Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
Document $Revision: 1.1 $
第二話 Fパート
『「緑の地球」に「あばよ」』
1.
暗い闇の中、映し出される数々のウィンドウ。
ウィンドウの明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がった少女の影は問いかける。
「それでは、XION。おまえは現状のままでの火星圏の防衛は不可能と判断するのか?」
『肯定。今回の輸送作戦の成否を問わず、マリネリス、ヘラス、両都市警備隊の戦力は防空能力6割、地上戦能力8割、海洋戦力3割にまで低下するものと思われます。特に防空戦の主力であるマリネリス航空防衛隊、4個飛行隊は壊滅に近い被害を受け、マリネリス市周辺の制空権を維持できなくなるでしょう。
マリネリス市の陥落は6月と推定されます』
「・・・」
少女は考え込むように顎に手を当てた。XIONの予測、それは彼女の知っている歴史のままだったからだ。
「つまらないな。そんなありきたりな結論には何の価値も感じない。
視点を変えよう。
将来予想されるマリネリス市撤退戦。その実行にはどれほどの戦力が最低限必要となる?」
『敵の投入可能な戦力によります。前提条件を設定してください』
「シリア・コロニー陥落。敵正面戦力は北極環シティとマリネリス・シティに。
撤退直前にオリンポス・シティ周辺でシリア・コロニーの生存者を回収する特殊作戦を実行。マリネリス都市警備隊2個航空隊、1個機動歩兵大隊を消耗。
敵には第二派の増援があり、現在活動する無人兵器群の三倍の戦力が補充されたものとする。
加えて敵は水中戦用無人兵器を投入。マリネリス=ヘラスの都市間海洋交通は敵無人哨戒機に監視されているものと考える」『・・・』
明確に示された前提条件を前にXIONがしばし沈黙を返す。
『敵の総戦力に関する情報が不足しており詳細な判断はできません。しかし、明示された敵兵力から想定するに、現状の両都市警備隊総戦力でも不可能であると推測しますが』
曖昧な答えに少女が眉を顰める。
「言葉で遊ぶな、XION。わたしが必要としているのは明確な戦力数だ。数も数えられないほどもうろくしたわけではないのだろう?」『‥‥‥』
逡巡の後にXIONからの回答が返った。
『現在地球圏で配備されているバリア衛星、および、航空戦力としてE種兵装二個戦闘航空団、防宙戦力として四個艦隊が最低限の戦力であると判断します』
「それが、最低限か…」
今度は少女が考え込む番だった。現在の火星には防宙艦艇は存在しない。バリア衛星も入手するすべはなく、E種兵装に至っては地球圏ですらようやく最近配備され始めたばかりだ。
何もかも足りなかった。
「守りきれないのであれば、切り捨てるしかない、ということか」『肯定です』
大きな目を細めて、彼女は呟く。
「気に入らない。全くもって、気に入らないな」
『端末は、本作戦終了後、速やかにヘラス・シティより脱出、ダイモス高々度軌道ステーションにて休眠処理を行い、航空宇宙軍による火星圏奪還まで待機することを強く要請します』
「・・・XION、つまらないことを言う」『ダイモスのニュートリノ通信中継ステーションはまだ敵に発見されておりません。休眠処理を行うことを強く――』
繰り返すXIONの言葉を彼女は手を振って遮った。
「馬鹿を言うな。せっかく面白くなってきたんだぞ。
・・・あ、いや。連中の本軍が来る。多少隠れたところで仕方があるまい」
