Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第二話Cパート
『「緑の地球」は「再会のために」』
1.
私は『正しい』のだろうか…。
アマノガ・ルリはマシン・チャイルドの証である金色の瞳を隠すために普段かけているオレンジ色のサングラスを外す。オペレータ席のIFSインターフェイスに手を伸ばしたまま、微かに溜め息をついた。
私の行動は本当に『正しいこと』なのだろうか?
目の前には、第333戦術航空団――エステバリスやオンシジュームの正式採用が決定したことから、第33実験航空団の規模を拡大した上で実戦部隊に格上げされている――の戦果や戦況分析報告書のウィンドウに隠れて、ネルガル重工本社のコンピュータに保存されているファイルがいくつも表示されている。その中央にあるのは『スキャパレリ計画人材確保進捗報告書』のファイルである。
ルリが見つめる視線の先には主計班のリストが開かれていた。
料理長補佐テンカワ・アキト。
右の確認欄には採用の印鑑が押されている。プロスペクターの仕事は確かだ。福利厚生の書類など全てがちゃんと用意されている。
ルリはその金色の瞳を閉じると、そっとシートにもたれかかった。
「オモイカネ、私は『私』とあの人の未来を閉ざそうとしているの…?」
もうどこにもいない友達に問いかける。
テンカワ・アキトは正式にスキャパレリ計画に参加することになった。これでアキトさんが『以前のように』スキャパレリ計画終了後、借金に悩まされることはない。
「でも、それは本当に良いこと?」
前の歴史では、途中からスキャパレリ計画に参加したアキトさんは保険に入ることなく莫大な借金を背負うことになってしまった。プロスさんの尽力で多くの借金は帳消しにされたけれど、それでも個人が背負うには大きすぎる金額だった。結局、アキトさんはあの小さな木造アパートに住むことになり、そこに私とユリカさんが転がり込んだのだった。
「それでも、あの日々は私を私にしてくれた幸せのひとときだった」
思い出す。三人で屋台を引いた時を。
アキトさんが屋台を引き、ユリカさんは楽しげに屋台を押す。そして、その横で私はチャルメラを吹いていた。
そのきっかけは、借金だった。
アキトさんが背負った借金それ自体は大変な苦労だったけれど、三人でいられることが私は嬉しかった。
「私はあの『娘』からミスマルの家を奪ってしまった。そして、今度は私を私にしてくれたあの暖かい日々を奪おうとしているの…?」
ルリは小さく溜め息をつくと、身体を起こしていつものウィンドウに目を向ける。
赤い星に広がる同心円上の雲。
「わかりません。アキトさん、私にはわからないです…」
イツキ・カザマはオペレータ席で作業するルリを少し離れた場所から見つめていた。
「・・・正直、気持ちのいい任務ではありませんね」
表向きの任務は参謀補補佐という奇妙な役職だが、実体はアマノガ・ルリの監視である。
イツキは航空宇宙軍北米方面軍から第333戦術航空団に派遣されていた。
本来の目的は将来編成される航空戦闘団の基幹要員として、エステバリスへの機種転換訓練と、オンシジュームとの共同作戦を実戦部隊で経験し、修得することとなっている。そのために、エステバリスの搭乗訓練の合間にアマノガ・ルリ付き任務を割り振られたはずだったのだが、第3艦隊司令部に着任報告した彼女は、そこでアマノガ・ルリの言動を監視し司令部に報告するよう命じられた。
ショックだった。
あの第一次火星会戦で敵性母艦を撃沈したフクベ退役中将以来の、敵性母艦撃沈という偉業を成し遂げた第3艦隊。その最功労者であるはずのアマノガ・ルリ大尉(チューリップ撃破後に昇進)が身内である第3艦隊自体によって要監視者とされていたのだ。
そんな視点から見ると、アマノガ大尉の置かれた立場も理解できる。
司令部付きの参謀職にありながら、次席航空参謀でもない『参謀補』という取って付けたような地位。エステバリスやオンシジュームの運用を策定する立場にありながら実戦部隊に対する指揮権もなく、あくまで戦術航空団司令に『お願い』するしかない。
