Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第一話Dパート

 『「男らしく」行く前に「死はなお暗い」』


1.

「…あ〜る〜はれたぁ。ひ〜る〜下がりぃっと‥‥」
 調子っぱずれの歌声が響く。からりと乾いた空に遠い太陽の光が一台のランドローバーを照らしていた。
「あまりやりすぎるとJASRACが小銭をかすめ取りにくるぞ」
 後部のキャリア部に陣取った、10歳前後の東洋系の少女が目に双眼鏡を当てる。マルチバンドの無線を聞いているらしい大きなヘッドセットがごてごてと耳を覆っていた。
 運転席で歌っていたエノラ・パーキンスは大きく首を傾げた。
「なんだなんだ? そのヤーシュラックって?」「日本の妖怪らしい。歌っていると小銭を財布からかすめ取っていくとか聞いたな」「ヘぇー、さすがお金持ちの国は違うねぇ…」
「・・・」
 エノラはちらりと、助手席に座りひたすら遠くに視線を投げたままの男を盗み見た。
「俺はそういうつっこみを期待したんじゃないんだけど」「気にするな」「気にするなって、大将…」「・・・」
 エノラは溜め息とともにハンドルにへばりついた。IFSではなくハンドルで運転しているので、車体が大きく蛇行する。
「うぉっと!」
「こらっ!」「・・・」
 慌ててハンドルを押さえ込むエノラの頭を小さな足が蹴飛ばした。
「何やってるんだ、お前は!」「済まん」
「・・・」
 しかし、そんなやりとりにも助手席のテンカワ・アキトは反応を示さない。エノラはがっくりと肩を落とした。
「なぁ、大将。こいつ、どったの?」「・・・」
 エノラのぼけに反応しようともしないアキトにいい加減力尽きたのか、エノラは酸化鉄の多く混じる火星の大地を器用なアクセルワークで乗り越えながら後ろのこよみに尋ねた。
「放っておけ。怠惰に浸るのはすぐに飽きる」「そんなもんかねぇ…」
 首を傾げるエノラにこよみは薄い笑みを浮かべた。
「臆病者は、特にな…」



 助手席に座り、一日中、火星の悪路を走行する振動に揺られている。
 テンカワ・アキトはぼんやりと、バイザーから伝えられる景色を感じていた。
「火星は広かったんだな…」
 ユーチャリスの墜落地点より三日。
 距離にして約80キロ離れたキャンプFBDと呼ばれている集結地点に向けて車を走らせ続けている。
 ユートピア・コロニー最終ベースキャンプDの略らしい。
「じゃあ、AやBがあるのか?」
 そうアキトが聞くと、呆れた顔であの幼性固定体の少女は答えた。
「防諜上の理由でランダムな英数字を割り当てただけだ。言葉に意味を持たせるなど、暇な奴がやればいい」
 その言葉に苦笑を憶えたアキトだったが、ふと、そこに含まれる意味に気がつく。
 防諜とは人間相手にするものだと。
「まさか、な…」
 自分の思いつきをゆっくりと首を振って打ち消した。
 いくら、あの少女が『特別製』とはいえ、蜥蜴戦争初期と言えるこの時期に、木連の存在に気付いているはずはない。ましてや、情報的に完全に地球圏と切り離されている火星でその事実に辿り着くことができた人間は、たったひとりだけだった。
 夢を見るように、周囲の景色を見つめ続ける。
 赤茶けた大地。
 地球化改造が進んだとはいえ、火星の陸地面積の九割以上が不毛の砂漠地帯である。土壌の成分が地球とは違いすぎるため、まだ、人工的に造成された農地以外に地球原産の植物が根付かないのだ。
 火星の大地に生きているとはいえ、いまだ都市を離れたら野垂れ死にする以外にありえない。そのため、火星出身のアキトですらユートピア・コロニーを離れたことすらない。いや、ユートピア・コロニー以外にも火星に都市があるなどということすら、あの頃の自分は理解していなかった。
「俺はこのころ地球で何をしていたのだろう…」
 もうずいぶん昔のことのような気がする。
 七年。
 青年の時期の七年は、アキトに大きな影響を与えた。
 十年という歳月を実感できるように感じた二十の頃は、この先の人生をともに過ごす伴侶(ゆりか)を迎え、意気揚々と生活を築こうとしていた。
「子供だった…」
 そして、未来の希望を奪われ、家族を奪われ、死と地獄の日々を復讐の怨念にとりつかれて生き続けた日々。二十五歳になって四半世紀という一つの時代を過ごした。
 人類圏が総力を挙げ大戦争を繰り広げた動乱の時代。
 その時代に自分が残した傷痕(きずあと)は深く昏い。
「堪えられなかった…」
 死に取り憑かれている。
 ゴートに、月臣に、エリナにそう言われてきた。
 (まと)う想いの昏さに、迎えに来てくれた家族にも背を向けた。
「そして、死なせた…」
 巻き込みたくなかった。あの娘に関わらないことだけが、最後の矜持だった。触れることが怖かった。怯えられるのが恐ろしかった。
 幸せでいて欲しかった。大切な妹。
「死体も残らなかったよ…」
 まだ、十六、いや、十七だった。
 いっぱい殺して、また、死んで‥‥、結局何も残らなかった。
「俺は、なぜ、まだ生きているんだ?」
 その微かな問いを打ち消すかのように、激しいブレーキ音が響いた。





