0.
時空管理局本局の兵器開発局の外れにある一室で、その実験は行われていた。
『融合率7%。精神侵食、問題ありません』
「了解。悠里ちゃん、聞こえる?」『はい』
対爆、対魔力装甲の向こうにマリエルは問いかける。すぐに、反応がある。モニターの向こうで
小鳥遊悠里が手を振る。瞳の色は青く、デバイスとの融合状態を示していた。
マリエルは生体情報に問題がないことをスクリーンで確認して小さく頷く。
「それじゃ、融合稼働実験を開始します。悠里ちゃん、しばらく窮屈かもしれないけど、我慢してね」『はい。大丈夫です』
順調な滑り出しだった。
うまくいくと思った。
その結果は二日後、小鳥遊悠里の精神活動停止という形で思い知らされた。
小鳥遊悠里への人格移植には、これまでの医療蓄積、人体実験記録とも言うが、から移植措置に2日、心理状態の安静を待つ意味でも10日ほどの治療期間を必要とする。
その間に先の融合実験の問題点を洗い出す必要があった。
八神はやてはリインフォースIIと共に、今回の実験で起きた現象調査に訪れていた。マリエルたちと手分けして、問題点の洗い出しをするのだ。はやてとリインは稼働実験中の悠里の精神活動を示すデータを確認していた。
それを見つけたのはリインフォースIIだった。
「はやてちゃん、やっぱり、この夜間の睡眠時間での過剰なアクセスに問題があると思うのですよ」「えっと、ここか?」
はやてはリインの示すデータに目を向ける。
リインはこくりと小さな頤を動かす。
「睡眠のサイクルとも一致します。たぶん、記憶整理、つまり、以前の記録と現在の精神状態の整合性を取ろうとしているんですよ。ここでアクセス過剰が発生しています」
「要は、以前の記憶を消化しきれてない?」「はいです」
リインはふわふわと小さな身体をいっぱい動かして、小鳥遊悠里の精神活動のエミュレーションを表示する。小鳥遊悠里の移植人格は長い治療の間にモデリングが完了している。そこにリインが考察した反応をデータとして流す。
「自分であることの不安定さ、自己の確立ができていない状態でかつての記憶にアクセスしたため、アイデンティティの喪失を起こしているのです。そこを『システム』の揺り返しに突き崩されて、心理状態の安定性を失っています」「その結果の精神活動フラットか」「はいです」
はやては眉を顰める。記憶の継承は悠里の精神に安定をもたらすものとばかり思っていたが、逆に人格確立ができていない状態での継承は、幼子の心を磨り潰してしまう結果となっていた。
「打つ手なし、ってことかいな?」
諦めたくなる。記憶を失っても駄目。記憶を移植しても駄目。だとすれば、悠里の心は一体どこへ行けばいい?
救われない。
そんな絶望すら感じる。
「いえ、手はあります!」「!」
リインが強く否定する。諦めたくない。それはリインの意思でもあった。
「記憶の流入を制御すればいいんです。制御AIを組み込んで、現実感のなさを演出して、少しずつ人格を補強するように記憶を復元していくんです。
始めはドラマや映画でも見ているように他人事の知識として、そして、人格の定着と共に少しずつ少しずつ、そのときの思い出を取り戻すんです」
じんと心が痺れる。強く主張するリインの様子にはやては感慨深さを感じていた。初代リインフォースがはやてに残した技術を使って生まれて早8年、灰汁の強い仲間たちに大切に育てられどちらかというと幼さが目立つリインフォースIIだったが、ここに来て急速に想いの強さを見せるようになった。
打ちひしがれて、涙を流して、それでも、前を向いて歩んでいく。
もう、子供やあらへんな。
はやてはそんなふうに思う。
「ほな、管制AIをどうするかやな。あと、記憶の処理にもパフォーマンス出せるようにせんと」「リインはインテリジェント・デバイスを流用したほうがいいと思うんです。人格を強くすると融合事故が起きやすくなってしまうので、控えめなサポート系のAIでマイスターの補助を主とするタイプを」「ん、そやな」
はやてはリインにAIの選出を任せ、マリエルに連絡を入れる。大規模な改修に、いや、ほとんど新規に作り直すことになる。その間に、悠里の人格移植を行って・・・。
はやてはマリエルと話しながら、次々となすべき項目を洗い出した。
最終的なデバイスが完成するまでに、さらに3年の歳月が必要だった。
小鳥遊悠里の記憶を保持し、人格障害が発生した場合には可能な限り補修。もし、最悪、悠里の人格崩壊が発生した場合、基本構造から速やかに再生し、人格崩壊のキーとなった現象を相対化、記録におさめる。保持している記憶の連続性も手を加え、記録との整合性を保持しつつ、リンクを切断する。
常動融合型デバイス、いや、もはや、機能面で言えば単なるデバイスではなかった。
小鳥遊悠里という人格をデバイスに封入した
魔法の壺。
しかし、このデバイスを一番嫌ったのは、小鳥遊悠里自身だった。
「これで私は本当に『小鳥遊悠里』を殺してしまうんだ」「どういう意味や?」
