水底の月


第二話 ・・・ 水に堕ちる



1.

 蒸し暑さに汗が流れる。
 暗い闇を茜色のライトを頼りに、定着液に漬けた印画紙を竹のピンセットで挟んだ。
 時計を見る。もうそろそろ、色が定着している頃だ。
 液剤をよく切って素早く水を張ったバットに移す。印画紙が空気に触れないようピンセットで軽く押さえ沈めた。
 武嶋蔦子はそこまでの行程を終えて、ようやく額に浮かんだ汗をタオルでぬぐった。
 あの光景に出会えたことを、蔦子は正直、マリア様に感謝した。
 その瞬間、蔦子は一瞬目を疑った。自分が親友だと信じる福沢祐巳、その瞳に無気力にも似た無関心と恐怖以外の表情が浮かんでいたのだ。
 それは、おそらく羨望。
 自分にはもう手に入らない、彼方の星に焦がれる想い。
 そんな祐巳さんの情動を突き動かしたのが自分でないことに胸がこわばるような想いを感じて蔦子はファインダーを覗いた。彼女の視線、その向こうに輝く物を蔦子自身も見てみたくて、自然と左手の指がフォーカスを合わせ、一瞬一瞬を流れるように切り取っていく。
 見上げる先に、お嬢様学校として名高いリリアン女学園でもひときわ名高い小笠原祥子さまの姿を写して蔦子は確かな確信を得ていた。
 この写真は今年最高の一瞬になる。
 だからこそ、フィルムを急いで消費すると、昼もろくに食べることなく現像を行っていた。時折自己主張するお腹の鳴る音が、熱中しすぎる自分の熱を少し冷ましてくれる。
 水を流し、写真をすすぐ。
 赤いライトに照らされて、向かい合う二人の少女達の一瞬が露わになる。
 蔦子は満足げに頷くと、写真の水を切って温風を当てた。
 彼女にこの写真を見せるのが、今から楽しみだった。


2.

「祐巳さん、祐巳さん」
 声が聞こえる。それは、昏い私の世界に心地よく響く乾いた木霊。
 鞄を手に掃除の担当区域だった音楽室を出ようとしていた私を引き留める声がした。振り返る。そこには、楽しそうに笑みを浮かべる蔦子さんが立っていた。
「あ、蔦子さん…。お教室の掃除はもうお済み?」
 明るく、でも、探るように問いかける。それが愚問なことはよくわかっている。蔦子さんは真面目な人だ。自分の人によっては眉を顰めるであろう趣味に口出しされないためにも、自分の義務に手を抜いたりしない。
 わかっていても、問いかける。
 蔦子さんがくっと嗤った。
「ええ。ですから、行き違いにならないように早足で参りましたの」
 軽く言葉を打ち交わす。他愛のない会話。乾燥した意味のない会話に時が過ぎる。
 と、そこに、一緒に音楽室の掃除当番をしている3人の生徒が、申し訳なさそうに声をかけた。
「じゃあ、祐巳さん。私たちは、部活もあるので先に失礼しますね」
 祐巳ははっと顔を向けた。三対の無垢な瞳が祐巳を見つめている。祐巳はふとその瞳の中に自分の姿を捜していた。
「祐巳さん」「え? あ・・・」「そ、掃除日誌は、職員室に返しておきますから」
「まぁ・・・。ありがとう」「い、いえ、お気になさらないで。ごきげんよう」
 蔦子さんの言葉に我に返る。なにやら頬を赤らめて慌てて出て行く彼女たちに、祐巳は声をかけた。
「ごきげんよう」
 祐巳は彼女たちのカラスの濡れ羽色の制服が心持ち急いで立ち去るのを不思議そうに見送った。
「・・・相変わらずねぇ」
 その隣でなぜか蔦子さんが苦笑いをしていた。祐巳は彼女がなぜ苦笑しているのかわからずに首を傾げた。
「私が、写真部に所属していることはご存じよね?「・・・え? ええ」
 蔦子さんはもったいぶった言い回しが大好きだ。それは機嫌が良い時、楽しいことがある時など、絶好調になる。
 祐巳は蔦子さんの言葉に相づちや茶々を入れながら、続きを促した。
「それでもねぇ・・・」「大丈夫。被写体には、それぞれ筋を通しているから」「筋?」
「こんな風にね」
 蔦子さんが我が意を得たりとばかりに手元の写真を差し出した。それまでにこやかに蔦子さんの会話につき合っていた祐巳の表情が微かにこわばった。
「何?」
 受けとる。
 そこに映し出されたのは、あの美しい人。下級生と思しき少女の襟元に手を回し、タイを整えている姿を切り取った物だ。あの人の口元には慈愛を感じさせる笑みが浮かび、見上げる下級生は切望とも哀惜ともとれる瞳で彼女を見上げている。
 その姿はまるで一対の絵のようだった。
「? これが?」「・・・祐巳さん、ちょっとそれは大ボケよ?」「??」
 祐巳は首を傾げた。蔦子さんの言葉、それが何を意味しているのかよくわからない。しげしげと、写真に見入る。
「こ、これ・・・」
 蔦子さんが口元に笑みを浮かべる。そして、その言葉を口にした。
「ええ、よく撮れてるでしょう? この写真、まるで姉妹(スール)のよう」
 祐巳は表情を失ったかのように、冷たい瞳で蔦子さんを見上げた。その反応に、蔦子さんは満足そうに頷いた。


