Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第二話 Eパート

 『「緑の地球」は「後は任せましたから」「あの?」』


1.

 その機体は先ほど地球連合航空宇宙軍に正式採用された航宙攻撃機CA-36(オンシジューム)特殊実験機(SPeX)開発コード-C「ケストリィ」によく似ていた。
 しかし、ケストリィの特徴であった両翼のベイルと称される空間歪曲場(ディストーション・フィールド)発生装置は引き締まったアームとなり、コクピットと一体化したアームとの三軸になっている。
 そして、後部の三対6つのスラスターはその機体が宇宙空間での機動を想定していることを示していた。

 SPeX-D「ドミストリ」。
 航空宇宙技術工廠がアスカ・インダストリーと共同で開発中の次世代型航宙戦闘機(eX-CF)である。
 全長24メートル。レーザー核融合炉二機を主機とし、電磁誘導スラスターがプラズマ化した燃料ペレットを三つに分離して噴射する。左右どちらの機関が損傷しても、機動力を失わないための設計だ。
 だが、本来、軍用機をこのような複雑な設計にする物ではない。
 左右の核融合炉の爆縮タイミングが僅かにずれるだけでドミストリの機体は微妙な振動を引き起こすことになる。その振動を放置すれば加速時に自機が分解しかねない。そうでなくとも、よじれる機体は機体の寿命を縮めるのだ。
 実際、ドミストリの開発者たちは機体の異常振動に悩まされていた。
 原因は明らかだった。
 だが、機体の再設計をするわけにはいかなかった。
 なぜなら、ドミストリには現在開発中の機載用相転移エンジンに換装する予定があったからだ。
 航空宇宙軍とネルガル重工との契約に基づいて提供を受けた相転移エンジンの開発は難航していた。だからといって、新型機の開発をしないわけにはいかない。ネルガルからライセンス提供を受けた高効率な重力波制御技術は、既存の兵器体系を一新する。相転移エンジン、ディストーション・フィールド、グラビティ・ブラスト、これらの装備の本質は重力波発信による時空間制御に辿り着く。
 その派生技術は多くの可能性を示していた。
 一定方向への重力傾斜の形成。慣性質量の運動量直接制御。時空の過冷却による相転移誘発と空間膨張。究極的には時空接続による超光速移動の可能性までが実現可能になると考えられていた。
 これらの技術の具体的な例は、重力カタパルト、重力波推進、艦内人工重力、慣性制御装置、無反動加速装置、重力波通信、重力レンズ、重力望遠鏡、空間圧縮、相転移機関、重力ステルス、そして、時空跳躍に代表される超光速航行や超光速通信など、あまりにも実用可能性が大きく、実際に技術的に何が可能で何が不可能なのか、その調査だけでも人手が足りない状況が発生している。
 航空宇宙軍はこの件について莫大な利権を得ることになるネルガル重工から、ライセンス契約などを行って競合他社への利益分散を行っているが、基幹となる部品はネルガルからしか手に入らない場合も多く、どうしてもネルガル重工による独占を他社を圧迫しないレベルにまで落とすことができないでいた。
 ネルガルによる寡占状態は防ぎたい。しかし、この戦時下に他の業者に依頼して性能を落とすことになっては本末転倒だった。
 そのため、新規に設計・製造される兵装は、将来の換装を見越した構造に余裕ある設計が取られることになっていく。結果として、蜥蜴戦争時代、航空宇宙軍から傑作機、名機と呼ばれる幾多の艦艇を輩出されることとなる。
 ドミストリもまた、幾多の改装を経て、後に大戦期の宇宙機の最高傑作と呼ばれるようになる。
 しかし、今はまだ、整備士泣かせの駄作と言う評価でしかない。
 ドミストリが正当な評価を受けるには今しばらくの時間が必要だった。
 純粋な宇宙戦闘機として設計されたドミストリは、静かに格納庫の中で眠り続けている。
 今は、まだ・・・。



