0.
もう一度、空に。
その想いを一心に、高町なのははリハビリのための歩行補助具に手を伸ばす。
休んでる暇なんかない。躊躇う余裕なんてない。
ただしゃにむに、前へ、前へ。
「高町さん、高町なのはさん?」
だから、初めて彼女に出会ったとき。
「オーバーワークです。これ以上のリハビリは無駄ですよ」
私には敵にしか見えなかった。
病院の中庭で太陽の日差しを浴びて、ゆっくりと午後の食事を味わう。
「にゃはは。そんなこともあったね」
なのはは額に汗を浮かべて指先で頬を掻いた。
正面に坐る少女が膝の上においたテイクアウトの食事を右手のお箸でゆっくりと食べる。そして、ふっとため息をついた。
「あの時声をかけなければきっと私の方が先に退院だった」「うーん、そうだったかも」
なのはは苦笑する。
あの時はもう周りが敵にしか見えなかった。
二度と魔法が使えないかもしれない。二度と空が飛べないかもしれない。
そんな恐怖と焦りがなのはをずいぶん無茶なリハビリに駆り立てていた。
そんな時に出会ったのが彼女、
小鳥遊悠里だった。
「どちらが先に退院できるか競争しない?」
そう持ちかけてきたのだ。
あれから半年がたち、なのはは一足先に退院が決定したが、悠里の左半身はまったく動いておらず、回復の兆しも見られなかった。リハビリ自体も機能障害を克服するものではなく、本来の機能を身体が忘れてしまわないためのものでしかない。
すなわち、もとより障害の回復は期待されていないのだ。
悠里がなのはを前に向かせるために勝てない賭けを提示したのだと、今思えばわかる。
ずいぶんと世話になっちゃったな。
なのははこの自分と同じ年ぐらいの少女を見つめた。
ここミッドチルダの首都クラナガンの時空管理局の病院に、自分と同じ第97管理外世界の少女が入院しているんだなんて思っても見なかった。
「もっと、はやく悠里ちゃんとお友達になりたかったな」「?」
思わず零す。そんななのはに悠里が微笑んだ。
「でも、もう友達だよ? これからもっと、仲良くなればいい」「うん!」
なのはは強く頷く。
これから。
なのははその言葉に胸を躍らせた。
呼び出し音にレティ・ロウラン提督は手にした資料をデスクに置いた。そこには、管理局の AMF 研究所を襲撃した謎の無人機械の情報が映し出されていた。
ガジェット・ドローン。
何者とも知れない無人兵器はそう名付けられていた。
さっとスクリーンを操作して資料を隠すと、通信を開く。
相手はミッドチルダの首都クラナガンの医院。それだけで、レティには大まかな用件が想像できた。
「レティ・ロウランです。・・・・・・はい。
そう・・・。結局、半年ぐらいしかもたなかったのね。研究所防衛時の拒絶反応が尾を引いているのかしら。わかりました。
ええ。今回の経過を見て人格に調整を入れていただけるかしら。はい。次はもう少し長く保てばいいのだけど。
・・・よろしく」
通信が切れる。
レティはかけていたメガネを外すと深いため息をついた。
これで幾度目だろう。
レティは日記のデータを開く。あの娘の名前でフィルタをかけると、前回の日付が表示されていた。
5回目。今度は7カ月。次はいつまであの娘があの娘でいられるのだろう。
レティは短くそれだけ記すと、ウィンドウを閉じる。
目の付け根が熱くなる。
ぎゅっと強く目を瞑り、天井を仰いだ。
泣かない。そう決めていた。
5.
人形を片手に一人芝居している少女の部屋をはやては訪れた。
すでに電気は消えて、少女は眠っていた。はやては起こさないよう、そっと扉を閉めて、車椅子を進める。
ベッドの傍らで、身体を伸ばし、少女にそっと抱きついた。
あれから、ろくに食事もとらず、憑かれたように呟き続ける友達のやせ衰えた身体が悲しい。
「わたしはずっと独りぼっちやったから、病気で死んでまうこと自体はそんなに怖くないと思ってた。せやけど、今は違う。守りたい日々があって、大切に、幸せにしてあげなあかん子たちがいる。それにな、もう一度、ううん、もっと、もっと話したい友達がおる。
だから、死にたない。死にたないんや!」
しがみつく。
その時だった。
『・・・』
なにか、暗い闇の底から響く声を聞いたのは。
「え?」
それは一瞬のめまい。思わず目を閉じ、悠里の身体を強く抱きしめた。
浮遊感と共に、どさりとコンクリートの建物の屋上に落ちた。思わず、姿勢を整えて、お尻を打った。
ぼさり。
はっと顔を上げる。
目の前で、同時に姿を現した悠里が、しかし、一緒に転移したらしき枕に頭を落とす姿を見て、奇妙に感心した。
・・・悠里、枕は常備なのな。
なんとなく、悠里ならそれぐらいやるやろな、と納得して、ふと気がつく。
もしかして・・・。
「あれ? なんか、おまけもついてきちゃったね」「そうだね。でも、どうせもう動かない人形だよ」
でも、頭上から降りかかる冷ややかな二つの声に身体がすくんだ。
見上げる。そこには白と赤の衣裳、騎士甲冑やろか、をまとったなのはちゃんと、黒と青の装束をまとうフェイトちゃんが、虚空からはやてたちを見下ろしていた。
「悠里ちゃん、はやてちゃん!」「悠里!」
なのははバインドを4重に掛けられたうえに、クリスタル・ケージにまで閉じ込められ、身動きが取れない中、彼女たちを閉じ込めた仮面の男が、いや、二人の男たちがつぎつぎとヴォルケンリッターを蒐集していく様を見せつけられていた。
そうしたところ、男たちはいきなり、なのはとフェイトの姿に変身し、はやてちゃんと悠里ちゃんを転移させたんだ。
・・・でも、悠里ちゃん、枕も一緒って本当に寝てるのかな?
