Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第三話 Bパート

 『早すぎる「さよなら」をしよう』


1.

 木星蜥蜴による地球侵攻。
 その迎撃のために航空宇宙軍は地球を木星蜥蜴の侵攻から守る7重の防宙構想を敷いていた。

 地球を中心とした100万キロ防宙ライン。
 この第一層では、地球への会合軌道に侵攻してくる敵戦力を重雷装艦による機動爆雷の集中攻撃で迎撃する。秒速200キロメートル以上の速度差による濃密な爆散破片が地球軌道に乗る前の敵性母艦(チューリップ)を迎え撃つ。

 地球=月軌道、40万キロ防宙ライン。
 第二層にあたる月軌道は、地球連合の宇宙開発の中心となる月やラグランジュ・ポイントの宇宙都市を重点に防衛しており、航宙戦闘機や戦闘艇による哨戒、迎撃が行われている。

 地球衛星軌道、30万キロ防宙ライン。
 第三層である衛星軌道の防宙は月軌道艦隊(ルナ・オービタル)輸送護衛艦隊(オービタル・ガーズ)によって行われる。真空の宇宙に孤立するコロニー間の輸送を襲う地球・月間の軌道中に潜む無人兵器を護衛艦艇が決死の思いで防いでいた。

 静止衛星軌道、4万キロ防宙ライン。
 第四層では本来は宇宙デブリから通信衛星やGPS衛星を守るためのバリア衛星が浸透してくる敵性母艦(チューリップ)を排除する。だが、宇宙空間で敵性母艦(チューリップ)ほどの質量のものを完全に排除できるわけもなく、軌道要素を変更してユートピア・コロニーに起きた悲劇を繰り返さないよう海洋に敵性母艦(チューリップ)を落下させることを目的としている。

 地球中高度衛星軌道、3万キロ防宙ライン。
 第五層として宙対宙ミサイルを搭載した衛星群が、バリア衛星を突破した敵性母艦(チューリップ)に対して追撃を行う。完全な破壊を行わなくとも、地球への降下軌道を取った母船の外壁に傷をつけることで、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)の発生装置を損傷させ大気摩擦によって母艦の機能停止を意図していた。

 そして、地球低軌道(LEO)ステーション「サクラ」。
 地球衛星軌道、高度460kmに浮かぶこの基地は、防衛構想の第六層を担っている。
 他にも48基の低軌道ステーションが秒速7.8kmの速度で地球を周回し、地球へ浸透しようとする木星蜥蜴の無人兵器に備えていた。
「中尉! この機体は基本的に地球環境下での運動を考えていません。一応、高度120kmで地球に対して常に相対静止になるようアビオニクスをソフトで上書きしましたが、あくまでも近似です。
 操縦特性としてはつねに斜め上方に視線を置くことを意識してください」
「ランディング時と同じような感じですね。わかりました。感謝します」
 タラップに登り、説明を続ける整備兵にイツキ・カザマは頷いた。その整備兵は親指を立てて答えると、タラップを駆け下り、搭乗用車両に乗り込んでタラップを引き離した。
 整備中の軌道戦闘機(オービタル・ファイター)SSF-15 デルフィニウムが何機も電磁アームに固定されたサクラの格納庫に、一機だけ異色の機体があった。
 特殊実験機計画 SPeX タイプD、ドミストリ。
 ケストリィ後継の宇宙戦闘機として開発された純潔の宇宙機である。
 整備士だけでなくデルフィニウムのパイロットたちも、いずれ彼らが乗ることになるかもしれないその機体を取り囲んで見守っていた。
 ドミストリの機体下部に、先頭に三本の穂先が付いた変わった形のミサイルが二本取り付けられる。全長24メートルのドミストリの半分近い異様なほど長いミサイルだ。
 よくみると、三本の穂先は大きく開くよう、ジョイント部が存在していた。ジョイント部の根元がしっかりとドミストリにホールドされる。ドミストリの機載コンピュータが取り付けられた兵装を認識した。
 XADFPMペネトレイター二基と表示が浮かび上がった。
 それは航空宇宙軍、航空宇宙技術工廠が開発中の対ディストーション・フィールド貫通ミサイルであった。
 イツキはコクピット周りの安全を確認すると、大きく腕を伸ばし手動でコクピットを閉鎖する。動力アームがイツキの力を補助して重いハッチを閉じた。
 耳障りな圧縮空気の噴出音とともに加圧されたコクピットがロックされる。
 操縦席の気圧は安定している。空気漏れはない。
 流れるような指でコクピットの加圧を解除し、飛行前自動診断(プリ・フライト・チェック)を開始する。
 映し出されるいくつものウィンドウ。
 流れる状態に機体の異常を見つけるべく神経を尖らせる。
 警告音がして飛行前自動診断(プリ・フライト・チェック)が終わった。通信機をチェック。