 航空宇宙軍連合艦隊司令部。
 航空宇宙軍に所属する各戦域指揮官たちはウィンドウを表示して会議に参加していた。
「・・・危険だな」「危険過ぎますな」「これを看過するわけにはいきませんな」「・・・」「・・・」
 いくつものウィンドウが、開放されたアサルト・ピットに浮かび上がったウィンドウ・ボールを様々な角度から映し出していた。
 その中心に浮かび上がるのは金色に光るナノマシンの輝きを瞳に宿らせたひとりの少女。
 いや、少女からひとりの美しい女性へと成長しようとしているアマノガ・ルリの姿があった。
「システム掌握・・・ですか…」
 ムネタケ・ヨシサダ参謀長がウィンドウに映る映像を見上げて告げる。
「敵無人兵器に対してはこれ以上効果的な攻撃方法はないでしょうな」「ウム」
 ミスマル・コウイチロウ提督が重々しく頷く。
「ミスマル提督、我々とてアマノガ大尉のこれまでの貢献を忘れたわけではない。幾多の敵性母艦(チューリップ)の撃墜。新たな航宙戦術の報告。これほど航空宇宙軍に貢献している『大尉』は他にはおるまい。しかし・・・」
「そう、しかし、これほどの能力を隠し持っていたという事実がある。そもそもいったい何者なのだね? このアマノガ・ルリという人物は?」「敵ではない。しかし、その意図が見えないのでは不安定要素でしかない」
「提督、個人が強力な力を持つ時代は、ナポレオンとともに終わったのだ。組織は所属する個人を守るために存在している。しかし、そのためには個人が協力してくれなくては困るのだ」
「それについてはネルガルの方がよく知っているのではありませんか?」「・・・ネルガルか…」
 コウイチロウの言葉に会議が騒然となる。
「この非常時に民間用戦艦とは」「ネルガルはいったい何を考えている」「だが、早急な火星支援が必要なのは確かだ」「内惑星艦隊(インナー・フリート)は壊滅状態だ。敵の包囲を突破しようにも艦がない」「月軌道艦隊(ルナ・オービタルズ)としては艦艇の更新を行う時間が欲しい。ネルガルが火星へ向かうというのであれば、歓迎こそすれ反対する理由はない」「火星か…」「・・・」「・・・」
 会議場が静まる。
「彼女が何者であるのか。あの威力を見た以上、アマノガ大尉を放置して置くわけにはいかん」「あの船の艦長は君の娘だったな?」「もしナデシコの艦長が航空宇宙軍への協力を望むのであれば、受け入れよう」
 会議は最終的にコウイチロウの決断を迫る形で終了した。
 憮然とたたずむコウイチロウ。
 彼の心中を思いやって、参謀陣は整列したまま彼の言葉を待つ。
「・・・提督?」
「直ちに発進。機動戦艦ナデシコを捕捉する!」
 艦隊泊地に出撃を知らせる警報が鳴り響いた。





2.