ちらりとフェイトちゃんに視線を送る。フェイトちゃんも気付いていたように頷いた。
「『悠里』ちゃん、起きてるね」「うん。転移に介入してる。どうしてかな? こんな積極的に動いたことなんてなかったのに。・・・あ!」
フェイトがはっと何かに気がつく。なのはがひょいっと首を横に傾けた。
「どうしたの?」「あのね、なのは。シグナムなんだけど」「うん?」「戦っているとき、悠里のデバイスの反応があった気がするの」「え!?」
なのはの瞳が希望に輝く。フェイトが頷いた。
「うん。もしかしたら」「もしかしたら!」
もしかしたら、悠里ちゃんが・・・。
それは口に出したら壊れてしまいそうな淡い期待で、なのはとフェイトは目と目を見交わして頷く。
「それじゃ、いつまでも、こんなとこにいられないね」「うん」
ひとつひとつ、互いのバインドを解呪する。一刻も早く。二人の魔法が互いに向けて放たれた。
「なんや。なんやこれ!」
冷たい瞳でなのはちゃんが私を見下ろす。
「はやてちゃんがそんなこと言うんだ・・・」
ぞくりとした。
聞いてはいけない。これ以上、聞いてはいけない。
激しい予感が警報を鳴り響かせる。でも、はやてには逃げ場所はない。
彼女の守護騎士たちは、ヴィータとザフィーラを除いて姿が見えない。そのヴィータもいつもの元気はなく、ぐったりと虚空に吊され、ザフィーラは地に叩きつけられ拘束されていた。
全身を苛む寒気に、はやてはせめてもの温もりにと悠里の身体を抱きしめた。
「君は病気なんだよ。『闇の書』の呪いという病気」「もうね、治らないんだ」
なのはが当たり前のことのように告げる。フェイトちゃんが静かに告げる。その表情は、いつもと変わらないその笑顔は、とても楽しそうに見えた。
「え?」
「闇の書が完成しても助からない」「君が救われることはないんだ」
そうや。はやてが死ぬことは、覚悟してる。でも、でも!
「そんなん、ええねん。ヴィータを放して。ザフィーラになにしとん・・・」
「この子たちね、もう壊れちゃってるの。あたしたちがこうする前から」「とっくの昔に壊された闇の書の機能をまだ使えると思いこんで、無駄な努力を続けてたの」
顔を見合わせて笑う。
大切な友達だった。一緒に悠里の親友だと競い合った。そんな少女がはやてと悠里を見下して嘲う。
「無駄ってなんや! シグナムは? シャマルは!?」
捕まっているのがヴィータとザフィーラだけだったら、他の騎士たちが黙って見ているはずがない。必死で辺りを見渡す。でも、いつも一緒だったはやての騎士たちの姿はない。
おぞましさと一つの予感を持ってなのはを見上げる。なのはとフェイトの視線が宙でなく、はやてのいるビルの屋上の一角を示した。
見たくない。でも、はやては首をそちらに回す。
そこには見慣れた外出着が中身なくワダカマッテイタ。
それははやてが一緒に見立てて買ったはやての騎士たちお気に入りの衣裳だ。
その、外出着だけが、夜風に揺れて。
「!?」
息を飲む。
「壊れた機械は役に立たないよね」「だから、壊しちゃおう」「!!」
意味ありげになのはとフェイトが目を見交わす。その視線が宙釣りにされたヴィータに向けられた。
「ヒッ、あ・・・。駄目! 止めて、やめてぇぇええ!!」
はやては叫ぶ。殺されてまう。このままだとヴィータがザフィーラが処分されてまう。
はやては抱きしめていた悠里の身体をそっと降ろすと、ざらつくコンクリートに手を踏ん張ってなのはたちに向かい手を伸ばす。
お願いや!
「やめてほしかったら」「力づくでどうぞ」
はやてはなのはとの思い出に託す。あの涙、あの笑顔は嘘じゃない。きっと今は何かいろいろとあって、ほんとのなのはちゃんは違うんや。そう、信じて。
「なんで? なんでやねん!? なんでこんなことを!?」
「ね、はやてちゃん」「運命って残酷なんだよ」
にやりと笑う。
なのはちゃんとフェイトちゃんがはやてを見下ろして嬉しそうに嘲った。
『
Sammlung. 』
慣れ親しんだ冷たいベルカ語。
はやての目の前で、ヴィータが、ザフィーラが、大切な家族が、『闇の書』に吸い込まれて消えた。
「うわぁぁぁああああああああああああーーーーーーーーーッ!!」
心臓を掴みとるような氷の冷たさに、はやては絶叫した。
誰かに呼ばれた。
そんな気がして、はっと頭を上げる。
俺は長い間眠っていたような、頭がぼうっとした気分で周囲を見回す。
そこは誰もいないどこかのビルの上。
俺はただ一人、そこで立ちつくしていた。
「どうして、ここに」
誰かの気配を感じる。すぐそこに何人もの人がいるような、そんな気配がして周囲を見回す。
しかし、誰もいない。
いや、すぐそこに誰かが、いた。
「もう、俺を認識できなくなったのか」
誰かは焦りと共に声を発する。俺はそれが誰だったのかじっと考えた。
「さいとう、か?」「そうだ。そして、違う」
誰かは斎藤の姿をまとって首を振った。
「お前の印象深い友人の記憶を刺激して、なんとか会話をしていた。しかし、コネクションがすべて強制停止を食らってこっちからは原状回復ができん。だから、おまえは決断しなきゃならん。可能性にかけ目を覚ますか、このまま緩やかにイドに飲み込まれていくか、を」
なぜか頭がよく働かない。思考がまとまらなかった。
「なんでだ?」「もう、『悠里』の限界が近い。彼女はお前の箱庭を維持して、本来なら直ちに消失しても不思議はない個を、ずっと演じ続けてきたんだ。だが、刺激を受けない記憶は薄れ、個を認識できない自我は自らの境界を失う。すなわち、精神の死を迎える」
わからない。しかし、それが俺の状況を説明していることだけは理解できた。
「こうなった以上、もう賭けに出る以外にない。タイミングは俺が測る。目を覚ませ。そして、俺を探すんだ」「男を探しても嬉しくねーよ」
思わず愚痴を零す。だが、そいつはむしろ嬉しそうに笑った。
「わかった。とびっきりの目覚めを期待しな」
6.
冷たい声が降りかかる。
「まだか」「しぶといね」
茫然とはやては見上げる。そこには守護騎士の蒐集を持って完成した『闇の書』を手に不満気にはやてを見下ろすなのはとフェイトの姿がある。
「なんでや? なんでこんなことするんや?
