Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
Document $Revision: 1.6 $
第二話Aパート
『「緑の地球」は任せとけ「誰に、ですか」』
1.
空の青と白の航空迷彩をされたエステバリスがカタパルトの所定の位置に付いた。
肩の位置にマーキングされたアートは空駆ける八本の足を持つ馬。部隊識別番号はその空戦用エステバリスが地球連合航空宇宙軍極東方面軍所属、第33実験航空団に所属していることを示していた。
ふわりと、エステバリスの空戦フレームが浮かび上がる。制空隊であるエステバリスは二機を一チームにして次々と浮かび上がると、集結空域に向かった。
エステバリス隊の発進が終わると、両翼に翼ではなく分厚い盾のようなブレードを備えた変わった形の機体が重力カタパルトに設置される。
特殊実験機計画B型艦形を採用し局所重力排斥場を装備したケストリィ、採用名称オンシジュームである。
先ほどエステバリスが2機、同時に発進したカタパルトを埋め尽くすほどの大きさだ。
全長20メートル。
複座の大型戦闘攻撃機である本機は、その運用目的からエステバリス空戦フレームに比べて遙かに優速であるため、エステバリス隊が発艦したあとから発艦作業が行われる。それでも、敵編隊に接触するのはオンシジューム隊が先となる。
第33実験航空団はつい二ヶ月ほど前に編成された新しい航空団である。
この実験航空団は機動兵器エステバリスを二個中隊24機、次期支援戦闘機オンシジューム一個中隊12機を定数としている。
従来の気圏戦闘機と異なり、全機が重力制御装置によって滞空するため、常に機体の制御を動力制御に頼るこれらの機体は、有重力環境下では激しいエネルギー消費を伴う。
そのため、動力源となる電力を母艦から重力波によって移送することで機動力を維持していた。
第33実験航空団に現在配備されているエステバリスは六機。オンシジュームは初期生産型が四機だった。定数のわずか三分の一である。
これが、二隻の軽空母、トレニアとイワレンゲの全力であった。
「皆さん、こんにちは。
私は第三艦隊航空参謀補アマノガ・ルリ中尉です(ぶい)」
アマノガ・ルリは指揮下にある航空団全機にウィンドウを開いた。
地球連合航空宇宙軍、極東方面軍第三艦隊司令部所属航空参謀補。それが今のルリの立場だった。
エステバリス・カスタムという実物を見ていても、宇宙軍内部の新兵器に対する見方は辛い。人型兵器というフォルムは、頭の硬い、厳格な軍人にしてみれば思わず失笑してしまいそうな代物だ。
たとえ、ディストーション・フィールドなどの木星蜥蜴と同様の装備をしていようと、実績も、運用経験もない兵器を疑問視するのは当然のことだった。このような新兵器を運用するためにわざわざ母艦を用意することに軍内部からの批判の声は強かった。口さがないものたちは「新しい養娘に高価なお人形を買い与えた」などと酷評すらしていた。
しかし、ミスマル・コウイチロウはそれを押し切って、史上初の機動兵器母艦の運用を決定した。いや、厳密に言えば史上初ではない。彼らの敵である木星蜥蜴はバッタやジョロなどの無人機ではあるが、機動兵器の母艦としてチューリップを運用していた。
実は機動兵器母艦を導入した最大の理由は、主機の出力不足だった。
航空宇宙軍が現在運用しているデイジー級駆逐艦やライラック級巡航艦のヘリカル核融合炉では機動兵器を運用するに足りる十分なエネルギーを抽出することができない。地球という深い重力の井戸の中では、それらの艦では重力制御によって高度を維持するのが精一杯なのである。かろうじて、ガーベラ級戦艦が二機ほどの機動兵器を運用できるだろうと試算されている。
しかし、ガーベラ級戦艦には、現在コードネームND001と呼ばれる試験戦艦が実験的に採用している(しようとしている)主砲を換装する計画があった。
現在の戦況を大きく好転させることが予想されるその砲を搭載することなく機動兵器を積み込むなどと言う選択肢はどう考えてもあり得ない。だがしかし、これまでの戦訓から見ても機動兵器による制空権なしで木星蜥蜴と戦うことなど自殺行為にも等しい。それならば機動兵器を集中的に運用する母艦を配備しようと、推進用の核パルスエンジンだけではなく発電用のヘリカル核融合炉を四機、そして重力波発信器を搭載した機動母艦が誕生することとなったのである。