2.

 微かな雑音の中に揺れるようなうなりを感じて、声を発した。
「止まれ!」「!!」「‥‥‥」
 硬質宇宙服を積んだキャリアを引くランドクルーザーが、慌ててブレーキをかけて止まる。キャリアの上に駆け登ったこよみはヘッドセットの雑音にアンテナを廻しながら、周囲を見渡した。
 そして、すぐに車を隠すのに都合の良い場所を見つける。
「左八時距離80。あの丘の岩影に急げ!」「了解っと」
 大きくハンドルを回して、エノラ・パーキンスがランドクルーザーを回頭させる。そして、道なき火星の大地を大きく車体を揺らしながら走ると、可能な限り、岩肌に接するように車を止めた。
 車が止まるのも待たずに、こよみは速度の落ちた車から飛び降りる。キャリアに駆け寄り、火星迷彩のシートを引きずり出した。
 テンカワ・アキトを車に残し、エンジンを止めたエノラは後部座席からスコップを取り出すと、こよみがかぶせたシートの上に手早く周囲の砂をかけていく。それは助手席に座ったままのアキトから見ても、ずいぶんと手馴れた作業だった。
 そして、アキトが座るランクルの前面もシートに包まれ、砂が被せられる。
 やがて、作業が終わったのか、汗を拭きながらエノラが車の後部座席に乗り込んできた。それでもまだ砂がかぶせられる音が響いていると言うことは、あの少女が外から最後の仕上げをしているのだろう。
 やがて、助手席側の後部座席の窓が開き、するりと小さな身体が滑り込んできた。
 砂埃が車内に舞う。
 アキトの疑問の視線にも答えず、後部座席に乗り込んだ二人はシートの下に置かれていた大きなケースを取り出し、中身を開いた。
 1メートル近い螺旋を描く銃身。
 トロコイダル・ホーンと称される特徴的なその兵器にアキトは見覚えがあった。
 レミントンXRP-120 ハンド・ライフル。
 あまりの残虐性に陸戦協定で人間に向けての使用を禁じられた兵器、電磁レールガンだった。
 しかも、こよみが手にしている長銃身型はベアトリーチェ・スペシャルとして、レイピアを思わせる優雅なフォルムから、秒速約20kmの弾丸を撃ちだす。単発式の対装甲兵器だ。
 こよみはその銃をエノラに任せると、同じく取り出した端末に外から引っ張ってきた有線ケーブルを差し込む。引きずり出したキーボードを叩くと、いくつものウィンドウがこよみを包むように広がった。
「どうした?」「・・・」「ちょっと待ってくれな」
 センサを立ち上げ、じっと見入るこよみの姿にエノラがアキトに手を挙げて止めた。
「・・・敵、か…」「そうだ」
「このコース‥‥ちょっとやばいんでないの?」「・・・」「・・・」
 エノラは映し出された木星蜥蜴の無人兵器群に眉をしかめた。
 通過コースは索敵範囲がぎりぎり彼らが隠れた地点を通り過ぎ、彼らの向かう先を目指していた。
「・・・キャンプFBDが見つかったか…」
 こよみが冷静にウィンドウに映し出されたルートを見つめた。
 その意味するところは明らかだった。
 おそらく無線が傍受されたか、敵の対地監視衛星に見つかったのだろう。ヤンマ級2隻を含む200機を越える無人兵器は、絶対の運命としてキャンプ地に集結しているユートピア・コロニー救援部隊に迫りつつあった。
「大将、なんかできないか?」「今、動けば我々が見つかる。逆に擬装しているキャンプ地の存在を教えることにもなりかねん」
「畜生!」「・・・」
 ぱしりとエノラが自分の手のひらに拳をたたきつける。
「キャンプ地にはどれだけの人がいるんだ?」
 ゆっくりとアキトが問いかける。
「キャンプFBDは常時200人規模のキャンプを形成している。
 ユートピア・コロニー被災者約8000人。一度ではとても連れて帰ることはできないからな。タルシスの海岸線まで最短経路だと4つのキャンプ地を経由し、欺瞞ルートを取りながら輸送している。
