Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第三話 Cパート
『「さよなら」を言うのは早すぎる』
1.
「火星植民都市連合?」
聞き慣れない言葉にイネス・フレサンジュは首を傾げた。
「ええ。ほら、つい先日、テレビでやってたじゃないですか。
壊滅したユートピア・コロニー、シリア・コロニーの生き残りとマリネリス・シティ、ヘラス・シティの二都市が共同で統一政府を作るって奴ですよ!」
言われてイネスは、ああと相づちを打った。
「確か、ヘラス・シティがユートピア・コロニー救援隊の帰還を大々的にアピールしてた奴ね」
イネスがそのニュースを見たときウィンドウに映し出されたのは、写真家として高名なエマニュエル・ガドナス氏がユートピア・コロニーの生存者の代表としてヘラス、マリネリスの両都市の市長とともに救援活動に感謝の言葉を伝えている所だった。
おそらく、その記者会見の場で共同で木星蜥蜴の脅威に対抗すると宣言を出したのだろう。
敵を木星軍と命名していたのが印象的であったが。
「それが私たちに何の関係があるのかしら?」
「それが、聞いてくださいよ!」
研究者の一人が両手を大きく開いて声を荒げる。
「連中、オリンポス・シティに徴用令を出してきたんですよ!!」「・・・徴用令?」
「ええ!」
イネスの問いに勢い込んで頷く。
「そうなんです。相転移エンジンとオモイカネ級AI、あと、その研究に従事していた職員と家族をマリネリス市に移動させろって、いったい何考えてるんだか」「・・・あら、まぁ」
イネスは軽く驚いてみせる。内心、この研究者のおつむの軽さに呆れていたが。
オリンポス・シティはネルガル重工の影響力の強い都市だ。
人口約12万人。
就労人口の3人に一人が火星圏亜宇宙輸送の柱となる質量加速機、火星鉄道オリンポス・ターミナルで働いている。オリンポス・ターミナルは高度24000mもの高さを持つオリンポス山に敷設されており、火星の宇宙軌道、高度100kmへの物資打ち上げを行っていた。
この輸送中継地として栄えるオリンポス・シティにネルガルはいくつもの研究所を設置していた。
火星の運輸の中継地点として、軌道上へ物資を運搬する容易さ。人口が少なく人の出入りも少ないことから研究施設への人と物の出入りをたやすく管理できるという秘密保持性。
この地で見つかった『遺失船』の存在を隠し通すには、オリンポス・シティは格好の都市だった。
当然の事ながら、シティの施政はネルガルによって工作され、彼ら研究者達は快適な研究・開発環境を謳歌してきた。
そして、ユートピア・コロニーに対する救援活動にオリンポス・シティが協力しなかったのも、ネルガルの意向が大きかった。ネルガルの研究所はシェルターとして機能するが、収容能力はせいぜい従業員とその家族が2年間生活する程度の能力しか持たない。収容可能人数は多くて2千人程度である。
ユートピア・コロニーの被災者をオリンポス・シティが受け入れた場合、人口が一割近く膨れ上がることになる。当然、物資の要求はネルガルにも向けられることになるだろう。また、これまで都市の規模が小さかったことから見過ごされていたが、被災者を積極的に受け入れた場合、木星蜥蜴の攻撃を一番に受けるのは明白だった。
だから、被災者の受け入れを拒否した。
永続的な受け入れどころか、一時的な受け入れや負傷者、救急患者の受け入れも拒んだ。
それが、火星の他の都市の住民やユートピア・コロニーの難民達の憎悪を買ったことは想像に難くない。
遠からず、オリンポス・シティは壊滅する。
イネスは冷静に判断していた。
すでに近隣に都市はない。一番近くにあったユートピア・コロニーは初戦で消滅し、共にネルガルの支配下にあった北極冠シティは木星蜥蜴の包囲下にある。同じ大陸にあった行政首都であるシリア・コロニーは先日、木星蜥蜴の第二陣の攻撃によって壊滅し、マリネリス・シティは彼らが拒否したユートピア・コロニー被災者の救援で軍事力を使い切っている。
