Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第二話 Gパート

 『「緑の地球」に「お別れだ」』


1.

 艦橋(ブリッジ)の下部に配置されている戦闘情報指揮所(CIC)は緊張に包まれていた。

「敵無人艦が2隻、低軌道から軌道を遷移しつつあります。大気圏に突入します」
「敵無人艦を以後アルファと呼称」
「輸送船団周辺に敵無人兵器の存在を確認できず」「周辺にチューリップは存在せず」
「敵主力、依然、マリネリス艦隊を追撃中」「ヘラス・シティ連合艦隊は予定通り反転中です」
「アルファ、補給艦隊との接触まで196分」「ヘラス・シティ連合艦隊との合流まで307分」
「こ、困ります。ここへの民間の方の立ち入りは規則で禁じられて…」
 開く扉。
 一人の少女を先頭に、奇妙な一団が制止する兵士にかまわず入室する。
「かまいません。その方たちを通してください」「はッ!」
 フェイエン・ノール少佐は入室してきたこよみの姿を認めて警備の兵士に声をかけた。
「すまんな」
「そう思うのなら、ヘラス市都市警備隊(シティ・ガーズ)に正式に入隊していただきたい」
 軽く手を挙げてフェイエンに礼を言うこよみにフェイエンは眉をひそめてみせる。こよみはポニーテールの髪をぴょこぴょこと振って否定する。
「私はこうみえても航空宇宙軍の所属だぞ?」
「佐官待遇でお迎えしますよ?」「・・・駄目だな」
 こよみは肩をすくめて見せた。
「10歳の子供に指揮はできない」「・・・」
 こよみの投げ出すような言葉にフェイルンは口ごもった。
 こよみの言うとおり、理性はこよみが成熟した思考の持ち主であると認める。しかし、はたしてこよみを見て庇護するべき対象であると思わずにいられるだろうか。
 幼生固定体であるということ。
 それは外見の幼さによって他人が受ける印象を操作することである。
 今でこそこよみは年相応(?)に振る舞っているが、平時には彼女はひとりの童女として警戒心を解きほぐし、情報を操作し、場合によっては、対象の暗殺もするだろう。
 彼女はそういう使い方をされるために、幼生固定体として生産されているのだ。
 だが、こよみは幼生固定体という点を抜いても、無視できない逸材だ。
 もとより、航空宇宙軍では成績優秀者は情報部の情報分析官(アナリスト)からキャリアを始める。
 どれほど優秀な戦術・戦略家であろうと、間違った情報の読み取り方しかできなければ間違った決断しか下せない。ましてや戦場では情報は錯綜し、何が有益な情報であるか、何を最優先に判断するべきかを判断する能力が無くては作戦指揮は執れない。
 こよみは熟練した情報分析官としての能力を示していた。それは、エリートが集まる情報部の中でも高度な情報分析官(アナリスト)としての経歴を持っていると言うことだろう。ということは、こよみはもしかしたら噂としてだけ知られている航空宇宙軍の中枢ネットワーク(XION)の一員、つまり、航空宇宙軍の政戦両略の設計に携わるエリート中のエリートである可能性もあった。
 そんな彼女にヘラス・シティ都市警備隊(シティ・ガーズ)が提供できるのは、ろくに部下もいない辺境の惑星の一地方の警備隊の佐官という階級だけ。しかも、彼女を迎えるのは不審の視線だろう。
 こよみの能力を生かすことができるのは航空宇宙軍のように中枢を通じてというやり方以外にあり得なかった。
 言葉を無くしたフェイエンをそのままに、こよみは手近なシートに座るとコンソールに手を伸ばした。制止するまもなく、スクリーンに現在の状況が、そして、いくつものウィンドウには関連する情報が表示された。
 敵軍の動きも部隊間通信の量も余すところ無く表示されている。
「状況は良くないが、最悪というわけでもないようだな」「・・・ええ」
 こよみの言葉にフェイエンが頷く。
 状況についていけないエノラ・パーキンスが首をかしげた。
「どうゆーこと?」
「つまり、陽動作戦そのものは成功している。そういうことだ」
 車椅子に乗ったテンカワ・アキトがスクリーンに映る敵艦隊の配置を睨みながら答えた。
「敵の主力は依然、マリネリス艦隊を攻撃している。そして、ヘラス連合艦隊を追撃するそぶりはない。中途半端に戦力を分散することで戦果が確実の物でなくなることを避けるためだろう。
 この船団に向かってくる無人兵器はヤンマ級が二隻。バッタやジョロなどの機動兵器を伴わない。
 おそらく敵の目的は、意外に前進していた補給艦隊を各個に撃破しておくと言うことだ。機動兵器を随伴していないのは、ヘラス連合艦隊とこの艦隊が合流する前に引き上げるつもりだろう」「ほぇー・・・」「・・・」「・・・」
 アキトの言葉に感心したようにエノラは腕を組んで何度も頷いた。
「んじゃ、成功じゃん?」「・・・こ、こいつは…」
「馬鹿もん! この作戦の目的を忘れるんじゃない!」
 シートの上に立ち上がり背伸びをすると、こよみはエノラに怒鳴り散らす。
「この艦隊が無事にヘラス市に到着するためにいろいろやってるんだろ?」「わかってるじゃないか」
 アキトの言葉にエノラが再び首をかしげた。
「じゃ、いいんじゃない?」「死ねっ! たわけ!!」
 げしっと激しい音と共にこよみの突っ込みがエノラを張り倒す。地面に転がったエノラをアキトは哀れむように見下ろした。
「この艦隊がアルファにやられたら駄目だろう?」「・・・ああ、そっか」
「馬鹿はさておき、決断に困るところだな」「ええ…」
 こよみの言葉にフェイエンが頷いた。
 もし、今の段階で連合艦隊に合流するために速度を上げたり、早期に合流するために連合艦隊が進路を変更した場合、木星蜥蜴はなぜ彼らの動きをこちらが察知したのか疑問に思う。そして、彼らは自分たちの動きを知っていてなぜマリネリス・ヘラス両都市警備隊(シティ・ガーズ)が合流しなかったのか不思議に感じるに違いない。
 やがて気がつくだろう。マリネリス艦隊が囮だと言うことに。そして、探す。タルシスの海岸線に一番近い位置にいた7000人を輸送できる艦隊を。この艦隊を見つけてしまうだろう。
「だが、それでは意味がない」
 そう、流された血の意味が失われてしまう。
 この艦隊から目を逸らすために、今も戦い続けているマリネリス艦隊の犠牲が全て無駄に終わってしまう。
 どうするか。
 どうすればいいのか。
 戦闘情報指揮所(CIC)は重苦しい緊張感に包まれていた。