 キャンプFBDはユートピア・コロニーに一番近い最終キャンプ地として、救出した市民の一時的な治療と輸送の手配を行っていた。
 ある意味、一番活動的なベース・キャンプだったからな。いずれ放棄することになるとは覚悟していた」
 ウィンドウの光に照らされながら、こよみが淡々と答えた。
 その視線の先で、周囲に配置したセンサからの情報が現在の木星蜥蜴の部隊配置を刻々と知らせてくる。
 二隻のヤンマ級突撃艦を中心にした一群と離れ、大きく弧を描くように無人兵器の一群が分派していく。
「包囲殲滅…か」「・・・」「くそっ!」
 それは、木星蜥蜴がベース・キャンプの存在を知っている動きだった。
 一人たりとも逃がさない。
 その行動からは一人の生存者も残さないと言う意志が感じられた。
「連中には陸戦協定を守ろうという気はまったくなさそうだな」
 こよみは軍艦二隻を先頭に難民キャンプに襲撃をかけようとする意図に呆れたような声を出す。エノラが唸るように頷く。
 アキトはそれらの言葉に違和感を憶えた。
 それは先ほど感じていた疑問。
 彼らは木星蜥蜴が人類だと、知っているだろうか?
 軍事に疎い民間人はあまり知らないことだが、戦争には意外に細かいルールが決められている。
 それは戦争に従事する民間人、軍人の人権が可能な限り守られるように決められた紳士協定だ。
 もちろん実際の戦場では血と鉄の狂気に酔いしれ守られないこともあるが、政府や軍の士官レベルでは可能な限り陸戦協定を順守するべく教育されている。ある意味、剥き出しの殺し合いを行う一歩手前の最後の良心とも言えるだろう。
 その陸戦協定では軍人の身分保障と降伏協定や軍人による占領地の民間人の保護義務、占領地の軍政下での民間人の武装の禁止、ゲリラに対する無条件での処刑許可など、占領する側される側の双方が疑心暗鬼になって虐殺が発生したりしないよう配慮されている。
 その陸戦協定の中には使用兵器の制限も存在している。武器はあくまでも敵を無力化するために使うのであり、敵の兵士を殺すために使われるのではない、という建前である。とはいえ、過剰な兵器の投入によって死傷者が増えることは確かに戦争の本意ではない。
 そのため兵士に対する過剰な兵器の投入は陸戦協定で禁止されている。
 たとえば、機関砲で兵士を撃ってはいけないとか、レーザー、レールガンといった非人道兵器による対人攻撃の禁止がそれである。ここで抜け道になるのは、陣地や車両、建物に対する攻撃は禁止されていない点だが、まぁ、それは仕方がないだろう。
 木連、木星圏ガリレオ衛星群衛星国家間反地球共同連合体は明確に陸戦協定や宇宙条約に違反し続けている。宙対地攻撃の禁止。非人道兵器による対人攻撃。戦略兵器による都市攻撃。質量兵器による衛星都市攻撃。
 これらを実行している以上、木連は殲滅戦を宣言していることに等しい。それは双方の市民最後の一人が死ぬまで行われる絶対の『大戦』である。実際、あのナデシコの和平交渉でも草壁中将は事実上の無条件降伏を要求している。
 殲滅戦を前提としている木連から見れば無条件降伏は、命があるだけマシ、なのかも知れない。
 しょせんは、殺す側の論理でしかないが。
 こよみがいきなり耳に付けていたヘッドセットを投げ捨てた。
 次の瞬間、スピーカーから激しい雑音が響く。こよみはすぐさまボリュームを落とし、もう一度左耳にだけあてがった。
「・・・」「‥‥始めやがった…」「・・・」
 無言でなにやらメモを取るこよみの横で、エノラが暗い声を出した。
 おそらく電磁パルスが発生する何らかの事態が起きたのだ。それがなにを意味するのか。彼らには容易に想像が付いた。

