Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第三話 Dパート

 『「さよなら」が聞こえる』


1.

 赤道上を地球の遠心力に助けられながら、徐々に高度を上げていく一隻の戦艦があった。
 機動戦艦ナデシコ。
 ネルガル重工が相転移機関試験艦として開発した人類圏最強の戦艦である。
 ナデシコの観測機器がその一隻の船を発見したのは、高度3万メートル、30キロメートルの空域だった。
「艦長、前方に船影を発見。ナデシコと同じ民間船舶用高々度遷移軌道を上昇中です」
 ホシノ・ルリがめんどくさそうに告げる。同時に前方の船舶の望遠映像をウィンドウに映し出した。
「あれぇ、あの船、立ってますよ?」「あら、ホント。まるでビルみたいねぇ」
 メイン・スクリーンに映し出された映像に、通信席のメグミ・レイナードがぽろりと呟く。すでに軌道を打ち込み終えてやることなく、操舵席に肘をついているハルカ・ミナトも頷いた。
 スクリーンの中央には、一隻の白亜に染められた船が艦尾を下に向けて船主を上空にしている。
「ほぇー、まるで茶柱みたいで、縁起がいいね」「ユリカ、それはちがうよ」
 感心したように目を丸くする艦長のミスマル・ユリカに、副長のアオイ・ジュンが首を振った。
 そんな周囲の感想を気にせず、ルリが新しいウィンドウを立ち上げた。
「気圏航路管制局へ問い合わせました。
 前方の船は『エンディミオン』。クリムゾン製の新型機関実験船です。
 情報出します」
 クリムゾン・メルボルン造船所所属、新型機関実用実験船『エンディミオン』。
 全長127メートル。全幅32メートル。総重量10290トン。
 乗員数28名。船種、巡航船(クルーザー)
「ほう、巡航船(クルーザー)ですか…」
 映し出された情報に黄色いシャツに赤いチョッキを着たプロスペクターがキラリと眼鏡を輝かせる。
「艦長、できれば前方の船の情報を取れるだけ取っておいてもらえませんか?」「ミスター?」「あぁ、プロスさんもお仕事ですもんね」
 ユリカが納得したように頷くと、ルリに目を落とした。
「ルリちゃん、取れるだけとっといちゃってください」「・・・わかりました」
 ルリは内心、「この人、状況がわかってるのかな」と思いつつも、オモイカネに話しかける。
『オモイカネ、記録よろしく』『おっけー、ルリ』
「ユリカ、この軌道…?」「うん。やっぱり、ぶつかっちゃうよ」「そうだね」
「管制局に問い合わせました。航路優先権はエンディミオンにあります」「やっぱり・・・」
 ルリの言葉にユリカが肩を落とした。
 民間船舶の航路使用の優先権は先に指定航路に入った船に与えられる。
 航宙船舶同士が指定距離内に接近した場合、互いに核パルス・エンジンからの排気をぶつけ合うことになってしまうため、それを避けるために、指定航路内での追い越しは禁じられていた。
 前方を行くエンディミオンはその姿勢から風圧を直接受けている影響からか、速度がみるみる落ちている。このままでは、ナデシコは追いついてしまいそうだった。
「でも、なんかへんてこな格好で飛んでますよね」
 メグミが不思議そうにスクリーンを指さした。ミナトが苦笑する。
「まぁ、素人目にはそう見えるかもね。でも、たぶんあの船ナデシコより速いわよ」「えぇっ! そうなんですか?」
 メグミが納得いかないように首を傾げる。
「ええ」
 ミナトが頷くと、ルリに視線を投げた。
「エンディミオンは現在、核パルスエンジンを使用せずに上昇中です。つまり、あの船は重力推進のみで地球の重力以上の加速が可能と言うことになります。ナデシコは重力推進で重量を軽減した上で、遠心力を利用して上昇していますが、ふつうに上昇したのではナデシコは重力圏を突破できません。
