております」
「まぁ、とっても謀略史観好みの物語に仕上がりそうね」「出版させますか?」
「くすっ、今はまだいいわ。戦後、ネルガルを叩く時に楽しみましょう。うふふ、どんな物語に仕上がるのかしら」「どちらが勝ったかによって、エンディングは替わりそうですが」「マルチエンディングというのはどうかしら。if物といったかしら。負けた側の国で流行ると思うわ」「用意させておきましょう」
「私は悲劇のヒロインで出演したいわね」「それは残念ながら。アクア様は常に勝者の側に立つお方ですから」
「そう・・・」
 アクアが小さく溜息を漏らした。
「私には想像の中にも自由はないのね」「それが持てる者の義務かと」「まぁ。お金持ちは辛いわ。うふふ」
 アクアはいつもの明るい笑みで暗い陰を振り払うと、眼下に広がる広大な庭園を見下ろした。
「私は幸せでなければならない。南海の楽園でひとり、傅く者達に囲まれてクリムゾンの繁栄を謳歌する。馬鹿でお茶目な世間知らず。
 ・・・素敵な夢だわ」
「申し訳ございません。しかし、これもロバート様のお心遣いとおぼしくださいませ。この先、時代は混迷を深めます。そこへアクア様が自らお動きになられますと、民草の悪意がアクア様に向かう恐れがございますれば」
「そう…? むしろ私はつまらない追従やおべっかなどよりも剥き出しの悪意こそが好ましいと思う‥‥‥」
 ガタンと椅子の音を立てて、アクアが立ち上がる。パーカーはその表情に、はっと後ろを振り向いた。
 明るい南国の太陽の日差しが照りつける中空に、明らかに異質な光が浮き上がる。
「ボソン・ジャンプ!!」「・・・」
 パーカーはアクアの盾となるべく、彼の主の前に仁王立ちになると、ガードの人員を呼び寄せる。
 その視線の先で、輝きは幾人かの人の姿を象り始めた。
「生体……ボソン・ジャンプ?」
 虹色の輝きは車椅子に乗った男性と一人の少女、そして、数人の人々を吐き出して消えた。
「ほう、やはり知っていたのか」「フッ…」
 車椅子に乗った男性にしがみついていた少女がぴょんと飛び降りると、アクアのつぶやきに鋭く反応した。アクアはその反応に自分の失敗を自覚する。
「ただの道化ではないと言うことだな。意外な幸運と言った方がいいか…」
 少女の言葉にアクアは胸を張った。パーカーに視線で道をあけるよう命じる。
「私が誰かを知って、ここへ来たと言うことですね?」「「「「・・・」」」」
 アクアは一歩、また、一歩と足を踏み出した。
「・・・何者です?」
 嗤う。
 皮肉げに、可笑しげに。
 彼らが不敵な笑みを浮かべる。
「我々は、そう、『火星の後継者』(マーシャン・サクセサー)
 車椅子に乗った男が掠れるような声を発する。そこに込められた不思議な力にアクアは自分の視線が男に集中するのを感じた。
「全ては新たなる秩序のために…」「・・・」
 それが、彼女の戦いの始まりだった。





2.