まるで可能な限り権力から遠ざけながら、その能力を利用しようとしているように見える。
「おそらくは、その通りなんでしょうけど」
溜め息をひとつ。
もっともその思惑が成功するような様子はない。
戦術航空団の面々の顔を思い出しながら、イツキは顔をほころばせる。団司令である大佐自身が強烈なルリの崇拝者と化していたからだ。
今や第333戦術航空団は様々な戦場に派遣されるために第3艦隊付けから切り離され、二個飛行隊と一個輸送艦隊を抱える一大戦隊となりつつある。
将来的にはおそらく護衛艦隊を随伴させた航空戦闘団へ再編成されることすら予定されていた。
現状では新兵器の運用を確立しそれを普及させる教導部隊としての側面が強いため、戦術航空団が設置されて半年ほどの間に三分の一が入れ替わるほど人の出入りも激しいが、多くが熱烈なアマノガ・ルリ崇拝者になって新たな部隊に配属されていくために、別名アマノガ・ギャングと呼ばれているほどだ。
そんな人気にも関わらず、ルリの様子は変わらない。
飾らない態度。見るものによっては素っ気ないと感じる。だが、彼女のなした実績からすればもっと自慢げに振る舞っても誰も文句は言わないだろう。
しかし、ルリは変わらない。
イツキにはそれがなぜなのかわかる気がした。
きっとルリにとって木星蜥蜴に勝利することは大切なことではないのだ。そして、大切なものが取り戻せない限り、全てに意味がないのだろう。
どれほど多くの賞賛と崇拝者に囲まれようと、ルリの見つめる先はそこにはない。
多くの友人や家族と共にいても、全てが色あせる。
イツキはウィンドウを見つめ続けるルリの背中がやけに小さく見えた。
2.
華やかに照明が照らし出すドックの先頭に紅白の飾り付けがされている。
全体像が見難くなるよう両端を白い布で覆い隠した地下ドック出入り口にいくつものパイプ椅子が並べられ、スーツに身を包んだ男たちが見守る中、プロスペクターの司会とともに進水式が執り行われていた。
「それでは、ネルガル重工を代表してイエマツ取締役に命名を行っていただきましょう」
60過ぎの茶色いスーツを着た少し太った小柄な男が、ドック手前にいちいち礼をしながら歩み出る。そして、プロスペクターから差し出される紅白のひもを受け取った。
「えー、ごほん。よろしいでしょうか。
それでは、本艦をナデシコと命名いたします」
その言葉とともに、ぐいっと紐を引っ張る。すると、ドック手前上方にぶら下げられていたシャンパンが大きく揺れてドックに静かに鎮座する一艘の戦艦の艦橋先端にぶつかり、割れた。
建造番号ND001と呼ばれていた船が機動戦艦ナデシコになった瞬間だった。
白いスーツを着た長髪の伊達男がブランデーグラスを片手に、管制室から暗いドックを見下ろしていた。今日は進水式ということもあり、工員たちには全員休みを与えてある。ドック自体も機密保持のためさりげなくナデシコ全体が見渡せないよう飾り付けられていた。
今、この船の全貌を見ることができるのは彼とシークレット・サービスの者たちだけだった。
「いやぁ、会長御自ら『彼女』の竣工を祝っていただけるとは、感無量ですなぁ」
いつもとは違い、紅白の縦スプライトのチョッキを着たプロスペクターが管制室に入ってくる。
ネルガル重工会長アカツキ・ナガレはグラスを掲げて見せる。
「プロス君の司会ぶりもさすがだねぇ」「いえいえ、私などまだまだです」
頭を振りながらプロスペクターは歩み寄る。アカツキはグラスの中身を口に含みながら管制室から見える『彼女』の姿を眺めた。
プロスペクターは後ろ手に持っていたグラスにテーブルの上のバーボンを注いだ。
「世が世でなければ、『彼女』の晴れ舞台をもっと華やかに祝いたかったんだけどねぇ」
「同感ですな」
プロスはアカツキの隣まで来ると、同じようにドックを見下ろしてグラスの中身を一口呑み込む。
