Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第三話 Eパート
『早すぎた「さよなら」』
1.
人々が集まる。
海中に密閉された発令所に、再び彼らは集まる。
一週間、考える時間を与える。
それはこよみの提案だった。
あの会議に参加した人々は自分で考えることができる人物ばかりだ。ショッキングな内容に捕らわれることなく、きっと彼らなりの結論を出してくれると、そう信じた。
そして、彼らはその信頼に応えようとしている。
ほぼ、変わること無い面子が集まっていた。2、3人欠席した人もいるが、仕事の都合や予定の調整がつかなかった物だと、こよみの調査で判別されている。こよみもただ単に彼らの言葉を肯定するほど甘くはない。
人は裏切る。
色で、金で、欲で、薬で、暴力で、自らの意志で、人は裏切る。死すら奪われ、裏切りを強いられる者達がいる。
彼らに罪はない。人が人を追いつめる手段は開発され尽くしているのだから。人とは生理学的反応の集合に過ぎないのだから。強いて言えば、運が無かったのだろう。
英雄とは、裏切り者になる前に死ねた幸せ者だけが名乗ることができるのだ。
だから、裏切られることを前提に組織は象られなければならない。組織にとって個人を無意味な存在とすることで、個人は組織に護られる。
木を隠すなら、森の中。
死体を隠すなら、戦場が。
そして、A級ジャンパーを隠すなら、A級ジャンパーの中に隠すべきだろう。
こよみは出席者が集まりそれぞれに飲み物と軽い軽食が配られた所で前に出た。
それまで、互いに軽い雑談で、しかし、奇妙に上っ面な会話を交わしていた人々が、こよみを注視する。自然と、静けさが場を支配した。
「お集まりいただきありがとうございます。
前回の話を聞いて、なお、ここに来られると言うことは、我々の困難な状況を理解していただけたと考えさせていただきます」
「・・・A級ジャンパーが火星でしか生まれていない以上、僕たちは狙われることから逃れることはできない」
エマニュエル・ガドナスがゆっくりと、しかし、発令所にいる人々全員に聞こえるよう言葉を発した。
「そんな僕たちが身を守るには、狙われる火星の人々が共犯者となって互いを守らなければならないと言うのですね」「「「「「・・・」」」」」
一週間という時間。
『これから』起こる事実に人の心が慣れるには充分な時間だ。
彼らはおそらくいろいろと考えただろう。その中には、他の市民を裏切ってクリムゾンや火星の後継者に協力することや、航空宇宙軍に協力する代わりに家族の保護や報酬の要求するなど、いろいろな可能性について考えずにはいられなかったはずである。
中には個人でチューリップ・クリスタルを手に入れボソン・ジャンプを試してみた者もいるのではないだろうか。生き残るために、逃げ出すために、卑怯となじられようと、後ろ指を指されようと、彼らは考え悩み決断し、ここに来たのだろう。
「地球連合も航空宇宙軍も、ましてや、木星系ガリレオ衛星群反地球連合共同体も、敵となりこそすれ、我々を守ってはくれません。例えそれが罪であろうと、悪となじられようと、我々には守り抜かなければならないものがあります。
そのためにも、我々は罪を罪と非難されながらも、地球連合ではなく、木連でもなく、独自の道を勝ち取らなければなりません。
そう。火星は独立します!」
張りのあるソプラノの声が響き渡る。
誰もが、こよみを見つめていた。その言葉を衝撃とともに受け止めていた。
独立。
それは平和な時代に火星に住む誰もが考えたことがある幻想だった。火星がこのまま入植が進み、十分な人口を抱えた勢力圏を形成すれば、必然的に出てくる将来像だった。
