Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第一話Cパート
『「男らしく」行く前に「出航、まだですか」』
1.
二つの湯飲みから湯気が上がる。
菓子受けには薄く切られた栗ようかんがならんでいた。
ミスマル・コウイチロウは竹の楊枝を栗ようかんの一切れに立てると口に運んだ。
「うむ。美味いのぉ」「これはまた良い物ですなぁ」
ムネタケ・ヨシサダもひょいと一切れ口に運ぶと、ゆっくりと咀嚼する。コウイチロウはゆっくりと肯くと、両手で湯飲みを支えて熱いお茶で口を涼やかにした。
「さて、ヨシサダ君や。ルリ君の成績はどうかね?」
コウイチロウは愛娘のユリカ同様に可愛くてたまらない義娘の事を尋ねた。ヨシサダもお茶を一口含むと、二度三度と肯いた。
「よいですな。
あれは、おそらく、すでにどこかで正規の士官教育を受けておるのでしょう。いますぐにでも、軍艦を任せることもできますよ」
「おお、そうかね!! いや、さすがはルリ君だ。ユリカとも本当に仲が良くてお義父さんは嬉しい!」「いい話ですなぁ」
うんうんとヨシサダが肯いて、栗ようかんを摘む。
ひとしきりコウイチロウの娘自慢が終わったところで、ヨシサダはお茶をすすった。
「それで、どうされますかな?」「・・・うーーーーーーむ…」
コウイチロウが腕を組んで唸る。ヨシサダは続ける。
「これまでは結論を引き延ばして来れましたが、もうすぐ修了してしまいますよ。配属、させますか?」
「うーーーーーむ・・・」「ま、私はどちらでも構わないのですがね」「・・・うーーーーーーーーーーむ・・・」
コウイチロウは目の前に置かれた報告書を睨み付ける。その表紙には「アマノガ・ルリ身辺報告書」と書かれていた。
「ヨッチャンはどう思うかね?」「・・・」
コウイチロウの問いにヨシサダはもう一口お茶をすすった。
「この時期、これほどまでに優秀な士官を遊ばせておくわけには行きませんな。パイロットとしては残念ながら並以下ですが」「うーーーーーーむぅ…」
「作戦課と情報課から配属を打診してきてますよ? 艦隊司令部も参謀勤務が一番だろうと言ってきてます。いつまでも引き延ばせません。
何より本人が前線に出たがっているのでしょう?」
「うーーーーーーむ…」
コウイチロウは腕を組んで反り返った。ヨシサダがちらりと見る。
「ネルガルに存在しない機体。ネルガルが開発中のオペレータ用IFSを備え、ネルガルが育てたマシン・チャイルドと全く同一の遺伝子を持つ少女。
ま、まともに考えれば信じる要素など何一つもありませんな」
「うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーむ…」
コウイチロウが天井を睨み付けた。
「でもな、ヨッチャンや。ルリ君は本当にいい娘なんだよ。あの娘のユリカへの接し方など痛々しくて見てられないくらい献身的で、我々の知らないところであの娘がどんな想いをしてきたのか、わたしは本当に不憫で不憫で」
よよよと目元をハンカチで押さえるコウイチロウ。ヨシサダはやれやれといった様子でようかんを口元に運んだ。
「よいのではないですか? 確かに怪しいのは事実ですが、不利益ではありませんし、本人も自分が怪しいと思われていることは理解しているようですから」「そこがまた不憫でなぁ」
再び吹き出してきた涙を拭うコウイチロウ。
「もう少しユリカを見習ってわたしに甘えてくれてもいいと思うのだが」
「・・・当人はきっともう充分甘えているつもりなんでしょうな」「そこがまたこう男心を…」「いいですなぁ」
「・・・コホン。ヨッチャン、セクハラはいかんよ」「もちろんですとも」
頬を赤らめながら親父どもが照れくさそうに顔を逸らした。
ヨシサダが手元の資料をとんとんと整え、尋ねた。
「それで、どうされますかな?」「うむ。ヨッチャンのところで面倒を見てもらえないだろうか?」「わかりました」
コウイチロウは窓の外に目をやりながら呟いた。
「今頃、あの娘はサセボかの」「・・・ごちそうでした」
ヨシサダが書類をコウイチロウに手渡す。極東艦隊の戦力再編企画書と書かれている。コウイチロウは首を傾げた。
「これは?」「目を通してサインを戴ければ、と。なかなか良くできてますよ」「ほう・・・?」
コウイチロウは表紙に目を落とした。そこにはアマノガ・ルリと企画者名が書かれてあった。
「!?」「それでは、失礼します」「・・うむ」
コウイチロウが企画書をめくる間に、ヨシサダが退出する。コウイチロウはそのとき、はたと気がついた。
「ヨッチャン、栗ようかんを全部食べてしまったのね…」
窓の外では桜の花びらが舞い散っていた。
2.