『グラマラス・マムよりドミストリ、イツキ中尉へ。IFFをコード・スリーに。
 以後、コールナンバーをハッシュ・パピーに。どうぞ』
「こちら、ハッシュ・パピー。通信、感度よし。
 でもどうしてトウモロコシ団子なんですか?」
『ああ、そろそろお腹が空く頃だからね』
「はぁ…」
 わかったような、よくわからない返答に、イツキが困惑を隠さずに頷いた。
『FE333TACからのオンシジューム隊の発艦を確認。
以後、ポテト・スマッシャーと呼称。
ハッシュ・パピー、および、目標との合流までわたしが管制します』
『ポテト・スマッシャー、了解!』
 コクピット左側にウィンドウが開く。
 そこには赤道上を地表から上昇してくる一隻の航宙母艦(バトル・スター)と、合流点めがけて上昇する8機の戦闘爆撃機(ケストリィ)の軌道が表示されていた。そして、コードHPの合流軌道もすでに算出済みだった。
「こちら、ハッシュ・パピー。発進準備よし。どうぞ」
『グランマよりハッシュ・パピー、了解。
現在、護衛のデルフィニウム隊が発進中。
先行隊の出撃まで状況待機』
「ハッシュ・パピー了解」
 通信が終わるか終わらないかのうちに、ドミストリを載せた電磁アームが整備区画から大型機用エアロックへと移動を開始する。
 整備員が宇宙服なしで作業できるよう気密されていたブロックからいくつものゲートを抜け真空の装甲ブロックへ、そして、何もない絶対の宇宙空間へとアームが伸びた。
外部点火装置始動(イグナイター・オン)
 核融合炉、出力、バランス、共に正常。電磁誘導スラスター発電開始。
 全状態正常(オール・コンディション・グリーン)
 ハッシュ・パピー、発進許可求めます」
 心地よい振動がイツキの体型にあわせたシートに響く。
 耳を澄ます。皮膚から感じる状態を届かせる。全身で機体の状態を感じ取る。
 機体はイツキの高揚に答えるかのように、力強い稼動を示していた。
『グランマより、ハッシュ・パピー。
 先遣部隊はナデシコとの会合軌道へ遷移した。発進を許可する』
「了解。イツキ・カザマ、ドミストリ出ます!」
 イツキのIFSタトゥが輝いた。
 電磁ロックが外れ、ドミストリは磁力の斥力で機体をアームから浮かせる。
 待つこと数瞬。
 ドミストリがサクラから安全な距離だけ離れたのを確認して、イツキはドミストリのレーザー核融合炉の出力を上げる。
 レールガンから打ち出される燃料ペレットはX線レーザーによって爆縮され、核融合反応を起こすと高熱のプラズマと化してチャンバー内に膨れ上がった。レーザーの光圧によって爆発方向を制御されたプラズマは爆圧に押され電磁スラスターをくぐり抜けMHD発電を起動する。
 そして、誘導されたプラズマは加速用推進剤を付与され、スラスター後部から推進力としてドミストリの機体を高加速で押し出した。
 イツキは低軌道ステーション「サクラ」の装甲化された外壁に噴射炎をぶつけないよう綺麗なスパイラルを描いて機体を軌道に遷移させた。
「目標、機動戦艦ナデシコ!」
 掛け声と共に、ドミストリは合流ポイントへと加速を開始した。





2.

