Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第二話 Dパート
『「緑の地球」はまかせとけ「いってらっしゃい」』
1.
ナガサキ県サセボ・シティ。
古くは第二次世界大戦時にヤマト級戦艦ムサシを建造した伝統ある軍港の街である。
地球連合の時代となった今も航空宇宙軍の軍工廠が置かれ、ヨコスカ、クレと並んで最新鋭の装備によって自動化された建造ドックがフル稼働で新造艦をロールアウトしている。
そして、秘匿されているネルガル重工地下ドックの一つにその艦はあった。
高重力下で設計・建造された艦の特徴として、平面的な重心設計をされているナデシコは艦の機関部が集中する主軸の上面、重力制御焦点に三角形の艦橋ブロックが設置されている。この艦橋ブロックは非常用の脱出艇も兼ねており、独立した運用が可能になっていた。
軍用艦運用の機能を集中する艦橋。戦闘艦の力を極限に発揮するために機能化され、その司令部要員こそが戦闘艦の力を体現する。
戦艦の力そのものであるそこは、だらけきっていた。
ステージと呼ばれる艦橋中段。
その右翼に設置されている操舵席に長い栗色の髪をした美人が退屈そうにコンソールに豊かな胸を乗せて肘をついていた。
「たーいくつねぇ・・・」
襟の下を摘んでブラの位置を直す。確かに未だに出港していない宇宙戦艦では操舵士の出番はない。
そんなハルカ・ミナトに通信席に座るメグミ・レイナードが顔を向けた。ソバカスの浮かぶお下げがメグミの表情を幼い物に見せる。視線の先に映る豊かな胸元に一瞬羨望の色が浮かぶが、すぐに消えた。
「そういえば、メグちゃん。艦長が来るのって、今日じゃなかったっけ?」
「ですよ、ミナトさん♪ かっこいい人だといいなぁ〜」
夢見るようにメグミが言う。
そんなメグミにシートに身体を預けたミナトが向き直る。
「めぐちゃん、ばかねぇ。
そんな都合よく行くわけないじゃない。どうせひ弱なお坊ちゃんか、ワガママなボンボンでしょ」
「そうかなあ」「そうよ。だいいち、ブリッジにこんなに女の子ばかり配置するなんてあやしいじゃない」
ひらひらと右手を振る。メグミも気付いたように口を開ける。
「あ、そっか。戦艦なんて男の人の多い方が普通っぽいですよね」「でしょう?」
ミナトが訳知り顔に頷いた。今までの社会経験で苦労してきているのだろう。派手な着こなしとと外見とは違って、ミナトはあまり期待は抱かないことにしているようだった。
「ま、会社なんてそんなものよ? 私が前いた会社もそうだったもの」「えーっ! そうなんですかぁ? セクハラとかされちゃったらどうしよう…」
口元に手を寄せるメグミ。横髪がはらりとヘッドセットの横から垂れる。
「ルリちゃんも、なにかされたらミナトおねーさんに言うのよ? 我慢することなんかないんだからね」「・・・」
ミナトは柔らかな笑みを浮かべると、黙々とシステムのオペレートをしている中央のオペレータ席の少女に声をかけた。瑠璃色の髪をツインテールにまとめた少女は表情を変えることなくウィンドウを表示した。
「その心配は多分ないと思います」「え?」「ふふふ…」
ホシノ・ルリの示した反応にミナトは微笑んだ。
「艦長、女ですから」
ルリの表示したウィンドウが広がると、そこにはひとりの女性の正面、側面の映像と経歴が表示された。
ミスマル・ユリカ。二十歳。
地球連合大学、航宙戦略課程を首席で卒業。
身長体重、スリーサイズ・・・。
しかし、確かにスリーサイズまで基幹乗組員データとして公開していては問題だろう。
「へぇ〜。頭いいんだ〜」「それなら問題ないかも」
「問題大ありよっ!!」
甲高いヒステリックな声が艦橋に響いた。
ミナトがあからさまにげっと言う顔をした。メグミはさりげなくコンソールに向き直る。
「出港時間もとうに過ぎているのに、艦長はどうしたのよッ!!」「ムネタケ、落ち着け」
いつの間に艦橋に入ってきたのか、軍服を着たキノコヘアーのなよなよとした男がわめき散らしている。その横で、白いひげを貯えた老人がたしなめるが効果はなさそうだった。
「参りましたねぇ」「しかし、ミスター。確かに艦長が来ないと話にならない。何かトラブルがあったかもしれん」
困っているように見えないプロスペクターに、ゴート・ホーリーが後ろから呟く。プロスがちょっと首を傾げた。
「そうですな。ゴートさん、ちょっと探しに‥‥」
「みっなさ〜ん、お待たせしましたっ! 私が艦長のミスマル・ユリカで〜すっ(ぶぃ)♪」
「「「「ぶい〜?」」」」
艦橋が一瞬静まり返った。
誰もが何を言って良いのか凍り付く中、小さな声が微かに響いた。
「・・・・・・ばか?・・・」
2.
