Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第三話 Aパート

 『「さよなら」はいつも早すぎる』


1.

 つぶやき。
 いつ生まれた言葉だろうか。
 ただ、ひとこと。
 大切な、言葉。
 どこ?
 闇の中、想う。
 ただ、それだけを、想う。
 アキト・・・どこ?
 問いかけに答える者は、未だいない。



 暗い、暗い、暗い、場所。
 一メートルほどの大きさのデフォルメされた太陽系星系図(ソーラー・チャート)を囲んで、3人の少女の影が浮かぶ。
「ダイモスの中継ステーションが爆破されたわ。火星圏との連絡は、もう取れない」
 歌うように、ウェーブの髪の黒人の少女が澄んだソプラノの声で告げる。
「・・・ニンバス‥は?」
 おずおずと彫りの深い澄んだ瞳をしたアラブ系の少女が問いかける。
XION(シオン)との最後の通信から考えると、横槍が入るのがいやだったから自分で爆破したと考えた方がいいと思うの。だから、たぶん、無事。
 あの子は自分のことを端末だと言う割には、いつも自分の好き勝手に行動するから」「‥‥よかった…」
 金色の長いストレートヘアの少女が答える。アラブ系の少女はほっとしたようにクッションに深くもたれかかった。
「それじゃ‥‥、あの子を新しくしないよね?」
XION(シオン)の判断では必要ないということね」「でも、XION(シオン)はあの子に懐いてるから、あんまり客観的な判断をしてるとは思えない」「・・・」
 不安そうにアラブ系の少女が黒人の少女と金髪の少女を見比べる。黒人の少女、グローリアが苦笑した。
「オーリオール、あまりヴィクトリアを脅かしちゃ駄目」「・・・そう?」
 表情を変えずに突っ込みを入れる金髪の少女、オーリオールをグローリアがたしなめた。オーリは小首を傾げる。
「面白いから…」「・・・」「・・・」
 二人からの呆れたような視線をオーリは平然と受け止めた。
「でも、今の問題はなぜあの子がXION(シオン)との接続を断ったのか。航空宇宙軍との協力は火星の生存のためには必須だったはず」
「ニンバスは木連軍の行動を肯定してた。政治的、戦略的判断によっては航空宇宙軍が火星の住民を抹殺する可能性があることを認識していた」
「・・・『たちの悪い問題を抱え込んだ』。ニンバスにとって火星の住民を殲滅することは『たちの悪い問題』を抱え込まない手段となるということ。だから、ニンバスは航空宇宙軍との連絡を絶った」
「繋がっていれば、木連軍ではなく航空宇宙軍に火星の住民の殲滅を決断させる情報を渡してしまうからと言うことかしら」
「『たちの悪い問題』とは何か。あの子はどうしてその問題を知ることができたのか?」「そして、いつ知ったのか」
「情報を整理しましょう」「ええ」「(こくり)」
 三人の少女の中心に表示されていた太陽系図が赤い星、火星の表示に切り替わった。
「ニンバスとの交信はダイモスが送信圏内に入った時に行われてるわ」
「最近の主な通信はユートピア・コロニーの救援について」
「でも、最後の交信はマリネリス撤退について。まだユートピア平原からの撤退作戦が成功してもいないのに、ニンバスはXION(シオン)の助けを必要としなかった」
「つまり、ニンバスはその間に何かの情報と接触したということね」「XION(シオン)、あの子の行動範囲をシミュレート」「・・・期間は二月初頭から四月いっぱいで」
 彼女たちの視線の先で、ニンバスの行動が時間と共に表示される。そして、その行動範囲内で航空宇宙軍が傍受した火星の事件が次々と流れる。
XION(シオン)、止めて」「・・・」「・・・」
 オーリの言葉と共に、一つの事件が表示された。
 2月17日。火星圏で謎の爆発。航宙船の爆発と推測。
 その後、ニンバスよりテンカワ・アキトという人物の情報請求あり。
 航空宇宙軍に該当する人物なし。
 請求された形式の航宙船舶の該当なし。
「突然現れた、謎の宇宙船」
 オーリがぽつりと呟く。ヴィクトリアがこくりと小首を傾げた。
「・・・木連軍?」「いいえ、木連軍は今のところ生体ボソン・ジャンプに成功していないから」
「それに木連軍だったらニンバスは航空宇宙軍に連絡するはず」
「これは最近に傍受した通信…」
 ヴィクトリアがチグリフォーンに乗ったテンカワ・アキトと航空母艦のこよみとの通信を公開する。
「IFS所持者。男性。日系。外見からの推定年齢25歳。
 地球=月圏に該当者なし。火星圏該当者なし。
 備考、地球、日本州長崎県佐世保市IFSを所持する同姓同名の人物あり。ただし、年齢17歳」
「なぜ、民間人のデータがXION(シオン)にあるの?」
 オーリが訊ねた。グローリアが代わりに答える。
「航空宇宙軍の要監視者と接触してる。要監視者は、アマノガ・ルリ航空宇宙軍中尉。
 2196年2月17日以前のデータなし」
「2月17日?」
 ヴィクトリアが表示したままの火星圏での爆発事故を指差した。
「偶然?」「・・・」「・・・」
 グローリアとオーリは顔を見合わせると、横に首を振ってみせた。