 しばらくは、この場所を動けそうになかった。





3.

 本来ならば、あのままキャンプするべきなのだろうが。
 こよみはランドクルーザー後部座席で電子資料を見つめながら想う。
 先ほどの敵の攻撃が収まってからまだ1時間と経っていない。こよみたちを乗せたランドクルーザーは上空に敵影が存在しないことを確認すると、直ちにキャンプFBDを目指した。
 もちろん、これは危険なことだ。
 これまでの戦闘から見ても、木星蜥蜴は襲撃した拠点に人狩り(マン・ハント)を目的とした無人兵器を配置していくことが多い。戦闘終了後、難を逃れていた人々が再集結するところを襲撃するのだ。陰湿だが、全ての目撃者を抹殺するには妥当な戦法だ。
 当然、今回も行く手に無人兵器が展開していると想定できた。
 だが、それでも彼らはキャンプFBDを目指す。
 こよみの決断にエノラ・パーキンスは疑問の視線を投げかけたが、なにも言うことはなかった。これまでの確実性を重んじるやり方から宗旨替えした理由を問いただしたかったのだろう。
「大将、なにしてんの?」「ん? ああ、少しな」
 後部座席にエノラが身体を滑り込ませる。代わりに運転席に座っているのはテンカワ・アキトだ。戦闘が終了したことで電磁雑音が低下してきたので、運転をIFSに切り替えたのだ。
「?? こんなん、あったっけ?」
 店を広げていろいろと端末やディスクを操るこよみにエノラはその内の一つをつまみ上げて首を傾げた。
「これは、あの黒ずくめの居住ブロックにあったものだ。
 情報が取れそうなものは全部持ってきたからな。いまは、その選り分けをしている」
「‥‥お前、ぷらいばしぃってコトバ知ってる?」「心の中で話すと他人に通じるアレだろ?」「・・・」
「ま、冗談はさておき「お前、いま、本気だったろ!」――細かいことを気にするヤツだ…。
 なかなかに面白いものが入っている。C型船殻(コレオプテール)、火星の技術力では維持できて数機か。XION(シオン)が使えれば、火星防宙計画も立てられるだろうが、現状では無理だな。
 火星衛星軌道の奪還がない限り、全滅は時間の問題…か」
「? XIONってなんだよ?」「エクステンダブル・インテリジェンス・オルガナイズド・ネットワーク。航空宇宙軍の統合化AI群だ。ちなみに地球圏で口にすると、消されるぞ?」「消されますか?」「ああ、間違いなく消される。専門の虐殺部隊(スローターフォース)があるくらいだからな」「消されるようなこと人に教えるなよ」「ふふ…」
 ぼやくエノラに含み笑いを漏らし、こよみは手元のデータに眼を細めた。
 そこには、『2196年10月、ヘラス・シティ陥落』と記されていた。こよみは端末を右手で閉じる。
「それで、どうした?」
 こよみの問いにエノラがぽりぽりと鼻の頭をかいた。
「いつもの大将らしくないんじゃない?」「状況が変わったからな」
 こよみが視線を前に送って指し示す。その先には運転席に座るアキトの姿があった。
「‥‥へぇ。入れ込んでるな?」「そうだな…」
 溜め息をつくようにこよみが前を向く。そして、言葉を綴る。運転席のアキトにも聞こえるように。
「私と違って、お前たちは理由付けや使用目的に合わせて生まれてくるのではない。
 全てを失った今だからこそ、逆に全方向に可能性が広がると言うのに、所かまわず携帯用の殻にこもっているのを見るとイライラするんだ」「おいおい…」
 エノラは気にするように前部のアキトに視線を向ける。視覚・聴覚を補助するバイザーに被われた表情は変化したようには見えない。
 だが、エノラは見落としていた。アキトの顔に微かに光るナノ・マシンの発光現象。火星に注ぐ太陽の光に紛れて見づらいが、アキトの心に吹き荒れる嵐はうっすらと浮き上がっていた。
「・・・自分に使用目的などと言わないことだ」
 抑揚を欠いた押し殺すような声が運転席から答える。こよみがふっと口元に笑みを浮かべた。
だが、事実だ(でも、事実です)」「違うっ!!」
 その言葉がアキトの記憶の中のあの少女の台詞と重なる。
 アキトは思わず声を荒立てた。
「目的付けられた生命など、誰もいない! 命はその生き方で意味を創り上げるものだ」「・・・ほぉ…」
 こよみがアキトから引き出した反応にエノラが感心したような声を上げる。こよみは肩をすくめた。
「お前、事実と意見を混同するタイプだろ」「・・・どういう意味だ?」
「『私』が目的のために生産されたのは事実だ。そこにどんな意味を付けるかは、人それぞれだろう? だが、事実を否定することはできない。どんな意味を並べたてようと、事実は変わらない。
 それとも、お前は否定されるべき事実として、私の生まれを貶めようと、可哀想な生まれと哀れもうとしてるのか?」
 笑みすら浮かべてこよみは問いかける。アキトは言葉を失った。
「・・・なにが、言いたい?」
「不幸に加速付けて、自分一人で盛り上がってるように見えると言っている」
「なんだと!?」「・・おい、大将」
 エノラの目にもはっきりと見えるほどに、アキトの顔にナノ・マシンの輝きが奔っていた。
「不幸に浸るのは、楽しいだろ? 自己嫌悪と憎悪と屈辱に身を焦がすのは、安心だろう? なにも考えずにすむのだからな。
 ひとりぼっちごっこも大概にしろ」「大将、あんまりいじめんなよ」
 バックミラー越しにアキトが殺意すら込めた視線をこよみに叩きつける。だが、こよみは怯む様子を見せない。
「お前がそうしている間にも、駄目になっていくものが雪だるま式に増えていく。
 貴様は間に合うのか? 時間は、ないぞ」「・・・」
 アキトの視線を逸らすことなく、こよみが告げる。
 痛いほどの沈黙の中、エノラが声をかけた。
「大将、そろそろだ」
 その言葉に、こよみが視線を遙か先に向けた。いまだ生々しく黒い煙たなびきつづけている。
 キャンプFBD。
 こよみは周囲に素早く目を回すと、ちょっとした岩影にランド・クルーザーを止めるよう告げた。
「よく見ておくことだ。お前が殻に篭もっている間にも、火星で起きている事実をな」