空襲警報が軍港全体に鳴り響く。
市街地を盾に山越えをして襲撃してきた無人兵器の大群を前に、航空宇宙軍の守備隊は効果的な反撃をできずにいた。もっとも、これは航空宇宙軍の油断でもある。極東方面に確認されていた敵性母艦の排除が完了していたと言うこともあり、周辺の防空軍基地の初動が遅れたことが敵の浸透を防げなかった原因だった。
爆音と激しい銃声が響き渡る。
ドックや工場を炎と黒煙が包み、悲鳴と怒声がそこらかしこらで聞こえていた。
そんな基地のはずれ。輸送用の滑走路にほど近い格納庫の一つに、二十人を越える守備隊員が倒れたトラックやフォークリフトなど急造のバリケードを盾に無人兵器と激しい抗戦を繰り広げていた。
「工員の脱出が優先だッ! 全員無事に送り届けて見せろ!」
守備隊の指揮官らしき男が無線機に叫ぶ。無線機の向こうで響く爆音が戦いの激しさを物語っているようだった。
「工場なんかいくらでも作れるだろ! 人だ人! さっさとケツ巻くって逃げ切って見せろ!」
その背後では手に手に武器を抱えた兵士たちがバリケードの影から景気良く黄色や緑の無人兵器めがけて銃撃を放っている。
「ここから先へは行かさん!!」「一機たりとも近づけるな」
「『水色の妖精』は俺たちが守る!!」「「「「「「応っ!!!」」」」」
盛り上がっていた。
開放されたアサルト・ピットからの光が漏れる。
アサルト・ピットの周囲を五、六人ほどの人影がいそいそと歩き回っていた。
振動と爆音が間近に聞こえる。
戦火は着実にこの格納庫に近づきつつあった。
「電源つなげます!」「コンタクト!!」
整備員が声をかける。その言葉とともに中央に鎮座する水色の機動兵器に光が宿った。
「参謀補、アサルト・ピッド周りの立ち上げは大丈夫です」
イツキ・カザマがアサルト・ピットへのシャフトに乗り、声をかける。アサルト・ピットに乗り込んだアマノガ・ルリが頷いた。
「電力出力に問題はありません。いけます。ただ、やはり、バッテリーは備蓄がないそうで・・・」
「動かす必要はありません。システムが起動できれば十分です。センサ部から5メートル以内には立ち入らないよう注意してください」
アマノガ・ルリは久しぶりに座るシートに居心地の悪さを感じる。パイロット・スーツに着替えていないためもあるが、それ以上に期待と不安でじっとしていられないのが原因だった。
「わかりました。
――皆さん、システムが稼働します。センサやアンテナの5メートル以内に近づかないよう注意してください」
イツキが整備員たちに声をかけるのを横目に、ルリがアサルト・ピットに接続された機器のシステムを立ち上げ始める。
本来ならば、IFS経由で行われるはずのそれを手動でやらざるを得ないのは、航空宇宙技術工廠が量産化の調査のために各ブロック部を分解していたためだ。調査済みのユニットは回収が決定した段階で返却されたが、それまで調査のために分解してあった部品を組み込み直すのにいろいろと余分な部品などが付いてしまっていた。
ピー・・・。
甲高いシステム音が鳴り、ルリの視線の先でいくつものウィンドウがシステムの状態を自己診断していく。ルリは現在のエステの能力をウィンドウに流れる情報からざっと読み取っていった。
「6割ほどですか。・・・少し辛いです」「・・・」
表情を変えずにルリが呟く。イツキは何も言えずに水色に塗装された電子戦用エステバリス・カスタムを見上げた。
一段と大きな爆発が鳴り響く。
システムの自己診断はまだ終わらない。