春の暖かい日差しがサセボ・シティに降り注ぐ。
ホシノ・ルリ、いや、その名前は『魂の名』として封印し、今はアマノガ・ルリと名乗ったほうがいいのだろう、はオレンジ色のサングラスでその金色の瞳を覆い隠し歩いていた。真新しい航空宇宙軍の士官服を着て、ストレートの長い水色の髪を春風にはらませる。
左手には手書きの地図を持ち、ひとつひとつ通りを確認するように歩いていく。
アマノガ・ルリはミスマル家の養女として引き取られた後、ミスマル・コウイチロウに申し出て航空宇宙軍の短期士官養成課程を受けていた。難色を示すコウイチロウや『えぇー、ルリちゃんお家出ちゃうの? ユリカ、つまんない』と反対するユリカには、自分の身を軍が保護したほうがいいと説明したが、実際には違う。
辛かった。
何も知らず、無邪気にルリに戯れるユリカに、この先彼女を訪れるさまざまな悲劇を想い重ねて。
コウイチロウもそれとなく察したのだろう。コウイチロウの推薦でルリは尉官待遇で航空宇宙軍の軍人となった。
そして、ルリは一ヵ月半の教育を経て、中尉の階級章を襟に着けていた。
もともとの世界ですでに正規の士官教育を受けている彼女にとって短期課程の洗脳教程はいまさら習うまでもないものではあったが、ただ一ヵ月半をぼうっとしているだけで中尉の階級がもらえるのだから受けない道理はない。担当した教官たちからは『実戦的すぎる』士官という高い評価を得て、ルリは晴れて正式に宇宙軍に任官することとなった。
このサセボ行きは、彼女が提出しミスマル・コウイチロウ地球連合航空宇宙軍第三艦隊司令が承認した航空宇宙軍の再編成案にもとづいて、機動兵器母艦として改装されることとなった二隻の軽空母の視察という名目であったが、ルリの本来の目的はこちらであった。
以前のオモイカネによるサポートに慣れきっていたためか、たびたび道に迷い、あちらこちらと行き来することもあったが、ようやく目的の店を見つけると、ルリは立ち止まり胸元に右手を当てた。
紙のかさ張る微かな手応え。
それがそこにある。ルリはそのことに安堵すると、意を決して営業中の札が椅子に乗せられている扉を、横にガラガラと音を立てて開いた。
「いらっしゃい」「いらっしゃい!」
元気に投げ掛けられる挨拶につかの間ルリの指が強張る。
何年ぶりだろうか。
その言葉を再び聞くことが、彼女の夢だった。
夢だったのだ。
ルリはくっと唇を引き締めると『雪谷食堂』と書かれた暖簾をくぐった。
「いらっしゃぃ・・・」
テンカワ・アキトは新しく入ってきた客に大きく声をかけようとして、その相手の姿に言葉を失った。人にはありえない瑠璃色の髪。大きな瞳を隠すようにオレンジのサングラスをかけた美しい少女が宇宙軍の制服に身を包んで佇んでいた。
その瞳はまっすぐに彼に向けられている。
扉を通り抜ける春の風に彼女の長い髪がなびく。
「・・・・ぁ」「おら! 半人前の癖になにぼうっとしてやがんだ!」
カウンタの奥から轟いた店主のサイゾウさんの怒鳴り声にアキトは我に返ると、手近なテーブルを示した。
「いらっしゃい。こちらへどうぞ」「・・・」
アキトの言葉にはっとしたのか、扉のところで立ち竦んでいた彼女が無言でアキトに示されたテーブルに着くと、ぎこちなく座る。アキトは水と注文表を持って彼女のテーブルに近寄った。
「ご注文は、お決まりですか?」「いつものをお願いします」「・・・?」
アキトの姿から目を逸らすように彼女が答えた。アキトは困惑する。
「えっと、お客さん? 初めての方ですよね?」
「・・・」
びくりと彼女の肩が震えた。華奢な細い肩が力なく落ちる。