2.

 2196年、6月8日。
 火星南半球に位置する海洋都市ヘラスは冬を迎えようとしていた。
 南半球の高緯度に位置するヘラス市周辺の気候は四季の変化がはっきりとしている。もう一月たてば、雪もちらつきはじめるだろう。
 だが、ヘラス・シティの市民は傘や雨具を持ち歩くことはない。
 ヘラス・シティは100年以上の植民歴を持つ、ドーム式の閉鎖都市(クローズド・シティ)だからである。
 ヘラス・シティは火星植民初期、南極極冠を開発するためヘラス平原に建設された開発前進基地だった。
 当時、火星開発には必要不可欠だった水資源の開発。
 冬になると火星両極冠に凝集する二酸化炭素。その地下、永久凍土の形で火星の大地に埋蔵されている水を開放し、火星に海を作ること。
 その最前線がこのヘラス・シティだった。
 そして、南極極冠まで続く産業道路の整備や、補給施設、作業員の住居、環境の整備。ヘラス・シティは火星の初期に投資された資本の3割を使用して、巨大なドーム都市を建設していた。
 だが、現在では植民の歴史とも言える旧市街はヘラス湾に水没している。
 ナノマシンを利用した惑星気温の制御と大気成分の変質が、火星に埋蔵されていた多くの水資源を融解させ、ヘラス市やマリネリス市と言った標高の低い水資源開発の最前線となった都市を水没させていた。
 もっともこれは、火星植民初期に火星人口の6割を超える人口を抱え、経済的にもこの2都市によって圧倒されることとなった他の植民都市による意趣返しとも噂されている。
 ドーム中央に位置する市街は放棄され、ヘラス市はドーム基部周辺に巨大なドーナッツ上の新市街を形成していった。マリネリス市も同様に高低差5キロにもわたる巨大な峡谷を占めていた密集構造都市は水没し、現在ではマリネリス湾周辺の峡谷に建設された地下都市が新市街を形成している。
 蜥蜴戦争勃発までは、この両都市は水没した市街を観光資源とし、青い海が広がる火星の海洋都市として生まれ変わろうとしていた。新たに内陸に建設されたユートピア・コロニーやオリンポス山に建設されたマス・ドライバーによる亜宇宙輸送の中心としての発展を期待されたオリンポス・シティ、行政首都として建設されたシリア・コロニーと比べて、海運、航空のほとんどを独占し、火星圏では圧倒的に豊かな経済力を保持していた。
 そして皮肉なことに、蜥蜴戦争勃発後、海洋に飲み込まれ沈んだはずの旧市街は木星蜥蜴の無人兵器から市民を護るシェルターの役目を果たすことになる。
 これらの旧市街はもともとが人類の生存に適さない火星環境での生存を前提として建設されており、高い水圧によって圧壊している危険地帯を除いて機能が維持されていた。
 ヘラス、マリネリスの両市が避難民の受け入れを行っている理由には、こういった生存環境のキャパシティが十分にあったことが挙げられる。
 だが、ヘラス、マリネリス両都市の都市警備隊は状況を楽観していない。
 それは火星戦線に投入された木連の新型無人兵器にある。
 水中戦用無人兵器(ミズスマシ)
 これまで木連側は海洋で活動可能な無人兵器を保有していなかった。
 特に火星は地球の海洋と成分が違う。
 火星本来の土壌は「赤い星」として知られていたように酸化鉄が多く含まれており、地球化改造によって形成された海洋にも鉄分が分離して多く含まれることとなっている。
 そのため、地球と違い海洋の透明度は低く、ソナーの反射(エコー)も海流の影響による雑音などが多く発生し、海のない木連で火星の海洋での活動が可能な無人兵器の開発は困難を極めていた。
 だが、先のユートピア・コロニーからの避難民脱出作戦では、木連の開発した水中専用無人兵器(ミズスマシ)が哨戒線を形成し、あわや輸送艦隊が壊滅と言うことになるところだった。もしも、無人兵器の通信解析に成功していなければ、支援を行ったヘラス市海洋警備隊の連合艦隊も全滅の危機に瀕していたことだろう。
 また、水中戦用無人兵器(ミズスマシ)の存在は、これまで安全とされていた海中ももはや逃れうる場所ではないことを示していた。
 ヘラス、マリネリスの両都市は海洋都市であるために長大な海岸線を有し、水中都市という危険な生存圏を有している。これらの水中都市に対して無人兵器による攻撃がなされればどれほどの被害が出ることか。そればかりでなく、現在、木連軍の目を逃れて行われている潜水船舶による輸送ももはや安全とは言えない。
 両都市警備隊は状況の変化に対応するべく連日議論を重ねているが、成果は芳しくない。
 特にユートピア・コロニー避難民脱出作戦で多くの被害を受けたマリネリス市は、来るべきX−Dayに彼ら自身の市民を脱出させる方法をどうすればいいのか。
 折衝する担当者が見ていて気の毒なほどに憔悴していた。