じりじりと焦れるイツキにルリがふと口元をゆるめた。
「イツキさん」「あ、はい。なんでしょうか?」
ルリの言葉にイツキが弾けるように顔を上げた。
「この機体の真価を、見せて上げます。・・・報告してもかまいません」「!?」
ルリを包むようにウィンドウ・ボールが展開される。
驚くイツキの目の前で、活性化したルリのナノマシンの輝きが金色の瞳が輝かせた。
「・・・妖精?」「・・・」
淡いウィンドウ・ボールに包まれた姿にイツキは憶えず呟いていた。
『警告! 警告!』
ホシノ・ルリの正面にオモイカネのカラフルなウィンドウが浮かぶ。
ホシノ・ルリはつまらなさそうに反応した。
「どうしたの、オモイカネ?」
『敵影を多数確認』
「艦内に警報を。敵影をスクリーンに投影。それから軍の迎撃状況も確認して」『了解』
ナデシコ艦内に耳障りな警報音が響きわたった。
「なんなの、これ? 避難訓練?」「終業のチャイム、変えたのかしら?」
のんきな反応がルリの左右から聞こえた。ルリはなんの感慨も込めずに答えた。
「いえ、敵襲です」「敵襲って・・・、敵が攻めてきたってこと?」「そうです」「・・・」
ルリの反応にメグミが黙り込む。
「敵の攻撃、本艦上方に集中しています。目標はナデシコです」
ブリッジ正面に映し出されたウィンドウにサセボ周辺の地図と敵の配置、そして、宇宙軍守備隊の迎撃状況が映し出された。宇宙軍守備隊は次々と撃滅されていく。ただ、西側の輸送用滑走路周辺では頑強な抵抗が行われているらしく、敵の無人兵器も何機か逆に破壊されたりしている。
しかし、それもしょせんは焼け石に水らしく、守備隊の全滅も時間の問題のようだった。
「ちょっと、何やってるのよっ! 迎撃は? 発進は? 早くなさいよ!
ああ、もう、だからアタシは民間人に戦闘艦を任せるなんて反対だったのよ!」
「彼女たちは各分野のエキスパートです。その資質は軍人に勝るとも劣りません」
ゴートがむっつりとムネタケに反論する。
「だったら、さっさと反撃しなさいよ! こんなところで死ぬなんてアタシはいやよッ!」
『マスターキーを確認。相転移エンジンを始動します』
「ルリちゃん、相転移エンジンの始動よろしくね」「もうやってます」
これ幸いとプロスペクターのお説教から逃げ出したミスマル・ユリカが金色に輝くマスターキーをアオイ・ジュンから――いたのか、ジュン(汗)――受け取ると、ホシノ・ルリににっこりと笑いかけた。ホシノ・ルリはユリカの妙に親しげな振る舞いに違和感を感じながらもあっさりと言葉を返す。
「ムネタケ、少し静かにせんか」「で、ですが、提督…」
さすがに風格を感じさせる振る舞いでフクベ・ジン退役中将が顔を上げ、わめき散らすキノコを黙らせた。そして、クルーの視線を浴びる中、顔を動かした。
「艦長は、何か意見があるかね?」
「はい。海底ゲートを抜けていったん海中へ。その後、浮上して敵を背後より殲滅します」
きっぱりと言い切るユリカの態度にクルーから尊敬の視線が集まった。
「なるほど。グラビティ・ブラストならあれだけの数の敵も殲滅できるかもしれんな」「ウム」
ゴートが艦長の言葉に感心するように同意を示す。フクベも何かを確認するかのように頷いた。
「でもさぁ、敵もそうそう一カ所に固まってくれないんじゃない?」
楽勝ムードのなかミナトが頬杖を付いたままウィンドウを指さした。
「囮よ、囮! 囮を出すのよ! 誰かが敵を引きつけてナデシコの射界まで誘導するの!」