『水色の妖精、ナデシコに来る!』
 その知らせはたちまちのうちにナデシコを駆け巡った。
 艦橋に着くまでの道はいつのまにかアマノガ・ルリを一目見ようとする人によって埋め尽くされていた。調子に乗って地球連合旗と航空宇宙軍軍旗のミニチュアを振っている人までいる。
 ・・・実に、ナデシコらしい風景だった。
「これは、あなたの仕業ですか?」
 半ば呆れながらアマノガ・ルリは案内をするプロスペクターに問いかける。
「いえいえ、とんでもありません。これもすべて、チューリップ撃破の実績を持つアマノガ大尉の人気の表れ。私どもは僭越ながらそのお手伝いをさせていただいたまでです。はい」
「そうだよ、ルリちゃん。ルリちゃんて、すっごい人気者なんだよっ♪」
 ジト目のルリに見つめられて汗を拭きながら答えるプロスと対照的に意気揚々とミスマル・ユリカが頷く。
「はぁ、そうですか」
 追求する気にもなれずあいまいに頷いたルリは、通路の曲がり角に黄色い制服を着た若いコックがこちらを見つめているのに気が付いた。ルリにとっては懐かしいテンカワ・アキトの姿だった。
 ルリとアキトの視線が確かに互いを確認し合う。
 それも一瞬のこと、アキトは目を逸らすと通路の奥に消えていく。その先は確か食堂だ。
 ルリはコックとして修行を続けるアキトの後ろ姿に、ここにいないひとの背中を思い出した。
「アマノガ大尉、どうなされました?」「??」
 いつの間にか足が止まっていたルリをプロスペクターが問いかける。プロスの視線が鋭くルリの見つめる先を追いかけ、食堂へ通じる通路であることに内心納得していた。
「いえ、なんでもありません」
 ルリは首を振ると、なにもなかったかのように脚を踏み出した。



 コンソールに置かれた小さな手。
 そのすぐ左に小さなウィンドウが表示されている。
 そのウィンドウの中でひとりの黄色い制服を着た少年が、アマノガ・ルリの姿を睨み付けていた。
「ルリルリも新しく来た軍人さんに興味があるのかな?」
 突然横からかけられた声に、ホシノ・ルリは何もないかのように顔を上げた。ハルカ・ミナトがシートに身体をもたれながらルリの視線にウィンクする。
「いえ、別に」「それとも、目的はコックさんの方かしら?」「ち、違います!」
 ルリは少し声を荒立てると、何事もなかったようにウィンドウを閉じた。
 ミナトはそんな少女の振る舞いに拗ねたような気配を感じて笑みを深くした。
 初めてこの少女を見たとき、凍り付いたような気配が心配だった。
 背中に張り付いたような拒絶。
 でも、ミナトにはそれが少女独特の諦めなのだと感じていた。
 信じない。
 オモイカネと語らう。オモイカネはいい子。一途にルリを慕ってくれる。
 望まない。
 将来を金で買われた。その命は契約期間が尽きるまでネルガルの物。
 期待しない。
 ただ部品として、機能を、成果を期待された。
 そして、少女はここにいる。
 誰よりも早く艦橋に入り、誰よりも遅く艦橋を出る。
 目に映る景色は暗く、彩りを失う。
 自分を物としか見ていないから、他の人も物として捕らえる。
 自分に機能しか要求されていないから、他の人も機能としてみる。
 そんなルリから見るとナデシコの乗員たちのハチャメチャぶりは、ため息と呆れるしかないのかもしれない。
 だが、ミナトが頭の中に記している『ルリルリ観察日記』は、ルリの態度の向こうに怯える小動物にも似た期待があるのを感じ取っていた。
「もうすこしかな…」
 ミナトははやる自分を押さえるように呟く。
 野生動物の餌付けに焦りは禁物だ。
 まして相手は今や数少ない絶滅危惧種。人擦れしていない美少女なのだ。
 ミナトは一歩間違うと妖しい方面に突っ走りそうになる思考の手綱を引き締めて、正面のスクリーンに映る艦長達の姿に視線を戻した。