 いまだ戦いの傷跡が残るサセボ・シティ。ネルガル重工の造船所の隣接する航空宇宙軍基地では、一機のシャトルが離陸しようとしていた。
 シャトルのキャビンでは、アマノガ・ルリが今回の襲撃事件の報告書を書いていた。
 ルリの周囲にはいくつものウィンドウが広がっている。
 その多くはサセボ・シティ周辺の被害や、ネルガルの新造戦艦の戦力見積もりであるが、いくつかのウィンドウにはオモイカネのマークが着いており、極東近海の地図が表示されていた。
「失礼します」
 ノックとともに、イツキ・カザマ中尉が入室する。ルリはちらりとイツキを視線に入れると軽く頷いた。
「第三艦隊司令部から大尉に命令がありました。沖縄近海で第三艦隊と合流せよ、とのことです」
「わかりました。進路は?」「はい。すでに入力済みです」「ご苦労さまです」
 ルリはイツキに軽く口元をほころばせた。
 オートパイロットにしてこのキャビンを訪れたのだろう。イツキは興味深そうにルリの開いているウィンドウを見つめた。
「これは?」「昨夜の襲撃コースを算出してみました」
 ウィンドウにはサセボに空襲警報が鳴るまでの敵無人兵器群の行動が記されていた。
「西太平洋沿岸の敵性母艦(チューリップ)はすでに排除されているはずです。なのに敵はナデシコの出港を阻止するべく、150機もの無人兵器を繰り出してきました。
 彼らは航空宇宙軍の監視網をすり抜けて襲撃に成功しています。
 問題なのは、彼らがどこから来て、どうやって監視網をすり抜けることができたのか、という点です」
 ルリが示すウィンドウには中部太平洋へ向かう点線が描かれていた。
 イツキはそれを見つめ、ハッとルリの語る言葉の意味に気が付いた。
「参謀補は地球に彼らと通じている勢力がいると考えておられるのですか?」「・・・敬語はいいですよ、イツキさん」
 驚いたように目を見開くイツキに、ルリは全然別のことを告げ、暗に肯定して見せた。
 そして、ルリはいくつかのウィンドウを表示してみせる。
「地球連合軍には航空宇宙軍以外にも陸・海のニ軍が存在します。サセボ・シティは日本州ですから、アジア最強と呼ばれる日本州軍を保持しています。もっとも、その分、連合軍三軍の支援がもっとも少ない州の一つですけど。
 これが無人兵器群が該当する担当戦域を通過したタイミングです」
 ウィンドウの中でグアム、サイパンといった連合海軍基地周辺を無人兵器が通過する。そして、日本州軍、台湾州に駐留する航空宇宙軍の監視を逃れるように海面ぎりぎりを通過し、船舶の航行タイミングを計ってサセボへ黄海側から突入していた。
「可能性としては連合海軍、及び、中華州の一部に敵と通じている人たちがいると想定できます。ネルガルは日本州に本社を置いていますから、日本州軍への干渉を許すほど甘くないでしょう」「・・・」
 ルリの説明を食い入るように見つめるイツキ。
 やがてイツキは硬い表情でルリを見つめた。
「参謀補は、あの噂をご存じですか?」
「・・・噂ならいろいろありますけど、どれのことですか?」
 ルリはこともなげにウィンドウを閉じた。イツキはルリを探るように見つめる。表情に出していては探る意味がないのですけど、とルリは内心苦笑していた。
「木星蜥蜴が人類だという噂です」「・・・」
 その噂が流れ出したのはいつの頃からだろうか。
 ルリは自身の記憶を探っても、かつての歴史の中で大戦初期にそのようなうわさ話が流れていたという覚えはない。もっとも、この頃の自分は世間一般のことになんの関心も向けていなかった。だから、かつての歴史でも木星蜥蜴と戦い続けていた軍内部で、そんな噂が流れていても不思議ではなかった。
「・・・おそらく、事実でしょう」「!!」
 ルリの言葉にイツキが顔をこわばらせる。ルリは淡々と言葉を綴った。
「ですが、それを連合政府が公開しない以上、なんらかの理由があるはずです。政治的か、軍事的かわかりませんけど。
 その政府の決定に私たち軍人が口を挟むわけにはいかないと思います」「ですが!!」「イツキさん」
 声を荒げるイツキをルリが少し強くたしなめる。
「私たちは剣です。剣は何も思いません。感じません。ただ政府の決定によって振るわれるのみです」
「参謀補!」
 イツキは何か問いかけるような視線をルリに向けた。
「参謀補は・・・それでよろしいのですか?」「・・・」
 ルリは小さく溜め息をついた。
「私は・・・、私はこの世界にとってイレギュラーですから…」
 その言葉はイツキの耳には届かなかった。