「無茶な。あれだけの敵を相手にどうやって!」「デッキにエステがあったじゃない! いっぱい出せば一機ぐらい生き残るわよ!」
ヒステリックにわめき立てるムネタケにみんながうんざりとした表情を示す。言ってることは間違ってはいないのだが、これが人望と言うことだろう。
「パイロットはヤマダ・ジロウさんひとりしかいません」
ホシノ・ルリが指摘する。
「あー、そのヤマダさんですが、先ほどエステの下敷きになりまして今は医務室にいるはずです」
プロスペクターが額に浮かんだ汗を拭きながら答えた。艦橋を沈黙が支配する。
「やっぱり駄目じゃない! こうなったら、ナデシコの主砲を上に向けて敵を撃ち落とすのよ!」
ぶち切れたキノコが叫ぶ。
「上に残ってる軍人さんも巻き込んじゃうわよ?」
「ど、どーせもうみんな死んでるわよ!」「それって非人道的だと思いまーす」「ちょっと酷いわよねぇ」「・・・」
「ユリカ、どうする?」
周囲から袋叩きに会うムネタケをよそに副長のアオイ・ジュンが考え込むユリカに尋ねた。
「ルリちゃ…」「外部から通信です!」
口を開こうとしたユリカを遮って、メグミが声を張り上げた。
「宇宙軍の守備隊の人からのようですけど、どうしますか?」「メグちゃん、繋いじゃってください」「はい」
ウィンドウが開いた。
「!!」「あれ?」「おお」「これはこれは」「ほほう」「ふむ」
どよめきの中、ウィンドウに映し出された彼女が口を開いた。
「こんにちは。私は航空宇宙軍大尉アマノガ・ルリです(ぶい)」
自然にはあり得ない金色の瞳。そこにナノマシンの輝きをきらめかせて、アマノガ・ルリが小さくブイサインをして見せた。
3.
衝撃に周囲が揺れた。そして、続いて鳴り響く警報。
テンカワ・アキトはすぐに火を消すと、手近なガスの元栓を閉めた。
何度も繰り返し訓練してきた手順だ。宇宙船内の火災の八割は厨房から発生するという。つまらない話だが、船火事が発生する理由などそれほど立派な原因などない。
特にナデシコは民間船と言うこともあり、軍艦ほど可燃物対策がしてあるわけでもない。
そのため、火の始末やガスの管理には応急班とともに用心すぎるほどの用心を重ねていた。
「手が動くんだ…」
アキトは警報と同時に身体が反射的に動いたことに少しばかり感心していた。
応急班と主計班はナデシコに最初に着任した要員である。主計はプロスペクターを頂点に乗組員の生活や事務、資材を統括し、管理運営している。そして、応急は戦闘時や火災発生時などの対策、修理のために艦内の構造を熟知しなければならない。船の乗り心地は主計で、沈みにくさは応急で決まると言っても過言ではないだろう。戦闘艦は戦うために、戦い続けるために存在している。どれほど優秀な大砲を持っていても、それを使う以前に船火事で沈んでは元も子もないのだ。
そして、着任してから二ヶ月あまり。頻繁に繰り返される応急訓練と、火災、防火対策は戦闘に怯えるアキトですら考える前に身体が動くよう洗脳を完了していた。
「テンカワ、大丈夫かい?」「ええ、まぁ…」
料理長のリュウ・ホウメイが心配そうにアキトを見る。
ホウメイはアキトが戦争後遺症、PTSD(心的外傷後ストレス障害)にかかっていることを理解していた。
過酷な戦争では決して珍しいことではない。
こういった症状が出る場合には戦場や移り変わりの激しい環境から隔離して刺激を少なく神経系への負担を避けるべきなのだが、往々にして周囲の無理解からショック療法と称される逆療法を施されてしまう場合が多い。精神への刺激の飽和状態を解消しようとする身体の反応に無理に新たな刺激を与えると、かえって視野狭窄や強迫神経症などのさらなる症状を引き起こしてしまう可能性の方が高くなる。