ぽつり呟いた悠里の言葉をはやてが聞き咎めた。
心外やった。悠里のために、そう頑張ったはずやった。マリエルや自分、リインの努力を傷つけられた気がした。
むかっと来たはやてに悠里が微笑む。その笑みはとても儚くて。もう大丈夫。もう悠里が失われてしまうことはない。そう安心していた気持ちに冷たい影が差したような気がした。
「『私』はもともとジュエルシードの研究に都合がいいよう、小鳥遊悠里に植えつけられた存在だから。これで私はこの先死ぬまで『私』でいることを強いられる。
ずっと、考えていたんだ。
どうして私は『私』を受け入れないんだろうって。それは、もしかしたら」「もしかしたら?」
悠里は苦笑して首を振った。
「回復しようとしていた人格を外部からの人格で押し潰し続けてきたんじゃないかって。私は小鳥遊悠里から『小鳥遊悠里』を奪ってしまっていたんじゃないかって。
ううん。きっとこれは気のせい。私の居場所を奪ってしまった『私』の繰り言。
はやてには本当に感謝している。はやては私に時間をくれた。だから、ここからは・・・」
それは遥かな行く先を知った、目指すべき果てを見つけた瞳だった。
後に、はやては彼女から新しいデバイスを開発したとの連絡を受けたとき、その瞳を思い出した。
人間の機能を拡張し、低レベルの魔法素質しか持たない人でも、疑似コアの稼働により最低限の魔力行使を可能とする人間拡張型デバイスHueXシリーズ。そのトップ・リファレンス・モデルとしての
HueX-URI Type-01。
しかし、八神はやてはそのお披露目に参加することはできなかった。
小鳥遊悠里が勤務していたジュエルシードの研究施設は、管理体制からの分離独立を求める次元世界地上本部の襲撃を受け、暴走したジュエルシードが次元断層を発生させ、隣接する次元世界を巻き込む大惨事となったためだ。
小鳥遊悠里はジュエルシードの被害を抑えるべく最後まで研究施設に残り、次元断層に巻き込まれて死亡していた。
10.
朝の光と共に目を覚ます。
それは、長い長い夢の終わり。永い永い旅の始まり。
私の旅路、その歩み出しだ。
サイドボードにおかれているデバイスに目を向ける。
『
Good morning, my master. 』『ん、おはよう』
セイクレッドの挨拶に口を開こうとして、喉の痛みを感じる。
俺は周囲を見回し、ゆっくりと身体を動かして、ベッドから降りる。セイクレッドを首にかけ、腕に伸びた点滴のスタンドを両手で掴み、立ち上がった。
久しぶりに支える体重に膝が崩れそうになる。
えっと、自販機はどこだったっけ?
途中、洗面所で顔を洗い、うがいをして喉の荒れを和らげる。
休憩室に設置された自動販売機で少し考えて飲むヨーグルトを選択。
「セイクレッド?」『
Pull out. 』
微妙に不本意そうに、セイクレッドが小銭を取り出す。俺は自販機に小銭を投入し、ボタンと共に落ちてきたブリッツパックを手にした。
ストローを刺すのが、一苦労だ。半年近く、能動的な行動を取っていない身体が一つ一つの動作に悲鳴を上げる。胸が張るように呼吸が苦しい。動きが筋に引っ掛かり、がくりがくりとぎこちない。
ああ、これはリハビリからだな。
ストローに吸いついて、一口。・・・疲れた。
ロビーの長椅子に腰を下し、空を見る。
もうすぐ冬。そんな高い晩秋の青空。
きっと、旅立つにはいい日なのかもしれない。
ん? なんかナース・センターが騒がしいな。
背後にあるナース・センターに看護士さんたちが集まっている。どうも、どこかの患者さんが抜け出したらしい。大変だな。
俺は飲み干した200mlパックをくずかごに入れると、点滴のスタンドを手に立ち上がる。
一仕事する前に、眠っておくか。
よっと、起き上がって歩き出した俺をみて、すれ違った看護婦さんが叫んだ。
「悠里ちゃん、こんなところに!」「「「「「あ!」」」」」
いなくなった患者って、もしかして俺か。
はやてが倒れた。
あの『闇の書』の闇をみんなして絶賛ふるぼっこした後、力尽きたようにはやては倒れた。
ま、実際、力尽きたわけで。
再会の喜びやら、ちょっとしたバツの悪さはふっとび、とりあえず、アースラに転送されてきたわけだ。
医務室にはやてを運び、いろいろと積もる話もあるだろうヴォルケンリッターを残し、アースラの艦橋に向かった俺をなのはやフェイト、クロノにユーノ、リンディさんたちが迎えてくれた。
「まぁ、いろいろと積もる話もあるだろうが、明日にした方がいい」
開口一番、それかよ。同感だが。
「もう、なんでクロノ君はそんなこと言うの!」「そうだよ、クロノ」
なのはとフェイトが声を上げる。久しぶりの再会に、水を差された気分なのだろうが、俺としてはクロノの言葉がありがたかった。
クロノが右手を上げて二人を止める。
「彼女は半年ぶりに病床から起き上がったばかりだ。体力も落ちているうえに、いきなりの魔力行使はかなりの負担のはず。それにだ。