3.

 祐巳さんが剥き出しの自分を見せて私を見つめている。
 剥き身の傷だらけの素顔をさらして私に相対してくれる。
 私は本当はこの祐巳さんを写したい。
 でも、それをした瞬間、彼女は私にこうして心を許すことはなくなるだろう。こうして、傷だらけの祐巳さんを見ることができるのは私だけの特権だ。
 暗い独占欲と自嘲に口元がゆがむ。きっと酷い顔をしている。そんな自信がある。
 蔦子は手に持った写真をひらひらとかざしてみせる。
「この写真は、今年一番の出来だと撮った時から確信していたの。だから、昼休み献上で現像したのよ?」
 祐巳さんのガラス玉のような無機質な視線が写真を追う。本当に関心がなかったら、祐巳さんはきっと見向きもしない。おそらく、認めたくない、受け入れたくない、でも立ち去りがたい何かを感じ取ってくれたのだと思う。
 だって、ここには祐巳さんがかつて夢見た幻想があったのだから。
「そこで祐巳さんにお願いがあるの」「お願い?」
 よし。確かな手応えを感じる。祐巳さんの関心を引いたことを実感する。
「この写真を、学園祭の写真部展示コーナーにパネルでに飾らせて欲しいの」「・・・」
 祐巳さんが小首を傾げて考え込む。そんな仕草は全然変わっていない。昔の祐巳さんのままだ。
「私はかまわないけど…」
 わかるでしょう、と言う感じに祐巳さんが私を見上げた。蔦子は良い感じの展開に満面の笑みを浮かべる。それはおそらく、祐巳さんにとっては邪悪な笑みにしか感じ取れないだろうけど。
「ええ。そこで、もう一つ。紅薔薇の蕾(ロサ・キネンシス・アン・ブトゥン)に許可を頂こうと思うのだけど、祐巳さんもご一緒願えないかしら」
 今度こそ、驚きに祐巳さんの目が丸くなった。こんな祐巳さんを見るのは本当に久しぶりだ。本当に今日は最高の一日になりそうだ。
 祐巳さんは顔を伏せると、呟くように応えた。
「そんなの…、無理よ」
 祐巳さんの頭が小さく横に振られる。ツイン・テールの髪が弱々しげに震えた。
「絶対無理」「どうして?」
 蔦子は祐巳さんの心の奥深くを感じ取れるようにじっと見つめる。
「こんなに親しげなのに?」「・・・」
 蔦子の言葉に祐巳さんは小さくため息をついて朝の事情を説明した。
「・・・というわけ。祥子さまはきっと、だらしのない生徒だと思ったわ」
「だらしない生徒、結構じゃない。祐巳さん、もしかしてご存じないの?」「??」
 きょとんとする。ああ、これは本当に祐巳さんは知らないんだ、と蔦子は納得した。そして、祥子さまの前でタイを乱していた下級生の話を説明する。そして、返ってきた反応は冷ややかな視線だった。
「その怖い祥子さまに、私を立ち向かわせようと?」「あ、あはは・・・」
 蔦子は冷や汗をぬぐうと、視線を遠くにとばす。
「蔦子さん、自分で交渉したら? いつもは、そうしているんでしょう?」「怖いもの知らずの蔦子さんとはいえ、さすがに山百合会の幹部は恐ろしい…」
 呆れた声の祐巳さんに白状する。最初からこれを言ってしまえば、人のよい祐巳さんのことだ。きっと付いてきてくれると、わかっているけれど、最初からそんな祐巳さんの人の良さにつけ込む気にならない。
 それに・・・。
 真面目な話。祐巳さんももうあの人達の呪縛から解き放たれても良い頃だと思う。
「ふぅ。お手伝いはするけど、祥子さまがなんて言うかまでは保証できないよ」「大丈夫よ」
 蔦子は音楽室の扉を開けた。合唱部の上級生らしき女性とすれ違う。
「ウマがあいそうじゃない、あなたと祥子さま」
「・・・また、訳のわからないことを」
 祐巳さんは先ほどの上級生にペコリと挨拶をすると、蔦子を追いかけた。