2.

 テンカワ・アキトはじっとスクリーンを見つめていた。
「アルファ、補給艦隊との接触まで約180分」
 横から視線を感じ、そちらへ顔を向ける。そこには車椅子に座ったアキトと同じ高さの視線の少女が何か言い出したげにアキトを見つめていた。アキトは答えず前へ向き直った。
 小さなため息が聞こえた。
 わかっていた。
 この状況下でたった一つの冴えたやり方。
 それは、この輸送艦隊が独力で突撃艦二隻を撃破し、ヘラス連合艦隊と合流することだ。
 それならば、輸送艦隊がなぜか速度を上げることもない。連合艦隊が不思議な反転をすることもない。事実として残るのは木連側が輸送艦隊の護衛戦力を見誤ったということだけだ。
 撃破までしなくてもかまわない。相転移エンジンの出力が低下する惑星大気圏内で敵の追撃を妨害するだけでいい。
 だが、アキトはまだ迷っていた。
 歴史を変える。
 それははたして許される行為なのだろうか。
 正しい歴史に沿うのであれば、彼らはもうあのマリネリスの護衛艦隊と共にグラビティ・ブラストの嵐の中で息絶えていなければならない。
 思い出すのは、打ちひしがれて生きる気力を無くした火星の人々。
 ナデシコAを打ち据えるグラビティ・ブラスト。
 洗面所で吐いていたユリカの華奢な背中。
 だが、あの経験があったからこそ、ユリカは後に相転移砲で木連軍主力を吹き飛ばす決断ができるようになり、そして、彼らの死を背負っているという自負こそが、ナデシコの自爆で遺跡を吹き飛ばそうと考える原点になったに違いない。
 隣に立つ少女を考える。
 正史では彼女はもうキャンプFBDと共に命を落としていただろう。それがアキトのユーチャリスの火星墜落を見たばかりにエノラと二人生き残ることとなった。
 そして、その彼女が今回の救出作戦の事実上の計画者として、本来失われたはずの7000人もの人の命を守り抜こうとしている。
 恐ろしい。
 踏み出す一歩一歩が確実に崩れていく。
 俺はいったい、この世界に何を持ち込んでしまったのだろうか。
「苦しいですが、チグリフォーンによって輸送艦隊単独で迎撃を行う以外ありません。
 もし、今、輸送艦隊が連合艦隊に合流するために速度を上げた場合、我々が敵の部隊情報を傍受していることが相手に知られるおそれがあります。
 また、連合艦隊が我々の護衛のために反転した場合には、我々の価値が敵に疑われることになります。その場合、我々への追撃は熾烈なものとなるでしょう。」
 フェイエン・ノール少佐が艦隊司令に対して進言する。
「・・・」
 アキトの隣でこよみが目を瞑った。今は他になすすべがなかった。
「チグリフォーンに対艦兵装を。輸送艦隊は単独での突破を計る!」
 これぐらいは構わんだろうといった目で艦隊司令がフェイエンに視線を送った。フェイエンは一瞬こよみの方を振り向きたい衝動に捕らわれたが、それを無理矢理抑え込んで頷いた。
「アルファとの接触まで約170分」「アルファ、探知圏内まで約130分」
 アキトはそんな彼らの表情一つ一つを見つめる。
 胸にかかったメモリーカードが重く感じられた。