 あの船はナデシコ以上の加速力を維持し続けることが可能であると想定できます」「じゃ、あの船の方が凄いの?」「そうですね」
「いやいや、ナデシコも決して負けてはいませんよ。ナデシコはあの船の二倍近い大きさを持った戦闘艦ですから」
 プロスペクターがハンカチで額の汗をぬぐいながら答える。
「でも、綺麗な船よね。まるで、百合の花みたい」
 ミナトが前方の船に感心したように呟いた。
 すらりとした細身の船体に、三つのブレードが包むように伸びる。微妙なくびれを備えた船体はりんと立つ百合の花のようにも、天を仰ぐ白鳥のようにも見えた。
「遅くなりました。・・・ユーチャリス!!」
 連絡を受けて格納庫から艦橋へあがってきたアマノガ・ルリは、正面のスクリーンに映し出された船の姿を見て思わず叫びかけた。
「おや、アマノガ大尉。あの船をご存じで?」
 立ちすくむアマノガ・ルリの姿に怪訝な顔でプロスが訊ねた。はっと我に返ったアマノガ・ルリは眼を見開いたまま、ぎこちない素振りで食い入るように映し出された船の諸限を見つめる。
「いえ、私の勘違いです…」
 凍り付いた表情のまま首を振る。しかし、アマノガ・ルリの態度は明らかに言葉を裏切っていた。
 何度も、何度も表示されている諸限を読みとる。
 その表情が、傍目にもはっきりとわかるほど気落ちして行く様子が見て取れた。
「・・・これは、違い‥‥ます、ね…」
 違う。これは・・・違う。
 アマノガ・ルリは『エンディミオン』の諸限から船舶の特性を読みとって結論づけた。
 前方の船はおそらく相転移機関を備えた本格的な1G加速艦の実験船なのだろう。クリムゾン・グループは地球・月軌道にドックを持っていない。そのため、地球で組み上げた実験船を宇宙空間に持ち上げている所なのだ。
 ・・・でも、似てる。
 後方に出力を集約するための加速重視のスラスター。
 急加速によって船殻が受ける歪みを吸収するためのくびれを伴った船形。
 突入時、敵の攻撃を前方で受け止めるために前方に集中した空間歪曲場(ディストーション・フィールド)
 一つ一つの要素は妥当な内容だが、それをまとめ上げた哲学がアマノガ・ルリにはユーチャリスとだぶって見えた。
「メグちゃん、前方の船を呼び出してもらえますか?」
「わかりました。こちらネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ。エンディミオン、交信お願い・・・あれ!?」
 ユリカの指示を受けて通信席に向き直ったメグミが驚きの声を上げた。何事かとみんなの視線がメグミに集まる。
「あの、エンディミオンから電文です。『先に行かれたし。貴艦の航海の安全を祈る』」
「親切な方ねぇ」「ですね♪」「・・・」「・・・」「ミスター・・・」「わかっております」
「うーん…、ここは甘えちゃいましょう!
 メグちゃん、返電を。『貴艦のご厚意に感謝します。よい航海を』。これでお願い」「はい」
 響くようにメグミが返電を送る。
 さほど待つことなく、前方のエンディミオンが流れるように横に滑りナデシコに航路を開けた。
 すれ違う、二隻の船。
 ナデシコの核パルス・エンジンからはじき飛ばされる高エネルギーの素粒子の煽りを受けて、エンディミオンのディストーション・フィールドが淡く輝いた。
 ほかの乗員がダンスを踊る白鳥のようなエンディミオンの動きに見とれる中、険しい表情をしていたのは、プロスペクターとアマノガ・ルリの二人だけだった。