 たなびく黒い煙。
 その袂には激しい衝撃に押しつぶされた野戦ジープや、破壊され尽くした軍用硬質宇宙服(ハードスーツ)。いくつもの対空車両に加え、野戦キャンプ用のキャンピングカーなどが転がっている。
 一目で生存者が誰もいないことがわかった。
「さて、どう行く?」
 エノラは双眼鏡から目を外すことなく、隣で同じように地面に伏せて眼下のキャンプ地を覗いているこよみに尋ねた。
「最大三機。とんぼ釣りだな」「囮は?」「私が行くさ」「・・・やれやれ」「・・・」
 ランドクルーザーが牽引しているキャリアに頭をつっこみ、荷物の中から小さな電波標的を取り出すと、腰に二本、50センチほどの長さの銀色の筒を背負う。エノラも同様にキャリアに積んである八〇ミリ迫撃砲を引きずり出した。
「弾は?」「電障(EMP)弾が三発残っていたな?」「全部?」「ああ」
 右肩にXRP−120から延びるスリングをかけ、こよみはボルトロックを引いて弾丸を装填する。この銃の弾丸は加速誘電体と蓄電体が一体化してタングステン・カーボンの弾体を包んでいるタイプだ。蓄電体は超伝導バッテリーを利用しており、外部供給式のレールガンと違ってバッテリーパックを持ち歩く必要がない。
 そのかわり、弾体後部の超伝導体にあらかじめ充電されている電力以上が供給されないため、初速度が外部電源供給のレールガンよりも低下している。それでも、秒速14kmを実現しているのは驚異といえるだろう。
 こよみはヘッドセットに二、三語りかけて動作を確認すると、手を挙げて歩き始めた。
 それを見送り、エノラが迫撃砲に電障(EMP)弾を装填する。半径15メートル以内に強力な電磁パルスを発生させてありとあらゆる電子機器を破壊するそれは、数少ない無人兵器に有効な兵器の一つだった。
「どうする?」「・・・アンタか。エンジンを止めて待機してくれ。奴らはスリープ時に振動で起動するからな。なるべく静かに、こっちがしくったら遠慮せずに逃げてくれ」「・・・」
 無表情なアキトに告げつつ、エノラは内心、こいつは逃げてくれないだろうな、と諦める。
 この状況で車両を失うことは野垂れ死にすることに等しい。
 たとえ、こよみやエノラのどちらかが命を落としたとしても、生き残った者の足を引っ張られてはかなわない。最悪、他のキャンプと合流できなかった場合、ヘラス・シティまでの5000キロを長駆する可能性すらある。
 双眼鏡の中、小柄な子供の人影がゆっくりと黒煙を上げるキャンプ地に近づいていく。
 注意深く、一歩一歩、足を進める。
 その姿を黄色い無人兵器(バッタ)の姿が覆い隠した。数は、二つ。
「よっしゃ!」
 思わず腕を振ったエノラの背後で、しゅぽんと空気が抜けるような音とともに、誘導迫撃砲弾が発射された。