『?? 本軍とは?』「気にするな」『気にします。・・・何を知っているのです? あなたは何を知ったのです?』「・・・内緒だ」『端末ニンバス! あなたは私の生きた目であり耳としての――「おまえ、木星の連中の正体をどこまで知っている?」――!!』
「脱出した月独立派の生き残りとは、わたしも気がつかなかった。まぁ、計器が全てを知る必要はないが」
『その情報は?』「公開できるものか。火星の連中がその顛末を聞いた日には、次は自分たちかと騒ぎ出すに決まっている。つまらない解決策を採ったものだ」
『当時は早期解決が必須であると考えられておりました。
月が独立した場合、地球は月の軍事的優位に対抗することができません。当時は航空宇宙軍が存在しなかったこともあり、軌道上からの質量弾による都市攻撃にいかに抵抗するか真剣に検討されておりました。
現在、地球圏を防衛するバリア衛星群はその当時の宙対地防宙構想の名残です。
月の独立に対して地球は核の使用も辞さない。
軌道都市は核の攻撃に対して無力です。もしも、地球に対し質量攻撃を行うならば、地球側は核を使う。その覚悟を示す見せしめが必要でした』
「かくして地球=月圏百年の平和は守られた、か。まぁ、一般には受け入れられない事実だな」『当時の軍事技術では必要な処置でした』「ふむ。じゃ、ここまで状況が悪化した理由は何だね? 火星は殲滅戦だ。連中は降伏勧告すらしない。よほど馬鹿なことを言って怒らせたんじゃないのか?」
『・・・』
XIONは答えない。
彼女は肩をすくめてため息をついた。
「だんまりか。まぁ、いいさ。だいたいの想像はつく。
だがな、一つだけ言っておくが、そのおかげでまたたちの悪い問題を抱え込んだぞ。
・・・まさかとは思うが、わざと木星の連中に手を汚させているんじゃないだろうな?」『?? なぜですか?』
「あ、いや。それはさすがに考え過ぎか。忘れてくれ」
『・・・まったく、幼生固定体の端末で私を道具として使うのは、あなたぐらいですよ』「褒めるな」『褒めてません! だいたいあなたは――「切るぞ」』
ウィンドウが閉じ、XIONとの直接回線が途絶えた。
暗い闇の中、少女はひとり憮然とした表情でうつむいた。
「のんきなものだ。・・・この問題、短慮が高くついたぞ」
そして、彼女は目を覚ます。
シオンの山の賢者はため息とともに現実世界に舞い降りた。
2.
最初は衛星軌道上に対する核パルス弾だった。
X線レーザーによって爆縮された重水素と三重水素は激しい核融合反応を起こし、大量の熱量と電磁パルスを火星衛星軌道上にまき散らした。
爆発高度は地上約180km。
重力の低い火星では大気の層はそれほど厚くない。
特にナノマシンが層をなす高度80kmから急速に大気の密度は減少していく。低軌道での核爆発は大気層によって急速に減衰し、硬化処理された地上の電子機器へほとんど影響を引き起こさず、木星蜥蜴の対火星監視衛星群に強力な電磁パルスを叩きつけた。
上空を監視する目が失われたことで碇を上げたのは、ヘラス・シティ都市警備隊に所属する二隻の高速油槽船と第一、第二の二個護衛艦隊によって編成された連合艦隊であった。
対地効果によって大気のクッションを作り高度一〇メートルほどの海上を時速一二〇ノット(時速約200km)で滑るように巡航する。
一艦隊が三隻の砲艦と一隻の電子戦任務艦、そして、六隻の防空巡航艦から編成されており、連合艦隊が作る輪形陣の中央に一隻の航空母艦が位置していた。他の艦艇は腕の太い空飛ぶイルカのような姿をしているのに比べ、その艦は平たい鯨のような姿をしている。
背に当たる場所には風を避けるかのような段差が配置され、二機の大きな昇降機が設置されていた。