「いいものですな」「・・・ふふふ、気に入ったかい?」「はい」
純白の船体に赤いラインを柔らかに描く、どことなく丸みを帯びた船体。今はまだ、艤装が一段落付いたところでしかないが、しかるべき人材が配備された暁には地球圏最強の戦艦となることを二人ともよく知っていた。
「内装は出港までにぼちぼちやるとして、あとは人の方だね」
「はい。とりあえず、来週には主計と応急が勤務を開始いたします。今月中には整備、機関も揃われます。11月半ばには砲術が、艦橋クルーが全員揃うのが12月始めですか。何とか年内と言うとこです」
「・・・時間がかかるねぇ」
アカツキが少し眉根を寄せる。プロスは申し訳なさそうに頭を下げた。
「申し訳ありません。やはり本来ならば戦力化には半年以上かかるものをわずか二ヶ月で仕上げるには多少無理がありますものですから」「ああ、別にプロス君を責めてるわけじゃないよ」
アカツキが手を振った。
「プロス君にはずいぶん強引なことさせちゃってるからねぇ。
ただね、戦艦なんて手間がかかる物をなんでみんな扱いたがるのかなぁと思っただけだよ」「はぁ…」
プロスがハンカチで額を拭う。
「なにぶん、お金には糸目を付けない方がおられますから」
「おかげでウチも儲けさせてもらってるんだけどね」「ははは」
くいっとバーボンを飲み干す。
アカツキはデスクの上にグラスを置くと、窓に背を向けて冷たいガラスにもたれかかった。
「最初に来るのは主計と応急かい? ナデシコの料理は旨いんだろうね」
意味深に尋ねるアカツキにプロスペクターは胸を張った。
「もちろんです。火星丼でもご一緒にどうですか?」「はっはっは。これは参ったな」
アカツキは大きく笑う。
「いいコックも入ったようだからね。味見してみるのもいいかな」
「いつでもお待ちいたしております」
一礼するプロスペクターにアカツキは大きく手を振ると、管制室を出ていった。
3.
「どうですか、ルリさん。これが、我が社の誇る新造戦艦ナデシコです」
プロスペクターは大きく手を広げると、小柄な女の子にドックの中を指し示した。
「・・・私、少女です」「おや、どうかしましたか?」「いえ、少し自己主張してみました。始めが肝心ですから」「? ・・・そうですか…」
サセボ地下ドックに広がる巨大な空間に二本の腕を持った白い戦艦が停泊している。
鼻の裏を突くような塗料の匂いや、焦げたような香りが、まだこの戦艦が建造中であることを示している。
「どうですか、初めて見るナデシコは」
「‥‥変な形」
水色の髪の毛をツイン・テールにした少女がぼそりと答える。
プロスペクターは額の汗を拭いながら大きく笑って見せた。
「はっはっは。これは手厳しい」「両舷側から張り出しているのはディストーション・フィールド発生ブレードだ。大気圏突破時も、ディストーション・フィールドを発生させることで、摩擦係数を減殺するようになっている」
背後に立つ厳つい男が渋い声で説明する。確か、ゴート・ホーリーという名前だ。額に眉を寄せて只でさえ厳めしい顔をさらにむっつりとした表情に変えている。
少女、ホシノ・ルリは何の感慨も抱いた様子なく正面に鎮座する白い戦艦の姿を見据えた。
「戦艦ってことは、私、軍人になるんですか?」
「いえいえ。あくまでルリさんは、ネルガルの社員と言うことで」
ルリの言葉にプロスペクターを目をつぶって身振りしながら首を振った。
「そうですか…」
ルリは何も期待しない醒めた目でもう一度ナデシコを見回した。
だが、これが彼女の『あのかけがえのない日々』の始まりだった。
地球連合航空宇宙軍、極東方面軍所属第3艦隊。
旗艦トビウメに移乗したアマノガ・ルリは養父のいる司令官私室に通された。
「失礼します」
「おお、ルリ君。しばらく会わないうちに少しやつれたんじゃないかね? TACの仕事は辛くはないかい? 嫌だったらお養父さんに言ってくれれば、いつでもルリ君の好きな部署に廻して上げるからね」
「は、はぁ…」「・・・(それじゃ軍隊にならないでしょうに…)」