 サセボを出港した機動戦艦ナデシコは、進路を西南西に向けていた。本来の出発にはまだ一週間ほどの期間があったが、木星蜥蜴に狙われていることが明らかになった以上、ドックの中でゆっくりとしているわけにはいかなかった。
 ネルガル内部にすらスキャパレリ計画(プロジェクト)には反対論が多い。
 幸い、最後の着任であるパイロットのヤマダ・ジロウも到着していることもあり、ここは多少無理をしてでも計画を前倒しして実施するべきだった。
「それにしても、気になりますねぇ」「・・・」
 電卓をはじいてナデシコがサツキミドリ2で受け取る補給物資を追加発注しながら、プロスペクターはネルガル本社との連絡を切った。
「ミスター、やはり彼女は要注意なのではないか?」
「まぁ、そうですねぇ」
 ゴート・ホーリーの言葉にプロスペクターは眼鏡のフレームをくいと上げて同意した。
「ですが、イレギュラーはむしろ手元に置いておいた方が管理しやすいものです。あの方々は危機管理に甘いところがあると言わざるを得ませんなぁ」「フム」
「それにあの方はおっしゃったではありませんか。『スキャパレリ計画(プロジェクト)は成功しなければならない』と。この計画の目的を理解しておられるのですから、ナデシコに対して不利なことはされませんよ」
「・・・まぁ、ミスターがそうおっしゃるのであれば」
 手を広げるプロスペクターに戸惑うようにゴートが頷く。プロスペクターは顔を横に向けてゴートを見た。
「さ、ブリッジへ参りましょう。皆さんにいろいろとお伝えしなくてはいけませんからね」
 扉が開く。通信室を出た二人は、やがて艦橋へと上がっていった。
 それに少し遅れて、通信室へと駆け込む銃を構えた一団が存在していた。



 ミスマル・ユリカはピンクの上着を羽織って、独身者居住区を歩いていた。
 その足取りは軽やかに、見ている方にすらるんるんという擬音が聞こえそうな感じである。
「ほんと、アキトったら照れ屋さんなんだから。私が艦長だからって会いに来てくれないんだから」
 こんこんと軽妙にノックの音が響く。
 反応はない。
「じゃーん、私艦長さんだから合い鍵持ってるんだっけぇ!」
 電磁ロックにカードを差し込む。
 ユリカは扉が開くと同時に部屋の中に飛び込んだ。
「アキト!」「あ゛‥‥‥」
 シャワーから出て下着を履こうとしていたアキトが、ぎぎぎぎぎと音を立てるようにユリカに首を向けた。
「きゃーーーーーーーーっ!!!!」「それは俺の台詞だぁっ!」



「まぁ、アキトも男の子だもん、今回だけは許してあげます」
 着替えるアキトに背を向けたままユリカが告げる。
「なんだよ、そりゃ」
「あのね、私、アキトにお礼を言いたくて」「お礼?」「そう」
 着替え終わったアキトに湯飲みに入れたお茶をすすりながらユリカは頷いた。
「アキト、ありがとう。アキトが囮を引き受けてくれたおかげで、ルリちゃんが死なずに済んだの。
 アキトは私の艦と大切な義妹(いもうと)を守ってくれたんだよ」「・・・」
 ぺこりと頭を下げる。そのユリカの仕草にアキトは戸惑うように照れくさくなって横を向いた。そして、ふと思い出す。
「あの娘、ユリカの義妹(いもうと)だったんだ」「そう! アマノガ・ルリちゃんって言って、とぉっっっっつても可愛いんだよっ♪」「・・・あいつ、知っていて俺をこの艦に乗せたのか…」
 アキトは奥歯を噛み締める。ユリカがきょとんと首を傾げた。
「アキト、ルリちゃんを知ってるの?」「ああ…」
 アキトはユリカを睨み付けた。
「俺は真相を知りたい。両親が殺された真相を。真相次第では・・・ユリカ、お前でも殺す! ・・・殺す‥‥かも知れない…」「や、やだぁ、そんな熱い眼で見つめられると私…。アキトってなんかハードボイルドでロマンチック!」「おい、人の話聞いてるのか?」「もぉ、駄目よ、アキトったらぁ…」「・・・」
 うつむくアキト。しかし、その言葉を聞いたユリカは、自分の妄想にトリップしていた。そのトリップはブリッジからの呼び出しがあるまで続いていた。