 ヘラス・シティ連合艦隊への通信は定時連絡に偽装して送信された。
 発信量の増大を押さえるために通信文は短く単独での突破を計ることしか伝えていないが、現在の状況から考慮すればそれだけで意味は十分伝わるはずだった。
「アルファとの接触まで約120分」「アルファ、探知圏内まで約80分」
 じりじりと、焦れるようにゆっくりと時間が過ぎていく。
 スクリーンに映るアルファはすでに大気圏を突破し、輸送艦隊の右後方から左へ艦隊の進路を押し出すように迫りつつある。
 しかし、まだ輸送艦隊は動けなかった。
 現在、彼らが見つめている敵の動きはヘラス・シティ、マリネリス・シティの両市が共同で行っている通信傍受によって割り出された位置だ。輸送艦隊単独で見つけることができるには今しばらくの時間が必要となる。
 実はチグリフォーンを哨戒機としてわざと敵と接触させるという案もあったが、数少ない迎撃機をさらに減らすわけにはいかないという理由で却下されている。
 手持ちの戦力は故障した時の予備機を除いて、たった二機の機動兵器しか存在しないのだ。戦艦一隻落とすことすら怪しい戦力をさらに減らすわけにはいかなかった。
「アルファとの接触まで約100分」「アルファ、探知圏内まで約60分」
 いつしか誰もがスクリーンを睨み付けていた。
 敵との会敵想定時間が計算され、スクリーン上に映し出される。
 敵との会敵想定時間、連合艦隊との合流時間、敵艦隊の索敵可能時間・・・。輸送艦隊の移動図上に表示されたそれぞれの数字は、見ていていらだつほどにゆっくりと減少していく。
 ふと、アキトの視線の先で、こよみがフェイエンの耳元に何かを囁いた。はっとしたように顔を上げるフェイエンにこよみは軽く肩をすくめてみせる。
「アルファとの接触まで約90分」「アルファ、探知圏内まで約50分」
 時は刻一刻と過ぎ去っていく。
 アキトは耳元に砂がこぼれ落ちていくような音が聞こえた気がした。
「チグリフォーンはまだ一機空きがあったはずだな」「ああ…」
 アキトの問いにこよみが無意識に頷いた。と、その言葉に何かを感じたようにアキトを振り返る。
「‥‥どうするつもりだ?」
「・・・」
 アキトは答えない。
 こよみは腕を組んでアキトの前に立ち塞がった。
「おまえは、どうしたいんだ?」
 アキトは車椅子を押すササハラ・イオリをゆっくり振り返った。
「格納庫に連れて行ってくれないか?」「ええぇ!?」
「・・・」「‥‥大将、どうする?」
 アキトの言葉にイオリが驚いた。エノラがこよみに確認する。
 こよみはじっとアキトを見つめた。
「・・・テンカワ・アキト。決心は、ついたか?」「・・・」
 バイザーの奥でアキトは強く目を閉じる。
 想うは過去と、未来。
 そして、この手の中にある今。
 胸の奥のメモリーの重さを今ほど意識させられたことはなかった。
 ・・・迷いは未だある。しかし、彼らを助けることができる時は、今しかなかった。
「ああ」
「わかった。ついてこい」
 こよみは先導して歩き出す。イオリとエノラは呆然とこよみを見送る。
「早くしろ。
 チグリフォーンは癖のある機体だ。昔のように使うには慣れておく必要があるだろう?
 フェイエン、格納庫にチグリの予備機を用意するよう言っておいてくれ」
「ええ、用意はさせていましたが…」
 フェイエン・ノール少佐が計るようにアキトとこよみを見比べる。
「これでもエステバリスの操縦経験があるパイロットだ。IFSで操縦する分には問題はない」
 こよみがアキトを顎でしゃくった。ためらうようにフェイエンは肯き返した。
「わかりました。――ハンガーに連絡を。予備機のチグリを出します」
 戦闘情報指揮所(CIC)が騒がしくなる。格納庫に向かうエレベーターで誰もが無言だった。

 バイザーに映る様々な光。周囲に押しつぶされそうな暗い操縦席の中、テンカワ・アキトは声に出して呟いた。
「テンカワ機、チグリフォーン03。出るぞ」
 開放される格納庫。アキトのIFSに光が奔り、チグリフォーンは軽やかに天空に飛び出した。





3.

 疾ぶ!
 高圧域のエンジン出力のトルクの上で跳ねるように加速する。
 重力スラスターと電磁スラスターからひねり出される力に機体が剛性の限界を試される。
 2系統のスラスターから生み出される出力差に機体が微妙にぶれる。
 制御しきれないGに潮汐力からねじ曲げられる感触。
 IFSからダイレクトに伝わる機体情報にテンカワ・アキトは久しく忘れていた感情を思い出していた。
 それは歓喜。
 身体の奥底から震えるような喜びが喉の奥を突いて出る。
 フレームが軋む感触。
 雲を突き抜けて風に乗る。
 前方に展開された収束空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)が大気中で機体を支えるブレードを形成し、大気の上層をサーフするように跳ね回る。
「なんて、じゃじゃ馬だ」
 口元をゆがめて笑みを形作りながら、アキトが呟く。
 聞こえたのだろう。
 通信機から声が響いた。
『それが、乗りこなしている奴の言う言葉か?』
 通信機の向こうからこよみの呆れたような声が届いた。
『少しは慌てて見せろ。――まったく、どうだ? チグリフォーンの乗り心地は?』
「悪くない。機動力ではエステバリスに譲るだろうが、単体兵器としての能力はこちらの方が確実に上だな」『あんな軽戦と比べないでくれ』
「だが、電磁スラスターは余計だ。エンジンを発電用ヘリカル核融合炉に換装した方がいい。機動力は重力スラスター一本に絞ったらどうだ?」
 アキトが機体の所見を問う。通信機の向こうから苦虫をかみしめたような声が伝わってきた。
『ヘリカル炉の発電能力は安定しているが、ピーク出力に問題があるからな。
 確かに現在3系統の姿勢制御装置があるのは問題点として認識している。実験型としてエステバリス同様外部からのエネルギー補給による簡易型も考えているが、重力スラスターの開発が遅れているのが現実だ。
 何せ、エステバリスの設計図は航空宇宙軍からの通信で手に入ったが、生産技術がなかったからな。現場は苦労してるよ』
「なるほどな」
 アキトは納得していた。
 この時期、確か火星は月軌道の4分の一程度の生産力を保持していたはずだ。急成長し始めた火星を脅威に思う地球・月企業が技術移転などを出し渋っていた経緯を思い出していた。
「レーザー核融合炉は火星での生産が大きかったな」『ああ、初期の地球化改造では核爆薬を使っていたからな。爆縮用X線レーザー・ドライバーの生産技術がある。宇宙船用の核融合炉のエンジンもずいぶん造っていたものだったが』「それが地球の警戒を招いたか‥‥」『・・・歴史は繰り返す。そういうことだ』「・・・」
 こよみが地球からの分離独立を暗示した。
 アキトは大きな弧を描いてチグリフォーンを急降下させた。火星の引力に引かれるよりも速く地上めがけて降下する。
 機体を反転させて重力スラスターを全開。
 ぎしぎしとフレームが耐えかねるかのような悲鳴を上げる。
 そして、次の瞬間、重力スラスターと電磁スラスターを切り替え、くるりと姿勢を正し静止した。
 母艦の遙か前方で2本のディストーション・ブレードを下に佇むチグリフォーンの姿は、遠く航空母艦からも見ることができた。

