Re-Genesis
再創生
機動戦艦ナデシコ
2次小説
descripted by Veneficus...
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第一話Aパート
『「男らしく行く前」に「わたし少女です」』
1.
茜色に染まる空。子供たちを呼ぶ母親の声。明日また会えることを前提に互いに別れを告げる子供たちの声。遠くで、遠くで響く、チャルメラの音。
「・・・ここは…」
少女は彼女にしては珍しく呆然とした表情で周囲を見渡した。
少し錆の生えたジャングル・ジム。滑り台。手前の砂場。揺れるブランコ・・・。
自然と視線がいつもの場所に向けられる。賑やかな屋台と元気いっぱいな若い店主。宇宙軍の制服を着た恋人が仕事帰りに注文を取り、不器用で表情に乏しい少女が出来上がったラーメンを運ぶ。懐かしく、誰もが幸せだった夢のような日々。
そこには、ただ土がむき出した空き地があった。
はっと、我に返ると、ホシノ・ルリは周囲を見回した。
誰もいない。
もちろん、会社帰りか近所の主婦か、通り過ぎる人々がときおり彼女に奇異の視線を向けることもあるが、彼女の格好を見て奇妙に納得したかのように通り過ぎていく。だが、彼女が探している人物の姿はどこにもなかった。
「アキトさん!」
ルリは自分のくぐもった声に、いまだに自分がパイロット・スーツのヘルメットをかぶったままであることに気がついた。慌ててヘルメットを外し、無理やり押し込まれたポニーテールの髪を引っ張り出す。
懐かしい空気。どこかの夕餉の匂いがする。
だが、そのすべてがルリにとっては遠いものだった。ルリは周囲を見回した。少し遠巻きにこちらを見ていた子供たちが目をそらす。
いない。
ルリはゆっくりと足を踏み出した。スーツの柔らかな足の裏地越しに感じる土の感触。夕暮れの公園を水色のパイロットスーツを着たルリが歩く。
いない。
ルリは彼女を奇妙な目で見ていた子供たちのところに歩み寄った。わっと子供たちが驚いたように逃げ出す。逃げ遅れたらしい少女が立ちすくんだ。
怯えた様子で見上げる瞳。
ルリはかつてアキトが自分にしてくれていたように、しゃがんで少女と視線の高さを合わせると、驚かせないようそっと首を傾げて尋ねた。
「少し尋ねてもかまいませんか?」
「・・・うん…」
黒い髪の少女がこくんと頷いた。
「ここにわたし以外に誰かいませんでしたか? 黒いぼさぼさの髪をした男の人が…?」
一縷の願いを込めて、尋ねる。その気配に何かを感じたのか、少女は首を横に振るとだっと逃げ出してしまった。
「あ・・・」「「「‥‥わぁ…」」」
女の子の反応におずおずと遠巻きに見守っていた子供たちが逃げ出す。ルリは引きとめようと手を伸ばすがすぐに手を下ろした。
「あの人は‥‥いないんですね…」
さきほどまで茜色だった空が薄紫に染まる。ルリは急に空気がひんやりと冷たくなった気がして、自分の体を抱きしめた。もちろん、そんなことはありえない。パイロット・スーツは一時的な気密の破れからパイロットを保護するために断熱され、適温が保持されているはずだった。
日が沈む。
ルリは手近なベンチに腰を下ろした。ヘルメットをひざの上に両手で抱え、力なく肩を落とす。
あの場所が見つめることのできる場所。
子供たちは迎えに来た母親に連れて行かれ、たまに通りがかるのは会社帰りの人々や、足早に歩く学生たちだけだった。
「また・・・わたしを一人ぼっちにしてしまうんですね…」
ルリはその空白を見つめることができずにうつむいた。静かに嗚咽が漏れる。
「アキトさん…」
頬を伝うしずくが、地面に落ちて黒い染みを作った。
どれほどの時が経ったのだろうか。
空には天の川がはっきりと映し出されており、星の瞬き一つ一つが美しく輝いていた。
「‥‥航空宇宙軍基地に出頭しなくてはいけませんね…」
ルリは痺れたような頭で考える。小惑星帯でひとりだけ消息を絶った訳だから、きっとミスマルのおじ様は心配しているだろう。ナデシコBにも生存を伝えなければならない。このままだと死人として扱われてしまうかも知れない。