 火星オリンポス・シティは木星蜥蜴による三派にわたる襲撃で壊滅した。
 このオリンポス・シティ包囲戦では、シリア・コロニー防衛戦で初めて投入された木連軍の大型戦艦オニヤンマ級が積極的に活用されていたことが確認されている。
 オリンポス・シティを脱出しようとした航空機も対地効果機も、無人兵器の包囲網を突破することなく撃墜され、市街に立て籠もった市民は上空のオニヤンマ級戦艦による絨毯砲撃によって跡形もなく消し飛ぶこととなった。
 市街をマス目状に区切り、一定時間担当ブロックを上空からグラビティ・ブラストで掃射する。20隻を越えるオニヤンマ級大型戦艦と支援のヤンマ級突撃艦による都市掃射は市民に逃げるチャンスすら与えず、オリンポス・シティを破壊し尽くした。
 それは淡々と行われた機械的な殺戮。
 火星植民都市連合軍(マーシャン・リンク)ではこの作戦において木連軍による対地蹂躙戦術がおおむね定式化されたことを報告している。
 その矛先が次に向けられるのはマリネリス・シティになるであろうことは、万民の予想する所だった。



 正面スクリーンに映し出されたマリネリス・オリンポス周辺地図。
 そこには先頃行われ失敗に終わったマーケット・ガーデン作戦の詳細が記されていた。
 褐色の肌をした女性士官、つい先日の発足式で制定された二種軍装の赤いラインの入った白の士官制服が映える女性の行う解説をいつもの発令所で受ける。
「以上のように、オリンポス・シティ打通作戦は失敗するに至っております。政治的、戦略的には成功した作戦でありますが、作戦的には惨敗と言っても良いと思われます」
「仕方がない。そう言ってしまえれば楽なのですがね」
 フェイエン・ノール中佐、先のオリンポス・シティ輸送作戦成功後に昇進、にエマニュエル・ガドナスが溜息をついた。
 政治的には植民都市連合軍(マーシャン・リンク)が市民を見捨てないと言うパフォーマンスとして、また、同時に発表された相転移機関によるマリネリス・シティの空間歪曲場(ディストーション・フィールド)防空構想は緊迫した局面の中、市民に安心感を与える役目を果たしている。少なくとも、木連軍の本格攻撃を前に都市内部の動揺で戦わずして崩壊すると言うことはない。
 加えて、オリンポス・シティに対する木連軍の非道な攻撃は、市民にどこにも逃げる場所がないことを知らしめ、結束を固める結果となっている。この様子ならば戦う以前に市民がマリネリス市から逃げ出し、いつの間にか防御態勢がなし崩し的に崩れていくことはないだろう。
 だが、状況はすこしも好転していない。
「しかし、結局の所、どうして航空優勢を維持することが出来なかったんだい? いや、こういう言い方は良くないな。軍は良くやっている。それはわかるんだが、何が足りないんだい?」
 ヤシマ・マゴロクが戸惑うように周囲を見回す。
「それは・・・」「・・・」
 フェイエンとサポートのためにこの場所に同行していたエリス・ティタニア中尉が目を伏せた。
「わたしから説明しましょう。軍人にこれを言わせるのは酷だわ」
 イネス・フレサンジュ博士が指示棒を手に前に歩み出る。どう見てもやる気満々だったが。
 こよみがちらりと椅子に座っているテンカワ・アキトに視線を投げる。
「無理だな」
「・・・そうか」「あんたも苦労してるな…」
 アキトが奇妙に諦観した眼で首を振った。溜息をついて腕を組んでウィンドウを見上げるこよみとその横で納得したようにエノラ・パーキンスがしみじみ頷いた。
「・・・と言うわけで、要するに打撃力不足。ヤンマ級突撃艦程度であればチグリフォーンII型4機で戦うことが出来るけど、新しい大型戦艦、まぁ、オニヤンマ級戦艦と命名されてるわね、相手ではチグリフォーンII型の局所空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)じゃ歯が立たないと言うわけ」
「資料じゃオニヤンマ級大型戦艦もエステバリスで撃沈したって書いてあるぜ?」
 グレッグ・カニンガムが右腕を立ててアキトを親指で示す。
「それは宇宙空間での話ね。空気抵抗が大きく速度制限が起きる火星大気圏内と、いくらでも加速できる宇宙空間じゃ条件が違うの。あとは無人兵器の戦闘プログラム。たぶん、アキト君がオニヤンマを撃沈した頃は、まだ機動兵器の重要度が認識されていなかったのだと思うわ。ほとんど抵抗はなかったのでしょう?」