 ゆっくりと、ランドクルーザーがキャンプFBDに進入する。
 大きな広場になっている場所には、二台の黄色い無人兵器(バッタ)が擱坐し、道をふさいでいた。
 アキトはバッタの手前にランド・クルーザーを止めた。
「おーい、生きてるか?」「・・・」
 エノラが助手席の窓から身を乗り出して声をかける。
「ずいぶんな挨拶だな。まぁ、待て。
 どうやら、こいつは木星の指揮機だったようだ」「へぇ…」
 バッタの上から聞こえてくるこよみの言葉にエノラは唇をゆがめて見せた。
「木星のくそやろうども、今頃、子供の自爆テロに退きまくってるんだろうな」
「どうかな。もう、馴れたものかもしれんぞ?」「はッ、違いない」
 皮肉な笑みを浮かべるエノラ。アキトは自分が抱いていた疑念が確信に変わるのを感じた。
「木星蜥蜴は、人間だとでも言うのか?」「・・・」「・・・」
 エノラの呆れたようなじと目がアキトに注がれる。
「おいおい、航空宇宙軍さんよ、今頃なに言ってるんだ。そんなの当たり前だろ?」
「!?」「・・・」
 アキトの視線が鋭くエノラに向けられる。その向こうでバッタの身体の上でなにやら作業をしていたこよみが身を起こした。
「何を驚く? その程度のこと、ちょっと頭があればすぐにわかることだろう?」
 こよみが馬鹿にしたような、面白がるような笑みでアキトを見下ろす。
 ・・・もしかすると、その視覚効果を考えてわざわざバッタの上に登っていたのかも知れない。
「どういうことだ…?」「・・・う、俺、わかんねぇ」
「ふん・・・」
 バイザー越しに見上げるアキトに、こよみが少ししゃがみ込むと、擱坐しているバッタの背中から何かを摘んでアキトの胸元に放り投げた。
 ぽさっとアキトの服に金属のかけらが投げ落とされる。
「おいおい、大将・・・」「・・・これが、どうかしたのか?」
 アキトが問いかける。助手席からアキトの胸元に手を伸ばしたエノラの指先には小さなねじがのっかっていた。
「わからんか?」「ぜんぜん…」「・・・」
 エノラが首を振る。こよみが溜め息をついた。
 こよみがもう一つねじをつまみ上げるとそれを掲げて見せた。
「このねじは、8φの頭が6ミリ、ねじ下65ミリ、ねじの深さは0.2ミリでできている。ねじ穴は半径2ミリだ。鋼板の厚みは12ミリ、搭載している対人レーザーは5.62ミリ。シャフトのストロークは40ミリの、ヘッドサイズは120ミリ。
 ・・・まだわからないか?」
 こよみがバッタを小さな拳でこんこんとノックする。
 アキトとエノラが互いに顔を見合わせると首を振って答えた。こよみが、こいつらは、という感じに頭を押さえた。
「・・・わかった。回りくどいのはなしだ。
 つまり、このバッタは国際(SI)単位系、すなわちメートル、キログラム、(セカンド)を基準にした単位系で設計、作成されていると言うことだ」「・・・なるほどな」「??」
 アキトがぼそりと呟いた。その横でエノラが自分を指さして辺りを見回している。
「わかってないの、俺だけ?」「心配するな、説明する」「・・・」
 こよみが言葉を続けた。
「そう。少なくとも、このバッタを設計した相手は設計する時に国際(SI)単位系を使っている。
 ま、正確には二系統の設計がされているな。小型相転移機関と機体で設計の構成にずれがある。多分、何らかの異技術を組み込んで作ったのだろう。