そういう意味でアキトはナデシコに乗るべきではなかった。戦火を避けて静かな場所でゆっくりと療養するべきなのだとホウメイは見ている。
もっとも宇宙船は単調な仕事が多く刺激も少ないため、まだマシなほうではあるが。
「あんまり無理するんじゃないよ? 身体が反応することには理由があるんだ。訳の分からない精神論で身体と心を治療することはできないんだからね?」「はい。わかっています」
ホウメイの言葉にアキトが顔を引き締める。ホウメイは内心、「やれやれ。ほんとにどこまで理解しているのやら」と思った。アキトは自分が怯えることを臆病だと誰よりも感じている。それはもうコンプレックスに近い物だろう。その思いがアキトを追いつめる。
ホウメイにはアキトの気負いが脆い物にしか見えなかった。
「敵が来たんですよね」「ああ、そうだね」
アキトがときおり揺れる天井を見上げて呟く。
「だが、アタシたち料理人の戦場はここだよ。餅は餅屋。戦闘はブリッジクルーに任せておくものさ」
「・・・そうですね」
釈然としない表情でアキトが同意する。ホウメイは少し息を吐いた。
「食堂も立派な戦場なんだよ。もしも、宇宙で航行中に食中毒でも出してみな。一気にクルーの三分の一は病院送りだ。乗員を常に最良の状態に維持すること。それはアタシたち料理人にしかできない仕事なのさ」
そういってバンとアキトの背中を叩く。アキトは思わずよろめいた。
その正面にウィンドウが映し出される。瑠璃色の髪と金色の瞳をした少女がウィンドウに現れた。そのウィンドウにアキトの頭が正面からつっこんだ。
「!!」「!?」
「あー!!!! ルリちゃん、今のキスぅ?」
脳天気な声が凍り付いていたアキトの頭を揺さぶった。
「ルリちゃん! 今日はサセボに来てたんだぁ」『はい』
嬉しそうに叫ぶミスマル・ユリカにアマノガ・ルリは頷いた。
「もう、それならルリちゃんもユリカと一緒にこれば良かったのにぃ」『・・・義姉さん、一応軍務ですから』「そんなの、どうだっていいよぅ」『は、はぁ…』
まじめな軍人が聞いたら腹を立てそうな台詞にアマノガ・ルリは冷や汗を浮かべながら頷く。その視界の中、手前に小さく自分の姿が映っていた。いつもつまらなさそうな顔をしていた私。無機質ながらも目を見開いている。驚いているのだろう。
アマノガ・ルリはそんな人形のような自分の姿に一瞬視線を落とすと、ユリカに話しかけた。
見ている。
ホシノ・ルリは正面のウィンドウに映ったアマノガ・ルリの視線が一瞬自分に向けられたことを感じて身を怯ませた。
「ねぇ、ルリルリ。あの人、ルリルリにそっくりねぇ」「・・・はい」
ミナトの問いに珍しくルリが言葉を濁す。
「きっとおっきくなったら、ルリルリあんなに美人になるのねぇ」「あの人、『水色の妖精』ですよ!」
メグミが声を殺してミナトに話しかけた。
「確か、チューリップをやっつけた人です」「へぇ、まだ若く見えるのにすごいのね」「こっちにはコロニーに落とした人がいますけど」「・・・」
「えっと、それで、ルリちゃんの方はどうなの?」『こちらは滑走路周辺を押さえるのが限界です』
ユリカの声にアマノガ・ルリが答えた。
「艦長とずいぶん親しそうね」「お友達なんでしょうか?」
「・・・アマノガ・ルリ大尉はミスマル艦長の義妹にあたります」「へぇ…」「そうなんだ」
