Re-Genesis(リ・ジェネシス) 再創生
機動戦艦ナデシコ
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descripted by Veneficus(うぇねふぃくす)...

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第一話Bパート

 『「男らしく」行く前に「生は暗く」』


1.

 生き残っていた二機の主機が起こした激しい爆発に、ユーチャリスが木の葉のように舞う。
 すでに補助機関はなく、安全のために確保されている非常用電源からわずかに供給されている電力によって稼動している慣性制御装置では消しきれない加速に、テンカワ・アキトは奥歯をかみ締め耐えていた。

『ジャンプ・アウト成功。座標確認中・・・』
『主機爆破処理完了』
『座標確認。火星、ユートピア・コロニー上空高度約2000m』
『艦体自由落下中』
『残存エネルギーを重力制御に』
「ルリ・・・ちゃん…は?」
 全身をばらばらにするほどのGにひたすら耐え続けながらも、アキトは一緒にボゾン・ジャンプした大切な義娘のことを問いかける。
 躊躇いがちにユーチャリス艦載AIであるオモイカネ改修型(オモイカネ・アール)が答えた。
『…周辺に他にジャンプ・アウトの形跡はないよ』
『艦体爆破処理開始』『高度1700m』
『アキト、脱出して!』「・・・」
 ユーチャリスの制御AIオモイカネ改修型(オモイカネ・アール)が激しくアキトに脱出を求めた。
 しかし、アキトは反応しない。
『一次装甲、爆破』『高度1500m』
『艦橋ブロック閉鎖。アキト! 早くジャンプを!』
 ユーチャリスの白い外装が剥がれ落ちる。
「・・・もういい…」
『重力制御、エネルギー不足のため機能停止』
『残存エネルギーを艦橋ブロックの慣性制御に回します。アキト、脱出してよ!』
『兵装爆破』『固定用ボルト爆破』『爆破処理完了』『高度1000m』
「・・・もういいんだ…」
『艦橋ブロック分離のために外部ブロックを強制排除。アキト、お願いだよ…』
 アールが涙ぐましい努力でユーチャリスの爆破シーケンスと火星の重力を相手に少しでもアキトの生存率が高くなる方法を模索する。だが、その献身は報われていない。激しい振動の中、アキトは艦長席に沈み込んだままだった。
『艦橋ブロック強制排除。アキト!』「・・・」
『高度500m』
 ひときわ激しい衝撃がアキトの身体を揺さぶった。艦橋ブロックを切り離したユーチャリスの船体が爆発したのだ。元の船体の二十分の一以下になった小さなブロックが、その爆発の中から飛び出す。
『中央電算機爆破処理開始』
『慣性制御装置出力最大で固定!』
『脱出してよ!!』『艦橋ブロック対衝撃用意』『救難信号弾発射』『…アキト、ばいばい』
『高度200m』
『爆破処理終…』
 ユーチャリスと接続していたIFSの反応が途絶えた。静寂がアキトを包む。アキトの感覚をサポートしていたアールが機能を停止したのだった。
 ともすれば舌を噛み切りそうな振動の中、アキトは一言、つぶやいた。
「‥‥この世界は・・・生きていくには辛すぎる…」
 バイザー越しの視界の中で、高度計の針が0を示した。





2.

 その一歩が踏み出せなければ、50億年後、人類の姿はこの宇宙にない。
 火星の地球化改造は、人類という種がこの宇宙が果てるまで生存し続けるための最初の一歩であると言われ続けてきた。
 人類は宇宙に適応した種となるために、巨額の富をこの惑星改造に注ぎ込んできた。
 マース計画。マリナー探査機。ヴァイキング1号、2号。フォボス1号、2号。マーズ・オブザーバー。マーズ・パスファインダー。グローバル・サーベイヤー計画。・・・。
 人は大気を作り変え、惑星の気温を上昇させ、海を作り、地球から生命をもたらした。
 人類が生存できる環境ができあがると、人は分厚い宇宙服を脱ぎ捨て、閉鎖された植民都市の分厚いドームを取り払い、火星の大気を呼吸することになる。それは大量の資材を投入して持ち込んだ地球環境を捨て去り、人が真に火星人となった瞬間だった。
 やがて、重力制御技術が完成すると、多くの火星都市は都市の環境を1G化して火星の地球化が完了することとなる。
 いつしか人は忘れてしまっていたのではないだろうか。
 火星は古来より戦乱を告げる星として知られていたことを。