アキトは自分が何か悪いことを言ってしまったかと思わず彼女とカウンタのサイゾウを見比べる。
「・・・。すみません。チキンライス、お願いできますか?」
「はい。チキンライス一丁!」「チキンライス一丁」
何か言いたげな様子でサイゾウがアキトを睨み付ける。アキトは『俺がなにをしたって言うんだ』と心の中で叫びながらカウンタへ戻った。
その背中を、ルリの視線が哀しく追いかけた。
『あの人とは違った・・・』
ルリは注文を取り終わって戻るアキトを目で追いながら思った。
『このアキトさんは、あのアキトさんじゃなかった』
ルリの右手が自然と内ポケットの紙を押さえる。そこには、ルリがアキトから手渡されたテンカワ特製ラーメンのレシピが肌身離さず大切に収められていた。
少し期待してもいた。
もしかしたら、このアキトさんはあのアキトさんじゃないだろうか。
過去に戻ったアキトさんが私のことを待っててくれてるのではないのだろうか。
『いらっしゃい、ルリちゃん』と懐かしいあの言葉で迎えてくれるのではないだろうか、と。
そうしたら、そうしたら・・・。
・・・そうしたら、わたしはどうするつもりだったのでしょう…。
「はい。おまたせ」
とんと軽い音がしてルリの目の前にチキンライスが置かれる。物思いに沈んでいたルリははっとして顔を上げた。
照れくさそうな、懐かしい笑顔がルリを覗き込んでいた。少し頬を赤らめ、チキンライスに視線を落とす。
「・・・いただきます」「はい」
ルリの言葉にアキトが柔らかく頷いた。
アキトの視線を感じながら、ルリはチキンライスをスプーンですくい、口へ運ぶ。
感じる懐かしい味。
このころはまだアキトは料理を任されていないはず。だからこの料理はアキトの師匠の一人であるサイゾウの手によるものだ。だが、ルリはサイゾウの料理にアキトに繋がるものを感じていた。
「‥‥ごちそうさまでした」
ルリが箸を置いたのは結局二杯目のチキンライスを平らげた後だった。注がれた水を飲みながら、料理を片付けるアキトを見つめる。
ルリはまだ迷っていた。
アキトはこのままのほうが幸せなのではないだろうか。
このまま慌しくも平穏な生活に埋没したほうが、アキトのためなのではないのだろうか。
このままアキトが地に埋もれれば、ボソン・ジャンプの実験にかかわることもなく、遺跡に振り回されることもなく、ユリカと結婚することもなく・・・。
連想がそこまでたどり着いたとき、ルリは自分の考えに身震いしていた。
「わたしは・・・アキトさんがユリカさんと結婚しないことを期待している…?」
ルリは小さく首を振ると、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「違う…。わたしはあの懐かしい日々を取り戻すんです。
アキトさんのために、この世界のわたしのために、そしてなにより、ユリカさんのために」
そして、ルリは顔を上げる。
客の注文を待って立っていたアキトがその様子に気付いて微笑を浮かべながら歩いてくる。
ルリは言葉を放つ。すべてを始めるための言葉を。
「テンカワ・・・アキトさんですね。少しお話があるのですけど、お時間よろしいでしょうか?」
「え? 君はなんで俺の名前を?」「・・・」
戸惑うアキト。ルリは無言で答える。
アキトは周りを見回して客の様子を見ると、サイゾウの方へと振り向いた。
「奥の座敷を使いな」「・・・あ、はい。あの、こちらで…」
「わかりました」
ようやく気付いたかという表情のサイゾウが身振りで奥の座敷を示す。昼時のピークを離れたこの時間帯は締め切られて使われていなかった。
戸惑うように案内するアキトにルリはあごを引き締めて続いた。
3.