「それでも、いいのですけど…」
未練はなかった。いっぱい戦って、いっぱい探して、結局、あのひとは・・・。
「助け、られなかった・・・」
口に出して呟く。思っていたほど哀しくなかった。ただ、頭が凍りついたようで、胸の中がぽっかりと何もなくなってしまったように、そう、まるで人形に戻った気がした。
ぎこちなく、壊れてしまった頭で考える。ここからなら、ウリバタケさんの工場、ご本人は研究所と主張されて譲りませんが、も近い。オリエさんにお願いすれば官舎まで送ってもらえるだろう。電話を借りて艦隊司令部と、ミスマルおじ様に連絡してもいい。すぐに迎えが来てくれる。あとは、報告して、終わり。すべて、終わり。
「・・・ユリカさんにも、報告しなきゃ・・・」
あなたの王子様はわたしに捕まらないために相転移エンジンを暴走させて自爆しました。ボソン・ジャンプで脱出できるチャンスはありましたが、わたしをジャンプさせて消えました。原子の塵どころか、蒸発する空間に引き伸ばされて・・・。もういないんです。アキトさんはもう、どこにも・・・いない・・・。
「‥‥あ・・・あぁ・・」
憶えず目蓋が熱くなる。涙がこれ以上こぼれないよう、ルリは空を見上げた。
星がくっきりと見える。
「??? ‥‥ヨコスカの空は、こんなに暗かったでしょうか?」
辺りを見回す。多くの家が軒を連ねる。しかし、その明かりは暗い。
「灯火管制・・・ですか?」
ルリは眉をひそめた。灯火管制されるということは明かりによって地形が判別される事を避けるためだ。そして、それはその地域が爆撃などの軍事目標となっている場合に限られる。地球圏が直接戦闘の対象となったのは一年以上前の『火星の後継者』事件が最後だが、そのときもヨコスカに灯火管制が布かれることはなかった。
ルリは疑問に思って自分のコミュニケを見る。宇宙都市や船内で標準となっているGMT表記から現地時間に変換する。
AM0541。
「・・・」
日が沈むには少しばかり早すぎる時間だった。
ルリはしばらく凍り付いていたのかもしれない。そのため、何人かの人影が近づいてくるのに気がつくのが遅れた。
「お、いたいた。あれだぞ」「・・・本当ですか?」「あ、でも、確かにパイロットって感じですよね…」
キッと甲高い音を立てて何台かの自転車が止まった。ルリはぼぅっとした顔でヘルメットを抱えたままそちらへ向き直った。警察官だ。紺の制服を着た二人の警官といっしょに見慣れた顔がこちらに駆け寄ってくる。それは来るのはウリバタケ・セイヤだった。
「おい、あんた!」「違うんじゃない?」「そうですよ。こんな女の子が…」
「だぁー! あの新型はな、特殊なインターフェイスが必要だから専用のパイロット・スーツじゃねぇと操作できねぇんだよ!」「・・・」「…まぁ、そうかもしれませんけど」
ルリの姿に首をかしげる警官たちをウリバタケが怒鳴りつける。ルリはきょとんとした表情で大股で近づいてくるウリバタケを待ち受けた。
「あんた、あっちに落ちたネルガルの新型のパイロットだろ?」「・・・え?」
話が見えずにきょとんとするルリ。ウリバタケの両側から警察官が覗き込んだ。
「困るんだよね、いくら戦時といっても、墜落した機体をそのままにされちゃ」「はい、これ駐禁のキップ」「え…?」
ルリは訳がわからずに彼らの顔を見回した。
「機体はこちらに回収していただいたから、軍からはこちらに引き取りに来るよう連絡して置いてください」「罰金は一月以内に払ってくださいね」
「あ、はい」「それじゃぁ、こちらにサインを」
ルリはとりあえず頷いた。警官たちは少し痛ましそうな目でルリを見る。
「まぁ、大変なのはわかるけど、次からは勝手に移動しないでね」「軍務、ごくろうさまです!」
「はい、ありがとうございました」
敬礼する警官たちにルリは頭を下げた。ルリのような美少女にお礼されて、まんざらでもなさそうな表情で手を振ると、警官たちは自転車をまたいだ。ルリはウリバタケと残される。ウリバタケはルリの周りを回りながらじろじろとルリのパイロット・スーツを見つめていた。