2.

 漢は耐えていた。
 戦うべき時に戦えなかった屈辱。
 名誉の負傷を軽んじるように見つめる視線。
 すれ違う人々は不当に漢を冷遇し、漢は活躍の場を奪われた怒りを胸の奥に秘める。
 しかし、漢は挫けない。
 そう、心に熱血がある限り。
 漢は決して屈したりはしないのだ。

 暗い通信室のパネルに映し出された重役席。
 プロスペクターはモニターに映し出される光に眼鏡を整えた。
「・・・以上が、クリムゾンの開発中とおぼしき新造艦についてのデータです。
 正直、クリムゾンがこれほど早く相転移エンジンの実用化に成功するとは思ってもいませんでしたな」
『そうだねぇ。ネルガルの優位は5年は揺るがないと見積もっていたんだけどね』『対地加速中だからかしら。ディストーション・フィールドの出力が低いわね。それとも、純粋な宇宙戦闘艦(スタークルーザー)としての性能に重点を絞っているのかも』
「これだけのデータではまだまだ結論付けるには早いと思われますな。何にせよ、余所も甘くはない、と言ったとこですか」
 モニターの向こう、シートに座った髪の長い青年がくっと笑みを漏らす。
『こうでなくちゃ、世の中面白くないね。
 プロスくん、ご苦労だった。あとはこちらで調べておくよ』
「それでは、失礼します」
 一礼する。
 接続が切れた通信室に静寂が蘇った。
 プロスペクターは振り返ると閉ざされた扉の向こうに声をかけた。
「もう、よろしいですよ」「・・・」
 通信室のハッチが圧縮空気に押され開いた。その向こうに立つアマノガ・ルリはゆっくりと通信室に入る。
「例の船の報告ですか」
 ルリが問いかけた。プロスはにこやかに頷く。
「我が社といたしましても、同業他社(ライバル)の動向は常に関心の的でして。はい」
「・・・」
 ルリが少し考えるようにうつむいた。そして、顔を上げて告げる。まっすぐにプロスの眼を見つめて。
「クリムゾン・グループ。潰したいのであれば、手を貸しますよ」
 ぞくりとする。その金の双眸に映る憎しみに、プロスペクターは目の前の女性への評価を見直した。
「大尉…、大尉はクリムゾンと何か?」
 プロスの言葉にルリが目をそらした。そして、躊躇いと共に憎しみのかけらを吐き出す。
「家族を奪われました」「・・・そうですか」
 プロスは頭の隅に記録すると、沈鬱な表情で頷いた。
「お察しします。ですが、今はまず、火星への航海に専念していただけますかな?」
「そうですね…」
 ルリは自分を納得させるためにもう一度呟いた。
「そうですね」
 そんなアマノガ・ルリの小さな肩に、プロスは目の前の少女がまだ18歳でしかない事実にようやく思い至っていた。