 ヘラス・シティ都市警備隊(シティ・ガーズ)フェイエン・ノール少佐は水面下約120mに位置する閉鎖地区(ロックド・エリア)に足を踏み入れていた。この周辺は水圧に対して都市外壁の強度が十分でなく、危険な地域として一般市民の立ち入りが禁止されている。
 フェイエン自身も意図してこの地域に足を踏み入れたわけではない。こよみから指定されたルートを通って行くうちに、この地域を訪れてしまっていたのだった。
 いくつかの目印と渡された道順を見比べながら、誰もいない薄暗い街を歩き続ける。
 指定されたビルを通り抜け、地下への回廊を歩く。
 その突き当たり。
 どこからか、薄い人工の光が差し込む回廊を通りぬけた所。
 その扉のインターフォンをフェイエンは押そうとした。しかし、その前に扉は開かれた。
「よぅ。もうみんな待ってるぜ?」「・・・ああ、すまない」
 エノラ・パーキンスが頭を出して声をかける。フェイエンはそのタイミングのよさにこれまでの通路が監視されていたのだと言うことに気がついた。
 エアロックとも見間違う二重扉――いや、おそらくは本当にエアロックなのだろう――をくぐり抜る。
 水が抜かれるような音がして耳の奥にきーんと甲高い音がする。耳の奥に唾を飲み込む真似をして、気圧の変化にあわせた。
 一瞬、潜水艦の司令室と見間違うかのような、操作機器が壁一面に埋め込まれた部屋にたどり着く。
 その中央、一段低くなったホールに集まっている幾人もの人々に、フェイエンは見覚えがあった。
「やぁ、少佐」「お久しぶりです」
 黒縁の眼鏡をかけたヤシマ・マゴロクが軽く手を挙げた。フェイエンはヤシマに一礼をすると、他の人たちとも挨拶を交わす。
 そこにいるのは半年にもわたるユートピア・コロニー救出作戦で中枢となった人々ばかりだった。ある意味、互いに気心の知れた仲間である。
「皆さんもこよみに招かれたのですか?」「ええ」
 エマニュエル・ガドナスがゆっくりと頷く。そして、興味深そうに辺りを見回した。
「こんな設備があるんですね」
「ええ。たぶん、このブロックそれ自体が潜水艦になってるんだと思います」
「ええ!?」「なるほど・・・」「ほほう」
「つまり、あのルートは潜水艦のドッキングブロックへの通路だというわけですか」
 ヤシマが納得したように頷いた。
 そこに、こよみを先頭に車椅子に乗ったテンカワ・アキトと付き添いのササハラ・イオリがホールへのスロープを降りてきた。
「皆さん、おそろいのようですね」
 こよみが注目を受けて声をかけた。アキトと並んでホール中央、全員の視線が通る場所でこよみは脚を止めた。
「ここは、お気づきの方もおられると思いますが、航空宇宙軍が私の活動を支援するために派遣した潜水艦の中に当たります。ここでの会話を傍受できるシステムは、既知の技術ではありません。中枢ネットワークからも独立したシステムとなっています。
 今日ここに皆さんをお招きしたのは、我々の話を聞いて協力をお願いしたいからです」
「俺はこよみちゃんに協力するのにやぶさかでもないけどさ。これだけの人を集めたのは単純に船飛ばしたり蜥蜴とやり合えばいいって事じゃねーんだよな?」
 グレッグ・カニンガムが手を広げて尋ねる。こよみは頷いた。
「ええ。言わば、皆さんには共犯者になっていただきたい」
「へー・・・」「ほう」「・・・」「・・・」「・・・」
 20人近い人々が思い思いに座るホールにざわめきが起きる。しばらく、それぞれが受けた印象を整理する時間を取って、こよみは右手を挙げた。
 こよみの頭上にウィンドウが煌めき、全員に見やすいよう分割される。
 アキトは彼の出番が来るまでじゃまにならないよう、IFSで近くのテーブルに車椅子を寄せた。そこには軽食をつまむイオリとリーホゥ、エノラが待っていた。
「本題の前に、まずはこの蜥蜴戦争。
 つまり、地球連合と木星ガリレオ衛星群反地球政府共同連合体との戦争について、歴史的経緯から説明しましょう」
 こよみは軽い前菜のように、爆弾発言を放り込んだ。