 ユートピア・コロニーは火星最大の植民都市だった。
 しかし、蜥蜴戦争勃発後、航空宇宙軍主力第一艦隊は火星周辺宙域の防宙戦に敗北。火星へ降下を始めた敵母艦への旗艦リアトリスの突撃は航空宇宙軍の戦史上、最大の悲劇を招く。突入軌道をリアトリスによって押し出された敵母艦はユートピア・コロニーへ落下することとなる。
 当時ユートピア・コロニーに生活していた160万人の人々の生命はほぼ瞬間的に失われた。
 この時点でもって火星は陥落したものと受け取られがちであるが、火星最大であることは唯一であることと同一ではない。三大火星都市のうち、火星圏長距離輸送の中心であるオリンポス山の質量加速機(マス・ドライバー)を管理するシリア・コロニー、初期植民都市の名残として未だドームを維持したままの閉鎖都市(クローズド・シティ)ヘラス・シティ。両都市のほかに多くの植民都市(コロニー)が火星上には存在していた。
 その人口はおよそ400万人。
 彼らは宇宙軍が火星周辺の制宙権を失った後も細々と続けていた火星急行(ネズミ輸送)として知られる高加速艦による輸送物資に支えられながら、各地で分断され、絶望を眼前に戦い続けていた。



 未だ煙が立ち上がる星船の残骸に幾つかの人影が歩き回っていた。
「あーあー。大将、聞こえる?」
 ヘッドセットのマイクにエノラ・パーキンスが問いかける。
『どうした?』
 雑音の向こうに、微かな応答があった。周囲を見回しながらエノラは何となく囁くように話す。
「ざっと見たけどよぉ。駄目だわ、こりゃ」『・・・』
 近くの残骸を軽く蹴飛ばす。広範囲に散らばった破片は僅かな資材も惜しい彼らにも再利用のしようがないほどだった。
「はてさて、どこの船なんだか。やっぱり木星蜥蜴かな?」
『・・・竜骨の配置にネルガルの設計の癖がある。おそらくはネルガルが製作した航空宇宙軍の任務艦だろう』「‥‥大将の部署かい?」『わからん』「・・・」
 辺りをはばかるように訊ねるエノラを端的な言葉が叩き落とす。エノラは肩をすくめて溜め息をついた。
 彼らは南極極環近くのヘラス・シティからユートピア・コロニーの生存者を救出しにきた輸送隊の一員だった。他の植民都市(コロニー)同様、ヘラス・シティも木星蜥蜴の執拗な攻撃を受け防戦一方に追い込まれている。
 しかし、チューリップの落下したユートピア・コロニーを放置するわけにもいかず、決死隊を編成し長駆6000キロ、木星蜥蜴の脅威に脅かされながらも僅かばかりの生存者を回収してヘラス・シティに帰還しようとしていた。
 あの巨大な爆発が発生したのは、ちょうどユートピア・コロニーの外縁部を脱出した時だった。
 幸いなことに木星蜥蜴の攻撃正面は現在、北極環シティとシリア・コロニーに向けられていることもあり、ユートピア・コロニーの方面は手薄であったが、爆発を感知した木星蜥蜴がいつまたこのコロニーに現れるとも知れない。可能な限り急いで脱出しようとした彼らに、調査を申し入れたのが彼らのボスだった。
『‥‥駄目だな。電算室はちょうど脱出ブロックの下敷きになっている。情報は期待できんな』「ご愁傷様」
 それは本体から分派した彼らの努力が徒労に終わったという宣言だった。エノラはライフルを肩に担ぐと、周囲を見渡した。なにもいないことを確認して、ポケットから煙草を取り出し火をつける。
「んじゃ、帰ろっか?」『・・・まて』「!?」
 鋭い制止の声にエノラは思わず煙草を取り落とした。エノラはゆっくりと拾い上げると未練がましくフィルターに付いた土埃を払う。それを口にくわえるとぺっと器用に砂利を含んだ唾を吐き出した。
「蜥蜴様ご一行、か?」『・・・違う、ちょっと待て‥‥やはりか。見つけたぞ』
 なにやらがさごそと音がする。時折ちゃりちゃりと金属音がするということは比較的身体が自由な状態なのだろう。
 しばらくその音が続いたが、空電混じりの少し甲高い声が響く。
『ハッチを見つけた。有人艦だぞ、こいつは』「なんだってぇ!」『・・・うるさい・・・』
 エノラはヘッドセットを押さえて叫んだ。苦虫を噛んだような表情が目に浮かびそうな声が響く。エノラは慌てて声を落とした。
「ってことは、地球圏からの強行偵察艦だったということか?」
『その可能性は高い。‥‥‥だが、私の知らない艦だな、こいつは』
「へぇ…!」
 エノラは相手の言葉に驚いた。
「連合航空宇宙軍情報部の特務様が知らない艦なんてあるのか?」『フン。世の中、そんなものだ。まぁ、想像はつくが、な』「これだよ…」
 無線機の向こうで胸を反らして威張っている姿を想像して、エノラは溜め息をついた。
「変な奴の下に着いちまったなぁ…」『よし、開くぞ』「お、おい。大将、待てよ。ひとりじゃ危ねぇって」
 エノラは一度だけ空を仰いで大きく息を吐くと、コア・ブロックの調査を行っているボスの元へと駆け出した。