「・・3・・2・・1‥‥50(フィフティ)マイルズ・オーヴァー。・・・高度90・・・100。
 ナデシコ、宇宙に到達しました」
 ホシノ・ルリの声が宇宙条約で言う宇宙空間、すなわち、高度100kmを突破したことを無造作に告げた。
 この高度になると大気圧がほぼ0に等しくなり、これまで放射能汚染の問題があるため使用されていなかった電磁スラスターに核パルスエンジンから発生した荷電粒子が本格的に誘導され、推力として排出される。
 相転移機関に投入する重力波ドライバーのエネルギー量も膨大なものとなり、周囲の真空中に含まれたわずかな元素に圧縮された次元すら展開して、真空からエネルギーを引きずり出す。
「ナデシコ、補機出力全開。相転移エンジン、出力40%へ」
 機関出力、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)出力など、艦の状態を身体で覚えながら、ユリカが告げる。
「ナデシコ、核パルスエンジン、全開です。
 相転移エンジン、出力均衡(ブレイク・イーブン)突破。ディストーション・フィールド出力11%、安定稼働中。
 相転移エンジン出力臨界まで、およそ2時間36分。1000秒からカウント・ダウンします」
「ルリちゃん、カウントしなくてもいいよ。表示だけしておいて」「わかりました。艦長」
「あの、ミナトさん。艦長さんってなんか張り切ってますね」「うーん、良いところ見せておきたい娘がいるんじゃない?」
 メグミの言葉にミナトはステージの奥を視線で示した。メグミは納得したように相づちを打つ。
「ああ、そっか。養妹(いもうと)さんがいるんでしたね」
 艦長席のあるステージ上段の奥にフクベ退役提督と差し向かい合いながらお茶を飲む水色の髪の女性の姿がある。戦歴で見れば士官学校出の新人少尉であるユリカを遙かに上回る実績を持つ養妹(いもうと)の前で艦長として指揮を執るプレッシャーはどれほどのものだろう。メグミは感心するようにユリカを仰ぎ見る。
「それじゃ、大気圏を突破したので艦内は通常体制に。ジュン君、あとお願いね。
 あーきと〜!!」「「「はぁ…」」」
 プレッシャーなど毛筋ほども感じていないようなユリカの台詞に全員が脱力する。
 まっさきに艦橋を出て行くユリカの姿を見送って、ハルカ・ミナトは何とも言えない微笑を浮かべた。
「まぁ、剛胆なのは確かよねぇ」「そうですけど…」「馬鹿・・・」
 副長のアオイ・ジュンは苦笑しながらプロスペクターを振り返った。
「プロスさん、ローテーションの修正をお願いします。ビッグ・バリア通過時よりサツキミドリ2号到着まで、ナデシコは警戒態勢に入ります」「わかりました」
 頷くプロス。ジュンはお願いしますと頭を下げると、後ろで静かにしているフクベ提督とオブザーバーのアマノガ・ルリを振り返った。
「フクベ提督、大尉。何かありますか?」「・・・いや」「・・・」
 重々しく首を振るフクベ提督。その隣でアマノガ・ルリはプロスペクターに顔を向けた。
「プロスさん、同業他社(ライバル)がナデシコに嫌がらせをするとしたらどうしますか?」「・・・そうですなぁ。ゴートさんはどうですかな?」
「直接的な武力行使はないという前提ならば」
 プロスに振られた話題を受けてゴート・ホーリーは腕を組んだ。
「手続き上の不備で出港停止を計るか、もしくは・・・いや、それはないだろう…」
 ゴートが言い出しかけた口を閉じた。
「あら、気になる言い方よね」「・・・」「ゴートさん、とりあえず思っていることをどうぞ」「う、うむ」
 ゴートは躊躇うように口を開いた。
「敵対勢力に、この場合は木星蜥蜴だが、ナデシコを襲撃させる」「・・・」「・・・」「・・・」
 沈黙と非難を込めた痛い視線が方々からゴートに突き刺さる。ゴートは内心の汗を堪えて何とか表情を変えないよう努力していた。
「木星蜥蜴にナデシコを狙わせること自体は難しくありません」
 アマノガ・ルリが声を発する。それまでゴートを非難していた艦橋(ブリッジ)クルーの視線が戸惑うようにルリに集まった。
「ナデシコの位置を木星蜥蜴が察知できるようにすれば良いだけです。例えば‥‥」
 ルリの言葉を遮るように、オモイカネがメイン・スクリーンにウィンドウを開いた。
警戒(アラート)!』
『左舷後方8時の方角より、高速の機体複数が接近中!』
『上空第5次防衛ラインより、デルフィニウム隊の接近を確認。
 その後方にさらに一隻のシャトルと、デルフィニウムより高速な機体が接近中!』
 騒然となる艦橋(ブリッジ)。当直から外れているため退出しようとしていた人々が、慌ててシートに座り直した。
 その騒ぎに紛れてアマノガ・ルリがぽつりと呟いた。
「例えば、無意味な戦闘行動を起こさせることで」
 ルリの言葉は、艦内に発令された警戒態勢の警報によって、誰の耳に届くことなくかき消された、はずだった。
 ルリの正面に座っていたフクベ提督は一瞬だけ左の眉を上げると、お茶の入っていない湯飲みをすする振りをしてみせた。



 ミスマル・ユリカは振り袖姿になると、幼なじみのテンカワ・アキトの部屋を目指していた。
「どうもこないだのこと以来、アキトったら艦橋(ブリッジ)に来てくれなくなっちゃったのよね」
 ユリカは首を傾げる。アキトはコック見習いだ。艦橋(ブリッジ)への出前などの肉体労働は主にアキトが担当していたはずだった。
 しかし、先日のクーデター騒ぎ以来、アキトは艦橋(ブリッジ)への出前をホウメイ・ガールズに任せてしまっていた。本人は料理の修行のためといっているようだが、それが言い訳であることは明らかだった。
「アキト、ルリちゃんのこと嫌いなのかな?」
 ユリカは養妹(いもうと)の事を思って少し表情を曇らせた。アキトが艦橋(ブリッジ)へ来なくなった理由、ユリカにはそれがアマノガ・ルリを避けるためのように感じていたのだ。
 アキトの部屋の前でユリカは決意を固めて腕まくりをする。
「ルリちゃんは将来アキトの養妹(いもうと)になるんだから、お姉さんが取り持ってあげないとね」
 扉が開く。
「あーきーと〜♪」
「「ジョー!」」
「え? ど、どうしたの、アキト?」
 駆け込むユリカの視線の先で、アキトとパイロットのヤマダ・ジロウがスクリーンに映し出されたアニメを見つめながら眼の幅の涙を流して抱き合っていた。
「あぁ、男同士で何してるの!?」「俺のジョーがぁ、俺のゲキガンガーがぁ、死んじまったんだぁ!」「そうか! お前にもわかるかぁ。わかってくれるかぁ!!」
『海燕のジョーの犠牲により辛くもアカラ将軍の挑戦を退ける事ができた。だが‥‥‥』
「やっぱ、漢の死に様はああだよなぁ。戦いの中、仲間をかばって、とか!!」「ありがとう。ありがとう。こんないいものを見せてくれて!」
 二人の様子にユリカは溜息をついた。
「はぁ〜、私の方が絶対に良いのに…」
 ナデシコ柄の振り袖を摘む。ピンクの着物が色あせて見えた。