4.

 つまらない話を聞いてしまったわね。
 音楽室を立ち去る二人の下級生の姿を見送って、蟹名静は小さくため息をついた。
 静はあの少女のことをよく知っている。静は合唱部に所属しているため、音楽室を掃除範囲として担当する一年桃組の少女達と顔を合わせることも多い。静はその少女達の中で、いつもにこにこと明るく楽しく掃除をしている少女のことをよく覚えていた。
 実は結構気にしていたのだ。
 その少女、福沢祐巳さんとは掃除のお礼などをして親しくしているつもりだったのだが、彼女はちっとも静のことを憶えている様子がなかったから。
 でも、それも今日の会話を聞いてわかった。
 祐巳さんは周囲を見ていない。あの人懐っこさも、人好きする笑顔も、ころころ変わる表情も、その総てが反射でしかないのだ。
 だから憶えていない。憶えていると言うことは、反射せずに対応すると言うことだから、彼女は憶えない。
 本当に人と接することから逃げ続けているのだ。
「困ったわ」
 静は呟く。明日からどんな顔をして彼女と接すればよいのだろう。
 いいえ、彼女は変わらない。
 静は自分がどんな風に彼女のことを見ていればいいのか、判断が付きかねていた。
 見ていられない。
 その笑顔を、驚きの表情を、穏やかな日々も、総てが彼女にとって偽りだというのに。
 その表情の総てが痛々しくてたまらない。
「でもね、祐巳さん」
 もうそこにはいない少女を静は想った。
「心は、死なないの。例え、地面深くに埋葬しても、心は死なない。いつか再び日の光を浴びて輝く時を夢見て、そっと自分を癒しているのよ」
 あの人のように。
 静は大切に想う人の面影を少女に重ねた。


5.

 藤堂志摩子は薔薇の館前にたたずむ二人の人影にこくりと小首を傾げた。
 後ろ姿でもすぐわかる。特徴的なツインテールの小柄な少女と、ロングにシャギーの入ったメガネの少女。同級生の祐巳さんと蔦子さんだ。薔薇の館の扉を祐巳さんがノックしようとしている。その小柄な彼女の背に隠れるように蔦子さんが扉を見つめている姿に少し苦笑してしまう。
「普段は蔦子さんの方が度胸があるのにね」
 ノックしようとした祐巳さんの肩を両手で蔦子さんが掴んだ。一階の扉をノックしても、きっと誰も気づいてくれない。彼女たち一年生が薔薇の館を訪れる機会は滅多にないため、彼女たちはそのことを知らないのだろう。
 祐巳さんが手を下ろそうとする。
 志摩子は反射的に声をかけていた。
「山百合会に、何かご用?」「「はぅぁっ!?」」
 お二人が飛び跳ねるように振り向く。
「あら、ごめんなさい。驚かせてしまったかしら」
 志摩子はなんとなく楽しくてにっこりと微笑んだ。

