Lyrical Nanoha : SECONDARY PRODUCTION
It's a Sacred for the World.
Written by ヽ(゚∀。)ノうぇね

聖句 08 前編


0.


 エイミィの通報を受けて伝統的な家屋に突入した武装局員の前に現れたのは、まだ幼い一人の少女だった。
 全身を返り血で真っ赤に染めて。
 青白く光る瞳が少女を取り囲む武装局員たちを睨みつけた。
「死んじゃえ!」『下がれ』
 少女の左手が伸ばされ、武装局員たちが飛びすさる。その直前までいた場所を黒い闇が吹きぬけた。
「スティンガー・ブレイド」『Ok, Boss. (オーケー、ボス)
 少女は自分に迫る魔法に、上空を見上げた。虚空に浮かぶ少年の手が振り下され、傍らに控えていた光の剣が彼女に向けて突撃する。
 少女は両手をそろえると初めて呪文を唱えた。
「響け、角笛。崩れよ、城塞」
 かざす、手の先で少女に迫っていた光の剣が自然に拡散し消えてゆく。
「なんだ、あれは?」
 空からの強襲で終わらせるつもりだったクロノ・ハラオウン執務官は自分の魔法が拡散されるという現象に眉を顰めた。
『なんか、あの子の正面から魔法の術式を拡散するフィールドのようなものが発生しているみたい』「虚数空間みたいなものか」
 ウィンドウを浮かべて答えるエイミィの言葉にクロノは呟いた。
「ジュエル・シードの特質なのか?」『うーん。ジュエル・シードの宿主が知性を持って抵抗した例がないから、なんとも言えないかな』
 後退した武装局員が一斉に魔力弾を打ち込む。しかし、それは少女に命中する前に収束力を失い、宙に掻き消える。
「Aランク魔法でも駄目か。エイミィ、なのはに協力は頼めるか?」『それは大丈夫。でも・・・』「わかってる。遠距離からの狙撃を頼むだけだ」『わかった。なのはちゃん、いいかな?』『はい。いつでも出れます!』『お願いね』
 クロノはアースラに待機する民間協力者高町なのはとエイミィとのやりとりを聞きながら、バインドの配置を行う。
 武装局員たちは幾度となく魔力弾を打ち込むが、少女のフィールドの前にむなしく拡散させられる。しかし、少女の方もクロノを警戒してか、積極的に打って出ることなく状況は膠着しつつあった。
「フィールドと攻撃は同時に行えないようだな。エイミィ」『はーい、なのはちゃんの方は配置についたよ』
 クロノはなのはの砲撃位置を確認した。この距離ならあの少女の姿を目にすることはない。なのはに自分と同じ年ごろの少女が血で赤く染まっている姿など見せたくなかった。
 それは偽善なのかもしれない。
 しかし、まだ、なのはにはこういうことは知ってほしくないと思った。
 クロノはデバイスを持つ手に力を込めた。
「エイミィ、指示を頼む」『任せて』
 心地よい響きを耳に、クロノはあの少女めがけて突っ込んだ。

「ジュエル・シード、シリアル XII。封印です」
 エイミィ・リミエッタの報告に、リンディ・ハラオウン艦長は内心ほっと息をついた。
「ご苦労様。今回は一体どうなることかと思ったわ」
 余裕を装いエイミィに笑いかける。エイミィは大きく頷いた。
「はい。あんな魔法無効化能力なんて、初めて見ました。あれはいったい?」
「そうねぇ」
 リンディは先ほどの戦闘の様子を思い出した。クロノが設置したバインドに目標を追い込み、なのはさんの砲撃で撃墜した少女。あの娘はこれまでのジュエル・シードの暴走とは違い、完全にジュエル・シードに同調していた。
「あれが本来のジュエル・シードの能力ということかしら。魔力自体は損なわれなくて魔法の術式を解体するという感じね。反魔術場(アンチ・マジック・フィールド)。ううん、非魔術結合場(アンチ・マギリンク・フィールド)とでも言うべきかしら。彼女の調べは?」
 捕らえられ医務室に運ばれた少女の映像が浮かび上がる。
小鳥遊悠里(たかなしゆうり)、八歳。父親とあの家で二人暮らしのようです。それから、屋内で父親の死亡が確認されています」
 エイミィの言葉に、リンディは大きく溜め息をついた。
「つまりあの娘の衣服に付いた血は、父親のものということかしら?」「・・・はい」
 リンディの問いをエイミィは言い辛そうに肯定した。
「父殺し。あの娘はジュエル・シードにそれを可能にする力を願ったのね」
 リンディは医務室で眠る少女の横顔を見つめた。同時に表示されるバイタル・データには少女が受けている怪我の様子が表示されている。そこには、戦闘で受けた以外の怪我がいくつも表示されていた。
「虐待ね」
 そして、彼女は願ったのだ。
 敵を殺す。殺す以外に、解放されないと。
 そう願うまで追い詰められていたのだろう。
 ただひとり、誰の助けもなく。
「いずれにせよ、この娘は管理局で引き取るしかないでしょうね」
 この世界には、もう少女の居場所はなかった。
 そう。始まりに奇跡などなく。
 ただ、悲劇だけが総てだった。

1.