ヒールの音を甲高く響かせて、彼女が行く。
すれ違う人々は彼女をちらりと一瞥すると、関わらないよう視線を逸らした。そんな態度が上昇志向の強い彼女の癇に障る。手に持つ書類の握りにいっそう力が入り、すれ違うネルガルの社員たちはその怒りの矛先となるであろう人物に内心の同情を感じていた。
「スキャパレリ計画に軍が口を出してきたってどういう事かしら」
会長室と書かれた扉を開くと、開口一番、エリナ・キンジョウ・ウォンは奥のゆったりとしたシートに身を擡げた人物に問いかけた。
その視線の先、いままでちょび髭の中年男性と話していた長髪の青年が、髪を掻き上げた。
「いやぁ、エリナ君。今日も凛々しいねぇ」「まったくです」
「そんなことはどうでもいいわ」
つかつかとデスクの前に歩み寄ると、デスクに片手をついて圧し掛かる。そして、エリナは青年、大関すけこましと名高いネルガル会長アカツキ・ナガレの目を覗き込んだ。
「まぁまぁ、エリナさん。あまり会長を脅かさないでください。
今回の話、ネルガルにとっては決して悪い話ではないんですよ」
間を取り持つように会長秘書室のトップ、自称会計監査役こと、プロスペクターがアカツキの代わりに答えた。エリナの鋭い視線がプロスペクターに飛ぶ。
「どういうこと?」「それはですねぇ…」
「んー、僕から話そう。
連合航空宇宙軍の一部、具体的に言うと極東軍管区の第三艦隊だがね、大規模な組織改編を予定しているんだ」
「?? それがどうしたというの?」「うん。その組織改編が問題でね」
「航空宇宙軍は機動兵器として我が社のエステバリスの導入を決定したのです」
プロスが言葉を横から奪う。アカツキはやれやれと言う表情をしながらも、プロスペクターに後を任せた。
「あら、良かったじゃない。そのどこがスキャパレリ計画に影響するというのかしら?」
不審げにエリナが首を傾げる。アカツキが左手を開いて見せた。
「その数が尋常じゃないんだ」「はい」
「数?」「そうです。航空宇宙軍は軽空母を改装して機動兵器のための母艦の配備を開始しました。その発注数が、まず、予備機八機を含めた四八機。その後も、運用形態を調査しながら段階的に増強していくとのことです」「ちょ、ちょっと待ってよ」
エリナがプロスの言葉に眉をひそめる。
「エステバリスはうちでもまだテスト機が数機ロールアウトされただけじゃなかったかしら?」
「そうなんです」「そこが問題でね」
アカツキが器用に肩をすくめた。
「航空宇宙軍はすぐにも実機を引き渡せって言ってきてるのさ。空技廠がテスト機の改修をするから、生産ラインを提供しろって。それもできないのに、火星に戦艦を飛ばすなんて何事だ、って剣幕でね。重役連中もスキャパレリ計画を一時中断して、この大量受注に答えるべきだと騒ぎ出す始末。
まったく、頭の痛い話だよ」「・・・そう…」
エリナは手を顎に当てると身体を抱きかかえるように腕を組む。
「でも、あの船の建造を今更中断したって、エステバリスの生産が増えるわけじゃないわよ。むしろ実験艦としての役目が果たせないと困るのは宇宙軍だわ。宇宙軍がそんなこともわからないはずないでしょう?」
「その通りですな。そこで宇宙軍はエステバリスのライセンスを購入すると言ってきたのですよ」「はぁ?」「そうなんだ」
「つまり、スキャパレリ計画は宇宙軍がエステバリスのライセンスを手に入れるための、いわば人質と言うところですかな」
「なあんですってぇ!!」「・・・エリナ君、声でかいよ」
黒檀のデスクに両手を叩きつけて叫ぶエリナにアカツキが耳を塞ぐ。暢気そうなその表情にエリナの怒りは止まらなかった。
「そんな無茶な要求を受け入れられるわけないじゃない! うちに開発だけさせておいて、使い物になるとわかったら他に作らせるって言うの!?」「まぁ、そのためにライセンスするわけですから」
「どちらかというと、宇宙軍の目的は機動兵器の製造ノウハウを後発他社に伝えて開発競争を進めようって腹なんだろうね」