こよみはその幻想を打ち砕く側の工作員だったが。
今、火星の人々の全滅が危惧されるこの時期に、火星の独立を語るこよみを信じられないような瞳が迎えた。
「地球圏はしばらくの間、自分を守るのに精一杯です。木星は火星の人々を皆殺しにする意志を固めています。
火星は自立する以外に生き延びる方法はありません」
「地球とともに抵抗し続けるという選択肢はないのかね?」
手を挙げて、中年の紳士が訊ねる。こよみはエマニュエル・ガドナスに振り返った。
「この戦争はいくつもの層によって構成されています。その中のもっとも激しい利益対立を引き起こす層と火星の人々の生存が衝突しています。
もし、私が航空宇宙軍の中枢の一員であれば、太陽系社会100年の平穏のために火星の住民の絶滅を進言するでしょう」「「「「「「「「「「・・・」」」」」」」」
「・・・我々の生存が平和の敵だ、と?」
かすれるような声でエマニュエルが呟いた。
「その通りです」
こよみが断言する。
「航空宇宙軍、地球圏、木星圏。全ての人類圏があなた達火星の住民を最期の一人まで狩り立てるでしょう。そして、互いに火星の住民を相手の手に渡さないために、火星に関わった全ての人々を殺し合うでしょう。
もし、そんな未来を受け入れられないのであれば、殺される側でなく殺す側に回る意志を持たなければなりません」
「それは事実だ」
呆然とする人々が何となく互いに目を見交わしてまた逸らす。
そんな奇妙に受け入れがたい雰囲気の中、あえぐようにテンカワ・アキトが答えた。
「俺は地球の奴らに実験につきあわされ、木星の奴らに実験材料にされた。
理由はただ一つ。俺が火星生まれだったからだ。
俺は奴らに夢も妻も家族も奪われた。五感の全てを奪われ気が狂うこともできなかった俺には復讐に狂う以外に道はなかった」
全身から冷や汗を垂らし、なおも発作の影響で体中にナノマシンの異常発光現象を引き起こしながら、うめくようにすがるように狂気を吐き出す。
それを遮るように、こよみがアキトの何も見ていない視線を小さな指をのばしてふさぐ。
「地球連合が、木星圏ガリレオ衛星群反地球連合共同体が、一番恐れるだろう未来があります。
それは現存する火星の住民が、地球圏に、木星圏に、人類に憎しみを抱き、テロリズムに走ることです。
火星市民150万人のA級ジャンパーによる戦略を持ったテロリズム。
これほど、太陽系社会に混乱をもたらす存在はないでしょう。
このような事態を未然に防ぐために、航空宇宙軍が火星住民の絶滅を決断する可能性は高いと言えます」
静まりかえる。
たった一人のテロリストが未来に起こした被害。
しかし、果たしてそれを他人事といえるのだろうか。
彼らとて戦争の発端となった地球連合に対する怒りや、無味乾燥に人道に関する罪過を犯し続ける木連に対して憎しみを抱いていないわけではない。いや、相手が話もわかる人なればこそ、このように火星を襲った災禍を招いた事を恨まずにはいられない。
コロニー連続襲撃犯テンカワ・アキトの姿は、彼ら一人一人の憎しみの表れでもあった。
だから殺す。
こよみは言う。
将来の禍根を今、根絶する。
そこに火星の人々の生きる余地はない。
もし、彼らが生き延びたいのであれば、例え世界を敵に回そうとも、戦って居場所を創り出す必要があった。
「『独立』する、ですか」「「「「「・・・」」」」」
エマニュエルが呟く。その言葉に含まれる重みに誰もが振り向いた。
「この『蜥蜴戦争』を僕たちの『独立戦争』に造り直すのですね」
「ああ。時代を造り変える。
再創生だ」
アキトの言葉が一人一人の心に深く埋め込まれた。
2.