しかし、それでも運用が可能な機体は軽空母一隻につき八機程度でしかない。相転移炉の本格的な導入が始まるまでは、この数で何とかするしかなかった。
その数少ない航空団を委ねられているのが、ルリだった。
「グングニル・リーダー、お願いできますか?」
ルリはチューリップから発進しつつある無人兵器群の展開を、スクリーンに見つめながら訊ねた。コミュニケの向こうで少佐の階級をつけたパイロットスーツを着た男が破顔する。
「航空参謀補、こういうときはただ一言、行け、と命じてくださればいいんですよ」
ルリは目を見つめてぺこりと一礼する。
「・・・では。
命じます。グングニル隊は指定のルートより敵編隊に突入、これを撃滅してください」
「了解!」
ルリの言葉に色気のある敬礼をすると、332航空隊隊長は僚機にコミュニケを開いた。
「聞いたな? 我らがお嬢様のお言葉だ。征くぞ!」「「「おうっ!!」」」
盾にも似た二枚の巨大なディストーション・フィールド発生装置に挟まれた操縦席に、母艦から送られてくる情報がウィンドウに表示される。
敵母艦から次々と吐き出される無人兵器。
ウィンドウに表示された突入軌道は、溢れる無人兵器を縫うように深く切り込んでいた。
しかし、男たちは怯むことなく、ダイアモンドを組むと艦隊主力に先んじて無人兵器との戦端を開いた。
スクリーンに表示される、赤い海のような無人兵器群。
だが、青いラインが突入を繰り返す度にその赤い集団は秩序を持った集団ではなくなり、いびつな形に引きずられていく。
やがて、いくつもの細切れな集団に分断された無人兵器に三つの青い点が接触する。一つ一つの赤い固まりを包むようにその三つの点は接触すると、次々と赤い固まりが消えていった。赤い塊が互いに繋がろうとしては、青いラインが分断する。赤い集団は次第に長く細いラインに削り落とされていく。それは、まるでナイフとフォークが赤いシロップのかけられたケーキを優雅に切り取り、平らげていくようであった。
そこに、艦隊主力から発進した気圏戦闘機隊が右翼から斜めに流れるようにミサイルを発射する。敵母艦からは無人兵器群の影となり効果的な支援が行えない状況で、無人兵器が一方的に爆発していった。
混乱する無人兵器。
敵母艦は薄く長く引き延ばされた無人兵器群を母艦周辺に呼び戻そうとするが、そのタイミングを狙って再び青いラインが無人兵器の群を敵母艦上方から高度差を利用して突き崩す。
無人兵器群が母艦の直援としての機能を果たせずにいるその隙を第三艦隊主力は無駄にはしなかった。
旗艦トビウメを先頭に単縦陣二列で近寄った戦隊は戦艦は八基、戦隊に追随するミサイル母艦に至っては二四基の対艦ミサイルをチューリップに向けて発射した。総計八〇基を越える大型の対艦誘導弾はチューリップ周辺に集結した無人兵器群に二割ほどその数を減らされながらも、五九基が無事二次加速を終了し、チューリップの分厚いディストーション・フィールドを撃ち抜いて次々とチューリップに着弾していった。
望遠されたスクリーンの中で、チューリップが至る所で爆発し、海に落ちる。
「「「「おお!!」」」」
艦橋内に大きなどよめきが湧いた。視線が自然とひとりの少女に集まる。
彼女は無表情に、スクリーンを見つめる。そこにはこの偉業を成し遂げたという自負や誇らしげな様子はない。
だが、誰もが理解していた。エステバリス、オンシジューム…。新世代の主力兵器の威力もさることながら、この二十歳にも満たないひとりの少女の指揮がこの戦果をもたらしたと言うことを。
「航空参謀補、おめでとう」
軍務歴だけでも彼女の二倍は歳月を重ねている艦長が、尊敬の念すら込めてアマノガ・ルリに声をかけた。
「・・・いえ、皆さんに協力していただけたお陰です」「「「「おおぉぉぉぉ…」」」」
ルリは照れたように少し頬を染めて艦長にぺこりと頭を下げた。その可憐な姿に再び艦橋が湧く。
「いや、参謀補の手柄であることは間違いない。
あとでパイロットたちだけでなく、艦内の者たちにも声をかけてやってくれ」「あ、はい」