「今までナデシコの目的地を明らかにしなかったのは妨害者たちを欺く必要があったためです」
 ナデシコ全艦にブリッジでの会話が放送される。
 そして、ナデシコのクルーが見守る中、プロスペクターは力強く宣言した。
「以後、ナデシコはスキャパレリ・プロジェクトの一環を担い、軍とは別行動を取ります」
 フクベ提督がアップで映る。
「我々の目的地は火星だ!」「えーーーー!」
 アキトは食堂のディスプレイに見入った。
「その必要はないわ」
 力説するプロスペクターを遮るように、武装した兵士たちが艦橋に雪崩れ込む。食堂にも数名の兵が駆け込み、アキトたちに銃を突きつけた。
「ムネタケ! 血迷ったか!」
「提督、この艦はいただくわ」「その人数でいったい何ができる!?」
 ゴートの問いかけにムネタケ・サダアキはフンと鼻で笑った。
「あら、どうかしら?」
 その言葉に合わせるかのように、ナデシコの前方に三隻の艦艇が海面から浮かび上がってきた。
「こちらは連合航空宇宙軍第三艦隊提督、ミスマルである」「お父様!」
 艦橋の正面スクリーンにはぴんと尖ったひげを震わせたミスマル・コウイチロウが映し出されていた。



 艦橋はムネタケ・サダアキを先頭に6名ほどの兵士によって制圧されていた。
 コミュニケに映し出される他の部署もおおむね4人ほどの兵士たちに次々と制圧が報告されている。
 銃を突きつけられたままの状況下で、プロスペクターは唸って見せた。
「うーん、ミスマル提督。これはお話が違うのではありませんかな?」
 くいっと眼鏡をあげてスクリーンに映し出されたミスマル・コウイチロウを見上げる。
「提督、ナデシコの制圧は終わりましたわ」「お父様、これはいったいどういうことなのです?」
 自慢げに報告するムネタケ。
 コウイチロウは娘の視線を避けるように横を向き、ごほんと咳払いをすると口を開いた。
「ムネタケ准将、ご苦労だった。君と部下たちは直ちに原隊に復帰したまえ」
「・・・は?」
 きょとんとなるムネタケにコウイチロウはもう一度告げた。
「航空宇宙軍はネルガルと協議の上、ナデシコが火星に行くことを了承した。君と部下たちは直ちに原隊に復帰したまえ。
 ユリカぁ、お父さんが間違ったことをしたことなど、なかっただろう?」
「はい。さすがはお父様ですわ」「うんうん」
「・・・な、なぜ?」
 娘の言葉に格好を崩すミスマル提督を前に、ムネタケが唖然とした顔をする。
「か、閣下・・・」「・・・」「・・・」
 多くの視線を向けられて、兵士たちが所在なげにムネタケに問いかけた。
 ムネタケはきっとスクリーンを睨み付けると、金切り声を張り上げた。
「も、戻るわよ!」「「「「は、はいっ!!」」」」
 肩を怒らせて、靴音高くムネタケが兵士を引き連れて艦橋を後にする。
「馬鹿ばっか…」
 その背中につまらなさそうな声が響いた。





3.

 一艘のシャトルが第三艦隊旗艦トビウメに着艦した。
 シャトルのエンジンが停止するのを見計らって、整備員たちがシャトルへと駆け込んできた。そして、すぐにコンテナハッチを開くと、貨物を降ろし始める。
 アマノガ・ルリとイツキ・カザマは答礼を返しながら入れ違うようにシャトルを降りた。
 タラップを降りる二人を連絡士官が待ち受ける。
「アマノガ大尉、ただいま戻りました」「カザマ中尉、戻りました」
「お疲れさまです。大尉、ミスマル提督がお待ちです。こちらへ」「? わかりました」「・・・」
 ルリは鞄一つをイツキに預けると、出迎えた士官に着いていく。
 イツキは不安な面もちでその背中を見送った。