『私の乗っているエステは組立中でバッテリーが外されているので戦闘機動ができません。ですが、そちらから機体を出していただければ、誘導、支援することは可能です』
「ルリちゃん、艦内にIFSを持った人がいないか調べて!」「・・・」「ルリちゃん?」「ルリルリ?」
「‥‥あ、はい。でました」
一瞬、自分のことが呼ばれているとわからず、ホシノ・ルリは慌ててオモイカネに乗員の検索を頼む。するとオモイカネはもう用意してあったかのようにリストを出した。ホシノ・ルリはオモイカネの準備の良さを疑問に思いながらも、すぐにその情報をウィンドウに表示する。
「二名確認しました。ひとりは私です。もうひとりはナデシコのコックさんです」「ほほう」
ホシノ・ルリがリストを読み上げる。プロスペクターがそのリストを見て興味深そうに頷いた。
「ルリちゃん、そのコックさんに繋いでください」「わかりました」
ホシノ・ルリはIFSを持った料理人テンカワ・アキトを呼び出した。
ウィンドウの向こうで、自分と同じ顔をした少女が一瞬辛そうな表情をしたような気がした。
「あー!!!! ルリちゃん、今のキスぅ?」「違います、艦長」『・・・』
アキトを映し出したウィンドウが、ホシノ・ルリの顔に重なっり、突き抜けた。はしゃぎ立てるユリカにめんどくさそうにルリが答える。それをアマノガ・ルリは無表情で見守っていた。
ルリはこれ以上、ユリカの相手をしないために、スクリーンにコックを映し出した。アマノガ・ルリのサイズが小さくなり、アキトと並んで表示される。
「あなたがコックの・・・ルリちゃん?――「テンカワ・アキトさんです」――テンカワさんですね?」『・・・』『ああ、そうだけど?』
真っ赤な顔をしたアキトが頭をかきながら答えた。
「私はナデシコ艦長のミスマル・ユリカです。・・・あの不躾な質問で申し訳ありませんけど、あなたどこかでお会いしました?」『ええ!? いや、ええっと・・・ないんじゃ、ないかな?』「・・・」『・・・』
「あの、ミナトさん。ルリちゃん、なんか怖くありません?」「どっちのかしら?」「あ、こっちのルリちゃんです」
コンソールを見つめ続けるホシノ・ルリをメグミがちらりと見る。周囲を拒絶するように背中を張りつめるルリをミナトは楽しそうに見つめた。
「さぁ、なんでだろ?」「・・・」
ルリはちらりちらりとルリの方を見下ろすアキトの視線をあえて無視するように視線をコンソールに固定する。
そのコンソールが一瞬、ルリが操作していないにも関わらず光が奔った。
「? オモイカネ?」『何でもありません、ルリ』
ルリの問いにオモイカネは異常なしを告げた。
「――という状況なんです。申し訳ありませんが、エステバリスに搭乗していただけないでしょうか?」
「ええ!? そんな、無理ですよ! 俺にそんなことできっこありません!」
ユリカの言葉にアキトは思わず叫んでいた。
「俺に、そんな力なんか…」
力無く、アキトはうつむく。頭の中にフラッシュバックするアイちゃんの微笑み。差し出された蜜柑。そして、爆炎の向こうに光る無人兵器の眼。自分の無力さを感じる。
『ア・・・テンカワさん、聞こえますか?』
そこに彼女の声が響いた。
『ア・・・テンカワさん、聞こえますか?』「き、君は!」
突然、アキトの前に開いたウィンドウにあの女性の姿が映し出された。ホウメイがおやという表情をしてアキトを見る。
『申し訳ありません。本当ならば私が出撃するつもりだったのですが…』
「そうだよ! アンタ、軍人なんだろ! 戦争は軍人がやっていればいいじゃないか!!」