「お、俺、録画しよ」「あとでコピーさせてくれよ」「航空団の奴いいよなぁ…」「・・・」
ざわめきがトレニアの艦橋に満ちる。
副長が何かを言いたそうな顔をするが、艦長が笑みを浮かべて止めた。久しぶりに高揚した士気に水を差したくないと考えたのだ。
ルリは航空団全機にウィンドウを開くと、指示を出した。
「33航空団、全機被害報告を」
次々と機体の状態が報告される。いささか興奮気味にコミュニケータのウィンドウが大きく周囲を埋め尽くした。ほとんどの機体が細かな破片を受けて損傷しているが、撃墜された機体はなかった。第33実験航空団に限って言えば、圧倒的なワンサイド・ゲームだった。
「331、335航空隊は友軍の無人兵器の掃討を支援します。
332航空隊は母艦へ帰投してください。お疲れさまでした」
ウィンドウに照らし出される各機の損害度合いを見比べながら、ルリはエステバリス隊に主力の無人兵器掃討に協力するよう指示を出した。そして、激しく敵陣に切り込ませていたオンシジューム隊に帰還を命じる。神経を使う作業をさせていたオンシジューム隊の集中力がそろそろ限界に近いだろうとの判断からだった。
各機から了解した旨伝わってくる。ルリはオペレータたちに、残存となった無人兵器への誘導と、脱出した将兵の救出を指示した。
打てば響くような反応が、オペレータたちから返ってくる。その反応の良さにルリは戸惑い周囲を見回す。その年相応の表情に、好意的な笑顔が艦橋クルーたちから向けられる。
ルリはどちらを向けばいいのか困って、未だチューリップが小規模な爆発を繰り返すスクリーンへ顔を向けた。クルーたちは自分の戦果を実感しているのだろうと好意的に判断していたが、ルリの胸中は違っていた。
『‥‥これで、クロッカスとパンジーがチューリップに呑み込まれることはなくなりましたね。
火星からの脱出の手だてを考えなければなりません…』
ルリの表情は厳しくなった。
2.
「やぁ、プロス君。調子の方はどうだい?」
ネルガル重工会長室。
有能な美人秘書に監視されながら、書類の山を捌いていたアカツキ・ナガレは久しぶりに見るプロスペクターに笑みを浮かべる。
「いやはや、会長もお代わりなく。あ、いえ、すこしおやつれになられましたかな?」「うん、いろいろと片づけておきたいことが溜まっていてねぇ。ま、有能な秘書がいてくれてるから、この程度で済んでいるというところかな」「お世辞を言われても仕事は減らないわよ」
少し眉を上げて、エリナ・キンジョウ・ウォンが答える。アカツキは上等のシートの中で肩をすくめた。
「やれやれ。お見通しかい」「・・・」「大変ですなぁ」
アカツキは目を通していた書類をデスクの上に置くと、椅子にもたれ掛かった。
「スカウトの方は順調かい? いろいろと横やりも入っているようだけど」
プロスペクターはいつものにこやかな笑みを浮かべてみせる。
「一時期ほどの圧力はなくなりましたか。
先方も最近は忙しくなられたようですからなぁ」「だね」
プロスは暗に宇宙軍の動きを指し示す。アカツキは大きく肯いた。
先の太平洋近海での敵性母艦撃沈は世界各地で宇宙軍の動きを活発化させていた。
これまでは地球に降下したチューリップを刺激しないよう、極力大気圏内での軍用艦の運用を避けていた宇宙軍が、積極的に活動を休止しているチューリップの撃滅に乗り出したのだ。
特に極東方面軍は方面軍司令部のある日本近海のチューリップを単独で駆逐し、西太平洋の海洋交通を回復させるに至っている。その主力となっているのがディストーション・フィールドを搭載したエステバリスとオンシジュームであることは間違いなかった。
「このままだと、出港前に戦争が終わっちゃうかもしれないね」「いやぁ、いい話ですなぁ」「・・・」
男たち二人が盛り上がってるところをエリナが冷ややかに見つめた。
「ちょっと、なに馬鹿なこと言ってるのよ。そんなことで戦争が終わるわけないでしょう!」
「やれやれ、エリナ君は夢がないねぇ」「そう言う問題じゃ・・・」
激高するエリナをアカツキは片手を挙げて止める。
「わかってるって。この戦いは結局、火星にたどり着かなければ終わらないってことはね。
ただね、宇宙軍がそれをわかっているかどうか…」「難しいところですな」「・・・」
しばし、会話が途絶えた。