 イネスがアキトに話題を振る。アキトは頷いた。
「ああ。あのころはエステバリスに対してはせいぜい空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を強化する程度だったな。機動兵器で戦艦が落とせるなどとは考えてもいなかったんだろう」
「そう言うこと。でも、この火星戦役ではチグリフォーンの投入でヤンマ級がばたばた墜ちるようになったんですもの。向こうもそう簡単に近寄らせてくれないわ」
「へぇー、厄介なもんだな」「まったくです」
 溜息と苦笑にしばし場が和やかになる。
 しかし、そこに冷たい言葉が投げ込まれた。
「オニヤンマ程度で手こずっていては困る」
 すこし苛立ったようにこよみが声を上げていた。周囲が少しばかり浮ついた空気を窘められたようにばつが悪い表情を浮かべる。こよみが続けた。
時空転移門(チューリップ)が撃破できない限り、火星の制宙圏は奪還できない。制宙圏を奪還できない以上、マリネリス・シティもヘラス・シティも、ユートピア・コロニーの二の舞になるだけだぞ」
 氷を突きつけられたようにひやりとする。
 そう。忘れていた。
 木連軍は火星を攻略するのに充分と判断したのだろう。新たな時空転移門(チューリップ)を火星に向けて落としてきてはいない。その矛先はもっぱら地球に向けられていた。
 だが、これ以上、火星攻略に手間取るようであれば、現在地球に振り向けられている時空転移門(チューリップ)が再び火星に落下してこないと限らない。火星は木連が地球を相手にしているうちに早く火星の制宙圏を取り返さなければならないのだった。
「だが、現在の火力不足はどうしようもないだろう?」
 アキトがいらつくこよみに答えた。
「そうね。アレができあがるのにもまだまだ時間が必要だわ。最優先で進めているのだけど」
 イネスも首を振りながら同意する。
 その言葉にフェイエンが眉を顰めた。
「アレ…とは?」「・・・聞きたい?」
 嬉しそうにイネスがいそいそとボードの用意をする。こよみが代わりに答えた。
「SPeX-CEコレオプテール。チューリップ撃破を目的に試作中の対艦攻撃機だ。あとどれぐらいかかる?」「・・・そうね。基本的にチグリフォーンと同じユニットを共有しているのだけど、順調にいってあと3ヶ月という所かしら。
 あの兵器を積み込むには今のフレームじゃ機体が持たないわ」「そうか…」
 こよみが眉根を寄せて考え込む。フェイエンが訊ねた。
「その機体はチューリップを落とせるのですか?」
「あら、そう聞こえなかったかしら? さすがに一機じゃ無理だと思うけど、いざとなれば(ニューク)反物質(AM)弾を使えばいいのだし、通常弾でも制空権さえあればナデシコ級ぐらいなら落とせるわ。
 その代わり高いけどね」
 イネスが肩をすくめてみせる。
「ですが、その機体が実戦配備されるには、もう半年以上かかるという事でしょう? それではマリネリス防衛にはとても間に合わない」
 堅い口調でフェイエンが周囲に視線を投げる。その視線はマリネリスを見捨てるのか、と訊ねているようにも見えた。
「・・・これ以上、下がり続けるわけにはいきません」
 エマニュエルが意志を込めた眼でフェイエンの言葉を受け止めた。
 それは火星植民都市連合の総意でもあった。
 マリネリスを防衛できなければ、他のどの都市も防衛できない。マリネリス・シティの放棄はあり得ない決定だった。
「ひとつ方法がある」
 男の声が響く。
 テンカワ・アキトの言葉にみんながそちらを振り向いた。
「ユーチャリスでは制圧用の兵器としてバッタやジョロを使っていた。その制御系は資料として残っているはずだな?」
 アキトの視線にフェイエンが頷いた。
「ええ。それを利用して、木連軍の作戦行動の傍諜を行っていますが」
「そして、アールもいる」『アキト、呼んだ?』
 アキトの言葉にひょこりとウィンドウが浮かび上がる。こよみが思いついたように顔を上げた。
「・・・システム掌握か」「そうだ」
 アキトが頷いた。
「ナデシコCほどの電子戦艦はなくても、ある程度の制圧は可能だ。それに反攻作戦を組み合わせれば、かなりの戦果が期待できる」『まかせて!』「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