 光を感じる。
 明るい。ただ明るいとだけ感じる。
 静寂と暗闇に慣れた身体に、射し込む光が眩しく感じる。
 重くかさばる身体をぎこちなく動かし、頭を光の射し込む方へ向ける。
 淡い太陽光。細く華奢な腕が、薄く開かれたハッチを支えている。
「・・・ルリ…ちゃん?」「お? いきなり女の名前か?」
 口から漏れた言葉に反応するかのように、ひょいっと、ハッチの向こうから長い髪の少女がのぞき込む。顔は逆光で見えない。
 するりと猫を思わせる身のこなしで、小柄な少女の姿がハッチから入り込んできた。手近な出っ張りにザイルを引っかけ、手慣れた様子でザイルを手繰りながら降りてくる。
 テンカワ・アキトはそのときようやく艦橋(ブリッジ)がひどく傾いていることに気が付いた。耐G用にロックされた艦長席が彼の身体を落下しないよう支えていた。
「身体は動くか?」「・・・いや…」
 ザイルに逆さ吊りにぶら下がって少女が問いかけた。アキトが静かに首を振る。ぱさりと砂埃の混じった少女の長い髪がアキトのそばにまで届いた。
「・・・まぁ、念のために聞いておこう」
 ガチャリと重々しく金属がこすれる音がする。逆さにぶら下がった少女は首の後ろに隠してあった2.5inch回転拳銃(リボルバー)を抜くと、手慣れた様子で動きの封じられているアキトの頭に突きつけた。
「地球連合航空宇宙軍情報10課所属特殊工作体だ。こよみ、と呼ばれている。お前は?」「・・・」
 吐く息が届きそうな近くで少女の瞳がアキトの顔を覆うバイザーをのぞき込んだ。
 しばしのにらみ合いの後、根負けしたのはアキトの方だった。
「・・・テンカワ・アキトだ」「・・・はぁ?」
 短く自分の名前だけを、名乗る。こよみと名乗った少女が訳が分からないような表情で首を傾げた。きょろりとした大きな目が釣り上がる。
「なに言ってるんだ?」「・・・? 知らないのか?」「知らん」「・・・」
 少女の仕草にアキトは苦笑を漏らした。これでも太陽系で一番有名な男である意識は持っていたのだったが。
「連続コロニー襲撃犯太陽系一級犯罪者のテンカワ・アキトだ。確か『生死を問わず(デッド・オア・アライブ)』の賞金が出ていたはずだが」「賞金首だぁ?」
 少女が逆さ吊りのまま器用に腕を組んで首を傾げる。しかし、その銃口はアキトの頭を狙ったまま揺るがない。
「いつの時代の話だ? この戦時下に悠長に賞金制度なんかやってられるわけないだろ? ましてや太陽系? アニメの見過ぎだぞ」「・・・?」
 呆れたように告げるこよりにアキトは目を細める。
「戦時下、だと?」「ああ、別に伊達や酔狂でネルガルの戦艦に乗っているわけじゃないだろ?」「!!」
 一瞬の驚愕。それを目の前の少女は見逃すことなくニヤリと笑った。
「お前は・・・?」
「私は航空宇宙軍に作られた幼生固定体だ。見た目通りの年齢ではないよ。
 まぁ、いいさ。ようこそ、火星へ。ここは今、太陽系で地獄に一番近い場所だからな。退屈だけはしない」
 ひょいっと身を起こして少女が銃を仕舞った。S&WM66コンバット・マグナム。オールド・ガンはこの戦場で未だ生き残っていた(オールドガン・ハズ・スティル・アライブ)
 こよみは器用にザイルの結び目に足を通して身を起こすと、腰のザイルを送ってアキトのところまで降り下った。
 小さい。
 アキトは先ほどまでの少女の言動と、小柄な身体に奇妙な違和感を拭えなかった。
「・・・そういえば、ルリちゃんもこんな感じだったな…」
 ぼそりと呟く。初めてであったときのあの少女の無愛想な表情が思い浮かぶ。確か、最初に彼女を見たのはエステバリスのコクピットの中だった。