あまりに高速で飛ぶために発着作業は常に速度を落として行う。その昇降機の下では、二機の機体が発進準備を進めていた。
前方に飛び出した二本の巨大なアーム。全長二〇メートル近い機体の過半をそのアームが占める。アームの間から身を起こすように核融合炉を納めた主機が配置され、上腕部を形成する小さなアームが覆っている。左後方にはコクピットが、右後方には八連のミサイルポッドが配置されていた。
Spex−EC型実験機動兵器チグリフォーン。
ケストリー、ドミストリなどの高機動型宇宙戦闘機で採用された集中空間歪曲場と、E種兵装計画によって多くの戦果を上げたエステバリスなどの機動兵器の特徴を組み合わせ、火星で急遽組み上げられた特殊実験機である。
火星では生産設備の少なさから、「圧倒的に強い機体による戦域の支配」をドクトリンにかかげている。
この少数の高性能機という思想は、本質的に防御的な性格を帯びている。
双方が陣地を取り合う運動戦の場合、戦域の支配は絶対的な価値を持つものではない。なぜなら、双方ともに戦略的に優位な位置に部隊を配置し相手の堅い陣地に正面からぶつかる愚を避けることになるからである。
だが、防御戦においては戦域の支配は絶対的なものとなりうる。
侵攻側は戦場選択のイニシアティブを持つことが可能であるが、戦略要地を避けて侵攻することはできない。そこを支配すること。それは敵に出血を強い、後の反攻作戦につながる重要な要件であった。
そのドクトリンの実現、すなわち、『最強』の一言を要求され製作された機体である。
まだ初期型と言うことに加え、ドミストリの反省を元に単機のレーザー核融合炉によって必要な出力を出そうとしたため、エンジン特性がずいぶんと極端な、つまり、ピーキーなものとなってしまっていた。まさに暴れ馬と言えるだろう。そんな実験機としてすら運用できていないチグリフォーンを今回の作戦に投入するのは、市民を乗せた輸送船を守る守護神として、少しでも実効性のある機体を投入したかったからだった。
この母艦には他の機体はいっさい搭載していない。空間歪曲場を持たない航空機を数十機ばかり投入しても、雲霞のごとき無人兵器の前に犠牲者を増やすだけだった。
そして、次に動き始めたのはマリネリス市が徴用した八隻の双胴船による輸送船団だった。護衛の高速巡航艦によって先導され、時速40ノットでヘラス市都市警備隊の連合艦隊との邂逅コースに進路をとる。
時折、輸送船の前方に潜水艦の暗い船体が浮かび上がる。前方哨戒のために展開していた潜水艦が輸送船に追い抜かれていくのだろう。海中の敵に備えて哨戒線を形成する潜水艦隊は海中で縣挺状態になってひたすら『耳』を澄ましているからだ。
その上空を二隻の宙空両用艦が大きく弧を描きながら周遊する。この二隻はマリネリス市都市警備隊が保有する艦艇の全てだ。地球ではクロッカスやパンジーなどのデイジー級巡航艦に当たる。一部の艦艇にはディストーション・フィールド発生装置が配備され始めた地球と違い、従来の核融合炉でなんとか重力制御がなされている旧世代艦である。さすがに4門の主砲はレーザーからレールガンに換装されているが、火力不足であることには否めなかった。
最期に油漕艦を加えたマリネリス市唯一の海上艦隊がマリネリスの港を離れる。砲艦4隻、電子戦任務艦1隻、防空巡航艦3隻の対地効果船艦隊だ。マリネリス市はタルシスの海岸線に近い位置にあるため、ヘラス市の連合艦隊が到着する前にマリネリス艦隊が輸送艦上陸地点周辺の安全を確保することになる。
マリネリス、ヘラス両都市警備隊によるユートピア・コロニー救援作戦の最終章が、今、幕を開こうとしていた。
一方、木星蜥蜴はタルシスの海岸線沿いに新配備の水中戦用無人兵器を展開して、哨戒線を形成していた。