彼女は結果的に病院を抜け出したことになっている。それは問題だろう」
「あ、そっか」「悠里が平気そうだから、忘れてたね」
「ん」
俺は頷いた。
「今の私はセイクレッドの魔力行使で身体を支えてる。魔法で動く人形のようなもの。精神力だけで動いてるようなものだから、もう少ししたら寝る」
暗に用事があると、そう告げる。クロノはそれだけで察したようだった。
「『闇の書』、夜天の魔導書のことか?」「うん」
その言葉に、エイミィさんがスクリーンに夜天の魔導書を映し出した。俺は口を開く。
「『闇の書』は、滅ぼさなければならない」「・・・」
「そんなの駄目だよ! 『闇の書』さん、リインフォースさんだって、ちゃんとはやてちゃんのいうことを聞いてくれるようになったんだよ」「うん。私も反対」
腕を組んで瞑目するクロノと、両腕を振って反対するなのは、静かになのはに同意するフェイトという構図に思わず苦笑する。
「悠里ちゃん、駄目だからね」
ぷんと頬を膨らませるなのはの姿に、しかし、俺は続けた。
「『闇の書』の消失があって、はじめて八神はやては被害者になる。
これまでのリンカーコア蒐集事件は『闇の書』の暴走であり、それを管理局によって知らされた八神はやてが『闇の書』の破棄に同意。暴走する自己防衛プログラムを共同で破壊し、『闇の書』の消滅を確認。そんな筋書きかな?」「妥当だと思う。アースラの記録とも矛盾はない」
俺の言葉にクロノが同意する。こちらの意図を読み取ったのだろう。エイミィさんもコンソールをせわしく操作する。
「そうなると、問題となるのは五人の扱いだね」「え?」
エイミィさんがスクリーンに守護騎士プログラムと管制人格リインフォースの情報量を示す。その維持に必要な魔力量も。
エイミィさんまでが俺の言葉に同意するのを見て、なのはとフェイトが顔を見交わす。
「『闇の書』は滅ぼさなければならない。悲劇の歴史を積み重ねたその存在を受け入れるわけにはいかないよ。でも、管制人格や守護騎士たちは別。
彼女たちを分離することができれば、『闇の書』自体はあまり重要じゃない」
はやてにとって。
その言外の意図が伝わったのか、なのはやフェイトが花が綻んだような満面の笑顔を浮かべる。
「そっか。夜天の魔導書が壊れているなら」「壊れてしまう前に移してしまえばいい」
「うん。元のままというわけには行かないだろうけど、助けられるものは助けられる」
「でも、守護騎士プログラムの方は使い魔にして分離してしまえばいいけど、問題はリインフォースさんの方だね。さすがは古代ベルカのロストロギア。その機能を引き出すために書のシステムと一体化しているよ。これを分離するのはちょっと厳しいね」
エイミィさんが困惑したように解析情報を見つめた。
俺も見上げる。書の機能は膨大だ。それを引き出すためにリインフォースは書のシステムの細かいところにまでアクセスが可能だ。情報体として綺麗に閉じているわけではない。
リインフォースらしきエリアをコピーしてなんとかなるような簡単な代物ではない。・・・だから、準備の時間が欲しかったんだが。
そこに声が響いた。
「ならば、私が消えよう」「「リインフォースさん!」」「・・・」
彼女がなんでもないことのように、当たり前に告げる。
「私と『書』の分離は不可能だ。現在のミッドチルダの技術でどうにかできるものではない」
赤い瞳はむしろ穏やかに取る手立てのないことを伝える。
「すでに守護騎士プログラムは切り離した。あの者たちは最後の夜天の主と共に、その旅路を終えるだろう」
その諦めきった淡々とした言葉にかっと身体が熱くなった。
わかる。これは怒りだ。
「不可能だなんてことない。ミッドチルダ式でベルカ式をエミュレートすれば、一定の成果は得られるはずだ」
そう。あの『蒼天の書』のように。
震える声を隠せず、俺はリインフォースを睨みつけた。
「そう、だな。だが、それを造るだけの時間は我々には残されていない」「・・・」
唇をかみしめる。夜天の魔導書の崩壊は続いている。そして、自動防御プログラムの再生も続いていた。
いつまた、暴走が起きてもおかしくはなかった。
「だから、私の旅立ちをお前たちに送ってもらいたい」
それは一つの旅の終わり。一つの結末。
結局、俺は。
拳を強く握りしめる。
何も変えることができなかった。
杖を手に俺は病院の窓から空に飛ぶ。
エイミィさんからの連絡を受けて、俺は八束神社に向かっていた。
時刻は夕暮れ。俺の体調を気遣ってくれたらしい。実際、午前中は検査漬け。午後は体力の回復を図るために面会謝絶ですよ。そこで、簡易の結界を張って、病院から出てきたわけだ。
体力はかなりない。だから、これでしばらくは爆睡することになるだろう。もう少ししたら、自宅療養になるからそのタイミングでアースラで検診かな。とはいえ、彼らにできることは多くない。
すぐに指定の魔法陣を捉える。
すべての準備は済んでいた。