ミスマル・コウイチロウはルリの敬礼に答えると、眦を緩ませながら椅子を勧めた。ルリは少し照れながら腰掛ける。同行したイツキ・カザマは内心でつっこみをいれて、ルリの後ろに控える。
「さぁ、ルリ君。ケーキが用意してあるから、いっぱい食べていっていいからね。カザマ中尉、君も食べていきたまえ」「・・・はぃ」
そういって、コウイチロウが従卒に命じてお茶の用意をさせた。イツキもルリの隣に腰掛ける。
「ところでミスマル提督。先ほど申請した件なのですが」「ルーリー君!」
大音響が響きわたる。
とっさに耳をふさいだルリの隣で、イツキがソファで身悶えている。
「いつも言っているじゃないか! 私のことは『お養父さん』と呼んでほしいと」
「‥‥ですが、軍務中ですから」「そんなことなどどうでもいい。ルリ君はお養父さんのことが嫌いになったのかね?」「いえ、そんなことはありませんが」「だったら!」
ルリは出されたケーキを食べつつ答える。
「だったら、ちゃんとお養父さんと呼んでほしいのだよ!」「…わかりました」
ルリは耳元を押さえて頷いた。コウイチロウが緩みきった表情でうんうんと頷いた。
「お養父様、先ほど申請した件についてですが」「おお、ルリ君や、もう一回言ってくれないかね」「はぁ…」
溜め息とともにルリは諦めたように頷いた。イツキはまだ倒れている。
「お養父様」「おおぉぉぉぉ、もう一回呼んでくれないかね」「お養父様」「もう一回」「お養父様」「「・・・」」
そのやりとりは、イツキが意識を取り戻すまで続いたという。
「参謀補。結局、どうなったのですか?」
なにやら書類を受け取って引き上げるアマノガ・ルリにイツキ・カザマが尋ねた。ルリはそっと口元をほころばせた。
「はい。引き取り許可が下りました。
来月、12月ですね、第3艦隊がヨコスカに寄港するとき、サセボまで回収に出向きます。輸送にはシャトルを使用しますから、イツキさんにはまたお世話になります」
「いえ、軍務ですから」「そうですね」
イツキの言葉にルリが頷いた。イツキはそのタイミングのよさにどきりとする。
前々から感じていたのだが、ルリは彼女がルリの監視をしていることを知っているようなそぶりを見せるときがある。イツキがルリを監視しやすいよう、前もって予定や何をするかを説明されている気がするのだ。
そして、おそらくそれは事実だろうと、イツキは確信している。だからこそ、心苦しく思う。
自分もまた、ルリにとって負担なのではないだろうか、と。
ルリを取り巻く十重二十重の檻の一つでしかないのだろうか、と。
「イツキさん、どうかしましたか?」
いつのまにか立ち止まっていたイツキにルリが振り返って問いかけた。心なしか、その顔はいつもの無表情に比べてほころんでいるようだった。
「すみません。ですが、参謀補。嬉しそうですね?」「・・・え?」
不意打ちだったのだろうか。きょとんとした表情が年相応の――そう、イツキと同い歳なのだ――幼さを見せる。
「そんな顔、してますか?」「はい」
イツキの指摘にルリはそっと右手を頬に当てて確かめる。
「そう、ですね…」
ルリはトビウメのデッキに出ると、遙かな空を仰いだ。潮風が気持ちいい。
「だって、ようやく始まるのだから」
4.
前夜。
ミスマル邸は戦場と化していた。
「あーーーん、サダさん。下着の替えはぁ?」「はい、お嬢様。とりあえず一週間分をこちらに」
「やっぱり、このお気に入りの枕を持ってかないと駄目よね☆」「ユリカさん、くまさんは持っていかない方がいいと思いますけど」「あ、ルリちゃん。ルリちゃんも手伝ってよぅ」
義姉の、ミスマル・ユリカの言葉に宇宙軍の制服もまだ脱いでいないアマノガ・ルリが苦笑する。
20畳ほどのユリカの部屋には二つのスーツケースと皮のケースが大きく口を広げており、大きく開けられたクローゼットの中からユリカが服をいくつか取り出してベッドに並べている。
お手伝いのサダさんが困ったような笑みを浮かべていた。