冷静に考えるなら、この時点でオリンポス・コロニーを捨てるという考えは正しい。イネス自身、木星蜥蜴の目標になるより先に都市から脱出した方が良いのではないかと考えている所だ。もちろん、逃亡先の候補はまだいくつかピックアップしている段階だったが。
「でも、おかしいわねぇ…」
イネスが首を傾げた。その表情に引き込まれるように男性の研究員がイネスの顔をのぞき込む。
「どうしました?」「いえ・・・」
イネスはほっそりした指で頭を押さえた。
「この研究所で相転移エンジンやオモイカネを研究していることを、どうして他の都市の人たちが知っているのかしら?」「ああ!!」
この地で研究している相転移機関と高効率重力波発信器、そして、地球で現在組み上げられつつあるはずの一隻の機動戦艦。すべては企業秘密の名の下に、公開されることなく推し進められてきたはずだった。
それを同じ火星の他の都市の代表が知っている。もしかしたら、そう、もしかしたら火星北極冠シティの遺跡のことも知られていないとは限らなかった。
「それは情報漏洩って事ですか!?」
事の深刻さにようやく気がついたのだろう。少し蒼い顔をしながらその研究者が辺りを見回した。イネスはその研究員を安心させるように首を振った。
「まぁ、その辺りは所長が何とかするでしょう? もともとその能力を買われて所長に収まったのだから」
イネスは前任の所長から代わった今の所長の姿を思い出した。ペンネームで押し通した前任者ほど癖ある人物ではないが、政治的な権力の使い方を心得ている人物だった。
「そ、そうですね」
幾度も頷きながらその研究者は手を挙げてイネスのそばを離れていった。
「火星植民都市連合ねぇ…」
イネスはその言葉の背景にきな臭い物を感じながら端末に向かった。本来ならば、研究所で開発されていたオモイカネ級AI「タクハタチヂヒメ」の優先使用権を持つイネスだったが、タクハタチヂヒメが情報トラブルで機能を停止して4ヶ月もの月日が過ぎようとしている。
現在では、仕方がなく各個々人に割り当てられている端末を統合して研究が進められている。
イネスも自分の端末に向かい資料をまとめる。北極冠シティ郊外の遺跡に行けなくなって以来、イネスにとってできることは現状の相転移エンジンの改良やナデシコ級の改良案の私案をまとめることくらいだった。
軽やかな音と共にメールの受信が伝えられる。
イネスはメールの表題をちらりと見て、それがあまりに平凡な表題に視線を戻した。「Dr.フレサンジュへ」などという内容説明もない表題のメールなど、急いで目を通さなければならない物とは思えない。
しかし、イネスの視線は再びそのメールボックスに向けられた。
気になる。
まるで何かに取り憑かれたかのように視線がメールボックスに釘付けになる。
小さく苦笑する。
何を気にしているのだろう。
たかがメールの一通に何を意識する必要があるのか。
イネスはさっさとメールをウィンドウに表示させた。つまらない物であれば捨てればいい。
ウィンドウに視線を落とす。内容はありふれた勧誘だった。いや、決定事項の通達と言った方がいいのか。あきらかに検閲されていることを意識した書き方。
『徴用令に基づき、貴女をヘラス市都市警備隊第四局航宙艤装部二課へ招聘いたします』
それだけだ。だが、それを読んでなお、イネスは何か引っかかる物を感じていた。
何度も読み返す。
おかしな所など、その文章からは垣間見られない。
そう、文章には・・・。
はっと気がついて差出人の名前を見た。
テンカワ・アキト。・・・テンカワ!?
イネスは口元に笑みを浮かべた。確か宇宙考古学の専任としてネルガルで遺跡研究を行っていた人物もテンカワだった。おそらくは何か縁の連なる人なのだろう。
「少しは、面白くなるのかしら…」
イネスは呟くと、猛然と移転先で必要となる資料の整理を始めた。
2.