 そして、最後に見たのは彼女がエステバリスのコクピットに座っていた姿だった。
「くく、くくくくッ…」
 乾いた、自嘲の笑みがこぼれる。
「結局、俺だけが生き残ってしまった…」「・・・」
 アキトの言葉にちらりとだけこよみが視線を投げた。だが、なにも言わずにアキトの身体を固定する耐Gシートを点検していく。アキトはそんなこよみの様子をぼんやりと見つめていたが、ふと浮かび上がった疑問を口にしてみる。
「…訊かないのか?」「・・・」
 こよみはザイルに結び目を作ると、フックをかけて作業用の足場にする。アキトのシートの周りを行き来して艦長席の周囲に幾重にもザイルを張り巡らせた。
 頭上のハッチと身体を繋いでいたザイルをはずす。左手でマグライトを点灯すると、艦長席の下に潜り込んでアキトの全身を包み込んでいる耐Gシートのロックを解除するボタンを探した。
「なにも、訊かないんだな…」「・・・はぁ…」
 首尾よくボタンを見つけて再び身体を起こしたこよみにアキトがもう一度問いかけた。こよみが大げさに溜め息をつく。
「同情するよ」「!!」
 やれやれと言った表情でこよみが答えた。アキトの顔にナノマシンの輝きがともる。怒りとも憤りともつかぬ激情がアキトの身体を震わせた。
 だが、そんなアキトをこよみは冷ややかに見下ろした。
「だがね、君に時間を与える余裕なんて誰にもないのさ。
 言っただろう? ここは今、太陽系で一番地獄に近いってね。死んでる分、地獄の方がましかもしれん。人としてまともである必要もないからな」「・・・」
 気圧される。アキトは少女の瞳にこれまで感じたことのない何かを感じて口ごもった。
 それは復讐や、憎悪ではない。殺意でもない。
 言うなれば諦観。そして、それでも人として生き延びることを選ぶ意志だった。
 言葉を失うアキトから視線を離すと、こよみはアキトの周囲に身体を包み込むようにザイルを張り巡らせた。
「行くぞ?」「ああ」
 こよみの言葉にアキトが短くうなずく。こよりは耐Gシートの非常用固定解除レバーを引っ張った。
 バシュッ。
 空気の抜ける音とともに、力無く投げ出されたアキトの身体がザイルに引っかかった。こよみは腰のウィンチを利用してザイルを引っ張ると、ザイルが硬めにアキトの身体を支えるようにした。
「どうだ? 起き上がれるか?」「・・・」
 アキトは身動きがとれず、ゆっくりと首を振った。こよみが不審げな表情を向ける。
「どういうことだ?」
「・・・俺の身体は、もうずいぶんガタがきている。AIによるサポートがなければ身を起こすこともままならない。フフフ、無様なものだ…」
「別に無様などではないさ」
 こよみはアキトの言葉にうなずくと、ザイルをつたってアキトの身体の固定を確かめた。ザイルはしっかりとアキトの身体を支えており、アキトが艦橋の船首方向に落下することを防いでいた。
 こよみはザイルが重要な血管を圧迫しないよう指を伸ばしてザイルの位置を調整する。
「無い物ねだりをしても現実は変わらない。今あるものだけが賭けることのできる総てだ。
 それはその人がどんな状態だろうと、関係ないだろう?」
 面白がるようにこよみの瞳がアキトを見上げる。
「・・・すまんな」「別に気にするようなことでもない」
 アキトの言葉にこよみがひらひらと手を振った。
「とはいえ、私ひとりでは持ち上がらないな。・・・そろそろこちらに着くと思うのだが」
「大将ー、生きてるかぁ?」「・・・来たか」
 上方の開いたハッチから男がひとり覗き込んでいた。エノラ・パーキンスだった。
「生存者を見つけた。自力で起きあがることができない。固定して硬質宇宙服(ハード・スーツ)で持ち上げる」「了解」