ふと、アカツキが頭を上げる。
「そういえば、プロス君、何か話があるんじゃなかったのかい?」
「おお、そうでした」「・・・あんたたちねぇ…」
ぽんと手を叩くプロスペクター。エリナは頭痛を感じてその場を離れた。
「実はですな、本日は会長にお願いしたいことがありまして」
「へぇ、なんだい?」
プロスペクターの珍しい言葉にアカツキはおもしろそうに髪を掻き上げた。プロスもきらりと眼鏡を輝かせる。
「スキャパレリ計画におひと方、加えさせていただきたく…」「ん? スカウトのことなら君に任せてあるはずだけど」「はい」
エリナが横からそっとお茶を出した。プロスペクターは礼を言って受け取ると、口元を潤す。
アカツキとエリナ、二人の注目の下、プロスは口を開いた。
「テンカワ・アキト。この方をコック見習いということでナデシコに乗艦させたいと思うのですが」「・・・テンカワ?」「はい」
「・・・テンカワって、あのテンカワ博士の?」「はい。ご子息だそうです」「・・・」「・・・」
「俺を火星に連れていってください!」「・・・突然ですなぁ」
プロスペクターはサセボから関東に上京してきた少年。そう、青年と呼ぶにはまだまだ幼さすら感じさせる、ぼさぼさ髪の少年にいきなり直通の電話で呼び出された。プロスペクターは少年が名乗った名前に興味を引かれ、ネルガル本社近くの喫茶店に出向いていた。
そこで出会ったのは、確かにプロスペクター自身の火星の記憶を思い起こさせるひとりの少年だった。
「とりあえず、身元を照会させていただけますか?」「あ・・・えと…」
テンカワ・アキトは戸惑ったように口ごもった。しかし、プロスペクターにおずおずと切り出す。
「ないんです」「は?」「身元を証明する物がなにもないんです…」「はぁ・・・」
落ち込むアキトにプロスペクターはどこからともなく遺伝子情報による識別機を取りだした。
「それでは舌を出してください」「あ、はい」
ちくりとした痛みがアキトの舌先に奔る。
「なんと、全滅したユートピア・コロニーから! いったいどうやって、地球に来られたのですか?」「いや、一年近く前なんですが、ユートピア・コロニーのシェルターにいたはずなんですけど、気が付いたら地球の原っぱに転がっていて詳しく覚えてないんです」「ほほぉ…」
プロスペクターは遺伝子情報からアキトの身元を確認すると、驚きの声を上げる。しかし、内心ではやはりと納得するものを感じていた。その言葉にアキトが自分でも首を傾げながら説明した。
プロスペクターの眼鏡が光る。
「しかし、よく私をご存じでしたね。ご両親から何か…?」「え? プロスペクターさん、俺の両親を知ってるんですか?」
驚きの声を上げるアキトにプロスはゆっくりとうなずいた。
「はい。私は以前火星にいたことがありまして、そのときにテンカワ博士とはご懇意にさせていただいたことがあります」「・・・へぇ」
アキトは感心するように声を上げる。
と、アキトは思いだしたようにポケットから一枚の名刺を取り出した。差し出す手にIFSの紋様が光る。プロスペクターはちらりとアキトの紋様に目を留めるとそれを受け取った。
確かに彼の名刺だった。
「これは?」
「あ、それ、俺、アマノガ・ルリって軍人からもらったんです。『あなたの両親の死の真相は火星にある』って言って、この名刺を渡すとプロスペクターさんに話をすればきっと火星につれていってもらえるって…」「・・・」
アキトの言葉を聞きながら、プロスは受け取った名刺をゆっくりと裏返す。
そこには、確かにプロス自身の筆跡で連絡先の電話番号が書かれていた。
「なるほど、アマノガさんのご紹介ですか」「は、はい!」
内心の驚きを表情には出さずプロスはにこやかに頷いた。アキトが勢い込んで立ち上がる。
「じゃ、じゃあ!」「・・・そうですねぇ」
瞬間、プロスは決断していた。
「今すぐとは申せませんが、確かにテンカワさんにご協力させていただくことはできるようです。
どうでしょう? 見るところ今働き口にお困りとのことですから、ネルガルと契約いたしませんか? コックの男手が必要と言われていたことを思い出しまして。
つきましてはこんなものでいかがでしょう?」
どこからともなく取り出した電卓をプロスがピポパと叩いてみせる。