「一人の男の人生を語ろう」
それは男の昏い言葉とともに始まった。
ユートピア・コロニーで木星蜥蜴の襲撃に怯えていた。
シェルターへの襲撃。助けられなかった女の子。
光と共にいつの間にか地球にいた。
戦争の陰に怯え、志したコックも中途半端に追い出された。
忘れていた幼なじみと再会し、ナデシコに乗ることになった。
初めての戦闘。
あのバッタやジョロが簡単に駆逐できた。信じられないくらい簡単だった。
でも、うれしくなかった。火星でこの力があったら、そう思った。
ナデシコが火星に向かうとわかった時の喜びと、軍の徴用。
ナデシコを取り戻し、ビッグバリアをくぐり抜け。
友人が死んだ。
勝手の違う宇宙戦闘。
火星に辿り着いて、ユートピア・コロニーの地下に生き残りを見つけた時の喜び。
拒絶され、イネス・フレサンジュと共にナデシコに戻った。
包囲され、生き残るために、火星の生き残りの人々を殺した。
そして、追い立てられるままに、チューリップを通ってボソン・ジャンプした。
かすれるような音で紡がれる言葉。
彼らはまだ知らない。それはチューリップ・クリスタルを持っていたが故の偶然。彼らも送りうる人生の可能性だった。
アキトはイオリから差し出された水差しで喉を潤した。
月軌道に展開するチューリップからジャンプ・アウトしたナデシコを待っていたのは、火星で消息を絶ってから八ヶ月が経っていたという事実。
第四次月攻略戦で月周回軌道の制宙圏をようやく奪取する航空宇宙軍。
浸透した木星蜥蜴の掃討のために地球各地を転戦するナデシコ。そして、現れたゲキガン・タイプ。
相転移機関の爆発を避けるために二週間過去へ跳んだボソン・ジャンプ。
月面奪還と、相転移兵器による地球=月軌道の完全制圧。
人と人の殺し合いという事実に反発を感じるナデシコ・クルー。
九十九の死。木連もまた、同じだった。
煽動する草壁。
火星に向かう木連の植民宇宙船。
地球連合と木連の双方が火星に戦力を集結し、北極冠シティの「イワト」をめぐり全面的な会戦を繰り広げる。「イワト」にある遺跡、ボソン・ジャンプの演算装置を賭けて。
長い物語の末に、重く暗い運命が告げる。
「つまるところ、この戦争の本質はボソン・ジャンプの利権を巡る対立だ…」
彼らは明かされた過去に口を閉ざし、訪れた今に怒りを燃やし、告げられた未来に言葉を失った。
「それはつまり、『イワト』の遺跡がある限り火星が戦場になることは避けられない、と言うことなのですね?」
エマニュエル・ガドナスが沈鬱そうな表情で首をゆっくりと振る。こよみが頷く。
「そうなります。火星の支配権を握った方が遺跡を独占することになりますから」
「・・・それで、あんた達は結局どうしたんだ? なんとかしたんだろう?」
椅子にもたれかかったグレッグ・カニンガムが手を上に上げて先を促した。周囲からの注目を浴びるアキト。あまりのあっけなさに思わず呟いた。
「・・・あんた達、もう少し驚くとか、信じないとか、違った反応があるだろう?」
「「「「「「「おお(ああ)!!」」」」」」」
思い出したかのように相づちを打つ。
エノラが軽く頭をかきながら答える。
「いや、ほら。うちには一番の懐疑主義者の大将がいるじゃん。その大将がマジでこんな話してるんだぜ? オレ程度が考えても時間の無駄というか、な」「‥‥‥お前が私をどうゆう目で見ているのかよくわかった」「がーん!!」
「私やグレッグはこよみちゃんと付き合いもそれなりに長いですからね。無駄なことをする人ではないことはよくわかってますよ」「そういうこったな」
ヤシマ・マゴロクがグレッグの肩を叩いて告げる。グレッグの周囲にいるサルベージ仲間も頷く。
アキトの視線が浅黒い肌の女性に向けられる。少佐の階級章を身につけたその女性は肩をすくめて見せた。
「私は現在の苦境に有効な手が打てるのであれば、どんな与太話でも信じる」
幾人かがひゅーと口笛を吹く。フェイエン・ノールは何事もなかったかのように表情一つ変えない。
「現実に事態がそう動いている以上、信じない理由はありませんから」
ガドナスがゆっくりとアキトに微笑んだ。
アキトはしばし頭を垂れて目を閉じる。