「ずいぶんと洗練されたデザインだな。宇宙軍のパイロット・スーツといえば、ごつい装備で野暮ったいものと決まってるもんだが…」「・・・あ、あの?」
ルリの体のラインが出るスーツを役得とばかりに覗き込むウリバタケ。ルリは本能的な危険を感じて自分の体を抱きかかえた。
「ウリバタケさん、いったい何してるんですか?」「あぁ? 俺のことを知ってるのか?」
「知ってるのかって…」
ルリは首をかしげた。
「わたし、ホシノ・ルリですけど」「おお、ルリちゃんて言うのか!!」
ルリの名前を知ってなぜか喜ぶウリバタケ。腕を組んで頷く。
「俺を知ってるなんざ、なかなかに通じゃねぇか。伊達にネルガルのテスト・パイロットをやってるわけじゃなさそうだな」
ルリは微かな期待と不安を抱えて尋ねた。
「ウリバタケさん、わたしを覚えていないんですか?」「んぁ?」
ウリバタケが顎に手をやって首をかしげる。
「いや、俺たち初対面だろ? ルリちゃんみたいな美少女、見たら早々忘れねぇと思うけどな」「!! ・・・」
それは、すでに確信だった。ルリは胸に手を当てて、肉付きが薄いのがここ数年の不満だった、高まる鼓動を意識しながら尋ねた。
「つかぬことをお訊きしますが、今は西暦何年ですか?」「??」
ウリバタケは変なことを聞く奴だなと露骨に表情に出す。しかし、ルリの奇妙な期待に満ちた視線に耐えかねたように口を開いた。
「西暦でいいんだな。今年は2196年、ちなみに今日は2月17日だ」
「やっぱり・・・」
ルリは複雑な気持ちで納得していた。
過去に来たんですね…。
2.
ホシノ・ルリは瓜畑研究所のガレージに駐機された水色のエステバリス・カスタムを見上げた。相転移兵器の爆発に巻き込まれたはずの機体は、しかし、意外なほど綺麗に見える。
「いえ、それ以前に相転移に巻き込まれていたら、わたしが重度の障害を負っているはずです…」
自分を納得させるように呟く。エステバリスの脚にそっと指を伸ばした。冷たい鋼の感触。滑らかな塗装が指先で滑る。
わたし、ホシノ・ルリはB級ジャンパー。ジャンプ・ナビゲートの能力を持っていますが、単独で過去へのイメージングなんてできるはずはない。
「・・・生きてる…。きっとあの人は、生きている」
ルリは自分にそう言い聞かせると、こつんとエステの脚に額をくっつけた。
そんなルリの姿をウリバタケ・セイヤとオリエは心配そうに見つめていた。
「あんた、あの子…」「ああ、かなり訳ありっぽいな」
セイヤは顎に手を当てる。オリエは小さなため息をついた。
「あんたももう若くないんだから、厄介ごとはごめんだよ?」
「無茶はしねぇよ」
そう言って手をひらひらと振ると、セイヤはルリの方へと歩き寄った。
「よう、ルリちゃん。確認は済んだかい?」
その言葉に、ルリは目元を拭くと、ゆっくりと振り返った。
「はい。ありがとうございました。いくつかお願いがあるのですが、よろしいですか?」
すっとオリエの方をちらりと見て頭を下げると、ルリはウリバタケの顔を見つめた。その金色の瞳にどぎまぎしながらも、セイヤは内心「来たな」と思う。
「おう。無法なことじゃなけりゃ、言ってくれ」「はい」
ルリは心の中で深く感謝しながら言葉を続ける。
「まず、この機体についてですが忘れてください」
「ま、そうだろうな」
当然のごとく頷くセイヤ。ルリは念を押す。
「ウリバタケさんは将来ネルガルの新製品をメンテナンスすることがあるかもしれません。ですが、そのとき、この機体のことを思い出してはいけません。理由はその時がくればわかります」「・・・まぁ、よくわからんが、時がくればわかるってことだろう?」「はい」
頭をかきながらセイヤが首を振る。
「次ですが、わたしのことです。
たぶんこの先、いろいろと疑問に思うことがあるでしょうが、聞かないでください」
「忘れなくても、いいんだな?」「ええ」
抜け目なくセイヤが訊ねた。ルリはポニーテールの髪を弾ませて頷く。
「了解だ」
「最後にですが・・・」「おぅ」