 高町なのはは目の前に現れた、同じ年ぐらいの少女の姿に目を見張った。
 赤いゴスロリというのか、フリルのついた意匠のバリア・ジャケットに無骨なハンマー型のデバイスを手にした、赤い髪の三つ編みを二つたらした少女が激しい気性を示す視線でなのはを睨め付ける。
「私はなのは。高町なのは。時空管理局の民間協力者。あの、あなたは?」
 なのははインテリジェント・デバイス、レイジング・ハートを構えて問いかける。
「時空管理局の犬か」「犬じゃなくて、なのは。高町、な・の・は!」
 なのはは思わず両手を振って否定する。対峙する少女はぺっと唾を吐いた。
「あたしはヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータ。いくぞ、アイゼン!」『Ja wohl. (了解)
 ヴィータちゃんと名乗った少女のデバイスががちゃんと大きな音を立て、ハンマーの柄に沈み込む。爆発するような魔力の奔流になのはは危機感を覚える。
「うおおぉぉぉぉぉぉ!!」
「レイジング・ハート!」『Round Shield. (ラウンド・シールド)
 反射的に唱えたシールド魔法がヴィータちゃんの一撃を受け止め、砕けた。
「え?」『Flash move. (フラッシュ・ムーブ)
 上空に飛びすさり、なのはは首を傾げた。砲撃魔導師として特化しているなのはのシールドは分厚い。なのはの知る AAA 級魔導師のフェイト・テスタロッサですら守りを固めたなのはにダメージを与えるのは並大抵の攻撃では困難だ。そのなのはのシールドをあの少女はあっさりと打ち砕いて見せたのだ。
 呆気にとられたなのはの前にシールドの魔力をかき分けて突撃するヴィータちゃんが現れた。
「グラーフアイゼン! カートリッジ・リロード! ラケーテンッ」 「へ?」
 ガキンとコッキングする鋼の音。ぐるりと小さな身体を翻し、ヴィータちゃんの身体が大きく後ろに反らされた。その両手で振りかぶったデバイスが姿を変える。現れたドリルが高速回転し、反対側からは激しい噴射炎が噴き出した。
「ハンマーッ!」
「えぇぇぇぇぇぇ!?」『Shield Projection. (シールド投射)
 デバイスの推力に独楽のように回りながら、ヴィータちゃんがなのはめがけて飛びかかってくる。その手前に、レイジング・ハートがシールドを発生させた。一瞬の抵抗と共にシールドが打ち砕かれる。しかし、その間になのははヴィータちゃんから距離を取っていた。それを追うヴィータちゃんの前に次々とシールドが現れては、ハンマーの一撃に粉砕された。
「はぁはぁ・・・」
 しばらくの追いかけっこは、ヴィータちゃんの攻撃からなのはが逃げ切ったことで終わりを告げた。
 なのはは心の中で今はここにいない友人に感謝する。彼女から教わった使い捨ての設置型シールド呪文がなければ、あの打撃力が乗った一撃を直接受け止める羽目になっていたことだろう。その時、多分、始めのときのように全力の防御は破られ、ヴィータちゃんの一撃がなのはを捉えていたにちがいなかった。
「こんの、ちょこまかと!」
 ヴィータちゃんの怒りの目を、なのはは怯えることなくしっかりと受け止めた。
「私は戦いに来たんじゃない。お話を聞きに来たの!」
 なのはは叫ぶ。
 この子ひとりなら、なんとか。
 多分、罠と知って飛び込んできた以上、一人のはずはない。今はお互いに前衛をぶつけあい相手の戦力が零れ出てくるのを様子見している状況だった。そして、それはなのはにとって好都合だった。
「ハッ! ベルカのことわざにな、和平の使者は槍を持たないって言うんだよ!」
「?」
 なのはが首を傾げる。自分の意が伝わっていないことを悟ったヴィータちゃんが両の拳を握った。
「話し合いに来るのに武器を持ってくる奴がいるか、この馬鹿ッ!」
「にゃ! 馬鹿じゃないよ!」
 なのはは思わず言い返す。興が乗ってきたのだろう。ヴィータちゃんが笑いを浮かべて繰り返す。
「やーい、ばーか、ばーか」「だから、馬鹿じゃないもん! 馬鹿って言う方が馬鹿だもん!」「なんだと、この野郎!」「だから、野郎じゃなくて、なのは! な・の・は!」「なにょ・・・、呼びづれぇ!」「逆ギレっ?」
 ふっとなのはの背後で魔力が動いた。なのはは振り向かない。
「いつまでやっている?」
 鋭い言葉と共に、魔力のこもった長剣が振り下された。しかし、その剣は同様に転移して現れた淡い金髪の少年のシールドに阻まれる。
「なに!」
「なのは、大丈夫?」「うん・・・」
 烈火の将、シグナムの剣を止めた魔導師ユーノ・スクライアが問いかける。なのはは背中を守ってくれる少年の存在に感謝しながら、もう一人、なのはを守ってくれた少女を思った。
「悠里ちゃんが守ってくれたから」「・・・」
「・・・」
 短い間でしかなかったけど、なのはは小鳥遊悠里からいくつかの魔法を譲り受けていた。それは主に、格上の相手の攻撃を単純に受け止めるのではなく、いなすための魔法。ただ戦うためでなく、いつまでも戦い続けるための魔法。先ほどの設置型シールドもその一つだ。
 突撃力に優れた相手に対し、機動力の優位を保持するために事前に障害物を配置して動きを阻害する。
 まるで、そう、この事態を予想していたみたいに。
 ううん。なのはは首を振った。
 きっと、悠里ちゃんは知っていた。なのはが彼女たちと戦う可能性があることを。だからこそ、なのはに後を託したんじゃないかと思う。
「私は知りたい!」
 なのはは正面のヴィータちゃんの動きを見つめながら、声を張り上げた。
 届くように。
 その心に届くように。
「あなたたちがどうして悠里ちゃんを襲ったのか。私は知りたいの! 悠里ちゃんの命を奪って、『闇の書』を完成させて、あなたたちは一体どうするつもりなの?」
「・・・それを知ってどうしようというのだ?」「シグナム!?」
 剣を掲げて、背後の女性が問う。敵と言葉を交わす。その不自然さにヴィータちゃんが驚いて彼女の名を呼んだ。
 なのはは胸を張って応える。
「もし、それが大切なことなら、手伝うよ」
 なのはの答えに、なのはは気付くことができなかったけど、シグナムが目を見張った。そして、懐の何かにそっと手を当てる。
「だって、悠里ちゃんは抵抗しなかったんだもん。悠里ちゃんが命を賭けたこと。ただ悪いことだなんて思えないよ!」「なのは・・・」
「・・・」「・・・」
 なのはの正面のヴィータちゃんがちっと舌打ちをしてなのはの背後の将に無言で問いかける。なのははその様子に振り向いた。視線の先に炎の魔剣を手にたたずむ女性の姿を捕らえる。
「だから、教えて。悠里ちゃんは何に命を賭けたの!?」
「・・・あの少女は私の不意打ちに倒れた」「・・・」
 シグナムと呼ばれた女性は、しかし首を横に振った。
「戦う隙など与えなかった。連絡を入れる余裕など与えなかった。我が非道を罵るがいい。お前には、その資格がある」
「嘘だよ!」
 なのはは叫ぶ。そんなの信じられない。なのはには信じられない。
 悠里ちゃんは言ったんだ。現有の魔法技術(マジカトロジー)で悠里ちゃんの隙をつく手段はないって、悠里ちゃんはなのはに確かに言った。
 なによりも、そんな悠里ちゃんの命を、不意打ちなんて言葉で辱める彼女の言葉が信じられなかった。
「おい、シグナム」「この罪はいずれ贖う時もあろう。だが、今は」
 不満そうに睨むヴィータちゃんの言葉をシグナムさんが止める。そして、剣を高く掲げた。
「貴様のリンカーコア。貰い受ける。レヴァンティン!」『Ja wohl. (了解)
 重い金属音が総てを断ち切るように響いた。
「力づくでも」『Shooting mode. (射撃戦モード)
 応えるように、なのはもレイジング・ハートを構える。
「聞かせてもらうんだからッ!」『Accel shooter. (アクセル・シューター)