とんと軽い足取りで、注意深く速度を落として降りる。そこにはみんながいた。
「待った?」
俺の軽い問いかけになのはが笑った。
「ううん、今来たとこ」「そう?」
ハイタッチ。
「「いぇーい」」「??」
俺となのはのやり取りを不思議そうにフェイトが見ていた。
「フェイトちゃんもする?」「え? えぇ?」
なのはが水を向ける。あたふたするフェイトに俺は笑いかけた。
「フェイト、久しぶり。お見舞いありがと」「ううん、何もできなかったけど」
「元気をもらった」「・・・うん」
フェイトが照れたように顔を赤らめる。その横でなのはが不満そうに頬を膨らませた。俺はなのはに顔を向けて頷いた。
「心配かけてごめん。でも、一つだけ言い訳すると、悪いのはあっちだよ?」
居心地悪そうに立つヴォルケンリッターを指で差す。まぁ、これで許してもらえるわけじゃないけど。
「そうかなぁ。悠里ちゃんのことだから、元気だったら向こう側で暴れてた気がするんだけど」「あはは、そんなことない・・・」
なのはが同じようにヴォルケンリッターを指さした。
ばれてるよ。
俺は笑ってごまかす。
そこに、ただ一人、待つ女性が声をかけた。
「済まないな」「いえ、でも、ほんとに私たちでいいんですか?」
リインフォースの言葉になのはがためらいがちに問いかける。リインフォースが柔らかく微笑んだ。
「お前たちに送ってほしいのだ」「「はい!」」「・・・」
気に入らない。自分の消滅を穏やかに受け入れるその姿が気に入らなかった。
空を見上げる。青く晴れわたる高い空。旅立ちにはいい日だった。
そんな空に浮かぶ魔法陣はこの様子がアースラから監視されていることを示していた。
『闇の書』の最期。
納得の上とはいえ、はやてとリインフォースの思いが見世物にされるのは不愉快だった。
「気が乗らないか?」「乗らない」
そんな俺の態度にリインフォースが問いかける。俺はあっさりと肯定する。
「私はこんな幕引きのために命をかけたんじゃない」
哀しみは必要だ。特に八神はやては現段階でSランクに届く強力な魔法使いだ。そんな人物が喪失を知らないこと、それはよいことではない。この今日の悲しみが明日の優しさになる。
そんなことはわかっている。わかってるさ。
「頭ではわかっていても、納得いかない。特にあっさりと自分を捨てるお前が気に入らない」
「フフフ。そうか」「そう」「そうなのか?」「そう」
「悠里ちゃん」「悠里」
慌ててなのはとフェイトが俺を止める。喧嘩を売っているように見えたんだろう。
「だが、お前たちがそうだから、私は安心して逝ける」「くっ」
ふざけたことを。
俺は唇を噛む。こんなことなら、未来なんて知りたくなかった。何も知らなければ、素直に哀しめたかもしれない。無力に涙できたかもしれない。
俺はヴォルケンリッターとリインフォースを挟んだ反対側に立つ。左右に展開するフェイトとなのは。正面からリインフォースを見つめる。目を逸らさない。
もしかしたら、あの時こうしていれば・・・。そんな後悔ばかりだ。その後悔の山にまた一つ哀しみを積み上げる。それだけのことだ。
それに、ほら。
聞こえる。
ここを目指して車椅子で急ぐ少女が、すぐそこに来ている。
ふん。リインフォース。クールに去れると思うなよ。
天に還る。
死に様すらも最後の一片まではやてのために。
そんな決意を持って、夜天の魔導書の管制人格、リインフォースは消えた。
天から落ちるシュベルツクロイス、小さな金の十字架がはやての手の中に収まる。それを両手で掴まえたはやてがぎゅっと抱きしめた。
「世界で一番幸せな魔導書、か」
俺はその姿が見ていられなくて、リインフォースを説得するために、慌てて車椅子から滑り落ちたはやてに歩み寄る。そしてその栗色の髪を撫でた。さらりとした髪の感触が手の中で揺れる。泣いているその顔を覗きこむ勇気がなくて、俺は夕暮れの空を仰いだ。
ぎゅっと、はやてが両腕を回し俺のお腹のあたりに顔を埋めた。
ぽんぽんと、俺は優しくはやての頭を撫でた。
「はやて!」
お、ヴィータ、まっしぐら。
はやてが急いで涙を拭う。
駆け寄るヴィータがはやてに抱きついた。
「もう。ヴィータ、もうちょっと落ち着かなあかん」「だってよぉ」
近寄る足音。俺はそちらに顔を向ける。正面にヴォルケンリッターが将シグナムを先頭に歩いてくる。
俺は小さく頷いた。
「お疲れ」「そちらこそ。身体の方はいいのか?」「ん」
ヴィータが一通り満足したっぽいところで、はやてを抱え上げる。
「わぁっ!」「なんだよ、てめー」
俗に言うお姫様だっこでシャマルさんが立て直してくれた車椅子にはやてを座らせる。
「あ・・・」
ようやく意図に気がついてはっと見上げるヴィータに、ウィンクする。ヴィータの頭をぽんとシグナムが叩いた。
「口が悪いぞ」「うっせー」「ふふ・・・」
シグナムが微笑む。いい笑顔するじゃないか。