アキトは出された金額に思わず叫んだ。
「よろしくお願いします!」
深く頭を下げるアキトにプロスは暖かな笑顔を向けた。
「いえいえ、お世話になるのはこちらのほうです。とりあえず、こちらも上の方に話を通しておかなければなりませんので、どうでしょうか。明後日またお会いできますか?」「はい。もちろんです!」
アキトは何度となく頭を下げた。
プロスは笑顔で席を立つと、二人分の料金を支払い領収書を受け取った。
「テンカワ博士・・・あなたがたを救えなかった私の元にご子息が来られるとは‥‥。
これも縁というものなのでしょうか…」
プロスペクターは小さく息を吐くと、暑い真夏の街に足を踏み出した。
「・・・という経緯がありまして。はい」「「・・・」」
プロスペクターの説明にアカツキは深く考え込む様子を見せた。
「ちょ、ちょっと、そのアマノガって、いったい何者なの?」
エリナが慌てたようにプロスペクターに問いかける。当然だろう。彼女はアマノガ・ルリの存在を知らなかったのだから。プロスはちらりとアカツキに視線を送る。アカツキは肯いた。
「えー、私個人はまだ面識がありませんが、おそらく、航空宇宙軍第三艦隊司令ミスマル・コウイチロウ中将の養女であるアマノガ・ルリ中尉のことではないかと」「・・・面識、ないの?」「はい」
エリナがきょとんとした顔をプロスペクターに向けた。
「・・・不思議なことがあるものだねぇ。
プロス君が渡した覚えのないプロス君直筆サイン入りの名刺。火星に取り残されたはずの人物。しかもテンカワ博士の息子。そして、存在するはずのないマシン・チャイルド。
‥‥僕もこの件に関しては『彼女』に同意するね」
「すべては火星に、ですか…」「・・・」
「一度会ってみたいものだねぇ」「どなたに、ですかな?」「またまた、プロス君、僕は男と愛を語る趣味はないんだ」「はっはっは。これはまいりましたな」「・・・はぁ…」
ため息をつくエリナを見上げ、アカツキはひらひらと手を振って見せた。
「いいよ。その件に関してはプロス君におまかせするよ。いろいろと興味はあるしね」「お会いになられますか?」
興味という言葉にプロスがアカツキに尋ねる。アカツキはしばらく考えた後に首を振った。
「いや、いいさ。いずれ機会はあるだろうしね」
「あら、それはどういうことかしら?」「ああ、いやいや」
エリナが眉をぴくりとさせる。アカツキは慌てて首を振った。
「わかりました。それでは、この件は」「うん。ご苦労様」
プロスペクターが退出する。
「スキャパレリ計画か。面白くなってきたねぇ」
ぼそりと呟く。そんなアカツキをエリナが睨んだ。
3.
私たちはなんて幸せだったのだろう。
アマノガ・ルリは思う。
あの懐かしく輝かしい日々。かけがえのないあのひととき。私たちは木連との和平こそがすべてだと信じていた。
「結局、わたしたちも弱い立場にある人々を踏みつけにしてきたのですね…」
作戦終了後の艦橋のオペレータ席で、ルリはウィンドウに表示される火星の戦況を見つめた。
2196年初夏、ユートピア・コロニー壊滅から八ヶ月が過ぎようとしていた。
火星はいまだに戦い続けている。
初戦でこそユートピア・コロニー壊滅の混乱から大きくその支配地域を奪われこそしたが、第一次火星会戦で制宙権を失っていたこともあり、むしろ、戦力の集結と後方補給地域との連携に利する結果となっていた。
また、火星=地球圏の制宙権が木星蜥蜴側にあることから、逃げ場を失った火星の人々は総動員態勢を施行して頑強な抵抗をし続けていた。
そのかいもあってか、一方的に押しまくられていた戦線は現在、各コロニーを中心に三〇〇キロほどで膠着しており、航空宇宙軍側も月軌道艦隊の再編を待って支援を行う計画が進められている。
航空宇宙軍の電子情報解析を司る情報部では、壊滅したユートピア・コロニーに到着したヘラス・シティ救援隊が7000人ほどの生存者を見つけたことに湧いていた。
ヘラス・シティの放送局が救援隊からの報告を明るいニュースとして市民に大々的に公表したのである。それを傍受した情報部では救援隊が無事にヘラス・シティに帰還できるよう祈るような思いで追跡していた。
だが、ルリは知っていた。