 リンディ・ハラオウン提督は第97管理外世界に設置した前線司令部でその様子を見つめていた。
「なのはさんもよくやるわね」
 2対2とはいえ、ユーノ・スクライアはあくまで結界魔導師。サポートに優れた魔導師ではあるが、どうしても火力に不足がある。そのなかで、高町なのはは隙あらば攻撃に出て相手の抑制に動いていた。
「『闇の書』の反応は?」「残念ながら、まだ見つかりません」
 限られた観測機器を駆使してエイミィも探してくれてはいる。しかし、相手はAAA級のベルカの騎士。攻撃力をアームド・デバイスで高めることができる彼女たちを前に、さすがに防御力の優れたなのはさんでもこれ以上は持ちそうになかった。
 リンディは司令部でなのはさんの様子を心配そうに見つめ続ける金髪の少女に訊ねた。
「行ってくれるかしら?」「はい」
 フェイト・テスタロッサはリンディの言葉に短く答える。リンディは頷いて宣言する。
「作戦を実行犯の確保に切り替えます。フェイトさんとアルフさんはなのはさんを支援して、両名の確保を。クロノ執務官は伏兵に備えて待機を」
「はい」「あいよ」「はい」
 リンディは『闇の書』の所持者、ないし、『闇の書』の主に備えて、クロノを待機させた。
 ここで相手のすべての戦力を引きずり出し、『闇の書』を確保する。
 だから相手方の出してきた残存戦力が使い魔一人であったことも、結界の外に『闇の書』を抱えた騎士を見つけた時も。
 すべて計算通りだった。
 あの仮面の男が現れ、全てをひっくり返すまでは。