「悪くはない。悪くはない考えだが・・・」「どうした?」
 こよみが考え込む。アキトは首を傾げて見せた。
「だが、一回限りだ。現状ではチューリップまでは陥とせん」
 首を振るこよみの態度にだれもが失望を見せた。
「だが、一時的に火星から木連の艦船を駆逐することが出来ないか?」
「この戦いは少なくとの3年は続く。中途半端な状態でこの手を使って敵に対応されたくない。やるならチューリップまで駆逐して、火星を完全に取り戻したい」「そう言うことか…」
 アキトもこよみに納得したように頷いた。
「えーっと、どゆこと?」
 エノラが納得してしまった人々に首を傾げる。
「敵にこちらの手の内を開かしたくないと言うことだ」「ふーん。でもよう、出し惜しみしてマリネリスが陥ちたら意味がないだろ?」
「「「「「「「・・・」」」」」」」
 痛いほどの沈黙に発令所が包まれた。
「・・・やるしかないでしょう。打てる手は全て打って出なければ、我々火星に未来はありません」
 エマニュエルが通る声で告げる。周囲を見回す彼の視線に、人々は小さく頷いた。
「・・・打てる手は全て、ですか?」
 こよみが問いかけた。
 奇妙に冷めた響きにエマニュエルは顔をしかめた。
「こよみさん?」「本当に、打てる手は全て打っていると言えますか?」
「いったい何を…」「他に手があるのか?」
 アキトが問いかける。こよみはもう一度静かに問いかけた。
「我々の目的は何ですか?」
「・・・木連軍に勝つこと?」「いや、それでは足りない」
 フェイエンの答えにこよみが首を振る。
「火星の住民を守り抜くことですか?」「もっと、現実的なことです」
 エマニュエルの言葉にこよみは満足しなかった。
 アキトが答える。
「生き残ること、か?」
「その通りだ。木連からだけでなく、地球連合からも生き残る。
 ・・・守り抜くだけでは駄目なんです」
 こよみがエマニュエルに伝える。その全ての知識を余さぬよう。
「もしも、マリネリス・シティの防衛が軍事的に不可能であるなら、政治的にマリネリス・シティを防衛するという手もあるのではないでしょうか?」「??」「!!」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
 アキトがこよみの言葉の意味をいち早く理解したのか、振り返った。
「まさか!」
 こよみが頷く。
「木連との講和も、考慮するべきではないでしょうか?」





3.

 翳る雲から降り注ぐスコールが去る。
 アクア・クリムゾンはパーカーに合図すると、客人をテラスのテーブルへと招いた。
 車椅子の男はそのままに、膝の上に座っていた子供は遠慮無く瀟洒な椅子に座るが、二人と共に現れた男女は傷が付かないよう落ち着かない様子でテーブルに着いた。
 そんなかれらの様子を横目に見ながら、アクアはパーカーが運んできたティ・セットを用意すると手ずから四人に紅茶を振る舞う。
「そちらのお嬢さんにはジュースはいかが?」
 おそらくリーダー格とおぼしきアジア系の長い黒髪をポニーテールにした少女に尋ねる。
 もちろん、嫌がらせだ。
「そうしてもらおうか。ラムローサは瓶のままでいい」
 正面に座った少女があっさりと答える。
「そぅ」
 アクアは視線でパーカーに指示を出すと、丁寧に最後の一滴までカップに順に注いだ。
「どうぞ」「ああ…」「・・・大将、どうするよ?」「い、いただきます…」
 車椅子の男は手をつけるべく様子もなく、大きな体を縮こまらせて椅子に座る男がなにやら悩むようにカップを睨みつけ、車椅子の男の補助について来たらしき女性はちらちらと少女に視線を送っている。どうやら、あらかじめ彼女についての調査をしてあるのだろう。
 アクアはにっこりと微笑んだ。
「お薬は使ってませんわよ」「・・・」「・・・っていわれてもよぉ」「・・・どうするのっ!?」
 さあ、飲めと言わんばかりに、アクアが手で勧める。
 誰が最初に飲むか彼らがテーブルの下でこづき合っている間に、アクアは車椅子の男の斜め右の席に座った。あの少女とは男を挟んで斜めに向かい合うことになる。
「お嬢様、こちらをどうぞ」
 パーカーが少女の前にラムローサの瓶を見せると、ふたを開けてグラスに注いだ。少女はグラスを軽く揺らすと、小さな泡がグラスを白く見せた。
 そっと、舌先で舐めるようにグラスを傾ける。
 舌先を湿らせた程度で少女はグラスをおき、口を開いた。