私の命が助からないんやったら、私を殺せばいい。せやけど、うちの子らを消す必要なんてあらへん。
なあ、なんでや?
なのはちゃん、フェイトちゃん、なんでなんや?」
顔を伏せる。その視界の隅には、フェルトの人形が転がっていた。
『悠里』の悠里。
手を伸ばし、拾う。悠里はまるで何にも関心がないように枕に頭を預けて目を瞑り続けている。多分、転移してきた衝撃で零れ落ちたのだろう。
はやては埃まみれになってしまった悠里の人形の埃をそっと払う。
くっと目の奥が熱くなる。
「はやてちゃんは何にも知らないんだね」「なにも知らせない騎士たちの、何も知らない主なんだ」「なんやて?」
何も知らない。
ぞくりと悪寒が走る。たしかに、はやては知らなかった。なのはとフェイトと騎士たちの間でこんなことになっているなんて、知らなかった。
「大丈夫。全部教えて上げる」
なのはが微笑む。その微笑みが嘘だとわかっていても、はやては聞かずにいられなかった。
「なにを?」「あのね、はやてちゃん」
なのはの優しい瞳。それがそっと細められる。獲物を狩る猛禽のように。
「はやてちゃんの騎士たちはね、はやてちゃんを助けるために『闇の書』を完成させようといろんな人を襲っていたの」「そ、か」「うん。それでね」
なのはちゃんが言葉を区切る。
悠里の人形を手にはやては顔を上げる。なのはちゃんの視線が目を瞑っている悠里を見ていた。
「騎士たちの最初の犠牲者がね」「・・・うそや」
一つの確信がはやてを揺すぶった。
思い起こされるなのはの涙。
「小鳥遊悠里だったんだよ?」「うそやッ!!」
叫ぶ。声も枯れよと否定する。
駄目や。それだけは受け入れたら駄目や!
そんなはやてになのはが優しい声で訊ねた。
「ねぇ、はやてちゃん」「違う! そんなん絶対に嘘や!」
耳を塞ぎ、頭を振る。
でも、なのはの言葉は染み込むようにはやてに伝わった。
「悠里ちゃんの命、美味しかった?」
「嘘やーーーーーーッ!!」
はやては自分の中の大切にしていた何かが崩れていく気がした。
そして、闇に、堕ちる。
遠ざかる意識の中、手の中の人形の感触が、なぜか暖かかった。
『
Guten morgen, Meister.』
我は闇の書の主なり。
この手に力を。
封印。
解放。
『
Freilassung. 』
「はやてちゃん!」「はやて!」
ようやくケージを破壊したなのはとフェイトが見たのは、銀色の長い髪の女性だった。
見たことのないベルカ式の魔法陣。その中央に立つ3対6翼の黒い翼を持つ赤い眼の女性が宙に浮かんだ『闇の書』を前に呟いた。
「また、すべてが終わってしまった」
なのはははっとフェイトと目を見交わす。感じるのは深い悲しみ。
「一体いくつものこんな悲しみを繰り返せばいいのだろう」
「はやてちゃん!」「・・・」
なのはは叫ぶ。
「我は『闇の書』。我が力のすべては」『
Diabolic emission. 』「主の願い、そのままに」
彼女が右腕を空に掲げる。その先に闇の魔球が巨大に膨れ上がる。
「デアボリック・エミッション」
「あ・・・」「空間攻撃」
なのはは慌ててレイジングハートを構えた。その背後に対魔装甲の低いフェイトが隠れる。と、気がつく。
「悠里ちゃんが!」「くッ!」『
Sonic form. 』
「闇に、染まれ」『
Round shield. 』
周囲が闇の広域魔法に包まれた。
危ないところだった。
フェイトは腕の中の少女を抱えて、ビルの影に隠れた。
「んっ」
なのはが辛そうに指をさする。それは私たちを守るために盾となってあの広域魔法を受け止めたためだ。
「なのは、ごめん。ありがとう。大丈夫?」「大丈夫。それに」
なのはがフェイトの腕の中の少女を見る。あの時、フェイトは一足先に悠里を拾い上げていた。
「あの娘、広域攻撃型だね。避けるのは難しいかな」『
Yes, sir. Barrier jacket, Lightening mode. 』
バリア・ジャケットを張り直し、なのはに悠里のデバイスを見せた。あの時、シグナムの着ていた衣服の中で自分の存在を示すように輝いていたのをフェイトは見て取っていた。
「はい」「うん」
なのはにレイジングハートを手渡す。
そのとき、闇が広がった。
「広域結界!」「やっぱり。私たちを狙ってるんだ」
なのはは悠里とデバイスを抱えて飛び上がるフェイトに手を貸すと、『闇の書』から距離を取る。
「悠里ちゃん! どこか安全な場所に」「なのはは悠里と下がって」
いったん、地面に降りて悠里とセイクレッド・ワードをなのはに受け渡すと、フェイトは飛び出した。
「フェイトちゃん!」「この駄々ッ子!」
『なのは、今そっちに。クロノも今、解決法を探してる。援護も向かってるんだけど』
ビルの影でユーノ君とアルフさんを待つ。
バルディッシュ・アサルトを手に『闇の書』さんに立ち向かうフェイトちゃんを見送って、なのはは腕の中の少女に目を落とした。
ずいぶんと痩せちゃったね。
肉の落ちた少女の頬に、軽すぎる体重。
「あれ?」
その時、なのはは気がついた。悠里ちゃんがお気に入りの人形を持っていない。
どこに?
なのはがそう思ったときだった。
白い手がなのはに伸び、手の中のデバイスをぐっと掴んだ。
7.
あえぐように手を伸ばした。
「え?」
誰かの声がする。どこかで聞いたことがある声。懐かしい、でも、知らない声。
「悠里ちゃん!」
覗きこむ少女の顔。淡い栗色の髪がツイン・テールに分けられた白い服を来た少女が俺を抱き抱えていた。
「誰、だ?」
少女が喜んでいいのか、哀しんでいいのか、困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「これは、夢なのか?」「夢じゃない。夢じゃないよ!!」
俺の声を彼女は笑顔を浮かべて否定する。ぎゅっと握り締めた手が熱い。
「これが、とびっきりか?」
涙すら浮かべて俺の手を握る少女の姿に、俺は誰かの言葉を思い出す。むっと目の前の少女が頬を膨らませる。
「む。なんか、せっかくの感動に水を差された気分」
俺は慌てて首を振る。そして、あいつの言葉を思い出した。
「あ、いや。どうすればいい?