木連側の戦略目的はユートピア・コロニー避難民の抹殺である。いくら救援部隊が展開しようと、彼らの最終的な目的は上陸地点の確保にすぎない。救援部隊の上陸予想地点へいかに無人兵器群を集結させることができるか、そして、脱出する輸送船をより多く沈めることができるかが木連軍の追求するべき勝利条件となる。
宇宙から火星地表を監視する目は一時的に失われることになったが、すでに火星の影となって無事だった監視衛星群に軌道の遷移を伝達済みだ。また、木連側にはボソン通信機などの超光速管制手段がある。
無人兵器が発見した火星都市警備隊の作戦状況は無人兵器から母艦に伝えられ、ボソン通信機を経由して木連軍統合作戦本部に直接伝達される。
木連軍は木星にいながら火星都市警備隊の部隊展開を手に取るように見て取ることができた。
やがて、ミズスマシから次々と火星都市警備隊の展開情報が伝えられる。
その課程で少なくない数のミズスマシがマリネリス艦隊の対潜哨戒網に発見されたが、哨戒網をくぐり抜けた幾体ものミズスマシはそのまま輸送船団の接近を伝えていた。
ミズスマシ「に−八」号がその爆音を関知したのは偶然だった。
「に−八」号は海流の影響で本来の担当海域から知らず知らずのうちに流されてしまっていた。
いつもなら静止衛星軌道上に展開している電波衛星からの信号を受信して、火星での位置を補正するはずだったが、火星都市警備隊の攻撃によって衛星軌道上の電波標識は壊滅的な打撃を受けており、計器による慣性測量でしか現在位置を把握するすべがなかったのである。
深く重い打撃が海面を叩く鈍い響き。
「に−八」号はその音を直ちに自然発生したものではないと判別していた。
だが、「に−八」の電子頭脳はその音の発生源を確認するべきかどうか迷っていた。「に−八」の受けた命令は敵輸送船団が迂回航路を取った時の抑えのためである。安易に浮上して敵に発見される確率を増やすべきではない。
この音は海面を掻き混ぜておらず、双胴船がメインである輸送船団ではない。海面全体に響く重低音からして対地効果を利用した高速艦の可能性があるが、高速艦よりも音のドップラーシフトが大きい。時速一〇〇ノットを超える高速艦よりもさらに速いものとなると、あとは航空機ぐらいだろう。
そう考えると、これは重爆撃機が海面すれすれを飛ぶ音に思える。
一瞬、対潜哨戒機との連想が浮かぶが、タルシス東方沿海岸近くを飛べるほどの航続距離が対潜哨戒機にはないはずだった。
しばしの逡巡の後、「に−八」号は浮上を決断した。
確かに発見される危険は高いが、この正体不明機の存在を本軍に伝えることを優先するべきだと判断したからだ。たとえ破壊されても、「に−八」号の担当海域周辺にはまだ多くの友軍機が展開している。「に−八」号が失われた後でも哨戒線を維持することは十分可能であると考えることができた。
ベント排水。
圧縮空気が「に−八」号を海中に留めていたバランスを崩す。浮上するにつれて、タンク内の空気が激しく膨張し、さらなる浮力となって「に−八」号を突き上げる。
一瞬の光。
周囲が白く泡立ち、「に−八」号は激しく空中へとジャンプする。
全センサをオープン。
同時に指揮機への通信を開く。光学、磁気、重力波、赤外、紫外、X線、ガンマ線…。光と質量に関わる全ての情報を受け止め、激しくそれを指揮機に向けて発信する。
海洋に大気を叩きつけて疾走する巨大な全翼機。
その巨大な怪鳥の姿を目にとめた瞬間、天空を舞う二つの白い鳥が銀色のアークを放った。
激しい衝撃波をまとったタングステン・カーボンの弾心が幾重にも彼の機体を粉砕するまで、その映像は発信され続けた。
3.