『艦長、ブリッジ・イン』
 オモイカネが報告する。
「みなさーん、こちらを注目してくださーい!」
 ミスマル・ユリカが艦橋のステージ上で大きく手を振ってみせる。その隣には瑠璃色の長い髪を伸ばした女性の姿があった。コミュニケを通じてナデシコ全艦にウィンドウが開く。
「今日から皆さんと一緒に火星に向かうお友達のアマノガ・ルリちゃんです!
 ルリちゃんはユリカの自慢の義妹(いもうと)だから、皆さん、仲良くしてくださいね♪」「(ぺこり)」「「「「「おおおおお」」」」」
 まるで、転校生の紹介をするようなユリカの台詞に頬を染めつつアマノガ・ルリはぺこりとお辞儀した。宇宙軍の士官服の上を長い水色の髪が滑る。
「アマノガ大尉には航空宇宙軍からの連絡将校として、ナデシコと航空宇宙軍との間を取り持っていただくことになります。先頃のような連絡違いが起きないようよろしくお願いいたしますね」
 さりげなくプロスペクターが釘を刺してくる。アマノガ・ルリはプロスさんらしいな、と軽く頷いて答えた。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 アマノガ・ルリは初めて会う、しかし、懐かしい人たちにそっと微笑んだ。





3.

 ウリバタケ・セイヤは到着した水色のエステバリス・カスタムを前に腕を組んで立ちつくしていた。
 機体を睨みつけるその表情は、硬く険しい。
「班長! 消耗品リスト、できましたけど・・・」「見せてみろ」「はい…」
 突き出す手におずおずとチェック項目をまとめたバインダーが載せられる。ウリバタケはそのリストとチェック項目に半ば想定していた状況を見いだしていた。
「やっぱりな…」「はい。申し訳ないっす」「お前が悩むこっちゃない」「でも…、おれ悔しいです」
 帽子を脱いで袖で目元をぬぐう整備員の肩をウリバタケは暖かく叩いた。
「こればっかりは、仕方がねぇ。艦長には俺から言っておく。
 ナデシコじゃ、この機体を運用することはできねぇってな」「「「「‥‥班長ぉ…」」」」
 男泣きする整備員たちに囲まれて、ウリバタケはもう一度格納庫にそびえる機体を見上げた。
 そして、悔しさとともに言葉を吐き捨てる。
「補修用の部品がない。こればっかりは仕方がねぇ。無理に代用品を組み込んでも性能が低下するだけだ」
「ウリバタケさん、どうですか?」「「「「「おおおおお」」」」」
 長い髪をなびかせて格納庫を訪れたアマノガ・ルリがウリバタケに問いかけた。
「おう、あんたかい。
 機動兵器としての機能にゃ、それほど問題はないんだがね…」
 ウリバタケはちらりと視線を送ると、手にしたバインダーを手渡した。
「・・・電子戦能力、ですか?」「ああ…」
 ルリはバインダーにリストされている補修部品のうち、欠品のチェックがついている物の大半が電子回路であることに気づいていた。
「『兵器は誕生した瞬間から、老朽化する』とはよく言ったもんだが、あんたが持ち込んだ機体は新しすぎる。可動部分の消耗品や耐久材は――まぁ、性能が落ちるのは勘弁してくれ――なんとか都合がつく。いざとなりゃ加工しちまえばいいからな。
 だが、電子部品はそうはいかねぇだろう?
 電子戦は最後には潰し合いだ。バックアップが2系統だけじゃ心細い。中継器(リレイ)の換えも必要になる。こればかりは食い合い整備という訳にもいかねぇ。しっかも、ナデシコ発進時にやった無茶でいくつか回路に怪しい処があるぞ。ほんとは交換した方が良いんだが・・・」
 ウリバタケはちらりとルリに視線を投げる。
 ルリはファイルから顔を上げると、ハンガーベッドに固定されている水色のエステバリスを見上げた。
「‥‥‥一度だけ…」「・・・はっ?」
 ルリが呟く。
「あと一度だけ、全力で稼働させられませんか?」「・・・」
 ルリはファイルをぱたんと閉じるとウリバタケに差し出した。
「この先、この機体の全力が必要になる時がきます。今のままではナデシコが危険です」
 まっすぐにウリバタケを見つめる金色の瞳。ウリバタケは口元に手を当てて考え込むように視線をそらした。
「だが、前はうまくいったんだろ?」
 ルリの『前回』を示して問いかける。
「それとも、その時もアンタが何とかしたのか?」「いいえ…」
 ルリがゆっくりと首を振った。長い髪が頭の動きに合わせて静かに揺れる。
「でも、今回は私が介入してしまいましたから」「ふーん・・・」
 火星の地で自爆したクロッカスの最後を思い出す。
 フクベ提督の言い残した言葉は、ユリカとアキトに大きな意味があった。アキトの火星に対する引け目とわだかまり、それに反発するように深めていく軍人への嫌悪。
 オモイカネもアキトに引きずられていくように、航空宇宙軍に対するストレスを貯めていった。
 ルリは危惧していた。
 このままでは・・・。
「ユリカさんもアキトさんも、温室の花になってしまいます」「・・・」
 憂いを込めた瞳を伏せる。
 ウリバタケは困ったように頭をかいて見せた。
「補修部品があっても、全力は無理だぞ?
 アンタもわかってるだろ。このエステバリスは後方の電子戦担当艦の中継をするヤツだ。少なくともオモイカネ級のAIのサポートがなきゃ、充分に活躍できねぇ。
 戦争はシステムだ。剣の切っ先が鋭くても、振り回す力がなくちゃ役にたたねぇぞ。
 未来の技術も消耗部品や運用システムがなきゃ、ただのくず鉄だ」「・・・」
 ウリバタケの正論にルリは言葉もなかった。
「悪い事ぁ言わねぇ。別の方法を考えるこった」
 ルリの肩を軽く叩いてウリバタケが立ち去る。
 ルリはただ一人、格納庫の喧噪に取り残された。