火星最大の山であるオリンポス山に建設されたネルガル重工の研究所。
今、そこは強力な装備に身を固めた幾体もの硬質宇宙服によって制圧されていた。
「責任者は?」
硬質宇宙服の背後からコクピットのハッチを開けてフェイエン・ノール少佐は地面に飛び降りた。
玄関ロビーに集まった研究員たちが現れた軍人が女性であることに少しざわめく。そのざわめきを押し分けるように壮年の男性が前に歩み出ると鋭い視線をフェイエンに向けた。
「私がこの研究所の責任者だ」
「火星植民都市連合軍ヘラス市方面隊第177特務大隊大隊長フェイエン・ノール少佐です」
フェイエンは脇を締めて額にまっすぐ手を当てて敬礼する。
「都市連合政府の命により、本日、ネルガル火星社に対し、徴用を行います。異議ある場合、二ヶ月以内に都市連合政府の地方裁判所に置いて異議申し立てを行って頂きたい。
これがその写しです」
フェイエンが封書を差し出すと、ひったくるような勢いで研究所所長が文書を読み込む。
「この『ネルガルに対する補償は火星植民都市連合が発行する戦時国債によってまかなわれる』と言うのはどういう事だ?」「文字通りの意味ですが?」「そんな信用のないもので補償など出来るものか!」
怒りにまかせて詰め寄る所長をフェイエンは腰のホルスターに手を置きながら冷たく見つめた。
「小官は都市連合政府の命令に基づき徴用令を執行するものです。異議申し立ては、裁判所で行っていただきたい」
その言葉に所長が拳を握りしめる。
「拒否した場合は?」「逮捕します」「抵抗すれば?」「排除します」
所長は周囲を見回す。物言わぬ無骨な硬質宇宙服に身を固めた兵士が無言で彼らの出方を待ちかまえていた。
彼らとて武装は用意してある。だが、火力が違いすぎた。研究所の地の利を生かそうにも、彼らの主武器であるレールガンを前に意味ある装甲など存在しない。レーザーや機関砲に耐久する装備に有効な兵器は対戦車ミサイルなどだが、それとて彼らの隙をつかない限り当たるものではない。
「まずは生きて裁判所に向かわれることから始めるべきではありませんか?」
言葉を無くす所長にフェイエンが決断を迫る。所長は小さく溜息をつくと訊ねた。
「そちらの手配は?」
フェイエンは軽く頷く。
「まず、輸送機の第一便では研究所職員のご家族の方をマリネリス市に移送します。その間、職員の方には相転移機関実用試験炉の解体と、オモイカネ級AIのメンテナンスをお願いします。
次に相転移機関とその作業員をマリネリス市に輸送することになります。そして、オモイカネを解体輸送した後、残った研究員の方達をそれぞれ、マリネリス、ヘラス両都市に移送いたします」「まずは家族を人質に、かね?」
所長が皮肉を投げつける。
「正直、我々では相転移機関やオモイカネの解体や再設置などは手に負いかねます。どうやら移送の準備は未だに終わっていないようですから、運べるものから先に運ぶつもりです」
フェイエンは意に介さない。
「解体作業も我々に?」「我々はなにぶん素人ですから」
軽くいなすと、フェイエンは鋭い視線で周囲を見渡した。
「専門家の方々にお任せした方が早く輸送できると思われます」「・・・」
所長はわざとらしく大きな溜息をつくと、周囲に聞こえるように呟いた。
「早く脱出したかったら、さっさと荷物をまとめろと?」
フェイエンは珍しくにっこりと微笑んだ。
「ご理解頂けて光栄です」「・・・」
夜を徹しての作業に、明け方近くには輸送機発着用の簡易滑走路が完成する。
マリネリス市からは既に四機の輸送機が発進していた。予備の滑走路としてオリンポス市の空港が指定されているが、陸路の打通が遅れている状況の中、オリンポス市民を刺激するような行為は避けたかった。
第一七七特務大隊が整地したVTOL用飛行場に最初に到着したのは戦闘工兵隊だった。対地効果機から重機が降ろされ、直ちに飛行場の拡張工事が始まる。
建設用資材を降ろした機体は、空のコンテナを積み込み、快適とほど遠い臨時の旅客機に早変わりする。
重量は一人200キログラム。
火星の陸の船とも称される対地効果機は一機に付き一二〇tもの物資を運ぶことが出来る。それでも、一回の輸送に可能な人数は300人前後だった。マリネリスまでは約1500キロメートル。約四時間の飛行となる。
突然の呼び出しに驚いて着の身着のまま駆けつけた研究所職員の家族は、多くがシェルターに避難するのだと思っていたのだろう。郊外に仮設されつつあった飛行場施設を見て、暗い表情で互いの顔色を窺う。
オリンポス市全域には避難準備勧告がなされ、オリンポス市都市警備隊から報告されるシリア・マリネリス両都市警備隊による打通作戦の進行状況に一喜一憂している状況で、彼らだけが一足先にマリネリス市に脱出するという。
もちろん、これがギブ・アンド・テイクに基づくものだと言うことは理解している。しかし、自分たちだけがオリンポス市の他の住人を見捨てて逃げ出すことに罪悪感を感じずにはいられなかった。