ちらりとシグナムたちが視線を交わす。と、シグナム以下、ヴォルケンリッターたちが整列し膝をついた。デバイスを地面に置きこうべを垂れる。
「小鳥遊悠里。我らが不明をここにお詫びする。すまなかったという言葉では気が済まぬだろう。いかなる処罰も受ける意思がある」
ぽりぽり。
俺は頬を指先で掻く。ふと、右手に柔らかな感触を受けて、視線を落とした。はやての両手が俺の右手を抱きしめ俺を見上げていた。
「うちの娘らがえろう迷惑かけてごめんな」
う、なのはとフェイトがじっとこっちを注視している。これでなんか言ったら、俺確実に悪人じゃん。
「そうだね」
俺ははやてに軽く笑いかけると、拳をつくってこうべを垂れるシグナムの頭に、ゴン、と落とした。
「くっ」「これでいいよ。正直、ここまでトラブったのは私のミスだし」
ああ、拳の方が痛い。ちょっとふっと息を吹きかける。
「いいのか?」
驚いて頭を上げたシグナムたちにひらひらと手を振った。
「ん。もともと、怒ってないし」「そうか」「「「・・・」」」
それに。
「はやての家族に畏まれるのは好きじゃない。あとは普通でいい」
振り返って背を向ける。うわ、なんかむっちゃ恥ずかしいぞ。
ん、はやて、なににやにやしてこっち見てやがる。
「悠里は照れ屋さんやなぁ」「うるさい!」
ぷいっとそっぽ向く。うわ。言われるとなんか逆に恥ずかしさ倍増。なんか、耳元まで熱くなってきた。
「悠里、ツンデレだね」「デレてない! って、フェイトに変な言葉教えたの、誰!?」
「にゃはは。やーい、つんでれ〜」「お前かぁ!」「ほんま、ツンデレやなぁ」「貴様もかぁ!」
顔に溜まった熱を吐き出すようにがぁっと吠える。
響く、みんなの笑い声。
夕日の中、それは旅立ってしまった者を惜しむ余韻に満ちていた。
11.
俺がリンディ・ハラオウン艦長と話し合うことができたのは、それから3日後のことだった。
リンディ・ハラオウン艦長としては早めにいろいろと打ち合わせておきたいとのことだったが、病院での検査や面会制限とかあってタイミングが見当たらなかったからだ。
おりしも、病院を勝手に抜け出した患者が見つかり、病院側も出入りには神経質になっている。
「つまり、悪いのははやてってことで」「なんでや!」
車椅子に乗ったはやてが腕を振り上げて抗議する。
「悠里、自分だけこっそり帰って、ずるいで」「張り切りすぎて倒れたのは、はやて」「ずるい、ずるい。悠里のこともちくったるんやったわ」「巻き込むなぁ!」「連帯責任やでぇ」
「あら、すっかり元気そうね」
じゃれつくはやてを引き剥がそうとするが、駄目だ。今ははやての方が腕力がある。
俺は押し倒されたベッドからリンディ艦長を見上げた。
「や、どう見ても私が襲われてる」「私は狼なのーよー」「なに歌ってる!」「気をつけなさーいー」「放せぇ」「まぁ、どうしましょう」「見てないで、助けて」「ふふふ・・・」
「何をやっているんだ、君たちは」
クロノ・ハラオウンが転移して現れる。一緒になのはやフェイト、淫獣にアルフの姿もあった。はやてがいそいそと車椅子に戻った。
「人の病室に大集合?」「悠里さんが動けないでしょう?だったら、いっそのことって、ね」「ふーん」
俺は身体を起こして、眉を上げる。そんな俺にリンディさんは意味ありげな視線を投げて、ぽんと掌を打ち合わせた。
「それじゃ、悠里さん。いろいろと聞きたいことがあるのだけどいいかしら?」「どうぞ」
半ば投げやりに俺は頷く。リンディさんは含み笑いを浮かべた。
「悠里さん、戦闘中に魔法、打ち消していたわよね? リインフォースさんの打ち出したSランク魔法を。あれは何かしら?」「悠里そんなことできるんだ」「うん。悠里ちゃん、凄かったよ?」
ばらしたのは貴様か。
嬉々とした様子でフェイトに説明するなのはをじろりと睨む。
「あれはジュエルシードの特性の一つ。虚数空間を疑似的に発生させて、魔法構成を分解するフィールドだよ。それに指向性をつけてリインフォースの魔法に向けただけ。Sランク魔法でも一度崩してしまえば構成を作り直すなんてできないからね。誘導系を無効化するには重宝してる」「そう」
リンディさんが頷く。
「あれはジュエルシードの特性?」「ん。というか虚数空間の性質」
応えながら、リンディさんの話の行方を考える。
そうか、隠しきれないというわけか。
俺はその結論に達した。問いかける。
「ジュエルシード?」「ええ」
リンディさんはよくできました、といった感じに頷いた。クロノも同様に頷く。
「君がなのはと一緒に『闇の書』の防衛プログラムと戦ったときの記録は、管理局本局に報告される。当然、君の装備についても取りざたされるわけだが」
ああ、さすがにちょっと隠しきれないか。
俺は苦笑した。
さて、どうするか。
「問題となるのは、あの魔法をかき消すフィールドと異常な出力の杖だ。大規模魔法については君のデバイスの性質で済むが、この2点については何らかの説明が必要だ」
クロノは視線で案を促す。ま、シンプルな回答しかない。