間に合う。
きっと、今度こそ間に合う。
目を見開き、言葉を続ける。
「俺たちナデシコ・クルーは遺跡がある以上、取り合いを避けることはできないと考え、遺跡、ボソン・ジャンプの演算装置を破壊することを考えた。
あわよくばタイム・パラドックスの発生によって、遺跡のボソン・ジャンプによって引き起こされた全ての事象がキャンセルされるのではないか、この戦争そのものがなかったことになるのではないか、そう考えたからだ」
「だが、破壊しなかった?」「そうだ」
こよみの言葉にアキトが頷いた。
「全てチャラ。無かったことに。
だが、それでいいのか? そう問いかけた少女がいた…」
アキトは養娘の姿を思い出す。
最後にコミュニケ越しに見た微笑みを。
アキトは軽く頭を振ると、脳裏に映る姿を振り払った。
「俺たちはナデシコに演算装置を積み、遙かな宇宙へとジャンプさせた。
目的だった遺跡を失った戦争はやがて膠着状態に陥り、地球連合と木連は休戦協定を結んだ。
これが、蜥蜴戦争の全てだ」
「「「「「「「・・・」」」」」」」
誰もが互いに視線を交わしながら、今の話を考え込む。
彼らが住む火星。
そこに残された遺跡を巡って起こされた戦争。
彼らは、ただ火星の大地に生まれ育ったから、それだけの理由で巻き込まれ殺されなければならなかった。
「こよみさんが共犯者にというのは、この遺跡に関わる問題について、ですか?」
ガドナスがこよみに水を向ける。
だが、こよみは大きく首を振った。
「いいえ、これはまだ、本題に入っていません」「「「「「「「!!」」」」」」」
こよみの言葉に一同が驚いた。
アキトもまたこよみが何を言いたいのかわからず、視線を向ける。
こよみはアキトの注目を受けて、逆に問いかけた。
「本題はここからだろう?」「・・・どういう意味だ?」
アキトはこよみが先を進めようとする意図が読めずに首を傾げた。
「火星を襲った悲劇については、そこまでだろう。
だが、火星に生まれた人々を襲った悲劇は、そこからが本番じゃなかったか?」「・・・」
アキトは思わず口ごもった。
それは彼の罪過の足跡。
狂気と絶望の軌跡だった。
ためらうアキトに容赦なくこよみが告げる。
「語ってほしい。退路はとうの昔に絶たれていたという事実をな」
「・・・いいだろう」
アキトは目を閉じる。
怒りと無力さと、絶望と復讐を糧に生きた日々に還る。
「それは蜥蜴戦争が終結して1年後、俺がミスマル・ユリカと結婚し新たな家族を手に入れた日から始まった」
昏い言葉が紡ぎ出される。
彼らは悟った。
ここにいるのは、彼らの姿を遠いものを見るように見つめていた無気力な青年ではない。
愛する妻を奪われ、奪われた未来に絶望し、大切な家族を守り抜く力のなさに焦燥し、復讐と狂気に身を焦がした、闇の王子――the Prince of darkness――の姿だった。
3.
降下開始1時間前。
フェイエン・ノール少佐は軍用の硬質宇宙服に乗り込む。
木星蜥蜴の無人兵器のディストーション・フィールドを打ち抜くには、それなりの運動量兵器を利用しなければならない。火星の都市警備隊――といっても、事実上機能しているのは北極冠シティとマリネリス市、ヘラス市の三都市だけだが――では、歩兵の持つべき装備として三人で運用可能な火器で無人兵器と対抗することを想定している。一個分隊で二ユニットが存在することになる。
しかし、一部の部隊では、無人兵器に対して一対一で対抗することを求められていた。
彼女の指揮する第一七七特務大隊がそうだった。
三個中隊によって編成されたこの大隊は、敵中に孤立した部隊の救出やパイロットの救出、デリケートな政治判断を必要とする時に投入される臨時編成の部隊だった。部隊規模は大隊編成だったが、実際には作戦内容から四個航空隊、二個潜水隊を含んだ支隊規模の海兵隊のような運用がされている。
これまでの任務であれば、他の警備隊と同様の装備でよかったのだが、敵がバッタやジョロなどの無人兵器になってから個人兵装の弱さが問題となっていた。そのため、装備として個人用の対戦車レールガンが配備されることとなったのだが、このレールガンの初速は秒速20km。およそ、マッハ55に当たる。弾丸の発する衝撃波で人間の身体など粉々に吹き飛んでしまうほどだった。