ルリはサダさんに目で合図すると、スーツケースの方に近寄った。
「私物の量は何キロまでですか?」「え? 私物に制限なんてあるの?」
ルリの言葉にユリカがきょとんとした目をする。ルリは小首を傾げる。
「ネルガルの方は何も言われませんでしたか?」「ううん。わたし、聞いてないよ〜」
ユリカも同じように首を傾げた。
「おかしいですねぇ」「そうなんだ」「そうなんです」「そうなんだ」「そうなんです」「そうなんだ」・・・
「準備の方はよろしいのですか?」
サダさんの言葉にはっとする。
ルリはいつの間にかユリカのペースに乗せられていた自分に軽い自己嫌悪を感じた。ユリカを見ると、何にも考えていないようなお気楽な笑顔を浮かべて、にこにことルリの顔を見つめている。
「あの、なんでしょう?」「えー? ルリちゃんの顔、しばらく見れなくなるからちょっと見貯めしようと思って」「見貯めですか?」「うん♪」
ユリカはそういうとルリの顔に手を伸ばし、両手の平でルリの頬を挟んだ。
「お義姉ぇさん、すぐ帰ってくるから。ルリちゃんはそんな寂しそうな顔しなくてもいいんだよ」「寂しそうな顔、してますか?」「ふふふ‥‥」
ユリカは少し微笑むと、ぎゅっとルリを抱きしめる。ふくよかで柔らかい感触がルリの顔に押しつけられた。
懐かしい暖かなこの感触。
ルリはずっと昔に失われたあのときを思い出しそうになる。
「ルリちゃんがいつも何を思い詰めてるのか知らないけど、ユリカがルリちゃんを守って上げるから。ルリちゃんは何にも心配しなくていいんだよ」「‥‥ユリカ、さん…」
「ルリちゃんは頑固さんだから。
いつも何にも言わないで自分だけで解決しようとしちゃうでしょ? もっといっぱい頼ってくれてもいいんだよ? ユリカは、お父様も、サダさんも、みんなみーんなルリちゃんの味方なんだから。
もっともっと甘えてほしいな?」「‥‥でも、私は…」
「デモも、ストもなしっ!」
ぷんぷんと怒りの擬音までたてながら、ルリの口元をユリカの指が止める。ルリは驚いた表情を浮かべてユリカを見上げた。ユリカはちょっと怒ってますモードに入って腰に手を当てている。
「ルリちゃんは可愛いんだから。ちょっとわがままなくらいの方がみんな喜ぶよ」
「そう、ですか?」「そう。だからね、ルリちゃん」「な、なんでしょう…」
何となく身の危険を感じて、ユリカから離れようとルリは身を起こす。しかし、ユリカの方が早かった。しっかりとルリを胸元に抱きしめ直す。
「だからね、まずは呼び方からちゃんと練習しようね♪」「えっと、ユリカさん…」
にこにこと微笑んだまま、ユリカはルリを離そうとしない。ルリは諦めたように溜め息をついた。
「お、お義姉ぇさん…?」「良くできました」
もう一度ぎゅっと抱きしめると、ユリカはようやくルリを開放した。
「それじゃぁ、荷物をまとめましょう!」「お嬢様、用意の方は済ませましたから」「・・・くす」
元気よく立ち上がったユリカにサダさんが声をかけて退出する。凍り付いたユリカにルリは思わず微笑みを漏らした。
「あー! ルリちゃん、笑ったぁ! もぉユリカ、ぷんぷんなんだから!」
「あの、義姉さん。早く眠らないと明日起きれませんよ?」「もう。ユリカ、そんな子供じゃないんだから」「はいはい。明日はアオイさんが呼びに来るんですから。その前には起きてくださいね」
ルリはユリカから逃げるように部屋を出る。
そして、ルリは閉じた扉に背を持たれかけさせた。
涙が零れる。
「・・・ユリカさん、私、そんなにいい子じゃありませんでした…」
ルリはしばらく動くことができず、じっとここにはいないユリカに謝り続けた。
5.
むき出しの構造物が容赦のない照明に照らされて鈍く輝く。
決して狭くない空虚な空間が、様々に並べ置かれた装備の山で埋め尽くされたナデシコの格納庫の中で、一機のエステバリスが踊っていた。
「こらぁ! 誰だ勝手にエステ動かしてんのは!」
整備班班長のウリバタケ・セイヤがメガホンを片手に叫んだ。
『レッツゴー、ゲキ・ガンガァァァ!