「じゃ、これしかないね。セイクレッド」『
Put out. 』
封印されているジュエルシードがセイクレッドから排出された。
「だ、駄目、悠里ちゃん!」「そうだよ。落ち着くんだ!」
それを見たなのはとユーノが声を張り上げる。リンディさんも困った表情で見つめた。
「慌てなくてもいい。僕たちは何も君からジュエルシードを取り上げようとしているわけじゃない」
クロノまで手を上げて止める。気にしなくてもいいのに。
「あのな、みんなしてなに言てんのかよくわからんのやけど。この宝石がどないしたん? なんや、ごっつい魔力の塊みたいやけど」
はやてが話が見えなくて首をかしげる。フェイトやアルフも同じように顔を見合わせていた。
そう言えば、その話を知っているのはなのはたちとリンディさんたちだけだったっけ。
「あのね、はやてちゃん。悠里ちゃんをその、支えてるのは、そのロストロギアなんだよ?」
「私も反対や!」「「「「「早っ!」」」」」
次の瞬間、はやてが大きく腕を広げて反対に回った。そして、両手で俺の手ごと、中のジュエルシードを包み込む。
「悠里までどっか行ってまわへんよな?」
はやてがぽつりと呟く。
しまった。地雷を踏んだぁ!
リインフォースとの別れにナイーブになっていたはやての心を刺激してしまったか。
俺は慌てて口を開く。一刻も早く、誤解を解く必要があった。
「それ、嘘だから」「「「「「「はい?」」」」」」
一斉に俺を見る視線。ちょっと怖かった。
「対『闇の書』戦に向けて、持っていたかっただけ。ジュエルシードがあれば、私も戦線に出れる・・・はずだった、から・・・」
半年近く病室ですが。
最終戦もあまりお役に立てていませんが。
むしろ、なんの役にも立ってませんが、なにか!?
「ふふ、もうすっかりこの病室の天井もお馴染みですよ」「あかん、悠里が壊れとる」「悠里ちゃん、しっかり」「悠里、自分を確かに」
あはは。おかしいなぁ。いろいろと準備してたはずなのに。泣いてないよ。俺、泣いてなんかないよ?
「ええっと、じゃぁ、このジュエルシードは管理局に預けるということでかまわないかしら?」
話が進まなくなってきたのを感じたのだろうか。リンディさんがてきぱきとまとめる。俺は静かに頷いた。
「はい。だから、不思議な現象はみんなジュエルシードのせいなんです。
継続調査していたジュエルシードを現地協力者が確保。しかし、協力者は事件に巻き込まれて、報告ができず、意識を取り戻したとき、緊急避難として利用、ということで」
「そう。それじゃ、術式を消してしまう不思議な現象も、その中で稼働していた不思議な杖の動力装置も、みんなジュエルシードの不思議な力なのね」「そういうことです」
リンディさんと視線を合わせ、笑う。
すべてジュエルシードのせい。
そういうことだ。
「それじゃあ、そういうことでいいのね?」「はい」
俺は頷く。
うん。終幕は、これでいい。
夜の病院。
照明の消えた病室で、俺はベッドから立ち上がり、窓を開いた。
空には煌々と照る大きな月。窓枠に手をかけ、流れる夜風を感じる。
「そろそろ、答え合わせしないといけないと思うんだ」『
Master? 』
話しかける。
はやての件も終わったし、もう後は、単純に力で片づけるようなことじゃない。それに、力づくなら最強の彼女たちがいてくれる。
大切なのは彼女たちに理想的な環境を提供すること。
それは少しばかり人には言えない薄暗い仕事になる。
「俺もすっかり誤解していたよ。ジュエルシードなんてロストロギアがあるとすべてそれが理由だなんて思わされる。
だから、気がつかなかった。ジュエルシードがずっと封印されていたってことに」
そう。気づいてしかるべきだった。俺の存在にジュエルシードは影響を与えていない。きっかけはジュエルシードだったのかもしれない。でも。
「『悠里』の呼びかけに最初に応えたのは、セイクレッド、お前だな」『・・・。
That’s right. 』
セイクレッドが少し躊躇って肯定する。
そうだ。
父親に襲われて、恐怖に怯え、ジュエルシードに助けを求めた少女に応えて、最初に現れたのはセイクレッドだったんだ。
「でも、『悠里』には耐えられなかった。そして、すべてを投げ出してしまった『悠里』を助けるために。
・・・俺を創った」『・・・』
セイクレッドは応えない。まぁ、そう言う奴だとわかってはいるけど、判断に揺らぎがあることには答えられない、か。
「でも、すぐに人格作成するには時間が足りない。だから、持ってきた。ジュエルシードを介して悠里でない悠里を探した。ジュエルシードには時間の概念が存在しない。だから、どれだけの時代、どれだけの次元を探そうと、ソコには時間はいくらでもある。
そして、俺を見つけた。その人格や記憶をコピーして、『悠里』に植えつけた」
そうだ。少女の心に人格を構成するには、危機的状況すぎた。だから、時間がいくらでも使える場所に探した。
『
Very well. 』