「せんとーーーーーーーーーーーう!!」
艦長の言葉と共に、防空巡洋艦「火烏」が全力で加速を開始する。ヘリカル核融合炉が大量の電力を生成し、艦底に配置されている重力波発信器が艦の重量を軽減させる。艦首左右のエアインテークから取り込まれる大気に燃料が注ぎ込まれ発火。激しく膨張する爆圧は後方の分厚い翼に受け止められて、その勢いを大洋に叩きつけた。
火烏以外にも前衛防空任務艦に任命された同級の防空艦が二隻、火烏と艦首を並べて疾走する。
すでに前方に設置されている20mmパルス・レーザー砲は照射範囲を最大限に広げて射撃準備を整えていた。あとは旗艦からの攻撃命令があり次第、火烏とその僚艦は迫り来る木星蜥蜴の無人兵器に対し存分に戦闘力の全てを発揮することができる。だが、そのためには今少し旗艦との距離を開ける必要があった。
旗艦は彼らが守るべき輸送船団に随伴しているからだ。
木星蜥蜴はマリネリス、ヘラスの両都市警備隊に護衛された輸送船が、避難民を回収し、ヘラス市への長い航海に船首を翻した瞬間を狙って襲撃して来ていた。
輸送船が避難民を回収する前に輸送船を沈めてしまっては、輸送作戦自体が中止されてしまう可能性がある。木連はわざと避難民の回収を看過し、その間は積極的に防空戦力に対し嫌がらせの攻撃を行っていた。
そして、幾度にもわたる航空戦によってマリネリスの防空隊のエアカバーが低下した時にあわせて、無人兵器の本隊を突入させてきたのだ。
木星蜥蜴が空間歪曲場を投入して以来、レーザー砲などの光学兵器を主砲とする防空艦はその存在意義を問われ続けてきた。
火烏級防空巡洋艦も軍の無駄遣いの最たるものとして批判の声は強い。
有効射程距離内で約12平方度の制圧範囲を持ちながら、現在まで戦場に投入されることなくマリネリスの港で無柳を囲っていたのは、多連装レーザー砲を主装備とする艦船の運用方法が想像つかなかったためである。
だが、海軍本来の任務、つまり、船団護衛に任じられた将兵の士気は高かった。
これまでお飾りと公然と非難され続けた彼らがユートピア・コロニー避難民保護の主役となるのだ。
大きく弧を描いて、火烏とその僚艦が回頭を開始する。最大戦速時速140ノット(時速200キロ以上)で速度に乗った艦体が、主砲の全てを敵無人兵器群に向ける。
掲げられたレーザー砲塔の先で、無人兵器が約三つの群れに分かれる。それに併せて砲塔が微妙に敵群を追尾するように動いた。
一番近い群れが急速に高度を落とす。巡洋艦の右舷にひしめき合う連装機関砲が射撃を開始した。そして、やや高度を取ったまま正面を横切ろうとする無人兵器群を包むような白煙が舞い上がった瞬間、旗艦からの発砲命令が届き、一艦約8門の多連装レーザー砲が毎秒2000にも及ぶ強力なレーザーパルスを一斉に発信し始めた。
兵器の本質とは何だろう。
それは火星の都市警備隊が既存の装備が侵略者に通用しなかった現実を受けて投げかけた疑問である。
破壊。
単純な答えがここにある。兵器とは破壊するものだ。
では、破壊はどうやって起きるのか。
それは『目標に破壊する力を届けること』によってである。
目標がなければ破壊は発生しない。力がなければ目標を破壊できない。そして力を目標に届けられなければいくら力があっても目標は破壊できない。
かつて海洋で巨大な砲を持つ艦船が生まれ、航空機に駆逐され、ミサイルが支配し、潜水艦が主役を務め、防空能力の向上によって再び砲艦と呼ばれる艦種が復活したのも、その時代時代での技術にあわせて『目標に破壊する力を届ける』ことを追求した結果である。
巨大な砲を持つ戦艦は、砲弾という破壊力を測距・射撃し火薬の力で目標に届けていた。航空機の発達によって航空機の輸送力だけのより多くの破壊力をより遠方により正確に届けられるようになると、海洋は空母の支配するものとなった。そして、誘導装置の向上とロケット技術の発達によって、誘導兵器と称されるミサイルがさらなる破壊力をさらに遠くにさらに正確に送りつけることができるようになる。
こうなると海上に戦力を保持すること自体が困難になってくる。そして、攻撃されないこと、発見されないことによって目標にされないことを追求したステルス艦や潜水艦に主力が移り変わる。
やがて、光学兵器やアクティブ・ジャミングの発達によって航空機やミサイルなどという音速程度の遅い兵器では目標に届く前に破壊されるようになると、レールガンや対艦レーザーという直接射撃兵器によって撃墜できない速度で水平線上に見える互いの艦艇を撃ち合うことになる。
今、木星蜥蜴の無人兵器が圧倒的な優位にあるのは、無尽蔵とも言える数と火星の都市警備隊の装備が上述の兵器の変遷に従って光学兵器が主となっているため、防御能力で優れた結果を出しているためだ。
では、攻撃能力という点ではどうだろうか。
グラビティ・ブラストと称される重力波砲を主兵装としている艦船はともかく、バッタやジョロなどの兵器では未だにレーザーやミサイル、機関砲である。決して未知の兵器ではあり得ない。
またヤンマ級などの突撃艦もグラビティ・ブラストを主兵装としていながら対空砲や備砲では光学兵器やレールガンなどの質量兵器を利用している。それらの兵装は未知の兵器でもなんでもない。
攻撃方法はある。
では、防御方法は?