だが、マリネリス市都市警備隊も慈善事業でオリンポス・シティ救援を行っているわけではない。実用試験炉とはいえ相転移機関が入手できる可能性に賭けて、膨大な人命を消費しているのだ。彼らの感傷に付き合う暇はなかった。
夕方、闇に紛れて四機の輸送機が次々と発進する。
打通作戦の一環として降下した友軍が埋めた誘導管制装置に守られ、1000人近いネルガル関係者家族を乗せた対地効果機は、空中管制機の誘導を受けてマリネリス市を目指す。一機でも失われれば、相転移機関に関係する技術者のモチベーションが失われる。彼らにはまだ、マリネリス市防衛のために相転移機関を組み直してもらわなければならないのだ。たった4機の輸送機を守り抜くために、陽動作戦を含めて2個飛行隊が占有されていた。
当然、その代価は他の方面への航空支援の低下という血の代価で支払われることになる。
作戦の継続限界は1週間。
それを超えた場合、作戦の成否を問わず撤収する。
彼らがこの研究所を訪れたのは2日目の朝の便だった。
他の機体と明らかに違い、多くのスラスターを備えた一機のチグリフォーンが着陸する。誘導路を通り擬装された野戦駐機場へ誘導された。機体が固定されると同時に、待機していた整備兵が飛びかかるように機体に砂をかけてスラスターを冷却する。
タラップがかけられる。コクピットが開いた。
「ちょっと手を貸していただけませんか?」「「「こ、子供ぉ!!」」」
後ろに大きく開いたコクピットの縁に10歳ぐらいの少女が足をかけて立ち上がった。困ったように整備兵達ににっこりと笑みを浮かべる。そこに、車椅子を載せた一機の硬質宇宙服と上腕部に載ったフェイエン・ノールが到着する。
「こよみ!! 貴女が来るとはどういう事です?」
フェイエン・ノール少佐は額に人差し指と中指を当てて、声をかけた。
「助かる。私はこいつの介護役だ。チグリは一人乗りだからな」
こよみが今だコクピットに座ったままのテンカワ・アキトを指さした。
「お嬢ちゃん、車椅子用意できたよ?」「おじさん、ありがとう!」
こよみは優しく声をかけてきた髭の整備兵にぺこりと頭を下げる。
「良くやるのか?」「死ねっ!」
さりげなく突っ込みを入れるアキトににっこりと悪態を付くと、アキトの身体を固定していたベルトを外して輸送用のロープを硬質宇宙服に立つフェイエンに投げ渡した。
「後は任せな」「はい。ありがとうございます」
タラップを上がってきた整備兵達の言葉に礼を言うと、こよみは素早くフェイエンの元に駆け寄った。
「どうしたのです?」「状況が変わった。お前の部隊、最低限の人員だけを残して機材の全てを今夜撤収させろ。一週間もたんかもしれん」「それほどまでに状況は酷いのですか?」「ああ」
こよみはテンカワ・アキトがゆっくりと車椅子に載せられる作業を見上げた。
「今夜、オモイカネと技師以外の社員、オリンポス市市長の家族をマリネリスに輸送する。オモイカネが使えないと聞いてな。作業の組み替えのために私が来た。
あいつは輸送役だ」
こよみはアキトをあごでしゃくる。呆れたようにフェイエンがこよみを見下ろした。
「確かに、それが一番確実でしょうけど…」「イネス・フレサンジュの身柄だけでも確保したい。自立心に優れた女性だ。我々とネルガルの双方に愛想を尽かしてさっさと逃げ出しかねん。
おじさん、ありがとう」「おう、嬢ちゃんもがんばれよ」「うん!」
整備兵からアキトの座る車椅子を受け取る。アキトの冷ややかな視線がこよみに突き刺さった。
「何だ?」「いや・・・」
それ以上言ったら殺す。そんな視線がアキトに降り注ぐ。
なんとなく視線を泳がせた先でフェイエン・ノールが整備兵達に機体の扱いについてなにやら声をかけていた。今夜、再び出発することになる。そのための整備を依頼しているのだろう。
やがて、フェイエンが戻ってくると、アキトが言葉を発した。
「行こう」
その呼び出しが流れた時、イネス・フレサンジュは相転移エンジンの解体シミュレーションを行っていた。
相転移エンジンの炉を止めて約10時間が経過している。
危険な放射線の発生も落ち着き、現在、炉心の遮蔽作業中だった。
相転移機関は危険な炉だ。
本来はディラックの海として表現される真空のポテンシャルの安定領域をわざと破綻させ、そこに蓄えられているエネルギーを絞り出す。発生した高エネルギー状態は有害な放射線となって撒き散らされ、遮蔽物を汚染していく。その本質は原子炉などの核関連施設と違いはない。
そのため、エンジンの冷却後も直接的な取り扱いには慎重にならざるを得ない。
本来ならばオモイカネ級AI「タクハタチジヒメ」を使ってシミュレートを進めたかったのだが、使えない以上、今できることをやるしかなかった。
「イネス・フレサンジュ博士。ヘラス市より、テンカワ・アキト技術顧問がお見えです。至急ロビーまでお越しください」
イネスは結い上げた金色の髪を軽く振って目元を軽く摘んだ。
そして、それが始まった。
3.