すごく、眠いんだ。でも、これが最後のチャンスなんだ。俺はなにをすればいいんだ?」
わからない。
これはきっと、あいつが言っていた最後のチャンス。タイミングはあいつが計るといっていた。だから、あるはずだった。なにかしなければならないことが、あるはずだった。
少女の両サイドのリボンがぴょんと立つ。
ああ、これがピンと来たってやつか。
思わず笑ってしまいそうな俺に、彼女は何かを俺の首にかけた。そして、俺の目をまっすぐ見て伝える。
「名前を。名前を呼んであげて!」「・・・」
茫然と見上げる。
名前。
何の名前だろう。
俺の名前か?
そう思って俺は、自分の名前を知らないことに気がついた。
俺は・・・誰なんだ?
彼女は俺の両手を取ると、胸元のペンダントのようなものを握らせた。
熱い。手の中に熱い何か伝わってくる。
「この子の名前を呼んであげて、悠里ちゃん!」
「・・・名前?」「うん!」
悠里?
この子の名前?
わからない。俺はなんとなく、そのペンダントに視線を落として・・・。
え?
えぇぇぇぇ?
「お、おんなの子!?」「うん。悠里ちゃんは女の子だよ?」
胸元の白い下着に俺は慌てて顔を上げた。彼女はきょとんとして俺を見る。
なんか、目が醒めた。
正直、なにが起きているのかよくわからない。
彼女はそんな俺を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。悠里ちゃんのデバイスを信じて」「あ、ん・・・。まぁ、ある意味、とびっきりだな」
もう10年経てば最高だったぜ。
俺はあいつに毒づく。
思い出した。
このちっぽけな宝石は生意気なあいつだった。
俺はエメラルドを削り出した石器のようなペンダントを握る。
「名前、わかる?」「・・・うん」
彼女の問いに、こくりと頷いた。む、なんか視線が泳いでる。鼻奥に何か来たのかな。
俺は目を閉じる。
久しぶりだな。お前がずっと俺に話し掛けていたんだな。
忘れないように、すべてを忘れてしまわないように。
あー、なんかちょっと恥ずかしいな。
俺は心の中から浮かび上がる約束の言葉、そのデバイスの名前を詠んだ。
「セイクレッド・ワード」
『
Ok, my master. Connection resurrect. Pseudo-Core ignited.
Warding IT..... Succeeded.
Sacred word emphasizes your LinkerCore and recovers your memories... 』
手の中の宝石が歓喜に踊るように輝く。
そして生み出されたリンカーコア・コネクタが幾重にも紐のようにあふれだし、俺の魂を穿つ。
上書きされる空白の記憶。
書き直される認識。視界が開けていくように、過去に、未来に広がる意識。
回転する魔法陣が俺の身体を包むようにその四肢に絡み付くと、そして、ゆっくりと俺の中に沈んでゆく。
ああ。
自分という意識がセイクレッドに同期する。
そして、その双眸で少女を捉え、問いかけた。
「・・・なのは?」「うん!」
思い出す。いや、それはもとより、すべてセイクレッドに刻み込まれていた記憶だったのかもしれない。
8.
悠里ちゃんの神秘的な瞳がなのはを見つめる。なのははしっかりと見つめかえすと大きく頷いた。
「悠里ちゃん、お帰りなさい」「ん」
悠里ちゃんがちょっと決まりの悪そうな照れた表情で頷いた。
「ただいま。なのは」「うん!」
大きく手を開いて抱きしめる。もう胸がいっぱいで、泣いてしまいそうだった。
「状況は?」「悠里ちゃん、絶対間違ってる!」
それじゃせっかくの感動の再会が台無しだよ。
『おはよう、悠里ちゃん! 状況を説明しようか?』
エイミィさんが通信を繋げる。悠里ちゃんがこくりと頷いた。
うう、可愛いなぁ。
『闇の書さん絶賛暴走中』「短すぎっ!」「ん、わかった」「えぇぇぇぇぇぇ!」
あまりに短すぎるまとめと、あっさり頷く悠里になのはは頬に手を当てて叫んだ。
「なんでそれでわかるの?」「状況は知っていたから」
「なのは! 悠里!」「フェイトはあっちだね」
ユーノ君とアルフさんが追いついた。
アルフさんは軽く手を上げてフェイトちゃんが『闇の書』さんと戦っている方へ飛ぶ。
「悠里、久しぶりだね」「ん、元気そう」
ユーノ君が問いかける。
「身体は大丈夫?」
そうだった。悠里ちゃんはずっとこの半年近い間、寝たきり状態だったんだ。いきなり目を覚まして、体力もついてくるはずがない。こんな激しい戦いについてこれるはずがなかった。
「悠里ちゃん?」「ん、ちょっと下がる。今、魔力ダメージを受けると、落ちるから」
ちょっと残念。一緒に戦ってみたかったんだけどな。
なのはの残念そうなまなざしに俺はほっとした。
いや、無理だって。呼吸もちょっと辛い。
だから、時間がいる。戦線に戻るためには、いくばくかの時間が・・・?
「どうしたの、悠里ちゃん?」
なのはが俺の視線の先を振り返った。その先には、こちらに飛んでくるフェイトとアルフ。そして、その向こうで虚空に輝く桜色の魔力光は!
「スターライト・ブレイカー?」「逃げなきゃ!」『なのは! 悠里! はやく離れて!』
一瞬遅れてフェイトからの連絡が届く。
飛べる、か? ええい、飛べ!