だが、敵を倒せない武器を装備した所で意味がない。そこで復活したのが、火星植民初期に作業用に利用されていた硬質宇宙服だった。
硬質宇宙服は全高3mに規格化された人型の外骨格服である。
本来は危険なダストが浮遊する軌道上や低重力環境下での気密作業服として開発された、身体にフィットするプロテクターのような物だったが、火星植民などの作業では重大な問題があった。
それは、量産性である。
硬質宇宙服は身体に完全にフィットした形状でなければ作業服としての機能が果たせない。装備に身体を合わせることができるのは、せいぜい10センチがいい所だ。建設現場で作業に従事する全ての労働者に専用の硬質宇宙服を用意することなどできはしない。また、作業現場で休憩などを取るにも、エアロックを装備した設備が必要となってしまう。これでは、あまりにコストがかかりすぎる。
これらの現場からの要請を元に、作業者搭乗位置のブロック化、作業用機材や通路、パレットの規格化などが押し進められた結果、硬質宇宙服は初期の宇宙植民期に人型の建設用重機としての位置を確かな物としていた。
エステバリスなどのE種兵装計画も、この技術の系統に属すると言っても過言ではない。
第177特務大隊では現在では使われなくなっていたこの硬質宇宙服を採用した。
技術はさらに洗練され、両腕はセンサ部にあたる上体に固定され立体形成のカネゴンのような形をしている。乗員は背中のコクピット部から搭乗し、被弾時にはコクピット部だけ切り離して回収することになる。
燃料気化爆弾を互いに撃ち合う強力すぎる戦術兵器の中で歩兵が生き残るためには、歩兵自体の装甲化が必要とされたのだ。
「ドールズ01より総員、装備報告」
『02、全兵装問題なし』『03、問題ありません』『04、よろし』
『11より06、左腕部サーボ不良。08、射撃水準器安定せず』『21より、小隊全機問題なし』『31より01、小隊全機問題ありません』
フェイエンは麾下の中隊に2機の不良機があることに少し考える。
「01より11、06、08は残念だがパーティ不参加だ」『『ええーっ!!』』『11より06、08。隊長命令だ』『『ぶーーー』』
フェイエンは苦笑した。
「11、07は中隊長直率とする。11、コードを05に変更せよ」『05、了解』『07、小隊コード変更しました』
『機長より、全機。まもなく降下アプローチに入る』『カーゴハッチ、開放』
『こちらジャック・ナイツ。担当空域の制空権は確保した。これより、上空の支援に入る』
ヘラス・シティから第177特務大隊と同様に派遣された第521戦術航空団のチグリフォーンII型4機がオリンポス・シティ上空の制空権の確保を報告する。
この機体は先のタルシス海航空戦において有効性が確認された制空戦闘機チグリフォーンを、戦訓を元に改修し量産した物だ。主機を核パルスエンジンから発電用ヘリカル熱核融合炉に置き換え、推進用のスラスターを重力スラスターに一本化している。主機は大型化したが、発電効率に優れた機関を採用したことで作戦時間はI型に比べて二割方増加している。
電磁スラスターなどの外部加速装置が取り外されたため加速力は低下してしまったが、重力波スラスターに一本化したおかげで操縦性は抜群に良くなり、マリネリス・シティやヘラス・シティでは急ピッチで機材の転換作業が行われてる。
まだ生産数は二〇機にも満たない機体のうち、八機が彼女たちの護衛のために派遣されていた。
加えて・・・。
『こちらブラック・プリンス。降下を支援する』
掠れるような男の声に、フェイエンはぞくりとする。
『目標空域に到達した。全機降下開始。全機降下開始』
機長からの通信がレシーバーに鳴り響いた。
フェイエンは降下誘導レールを確認すると、射出作業員に親指を立てる。
後ろに引っ張られるような感触と共に、コクピット全面に映る視界が薄い蒼に染まった。
減速までの短い自由落下の中で、フェイエンはいつか見た白い鳥が宙を舞っているのを確かに見たと思った。
4.