アカツキの言葉にプロスも頷く。
「そうですな。明日香インダストリーが開発中のデルフィニウム後継戦闘機、特殊開発コード『ケストリィ』も同時にテスト運用が開始されるそうです。前面に収束されたディストーション・フィールドを持ち、ミサイルよりも高速で敵艦に肉薄する。正式採用された場合には『オンシジューム』という名になるらしいですが」「航空主兵の再現ね」
「ま、そうだねぇ。エステバリスで局所制空権を確保した後、ケストリィで敵艦に突入する。それを支援運用する母艦、か。
確かに実現したらかなりの効果を挙げるだろうね。あとは、ミサイルかな」
「空技廠が新型の航空機用大型ミサイルを開発しているわ。ディストーション・フィールドを切り裂いて敵艦に打撃を与えるためのもの。
今まではディストーション・フィールドを破る方法がわからなくて難航してた様だけど、最近、エステバリスのフィールド・ランス効果を利用して十分な速度を持ったプラットフォームから敵艦に肉薄して加速することで、敵戦艦のディストーション・フィールドも破れると踏んでるわよ」
「おーおー、準備万端だねぇ」「まったくですな」
「・・・」
エリナが軽口を叩き合う二人を無視して考え込んだ。
「・・・他には? それだけじゃ、ないんでしょう?」「わかるかい?」
楽しそうなアカツキにエリナは肩をすくめた。
「今までの話だけなら、ある意味筋が通っているもの。スキャパレリ計画を差し押さえようって話にはならないわ。だとしたら、他にもあるんでしょう?」「さすがですな」
「うん。空技廠と共同で『B計画』とかいうものを進めてくれってね。
話を聞いたときは僕もさすがに笑っちゃったよ。
グラビティ・ブラスト一門を装備し、巡航形態と高機動形態を切り替える最強の機動兵器。単機で木星まで侵攻可能な能力を持つこと。だってさ」「・・・そう」
木星という言葉にエリナが鋭い視線をアカツキにぶつける。その反応にプロスは内心、おや、と思う。アカツキはいつもどおりの表情を崩さなかった。
「怖いねぇ。ま、航空宇宙軍の要求仕様がそうだってだけだよ。
だけどね、僕にはどうもこれはある意図を示してるような気がするんだけどね」
「ボソン・ジャンプ対応機動兵器…?」「・・・」
アカツキは両手を開いてわからないと大きなジェスチャーを示した。
「まぁ、プロス君のほうに探ってはもらってるんだけど、まだ何を意図しているのかまではわからないんだ。だが、ここにきて航空宇宙軍は将来の戦争設計を急速に推し進めつつあるよ。
誰が描いた絵かは知らないけれど、奇妙に具体的だ」
「・・・」「・・・」
静けさがネルガル会長室を支配する。それぞれがそれぞれの思惑で宇宙軍の意図を思った。
「はぁ…」
ため息をついてエリナが身体の力を抜いた。
「それで、どうするつもりなの?」「・・・」「うん」
アカツキが頷いた。
「受けようと思っているよ。スキャパレリ計画からスピン・アウトした技術がこれだけの収益を上げてくれるんだ。社長派の抵抗も弱くなるだろう。
第一、興味はないかい? こんな計画を仕組んだ相手に」「・・・」
「・・・そうね」
エリナは白魚のように細い指を開いて手を上げて見せると、同意を示した。
「後半には同意しかねるけれど、ネルガルにとって利益になることは確かね」「そうそう。あまり欲をかくなってこと」「重い言葉ですなぁ」
一礼して出て行くエリナをアカツキは笑顔で見送る。
扉が閉まると、プロスペクターがちらりとアカツキを見た。
「あのこと、言わなくてもよろしいのですか?」「ん?」
アカツキが何を言っているのかわからないという表情を作って見せた。プロスはその意図を悟り、一礼して席を外す。
彼以外誰もいなくなった会長室でアカツキは手元の資料に目を落とした。
「さすがにこれは言えないでしょ。ネルガルの管轄外のマシン・チャイルドなんてね」
アカツキの手から投げ出された写真が引き出しの奥に吸い込まれた。
その写真には一人の少女が無愛想な顔で写されていた。
4.