『
Light flier. 』
もたつく。そんな俺の腕をユーノとアルフが抱えて急ぐ。隣ではなのはがフェイトに抱えられていた。
「そんなに距離を取らなくても?」
なのはがきょとんとした顔で首を傾げる。
撃つ側は撃たれたことがないからなぁ。知らぬは当人ばかりのみ。
不思議そうななのはにフェイトがスターライト・ブレイカーの恐ろしさを切々と語る。
うん、まさに経験者は語るって奴だな。
苦笑する。その俺の笑いと同じものをユーノやアルフが浮かべていた。
あれ? そう言えばこのとき何かあった気が・・・。
『
Sir, there are non-combatants on the left at three hundred yards. 』
\(^o^)/。
バルディッシュがフェイトに告げた言葉に、俺は思わず万歳してしまいそうだった。
そう言えば、あったね。そんなイベント。
俺はバルディッシュが見つけた二人の少女の姿に、どう言い訳したものかと頭を悩ませた。
それは大学病院からの帰り道、突然のことだった。
私とすずかは繁華街にショッピングに出かけていた。そこに、いきなり暗い影が走ったかと思うと、街から人影がなくなっていた。
アリサ・バニングスは決断する。
「なんか光ってるし。とりあえず逃げよ! なるべく遠くへ」「う、うん」
ビルの影から影へ、走る。
「あの、すみません! 危ないですから、そこでじっとしててください!」
「?」「今の声って」
どこかで聞いたことある声ね。
アリサは振り向く。
って、もしかして。
「なのは!」「フェイトちゃん? それに・・・」
・・・なんか、二人に引っ張られて脳天気に手を振っている馬鹿がいる!
「どーゆーことよ!」「どういうことですかっ!」
なんか心の奥がむずむずしてきたわよ
「「悠里!!」」
うう、居辛いぞ。
「3人とも、そこでじっとして」『
Defenser Plus. 』
「まぁ、なのはとフェイトが変な格好して飛び回っているのは・・・許すわ」
アリサがじと目で俺を見る。
「でもね、アンタは駄目でしょ! アンタは!」「アリサちゃん、すっごく心配してたんですよ。もちろん、私も」「う、うん」
逃げ出してぇ!
アリサ、頼むから状況を理解してほしい。ああ、すずかもその目だけマジで微笑むの、怖いからやめてください。
「レイジングハート」『
Wide area protection. 』
「来る」
俺は迫る閃光を見つめる。
そして、なのはとフェイトの防御の中、スターライト・ブレイカーの魔力弾が吹き荒れた。
どれほどの時間がすぎたのだろう。
荒れ狂う桜色の暴風が吹きぬける。
うん、こんなのくらったら、余波で落ちるな、俺。
「もう、大丈夫」
フェイトがすずかとアリサに声をかける。
「すぐ安全な場所に送ってもらうから、もう少しじっとしててね。悠里ちゃんも」
「あの、なのはちゃん、フェイトちゃん?」「ちょっと・・・」「ん」
戸惑いながら声をかけるすずかとアリサ。俺は小さく頷いて肯定する。
足元に輝く白い転移魔法陣。
今の俺じゃ、足手まといだ。
輝きと共に転移する。出現した場所は聖祥付属のそばだった。
「あれ?」「あ・・・」
俺は四肢に力が入らず、その場にへたり込む。視線の向こう、遙かな場所では金色と桜色の魔力光が闇を切り裂く。
「え? 学校のそば?」「悠里ちゃん!?」
「ちょっと、大丈夫なの?」
アリサとすずかが腰をついてしまった俺に駆けよった。俺は二人を安心させるために頷く。
「ずっと寝たきりだったから、ちょっと疲れただけ。でも、すぐ行かなきゃ」「馬鹿! そんな身体でどこへ行こうって言うの!」「そうです。無理です」
心配そうな目で二人が俺を引き止める。
ああ、誘惑だな。でも、そう、でも。
「あそこにははやても待ってるし」「だからって!」「・・・」
すずかがアリサの腕を引く。俺は目線ですずかに感謝を伝えると、呼んだ。
「セイクレッド、ジュエル・シード、リリース」『
Put out. 』
ジュエル・シード・シリアルXII。
封印されていたジュエル・シードに魔力を通し活性化させる。青い宝石が輝き宙に浮かび上がった。
「「!!」」
「セイクレッド、杖を」『
Yes, master. DASER canon, flame extends. 』
右手を伸ばす。その先に生まれる碧色の輝き。俺のリンカーコアに共鳴する外部供給用疑似コアから、俺の杖が形成される。そのコアに活動中のジュエル・シードが吸い込まれた。
『
Extensional core connects to Jewel Seed. Dimensional reactor ignites. 』
魔力が沸き起こる。杖に組み込まれたジュエル・シードの次元共鳴炉から精製された魔力が疑似コアを通して俺の身体の中に満ち溢れる。
これで少しは、保つ!
「じゃ、行ってくる」
アリサとすずかに軽く手を上げる。
「さっさと片付けなさいよ! あとで全部話は聞かせてもらうんだから」「悠里ちゃん、気をつけて」「うん」
頷く。今はそれだけしか言えないけれど。
「じゃ、行こうか。セイクレッド」『
Sacred Word awaken. 』
融合する。セイクレッド・ワードの意識が俺の下位に組み込まれ、その知性と知識のすべてが俺のものになる。
そこからわかることのなかには、俺の存在をどうやって創ったのかも、どうして俺だったのかも記述されていて、少し寂しさを感じたけれど。
俺は笑って、空に翔んだ。
揺り動かされる。
目を覚ませと、呼ぶ声がする。
いやや。もう。わたしはええ。疲れたんや。だから、このままでいさせて。
笑い声が聞こえる。その視線に悪意すら感じて、八神はやてはその主を探した。
いた。
ロングの黒髪の少女がはやてを笑っていた。
知っている。はやては彼女のことをよく知っていた。
「なんや、私を笑いに来たんか?」「ええ」
あの夜、一度だけ会った悠里。はやての知らない小鳥遊悠里が笑う。
「何も知らないあなたを笑いに来たの」
むかっとした。
「なんであんたに」「事情を知ればみんなあなたを笑う。こんなところでなにやってるんだって」「わたしは!」
はやては言い返そうとして、口篭る。
わたしに責める権利なんかない。彼女から悠里を奪った私に。
「・・・ごめん、な」「・・・」
そんなはやての言葉に少女は憮然とした表情をする。
「私が欲しいのは感謝の言葉。あなたのお詫びなんかいらない」
はやては首を傾げる。
感謝? なんでやろ。
「私は悠里を守りきった」
誇らしげに胸を張る。そして、見下す視線がはやてを突き刺す。
「
人形はあげる。あなたはここで死んじゃえ。私は悠里と行く」
はやては混乱する頭を整理する。
それはつまり・・・。
「悠里は生きてるんか?」
それは淡い希望。はやての怯えるような問いかけに、少女がいやいやながら頷く。
「そう。だから、安心して死んでいいよ」「いやや!」
弾かれたように叫ぶ。
何もかも失ったと思ってた。友達も、家族も、みんないなくなった。そう思っとった。
でも、死にたくない。まだ、まだ、何かあるんやとしたら、その罪を贖えるんなら、死にたくない、そう思えた。
「ふん。じゃ、お帰りはあちら。あなたの娘が泣いてるわ。さっさと行きなさい」
不満そうに鼻を鳴らして、遙かな光を指さす。そんな仕草がはやてのよく知っている悠里と重なった。
あー、なんか、こっちの悠里も素直やないなぁ。
思わず笑ってしまう。たぶん、きっとたぶん、この娘は私を呼びに来たんや。このまま諦めてしまう私を呼び止めに来たんやと、わかったから。
「なに?」「いや、なんでも。・・・あんたはどうするんや?」
むっとした悠里、今なら彼女を悠里だと思える、に問いかける。悠里は遠くを見るような瞳で遥かな光を見つめる。
「ここで夢を見てる。ずっと、私の悠里の夢を」「そっか」
はやては頭を振る。だんだんに意識がはっきりしてくる。
ああ、目覚めるんやな。
9.