 エノラ、おまえ、メートルってどうやって作られた単位か知ってるか?」
「え? 確か、メートルって言やぁ、大昔にフランスで革命やってハイになった連中がでっち上げた長さだっけ? 当時計測できていた地球の子午線の極と赤道間の距離の1千万分の1ってのが基本だったと思ったけど。
 それがどったの?」
「未知の異星生物がなんでわざわざ地球を基準にした単位を使うんだ?」
「・・・あ゛…」「そういうことだ」
 ぽんと手を打つエノラにアキトが短く答えた。
「しかも、わざわざ武器の口径だけはインチを使う丁寧さだ」「あ、そっか、22口径か…」
 感心したように呟くエノラにこよみは肩をすくめて見せた。
「そんな器用な設計をするのは、少なくとも単位系が統一された20世紀以降の人間だけだな。
 つまり、木星蜥蜴の正体は昔なじみ。結局、人間の敵は人間だったということになる」「・・・」
 こよみの説明にアキトは口をつぐんだ。そして、それは肯定を意味していた。
 エノラはしかしこよみの説明に首を傾げた。
「でもよ、大将。偶然ってことだってあるんじゃないの?」
「それは、偶然、連中の単位系がメートルの倍数になっていたという可能性のことか?」
「ああ」「・・・」
 エノラの言葉にこよみが口に手を当てた。
「そうだな。エノラ、お前、低空を何メートルだと考える?」「えっと、低空ですかぁ?」「ああ…」
 いきなりの言葉にエノラが混乱したように口調が丁寧になる。
「そりゃま、だいたい3000ぐらいじゃないか?」「高空は?」「一万以上だろう?」
「バッタどもが編隊を組む高度はおおよそ、3000メートルから5000メートル、艦艇は1万メートルを基準とすることが多い。
 高空を巡航するときの高度を好きに選んでいいと言われたら、『人間』、切りのいい高さを選ばないか?」「・・・」
 エノラが両手を上げて見せた。
「降参」
「そういうことだ。人の行動は意識しない内に単位に縛られる。人が思っている以上に単位は多くの物事を語るがね」
 こよみはポケットに手を突っ込むとひょいっとバッタの残骸から飛び降りた。火星の重力は地球の三分の一。この程度の高さなど大した問題ではなかった。
 こよみはポケットに手を突っ込むと、あたりを見渡した。
 炎上したトラック。
 転がった軽戦闘車両(LCV)
 未だに、ゴムの焼けるような匂いをさせて燃えている死体、死体、死体。
 死体の山が、いくつもそこにあった。
「しかし、地球連合政府の公式発表はいまだ相手は未知の侵略者だ。
 よほど公開しては都合の悪い相手らしいな」「・・・」
「‥‥‥ちょっと待ってくれよ、大将。
 ってことは、なんだ。地球連合政府は敵が人間だとわかってて、いまだに頬っかむりしてるってことか?」
「ああ。23世紀も間近だというのに、政府の陰謀という奴だな」「おいおい、マジかよ…」
 エノラが呆れたように両手を開いて空を仰いだ。
「あんたは驚かないんだな」「・・・」
 アキトが沈黙を返す。
 エノラは大きく溜め息をついた。
「やれやれ。戦争だの、陰謀だの。そんな時代はもうずっと昔に終わったもんだと思ってたんだけどねぇ」
「‥‥人の欲望は変わっていないさ。これまでも、この先も…」
 絞り出すようなアキトの言葉にエノラはもう一度溜め息をついた。
「救われないな」「・・・」