ルリは顔を引き締めた。その気配に気付いてセイヤも目を細める。
「一晩泊めていただけますか?」「あ?」
ルリは申し訳なさそうにセイヤを見上げた。
「宇宙軍に連絡を取りたいのですが、アレはバッテリーが尽きてしまっているので今から連絡しても回収できないんです・・・」
「・・・」
「それじゃぁ、このお部屋を使ってくださいね」
「ありがとうございます」
オリエに案内された部屋に入ると、ルリは深々と頭を下げた。オリエは律儀に礼を言う少女に微笑を浮かべた。
「こちらは着替えです。わたしのお古ですけど差し上げます」
抱えていた古着を布団の傍らに置く。ルリはようやく自分がずっとパイロット・スーツのままであったことに気がついて赤面した。
「何から何まで、すみません」「ゆっくりしていってくださいね」「はい」
もう一度ぺこりと頭を下げるルリ。オリエはルリを残して扉を閉めた。
「ふぅ‥‥」
ルリは一人きりになると、電話を前に膝を抱える。
もちろん、回収云々は言い訳だった。時間が欲しかった。ゆっくりとこれからのことを考える時間が。
「・・・。いずれネルガルと接触を取る必要があるのは確かですけど、今は駄目ですね」
何度も考えた結果だった。
取引する材料ならいくつもある。たとえば、この電子戦用エステバリス・カスタム。設計思想や大容量バッテリー、通信手段や、最適化されたソフトウェアなど、まだ史実ではテスト機が開発されている段階で答えがそろって提供されるのだ。ネルガルにとって、いや、他の企業にとっても垂涎の的だろう。
だが、所詮は物でしかない。手の届くところにあるのなら、わざわざ交渉などしなくても奪ってしまえばよい。ネルガルや他の企業に取引を申し出た段階で、壮絶な争奪戦が繰り広げられることになるだろう。そのための、シークレット・サービスなのだから。
加えて、ルリはどこにも管理されていないマシン・チャイルドだ。
身寄りどころか戸籍もない。存在しないはずの素材だ。最高の実験材料になる。
ルリは自分の能力を過信していなかった。
どれほどオペレート能力があろうと、それは優秀なAIのサポートがあってのもの。十分な設備もなく、後ろ盾もない今の状況で、企業を、しかも社会の暗部に手を突っ込むことに躊躇しない意思を持つ企業を手玉に取れるなどとは思わなかった。
後ろ盾が欲しい。
利のみで動かない、情を持った強力な後ろ盾が、ルリは欲しいと思った。
「・・・やっぱり、ミスマルのおじ様にお願いするのがベストですか…」
ルリは迷うことなくミスマル・コウイチロウの名義で宇宙軍極東艦隊司令部のネットワークに侵入する。アカウントやパスワードは義娘に甘いコウイチロウが自ら教えたものだ。ルリはコウイチロウの明日の予定を確認すると、スケジュール上に自分との面会を用意する。ついでに作戦参謀であるムネタケ・ヨシサダも同席するようセッティングしておいた。
「そういえば、キノコはまだ生きてるんでしたね」
思い出してため息がこぼれる。稀代の天才と呼ばれるムネタケ・ヨシサダの息子ムネタケ・サダアキはこの時期、火星からの撤退をずいぶんと叩かれていたはずだ。軍が民間人を見捨てたなどという不名誉な事実を一身に背負わされて。
冷静に考えて、あの時、火星から撤退する以外に方法がないことは目に見えて明らかだった。問題は誰が言い出すか、どのように撤退するかという二点に絞られる。ムネタケ・サダアキの失敗は旗艦がチューリップへ突撃してしまったために指揮系統が混乱して撤退の命令が勝手に流布してしまったことだろう。当人はフクベ提督と旗艦でチューリップに体当たりしているわけだから、勇気に不足があったわけではない。・・・たぶん。
「まぁ、そのうち何とかしましょう。それよりも大切なことは、どうやっておじ様を説得すればいいのか…」
考えながらも、せっせとエステバリス回収の命令書を作成する。駐車禁止の違反キップの罰金も振込み済みだった。
「わたしを商品にするしか、ないのでしょうね…」
ルリは結局、朝までおじさま攻略のシミュレートをし続けることとなる。
3.