ようやく観念したのか、セイクレッドが答えた。
俺は月に照らされて輝く海鳴の街を見つめて苦笑する。
「そりゃ、な。考える時間はあったからな。虚数空間による時間逆行、多元世界干渉のためのベイビー・ユニバースを繋げる次元橋生成か。とんでもないロストロギアだ。
『俺』だった理由は?」『
It's a Yuri's desire. 』「そっか・・・」
俺は冷たい外気を深く吸い込んだ。頭がよく冷える。
「じゃあ、いい」
うん。それならいい。
俺は『悠里』に自分の身体を委ねるに足る相手だと、受け入れられたのだろう。
・・・それとも、こうありたいと思った自分をコピーしたのか。
俺は頭に浮かんだもう一つの考えを、頭を振って追い出した。
考えちゃいけない。その可能性を受け入れてはいけない。
そうだ。小鳥遊悠里なんて男は実は端から存在していなくて、ここにいるのはこうありたいと願った自分を演じ続けている愚かな狂人の姿でしかない、だなんて。
考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。
それを受け入れたら、きっと俺が壊れてしまうから。
俺は深呼吸する。
落ち着け、俺。
「それじゃ、俺は帰ることはできないわけだな」『
Yes. You are there.』「そっか」
俺は確認する。すでに、オリジナルとコピーである俺の道は分かたれた。俺の過ごした日々を彼も過ごし、道はもはや交わることはない。
『
Master? 』「ああ、いや、それならそれでいいんだ。『悠里』を置いていくわけにも行かないからな。『悠里』が帰ってくるまで、俺とお前で何とかするさ」
心配げなセイクレッドに笑う。
そうだ。
いつの日か、すべてを受け入れることができる日まで。
それでいい。
俺はもう一度だけ、遥かな月を見上げて、窓を閉めた。
今は、これでいい。
X.
私は最後の青い宝石を手にすると、それを『正しき配置』に設置した。
中央にはエメラルドを切り出したような碧色の宝石。それを取り囲む21の青い輝き。
私は魔力炉からの回線を繋げた。
中央に配置された碧色の宝石から青い輝きに向けて薄い碧の光が伸びる。両翼からトライアングルに、それが重なり合って六芒星を描き、七曜と合わさる。
生まれるのは闇。
虚数空間へとつながる回路が形成される。
私は微笑むと、最後の言葉を、起動キーを唱えた。
「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな」『
HueX-Uri Type-10 wake up. 』
目覚めたのは私の半身。私のリンカーコアを使って作り上げた、ここにいないあなたへの贈り物。
助けを求めるあなたへの、助けられた私からの贈り物。
「聞け。み使いの声。届け。曙を告げる角笛。
我ら遠きところより、祈りを届けん。
こなたより、彼方に、汝の祝福を願わん。
行け旅人よ。汝が行く手に、光よ、あれかし」『
Paradise lost. 』
ぼんやりと淡い光のハレーションがデバイスを包む。
私はそれを確認すると、この魔力装置の封印を始めた。すでに稼働を開始した装置は自動的に活動し続ける。それは果てることのない祈りを、永遠を謳う。
『
It's ok to seal dimensional transition systems. 』
私のデバイスが囁く。私は彼女の言葉を確認すると、ロストロギアの保管庫に装置を預けた。
「悠里、もうええんか?」
搬入口に運ばれていく装置を見送る私の背後から、からかうような声が響いた。私は振り返る。
そこにはもうかれこれ十五年来の親友である八神はやてが笑いかけていた。
「ん。装置は稼働したから、後は自動的に止まるよ。
はやて、ありがと」
私ははやてに微笑む。はやてが視線を逸らして頬を掻いた。
「いや、これぐらい大したことやあらへん」「それでも、うれしい」「・・・」
はやてが赤面する。やっぱり、可愛いなぁ。
私はもう一度だけ、装置の消えた搬入口を見送ると、はやての傍らに寄り添う。
「あれはどうなるん?」
はやてが私の肩に手を当てて歩き始める。私ははやての横顔を見上げた。
「待ち続けるよ。助けを求める、いつか、どこかの私の声が届くまで」
はやてがようやく何かに気がついたように、私の胸元を見下ろした。
そこには先ほどしまった装置に入れたデバイスによく似た、私の長年の相棒、セイクレッド・ワードがペンダントとしてかかっていた。
『
What's matter? 』「いや」
はやてが首を横に振った。そして、何かに納得するように頷く。
「時を越え、次元を越え、か」『
No problem. 』
はやての呟きに、セイクレッドが律義に応える。はやてがぐっと私の肩に回した腕に力を込める。
「ちょ・・・」「感謝しとるんよ。ほんまにな」「はやて、く、苦し・・・」
私の首に入って、って、胸元に指を滑らせるな!