アキトは謝るアマノガ・ルリに勢い込んで叫んだ。
『済みません。私は‥‥』「俺は・・・戦争なんてゴメンだ! アンタがどういうつもりか知らないけど、俺は絶対載らないからな!!」『‥‥あ…』
アマノガ・ルリは目を落として呟いた。
『‥‥アキトさん、ごめんなさい…』「・・・」
そして、ウィンドウが閉じる。
「テンカワ‥‥」
ホウメイはウィンドウから顔を逸らしていたアキトに声をかけた。アキトが握った拳を震わせながら振り向く。
「泣いてたよ、あの娘」「・・・でも、俺には‥戦うなんて、できないっすよ」「・・・」
『ルリちゃん、そんなの駄目だよ!』『ですが、他に方法がありません』
『そんな動けないエステバリスで囮なんて、無茶だよ!』「・・・」
アキトがユリカの声にびくりと肩を震わせる。
『大丈夫です。ナデシコが浮上するまでの時間は稼いで見せます』
『でも、それじゃあ、一緒にグラビティ・ブラストに巻き込んじゃうよ!』
『かまいません』『ルリちゃん!!』
ユリカの開いたウィンドウから言い合う声が響く。
『ナデシコは…、スキャパレリ計画は、成功しなければなりません。この戦争を一刻も早く終わらせるためにも…』
『でも、だからってルリちゃんが死んじゃうなんておかしいよ!』
『いいんですよ…』
ルリの言葉に、アキトが振り返った。
『私はイレギュラーなんです。だから・・・、いいんです』
『駄目だよっ! ルリちゃん、火星に行くんじゃなかったの!? 大切な人を迎えに行くんじゃなかったの!!
そのために宇宙軍に入ったんでしょ。こんなところで命を失ってもいいなんて、ルリちゃん、間違ってるよ!!』
「ホウメイさん、俺…」「いってきな」「!!」
ホウメイはアキトに顎をしゃくって見せた。
「すぐに戻って来るんだよ」「はい!」
アキトは力強く答えると、走り出した。
「囮なら出てるわ」「「「「はい?」」」」
ユリカとルリの状況をわきまえない姉妹喧嘩に――一応、アマノガ・ルリはシステム掌握の手を緩めていなかったが――、ホシノ・ルリがぼそりと報告した。
「近接戦闘用人型ロボット、エステバリス1機。地上へ向けて、エレベーターで上昇中」
「いったい、誰が?」
誰もが思った言葉に、ホシノ・ルリがコンソールを操作した。
「モニターに出します」
ホシノ・ルリが少し大きめに映し出す。そこに乗っていたのは、先ほど断ったはずの少年だった。
『テンカワさん・・・「テンカワ・・・アキト…? あーーーーーーっ! アキトッ!!」――』「・・・」
何か言おうとしたアマノガ・ルリの言葉を遮って、飛び跳ねるようにユリカが叫んだ。っていうか、ほんとに飛び跳ねてるし。
「アキト。アキトアキトアキトアキトアキトアキトアキト…」
「か、艦長。落ち着いてください」「ゆりか、誰?」
叫び続けるユリカを、何か思い出すかのように眉間にしわを寄せていたアキトが目を見開いた。
『ユリカ。ちゅーりっぷ組のミスマル・ユリカ!? おまえ、どーしてそんなとこに?』
「ゆりかはナデシコの艦長さんなんだぞっっっっっっ、えっへん!」
にっこりと笑ってVサインしてみせるユリカの姿に、アキトは救いを求めるように周囲を見回した。誰もが気の毒そうに目を伏せる。
『マジ?』『はい』
誰も答えなかったためにアマノガ・ルリが重々しく頷いた。アキトの乗るアサルト・ピットにいつのまにかアマノガ・ルリのウィンドウが開いていた。
「やっぱり、アキトは私の王子様だね。ゆりかがピンチの時はいつも駆けつけてくれるのよっ!」