人もいない発令所。
空虚な空間に、激しく怒りをかき立てる男の姿があった。
「A級ジャンパーの管理だと…!!」
テンカワ・アキトは正面のテーブルに座る少女を睨みつける。高ぶる感情にナノマシンが発光し、暗い室内に燐光を発した。
少女は身じろぎ一つせずアキトを見つめ続ける。
そして、頷いた。
「そうだ。ボソン・ジャンプは新しき秩序をもたらす、だったか? あながち間違いとは思わん」
こよみの火に油を注ぐような言葉にアキトが力無く身を起こそうとする。
「貴様も…! 奴らと同じか!!」
「そんなに同情してほしいのか?」「!!」
アキトの怒りの視線も介さず、こよみはさらにアキトに顔を近づける。
吐息がかかる触れんばかりの距離。
こよみの指が、アキトの顔に浮かんだナノマシンの発光現象をなぞった。
「お前はいったいどんな未来を望んでいると言うんだ?
ただ単に遺跡を破壊すればいいなどと考えているようでは、また、同じ悲劇を繰り返すだけだぞ。
それがわかってるんだろうな?」「・・・」
アキトは言葉を詰まらせた。こよみがアキトの襟元を掴む。
「おまえはなぜ『前回』自分たちが狙われたのか理解していない。
自分たちの決断がどういう意味を持っていたのかすら理解していない。
なぜ、誰にも訊ねない?
なぜ、協力を求めない?
おまえは自分がすべての正解を知っているとうぬぼれているんじゃないだろうな?」
「貴様に、何がわかる」
のどの奥から絞り出すように、アキトが声を上げる。
「あの遺跡に、人生をふいにされ、何もかも奪われた俺の、何がわかる!」
怒りに見開かれたアキトの瞳をこよみが冷ややかに見つめる。
「今のおまえは、目をつぶり、耳をふさいで駆け出そうとしているようなものだ。
そもそも向かっていくべき方向が間違っていることにも気づかず、自分の考え以外の見方を受け入れようともしない。
そして、かつてと同じ惨事を繰り返そうとしていることにも気づかずに、自分ばかりでなく周りも道連れにしようとしている。
何度でも言うぞ、テンカワ・アキト。
おまえが向かおうとしている方向は間違っている。
間違っているんだ」「何が!」
喘ぐようにアキトが弱々しくこよみの襟元を掴む。感覚がわからずに力の加減もできず捕まえるその腕に、こよみは顔をしかめた。
「何が間違っていたんだ! 俺たちが、ナデシコのみんながあの時出した結論の、いったい何が間違っていたと言うんだ! 言ってみろ!!」
アキトの腕力にこよみの体が宙に浮いた。こよみは息苦しさにもかかわらず、アキトに叫んだ。
「あのときは、それがベストだったかもしれん。だが、今は違う。
おまえは、おまえたちは、遺跡を捨てることで自分たちの価値を釣り上げたんだ!」「なんだ・・・と?」
アキトの腕の力が弱まる。しかし、こよみは無理に外そうとせず、言葉を繋いだ。
「できすぎだと、自分でも思わなかったか?