 遺体が見つかったのは八十を少し越えた数だけだった。
 もちろん、犠牲者がそれだけだったということではない。身体の一部が僅かなりとも残っていたのが、その人数だけだったのだ。
 作業は夜半を過ぎても続けられた。
 硬質宇宙服(ハードスーツ)を操るこよみが、遺体の数だけ穴を掘る。木星蜥蜴の注意を引きつけないよう明かりは付けない。
 そして、エノラがおそらくは同じ身体の一部であるだろう肉片を集めて、ひとつひとつを一メートルほどの穴に納めていく。名前がわかる人だけ手頃な石を墓碑として名前を記し、それ以外の人は、大きな岩にレーザーでキャンプFBDで作業に当たっていた人々の名前を刻む。
 名簿は壊れた端末から記憶媒体を取り外し、同期を取って内部の記録情報を強制的に読み出して探し出していた。
 テンカワ・アキトはランドクルーザーの運転席で、彼らが行っている作業を見つめていた。彼にできることは他になかった。
「テンカワ・アキト。これはお前が見る最後の死体の山じゃない。
 これから見続けることになる火星の現実だ」
 あらかた墓穴を埋め終えたこよみが硬質宇宙服から降りて呟いた。
「‥‥そうだな」
 アキトの言葉は、重く昏かった。

 ひとつ、ひとつ
 砂は確実にこぼれ落ちる
 名前もなく、墓碑を知る者もなく
 戻らぬ砂粒を数える者もなく
 空白だけが心に残る





先頭 目次 前話 次話

 あとがき

 うう、ルリ・パートに追いつかれ。ネタばれあるから、これ以上先にルリ・パートを書くわけにも行かず。牛のような歩みをして見せたしょんぼりアキト。くぅ、やってくれるぜ。お前主役だろ(涙)。ぜんぜん話が進んでねぇよ(自爆)。
 全国のダーク・ウィスパー・ファンの皆様、お待たせしました(笑)。「大将が征く」第2話です(爆笑)。
 むずいですね。こんなに叩かれても、アキトくん、ぜんぜん前に進んでくれません。ああ、頃してぇ。
 次もアキト・パートを進めたいと思います。あまりに進まないと、ルリ・パートが来てしまうかも(T_T)
 それでは。