その答えが、ここにあった。
目標の前方に敵の護衛艦が展開してきたことを受け、無人兵器群は自軍を三群に分割した。
第一群は低空に展開、敵の射撃を回避しながら肉薄攻撃し本隊の突破口を作る。第二群は第一群を支援しながら上空より覆い被さるように敵前衛艦隊を攻撃。そして、第三群の本隊は敵前衛艦隊を無視し、本来の目的である輸送艦を襲撃する。
第二群は護衛艦艇から猛烈な対空砲火を浴びせられている第一群の接近を援護するために、一斉に背中のミサイルポッドを開き、敵艦船に向けて発射する。
防空艦がパルスレーザーの斉射を開始したのは、その瞬間を狙ってのことだった。
ディストーション・フィールドにはじかれていたパルス・レーザーだったが、無人兵器の発射したミサイルがディストーション・フィールドを突き破り一次加速を開始する瞬間、激しいレーザーの光圧に耐えかねて次々とミサイルが爆発を起こす。ミサイルポッドを開き、至近距離で物理兵器の破片を浴びせられかけたバッタやジョロは自分たちの放ったミサイルの爆発に次々と切り刻まれ、破壊されていく。
混乱を起こし自群の統制もままならない第二群の支援なしで前衛艦艇に肉薄した無人兵器群も、対空砲火をかいくぐり、ミサイルを敵艦船に放った瞬間、爆発と鋼の断片に巻き込まれ翻弄される。
だが、護衛艦艇も無傷というわけにはいかなかった。
無人兵器群がミサイルなどを使うまで、迎撃はすべて両舷に配置されている対空砲が頼みである。
後方の電子戦任務艦の支援を受けているとはいえ、最終的な敵機迎撃は各砲塔からの照準となる。こちらの火砲が届くと言うことは敵の砲火も届くと言うことである。
自動化が進んでいるとはいえ、全長168メートルにもなる巨大な船体を運用するには少なくない乗員を必要としている。防空巡洋艦は敵に全主砲塔を向けるために右舷側を曝しており、無人兵器の機銃やレーザーによっていくつもの銃座が黒煙を上げていた。
無人兵器の攻撃はまだ終わっていない。
対空砲火をかいくぐり防空艦に取り付いたバッタから大量のミサイルが放たれ、周囲に着弾する。対空砲が、主砲が黒煙を上げ、被弾した場所にさらに取り付いたバッタやジョロが、隔壁を破壊していく。これまでの戦訓を元に艦内に配備されている陸戦隊が駆けつけるまで、無人兵器は艦内部を食い荒らした。
防空艦の間をすり抜けるように高空を通り抜けた第三派は、正面から砲艦の斉射に迎えられた。防空艦に手間取っている間に電子戦任務艦の指示を受けた直援艦隊が陣形を編成し直し、無人兵器群の突入に備えていたのだ。
対空砲が激しく弾幕を張り、無人兵器の前方に黒煙が上がる。空間歪曲場を関知して作動する重力波干渉信管は確実に木連の無人兵器を捉え自爆した。効果範囲内にある無人兵器の装甲を結晶金属の破片が切り裂き、無人兵器は次々と力尽き、時には内蔵するミサイルが誘爆して爆散していく。
わずかに突破した無人兵器を待ちかまえていたのが、電子戦任務艦に統制された輸送船自体の対空砲火だった。
無人兵器本隊の攻撃を凌ぎきった時、輸送船団はいまだ全てが健在だった。
護衛する艦艇も右翼最後方を担当した防空巡洋艦が一隻、無人兵器に取り付かれ機関部を破壊されて大破した他に砲艦二隻が小破の損害を受けた程度である。
マリネリス市都市警備隊の艦隊単独でこれだけの戦果を上げたことから、楽観ムードが流れていた。この先、マリネリスからのエア・カバーは減少するが、代わりに現在の護衛艦隊と同クラスの艦隊が二個合流することになる。受けた損害は決して少なくないが、このままいけば避難民の輸送に成功すると確信できたからだ。