 驚いた。
 突然声をかけられたことにではない。志摩子さんが私たちに声をかけてきたと言うことに、祐巳は驚いていた。それほど親しいわけではない。同級生としてあたりまえに声をかける程度。他の子たちが志摩子さん相手に気後れする、志摩子さんは美人だから、こともあって、祐巳が積極的に志摩子さんに接する機会はなかった。
 だから、志摩子さんがここで立ち尽くす祐巳達に声をかける理由はないように思えたのだ。
「志摩子さんこそ、どうして・・・」「ばかね。志摩子さんは白薔薇の蕾(ロサ・ギガンティア・アン・ブトゥン)なんだから」「あ、そうか…」
 蔦子さんの肘鉄に祐巳が納得する。
 彼女は、違うんだ。
 そう、祐巳は思う。
 志摩子さんは美人で頭が良くて、少し神秘的で優しくて、儚げな陰があって、非の打ち所のないお嬢様だ。そんな選ばれた人が、運命のように出会った相手と姉妹の契りを結ぶ。その相手も、当然非の打ち所のない方で。
 祐巳のような平凡な当たり前の少女にはあり得ない、運命が似合うのだ。この志摩子という少女には。
 素直に大変だな、って思う。
 祐巳のような平凡な少女にすら、世界は容赦ない。だとしたら、志摩子さんには、いったいどんな世界が待っているのか、祐巳には想像もつかなかった。
「・・・そういうことだったら、お入りになったら? 祥子さまはたぶん二階にいらっしゃると思うし」
 取り次ぎをお願いする蔦子さんの言葉に、志摩子さんは手招きをすると薔薇の館の扉を開いた。祐巳はきょとんとそんな志摩子さんを見つめる。
 志摩子さんはもう一度声をかけた。
「どうぞ?」
 この先は、祐巳が自分に関わることなどあり得ないと信じていた世界だった。そこに招く志摩子さんの細い指。白く綺麗な繊手が手招きをする。白い、指が、蠢いて、真っ白に蠢く、気持ち悪い、吐き気がする・・・。
「行こう、祐巳さん」「!!」
 腕を抱き抱えられる。その感触に、祐巳ははっと我に返った。蔦子さんが祐巳に逃げられないよう両腕で祐巳の右手を抱えていた。
「ちょ、ちょっと、蔦子さん…」
 引きずられるように中に入る。
 がらんとした広い天井。
 吹き抜けになっている一階の寒々しさに、祐巳は大きく息をついた。胸の中の澱を吐き出すように。
「こちらよ」
 志摩子さんが、招く。
 振り向いた視線の先、入った左手にあるやや急な階段の途中から、あの白い少女が招く。
 階段の突き当たりにあるはめガラスから西日が差し込み、祐巳達のいる階下に差し込んでいた。
 その日の当たらない暗く乾いた場所から、柔らかな笑みを浮かべる少女が微笑む階上を見上げる。
「綺麗だね、志摩子さんは」「・・・」
 ポツリと呟いた祐巳の言葉を耳にした蔦子さんが強引に引きずっていく。
 明かりの差し込む場所へ。
 でも、祐巳にはそれはとても遠い世界だった。


6.

 こんなに普通の毎日の中で、出会うなんて思ってなかった。
 ピリッと、何かが破れた音がした。それはたぶん、私の理性が悲鳴を上げた音だ。
 右手の席に座るお姉様、山百合会を代表する紅薔薇さま(ロサ・キネンシス)が憎らしいほどいつもの笑顔で、しれっと私に告げる。
「あら、(プティ・スール)一人作れないあなたに、この場での発言権があると思って?」
 完璧な笑顔。普段ならさすがおねえさまと見惚れてしまうのだけど、今回ばかりはその笑顔も私には通用しない。
 ただでさえ、朝出会った、よく憶えていないのだけれど、下級生を逃してしまい自分の不甲斐なさに落ちこんでいたところなのだ。その上に学園祭で優お兄さまと踊れと言うのだ。いつもは誇らしい水野蓉子さまの笑顔が憎い。
「横暴ですわ! お姉さま方の意地悪!!」
 私はテーブルに両手を激しくついて立ち上がった。後ろに押し出された椅子が床と摩れて悲鳴をあげる。
「わかりました。そうまでおっしゃるなら、ここに連れてくればいいのでしょう! ええ! 今すぐ連れて参ります!」
 淑女にあるまじき大股で、肩で風を切って会議室の扉に向かう。
 そうだ。学園中を探し出しても、あの子をいますぐここに連れてこよう。そして、いじわるなお姉さまの鼻を明かしてやるのだ。
 私は勢いよく扉を開くと、意気揚揚と跳びだした。