2.


 眩暈がするような忙しさの中に、夏が過ぎる。
 来年には就職活動で忙しいんだろうな。そう思いつつ、なのはストライカーズはそこそこだったと関係のないことを考える。
 あの後、管理局システムの崩壊と共に訪れた混乱期をどう過ごしたのだろう。
 ん? なにを言ってるんだ、俺。
 ストライカーズじゃ、管理局システムは無事だったじゃないか。
 苦笑する。
 ローマの崩壊は中央の内乱への辺境の反感。前線守護の防人たちは後方を守るべき政治システムの無力に介入を深め、辺境の守護同士が相撃つ。
 介入を良しとする者と、介入を悪とする者がともに戦力をぶつけ合い消耗を繰り返し、しかし、それは本来、協力してシステムを維持するためのものであり、共に社会資本の消失を引き起こすこととなる。その維持戦力の喪失は各世界に管理社会からの分離と自立を促す。
 そうして、管理世界は・・・。
 そんな、見てきたような知識が、俺にあるはずがない。
 なに、アニメの話にむきになってるんだよ。ファウンデーション・シリーズじゃあるまいし。
 時空管理局の興亡ってか?
 俺はもう一度、苦笑した。
「話としては、まぁ、そこそこ面白いかもな」
 そろそろ前期末のレポート出さないとな。
 重く感じる肩を叩く。もうすぐ、冬が来る。
 残してきたあの子の面影が浮かぶ。
「結局、何もなすことなく、か」
「なんか考え事か?」「おわ!」
 突然の背後からの声に思わず叫ぶ。振り返るとニヤリと怪しい笑いを浮かべた馬鹿がいた。
「残してきた女を想う男の表情か。キモッ。未練がましい奴だねぇ」「やかましいわ!」
 にやにやと笑いを浮かべる斎藤に俺は両手を振り上げた。なんというか、久しぶりだな、この野郎。
「なにしに来やがった?」「いや、まだ生きてるかなってな。なかなか頑張ってるじゃないか。これも女の妄執か」「相変わらず謎な奴だ」
 俺は肩をすくめた。斎藤が笑う。
「つれないな。これでもなんとか都合をつけてきてるんだぜ? 記憶野の刺激だけで会話を維持するなんて、結構涙ぐましい努力なんだ」「はぁ?」
 なに言ってやがんだ、こいつ。
 俺は小洒落た格好の目の前の男を改めて見る。
「おまえの脳内設定に浸る気はねぇ」「ハッ! まぁ、いいさ。下手に刺激してこの箱庭が崩れても困るしな」
 旧知の男がよく知った笑みで、知らない言葉を吐き出す。斎藤というラベルを刺激して、俺の知る言葉で、俺の知らない内容を紡ぎだす。
「彼女は箱庭を維持するので手いっぱいだ。俺もおまえの傍にいるわけじゃない。だからチャンスは多くない。だが、おまえが耐久すれば、それだけチャンスは増える。
 哀しいことはあった。しかし、それを取り返しのつかないことにしないために、耐えろ」
 なにを言っているのか、理解できない。
 だけど、必要なことだけはわかる。何をすればいいのか、わかる。
「頑張れ、男の子」
 にっと笑って誰かが立ち去る。
 俺はその背中を見送って、拳を強く握りしめた。