フェイトちゃんは『闇の書』さんに取り込まれてしまった。
何とか戦場を移動させて、海上まで持ち込んだけど、正直厳しいと思う。
でも、やるしかないんだ。
『リンディさん、何とか戦場を海の上に移しました。街の火災の方、お願いします。それから『闇の書』さんは駄々っ子ですが、お話はできそうです。もう少しやらせてください』
『わかったわ。街の火災の方は局員を送ったわ』『ありがとうございます』
リンディ艦長に感謝する。状況は決してよくない。でも、やらせてくれるのがうれしかった。
海鳴の街が燃えている。
たとえこれが『闇の書』さんの結界の中のことでも、哀しかった。
対峙する。『闇の書』さんが涙を流しながらなのはを見つめる。
「お前も、もう眠れ」
「いつかは眠るよ」
レイジングハートを構える。そう、いつかは私も。でも。
「でもそれは、今じゃない! 今ははやてちゃんとフェイトちゃんを助ける。それからあなたも。
レイジングハート、エクセリオン・モード。ドライブ!」『
Ignition. 』
カートリッジがロードされ、レイジングハートが突撃戦を想定したエクセリオン・モードに変形した。
「繰り返される悲しみも、悪い夢も、きっと終わらせられる」
一歩前に、踏み出す。これは決意だ。救い出す。その意思を強く『闇の書』さんに示す。
『
Photon lancer, genocide shift. 』
『闇の書』さんの周りに数々の雷光が輝いた。あれは、フェイトちゃんの・・・。
来る。
身構えて、気がついた。『闇の書』さんが見ている先、何かが来る。
煌めく碧の魔力光。
空を駆ける流星が、今、ここに。
「響け角笛、崩れよ城塞」『
Wall of Jericho. 』
掻き消える。
『闇の書』さんが形成したフォトン・ランサー・ジェノサイド・シフトの魔力集積球が襲いかかる無色の風に薙ぎ払われるように掻き消えた。
そして、流星がなのはのそばに姿を現した。
「悠里ちゃん!」「なのは、おまたせ」
久しぶりに見る碧のバリア・ジャケットに涙が出そうになる。
「身体の方は?」「ドーピング中。これと、次の戦いぐらいはもつ」
ちらりと悠里ちゃんが杖を見せる。そこからはジュエル・シードの波動が響いていた。
「終わったら、少しゆっくり休むよ」「うん」
なのはは微笑む。
そして、ゆっくりとレイジングハートを構えた。
「いくよ!」「ん」
目を覚ます。
目の前には銀色の長い髪の悲しい赤い瞳の女性。
「このままお眠りください。愛する者たちとずっと続いていく暮らし。眠ってください。そうすれば、夢の中であなたはずっとそんな世界にいられます」
魅力だった。
騎士たちがいて、この娘がいて、友達がいて。
でも気づいていた。だから、ここにはいられない。
「せやけど、それはただの夢や」
八神はやては目の前の女性にはっきりと伝えた。
堅い。
俺は直接近接戦を繰り広げるなのはと『闇の書』との戦いを支援しながら、思う。
なのはと『闇の書』は高速移動から打ち合いを続けている。その捕捉はたやすい。しかし、『闇の書』のシールドを抜けるだけの攻撃の手持ちは、魔力が外部から供給されている今でも多くない。かといって、正面に出てなのはの代わりに打ち合うには、身体がついていかなかった。
ちらりと空を仰ぐ。
見えるのはアースラからの戦況監視魔法陣。いっそ、あれをジャミングして、そう思わなくもなかったが、今の状況、それは厳しい。それに、次元干渉砲なんて質量兵器を打ち込んだら、はやてを殺してしまうかもしれない。
ちっ、役にたたねぇ!