まもなく、木連側からディストーション・フィールドを装備した無人艦艇が投入され、シリア・コロニー守備隊を壊滅状態に追い込むことを。そして、オリンポス山の質量加速器は破壊され、それまで、火星衛星軌道低軌道を経由して行われていた物資の輸送が途絶え、各コロニーは完全に孤立し、シリア・コロニー正面から転用された敵戦力の前に、ひとつひとつ揉み潰されていくことになる。
このヘラス・シティの救援隊も、木星蜥蜴の待ち伏せにあってヘラス・シティに誰も辿り着くことなく全滅する。また、たとえ辿り着いても、ヘラス・シティ自体がナデシコ出航前に木星蜥蜴の攻撃によって陥落してしまうのだ。
かつての歴史において航空宇宙軍は火星戦線の情報を一般に公開することはなかった。
それは、宇宙軍の敗北の歴史であるということよりも、木連との和平を実現するのに火星で行われた無人兵器による虐殺を公開することはあまりに一般市民の悪感情を引き起こしかねないという政治的配慮からだった。
そのため、一般には第一次火星会戦以降、火星との連絡が途絶えたと知られているが、実際には宇宙軍はその『長い耳』を伸ばして、火星戦線をほぼ正確に把握していた。火星から伝わる戦況映像も救援要請も壊滅した部隊からの最後の報告も次第に小さくなっていく助けを求める声も、オペレータたちは記録し、アナリストは戦況予測し続けていたのだ。
情報分析や敵情調査など火星戦線から得られた木星蜥蜴側の戦力見積もりは宇宙軍の中枢をしめるエリートたちには必修の情報であった。当然、付帯情報として付けられた原典――戦況をそう分析する結果となった生の情報――を確認した彼らが、そんな火星の状況も知らずに和平を実現しようとしたナデシコ・クルーの行為を嫌悪したことは、想像に難くない。
そう、あのナデシコ長屋の暖かい良き日々も、実はナデシコの乗組員たちを宇宙軍の主戦派から護るためだったことも、今ではルリは知っている。
「それでも‥‥、私たちの闘いは決して無駄ではなかったと信じたいんです…」
「参謀補、あまり根を詰められるとお身体に障りますよ?」「!?」
突然、背後からかけられた声にルリは慌てて火星の戦況情報を他のウィンドウで隠した。
彼女はそのあまりの驚きぶりにくすくすと笑みを漏らす。ルリはウィンドウが隠れているのを確認すると、IFS端末から手を離し、ゆっくりと振り返った。
艶やかな長い黒髪の清楚な感じのする女性がルリに微笑む。
「カザマ少尉…」「火星ですか?」「え!?」
航空宇宙軍の野暮ったい灰色のパイロット・スーツをまとったイツキ・カザマ少尉がルリの左下のウィンドウを指し示した。
イツキはエステバリスへの機種転換のために、第33実験航空団へ派遣されていた。初めて配属を申告しに来た彼女を見たとき、ルリは戸惑いを覚えずにいられなかった。
まだ慣れない。死んだはずの人と会うことは。
イツキの細い指の先、そこには、あのユーチャリスが火星で爆発したとおぼしき望遠写真が貼り付けられていた。その写真はテンカワ・ラーメンのレシピとともに、ルリにとってこの世界とアキトを結ぶ数少ない絆だった。
ルリは内心ほっとしながらも、ゆっくりとうなずいた。イツキが目を細めた。
「参謀補は火星にお知り合いが?」「‥‥ええ」
ルリはウィンドウにそっと優しい視線を送った。それは見ているイツキの方が切なくなる祈るような表情だった。
「大切な人が、います。とても大切な人が…」「・・・」
イツキは言葉を見つけられず、同じようにウィンドウを見つめる。
そこには今も木星蜥蜴と戦い続けている人たちがいるはずだった。
「間に合いますよ…」
イツキはルリを力づけたくて言葉を発する。
「きっと、間に合います。みんなで迎えに行きましょう!」「・・・」
ルリは振り返って意気込むイツキを眩しそうに見つめた。そして、微笑む。
「そうですね。間に合うと、いいですね…」
ルリは泣き出したい気持ちを抑えながら微笑み続けた。
翼を持たない私は遙かな星を見上げるしかない。
泣いても叫んでも、星にこの手は届かない。
だから、私は見つめ続けている。
こぼれ落ちていく命に目を逸らさない。
ただ、全てが手遅れにならないように…。
あとがき
もう何も言えません。笑ってください。
次は、たぶん、第一話Dパートです。
構成力・・・ないのね、おいら。