 完敗だった。
 フェイト・テスタロッサは高町なのはの病室の前で立ち尽くしていた。
 なのはの囮作戦はうまく行っていた。双方がなし崩し的に戦力を投入し、互いの手の内を明かしあった段階で管理局側の優勢は確定的だった。そして、『闇の書』を携えた第4の魔導師が発見された段階で勝負はあったのだ。
 それを仮面の魔導師にひっくり返された。
 何やら変身魔法をかけていた緑色の服を来た男性をクロノが捕捉したまではよかった。しかし、『闇の書』を確保しようとした瞬間、現れた仮面の男によってクロノはバインドされてしまい、あまつさえ、なのはのリンカーコアを蒐集されてしまったのだ。
 幸い、なのはは待機していた医療班の尽力もあって大事なく、若いこともあってリンカーコアの回復も順調だ。二・三日もすれば戦線に復帰できるだろう。
 それでも。
 フェイトは悔しいと思った。
 せめて、騎士たちを拘束できていれば、なのはをこんな目に遭わせることはなかったのでは。そう思ってしまう。
 強くなりたい。
 あの騎士たちは、友達を傷つけた。
 友達になろうといってくれたなのは。いつも見守ってくれた悠里。
 彼女たちをあの辛そうな瞳で傷つけて、シグナムたちはどこへ行こうというのか。
 『闇の書』を復活させて、なにをなそうと言うのか。
 本局の医療室の扉が開く。出てくるお医者さんにぺこりと頭を下げる。
「なのはの様子は?」「ああ、今日のところは念のために泊まって行ってもらいますが、明日には自宅に移っても大丈夫ですよ」「ありがとうございます」
 軽く手を上げて応えるお医者さんを見送ってフェイトは深呼吸した。
 4カ月ぶりの再会だった。

「危ういところだったな」「まったくだね」「どうなるかと思いました」
 時空管理局本局の執務室でギル・グレアム提督は、自分の二人の使い魔たちから戦闘の様子を説明されて思わず言葉を漏らした。
「クロ助もよくやるけど、あの子たち、戦い慣れすぎてるわ」
 両手を開いて、リーゼロッテが感心する。リーゼアリアも頷いて同意を示す。
「うん。まさか、ヴォルケンリッターを引き付けるとは思わなかった。あれだけの才能がある子たちは普通、あんな戦い方しないものなんだけど 」「どう見ても、格上相手の機動戦術だよね」
「ふむ」
 グレアムが前線司令部から送られてきた戦闘報告書とリーゼたちが仮面の男として独自に記録した映像を見て頷く。
「まさか、初戦とも言っていいこの段階からお前たちに出てもらうことになるとはな」
 感心すると同時にその成長ぶりを誇らしくすら思う。確かにまだまだ未熟。成長の余地がある魔導師たちだが、次世代を担うにふさわしい。
 新しい世代の台頭をグレアムは今目の当たりにしていた。
「ヴォルケンリッターも殺さぬよう加減をしているようだが、このままでは戦闘が激化するかも知れん。そうなると、ヴォルケンリッターといえど殺さずに済ませるとはいかん。
 リーゼ、その前に」「うん。任せておいて」「わかってます、父様」
 機先を制して介入し、犠牲者の発生を抑える。そして・・・。
「最小の犠牲で、『闇の書』を永久封印する」
 グレアムは強い意思を込めて頷いた。

 ややこしい事態になったものだ。
 ヴォルケンリッターが将、シグナムは夜明けをソファに坐って待ちながら思った。
 時空管理局の監視態勢を打ち砕く。その目的で行った先の戦いは、あわやシャマルが時空管理局の執務官に捕らえられるという危機的状況を発生させたが、仮面の男の介入により無事乗り越え、本来の蒐集を行うことができた。
 その相手が、高町なのは、主の友人の一人であることに、シグナムは暗い表情を隠せない。
「シグナム、どうした?」
 リビングのカーペットにうずくまっていたザフィーラが顔を上げ尋ねた。シグナムはふっと自嘲した。
「なに、主の未来のために戦っている我らが、主のご友人がたを次々と犠牲にしている皮肉をな」「フム。なかなか骨がある相手だったな」「ああ」
 思い出す。あのまっすぐな瞳。
 時空管理局の監督下で行われた戦闘でありながら、協力する、とまで言い切った少女の誇り高き姿を。そして、後詰めとして投入され、勝利のために、友のために、迷いなく振るわれた金髪の少女の太刀筋。
「良き師に学んだのだろう。澄んだ太刀筋だった」
 そっと横腹をさする。ザフィーラが笑みを浮かべる。
「お前の甲冑を抜いた、か」「ああ。武器の性能の差がなければ、どちらに転ぶとも知れぬ良い戦いだった」
 シグナムの堪能するように思い起こす姿にザフィーラは苦笑を抑えきれなかった。
「だが、勝つのはお前だ。そうだろう?」「無論」
 深い自信を持ってシグナムは頷く。
「守るべき主を持つ騎士に、敗北などありえん」
 しかし、そこで苦い表情をする。
「だが、その戦いに横槍を入れる輩がいる」「あの人たち、管理局と同じ機材を使っていましたわ」
 リビングにシャマルが入ってくる。もう、そんな時間だった。
「管理局内部に『闇の書』の完成を願う勢力がいるということか?」
「まだ、わからん」
 ザフィーラの懸念をシグナムは首を振った。
「だが、この戦い、負けるわけにはいかん」
 シグナムはソファから立ち上がると、窓から白く晴れあがる夜明けの空を見上げた。
「主の未来のために」

3.