闇に浮かぶ赤い星。
海洋が作られ、ナノマシンによる大気の層ができて以来、赤い星という印象は薄れつつある。
しかし、内陸に雨が降り、大地に含まれる酸化鉄が遊離し、大地に苔が蒸すようになるには、まだまだ200年以上の時間がかかるとされている。
「まず、決断されるべき問題点は『時間逆行者』による歴史介入を是とするかどうか」
黒い肌にカールした髪の少女、グローリアが握った手の小指を立ててみせる。
「・・・鮮紅を使うの?」「軽空母一隻で済むわ」
アラブ系の彫りの深いすっきりとした顔立ちの少女が不安げに訊ねる。極論に走るオーリオール。グローリアは額に指を当てて頭痛を表現した。
「決定するのは私たちの仕事じゃないでしょう?」「・・・そう?」「取りうるオプション中の必要最小な被害を提示しただけ」
「だからって、いきなり虐殺部隊を投入したり、関係者丸ごと爆殺に走るの?」
「・・・じゃ、拉致監禁?」「歴史に与えた影響も排除する必要があるでしょ?」
二人がかりで適当なことを言う様子にグローリアが頬をふくらせる。
「もう!」
「『逆行者』の数と介入の規模にもよるけど、これも自然現象としての歴史のフィードバックなら、時代に逆行するような反社会的意図を持たない限り、社会現象の一つと許容するべきだと思う」
「うん。別に観光客が歴史的事件現場にあふれたりしなければ、問題ない」
口早に答えるオーリとヴィクトリア。おとなしく答える二人ににっこりとグローリアが微笑む。
「そ。じゃ、参考意見はそう載せるわね」「ええ」
「・・・あの子なら、なんて言うかな?」
ふと、思うようにヴィクトリアが呟く。
「ニンバスは使える物なら何でも使う。あの子にとって未来の知識も目的を実現するための手段に過ぎないわ」
「目的?」「そう…」「・・・」
オーリは確信と共にこくりと頷いた。
「『人類圏の無限の拡大』。あの子には、戦争も平和も、そのための手段でしかない」
「「・・・」」
沈黙が支配する。
その空白を振り払うようにグローリアが言葉を放った。
「問題となるのは『彼女』の目的かしら?」「『彼』の方は、どうするの?」
「そちらはニンバスに任せればいいと思う。問題になりそうだったら、彼女が対処するから」「・・・そうね」
ヴィクトリアの問いにオーリが答えた。グローリアがいたずらっぽく微笑む。
「結局、ニンバスを一番信頼しているのはオーリだもの」「(こくり)」「・・・そうじゃない」
オーリは小さく首を振ると言葉を続けた。
「『彼女』の行動。それはネルガルよりも航空宇宙軍の利益にかなってる。『彼女』はネルガルを信用していない?」
「そうねぇ・・・」
こくりとグローリアが首を横に傾けた。
「E種兵装計画がここまで効果的とは予測していなかったわ。『彼女』がエステバリスによる防空戦構想を主張しなかったら、サンプルとして『彼女』の機体が無ければ、エステバリスやオンシジュームの配備は1年以上遅れていたでしょうね」
「・・・ライセンスしてなかったら、生産工場の規模の問題から正式配備はもっと後になると思う」
「月軌道の制宙圏は確実に木連軍のものだったと思うわ。地球圏の生産地域にも打撃だったでしょうね」
XIONを操作して被害の想定を行い、現状の地図と重ね合わせる。
黄色く塗りつぶされた現在の戦争指定地域と赤く塗りつぶされた被害予想が大きな食い違いを見せていた。
さらにオーリは1年後、2年後の想定を表示する。月を奪われ、地球の先進工業地帯の大部分が赤く塗りつぶされていた。
「ネルガル重工が開発中の相転移機関実用艦が順調に開発に成功したとしてもその技術のロールバックにはだいたい1年半がかかるから、約2年後から積極防御に出るとすると、地球=月圏の奪還は約3年後。火星圏、内惑星系の均衡状態から木星圏への反攻を考えると、およそ5年後に木星圏、土星圏の制宙圏を奪い合うことになる」
「その後も内乱や反乱が起きるから、太陽系の秩序の再構成にかかる時間は10年から20年」