ノックの音が響く。
「入りたまえ」「失礼しますよ」
ミスマル・コウイチロウはデスクから立ち上がると、入室してきたムネタケ・ヨシサダ作戦参謀を迎え入れた。
「む、ヨシサダ君か。予定より少し早いようだね」
ミスマル提督の言葉にキノコ頭の作戦参謀が頷いた。
「ええ。少し気になったものですから」「この訪問者のことかね」「はい」「・・・むぅ…」
コウイチロウは席を勧めると腕を組んで考え込んだ。
「提督のお知り合いですかな?」「それが、まったく面識がないのだよ」
コウイチロウはヨシサダの問いにカイゼルひげを震わせて答えた。期せずして二人の視線が端末に浮かぶ名前に集まる。
アマノガ・ルリ。
奇妙な訪問者だった。本来開いていたはずの時間帯に滑り込むように面会の予定が入り込んでいた。
「この名前、なんと書くのでしょうなぁ。あまのが、あまのがわ、天の河と書くのでしょうか」「てんのかわ・・・、テンカワ…!?」「お知り合いで?」「うむ。昔、火星に住んでいたときのお隣さんがテンカワご夫妻だった。火星のクーデター事件で命を落とされてな」「ほほう・・・」
コウイチロウとヨシサダは互いに目を見交わした。あの事件の裏を知る者としては当然の反応だった。
「ご縁者の方かもしれませんな」「うむ」
「提督、ご面会のアマノガ様がお見えになりました」
コミュニケが開き、秘書が来客の到着を告げた。コウイチロウは重々しく頷いた。
「お通ししてくれたまえ」「わかりました」
「はじめまして。アマノガ・ルリです」「「おおお…」」
ホシノ・ルリはそう名乗ると、正面のサリーちゃんのパパと親キノコにぺこりと頭を下げた。
ミスマル・コウイチロウとムネタケ・ヨシサダはその折れそうな華奢な美しい姿が流れるように挨拶するのを頬を赤く染めながら感心するように見つめていた。瑠璃色の柔らかな髪が体の線に添って濡れるように滑る。
ルリは頭を上げるとその金色の瞳を二人に向けた。
「その瞳の色は・・・?」
「はい。わたしはネルガルで生産されたマシン・チャイルドです」
「・・・」「・・・なるほど…」
コウイチロウの問いに「生産」と言う言葉をさりげなく印象付けるようにルリはなるべく淡々とした様子で答える。ヨシサダが納得がいったようにうなずいた。
「ネルガルのマシン・チャイルドはオペレート能力に優れていると聞きます。宇宙軍のコンピュータに侵入したのですな」
「はい。その通りですけど…」
ルリが言いよどむ。もちろん、二人の興味を引くためのものだ。
「ん? なんだね?」
こちらは早くもルリの術策に落ちたのか、目いっぱい優しげな表情を浮かべてコウイチロウが首をかしげる。
「はい、ミスマル提督。
失礼ですが、やはり最愛の奥様の名前をパスワードにされるのは問題があるのではないでしょうか」「う・・・、わ、わたしかね…」「くっくっく…」
しょんぼりと肩を落とすコウイチロウの姿にヨシサダが笑みをこぼす。ルリは困ったようにコウイチロウとヨシサダを見比べた。ヨシサダはコウイチロウの肩を叩いて慰めると、落ち込むコウイチロウから視線を移した。
「ところで、わたしたちと面会を試みたということは、何か相談したいことがあるのだね?」
さすがは稀代の天才参謀と呼ばれるだけのことはある。髪形は怪しいが、肝心な点を忘れてはいなかった。
「・・・はい」
躊躇うようにルリが頷いて誘いをかけた。ヨシサダは用心するように問いかける。
「それは?」「それは・・・、わたしの身柄の保護をお願いしたいのです」
「ほう」「保護、かね?」「はい」
ルリはうなずく。ここまでの展開をどうやらヨシサダはある程度、予想していたようだった。ルリはあまり感情を乗せないよう抑えながら、言葉を紡ぐ。