「ルリ君! 大丈夫だったかい? 怪我などしてはいないかい?」
 敬礼をして司令官私室に入室するルリをミスマル・コウイチロウが涙を目に浮かべて出迎えた。
「はい。あの、お義父(とう)さま、これはサセボの事件の報告書です」「む。ご苦労」
 ルリの差し出す報告書を、コウイチロウはしっかりと受け取った。その場でさらりと目を通す。コウイチロウの表情が少し険しくなった。
「なるほど…」「・・・」
 コウイチロウは報告書をデスクの上に置くと、従卒にお茶とお菓子を用意させる。用意ができたところで、コウイチロウは再び口を開いた。
「ルリ君や」「なんでしょうか」「航空宇宙軍は君を疑っている」「・・・そうですね…」「ウム」
 コウイチロウはお茶をひと口含んで香りを楽しむ。
「だが、今のままでは君に対して安心して対処することができない。サセボの件、すでに宇宙軍ではずいぶんと話題になっておるよ」「・・・はい」
 ルリはコウイチロウが軍と自分との板挟みにあったであろうことを想像して、瞳を伏せた。
 こうなることはわかっていた。
 しかし、それでもルリはミスマルのおじさまならと、身を寄せることを決断したのだ。
 なんと言われようと、仕方がない。そうルリは思っていた。
「そこでだ。ルリ君。火星に行く気はないかね」「・・・」
 コウイチロウの言葉にルリが顔を上げる。
「お義父(とう)様?」「・・・」
 コウイチロウは微笑んで頷いた。
「ユリカを助けてやってくれないかね? そうすることで、航空宇宙軍はしばらくの時間を手に入れることができる」
 ルリは驚いたようにコウイチロウを見つめる。コウイチロウはこの表情を見れただけでもラッキーだな、と頭の片隅で思った。
「よろしいのですか?」「もちろん」
 かすれるような声で尋ねるルリを元気づけるために強く頷く。
「アマノガ大尉に命令を下す。
 機動戦艦ナデシコに乗艦し、軍より派遣のオブザーバーとしてその職務を果たしなさい」
 ルリは大きく頷くと、敬礼をして見せた。
「拝命いたします」「ウム」



 ナデシコのハンガーに一機のシャトルが到着した。
 扉が開き、ひとりの女性が鞄一つを抱えてタラップを降りる。
「アマノガ・ルリ大尉です。よろしくお願いします」「「「「「おおぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」
 その姿を見た整備員たちから歓声が上がった。その女性の姿は、彼らの中でもあまりにも有名だった。
「ふん・・・来たわね」
 ムネタケ・サダアキ准将は目の前に立って敬礼をするアマノガ・ルリ大尉を面白くもなさそうに睨み付けた。
「アマノガ大尉、ネルガル社機動戦艦ナデシコに着任いたします」
「あら、そう。ミスマル提督のお気に入りも何かミスでもしたのかしら。こんな片道切符を手渡されて、あなたも貧乏くじを引いたわね」
「・・・お心遣いありがとうございます」「あんたたち、ぼうっと突っ立ってないでさっさと乗りなさい」
 ルリが頭を下げる。ムネタケは周囲にうろうろしている部下たちにさっさとシャトルに乗るように告げた。
「しかし、どういうことなの? あんたはアタシのような行く宛のない内惑星艦隊(インナー・フリート)所属じゃないでしょ。
 チューリップ撃破の実績を持ち、今や飛ぶ鳥落とす勢いの航宙母艦主兵論者(バトルスター・ギャング)のカリスマが、どこまで使えるのかもわからない寄せ集めの実験戦艦で敵の真っ直中へ殴り込み?
 アンタいったい、どんなへまをしでかしたのかしら?」
「いえ、とくに何も」
 素っ気なく答えるルリをムネタケは見下ろす。
「フーン、まぁ、言いたくないのであればいいわ。けど言っておくけど、アタシの部下はひとりも使わせないわよ。わかってるわよね」「もちろんです」
 あっさりと答えるルリ。何となく面白くないものを感じながらムネタケはキャビンへのタラップに足をかけた。ちらりと振り向くとルリはシャトルの後部を見つめていた。そこではエステバリスの搬出作業が行われていた。
「あれがアンタの機体かしら?」「はい」
 潮風になびく長い水色の髪をベレー帽で押さえてルリが頷いた。
「まぁ、いいわ。アンタも簡単に死ぬんじゃないわよ。簡単に死ぬ奴なんて真面目に生き残ろうとする人の足を引っ張ることしかできないんだからね」「・・・」
 意外そうな眼でルリはムネタケを見上げた。ようやく引き出した表情に、ムネタケは何となく気分が良くなる。
「アタシがそんなこと言うなんて意外だって顔ね」「はい。意外です」「正直ね…」
 楽しそうにムネタケが口元に手を当てる。
「もちろん、冗談よ。アンタの生き意地が汚い方がナデシコが長持ちするでしょ。そうすれば、木星蜥蜴は戦力を地球圏に振り分けることができなくなるわ。その間にこちらはゆっくり戦力を回復するつもりよ。
 アンタはいわゆる、アタシの出世のための捨て石というとこかしら」
 ホホホと笑い声をあげる。
 腐っているがさすがは准将と言うところだろう。言ってることは間違いではない。間違いではないが腹が立つのは、やはり人徳だろうか。
「それでは、失礼します」「あんたたち!」「ハッ!」
 ルリはコンテナの取り出しが終わったのを確認すると、もう一度、ムネタケに敬礼した。ムネタケの背後に彼の部下たちが並び、答礼を返した。
「まぁ、せいぜいあがくことね」「・・・」
 ムネタケが捨てぜりふとともに見事な答礼を返した。
 シャトルが重力制御によってゆっくりと浮かび上がる。そして、静かにナデシコから離脱すると、スラスターを吹かして遙かに見える第三艦隊へと戻っていった。
 アマノガ・ルリはそれを見送ると、格納庫入り口を振り返った。そこには大きく手を振るミスマル・ユリカと、なにやら楽しそうに待ち受けるプロスペクターの姿があった。
『おっきなルリ、お帰りなさい』
「ただいま、オモイカネ」
 ルリは出迎えのウィンドウを開いたオモイカネにそっと微笑んだ。