テンカワ・アキトは住み込ませてもらっている自分の部屋で、悩んでいた。
あの後、座敷に座ってアマノガ・ルリと名乗る軍人は、そう火星を見捨てた軍人だ、アキトにこう告げていた。
「テンカワ博士の息子さんですね?」
アキトのことを知っていただけでも驚きだった。火星のクーデター事件に巻き込まれて死んだ両親の関わりで訪ねてきたというのも意外だった。
しかも、こんな女性が。
「ご両親の死の真相、知りたくありませんか?」
「・・・君はいったい…」
拳を強く握り締める。彼女はオレンジ色のサングラスの向こうから疑問だけを投げ掛ける。胸元に手を当てて、告げる。
「すべては、火星に」「火星に行けば! 火星に行けばわかるって言うのか!」
思わず彼女の肩を握り締めていた。細い。すっぽりと手の中に納まってしまう華奢な肩だった。彼女はアキトの力に顔をしかめながらも淡々と答える。
「そうです。あなたの疑問、怒り、そして、罪の全てが、そこにあります」
「君は! いったい何を知っているんだ!」「‥‥クッ…」「あ、ごめん…」
痛みを洩らす彼女に、アキトは慌てて手を離した。
「ごめん…」「いえ」
彼女は短く首を振った。
「でも、俺はどうやって火星に行けば・・・」
「あなたのご両親の知人の方で、ネルガルのプロスペクターという方がおられます。
あなたの力になってくれるでしょう。こちらが連絡先です」
用意してあったのだろう。ひとつの名刺をアキトに差し出す。
ネルガル重工特別監査役プロスペクター。
その裏には手書きで連絡先が書かれていた。なかなかに達筆だった。
アキトは名刺を睨み付ける。
「・・・俺は…」
「おう、アキト」「さ、サイゾウさん」
がらりと扉が開けられる。アキトは慌てて名刺をしまいこんだ。サイゾウはそんなアキトの姿を一瞥すると、手に持った大きな包みをアキトの目の前に下ろした。
ガチャリ。
甲高い金属の擦れる音がする。
「お前はクビだ」「は?」
サイゾウの言葉にあっけに取られて見上げるアキト。それを腕を組んで見下ろす。
「クビだ。いいな」「ま、待ってください。いったいどうしてですか?!」
サイゾウが呆れた表情をする。
「中途半端なんだよ。今のお前ぇはよぉ。
今日の態度、ありゃいったいなんだ? そんな覚悟で料理人になれるとでも思ってるのか!」
サイゾウの言葉にアキトは口ごもった。確かに、今日、あの軍人が現れてから、上の空になっていたのは確かだった。
そんなアキトの姿にサイゾウは鼻を鳴らした。
「ふん。わかったら、行って来い。お前の抱えている荷物が空になったらまた修行させてやる」
サイゾウはそれだけ告げると、さっさと部屋を出て行く。
アキトは深々と頭を下げた。
その画像を見たとき、アマノガ・ルリの口から思わず呟きが漏れた。
「見つけた…」
それは地球を包むビッグ・バリアの外、衛星軌道上に打ち上げられている天体望遠鏡の写した火星の映像だった。
青い海に包まれ、大気上層のナノマシンの雲に隠された遠い星。しかし、ある地点を中心に波を打ったように同心円状の雲が発生していた。
日付は2月17日。ルリがジャンプアウトした日付である。
「これはきっと・・・」
ユーチャリスがジャンプアウトした時の衝撃波に違いありません。ルリは口に出さずに続けた。
あの時、ユーチャリスは相転移の影響範囲がナデシコBにかからないよう、ボソン・ジャンプを行った。真空を過冷却にする相転移エンジンのなくなったあの時空では、一部の真空が相転移を起こしただろうがその影響範囲はさほど大きくはないはずだ。だが、エンジン自体の自爆シーケンスは続いている。結果としてジャンプ・アウトした火星で相転移エンジンが自爆したのだろう。
「他の人のために自分を犠牲にするところは、変わってませんね」
ルリは柔らかな笑みを浮かべる。
結局あの人は、いくら格好つけてもぜんぜん変わっていない。
不器用でいつも必死なアキトさんだった。
「あの人はきっと、火星にいる…」
ルリは遥かな火星を想って宙を見上げた。
「アキトさん、見つけましたよ。きっと、逃がしません」
そして、西暦2196年12月。
始まりの時が来る。
さまざまな思惑とそれぞれの想いと。
ささやかな期待を込めて。
その日が来る。
あとがき
哀しいことがあったんだ・・・。
僕はがんばったんだ。
なのに、どーしてCパートが先に出来上がってるんだ(爆笑)!
いや、オリキャラの扱いに困ったんですわ。二次小説なのでできる限り、皆さんのなじみあるキャラ以外出したくないんですが、必須なんですよねぇ。どうしよう(ため息)。
今回もへんなの混じってます。好きなんです。クルーズ・チェイサー。
だから、B計画のBは黒百合じゃなく…。えぇい、記憶を失えぇ!
ま、とりあえず次はBパートで。