 落下するよりも速く海面に落ちてきた白い機体がくるりと姿勢を直して海面に降り立つ。
 静謐さすら感じさせるその美しい姿に、戦闘情報指揮所(CIC)には思わず大きなどよめきが響いた。
「彼は・・・いったい何者なんです?」
 思わずこぼすフェイエン・ノール少佐にこよみは短く答えた。
「おそらく、現在、太陽系最強のエステバリス・ライダーの一人だろうな」
 こよみの言葉にフェイエンが眉をひそめた。
「太陽系・・・ですか?」「ああ」
「しっかし、どうやらあんな風に操縦できんだよ」
 エノラがぽかんと口を開いて訊ねる。こよみは直接答えることを避けて、問いかけた。
「チグリフォーンが所詮実験機でしかない理由を知ってるか?」
「あー、構成の複雑さかな?」「それもあるな」
 こよみが頷く。
「だが、それは設計レベルの問題だ。操縦の問題じゃない。
 チグリフォーンの最大の問題点は、機体制御の難しさにある」「?? 違いがわからん…」
「つまりだ、作りが複雑でも簡単に操縦できれば問題にならない、ということだ」「ああ?」
 いまいち納得がいかないようにエノラが首をかしげた。
「でもよぉ、やっぱ作りが複雑だと操縦も難しいんじゃないか?」
「制御システムが複雑さを吸収する必要がある。人間の機能は限られてるからな。IFSが補助伝達回路を形成すると言っても、その信号をどう反応するかは操縦装置の制御アルゴリズムの問題になる。
 つまり、コントローラのソフトウェアがまだまだ未熟だということだ」
「結果として、パイロットが全てを制御しなければいけなくなる。それがチグリフォーンの問題点なのですね」
「その通りだ」「・・・なるほどね」
 後を続けたフェイエンにこよみが頷いた。
「つまり、全てを制御しきればあんな芸当ができるってことか…」
「理論上は、な」
 こよみはモニターを睨み付ける。エノラが顎に手を当てて首をゆっくりと振る。
「何にせよ、ただもんじゃない」「ええ・・・」「・・・」
 こよみはスクリーンに映し出される現在の状況と、チグリフォーン03の機体情報を見比べた。そして、マイクに顔を寄せる。
「聞こえるか、チグリ03。敵艦を捕捉するまであと15分を切った。機体・兵装に問題は感じ取れるか?」
『チグリ03。機体に異常は見られない。兵装はこれだけか?』
 アキトは機体の火器管制装置を立ち上げ、浮かび上がるウィンドウを見つめた。
 軸線と同軸に設置された20ミリレーザーと、上腕部に取り付けられた二門のレールガン、そして、右肩の8連ミサイルポッドが発射準備完了(ホット・レディ)を示していた。
「そうだ。対艦兵装の生産が間に合っていない。
 付属のレールガンでは敵艦の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を打ち抜くにはレール長が足りないからな。起電力を大きくすると今度は反動が大きくなってフレームが持たなくなる。どうしようもないのが現状だ」
 こよみが淡々と問題点を上げる。すぐそばでフェイエンが顔をしかめた。これではまるで死地に送り込むようにしか見えなかった。
『フッ、充分だ。管制を頼むぞ』「わかった」
 こよみはフェイエンに頷いた。フェイエン・ノールはレシーバーを耳に当ててウィンドウを開いた。
「状況を説明します。現在、敵アルファは高度1万2000m、速度900キロ毎時で接近中です。
 方位は艦隊進路17時、北北東より降下しつつあります。
 大型ミサイルを装備したチグリ01、02が先行しますので、チグリ03は先行する攻撃隊の援護をお願いします」「・・・」「??」
『ふつうは逆じゃないのか?』「・・・」
 アキトが問う。
 図星だったのか、フェイエンが口ごもった。ふっとアキトが笑みを浮かべた。
『チグリ03、先行するぞ。01、02の攻撃タイミングは任せる』
 アキトの言葉と共に、高機動モードになっていたチグリフォーン03がケストリーやドミストリを思わせるチェイサー・モードに変形し、電磁スラスターをふかして上昇を開始した。