4.

 ネルガル社製機動戦艦 ND-001 ナデシコは赤道直下への航路を順調に進んでいた。
 地球の高重力下から脱出するには、地球重力脱出速度である第2宇宙速度が必要となる。第一宇宙速度は地球表面を水平に打ち出された物体が地球を周回するために必要となる速度であり、より速度が上がることによって衛星は楕円形の軌道を取るようになり、第2宇宙速度で地球重力圏からはみ出し、帰ってこなくなる軌道を取ることができるようになる。
 だが、この速度が必要なのは定常加速できないロケットやマス・ドライバーの話だ。
 第2宇宙速度はあくまでも初速だけで地球重力圏を脱出する方法であり、燃料の問題を持たない相転移機関を備えたナデシコには関係ない。
 旧来の宇宙船には燃料と比推力によって最終到達速度(ターミナル・ベロシティ)が存在していた。
 これは宇宙船が燃料を満タンにして加速した場合、燃料が空になるまでにどれだけの速度を得ることができるかを決定する。
 もし、この最終速度が第2宇宙速度に達しない場合、その宇宙船は地球重力圏を脱出することができない。
 これまで航空宇宙軍では、艦種の分類をこの最終到達速度(ターミナル・ベロシティ)によって決定してきた。
 自力で地球重力圏を脱出できない船を衛星艦(サテライト・シップ)、ないしは(ボート)、自力で地球重力圏を脱出できる船を惑星艦(プラネタリ・シップ)、ないし艦船(シップ)、そして、内惑星系からの脱出速度を持つ艦を惑星間巡航艦(インタープラネタリ・シップ)、ないしは巡航艦(クルーザー)、太陽系より脱出する速度を持ち得る艦を外宇宙艦(アウタークルーザー)、他星系に到達能力を持つ船を星船(スター・シップ)と分類している。
 ここに相転移機関を実装したナデシコが出現し、航空宇宙軍艦政本部ではこのナデシコをどのクラスに分類するかで大論争が巻き起こった。
 外宇宙艦隊(アウターフリート)はナデシコ級を人類初の星船(スター・シップ)に採用したいと強く主張した。
 もちろん、これはあわよくばナデシコ級を外宇宙艦隊(アウターフリート)に配備したいという目論見である。
 外宇宙艦隊(アウターフリート)は木星ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体による外惑星系植民の妨害によって、大きな被害を被っていた。
 航空宇宙軍の主となる存在目的『人類圏の拡大』。それは、2150年代以降はかどっていない。
 表向きは内惑星系に資本を集中し安全な宇宙を実現すると言われていたが、実際には木連軍による妨害のためである。
 特に2172年に起きた外惑星系探査船(アウタークルーザー)カッシーニが乗員8名と共に海王星への有人探査の途中、木星軌道を越えた辺りで謎の爆発を遂げた事件は、外宇宙艦隊(アウターフリート)最大の悪夢とされている。
 以来、外宇宙艦隊の規模は削減され、航空宇宙軍は敵意を持つことが明白となった謎の木星勢力、木星蜥蜴との対決姿勢を強めていく。その中心となったのは先の第一次火星会戦で全滅した内惑星系艦隊(インナーフリート)であり、現在、木星蜥蜴と一進一退を繰り返している月軌道艦隊(ルナ・オービタル)だった。