3.

 ふと、呼ばれたような気がして頭を上げる。
 結い上げた金色の髪が流れ、ほつれた前髪が額にかかった。
 周囲を見回すが、空調のよく効いた研究所の廊下には彼女以外の人影はない。
 イネス・フレサンジュは口元に手を当てて小首をかしげると、足を速めた。
 扉を開く。
 白衣の裾が煽られるように翻った。
 うねるような音が響く広大な試験場に、稼働中の試験炉がある。
 時空間相転移炉実用試験炉。
 連続稼働試験を始めて既に2ヶ月を数える。
 もちろん、連続稼働試験に入るまでの半年ほどはトラブル続きで、本当にこれで実用炉として稼働するのだろうかと心配でたまらなかったものだが、数え切れない改修作業の結果、ようやく実用炉としての運用に成功しつつある。
 この実用試験炉自体はすでにイネスの手を離れて運用班によってメンテナンスされているが、相転移炉のさらなる改修、設計の簡素化と耐久性の向上、小型化は、実際の運用を行っている技術者との情報交換をなくして始まらない。
 実際、設計者の引いた図面に対して現場の判断で改造されている、などと言うことはざらにある。動くものを作ればいい者と、動くようにしなければならない者では立場が違う。そして、なぜそう言う改造をしているのかを知らなければ、設計者は性能の安定しない製品を作成し続けることになる。現場の経験によって製品の質が変わってしまうからだ。
 イネス自身も相転移炉の研究に携わる人間として幾度となくこの試験場に足を運んでいる。既に製造工程としては彼女の手を離れているが、やはり自分の成果を目にするのは心地よいものだ。
「フレサンジュ博士」
 黄色いヘルメットをかぶり灰色の作業着を着た工員がイネスにヘルメットを差し出す。
「あら、ありがとう」「いえ、規則ですから」
 イネスは礼を言って受け取ると、ヘルメットをかぶって試験場に足を踏み入れた。
「順調そうね」
 コンソールの前に立ち、稼働する相転移炉の状態をモニターして呟く。
「ええ。初期の熱設計の不備によるトラブルや、生成される粒子の放射現象も解決しましたから、構造としてほぼ完成したと言っても過言ではないと思います」
 静かな、しかし、自信に満ちあふれた言葉。
 イネスは思う。
 技術とはこうした一人一人が支えているのだ、と。
 フロアを見渡す。黄色い安全帽をかぶった工員たち。一人一人の姿は夢を見るようで、ベールの向こうをすかし見るように見えない。だが、彼ら無名の集団がいなければ、技術はたやすく失われる。
 なんて脆い世界。
「この試験炉が順調に稼働すれば、木星蜥蜴なんてオリンポス・シティには近づけられやしませんよ」