「やめっ」「んっふっふ。今日はな、だぁれも助けに来てくれへんよ」
シャツのボタンを外すな。ちょ、そこはブラが。
「悠里はほんま敏感でかわえぇなぁ」「やッ、やぁっ!」
はやての指先が肌を滑り・・・って、なんてテクニシャン。っちょ、ほんとに駄目だって!
「はやてちゃん、なにセクハラしてるのかな?」
ゾクリと背筋に冷たいものが奔った。
はやての指先もうなじに頬ずりする動きも、止まる。
「ちょっと、ゆっくり、お話聞かせてもらおっか?」「なのはちゃん!」「なのは、たす・・・」
いるはずのない人物の出現に、はやてが私を腕の中に抱き抱え、声の主に向き直る。
ロストロギア保管庫を出たすぐの分かれ道に、栗色の髪をサイド・ポニーにまとめたスタイルのよい女性が手の中の赤い宝石を弄ぶ。
時空管理局内外にその名を轟かす『管理局の白い悪魔』、高町なのはの姿がそこにあった。
はやてがじりっと後ずさりする。って、私を盾にしてる!
「あはは、なのはちゃん、落ち着こうな。な!」「悠里ちゃんを放したら、考えてあげるよ」
「嘘や!」
わお。火に油を注いで。
はやてがぎゅっと私を抱える腕に力を込める。逃げられないように。逃がさないように。
ん?
はやての手が私のお尻を撫でて・・・。
「はやて、ちょっと、なにを!」「はやてちゃん!」
「止めるわけあらへん。どうせ、なのはちゃんは殺る気や。それやったらもう少しこの感触を」「そこは、駄目ーッ!」
「はやて。それはどうかな?」
私の首元に顔を埋めて身体をまさぐるはやての首筋を白い華奢な手が摘まんだ。
「フェイト!」「悠里。すぐ、このセクハラ帝王から助けるからね」
あまり力を入れていないように見える。けど、私は知っている。この手でバルディッシュを振り回すフェイトの握力を。
「ぎ、ギブ」「ぷはっ」
はやての腕から解放されて、私はちょっと酸欠で廊下にへたり込んだ。
「悠里ちゃん、大丈夫?」「ん。ありがと」
なのはがかけより、私の身体を起こしてくれる。ようやく新鮮な空気に恵まれた私は、眦に浮かぶ涙を指でぬぐって、なのはにお礼を言う。
なのはが、なぜか、ごくりと喉を鳴らした。
「あ、悠里ちゃん・・・」「「なのは(ちゃん)!」」
はやてとフェイトがなのはの名を叫んだ。
「にゃはは、悠里ちゃん、もう大丈夫?」「ん」
私はこくりと頷くと、なのはとフェイト、ついでにフェイトに首根っこを掴まえられているはやてを見回した。
「ありがとう」
心配してくれていたのだろう。
なのはやフェイトが照れて頬を赤らめた。
「ちょうど時間が空いていたからね」「うん、久しぶりにみんなでって」
「ほんまかいな?」
ちょっと拗ねた表情ではやてが頭の後ろで手を組む。
「スケジュールはチェックしたはずやのに」「ふふ」
きっとリインフォースIIかヴィータが手を回したんだと思う。
でも、こんなにも私のことを気にかけてくれる人たちがいる。
「あのね。みんな」
私は精いっぱいの笑顔を彼女たちに向けた。
「私、幸せだよ」
ん。
そう。『小鳥遊悠里』は幸せものだよ。
闇の中、自らの輝きに揺れる。
静かに、ただ、静かに。
彼女は待ち続ける。
『
Master...』
彼女の助けを求める、ただ一人の主の言葉を。
『
Call my name, master...』
ずっと、ずっと。
その日が来ないことを願いながら。それは主の不幸を意味するから。
その日の訪れを夢見ながら。それはきっと幸せへのきざはし。
祈る。
『
Please call my name, master. 』
そして、幾千の夜を越えて。
その声が届いた。
『私を、助けて!』
虚数空間の回廊を抜けて、デバイスの姿が光に掻き消える。
時間を越え、次元を越えて。
誓いの言葉と共に。
助けを願うあなたの元に。
『
Call my name, my master! 』
ただ、その『聖句』を求めて。
Fin.