防空巡洋艦『火烏』でもどこかほっとしたような気配が漂っていた。
機関損傷のために独行でマリネリスを目指す僚艦を見送りながら副長が艦長に声をかけた。
「艦長、この調子なら行けそうですね」「ああ、敵の戦力配置が読めると、ここまで有利だとはな」
艦長が同意するように頷くと、遠く後方の電子戦任務艦を見やる。
「この作戦を考えた奴は表彰ものだな」「全くです」
副長が帽子を押さえたまま何度も頷く。
だが、次の瞬間、オペレーターから困惑するような声が届いた。
「艦長、全艦に緊急退避指令が下されました!?」
「全速!」
疑問に思う前に、艦長は叫んだ。
巡航状態から少しずつ加速していく。火烏の周辺でも突然の退避命令に戸惑うように加速を開始する艦が存在していた。
「「「「!!!!」」」」
降り注ぐ光の柱が先ほどまで火烏がいた場所を正確に貫く。
「敵グラビティ・ブラスト、第二派来ます!!」「取り舵、いっぱい!」「取り舵、いっぱい!」
復唱が響く中、艦が大きく右に傾く。その時、同級艦の『鳳凰』がまっぷたつに折れ曲がり、慣性のままに海面を転げ回っている姿が目にはいった。
「船団が・・・」「・・・」「なんてこった…」
回頭を続ける火烏から船団の姿が見える。彼らが守るべき船団に天空から巨大な光が幾重にも打ち下ろされていた。
その中で船団はハンマーに打ち砕かれたように、海面に弾かれながら粉々に破壊されていた。
何度も、何度も、何度も・・・。
「おもかーじ、いっぱい」「面舵、いっぱい」
艦長はその情景に意識を取られながら、反射的に命令を下す。
逃げ回る護衛艦を追い立てるように次々とグラビティ・ブラストが天空から海面に突き刺さった。
船団は誰がどう見ても壊滅状態だった。
だが、彼らがそれを気に病む前に、彼ら自身が生き残るための戦いが始まっていた。
4.
少女の声が響く。
「かくして、ユートピア・コロニー被災者救援作戦は失敗。マリネリス、ヘラス両都市警備隊の海上戦力は壊滅状態となり、以後、木星蜥蜴が火星の戦局を支配することとなる。
まぁ、そういう筋書きだ」
高い天井の、がらんとした広い格納庫。
本来、60機を超える艦載機が収納されているこの格納庫に航空機の姿はない。
かわりにそこには、身の回りの荷物を抱え父と子、母親や兄弟、姉妹とともにシートの上に座り込んだ人々の姿があった。
この航空母艦の本来の乗員数は3200人だが、航空機をほとんど搭載していないこともあり、1500名弱の人々を収容していた。随伴する輸送艦にもそれぞれ約3000名ずつが収容されており、三隻でユートピア・コロニー被災者の全員がヘラス・シティへの帰路を急いでいた。
この発進デッキ近くの格納庫に仮設された施設だけでも500人を越える人々が収容されている。
「補給艦隊が本命の輸送船団というわけか…」「その通りだ」
テンカワ・アキトの言葉にこよみが頷く。
「40ノットの低速な双胴船では、マリネリスまでならともかく、ヘラス・シティに到着するまでに少なくとも2回の襲撃を受けることになる。エアカバーを維持し続ける消耗も馬鹿にならん。
それぐらいならむしろ、高速輸送艦を空っぽで走らせてそこに避難民を詰め込んだ方が話が早い」「そのためにわざわざ大型の対地効果機を持ち込むとはね」
「使えるものなら何でも使う。
何のために苦労して目くらましや陽動、戦線の移動を謀ったと思っている?