 外宇宙艦隊(アウターフリート)の探査計画はカッシーニ事件以降、無人機による探査に限られ、艦隊の名を持ちながらろくに船を持たない司令部として侮蔑の対象にすらなっていた。
 しかし、ナデシコ級が外宇宙艦隊(アウターフリート)へ配備されれば状況は一転する。将来の対木星反攻作戦に重要な意味を持つ事になる。外宇宙艦隊(アウターフリート)は『剣の外宇宙艦隊(アウターフリート)、盾の内惑星系艦隊(インナーフリート)』を主張し、各司令部の戦域分担を盾に強く配備を要求していた。
 だが、内惑星系艦隊(インナーフリート)司令部と月軌道艦隊(ルナ・オービタル)司令部はナデシコ級の航続設備の貧弱さを指摘し、ナデシコ級は惑星間巡航艦(インタープラネタリ・シップ)であると主張した。それは艦政本部の分類表を改訂することを意味した。
 これまでの最終到達速度(ターミナル・ベロシティ)で分類する方式から、航続距離による支配宙域を持って艦種の分類とする。
 戦時下での綱引きは結局、現在戦い続けている内惑星系艦隊(インナーフリート)司令部、月軌道艦隊(ルナ・オービタル)司令部の意向に従い、速やかに解決された。同時に外宇宙艦の概念設計も開始され、予測される戦後の軍縮下における航空宇宙軍の存在意義を担うこととなる。
 外界で起きている騒ぎも知らず、ナデシコの艦橋(ブリッジ)では火星に向けての航路を算出していた。
 この時期の地球=火星軌道は外周を回る火星に内周を回る地球が追いつく位置を取っている。速度差は約秒速5km。軌道距離にして約八〇〇〇万kmにもなる。最短コースはいったん金星軌道まで落下して再び火星軌道を目指すことになる。距離にして約2.1天文単位(約三億km)にもなる。
 月を利用したスイング・バイによってさらなる加速が可能だが、常時加速が可能なナデシコにとっては必要というわけではない。改めて相転移機関搭載型艦艇が旧来の航宙船と違う所を見せつけていた。
 赤道上をナデシコはゆっくりと加速していく。
 地球に対して常に1G加速しているナデシコは赤道での遠心力を利用してゆっくりと高度を取る。重量37,530トンもの巨体が重力に反して上昇していく様は壮大だった。



「ネルガル社製機動戦艦ナデシコを捕捉しました」
「目標、高度1200。距離7万二千。速度毎時380kmで東南東に向かっています」
「3334飛行隊、3336飛行隊、発艦準備よろし」
「軌道ステーションに管制をまかせます。コードネームはポテト・スマッシャー」
「ハッシュ・パピー、目標への会合軌道に乗りました」

 報告が続く戦闘情報管制室でシートに座る艦隊司令は大きく頷いた。
「航空隊発艦せよ。目標、機動戦艦ナデシコ!」


 ナデシコが征く
 不安と焦燥を抱えたまま
 時が過ぎる
 記憶の中の過去と
 目の前の今に
 眩暈がする





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 あとがき

 すぐに出すつもりでしたが、こんなに時間がかかってしまいました。駄目駄目です。
 今回はちょっと酷い文章になっていますね。もうちょっと展開のしようがある気がするんだけど・・・。

 それでは。