「経済的損失は・・・いっぱいね」
試算に出てきた数字に、オーリは告げる気をなくす。地球連合政府の50年分の予算が並んでいた。それは復興のために約50年近い歳月がかかる事実を意味していた。
「ニンバスが目をつり上げて怒るわ」「『どーしてうちにこれだけしか予算が回らないんだ!』って?」「・・・似てる」
グローリアの口まねにヴィクトリアがくすくすと笑い声を上げた。オーリがちょっと端正な眉を顰める。
「『彼女』の目的ははっきりしてる。
スキャパレリ計画の支援。そのための環境を整備しているんだと思う」
オーリの操作にアマノガ・ルリの行動が記される。
「エステバリスの売り込み、生体ボソン・ジャンプに成功したと思われる少年の取り込み」「母艦主兵の確立、航空戦闘団の設立」
「よく半年でこれだけのことできたね」
ヴィクトリアが感心したように声を上げた。グローリアが頷く。
「そして、これほどまでに用意をした上で、『彼女』は火星を目指そうとしてる」
「相転移機関実用試験戦艦の生産、スキャパレリ計画、ネルガルが隠している物は何か。気になる所ではあるわね」
「・・・相転移機関の開発は火星で行われていたから?」
グローリアが首を振った。
「『全ては火星に』。そういうことなのかしら…」
それは一人の少女が、大切な過去のために告げた言葉だった。
5.
「なぜだ?」
多くの参加者達が帰り、がらんとした発令所の中、テンカワ・アキトはササハラ・イオリ達と共にテーブルのグラスやお皿を片づけているこよみに声をかけた。
「何がだ、テンカワ・アキト?」
かちゃかちゃと食器とスプーンやフォークが奏でる音が鳴り響く。
こよみはアキトの声にゆっくりと振り返った。
「・・・どうして、あそこまで話す必要があったんだ…?」「フン…」
こよみはひょいとテーブルの上に腰掛けた。
「もし、私がナデシコ・クルーだったらお前の復讐話を彼らに知らせる必要は感じなかっただろうな。しかし、彼らには必要な話だった」
こよみの言葉に、アキトは思い出す。
彼の復讐。火星の後継者達に対する憎しみ。奪われていった命。
火星を代表する彼らはアキトの言葉に恐怖すら抱いていた。あれでは、こよみの目的「かれらを共犯者に仕立てる」には逆効果だったのではないだろうか。
「でもよう、大将。やっぱみんな引いてたぞ?」「・・・」「ま、そうよね」「わたし鳥肌たっちゃった」
エノラ・パーキンスが首を傾げる。一緒に片づけ物をしていたイオリやリーホゥも互いの顔を見合わせて頷いている。
「遺伝子操作に人体実験。たまったものじゃないわね」「うんうん」
こよみが腕を組んだ。
「テンカワ・アキト。かつての歴史ではそれでよかったのかもしれない。
だが、今ではもう問題は変わってしまった」
「・・・変わった‥‥だと?」「そうだ」
こよみが頷く。ポニーテールの先がちょっと揺れた。
「お前の介入によって、今行われている戦争の本質は変わってしまったんだ」
ぞくりと感じないはずの冷たい物がアキトの背筋を奔る。
自分が如何ほどのことをしたのだろう。
自分の存在が、自分の介入が、いったいどれほどの違いをこの歴史に潜り込ませてしまったのだろうか。
アキトは自分の声がかすれるのを感じながら、訊ねた。
「それはいったい何なんだ?」「・・・」
こよみはすぐには答えない。
しばらく目をつむると、こよみは大きな瞳にアキトの姿を映した。
「そう。すでに問題の本質は変わった。
今、見出さなければならないのは、火星市民150万人、これらのA級ジャンパーをどう管理するか、だ」
こよみの瞳に映るアキトの顔にナノマシンの煌めきが奔った。
静かに、静かに
星の運命を定める
何もないひとときの安らぎに
走り出す未来を
掴もう
あとがき
絶不調〜。
アキト・パートはずっと会議してます。時折、オリンポス・シティ救援作戦を織り込みながらも、本質はずっと会議。
うがーーーーーーっ!。
次の第3話Dパートは第3話のルリ・パート最後です。みんなの大好きな○○の見せ場だよ(笑)。