「無理よ。コックが戦えるわけないじゃない!」
「でも、アキト、あなたを囮になんてできない」『ちょ、ちょっと!?』「わかってるわ。アキトの決意の固さ。女の勝手でどうこうできないわよね」『あ、おい、こらちょっと!!』「不憫ですなぁ…」「・・・」
ユリカは精一杯の笑顔を浮かべた。
「ナデシコと私たちの命はあなたに預ける。必ず生きてかえってきてね!」『待てーーーーっ!!』
ユリカのウィンドウがさっさと切れた。アキトは力尽きてがっくりと頭を垂れる。
『エレベーター、オープン。地上に出ます』『テンカワさん、エステバリスはバッタやジョロに比べて圧倒的に強い機体です。落ち着いていきましょう』「わかった」
そこに追い打ちをかけるようにホシノ・ルリがエレベーターの到着を告げた。気遣うようにかけられたアマノガ・ルリにアキトが顎を引き締めて頷いた。
「行くぞっ!」『跳んでください!』
声に会わせてスラスターが炎を大地に吹き付けた。
「ナデシコ、発進です」
ユリカの声が小さく聞こえた。
4.
アキトさんは来なかった…。
アマノガ・ルリは電子戦制圧していたバッタやジョロに対して、自爆命令を送りつけた。
「アキトさんがナデシコに乗り込んでくるならこのタイミングだと思ったのですけど」
周辺の無人兵器が無力化したのを確認して、アマノガ・ルリはウィンドウ越しにナデシコの様子を見つめる。
過去の自分が、そこにいる。
騒がしくも懐かしい日々。
想い出の中の人々が、今、そこに、いた。
「オモイカネ、アキトさんをこっそりと映してくれませんか?」
ナデシコの艦橋とは別に表示しているウィンドウに話しかける。
そこには子供の書いた落書きのような絵のオモイカネのウィンドウが表示されていた。
『はい。おっきなルリ』
オモイカネが答える。アマノガ・ルリは軍の端末が自由に使えるようになってから、オモイカネと連絡を取っていた。まぁ、別名ハッキングとも言うが――ばれなければ犯罪じゃありません(立派な不正アクセス防止法違反です)――、誰かに知っていてほしかったのだ。自分が、ホシノ・ルリがここにいるということを。
格納庫に戻ったテンカワ・アキトが整備班のみんなから手荒い歓迎を受けている。そこに、ユリカさんが飛び込んできて大騒ぎになっていた。
「・・・馬鹿ばっか…」
口元から笑みがこぼれる。今頃、この様子を見ているもうひとりの自分が同じ言葉を呟いているだろうことをアマノガ・ルリは知っていた。
大きく開かれた格納庫の扉。その向こうに水平線から昇る朝日に照らされたナデシコの姿が見える。
「参謀補、すごい艦ですね」「ええ、そうですね」
感心するようなイツキ・カザマの言葉にルリは頷く。
今はまだ、遠いところにあるけれど、いずれ私も、私たちも、あの艦に乗り込むことになる。
アマノガ・ルリはその思いを心の中でしまい込むと、ナデシコに向かって呟いた。
「いってらっしゃい…」
あのかけがえのない日々
そう綴った日々が始まる
明るい舞台は眩しくて
今の私には遠すぎるけれど
いつかかけがえのない
私の家になる
あとがき
よぅやく、ようやく発進です。わー。おめでとう。おめでとう。
本編と違いがないところやあまり重要でないところは思いっきり飛ばしてます。他の人たち、何であんなにちゃんと書けるんだろう…(しょんぼり)。
とりあえず、次もルリ・パートです。これで一段落。
少し間を空けて、本来の本編である火星アキトしょんぼり物語を仕上げます。あぁ、艦隊戦が書きたいよぉ(涙)。
それでは、またぁ。