自分ひとりボソン・ジャンプで地球に跳んで、目的だった女性を除く火星の生存者を全て死なせ、挙げ句の果てにはこれ以上A級ジャンパーが生まれないよう『遺跡』を深宇宙に投棄する。
わかるか? 現存する全てのA級ジャンパーがネルガルの関係者となり、結果として、お前達はA級ジャンパーの独占に成功したんだ!!」
「!! な・・・」
絶句する。ゆっくりと、釣り上げられた格好になっていたこよみの身体が降りる。
「わかってやった、とまでは言わないさ。だが、できすぎた結果に邪推する者は出る。
そんな下衆からすれば、ネルガルの謀略は疑われても仕方あるまい。巻き返しも、必死になる。
ただでさえ、戦争でネルガルは莫大な利益を上げている。追いつめられた者達が、多少手を汚しても、そう思ったとしても責めることはできん」「おれの‥‥俺のせいなのか? 俺たちが遺跡を捨てたから、火星のみんなが攫われて人体実験なんて目に遭うことになったのか。俺の・・・、俺の!!」
「止めるんだ」
アキトの全身にナノマシンの発光が広がる。こよみは固く握りしめられたアキトの拳を両手で包むと、アキトに気づかれないよう視線でイオリたちに合図する。
イオリはそれに気づくと、頷いてすぐに医務室へと鎮静剤を取りに行った。
「わかるか? 立場が違えば視点も違う。哀しい結果も解釈次第で貪欲に利益を生み出す。だから、一人では駄目なんだ!
聞こえているか? 私の言っている言葉の意味が、届いているか!?」
こよみの包む手の中で、握りしめられたアキトの拳が少しずつほどけていく。
しばらく睨み合うアキトとこよみ。
アキトがふっと視線を落とした。
「頼む。協力して欲しい」「・・・」
アキトの言葉にふっとこよみが頬を緩ませた。小さな右手をアキトの拳に潜り込ませると、ぎゅっと握った。
「こう言う時は、握手だ」「・・・ふっ」
アキトも笑みをこぼす。
壊さぬよう、感じ取れるよう、ぎゅっと右手を握りしめる。
「よろしく頼む」「まぁな」
こよみが照れたように顔を背けた。
4.
闇の中、いつも想っていた。
ずっと、心配だった。
探していた。
でも、信じていた。
テンカワ・・・。
テンカワ‥‥‥アキト・・・。
AKITO・・・。
アキト・・・。
『AKITO!!』
『アキト!!』『AKITO!!』
『OTIKA』『AKITO』『アキト』『トキア』
『アキト!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
『AKITO』『A O』 『OTIKA
『アキト』 K T !!』 A K
『OTIKA』 I ト ト I 『アキト!!』
K T キ キ T
『A O』『ア アキTO』
『アキト!!』
溢れるウィンドウが研究所中を縦横無尽に広がり、回り、駆け抜ける。
愕然とする所員達を横目に、イネス・フレサンジュはロビーに急いだ。
彼女にはわかっていた。
「タクハタチジヒメが再稼働している!」
興奮に身体が震える。理由はわからない。だが、原因はわかっていた。
テンカワ・アキト。
今、ロビーを訪れた人物が、タクハタチジヒメ再起動の鍵を担っていることは明らかだった。
「そこには、きっと…」
イネスは小脇に抱えたボードにちらりと視線を投げた。
「きっと、私の説明を必要としている人がいる!」
・・・その真意はさておき、イネス・フレサンジュはロビーへと急いだ事実に間違いはなかった。
ロビーについた彼らは、案内嬢にイネス・フレサンジュ博士への面会を取り次いでもらえるよう頼んでいた。
案内嬢がイネス・フレサンジュに連絡した直後の事だった。
周囲の明かりが少し点滅したかと思うと、次の瞬間、ロビーいっぱいウィンドウが溢れかえったのだ。
「いったい、なんなんだ!?」「・・・」「・・・」
こよみが辺りを見回して声を上げる。フェイエン・ノール少佐は反射的に腰のホルスターに手を伸ばすと、オートマチックを両手で抱え、右脇を締めて銃口を上にかざす。
「あ、あの、しばらくお待ちください」
慌てたように正面の案内嬢が声を上げると、なにやら受話器を取り上げて連絡している。しかし、その受話器の向こうでも怒鳴り合う声が響いていた。
「どうやら、研究所全域で起きてるもようです…」
無線機に入る連絡にしばらく耳を傾けていたフェイエンが報告する。
「どこでも表示されている文字は同じらしいですが?」