 こよみが下から叫ぶ。子供の甲高い声が艦橋に響いてエノラの元にまで届いた。エノラは指示を受けてすぐに車の方に駆け戻った。
「さて、テンカワ・アキトといったな」「ああ…」「お前は航空宇宙軍の偵察艦の乗員と言うことにしておく。その方がうちの連中にも受けがいいからな。なにができる? なにができない?」
 たたみかけるようにこよみがアキトを質問責めにする。戸惑いながら、アキトは答えた。
「エステバリスの操縦とIFSオペレートが少し。あとは軍艦の指揮と一通りの武器が扱える。五感がほとんどない。視力、聴力はこのバイザーがIFSを経由して伝達してくれる。触覚は僅かに感じる程度、味覚、嗅覚はぜんぜんだ」「ふむ」
 こよみが値踏みするようにアキトを見回す。
「なるほど。身体ができているわりに動けないのが不思議だったが、そういうことか」
 こよみはアキトの言葉に納得していた。
 人間に最も重要な感覚は、意外と誤解されがちだが、触覚である。
 触れると言うことは身体にかかる圧力を感じ、体内の動きを感じ取る重要な行為となる。特に運動という行為では現在の体の状態を感じとり、フィードバックしなければならない。
 簡単な例を挙げれば足が痺れたとき、立ち上がることはできない。人は足の状態を触覚を通じて感じ取っているからだ。ほかにも、呼吸、気温、痛み、など、触覚の麻痺は身体機能のほとんどを低下させてしまうことになる。
 こよみはアキトの体が鍛え上げられていることを見て取っていたが、その状態でどうして動けないのか不思議に思っていたのだった。
「ところで、エステバリスってなんだ?」「・・・知らないのか?」「知らん」
 アキトはどこかで繰り返されたやりとりだなと苦笑した。
「ネルガル重工の開発した人型の機動兵器だ。ディストーション・フィールドを備え、重力波伝送でエネルギー供給を受ける艦艇直拠の支援兵器の名前だが」
「・・・? E種兵装整備(エリクセン)計画のことかな? たしか、地球圏でテスト機が数台ロールアウトした覚えがあるが」「・・・数台?」
 ザイルの上であぐらをかいて腕を組むこよみ。その言葉にアキトは怪訝な顔をして見上げた。
「蜥蜴戦争が終わって何年経ったと思っている? カスタム機を含めなくても総生産機数は2万を下らん」「・・・ほう。それはそれは」
 微かに見下ろす口元からこぼれる言葉が面白がるような調子に変わる。
「それで、生産が始まって何年経ったと言うんだ?」
「・・・変なことを訊く…」
 アキトは溜め息とともに答えた。それは辛い年月だった。
「あれから、ユートピア・コロニーにチューリップが落ちて、もう7年になるか…」
「・・・そうか…」
 ぴくりと、こよみが上を見た。そして、ひょいと立ち上がると、こよみはザイルを巻き上げてハッチまで揚がっていく。
「おいよ、大将。ケーブル、持ってきたぜ」「ああ、ご苦労」
 そして、フックの付いたワイヤーを引っ張りながら再び降りてくる。そのフックをアキトを支えるザイルに引っかけて、こよみは告げた。
「今年は2196年だ。先ほどのこと、人前では言わないことだな」「!!?」
 驚愕にアキトは目を見開いた。バイザーを通じて伝わる映像の中で、こよみがケーブル巻き上げ作業を行っている。が、それも理解できていなかった。
「‥‥馬鹿な…!」「・・・」
 こよみはちらりとアキトを一瞥すると、マイクのスイッチを入れた。
「始めろ」『了解』「・・・」
 金属のこすれる音がする中、アキトの身体が少しづつゆっくりと持ち上がっていく。
 否応もなく、再び繰り返される、歴史の中へ。