 ヤンマ級突撃艦二隻は輸送艦隊右舷後方から回り込もうと大きく弧を描いて旋回していた。
 その先頭をかすめるように、輸送艦隊の方角から小型の機体が上昇してくる。
 数は三機。
 先頭の機体は他を大きく引き離し、先行して降下する突撃艦の右舷前方を横切るようなコースを取っていた。
 無人艦のAIはすぐさまワントップ・ツーアタッカーと判断するが、たかだか20メートル級の航空機の脅威度は低い。輸送艦隊がヘラス市連合艦隊と合流するまでの時間稼ぎであると、高い確率で判断していた。
 先行する敵機が遙か前方を上昇しながらすれ違う。急速に降下し続ける無人艦と違い大きく高度を取ろうとしている様子が見て取れた。
 触接機であろうか。
 後方に回り込もうと旋回を開始した敵機の動きに未だ攻撃の意図はないように見える。前方の二機も旋回しながら高度を取ろうとしている。輸送艦隊を攻撃しようとする鼻先を押さえる気なのだろう。データにはない変わった形状の機体だが、これらの機体がいくばかりかの戦力を保持していようと無人艦にさほどの被害が出るとは思えなかった。
 突撃あるのみ。
 無人艦のAIはこの新型機のデータを本隊に送信しながら自身の行動を決定していた。
 降下速度が増す。重力に引かれ増速する突撃艦は相転移機関によって周囲の空間を激しく攪拌し、青白い(チェレンコフ)光を振りまきながら加速していく。
 敵輸送艦隊の防空隊は彼らの突撃を阻止するには機体数が少なすぎる。こういうときはためらわずに前進するべきだった。
 単縦陣を組む。
 突撃力を維持するために最適な陣形だった。
 敵の攻撃を前方の一艦に集中させ、先導艦が脱落した後も可能な限り突撃力を維持し続けることができる。また、T字(トウゴウ)ターンを行うことで火力の集中も見込める攻撃的な陣形だ。
 輸送艦隊は速度を上げて必死に加速している。しかし、所詮は水上艦艇。火星の重力も利用して速力を上げる航宙艦から逃れるすべはない。
 無人艦は第一目標として護衛空母とおぼしき中央の大型艦を選んだ。一番速力がありそうで、万が一、味方を捨てて逃げ出した場合に備えた。
 高度6000m。距離5万m。
 重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)の発射準備を整える。
 宇宙戦の基準ではすでに至近距離だが、慣性航行が可能な宇宙空間と違って惑星大気中では大気のうねりによる艦の振動を抑制することができない。大気圏内に突入可能な航宙船舶は重力制御によって自艦の姿勢を制御しているが、これはあくまで惑星重力に対し自由な状態を維持しているにすぎない。すなわち、風船は風に弱いのだ。
 ましてや亜音速で大気の濃淡を凌ぐ状態から主砲を発射したところで目標への命中は期待できない。後は公算射撃と言うことになるが、弾着観測する手段がない。レーザーや電波による弾着観測は自身の発する空間歪曲場(ディストーション・フィールド)のために発信したレーザーや電波を受信することができず、重力波観測では巨大な重力源である惑星の影響で海面と艦艇の区別がつかなかった。
 先の攻撃では水中戦用無人兵器(ミズスマシ)を弾着観測機として利用し、また、初撃の後は空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を張らずに攻撃し続けるという方法で大きな戦果を上げることができたが、逃げまどう護衛艦艇を攻撃する際にはエア・カバーの攻撃機により少なくない損害を被っている。
 今はつまらない小物に気を取られることなく確実に戦果を上げることが優先されるべきだった。
 高度3000m。距離3万m。
 重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)にエネルギーを回す。敵の触接機が無人艦上空に接近しつつあるが、どうせ大したことはできないだろうと、放置する。
 光学的に輸送艦群を捕捉する。
 雲量は少なく、光学測距への影響はほとんど無かった。
 突撃艦前方に重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)の不可視の空間断裂が発生し。
 混乱が始まった。

 重力に引かれるよりも速く、逆落としに降下する。
 突撃艦の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)が弱い抵抗を示すが、相転移エンジンの出力効率が落ちる惑星大気圏内、しかも、重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)を発射するためにエネルギーを回している状態の突撃艦のフィールドは、収束したチグリフォーンのフィールドによって打ち消される。
 擦れ違いざまに3点射。
 重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)の発射準備が整った主砲周辺に両翼のアームから計6発のレールガンが打ち込まれた。
 歪む。
 突撃艦の前方に収束しつつあった空間断裂が、その範囲を広げ、艦の先頭をも巻き込んで視覚的に歪む。
 圧壊。
 自分が発信する重力収束に耐えきれなくなった竜骨(キール)が、まるで針金細工のように折れ曲がり、つんのめるように回転する突撃艦が自身の発信する重力収束で自分自身を破壊し尽くした。
 爆発。
 先導艦の突然の爆発に、後続の突撃艦は混乱しつつも重力波収束砲(グラビティ・ブラスト)の発射準備を中断し、フィールドを強化。先導艦の爆発を回避する。
「フッ、この程度で終わられては困る」
 テンカワ・アキトは海面すれすれまで高度を下げ、白い波を立てながら大きく弧を描いて敵二番艦の後方へ回り込む。
 敵の無人艦は未だに僚艦の爆発原因を理解していないようだった。
 しかし、何が起きたのか理解しないまま、空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を強化して守りを固める。
「無駄だ」
 アキトは狙いを艦後方のグラビティ・ブレードに定めると、敵左舷下方からチグリ03の機首を上げ、相対速度を利用して一気に迫った。
 ようやく、これが機動兵器の襲撃であると気づいたのか、突撃艦から多くの対空砲火が打ち出される。
 全ての火線がアキトの機体に迫り来るような気がするが、気にせず一気に肉薄した。収束空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)が突撃艦の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)を無力化し、高機動モードに変形。両のアームに装備されているレールガンをまんべんなく空間歪曲場(ディストーション・フィールド)発生装置に打ち込んだ。
 タングステン・カーボンの弾心が易々と突撃艦の装甲を打ち抜き、突撃艦内部の隔壁を跳ね回って破壊する。撃ち込まれた数十発のレールガンは、艦の堅い装甲を突き抜け、撃ち込まれた部分をスポンジのように穴だらけに破壊し尽くしていた。
 次の瞬間、チグリ03はチェイサー・モードに戻ると、収束した空間歪曲場(デフレクタ・ポイント)を張って突撃艦の対空砲火をかいくぐり退避する。
 すでにその攻撃だけで突撃艦の空間歪曲場(ディストーション・フィールド)は純粋な球形を張り巡らせなくなっていた。
「どうした? 攻撃隊は動かさないのか?」
『え、あ、チグリ01、02。敵残存艦に突撃を。チグリ03は攻撃隊を援護してください』「了解した」
 ウィンドウの向こうであっけにとられた様子のフェイエン・ノールが慌てて指示を出す。アキトは頷くと、敵無人艦にわかりやすいよう、突撃艦正面から右舷にかけて急接近と対空砲火の回避を繰り返す。チグリ03の機動力と攻撃力を脅威と認識したのだろう。無人艦はチグリ03に対して常に空間歪曲場(ディストーション・フィールド)が最大となるよう必死の機動を繰り返す。
 チグリ01と02はゆっくりと迂回するように敵突撃艦の弱い左舷に回り込むと、チェイサー・モードで突撃肉薄する。チグリ03が陽動と気付いた突撃艦は慌てて艦をローリングさせるが、その無理な機動をかいくぐってアキトのチグリ03が突撃艦の対空砲火をピンポイント攻撃する。必死の機動。しかし、チグリ01と02は突撃艦左舷後方に張り付くと、二発装備されている対艦用の大型ミサイルを発射した。そして、機体を翻しざまに8連ミサイルポッドから次々と小型ミサイルを発射する。
 突撃艦は対ミサイルレーザーで迎撃しようとするが、発射直後の赤外反応が重なりすぎて、どれが本命の大型ミサイルか認識できない。混乱する判断に迎撃体制が間に合わず、大型ミサイルが次々と突撃艦に突き刺さった。
 チグリ03がチェイサー・モードに切り替え退避する。
 突撃艦は艦尾を重力に引かれ直立するように身を捩りながら、やがて艦尾で起こった大きな爆発と共に重力のまま落下していく。
 そして、海面に叩きつけられ破片をまき散らし、青い海に消えていった。
「作戦終了だな」『『『『『・・・』』』』』
 アキトの声が響く。
 作戦開始からわずか12分。
 輸送艦隊を絶望の淵に追いつめていた無人艦艇は二隻とも消え去っていた。