こぉいっ、木星蜥蜴ども。とどめは必殺、ゲキガァン・フレアアアアアアアッ!』
暑苦しいがなり声が格納庫いっぱいに響きわたる。
「馬鹿言ってねぇで、さっさと降りやがれっ!」
「おや、どうされました?」「おう、プロスの旦那か」
つなぎの作業服を着たウリバタケは背後からかけられた声に振り向いた。
「どうもこうも、見ての通り、馬鹿がエステで暴れてるんだ」
「! ヤマダさん? 乗ってるのはヤマダ・ジロウさんですねっ!」
プロスペクターははたと思い出して声を張り上げた。
『違ーうっ! ヤマダ・ジロウは世を忍ぶ仮の名前! 俺様の本当の名前、魂の名前はダイゴウジ・ガイだ!』
プロスは手帳を取り出すと、素早くめくった。
「それじゃあダイゴウジさん。あなたの着任予定は一週間後でしょう?」
コクピットが開く。中には私服のままシートに座っている若い男がいた。顔が紅潮してかなり興奮している様が伺い知れる。
「いやー・・・。本物のロボットに乗れるって聞いたら、いても立ってもいられなくなってさぁ」
目を輝かせてヤマ「ダイゴウジ・ガイだっ!」・・・ダイゴウジが答えた。
「困りますねぇ。たしかヤマ―」「ダイゴウジっ!」「…ダイゴウジさん、その性格が徒になって第333戦術航空団への移籍を断られたんじゃありませんでしたか?」「ちっがーーーうっ!」
いっそう声を張り上げてヤマダは縁に足をかけてコクピットの外に身を乗り出した。
「やはり女が仕切るような軍じゃ駄目だ! 俺の燃え盛る熱血を理解できなかったからな」「いや、私もあまり理解したくありませんが…」「・・・おーい、プロスの旦那。逃げた方がいいぞぉ」
プロスがハンカチを出して額の汗を拭う。ヤマダはびしっと指を指した。
「そんな俺になんと言ったと思う? 『オンシジュームへの転換訓練を受けませんか?』だぞ? 俺の目の前にロボットがあるって言うのに、言うに事欠いて戦闘爆撃機への配置換えを打診してきやがったんだ。そんな指揮官はこちらからお断りだぜっ!
しっかし、やっぱ、すげぇよなぁ。ロボットだぜ、ロボット。
手があって、足があって。これぞ、まさにゲキ・ガンガー!」
ヤマダはぺしぺしと機体を手のひらで叩いた。プロスペクターは困惑した表情をする。
「おーい、プロスの旦那ぁ。危ないぞぉ…」
そんなプロスのところに他の機体の陰に隠れて遠巻きにしている整備班員たちの声が聞こえた。プロスペクターはおやと首をひねる。
「どうされました?」「奴はIFSインターフェイスから手を離してるんだって…」「・・・なるほど」
プロスペクターはエステバリスを見上げる。コクピットから身を乗り出したダイゴウジ・ガイが得意げに機体に手を突いていた。
となると、次に起こることは・・・。
プロスが逃げ出すのとどちらが早いか。
パイロットのコントロールを離れたエステバリスの目から光が失われ、力尽きるように立ちつくしていたエステバリスが崩れてきた。
「どわぁぁぁあああああああああ!!」「ひぃぃぃぃ!」
激しい轟音と衝撃がナデシコを揺るがした。
どこか遠くで何かの機械が倒れる轟音が響いた。
出迎えに来た航空宇宙技術工廠の職員に先導されて歩く二人の女性士官のひとりが、その音にふと振り返った。
「参謀補、どうかされましたか?」「・・・いえ」
アマノガ・ルリが立ち止まったことに気付いて、空技廠の職員が怪訝な顔で立ち止まる。
ルリはそっと笑みをこぼすとゆっくりと首を振った。
「皆さん、大変です」「・・・え?」「コホン…」「え、ええ」
その透き通った笑みに見とれていた職員がイツキ・カザマのせかすような咳払いに我に返って頷く。
アマノガ・ルリはサングラスの奥の目を細めて、透き通った青空を見上げた。
ウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー・・・。
長く、途切れないサイレンの音がそこらかしこらから高らかに鳴り響いた。
風が吹く
歴史という容赦のない崖の上で
私は風に吹かれている
そして、まもなく来る嵐は
きっと私を一吹きで吹き飛ばしてしまうだろう
でも、今は…
それが何よりも待ち遠しい
あとがき
第一話はナデシコ発進までだったはずが、未だに発進してないですね…。そういえば、次は第一話Dパートを約束していた気が。
・・・ま、いっか(自爆)。第二話はC、D、Eとルリ・パートが続きます。アキト・パートは・・・頑張ります(しょんぼり)。
気を取り直して、私は劇場版からナデシコに入ったので、結構いろいろと変なとこがあります。どんどん指摘してください。一度、展開なども調整して改訂しようと思っているので、そのときにでもつじつま合わせをしようと思ってます。
でも、ミスマル家っていったいどこにあるんでしょうね(苦笑)。