フェイエンとこよみの視線が一カ所に集まった。
車椅子に乗ったテンカワ・アキトは懐かしさに胸に熱くこみ上げるものを感じていた。
そして、一言、アキトが訊ねる。
「・・・アール?」
『アキト!!』
『大正解!!』『!!!!!』『またあえた!』『探したよ!』『心配してたんだ!』『寂しかったよ!』『アール君復活!!』『だいじょーぶ、まーかせて!』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』『・・・』
アキトに向かってロビー中のウィンドウが津波のように押しかけてくる。
その様子にフェイエンやこよみは思わずしゃがみ込んだ。
「どうなってるんだ? いったい?」「さぁ?」
車椅子を挟んでしゃがみ込むこよみとフェイエンが思わず顔を見合わせた。
そこに女性のしっとりとした、だが、妙に勝ち誇ったような響きを帯びた声が降りかかった。
「説明しましょう」
顔を見上げる。
金髪の髪を結い上げた妙齢の女性が嬉しそうにホワイトボードを構えていた。
イネス・フレサンジュの説明は多岐にわたっていた。
「要するに2月の中頃からこの研究所のオモイカネが、大量の情報をどこからともなく送り込まれて機能を停止していたと?」
「簡単に言えばそうなるわ」「最初からそう言え!!」「・・・頭が痛い…」
あっさりと頷くイネスにこよみが叫ぶ。フェイエンは突きつけられた言葉の弾丸に頭痛が治まらなかった。
「でも、その謎は解けたわね。
まだ未成熟な演算装置でしかない『タクハタチジヒメ』はオモイカネ・アールの情報体を受け取った段階で自己の安定性を失った。オモイカネ・アールの方も機能的に劣る『タクハタチジヒメ』での情報展開に手間取り、自己とタクハタチジヒメとの同一性を確立するために自閉モードに入っていたというのが真相のようね」
そして、イネスは眼を細めるとはしゃぐようにウィンドウを開いてアキトに詰め寄る姿を見つめる。
「まるで、子犬みたい。オモイカネがここまで成長するなんてね…」
「長い付き合いなんだろうな…」
こよみが一言答えると、アキトに声をかけた。
「テンカワ・アキト、すまんが頼んでくれないか?」
「ああ、わかった。アール、状況は理解しているか?」『うん! 任せて。荷物をまとめる手順だよね。ばっちりだよ!』
身体があったら飛び上がらんばかりにウィンドウが跳ね回る。
アキトはアールにそっと語りかけた。
「また、よろしくな」
『うん!!
ずっと一緒だよ!』
巨大なウィンドウがアキトに答えた。
5.
ウィンドウいっぱいに表示される、タイムライン。
現実とかつてあった歴史がウィンドウ上に交差する。
ウィンドウの端に描かれた火星残存人口を描くグラフがある。その糸は大きくずれ始めていた。
様々な思いでそれを見上げる人々にこよみは振り返った。
「まずは時間を稼がなければなりません。少しでも多くの人々が生き残るために。今は時間が必要です。
そのために、オリンポス・シティに部隊を派遣する必要があります」
「・・・オリンポス・シティに?」「「「「・・・・」」」」
こよみの言葉にフェイエン・ノール少佐が目を細める。現在、ヘラス・シティが相互に防衛協定を結んでいるのはマリネリス・シティだけだ。その圏外に兵を出すには、それなりの根拠が必要となる。
こよみは頷いた。
「オリンポス・シティには、ネルガル重工の研究所がいくつか存在します。そこには、相転移機関の実用試験炉とオモイカネ級AIが存在しています。これを徴発し、マリネリス峡谷にディストーション・フイールドを張りめぐらします。
同時に、重力波ビームでエネルギー補充を受けることができるチグリフォーンIII型2式、すなわち、バッテリー駆動の無人機によって、ヘラス・シティの防空網を強化します。
これによって、マリネリス市、ヘラス市は史実より三ヶ月の猶予を得ることができるとシミュレートしています」
「・・・三ヶ月…か」「はい」「「「「「「・・・」」」」」」
三ヶ月。それをどう見るか、難しい所だ。
だが、2156年10月に陥落したヘラス市にとっては、3ヶ月延びると言うことはぎりぎりのラインでネルガルの相転移機関装備艦、機動戦艦ナデシコの火星到達に間に合うかもしれないと言うことになる。
「ナデシコが・・・間に合うのか?」