3.

 八機の航宙攻撃機CA-36(オンシジューム)がペアごとに二つの四機編隊(ダイアモンド)を構成する。絶妙な配置が互いの局所空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)を補助しあい、強力な力場を構成した。
 その遙か前方に、漆黒の宇宙を背景に浮かび上がる点滅する艦尾灯が見える。
「編隊長よりマム、目標を視認。パーティを開始する」
『マムよりポテト・スマッシャー、音楽を鳴らせ、以上』
「各機聞いたな。戦闘機動開始(Let's Dance)!」「「「「「「「了解」」」」」」」
 四機編隊(ダイアモンド)がほどける。オンシジュームは二機ごとのペアを組むと、標的である機動戦艦ナデシコへの突入を開始した。



「こちら、ネルガル重工所属ND-001機動戦艦ナデシコ! 接近中の機体へ、応答願います!」
 メグミの声が艦橋に響いた。
「オンシジューム後方に航宙母艦(バトル・スター)ムスカリを発見しました。護衛の空戦フレーム四機を確認。ナデシコとの交差軌道を維持ししています」
 ホシノ・ルリが報告する。ステージ上段の艦長席で艦長のミスマル・ユリカが口元に手を当てた。そして、ちらりと後ろを振り返る。
「どう、ルリちゃん?」「駄目ですね。現在、極東方面軍第333航空戦闘団(FE333ACC)は作戦行動中です。その麾下の艦艇は通信管制下にあり、連絡が付かないそうです」
 地球連合航空宇宙軍極東方面軍に問い合わせていたアマノガ・ルリは長い髪を揺らせて首を振る。ユリカは頷いた。
「そっか。FE333ACCはルリちゃんの古巣だから、ただの見送りだと思うんだけど…」
 ユリカはそう言ってスクリーンを見上げた。上空からナデシコの軌道を押さえつけるように降下してくる11機の機影がある。
「連絡、付きませんね」「どうしますかな、艦長?」
 メグミが通信をリピートに設定して振り向いた。プロスペクターが一歩進むとユリカの決断を求める。
 ユリカは頷いた。
()きましょう!
 エステバリスで上空のデルフィニウム隊を押さえ、地球重力圏を離脱します」
「エステバリス隊、発進」「相転移エンジン出力臨界まで後71分。ディストーション・フィールド出力40%で安定稼働中」「空戦用エステバリス準備完了だ」
「おっしゃ、博士! バリアを開けてくれ!」「おい、こら、ヤマダ! 人の話を聞け!!」
 元気と言うより、ウィンドウいっぱいに暑苦しい男の顔がどアップになった。
 ユリカがきょとんとなって、周囲を見回した。その姿にプロスが訊ねる。
「どうかしましたか、艦長?」「えっと・・・」
 ユリカが困ったように頭を掻いた。
「あの人、誰でしたっけ?」「「「「「(汗)」」」」」「馬鹿ばっか…」
「おっしゃ行くぜ! おらおらおら!」
「艦長! ・・・っったく、あの馬鹿! 武器も持たずに発進しやがった!」
 ウリバタケの声が響く。
 静まりかえる艦橋(ブリッジ)にプロスが額の汗を拭きながら、ユリカに訊ねた。
「テンカワさんにも準備していただきましょうか?」「その方が良さそうだな・・・」
「あははははは・・・」
 ユリカが乾いた笑い声を上げた。
「いえ、もう遅いですよ」「えっ!?」
 それまでスクリーンに映る様子をうかがっていたアマノガ・ルリがユリカを止めた。
 ルリの示すスクリーンの先ではナデシコめがけて突入する一機の航宙戦闘機と、シャトルから決して離れようとしないデルフィニウム隊の姿があった。そして、ナデシコを包むようにオンシジューム隊が旋回する。
「ナデシコ、完全に囲まれました」「・・・ヤマダさんは?」「あそこです」
 ホシノ・ルリがオモイカネを操作してスクリーンの遙か下方を拡大表示した。
「まもなく、ナデシコの重力波ビーム到達圏外に出ます」「「「「「・・・」」」」」
 そして、ヤマダ機の反応はスクリーンから消えた。