 手にしたのは新たな力。
 力不足に悔しくて、叶わなくて嘆いて、それでも、戦うことを選んだ私たちのために示してくれた信頼。
Master, please call me "Cartridge load". (マスター、“カートリッジ・ロード”と言ってください。)
「うん。レイジングハート、カートリッジ・ロード!」『Load cartridge. (カートリッジ充填)
Sir. (サー)
「うん。わたしもだね。バルディッシュ、カートリッジ・ロード」『Load cartridge. (カートリッジ充填)
 新しくカートリッジ・システムを搭載したデバイスの遊底(スライド)が弾丸を送り込み、蓄えられた魔力を装填する。
 高町なのはのレイジングハート・エクセリオン。
 フェイト・テスタロッサのバルディッシュ・アサルト。
 二人のデバイスが強化されたことで、ヴォルケンリッターと管理局の戦いは新たな局面を迎えることとなる。

 最近みんな忙しそうやな。
 八神はやては慣れ親しんだ海鳴大学病院を車椅子でいつもの病室に向かう。
 悠里の病室。
 以前より面会の条件は緩和されているが、それでも付き添いの看護士がついていなければならない。
 とはいえ、はやてのように常連ともなると看護士の人たちもいつものように頷いて通してくれるようになる。はやてはどうやらすでに面会が来ているらしい悠里の病室に直接訪れていた。
「「お邪魔しました」」
 どこか気落ちした様子で病室を出る二人の少女。共に聖祥の制服を身に纏っている。長い深い蒼の髪の少女と、金色の豊かな髪を左右で止めた少女が肩を落としていた。
「こんにちは。悠里の同級生の方ですか?」
「はい。月村すずかと申します」「アリサ・バニングス。はじめまして」
「あ、はい。私は八神はやて言います」
 はやての言葉にすずかちゃんとアリサちゃんが顔を見合わせた。
「あなたが。悠里ちゃんから聞いてます」「今度紹介するって。まったく、自分で紹介しなさいよね」
 すずかちゃんが元気よく頷く。そして、アリサちゃんは悠里の病室をちらりと一瞥した。
 家族は4人か5人。友達はいっぱいだぞ。
 はやては思い出す。悠里の言葉を。
 目の奥がぐっと熱くなる。
 まったく、ほんまに悠里はあほやなぁ。
「初めまして。よろしゅうに」
 ぺこりと頭を下げる。
「中には今、なのはちゃんとフェイトちゃんがお邪魔してるの」「あ、そうなんです? それじゃ、ちょっと待った方がええかな」「そうね」
 アリサちゃんが少し眉をひそめて振り返った。その視線の先には閉ざされた扉が立ち入れない壁のように立ち塞がる。
「あ、フェイトちゃんはなのはちゃんのお友達で」「つい先日、日本に来たの」
 はやては慌てて説明してくれる二人に車椅子から頷いた。
「はい。悠里から少し聞いてます。なのはちゃんがお友達になろうと頑張ってるって。
 よかった。ちゃんと仲良くなれたんや」「もう、仲が良すぎてこっちがあてられちゃうけどね」「アリサちゃん」「あはは」
 ああ、よかった。
 はやては知っている。そっけない振りをして、悠里が一生懸命二人のことを気にして、いつも、いつも、どうすればいいのか、考え続けていたことを知っていた。
 だから、素直に思える。
 二人が友達になれてよかった。
「うン」
 ずきんと、胸に痛みが走る。
 はやては不審に思われないようゆっくりと胸に手を当てる。
「みんな、よかった」
 胸の痛みをぐっと抑えて。
 はやては笑った。

 なのはが呼ぶ。
「フェイトちゃん?」
 フェイト・テスタロッサは病室のベッドに坐って人形に向かって呟き続けている少女からようやく目を離した。
 信じられなかった。
 共に戦い、時にプレシアにすら食って掛かり、次元震の発生すら制御したあの少女が、いまや生気なく、ただ、人形に呟き続けるまでに衰弱しているなんて、思っても見なかった。
「驚いたよね。信じられないよね。でも、ほんとなんだ」
 なのはが茫然としていたフェイトの手を握った。
「悠里ちゃんの心はもうここにいないんだ」「なのは・・・」
 なのはの手をぎゅっと握りかえす。なのははこんな状態でこの数カ月を耐えてきたんだ。こちらの友達にも相談できず、たった独りで。
 フェイトは悠里の姿を目に焼き付けるように見つめる。
 と、なのはを振り返った。困惑するように問いかける。
「悠里、デバイスはどうしたの?」「うん。悠里ちゃんが見つかったときにはもうなかったの。多分・・・」「犯人が持ち去ったのかな」「うん」
 フェイトは首をかしげた。
「ジュエル・シード、あのデバイスにしまわれてたんじゃなかった?」
 思い出す。そうだ。悠里はあのデバイスからジュエル・シードを取り出していたはずだ。もしかして、ジュエル・シードの反応を追えば、今、あのデバイスがどこにあるのかわかるんじゃ。
 ガシャン!!
「はやてちゃん!」「はやて!?」
 はっと顔を見交わす。すぐに、立会の看護士の人と一緒に廊下に出る。
 そこに、車椅子の中で胸のあたりを抑えて苦しむ栗毛色のショートカットの少女の姿があった。