視界の中でなのはがアクセル・チャージャーを起動する。
「ストライク・フレーム」『
Open. 』
『闇の書』はなのはの攻撃を見守っている。余裕か。確かに直接的な打撃を加えていない。それでも、なのはは『闇の書』を拘束することに成功していた。
「貫け!」『
Ray assault square. 』
俺の周囲に浮かび上がった正方形の魔法陣が激しく回転し、次々と本来のランクからジュエル・シードの魔力で増強された魔力光を『闇の書』に撃ち込んでいく。
抜けろ。
「エクセリオン・バスターACS。ドライブ!」
その叫び声と共になのはが『闇の書』に突撃をかける。俺は呪文を止める。『闇の書』の反応が遅れた。
「届いて!」
レイジングハートから伸びた魔力槍が『闇の書』のシールドを抜けた。
「ブレイク・・・シュートッ!!」
その先へ。なのはのエクセリオン・バスターが『闇の書』に直撃した。
彼女が嘆きの声を上げる。はやてはその想いに胸が痛くなる。
でも、これは言わなあかんことや。
はやては彼女の頬に手を伸ばした。
「そやけど、忘れたらあかん。
あなたのマスターはいまは私や。マスターのいうことはちゃんと聞かなあかん」
それは背負う意思。
『闇の書』として今まで生み出してきた悲しみを、罪をその小さな肩に背負っていく意思だった。
「名前をあげる」
はやては彼女に告げる。
「もう『闇の書』とか、呪いの魔導書とか呼ばせへん。私が言わせへん。
私は管理者や。私にはそれができる」
彼女の瞳から涙がこぼれた。
こちらも攻撃対象にしやがった。
俺は『闇の書』から飛んできたブラッディ・ダガーを AMF でかき消す。
これをするとこちらからの攻撃魔法も消えちまうんだよな。
なのはと視線を交わして、次の呪文の準備。俺がなのはの前に出て、撃ち出される魔法をかき消していく。
「外の方! 管理局の方!」
はっと顔を上げる。
『闇の書』が動きを止めていた。そして、彼女からはやての声が響いていた。
「そこにいる娘の保護者、八神はやてです」
俺はなのはの射線からゆっくりと横にずれた。
「はやてちゃん?」「なのはちゃん! ほんまに?」
なのはと顔を合わせて頷く。
「うん。なのはだよ。いろいろあって、闇の書さんと戦ってるの。あとね、悠里ちゃんもいるよ」「悠里!」
「あー、おはよう、はやて」
何となくバツが悪くて、なのはの影からハローと手を振る。はやてから管理者権限の話が伝えられるが、うーん、このきょとんとした目はよくわかってないな。
『なのは、わかりやすく伝えるよ。目の前の娘をとにかく魔力ダメージでぶっ飛ばして。全力全開。手加減なしで!』
ユーノからの念話になのはが破顔する。
「さっすがユ−ノ君。わかりやすい!」
嬉々として砲撃態勢に入るなのはを、俺は本気で怖いと思った。
『新名称リインフォースを認識。管理者権限の使用が可能になります』
『うん』
はやては頷く。腕の中には一冊の書。
『ですが、防御プログラムの暴走が止まりません。管理から切り離された膨大な力がじき暴れだします』『ん。まぁ、なんとかしよ』
はやては笑う。
大丈夫。きっと何とかできる。
『行こか、リインフォース』『はい。我が主』
腕の中の本が、喜びに震えた。
輝く桜色の魔力光。
海をかき分けて吹き飛ばすその中から、金色の魔力が分離するのを見た。その視線の先にフェイト・テスタロッサの健在な姿がある。
ああ、さすがにここは原作通りだな。
俺はほっとして、『闇の書』、その自動防御プログラムがあった場所を見つめる。
そこには暗い闇がわだかまっていた。
大地が振動する。はやてによって切り離された『闇の書』の自動防御プログラムがこれまでに吸収した魔力で、自らの欠けた本体を埋めようと過剰なまでの再生を繰り返していた。
『みんな気をつけて! 『闇の書』の反応、まだ消えてないよ!』
エイミィさんからの警戒を呼び掛ける声が伝わる。
いや、俺的には後は消化試合なんですけどね。だって、俺の最大火力、質量兵器だから使うと管理法違反で捕まるし。それ以外はサポート班って奴以下だし。
えっと、実況班?
離れた場所に魔力反応を感じる。数は5つ。来たか。
天と地を繋ぐ白い雷。大地を揺らし雷鳴が轟く。
「我ら夜天の主のもとに集いし騎士」
炎の守護騎士シグナムが謡う。
「主ある限り、我らの魂尽きることなし」
湖の騎士シャマルが唄う。
「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」
盾の守護獣ザフィーラが詠う。
「我らが主、夜天の王八神はやての名の下に」
鉄槌の騎士ヴィータが歌う。
中央の白い魔力光が飛び散り、そこにはやてが杖を手に姿を現した。
「はやてちゃん!」
そして、はやてが杖を掲げて高らかに謳う。
「夜天の光よ、我が手に集え。祝福の風リインフォース、セーットアップ!」
3対6翼の白い騎士甲冑をまとったはやてが微笑んだ。
うんうん。主役は違うなぁ。
再会に抱きしめあうはやてたちを遠くから見つめる。
「行かないのか?」
今ごろアースラからやってきたクロノ・ハラオウンが俺に問いかけた。俺は戸惑う。
「いや、でも・・・」「行こう。やるべきこともある」
半分逃げ出しかけていた俺の肩をクロノに掴まれる。
「ちょ、まって、心の準備が」「すまない。君の準備をしている暇はない」
酷ぇ。
「さぁ、行くぞ」「ああ、ちょっとm」
引きずられていきました。
ちょっとはやてや騎士たちの視線からクロノたちを盾に隠れながら、作戦会議。
なんか、だんだんはやてが不機嫌になってきているような。
「悠里、隠れとらんでこっち来ぃ」
う、呼び出しっすか。
ひょい、と首筋を摘ままれる。って、クロノ、裏切ったな!
「君も意見を出してくれ。いろいろ事情を知っているんだろう?」「あー、解答は自分で考えなくちゃ駄目だと思う」
正面に突き出されて、俺は両手を上げた。
「悠里は考えてくれへんのか?」「あー、基本は適切なものを適切な場所へ。それ以上は言えない」「どっかへばしっとぶっ飛ばせばいいのかい?」「うん」
えーん、はやてが絡むよぉ。
「別にアルカンシェルはどこでも撃てるからね」「「「おお」」」
ぽんと手をたたく。
「つまり」「撃てるところで」「ずばんと」
揃って空を、頭上遙かな軌道上、宇宙空間を見上げる。
そこ。トリプル・ブレイカーズ。仲良く伝言ゲームして遊んでるんじゃない。
「おい! ちょっと待て。君ら、まさか!」
クロノが意図に気がついて、驚きの声を上げる。
『なんというか、まぁ。相変わらずもの凄いというか』
リンディさんが呆れた声を上げる。
確かに、あの巨大生物をぶちのめして、軌道上に放り投げ、アルカンシェルでぶっ飛ばすなんて、普通は考えつかんわな。
遥かな宙に次元振動が響く。
アースラの次元干渉砲アルカンシェルが『闇の書』の闇を、この次元世界から永遠にかき消した、その余波だった。
「終わったな」
呟く。
なのはが、フェイトが、はやてが、無邪気にハイタッチする。
俺はその姿を見ながら、セイクレッドに命じた。
『
Jewel seed sealing. 』
杖に仕込んでいたジュエル・シードが封印される。
ほっと肩を下す。
「悠里!」
そんな俺の下にはやてが満面の笑顔でやってきた。
「はやて」「「いぇーい」」
ああ、よかった。
笑顔でハイタッチ。
なんかこの笑顔を見たら、どうでもよくなってきた。
それはきっと、幸せ、なんだと思う。
0.