『チグリ03、帰艦する』
「・・・お疲れ様でした…。チグリフォーン全機、母艦へ帰還してください」「・・・」
 すっかり静まりかえった戦闘情報指揮所(CIC)にアキトの声が響いた。
 我に返ったフェイエン・ノールが他の機体に指示を出す。後を引き継いだ航空管制クルーが着陸順をチグリフォーンに伝えている。一番の殊勲であるチグリ03が最後の着艦となる。
「こよみさん、彼は何者です?」「・・・」
 腕を組みスクリーンを見つめ続けているこよみにフェイエンが訊ねた。その言葉に、戦闘情報指揮所(CIC)に務めるクルーの誰もがこよみに注視する。
「とてもただの偵察艦のクルーだなんて信じられません。エステバリスは地球ですら配備され始めたばかり。確か、極東艦隊の第33実験航空団で試験運用が開始されたばかりという話ではありませんか。
 そんなエステバリス・ライダーの、しかも、どう見ても彼はエースなんてレベルではありませんよ! そんなパイロットがどうして偵察艦で火星に派遣されるというのですか? あり得ません。彼ほどのエステバリス・ライダーなら多少の素行の不良を見逃してでも地球の防衛に使われるはずです。
 いったい何者なんですか?
 いえ、それ以前にあなたが調査した船は、本当に航空宇宙軍の偵察艦だったのですか?」
「・・・」
 こよみは答えない。周囲からの痛みすら感じさせられそうな緊張の中、こよみは堪えないように平然とスクリーンを注視していた。
「こよみさん!」「‥‥長い話になる」
 スクリーンから目を離さず、こよみがぽつりと呟いた。
「おそらく、これからの火星の運命を左右するほど重要で、我々の一つ一つの決断が太陽系社会全体に影響を与えるものとなる。だから、今はまだ、何も答えられんな」「「「「「・・・」」」」」
 こよみは視線を揺るがすことなく告げた。
「・・・それほどの話なのですか?」
「これから100年の太陽系社会の平和がかかっている」「・・・」
 きっぱりと答えるこよみの姿に、フェイエンは言葉を失った。
 それはすでに軍人の関与できるレベルの話ではない。しかし、それほど大きな話が、こんな辺境の都市警備隊(シティ・ガーズ)レベルで会話されていることにフェイエンは奇妙な非現実的な気分を感じていた。
「どういったレベルの話になるのかね?」
 それまで様子をうかがっていた艦隊司令が、初めてこよみに声をかけた。こよみはちらりと視線を向け黙礼すると、それでもスクリーンから目をそらさず答えた。
「極めて政治的な話になります。当座はマリネリス市民の安全が、次に、ヘラス市の生存がかかった重大な決断です」「・・・それはそれは」
 艦隊司令は困惑したように周囲に視線を向けた。実際、これまで犯罪の取り締まりがせいぜいだった火星の都市警備隊(シティ・ガーズ)の艦隊司令である彼はそのような政治的な話には付いていけないものを感じていた。
「全ては、艦隊がヘラス・シティに着いてからです。今は・・・」
 こよみが全ての話を打ち切る。
 艦隊司令はフェイエン・ノールと視線を合わせて小さくため息をついた。こよみは地球連合航空宇宙軍に所属しており、テンカワ・アキトはその庇護下にある。後々のことを考えると、航空宇宙軍の支援を受けるにはこよみとの関係を良好なものに維持し続ける必要がある。強引に話を聞き出すわけにはいかなかった。
「とりあえず、絶体絶命の危機を救ってくれたのだからな。それで今はよしとするか」「・・・はい」「・・・」
 艦隊司令がフェイエンに会話を打ち切るべく告げる。フェイエンは納得いかないようだが、不承不承頷いた。
「いかん!」「・・・チグリ03、機位がぶれています」
 こよみの言葉と共に、オペレーターが報告する。スクリーンを注視すると、それまでゆっくりと旋回しながら母艦への着艦コースに乗っていたチグリフォーン03の機位がふらふらと揺れている。
「くッ、テンカワ・アキト! 聞こえるか!」『・・・』
 こよみが通信を繋げる。映し出されたウィンドウの向こうで、ぐったりとシートに身をも垂れかけさせたアキトとその顔に激しく明滅を繰り返すナノマシンの輝きが見て取れた。
「ナノマシン・・・スタンピード?」「こら! テンカワ・アキト! 答えろッ!!」
『ゥクッ…、無理な・・・こと…を‥‥言ってくれる…』
 傍目にも身体を痙攣させて、アキトが言葉を絞り出した。IFSコンソールを握りしめる両手が異常なまでに力が入っている様子が見て取れた。
 反応があったことにこよみがほっとしたのか、矢継ぎ早に言葉を放った。
「自動誘導の用意を。チグリ03は最悪放棄する。
 テンカワ・アキト、今、こちらで自動誘導の用意をする。そちらで誘導管制を受け入れた指示が出たら、それに任せろ!」『はやく・・・してほし‥い‥‥もの…だな。はぁはぁ…』「慌てるな。――急げ!」
 こよみの声がオペレーターを叱咤する。
 スクリーンウィンドウを見ていたオペレーターが、その言葉に飛び上がらんばかりに驚くと慌ててチグリフォーンへの誘導装置を作動させた。
 ウィンドウの向こうで『受信完了(Accept)』のマークが浮かび上がる。
 レーダー上でよたよたと迷走していたチグリフォーンの軌跡が直ちに直線的なコースに安定した。
「医療班の用意を! 患者が暴れる可能性が高い。筋弛緩剤を用意してくれ」
 着艦優先マークが浮かび、着陸態勢に入っていたチグリ02がアキトの乗るチグリフォーンにコースを譲る。こよみはチグリ03が最終着陸態勢(ファイナル・アプローチ)に入ったのを見て、ウィンドウを開きイオリたちに状況を説明した。最初はきょとんとしていたイオリたちであったが、駆けつけてきた医療班と共に真剣な表情でこよみの指示に従う。
「チグリ03、着艦します」「・・・後は任せたぞ」「はい」「おいおい、登るのかよ…」
 こよみはフェイエンに告げると、エノラの頭によじ登って格納庫へ急いだ。