「見事な庭だな」「まぁ、ありがとう」
「違うだろっ!!」「なんか、もうどうでも良くなってきたわ」「・・・」
 少女の隣の男女が自棄になったように紅茶を飲む。ちらりとふたりに視線を向けて少女が眉を顰めた。
「我々は火星植民都市連合の者だ」
 目の周りをすっぽりと黒いバイザーで鎧った男が何でもないように告げる。アクアは驚いたように口元を手で被った。
「まぁ! それは遠い所からお見えになったのね」「そうだな…」
 男は短く答えるともどかしげに悶える二人に呆れたような視線を投げる。
 少女がテラスから庭園を眺めながら切り出した。
「要点から行こう。
 我々火星植民都市連合は木連、木星ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体との交渉を望んでいる。
 そのために地球圏で唯一、木連との交渉パイプを持つクリムゾン・グループに、木連との交渉のセッティングを依頼したい」「・・・」「・・・」「・・・」
「・・・」
 アクアはその言葉に反応することなく、静かに自分の煎れた紅茶の香りを楽しむ。
 その姿は火星から来た彼らにどう映っただろう。
 地球で安逸に過ごすお金持ちのお嬢様、それとも、流された人の血をすする魔女だろうか。
 アクアは彼らの方を向くと小首を傾げた。
「なぜ?」
 車椅子の男と少女は何の反応も示さない。彼女の言葉の意味を理解しているのだ。アクアは少しワクワクする。それは対等な相手と楽しむチェスの興奮にも似ていた。
「ちょ、ちょっとそれはどういう意味よ!」「お、おい。黙ってろって言われただろが!」
 ショートカットの日系らしい女性がテーブルにドンと手を突いて立ち上がる。それを隣の男が押しとどめると、アクアとポニーテールの少女に愛想笑いを浮かべている。女性は怒りに満ちた目でアクアを睨みつけていた。
 綺麗な目。お世辞抜きでアクアはそう思う。
 そこには大切なモノを軽んじられた事への純粋な怒りが浮かんでいる。アクアには決して浮かべられない類の感情だった。
「あら? 言葉が難しかったかしら?」
 たった一言しか言ってねぇだろ、という突っ込みが入りそうだが、アクアはそよ風でも吹いたかのごとく涼しげに女性の怒りを受け止める。心地よい、とすら思う。
「うふふ。どうしてクリムゾンがそんな事しなくてはならないの?」
「そんな事って・・・、私達には大切なことだわ!」
 右の手を胸に当てて女性が言いつのる。アクアは困ったように頬に手を当てた。
「でも、私にはどうでもいいことですわ」「な、何ですってぇーっ!!」「おい、おちつけってば」
 必死に大柄な男が女性の口元を押さえようとするが、顔に肘が入ったり彼女の踵が何かを踏みつけたりと、その努力は報われていない。
「あなたたちも何くつろいでるのよっ! もともとはあなた達の仕事でしょう!」
 その怒りの矛先が同行者に向けられた。アクアは楽しそうに口元を押さえて彼らを見た。
「と、言われてもな」「その通りだからな」
 こちらもあっさりと答える。その様子にあっけにとられたように女性が立ちつくす。背後で男が力尽きたように崩れ落ちた。
「我々に出来るお礼といえば、せいぜい相転移エンジンを提供するぐらいか。それにも輸送船がなければ運べんからな」「そうだな」
 ポニーテールの少女が肩をすくめて見せた。
 アクアはすこし目を丸くして驚いてみせる。
「ま、それでは残念ですけど、お帰りいただくしかありませんわね。
 次はぜひ玄関から来ていただきたいのですけど」「そうさせてもらおう」「・・・」
 ひょいっと椅子から飛び降りた少女が車椅子の男の膝の上に載る。慌てて先ほどの元気な女性が力尽きた男の襟首を掴んで、二人のそばに駆け寄った。
「では、な」「ええ」
 男の言葉にアクアがにこやかに頷く。
 車椅子の男を中心に光が広がり、次の瞬間、そこには誰もいなくなっていた。
「・・・」
「お嬢様…」
 ゆっくりと近づくパーカーにアクアを顔を向ける。
「録音は?」「はい、しかと」「そう…」
 しっかりと頷くパーカーに、アクアは張りのある声で告げた。
「彼らの遺留品と声紋から身元の調査を。
 それから、お祖父様に会います。予定を」「はっ!」
 威厳あるアクアの言葉にパーカーは深々とお辞儀をすると、素早く口元の通信機に指示を出す。
 静かな邸宅がにわかに人の動きであわただしくざわめき出す。