3.

 低重力環境に適したランドローバーの助手席に座って、アキトはぼんやりと夕日に照らされるユーチャリスの艦橋ブロックを見つめていた。
 脱出艇を兼ね備えた艦橋ブロックは斜めに大地に突き刺さっている。非常用の推進機を大地にめり込ませ、電算機室を空間装甲代わりに使って、居住区画は保護されていた。
「いい艦だな…」
 アキトに歩いてくる長身の男が煙草を口元にくわえた。エノラ・パーキンスと名乗った男だった。エノラは自分の煙草に火をつけると、アキトにそっと差し出す。アキトは首を微かに揺り動かして断った。
 エノラはうなずくと、アキトの視線の先を見上げる。
 二人の視線の先には小さな少女が大型の作業用硬質宇宙服(ハード・スーツ)を台座代わりに使って、居住区画から使える物資という物資をかき集めている姿があった。エノラも先ほどまで手伝っていたのだが、水や食料などのかさばる物資が運び終わると「邪魔だ」の一言で追い出されてしまっていたのだった。
 アキトは小さく溜め息をついた。
「‥‥ああ。いい艦だった…」「・・・そっか…」
 アキトの視界の隅で、エノラの吐き出した煙草の煙が漂う。
『アキト、ばいばい…』
 オモイカネ・アールの最後の言葉がアキトの耳に残っていた。
「ばいばい、アール…」
 アキトのつぶやきは火星の風に運ばれ、赤い景色の中に消えていった。

 生きている。
 この火星で、生きている。
 まだ、今日を生きている…。





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 あとがき

 ・・・まだ一日目…。アキトの火星エンジョイライフ一日目しか終わっていない。っていうか、第二話Aパートに追いつかれかけてるし(涙)。
 ご想像の通り、次は第一話Dパートです。今回は某DWなる作品からゲストをお迎えしてアキトの相手をしています。訳の分からないキャラが出てくることに反対の方は『うさぎちゃんカンパニーに死を』と呪いのメールを送ってください。
 アキト・パートはしばらく暗く地味でしょんぼりとした話が続くので、ルリ・パートだけを読むというのも手ですね(苦笑)。
 ちょっと構成変えた方がいいのかも(溜め息)。
 それでは。