 シャマルは焦っていた。
 病院からはやてが倒れたとの連絡に慌てて異世界に散っていたヴォルケンリッターを呼び寄せた。ここのところ、時空管理局の妨害もあって蒐集に今まで以上の手間がかかっている。そのため、結果として主である八神はやての様子に無頓着になっていた。
「まさか、倒れるなんて」
 肩を落として落ち込むシャマルにシグナムが首を振った。
「我々の失態だな。仮面の男も行動が不穏だ。誰か一人、交代でついているべきだった」
 そうだ。もう少しで『闇の書』が完成する。そのことに焦り、つい、本当に大切なことを忘れかけていた。
 我らはいつも御身のお傍に。
「主はやてに寂しい思いをさせてしまったうえに、苦しいときに傍にいることさえもできないとは! クソッ!」
 シグナムは自分に対する怒りを抑えきれなかった。
「そんなこと言ってねえで、はやくはやてのとこに行こうぜ。ったく、はやては大丈夫なんだよな!」
 3人で病院に駆け込む。
 さすがにザフィーラは自宅で待機だ。全員で留守にするのは、現在の状況下では危険だった。
 受付で石田先生に連絡を入れた。石田先生はすぐに待合室で彼女たちを迎えた。
「今回の検査では何の反応も出てないのですが。今までにこう言う兆候はなかったんですか?」
「はやてちゃん、痛いのとか辛いのとか、隠しちゃいますから」
「麻痺が広がり始めているのかもしれません。発作がまた起きないとも限りません。用心のためにも少し入院してもらった方がいいですね。大丈夫でしょうか?」
 シグナムはシャマルと目を見交わす。
「はい」「よろしくお願いいたします」
 ふたりは深く頭を下げた。
「私たちも全力で戦っています。一番辛いのははやてちゃん。ですが、みなさんやお友達が支えて上げることで勇気や元気が出てくると思うんです。
 だから、支えて上げてください」「はい」「もちろんです」「うん」
 石田先生が先導する。そのはやての入院した病室から明るい笑い声が響いた。
 扉を開ける。
「はやてちゃん、ご家族の方が見えられたわよ」
「あ、みんな!」
「始めまして」「お邪魔しています」「はじめま・・・」「あ・・・」
 開いた扉の向こうに主はやての笑顔がある。
 そして、戸惑うように笑みを凍りつかせる高町なのはとフェイト・テスタロッサの姿も、あった。
「はやて!」
 ヴィータがまっしぐらにはやてに飛びつく。威嚇するように高町なのはをきっと睨みつけて。シグナムはシャマルにちらりと視線を投げると、シャマルは静かに頷いてそっと右手の指輪に口づけた。
「え、えっと。こんにちは」「こんにちは」
 高町なのはが困ったように頭を下げる。
 シグナムはぎゅっと強く拳を握り締めると、笑顔で主はやての元に向かった。

4.