八神はやてが彼女と出会ったのは、時空管理局兵器開発局のマリエルの紹介だった。
常動型
融合デバイスの開発がしたい。そのために、ベルカ式融合騎の術式を教えてほしい。
その申し入れに応えて、はやてはリインフォースIIと共に時空管理局本局の医院を訪れていた。
「レティ提督のお願いやなかったら、しかとくれたったんやけどな」
「はやてちゃん! そう言う本音は後にしてください」
頭の後ろに両手を回し、マリエルの後についていく。30センチほどの身長の
融合型デバイス「リインフォースII」が顔ほどの高さに浮かんではやてのやる気のない態度を説教する。はやては苦笑するとはいはいとリインを手であやした。
「せやかてなぁ。要はリインのダウングレード版を創りたいってことやろ。それやったら、マリーからリインを創ったときのデータを見て勝手にやればいいのに」
面倒くさいなぁ。
あまりの態度にリインが肩を落とした。
「もう、はやてちゃん、機動六課設立のためだって妥協したんじゃなかったんですか?」「ま、せやけどな。まさか、レティ提督とリンディ統括官がそろってこんな条件つけるとは思わなんださかい。
はぁ、しゃあないな」
困り顔のマリエルに頷いた。マリエルが扉に近づくと室内に魔法陣が浮かび立ち入り人物のチェックが行われた。
はやては眉を顰める。本局内の医院にしてはセキュリティが厳重すぎた。
「はやてちゃん、気づいてますか?」「ん?」「ここ、内部に対してAMF発生装置が設置されてますよ」「そやな」
おそらくは内部からの逃亡を防ぐため。
それだけの危険人物が収監されているのだと予想がついた。
だから。
はやてを迎えた相手がこんな自分と同じ年の少女だとは思いもつかなかった。
「あ、はやてちゃん!」
難しい顔で歩く八神はやてを見つけ、高町なのはが大きく手を振った。
「お久しぶり。元気だった?」
「なのはちゃん、おひさ」「うん。リインも」「はいです」
明るい笑顔で笑うなのはの姿にはやてはふと昔を思い出した。
魔法が使えなくなるかもしれない。
そんな絶望に暗い目をした彼女の姿を。
あれからもう5年も経つけれど、なのはちゃんは驚くべき強さで回復していた。その笑顔は前にも増して眩しかった。
はやては頭を振ってかつての姿を追い出す。どうしてそんな昔のことを思い出したのか。それはきっと、同じ瞳をした少女に会ってしまったせいだ。
この先に絶望しかなくても、突き進む。
そんな意思に出会ってしまったからだ。
「はやてちゃん、本局なの?」「うん。しばらくはこっちやな」「じゃ、お昼とかも一緒できるね」「うん」「もちろんリインも」「はいです」
嬉しそうに笑うなのはにはやてはふと聞いてみたくなった。
「あんななのはちゃん。なのはちゃん、荒れてた時あったやろ。そこからどうやって立ち直ったんかなって?」「あ、にゃはは。あの時のこと? 恥ずかしいな」
なのはちゃんが照れたように笑う。そして、近くの喫茶店を指さした。
「時間は大丈夫かな? 大切な、お友達の話なんだ」
はやては医局の隔離された研究棟で病人用のベッドの背を起こして作業する彼女に話し掛けた。
「なぁ、ちょっとええか?」『なに?』
彼女が視線で問いかける。右手だけで動かすキーボード上で開発中のデバイスのテスト工程が次々と実行されていた。
身体的な異常はまったくない。しかし、彼女の身体は彼女を自分だと認めていない。自由に動かすことができる右腕と意思を込めた視線が、わずかに残された彼女の全てだった。
「私の友達になのはちゃんていてな」『管理局のエース・オブ・エースね』「せや」
はやては少し期待するように彼女を見た。
「昔病院で会った女の子を、ずっとお友達やって言ってるんや」『そう』
彼女は聡い。多分、誰のことを言っているのかわかっているのだろう。でも、わからない。『彼女』はなのはちゃんに会ったことがないから。
「私はなのはちゃんになんて言えばええんやろな」
涙がこぼれそうになる。悔しい。悔しい。
間に合わない。このままだと、彼女が消えてしまう前にこのデバイスは完成しない。
そうしたら、また、すべてがやり直しだ。彼女はまた何も知らず、絶望に晒される。いずれ消えてしまう自分に、向かい合うことになる。
『戦っているって』「え?」
はやてははっと彼女に振り返る。
『いつか、また、笑える時を夢見て、戦い続けているって。すべて忘れてしまっているかもしれないけど、きっとまた、お友達になれるって。そう信じて戦っているって、伝えて』
ちらりと視線がはやてに向けられる。微かに彼女が微笑んだ。はやてはそう信じた。
『私は消えて、すべて忘れてしまうけど。あなたたちの中の私は消えない。だから、私は戦える。あなたたちの中にある私たちが、いつか私になる。そう信じているから。
だから、伝えて。消えてしまう私たちに。私は、私たちは決して無駄なんかじゃないって』
くっ。もう我慢ができなかった。
涙がこぼれる。はやては頬をつたう涙をぬぐって頷いた。
「絶対や。絶対伝えたる。みんなに何度でも伝えたる。悠里がどんなに頑張ったか、なのはちゃんにも、次の悠里にも、絶対伝えたるからな!」『はやて』
手が伸びる。悠里の右手がはやてに。
はやてはその手を両手で抱きしめる。ぎゅっと両手で強く握りしめる。
『ありがとう』
高町なのははある日はやてから呼び出しを受けていた。
しょんぼりと肩を落として待ち合わせの場所に現れたはやてと、ともすれば泣き出してしまいそうなリインの姿に、なのははぐっと力を込めて笑顔を浮かべた。
悲しいことがあったのだろう。
きっと辛いことがあったのだろう。
だから、友達としてその悲しみを受け止めてあげよう。
そう思った。
「はやてちゃん」「なのはちゃん」「・・・」
はやてちゃんが少し顎を引いてなのはを見た。
「なのはちゃんにな、伝言があるんや」「うん」
それは五年ぶりの友達からの伝言だった。