 工員の一人がうれしそうに声を上げる。
「当ったりめぇよ。この炉が張った空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を蜥蜴ごときが突破できるもんか!」「おう!」「そうだよな!」
 威勢のよい声に周囲の工員たちが集まってくる。そんな姿をイネスは笑みを浮かべながら見つめる。
 怖いのだろう。
 つい先日、シリア・コロニーが木星蜥蜴の攻撃に陥落している。見たこともない大型戦艦が多数投入され、シリア・コロニーの都市警備隊(シティ・ガーズ)はなすすべなく壊滅したと言うことだ。
 次は自分たちという意識とようやく木星蜥蜴たちの使う技術に追いついた自信が、彼らを技術への自負に奔らせているのだと言える。
 映画を見るように流れる景色。現実感がなく、どこか他人事な世界。
 その中で、脈動し続ける相転移炉だけがイネスにとっての現実(リアル)だった。
「はぁ…」
 イネスは物憂い気にため息をついた。
 端整な顔立ちに浮かぶ諦めと大人の雰囲気が何とも言えない色気を醸し出し、周囲の作業員の視線を集める。
「説明…したいわ」
 足早に、誰もが逃げ出した。



「今回の作戦を説明する」
 フェイエン・ノール少佐はブリーフィング・ルームに集まった部下の顔を見回した。
「現在、マリネリス市都市警備隊(シティ・ガーズ)は陥落したシリア・コロニーの市民救援作戦を計画中である。
 我々ヘラス市都市警備隊(シティ・ガーズ)は前回のユートピア・コロニー救援作戦で疲弊したマリネリス市に対し一個戦闘航空団(TAC)と一個装甲歩兵大隊――つまり、我々を、だ――の派遣を決定した。
 派遣される第521戦闘航空団(TAC)はそのままマリネリス市都市警備隊(シティ・ガーズ)の指揮下にはいるが、我々第177装甲歩兵大隊は別に独自の作戦を展開する。
 作戦目的は孤立したオリンポス・シティへの輸送ルートの打通と、ネルガルの所有する研究所で開発されている相転移エンジン、および、制御用AIの接収、そして、その研究・開発者の保護である」
 フェイエンは言葉の意味が部下に浸透するまで間をあける。
 そして、彼女には珍しく強い口調で告げた。
「本作戦は、後に予定されているマリネリス市撤退戦の成否に関わる重要な作戦である。
 各員、心しておけ」
 フェイエンは部下一人一人の顔をよく見つめると、作戦参謀局から派遣されたエリス・ティタニア中尉に場所を譲った。
「それでは、作戦を説明します」
 軽快にウィンドウを出して説明するエリスを横に、フェイエンは腕を組んでこうなった経緯を思い出していた。





4.