4.

 目を開くと真っ白な光が視界いっぱいに広がっていた。
 ああ、バイザーをしていないんだな、と思い浮かぶ。
 口を開こうとするが、感覚がない。ついに話すことすらできなくなったか、と思う。
「あ、目が覚めた? まだ、薬が効いてるから動けないと思うけど、心配しなくても大丈夫よ?」
 耳に聞き慣れた言葉が届く。テンカワ・アキトはその言葉に苦笑しようとして力が入らずに失敗した。
 視界を大きな影が遮る。
 ササハラ・イオリが覗き込んでいるのが、IFSを通じて視えた。
「こよみやお医者様が言うには、IFSのオーバードライブによる脳圧迫だそうだけど、あんまり無茶しちゃ駄目よ。あの機動兵器だって高いんだから」「・・・」
 まるでスーパーの食材の値段を語るようにイオリが指を立ててお説教する。身体が動かないアキトは何の抵抗もできなかった。

「・・・おまえ、いったい何やってるんだ?」「言うな…」
 こよみが見舞いに来たのは、それから1時間ほどたってからのことだった。
 身体に打たれた薬の効果が抜け、イオリに何とか反論できるまでアキトはイオリのお説教をずっと聞き続ける羽目になっていたのだった。
 呆れたような少女にアキトが少し項垂れながら反論する。その後ろではエノラが柱に手を突いて一生懸命笑いをこらえていた。
「まぁ、ちょうど時間もいい頃だ。少しつきあえ」「・・・わかった」
 こよみが声をかける。その調子に含まれるものに気付いたアキトは素直に頷いて見せた。