 デルフィニウムより優速のドミストリが先行する。
 すでに会合ポイントに到達したオンシジューム隊は散開してナデシコを包むように後方から追いかけていた。
『マムよりハッシュ・パピー。
 ナデシコよりエステバリス一機の発進を確認。輸送隊に向かっています。
 迎撃を。ただし、武器の使用は禁止します』
「ハッシュ・パピー了解」
 イツキ・カザマは口元をほころばせると、機関を全速にしデルフィニウム隊とエステバリスの間に入った。局所空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)の出力を上げると、ナデシコを発進したエステバリスと射線を交わす直前に機体を翻す。
「あれ? 撃ってこないですね…」
 イツキは首を傾げながらも機体をロールに入れて旋回する空戦フレームを追いかける。威嚇射撃ぐらいはあるだろうと想定しての旋回だったのだが、相手の機体は地球へ向けて動力降下し続ける。
 ちらりと速度計と高度、燃料計を確認した。まだ、いける。
 オンシジューム隊から二機が彼女の機体の後方についた。空戦フレームを取り囲んでおとなしくナデシコに帰るよう追い込むつもりだろう。イツキはその意図を確信すると、スラスターの排気炎が後方のオンシジュームに影響を与えないよう機体を縦に振った。
 その時、ナデシコから一機のユニットが射出されるのを確認する。識別。引き金にかかった指を止めて、友軍機(フレンド)との通信を開いた。
「あの、見えてますか?」『ああ、どうするかね?』『・・・』
 イツキの言葉に呆れるような楽しそうな声が答えた。
「ちょっと、見てみましょうか?」『そうだな。生温かく見守ろうや』『良いんですか?』
 その視線の先で、空戦フレームから射出されたアサルト・ピットが重武装タイプ1−Bへの機体換装に成功した。
 イツキは耐Gスーツの中で小首を傾げて呟いた。
「重武装タイプって、飛べたかしら?」



『今だ、うりばたけっ! スペースガンガー重武装タイプを落とせ!』
 ヤマダ・ジロウ――ダイゴウジ・ガイっ!!――の呼びかけが格納庫に響いた。
「うちにはスペースだかアストロだか知らねぇが、ガンガーなんて載せてねーんだよ」「1のBタイプの事じゃないですか?」『おーぅ、それそれ!』「ったく!」
 溜息と共にウリバタケ・セイヤは重武装タイプ1−Bを射出する。
 ヤマダは得意げに笑い声を上げた。
『ぐふふふ、完璧だ!』「おーら、いったぞ」
 射出された重武装タイプ1−Bがヤマダ機に接近する。
『来た来た来た来た!! ガンガー・クロース!!』
 叫び声と共にヤマダのアサルト・ピットが射出された重武装タイプとの換装に成功する。
『よっしゃぁ!!』
 ヤマダは機体を振り返らせると、重武装フレームの105ミリ砲を追尾してくるドミストリに向けた。スクリーンの中にドミストリがロックされる。
『シューーーーーーーーーーーット!!』
 勝利のかけ声と共に引き金を引く。
 次の瞬間、照準の中心で赤く点滅していたロックが外れ、ドミストリが旋回した。
『あ、あれ?』
 疑問に思ったのもつかの間、ヤマダは照準の先にある敵機ばかりでなく、ナデシコの姿がどんどん小さくなるのに気が付いた。
『お、墜ちてるーーーーーーーーーっ!!』
 ヤマダ・ジロウの叫び声と共に、衛星速度に達していない重武装フレームは地球引力に引かれゆっくりと落下していった。



 静まりかえった機動戦艦ナデシコのメイン・スクリーンにウィンドウが開いた。
『大尉! ご無事ですか!?』「イツキ中尉、どうかしたのですか?」
 航空宇宙軍の野暮ったいパイロット・スーツに身を包んだイツキ・カザマ中尉の姿にアマノガ・ルリは首を傾げた。
『あの、そちらのエステバリスを回収しましたけど、どうしましょうか?』
「「「「「・・・」」」」」
 艦橋になんとも言えない雰囲気が漂う。誰もがその瞬間、どうぞ持っていってください、と頭に浮かんだことを口にできなかった。
「・・・養姉(ねぇ)さん、どうしますか?」「あはははは・・・、できればナデシコまで運んでもらえますか?」
 最近、疲れてきたな、そう思うユリカだった。





4.