 こよみの説明に彼らは互いに目を見合わせていた。
 月独立運動と地球連合の介入。
 追放され逃げ出した火星で、月独立派の人々を待ち受けたのは核攻撃だった。
 その姿は、彼ら火星の人々にとっても他人事ではない。
 いつか、そう、いつか彼らが地球連合から独立を目指したとき、地球連合は火星に対しても同じ事をするかもしれない。そして、木連の人々からすれば、彼ら火星の住民は自分たちを追い出してのうのうと火星で暮らしていることになる。彼らの嫉妬と苛立ちは、理解できなくもない。
 だからといって、火星に生きる彼らが遠慮する必要などまったくないのだが。
「こよみさんは、それでよかったと思っているのですか?」
 エマニュエル・ガドナスが手を挙げて訊ねた。
 こよみは軽く首を振る。
「良い、悪いの倫理上の問題ではありません。
 地球連合にとって必要だった。
 ただ、それだけのことです。そして、地球連合政府は必要であれば同じ事をする意志がある。それを念頭に置いていただきたい」
 こよみはそう告げるとちらりとテンカワ・アキトに視線を向けた。
 ここからが、本番だった。
「第一次火星会戦。
 小惑星帯(アステロイド・ベルト)から火星軌道にかけての1.2天文単位(AU)(約2億キロメートル)もの広大な虚空で、地球連合航空宇宙軍は内惑星系艦隊(インナー・フリート)全力で木連軍との会戦を行いました。
 その最終戦とも言える火星制宙圏をかけた戦いで、航空宇宙軍は惨敗。惑星間を航行できる戦闘艦のほとんどすべてを失った航空宇宙軍は、以後、地球=月圏の制宙圏を死守するべく努めることになります」
 こよみはぺろりと唇を潤した。
「そして、2197年2月。
 ネルガル重工が建造した相転移炉実用戦艦ND−001 ナデシコが音信の途絶えていた火星圏に到達したとき、火星の住民の生存者はわずかに58名でした」
「「「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」
 あっけにとられた顔。驚きを上げる声。何をこよみが告げたのか理解していない表情。
 様々な表情がこよみを捕らえる。しかし、こよみは先を続けた。
「航空宇宙軍の資料では、ユートピア・コロニー壊滅後の火星戦役の経緯は次のように把握されています。
 2196年5月、ユートピア・コロニー救援隊、マリネリス・シティへの渡洋作戦に失敗し全滅。
 2196年6月、マリネリス市、都市航空隊壊滅。組織戦闘は以後確認できず。
 同月、木連軍の第二派増援が到着。シリア・コロニー壊滅。以後、市街戦に移行する。
 同月、オリンポス・シティ、質量加速器(マス・ドライバー)が破壊される。以後、火星圏内の長距離輸送は途絶える。
 2196年8月、北極冠シティ壊滅。以後、火星での戦闘は掃討戦に移る。
 同月、オリンポス・シティ陥落。北半球に火星人類の生存域は確認されず。
 2196年10月、ヘラス・シティで最後の組織的戦闘。これを持って、火星での人類の抵抗は終結する。
 また、ナデシコによって発見された生存者はナデシコと木連軍無人兵器との戦闘に巻き込まれ、ナデシコと交渉に出向いていた1名を除いて全員死亡。
 ユートピア・コロニーに敵性母艦(チューリップ)落下時に火星住民だった人の中で蜥蜴戦争後まで生存していたのは、イネス・フレサンジュとテンカワ・アキトの2名のみ」
 こよみの言葉に驚きと不審の視線が車椅子に座ったアキトに注がれた。アキトは車椅子に深く座ったまま、何も答えなかった。