 二階の一室から薔薇様がたとやりあう祥子様の声が響く。志摩子はちらりと二人に視線を送った。やはり恐ろしいのか、二人は身を寄せている。
 室内で祥子様がたんかを切る。蔦子さんがびくりと祐巳さんにしがみついた。
 ふっと祐巳さんが口元を綻ばせる。
 その透明な表情。志摩子は吸い込まれるような怖れを感じた。と、きょとんと疑問を浮かべた祐巳さんが志摩子に視線を向ける。志摩子は照れくさくなって、ドアノブに伸ばした手に力をいれた。
 しかし、その手応えのなさに、志摩子は反射的に一歩下がった。その目の前を黒く艶やかな長い髪の女性が普段にない勢いで駆け抜けようとしていた。
 声をかける間もなく、呆然と志摩子は見送ってしまう。
 その見送った先には志摩子が案内してきた少女たちの姿が。
「あ・・・」
 祥子さまは導かれるように一番最後の少女にぶつかった。

 別に不思議なことじゃない。全然当たり前のこと。扉を開けて階段に向かったら、ちょうど蔦子さんに腕を曳かれた私がいただけのこと。なんてことないことなんだ。
 祐巳は現実感がないままに二階に誘われていた。会議をしているとおぼしき部屋から響くヒステリックな叫び声。蔦子さんが祐巳の腕を抱きしめた。
 逃げたりしないのに。
 祐巳は蔦子さんのしぐさに口元を綻ばせる。蔦子さんがなぜか私を見て、慌てて志摩子さんのほうに向き直った。
 どうしたのだろう。ドアノブに手をかけた志摩子さんにきょとんとした目を向ける。
 志摩子さんが祐巳を見つめていた。祐巳の視線を受けて、なぜか志摩子さんもあわててドアを開けた。
 と、勢いよく跳び出てきたなにかに激しく祐巳は押し倒された。

 ぶつかる衝撃に、祥子は思わず目の前のソレにしがみつこうとした。
 しかし、細く柔らかなその身体に、祥子の身体を支えようなどあまりに無体な話しだった。
 ソレが、その少女が、崩れる。
「あっ!」「うわっ!」「え!?」
 結果、祥子は少女を押し倒してしまっていた。
「つー・・・」「大丈夫?」
 痛みをこらえて、押し倒してしまった少女を見る。小さな、細い肩。華奢なうなじに続いて、少女の髪をまとめたリボンに目が止まる。
 すぐに気付いた。
 あの子だ。
「あーあ、ずいぶん派手に転んじゃったわね」「え、祥子の50キロに押しつぶされちゃったの? 悲惨〜」「おーい、被害者、生きてる?」
 外野がうるさい。
「あなた、大丈夫?」「祥子、簡単に動かさない方がいいよ。頭打ってたら大変だから」
 祥子はすぐに身を起こすと、立ちあがって彼女を抱き起こそうと手を差し伸べようとした。
「あ、大丈夫です」
 避けられた。
 手を伸ばそうとするその機先を制するように、彼女は祥子の手の中からすり抜けて立ちあがると、おどけてジャンプまでしてみせる。
「お尻を打っただけだから」「・・・本当に?」
 祥子はその少女の、どこか壊れた人形を思わせる瞳を覗きこんだ。
 ああ、この瞳だ。
 確信する。
 私はこの子の水面に揺らめく光のような輝きに魅せられたのだと感じる。
 そして、その向こうにある本当の輝きを手に入れたくて、私は水面に手を伸ばす。
「時にあなた、一年生よね? お姉さまいて?」「・・・は?」
 せめて、もう少しロマンチックに。


トップ : 前話 : 次話 : モドル...


$Revision: 1.5 $
$Date: 2004/11/13 03:56:25 $