「わたしには戸籍がありません。身元の保証も、人権の保護も。わたしはただネルガルの人形として存在を許されてきました。今回、ネルガルの新型機動兵器エステバリスの実験でわたしが操縦することになったので、このチャンスを逃したら二度とネルガルの手から逃れることはできないと思って脱出しました。わたしが乗ってきたエステバリスはすでに宇宙軍に回収するよう命令書を出してあります」「なるほど、そつのないことですな」
「・・・」
コウイチロウの反応はない。
ルリはヨシサダと視線を交わすと、訊ねるようにコウイチロウを見上げる。
「‥‥提督?」
「なんと不憫な!!」
突然の大音響にルリの意識が吹き飛んだ。
「・・・油断、しました…」
遠くなる意識の隅でルリはしっかりと耳に栓をしていたヨシサダの姿が見えた気がした。
目が覚めると、見覚えのある部屋だった。
その部屋はミスマル家の養女となった彼女にあてがわれた部屋だった。ユリカと共にこの家を出るまで、そして、アキトとユリカがシャトル事故にあったあの日から軍に入るまで、いや、軍に入ってからもこの部屋はいつ訪れてもいいようにとルリの帰りを待ち続けていたのだ。
目を覚ます。頭がぼんやりとした状態で、それでもただひとつのことを思う。
「夢なら、どれほど良かっただろう‥」
思うだけで涙があふれそうになって腕で顔を隠す。自分はこれほどまでに涙もろい人間だったのだろうか。
「お目覚めですか?」「!!」
柔らかな女性の声に、はっとルリは身を起こした。
「驚かせてしまいました?」「・・・いえ‥」
ルリは声をかけてきた着物と白いほっかけエプロンを着た家政婦さんに視線を向ける。五十歳ほどのミスマル家の家事一切を取り仕切るこの女性を覚えていた。彼女、サダさんは柔らかな笑みをルリに向けていた。
「ここは?」「ここはミスマルのお屋敷ですよ」「そう、ですか‥‥」
周りを見回す。ただ、懐かしかった。その様子を誤解したのだろうか。サダさんは落ち着いた様子で説明した。
「今日からこのお部屋がルリお嬢様のお部屋となります。気兼ねせず何なりとおっしゃってください」
「あの?」「さぁさぁ、旦那様がお待ちですよ。着替えはこちらに置いておきますね」
ルリは着替えに袖を通すと‐‐胸のところが少し開いているのが気になるが‐‐リビングへと通された。期待と怖れがせめぎ合う。リビングのソファには二つの人影があった。
「うっわぁ! 可愛いい!!」「うむうむ」
長い黒髪の女性、ミスマル・ユリカがルリを振り返って嬌声を上げた。コウイチロウが娘の声にしみじみと頷く。ルリは一番不安だった人の姿に思わず立ちすくんだ。天真爛漫で人を疑うことなど微塵も考えていない無垢な笑顔が、ルリに向けられていた。
「ユリカや、この娘が今日からお前の義妹になるアマノガ・ルリくんだよ。ルリくんや、こちらは君の義姉になるユリカだ」
「へぇ、ルリちゃんて言うんだ! よろしくね!!」
「・・・はい。よろしくお願いします」
その笑顔が辛くて、ルリは頭を下げてお辞儀をする。
「もう、ルリちゃんて内気なんだから。そんなに畏まらなくてもいいのに。
私のことはユリカお姉さんて呼んでね」
ユリカはそういって立ち上がると、両手で包み込むようにルリの手を取った。
「ほら、頭を上げて。思いっきり甘えてね」「はい」
顔を上げる。義姉の笑顔の眩しさに、ルリはひとすじの涙を流した。
・・・今度こそ、幸せに…。
贖罪の誓いと共に。
あとがき
長げーよ!
なんか、だらだらと書き並べてしまったようで反省しています。美しくないですねぇ(ため息)。
ほんとはもっと微妙な感情を根掘り葉掘り書き刻みたかったのですが、話が進まなくなるのでところどころ強引に進行しています。
第一話はナデシコが発進するまでを書きます。Cパートでまとめます。
それでは次はBパート。火星で鬱になります。