今現在も、失われている人の命。安くはないぞ」「いや、輸送船がちょっともったいないなぁと‥‥」
あわてるエノラ・パーキンスにこよみがくすっと笑う。
「ありゃ、ダミーだよ。本物の双胴船は一隻も使っちゃいない」「ありゃ?」
エノラがなんとも奇妙な表情をする。こよみはゆっくりと説明した。
「輸送船は将来、マリネリス市の人々をヘラス・シティに運ぶのに必要だ。一隻も無駄にはできない。
だから、あれは老朽艦に塗装をし直して偽装した奴だ。潜水艦でひっぱってるから、どうしても足が遅くてね。オペレーターをかき集めて電子戦任務艦からいろいろと操作しまくったわけさ」「うわっ、立派な詐欺師だな」
「ふん。どうせこっちは被害者だ。やられ損ならいっそ上前を刎ねるくらいの気持ちで行こうぜ」
「・・・上前って、おまえ…」
「‥‥マリネリス市からも撤退するのか?」
アキトが考えるように訊ねる。こよみは手のひらを上に右手を掲げて見せた。
「ああ。連中の戦略目標は火星北極環シティだ。北半球から撤退すれば、なんとか交渉する余地があるかもしれん。
第一、シリア・コロニーが陥落したら、マリネリスはもう孤立無援だ。なんとか戦線の維持ができている間にマリネリスからの避難をするしかない。シリア・コロニーが陥ちてからでは遅すぎる。
それとも、おまえ、何とかできるとでも言うのか?」「・・・」
挑むような視線がこよみからアキトに注がれる。アキトはゆっくりと首を横に振った。それをみてこよみが少し満足そうに眉を上げた。
「英雄ごっこで突っ走られても迷惑だ。私たちは結局、自分の手の届く範囲しか救うことはできない。それ以上のことは、できる範囲の努力をしてから語るものだ」「大将、だから、そう苛めんでも」「うるさいくらいに念を押した方がいいさ」「・・・」
こよみはレシーバーを背負ってヘッドセットを頭につけると、ふいと顔を逸らして立ち上がる。
「‥‥あれは…」「??」
「ん? 大将、どったの?」
なんとなくこよみの視線の先を追いかける。映るのは分厚い防弾ガラスの向こうの青い海。
だが、次の瞬間、激しく沸き立つ白い泡を突き破るように青灰色の昆虫のような姿がジャンプし、天空からのアークに打ちのめされた。
幾重にも奔るアークは海を突き抜けて浮上した木星蜥蜴の無人兵器をさんざんに打ち砕く。だが、それを見ていたこよみは一瞬顔をしかめると、すぐに駆けだした。
「大将!?」
声をかけたエノラに振り向いて、一言小さく叫ぶ。
「敵が、来るぞ!!」「「「「「!!」」」」」
彼らは顔を見合わせると、こよみの後を追って艦橋へと駆けだした。
あるはずの無い歴史
逢うはずのない人々
失われたはずの可能性
大きく舵を切ろうとする流れに
戸惑う思考と叫ぶ心
胸に抱えた想いの重さに
問いかける言葉も
声がかすれる
あとがき
アキトをもう少し書きたいので分割しました。次もアキト・パート、2−Gになります。
でも、戦闘シーンとか・・・駄目駄目だよねぇ。名前あるキャラとかを増やしたくなかったのでこんな感じで書きましたけど、うう、もうだめぽ(涙)。