 暗い闇の中に、淡い光を放つウィンドウが次々と広がる。
 そこには水色の髪をなびかせた金色の瞳を持つ少女の姿が浮かんでいる。そして、少女の周囲を様々なウィンドウが彩っていた。
「アマノガ・ルリ、推定年齢17歳。ネルガル重工製遺伝子加工体ホシノ・ルリ、現在10歳、と同一の遺伝情報を持ち、ネルガルがホシノ・ルリで初めて実用化に成功したオペレータ用IFSを所持する。
 2196年2月17日、ネルガル重工製とおぼしき形式不明のエステバリスとともに航空宇宙軍に保護、回収される」
「テンカワ・アキト、年齢17歳。2195年12月に突然、地球に出現。遺伝子調査から火星ユートピア・コロニー在住の同一人物であると判明、市民権を再交付される」
「・・・テンカワ・アキト、推定年齢25歳。2196年2月17日、形式不明、たぶん、ネルガル重工製、の戦艦とともに火星圏に出現。ニンバスに保護される」
「回収したエステバリスの航空宇宙技術工廠からの調査データはこれ。
 ・・・部品、回路の集密度は現在のおよそ20倍。ネルガル重工や明日香インダストリー、クリムゾンなどの部品が多数使用されているが部品カタログには該当する部品番号のほとんどが存在せず。
 一番若い部品の製造年月日は2203年1月。一番古い部品でも2198年11月だって」
 オーリオールが綺麗なソプラノの声で読み上げる。
「工作技術という視点からも、これらの部品を製造するにはあと5年から10年の時間が必要。
 XION(シオン)の推薦するもっとも妥当な結論は…」
「・・・時間逆行者(タイム・トラベラー)?」「そう」
 小首をかしげるヴィクトリアに優しくグローリアが頷いた。
 オーリは少し目を細めて二人のルリの写真を見比べる。
「アマノガ・ルリは7年後の未来から今に辿り着いたホシノ・ルリの姿。だとすれば、テンカワ・アキトも同一人物だと見なしてかまわないはず」
「時間跳躍と、空間跳躍」「時間と空間は不可分」
「空間が飛び越えることができるなら、時間も越えれるはず」
 言葉とともに、テンカワ・アキトとアマノガ・ルリの画像が割り振られていく。
「では、そのキーは何?」
 少女たちの視線が絡み合った。
「「「ボソン・ジャンプ」」」
 唱和する。
 すべてがその一点に収束した。
 しかし、ヴィクトリアがふと疑問を発した。
「でも、だとしたら、どうして二人は別々の場所に現れたの?」「さぁ?」
 グローリアが小首をかしげた。オーリがじっと写真を見つめる。
「望む未来が違うのかも…」
 オーリのぽつりと呟いた言葉は、静かに闇に飲み込まれ、消えた。





5.

 虹色の輝きを煌めかせて、彼らは現れた。
「生体‥‥ボソン・ジャンプ?」
 異様な集団の姿に後ずさり呟く彼女に彼らのかわす声が届いた。
「ほう、やはり知っていたのか」「フッ…」
 その言葉に内心舌打ちをする。驚きから零した失策を彼らは見つけるだけの注意力を持ち合わせている難敵と言うことだった。
「ただの道化ではないと言うことだな。意外な幸運と言った方がいいか…」
 彼女は胸を張って彼らを見据えた。
 いまさら道化を演じる気はなかった。彼らはすでに知ってしまっているのだから。
 相手の言葉から判断すると一番恐れていた暗殺ではないようだ。もちろん、だからといって油断はできないが。
「私が誰かを知って、ここへ来たと言うことですね?」「「「「・・・」」」」
 それはただの確認。問いかけるための前振りだった。
「・・・何者です?」
 彼らの一瞬の戸惑いと、そして不敵な笑みが彼女の心に意外な印象を与える。
「我々は、そう、『火星の後継者』」
 それまで言葉を放たなかった男が続けた。
「全ては新たなる秩序のために…」「・・・」
 そういって彼らは奇妙な笑みを浮かべた。
 それは、なにか(たち)の悪い冗談に、笑いを堪えているようにも見えた。


 始まる
 忘れ去られていた亡霊が
 消し去られた人々が声を挙げる
 そう、誰が否定しようと
 彼らはそこにいた





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 あとがき

 トゥルー・ヒロイン キタ━━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!!!
 すみません。ちょっと、うれしかったので。

 ・・・でも、またキャラが増えたね(ため息)。
 ちなみに、現在の予定ではあと重要になってくるナデシコ外キャラクターは一人だけなので、大丈夫だと思うんですが・・・駄目かな?

 第3話はBCとルリ・パート。そして、締めにアキトのDパートとなります。もしかしたら、Dパートは二分割になるかも(自爆)。
 それでは、次はBパート、ルリ・パートで。