4.

 ナデシコが征く。
 正面に大きく映し出されたウィンドウ上で、機動戦艦ナデシコが艦を大きくローリングさせて赤道へ向かう航路を取った。それを、ミスマル・コウイチロウは感慨とともに見送る。
 そこに甲高い靴音を響かせて、イツキ・カザマ中尉が艦橋(ブリッジ)に駆け込んだ。静止の声を振り切って、イツキはステージ上のコウイチロウに叫ぶ。
「どういうことなんですか!」「カザマ中尉…」
 その剣幕におもわずたじろぐコウイチロウ。周りの士官に静止を受けながらも、イツキはスクリーンを指さした。
「なぜ、アマノガ大尉がたったひとりでナデシコに放り出されなければならないんです!」
「・・・」
 艦橋要員の視線が集まる。それは、誰もが感じていた疑問だったのだ。上層部の思惑はともかく、彼らにとってアマノガ・ルリは敵性母艦(チューリップ)撃破の英雄『水色の妖精』として、『部下に持ちたい女性士官』『上司にしたい女性士官』のナンバー1に輝いているのだ。一部では非公式ファンクラブが存在しているという噂もある。ちなみに、その非公式ファンクラブの発行しているアマノガ・ルリ写真集『水色時代』はずいぶんな売れ行きらしい。
 周囲からの冷たい視線に内心の汗を拭きながら、コウイチロウは遠い眼をして答えた。
「それがあの娘の望みだったのだよ」「・・・」
 イツキは言葉を失った。
 アマノガ大尉が火星のことをいつも気にかけていたことは、彼女こそが一番よく知っていたからだ。
「ですが・・・」
 視線が遙か彼方に消えていくナデシコに向けられる。
 そこに一つのウィンドウが開いた。
「あの〜、アスカ・インダストリーの者なんすけど、第33実験航空団のアマノガ大尉宛にお届け物を持ってきたんですが?」

「「「「はい?」」」」


 踏み出す足
 初めてなのに懐かしいこの場所
 まだ、まだ、あの人はここにいないけれど
 今は、まず
 ただいま





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 あとがき

 やったぁ、ようやく乗り込んだよぅ。
 いろいろありましたけど、なんかようやく逆行物らしくなってきた気がします(笑)。
 けど、なんか盛り上がらないですね。うーん、やっぱへぼいからかなぁ(涙)。

 とりあえず、これでしばらくはアキト・パートに移ります。がんばります