 デッキには心地よい風が吹いていた。
 輸送艦隊はすでにヘラス市連合艦隊と合流し、速力を落として航行している。
 デッキから見渡す海は夕日に照らされ、遙か彼方のヘラス・シティへ向かう艦艇の列が明かりを連ねていた。
「そろそろだな」
 こよみが空を見上げる。
 アキトやエノラ、イオリたちは訳がわからずに互いに顔を見合わせた。
 その時、遙か水平線近くに一瞬明るい星が輝いた。
「なんだ、あれは?」「あの軌道はダイモスかな?」
 目を細めてアキトが訊ねた。エノラが首をかしげる。
 こよみはポニーテールを解くと潮風に長い髪をなびかせて薄く笑った。
「あれは火星の衛星ダイモスに航空宇宙軍が極秘に設置していたニュートリノ通信中継ステーションが自爆した光だ。
 航空宇宙軍の中枢ネットワークXION(シオン)は私を経由して火星の状態を見つめ続けていた。私に埋め込まれている発信器では中枢ネットワークのある月軌道まで直接通信を送ることができないからな。ダイモスの中継機が通信を増幅し、いつでも地球圏と連絡を取ることができていた。
 ・・・捨てることにしたよ。これは私の意志だ。
 あの中継ステーションが消えたことで、火星は完全に航空宇宙軍の情報網から切り離される。向こうから私を経由して火星の情報を取ろうとすることもできない。
 地球圏が火星を守ることができない以上、生き残った我々は独自の道を歩まなければならなくなる。
 この火星で生きるという果てのない戦いを続けていかなければならない。
 そう・・・多くの人々を死なせてきたよ。死体の山を築いてきた。
 なればこそ、なおのこと生き残る義務が、我々にはある」
 激しい言葉がアキトに叩きつけられた。
 それはこよみが火星で多くの死を見つめ続け、ずっと抱いてきた想いなのだろう。
 アキトはあえぐように呟いた。
「生き残る、義務、か…」「そうだ…」「・・・」
 こよみは格納庫(ハンガー)に思い思いに座り、しかし、じっと彼らを見つめ続けている視線を顔を巡らせて受け止める。
「人の死は、常に引き算だ。
 いっぱい死んで、また、殺して…。結局何が残る? 人としての損失は誰が贖う?
 我々は、生き残らなければならない。
 多くの死体の山を担ぎ、罪と苦悩におののきながら、軽蔑と屈辱の中、贖罪の生を送り続ける義務が、私やおまえにはあるんじゃないのか?」
 バイザーにアキトをじっと見下ろす黒い瞳が映る。その言葉の思わずため息が漏れそうな重さに、しかしてアキトはかすかに微笑んだ。
「不器用な生き方だ」「・・・私やおまえのような『人殺し』にはお似合いだろう?」
 こよみが胸ポケットからサングラスを取り出すと、ぷいっと顔を逸らしてサングラスで表情を隠す。
 ・・・照れているのかもしれない。
「くっくっく・・・」「ふふふ…」「!! 何がおかしい!」
 笑い出すエノラとアキトにこよみがくわっと表情を怒らせた。
「まぁ、大将も照れるなんてことがあるもんだな」「照れてなどいない!」「くっくっく・・・」「こら、そこ、笑うんじゃない!」
 周囲でわき起こる親しみのこもった笑いにこよみが指を指して怒る。だが、その表情は迫力があるというより、かわいらしいという表現の方がお似合いだった。
「ふふふ・・・。まったくだな」「おまえもか!」
 アキトが同意を示す。
 こよみが寝かしつけられているアキトの襟元をつかんで引き起こした。
 アキトはゆっくりと微笑みを浮かべた。それはこよみですら思わずくらっと来るような素敵な笑みだった。
「確かに、俺みたいな人間にはお似合いの生き方だ」「・・・」
 こよみはゆっくりと顔を逸らすと、ぱっと手を離した。
「おわっと!!」「キャッ!!「ちょ、ちょっと、こよみ!」」
 ぼふっと落ちそうになるアキトの身体を周囲があわてて支えた。
 ゆっくりと簡易ベッドに寝かしつけられるアキトは、静かにこよみの言葉を咀嚼しながら口を開いた。
「謝らなくちゃいけないひとがいる。
 背負い続けていかなければならない罪がある。
 俺一人が楽になりたいだなんて、誰も許してはくれないだろうな」「その通りだ」
 そっぽむいたままこよみが頷く。
「すくなくとも、くそ面白くもない未来を知らされた責任はとってもらわないと、我々が困る」「あはは・・・」
 勝手な科白にアキトが笑い声をあげた。ふと、昔の馬鹿をやっていた自分に戻った気がした。
「そうだな。責任は取らなくちゃ」
「旦那、こいつロリコンですぜ」「性犯罪はいけないと思いますっ」「こよみは身体は子供だから、ちょっと問題ね」
「「何の話だ!!」」
 アキトとこよみが周囲の茶々に声をそろえて反論した。
「いや、だってよう、さっきから『お似合いだ』とか『不器用』とか『責任を取る』とか、端から見りゃ熱烈なラブコールか、と?」「するかッ! たわけッ!!」「ぐぉっ!!」
 げしっとこよみの回し蹴りがエノラの側頭部に綺麗に入った。エノラが頭を抱えてうずくまる。
「うわぁ、エノラさん大丈夫ですぅ?」「大丈夫でしょ? 頑丈そうだし」「ほっとけ!!」「・・・すんげぇ、痛てぇ…」
「くっくっくっくっく…」
 アキトが笑いをこらえきれずに声を上げる。
 心地よい空気。
 どこか懐かしい雰囲気に、ふと、ナデシコAでユリカと大騒ぎしていたときのことを思い出す。
「‥‥‥ああ。
 遠くまで、来たんだな…」
 果てしない感慨と共に、アキトは心地よい眠りへと引き込まれた。


 降り積もる日々の中で
 また一つ時代を重ねる
 愛した妻も亡く
 守ると誓った娘もおらず
 手に入れた全てを失った
 ただ残るのは
 役に立たない身体と
 抜け殻のような心だけだが
 今ふたたび
 贖罪の生を始めようと、想う





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 あとがき

 ・・・長かったです。おかしい。2Gは2シーンを書きたかっただけなのに、何故そこに至るまでがこんなに長いのだろう(鬱)。へぼなのか。やはり、へぼいからなのか。

 ここまででようやくだいたいの話の基礎が固まりました。第3話から大きく転回点を迎えます。
 今まで、地味にやっていたアキト・パートが名実共にメインになって世界情勢をぐちゃぐちゃにしてしまうと思うので、「こんなのナデシコじゃ無い!」って思う方は次で見限ってください(涙)。
 あんまり反応ないし、つまんないんだろうなぁ。
 それでは、次は第3話Bパートのルリ・パートで。

 後、いま、リ・ジェネシスの用語集を作ってます。この言葉がわからないという方は気軽にお知らせください。