 デルフィニウムに護衛された輸送シャトルがナデシコの格納庫に着床した。
 同時に、ドミストリも翼を連ねる。
 ドミストリのハッチが開いてヘルメットを外すと、イツキ・カザマは首元に指を通して耐Gスーツから長い黒髪を引き出した。
「皆さん、初めまして。アマノガ・ルリ大尉の補佐として派遣されましたイツキ・カザマ中尉です。よろしくお願いします」
 ピシリと音が鳴るような綺麗な敬礼をしてみせる。
 出迎えたミスマル・ユリカとアマノガ・ルリが答礼した。
「歓迎します。私が本艦の艦長ミスマル・ユリカです」
 ユリカはイツキに腕を差し出して握手した。
 アマノガ・ルリが嬉しいような少し困ったような表情を浮かべる。
「中尉、無理に付いてこなくても良かったんですよ」「いえ、これは私の意志です。それから、いくつかプレゼントを持ってきました」
 そう言うとイツキは脇に挟んであったリストをルリに手渡した。ルリがそれを見て眼を見開いた。
「これは・・・」「大尉のエステの補修部品と予備部品です。数はありませんが補給部が用意してくれました。それから、明日香インダストリーからドミストリの実験を依頼されています。また、航宙技術工廠からADFPM4個戦闘単位を補給されています。これも実戦での運用データを送って欲しいとのことでした」
 イツキは同行した輸送機から引き出されるコンテナを見つめた。そのそばでは、航宙母艦(バトル・スター)ムスカリを護衛していたエステバリスに、地球大気圏へ落下していた所を拾ってもらったヤマダ・ジロウが整備班に袋だたきにされているが、とりあえず見なかったことにする。
「それでは、カザマ中尉も今日からナデシコのお仲間ですな」
 プロスペクターが名刺を差し出して挨拶した。
「はい。よろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げる。アマノガ・ルリの左後ろに立つ。ここが自分の場所だと信じて。
「大尉、よろしくお願いしますね」「こちらこそ」
 アマノガ・ルリはイツキの心遣いにじんとくるものを感じながら、そっと微笑んだ。



「相転移エンジン出力臨界。ビッグ・バリア、通過します」
 ホシノ・ルリの言葉と共に、ナデシコは相転移エンジンの輝きをまとって静止衛星軌道を離脱する。
 ここまで護衛として随伴してきた航宙母艦(バトル・スター)ムスカリが信号灯を点滅させる。
「ムスカリより『航海の安全と無事の帰還を祈る』との事です」
 メグミがモールス信号を読みとって伝えた。オンシジューム隊が一機ずつナデシコの艦橋ブロックに接近しては敬礼をして離脱していった。ナデシコ・クルーもアマノガ・ルリを先頭に答礼で別れを告げる。
「ルリちゃん、みんなルリちゃんのことを心配してるんだよ。
 ちゃんとルリちゃんのために場所を空けて待っててくれてるんだから。だから、無事帰ろうね」
 ユリカがルリの横に立って敬礼しながら、告げる。ルリは小さく頷いた。
「はい」
 そんな二人をホシノ・ルリは見るともなく見つめる。
 わからない。なぜ、これほどまでに『彼女』と自分の間に違いを感じるのか。
 少女はまだ大切なものを知らない。



 私の場所
 それはきっと
 世界の果てにも
 思い出の中にも
 ありはしない
 ただ
 今、この場所に
 私はいる





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 あとがき

 うーん、前振りの割にはつまんなかったですね(苦笑)。
 ヤマダ・ジロウはどうしてくださりやがるでございましょうかと思ったのですが、もう少し付き合っていきたいと思います(笑)。
 次はそれほど待たせずにEパート、アキト・パートがくると思います。
 それでは。