 慎重に侵入者の触れたモノを運ぶ、アクアのボディガード達。テラスの床に落ちた埃や土、髪の毛に至るまで注意深く拾い集める。
 そんな彼らの妨げにならないよう、アクアは白磁のティ・カップを手に持ってテラスの手すりにもたれかかった。
 蒼い空と青い海。
 緑に囲まれた庭と、咲き誇る花畑。
 アクアにとってはただの極彩色の監獄にすぎないはずのこのテニシアン島は、今、初めて鮮やかな色彩と共に輝かしい光をアクアに印象づけていた。
「ボソン・ジャンプ…。火星か」
「アクア様。ジェットの用意が出来ましてございます」
 振り返る。パーカーが一礼した。
「そう。財団の方に研究班を用意させなさい。お祖父様とのお食事が終わったら、私の質問に答えられるように。テーマは飛行機の中から出します」「は、直ちに。それでは、お嬢様。こちらへ」
 パーカーが手を開いてアクアを誘導する。
 アクアは頷くと、一度だけ先ほど彼らが現れた場所に視線を投げた。
「行きましょう」
 視線を戻し、まっすぐにパーカーを見つめるアクアに、パーカーは深い敬意と共に一礼し歩き始めた。



 暗く静まりかえった発令所に再びボソンの光が輝いた。
 それまで息を潜めるかのように静かに待ち続けた人々が互いに顔を見交わして頷く。
 光はやがて四人の人影をかたどり消えた。
 ひょいっと車椅子から飛び降りた少女、こよみにエマニュエル・ガドナスがほっと安堵の溜息をついて迎える。
「無事で何よりです」「ああ、待たせたな」
 当然のことのようにこよみは頷くと、周囲を見回した。
「接触は成功した。具体的な交渉は次回と言うことになる」「「「「「おお!!!!」」」」」
 こよみの確信を込めた言葉に発令所は歓声で沸き上がる。
 そこにきょとんとした目をした付き添いのイオリ・ササハラが詰め寄った。
「ちょ、ちょっと、こよみ! さっきのアレでなんでそんなこと言えるのよ!?」「わからんべ、ふつう」
 顔に打ち傷をつくったエノラ・パーキンスが腕組みしてうんうんと頷く。
 車椅子に座っていたテンカワ・アキトはアールによる感覚のサポートが戻ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がった。
「次に来る時は玄関から、そう言ってただろう?」「え? ええ…」
 アキトの言葉に戸惑うようにイオリが頷く。
「先ほどのやりとりは向こうにとっては不意打ちだ。何の用意もない。だから、アクア・クリムゾンは可能な限り即答を避け、こちらの用件とクリムゾンへの見返りを問うたわけだ」「え゛? アレで?」「いや、ふつうわかんねぇって」
 イオリが額にしわを寄せて困惑した表情を見せた。
 こよみがイオリを見上げてアキトの後を続ける。
「こちらからは相転移エンジンを提供できる。が、輸送用の輸送船が欲しい。そう答えたわけだ。向こうは今は即答できないからちょっと待って欲しい。次に来る時は前もって連絡してくれ。それが先ほどのやりとりだな」
「あ、アレがぁ?」
 なにか心底理解できない物を見たようにイオリは顔をしかめた。
 そこにフェイエン・ノール少佐が歩み出る。
「次はいつ?」「一週間後を考えている。その前に連絡を入れるが」「そうですか」
「なんにせよ。クリムゾンとの交渉が無事に終わっても、まだ木連との交渉があるわけですから。先は長いですね」
 遠くの物を見るようにエマニュエルが天井を仰ぐ。
 そこにアキトの声が響いた。
「だが、今始めなければ、間に合わない。遠くにあるからと諦めてしまうには、いろいろな物を背負いすぎた。そうだろう?」
 アキトが彼らを見回す。
 こよみはにやりと笑みを浮かべて頷いた。
「ああ、そうだな」



 憎しみは、未だある
 ぬぐえない過去も
 だが、過去をなぞるだけの指先では
 救えないモノが多すぎる
 だから、今、見知らぬ明日へ
 踏み出した





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 あとがき

 さ、これで最低逝きかな(w
 第3話Aパートで出したトゥルー・ヒロイン、アクア・クリムゾンお嬢様に今回は全面に出張って頂きました。おかげで間違えられたイネスさんがぜんぜん出てきません。まぁ、次はイネスさんからなので、頑張って頂きたいものです。
 それでは、次はルリ・パートで。