畏れるように震える声でテンカワ・アキトが呟く。その顔には心の中の嵐を表現するかのようにナノマシンの発光現象がうっすらと被っていた。
「ああ。間に合うとも。
オリンポス・シティの研究所には、火星遺跡、ボソン・ジャンプ研究の第一人者であるイネス・フレサンジュ博士もおられます。当然の事ながら、彼女の身柄を押さえる必要があります。
この重要性は、皆さんもすでにご存じですね」
誰かの唾を飲み込む音が響いた。
まさしく、火星の、火星の人々の未来を賭けた戦いが始まろうとしていた。
フェイエンは少し端正な眉を顰めて訊ねた。
「だが、法的根拠はどうする? このままでは侵略と見なされるが」
「・・・なるほど、そのためにも『独立』する必要があるわけですか」
意外な言葉にフェイエンは振り向いた。エマニュエル・ガドナスが落ち着いた様子で説明する。
「火星を代表する政府を作り、その名の下にオリンポス・シティに対し、相転移機関とAIの徴発を行うわけです」「なるほど…」
フェイエンは感心したように声を上げる。こよみはガドナスを見つめ頷いた。
「その通りです」
「ということは、私の役割はユートピア・コロニーを代表して統一政府の正当性を高めると言うことですか…」
ガドナスは納得したように答えた。ユートピア・コロニー生存者の中で火星でもっとも知名度の高い人物を代表に仕立て上げ、最大の都市だったユートピア・コロニーの賛成を印象づける。
火星人口の8割を占めるユートピア・コロニー、シリア・コロニー、マリネリス・シティ、ヘラス・シティ。この4都市の代表が共同で統一政府の発足を宣言すれば、それは火星唯一の政府としての正統性主張することが可能だった。
「ってこたぁ、統一政府最初の仕事は木連に対する宣戦布告ってことか」「そうですね」「くぅーっ!! ぞくぞくするぜぇ」「地球連合から、独立するんだ」「俺たちの政府ができるわけだな」
「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
興奮のこもった熱いざわめき。ようやく見つけた希望と、自分たちにできることの中で心が逸る。
「僕たちの戦争が始まるんですね」「・・・その通りです」
ガドナスがぽつりと呟く。こよみは肯定すると、アキトに振り向いた。
「これが『俺たちの戦い』だ。そうだろう?」「・・・ああ」
アキトは軽く目をつぶると頷いた。
未だ興奮醒めやらぬ発令所に誰かの声が響いた。
「ねぇ。やっぱり悪巧みする以上、なんか悪の組織みたいな名前が欲しいわね」「いおちゃん、悪の組織って言っちゃ駄目だよぅ」「何よ。どう考えたって悪者でしょ?」「もう!」
リーホゥがとんでもないことを言う友人を窘める。
「いいですね。なんかいかにも悪そうな名前はないでしょうか?」「悪そうねぇ・・・」「・・・」「・・・」「・・・」
笑いながらガドナスが訊ねた。それまで騒いでいた人々がお互いに顔を見合わせた。
「ふふふ…」
こよみが含み笑いをする。
その珍しい反応に誰もがこよみに視線を向けていた。
エノラは「また、ろくでもないことを思いついたんだろうなぁ」と内心の思いを押し殺して尋ねる。
「どったの?」「良い名前を思いついた」
こよみは楽しそうに答える。
「『火星の後継者』と言うのはどうだ?」「うわぁっ!」「ひ、ひどい!」「あ、悪っぽい」「ちょ、ちょっと、こよみ」「だめだよぅ」「鬼ですね」「・・・」
「・・・」
アキトがじろりとこよみを睨みつけると、大きく溜息をついた。
時代を創り変える
新しい意味を持つ歴史を築く
その意義、その価値
今はまだ、わからない
だが、駆け抜ける
俺たちの時代を、手に入れる
あとがき
第3話アキト・パートは内容が前後するせいか、よくわからないという意見があるので、ここで整理をさせていただきます。
シーンの時系列に従った流れは、会議1「過去暴露」→発令所で喧嘩→会議2「組織名決定」→火星植民都市連合発足→シリア・コロニー救援→徴用令イネスに届く→オリンポス・シティ救援作戦→Dolls降下→アキト到着→再会→撤収→火星の後継者某所に出現→(゚д゚)ウマー、となります(笑)。
ちょっと本業と副業がせっぱ詰まってきたので、次の更新は11月の中頃になると思います。とりあえず、第一部、もしくはプロローグが終わったと言うことで、第四話から本格的にストーリーを押し進めたいと思います。
それでは。