 海鳴大学病院から少し離れたビルの屋上に、なのはとフェイトはいた。
 お見舞いをした後、シグナムさんとシャマルさんからの念話を受けて、この場所に付いてきたのだった。
 なのははこちらに背を向け、海鳴市街を見つめるシグナムさんに声をかけた。
「はやてちゃんのためだったんだね」「・・・」
 シグナムさんは応えない。しかし、その背中が肯定していた。
 すべては主のため。
 その愚直なまでの姿に、なのはは笑みを浮かべた。
「ようやくわかったよ。悠里ちゃんが抵抗しなかった理由。戦いたくなかったんだ。はやてちゃんの家族のあなたたちと。だから、なにもしなかったんだ」
「ああ、そうだったのだろうな」
 目線を落とし俯いたままシグナムさんが頷いた。
 いける。
 なのはは思った。
 きっと今なら話し合うことができる。ちらりとフェイトちゃんと視線を交わす。フェイトちゃんも頷く。
「シグナム、聞いてください。あの『闇の書』は危険な状態にあるんです」
 フェイトちゃんが一歩前に出て伝える。
 あれ、そういえば、ヴィータちゃんは?
「そうだな」「このまま『闇の書』を完成させても、はやてを助けることは」
「うっりゃーーーーーーーー!!」
 突然だった。
 背後からビルの屋上フェンスを飛び越えて、ヴィータちゃんのハンマーがなのはを襲う。
Protection powered. (強化プロテクション)』「くッ!」
 掲げる手にミッドチルダ式の魔法陣が浮かぶ。しかし、支えきることができずに弾き飛ばされた。がつんとフェンスに体がぶつかる。
「なのは! ん!!」
 ビュン! ガシッ!
 シグナムさんの不意うちをフェイトちゃんが後ろに飛びすさって避ける。シグナムさんのアームド・デバイス「レヴァンティン」がコンクリートにその刃をめりこませた。
「もう後少しなんだよ」
 顔を上げる。
 泣いていた。
 ヴィータちゃんが涙を流してなのはを見下ろしていた。
 駄目だよ。
 なのはは思った。
 それじゃ、駄目なんだよ、ヴィータちゃん。
「あと少しではやてが元気な顔して帰ってくるんだ。だから」
 ヴィータちゃんがデバイスを、グラーフアイゼンを振りかざす。
 それじゃ、誰も幸せになれないんだよ。
「だから、邪魔すんなぁーー!」「ヴィータちゃん」
 振り下される。嘆き続けるヴィータちゃんの悲鳴に、なのはは手を掲げた。
 止めなきゃ。
 私たちが止めなくちゃ。
 この悲しみを嘆きを止めるために、力を貸して。
「レイジングハート」

 死んでもかまわない。いや、むしろぶっ殺す。
 そんな意思を込めてヴィータは攻撃を放った。そんな鉄槌の騎士の放った容赦のない攻撃。あれだけの魔力を込めた爆炎の中から、あいつはデバイスを取り出しすらせずバリア・ジャケットを揺らして姿を現す。
 ヴィータは炎の中から現れるその姿に背筋に寒気が走った。
「あ、悪魔め」
 悪態が自然と喉をついて出る。
 守りたいのははやてとの優しい日々。
 痛くても、苦しくても、我慢した。それがはやてとの幸せの日々を守るためのただ一つの方法だと信じていたから。
 これまでも、これからも。
 主はやてと一緒に穏やかな日々を過ごせればいい。
 あいつはそんな願いを奪おうとする悪魔だった。
「悪魔で、いいよ・・・」
 あいつが呟いた。
 少し俯いた視線がヴィータを貫く。殺る気だ。あいつは殺る気なんだ。
「悪魔らしいやり方で」
 がしゃんと音を立ててカートリッジがロードされた。奴のデバイスがこちらに向けられる。それがまるで突き付けられた銃口のようにヴィータを圧迫する。
「話を聞いてもらうんだから!」
 ヴィータは後ろに飛びすさった。

「どういうことだ?」
 ザフィーラは幾度念話で問いかけても連絡のない様子に身を起こした。
 狼の姿から人の姿に変身する。
 シグナムたちが主はやての病院に向かい、そこで管理局魔導師と鉢合わせてしまったまではわかっている。最後の手段として、主はやてのことを知ってしまった管理局魔導師の口封じ、すなわち、抹殺しか手はない。
 管理局に連絡を取られないよう通信妨害をしたとはいえ、シャマルからは現状の連絡があってもおかしくはない。
 しかし、それすらないとは、何らかの問題が発生したとしか思えなかった。
 その心当たりもある。
 仮面の男。管理局と同じ機材を使いながら、『闇の書』による蒐集を支援する謎の魔導師だ。
「よもや遅れを取るとは思わんがな」
 ザフィーラは八神の家の防御を確認して空に飛ぶ。
 まずは病院へ。
 焦る思いを抑え、ザフィーラは虚空を駆けた。

 ズキンと胸の痛みに目が醒めた。
 八神はやては胸を抑えて起き上がる。ずきんずきんと心臓の周りが痛い。できうるものなら心臓の周りを手で掴みだしてしまいたい。そんな激痛の中、はやては必死に手を伸ばしてナースコールのボタンを探す。
 しかし、その手は途中で止まった。シーツをぎゅっと握って、痛みが過ぎ去るのをひたすら、ただひたすらに待ち続ける。
 昔はいろんなものに祈ったなぁ。
 激痛の中、想う。この痛みを和らげてくれるのなら、これが罰だというのなら、どんな神様にだって祈る。そんな風に思ったこともあった。
 でも、そんなすごい人はいなくて、私はこのまま痛みの中でいつか独り死んでまうんやと思っとった。
 痛みが、緩む。
 はやてはあえぐように呼吸する。脂汗が顔を押しつけた掛け布に付いてしまった。
「汗抜きせんとあかんかも」
 ようやく整ってきた呼吸を鎮めて、掛け布に頭を凭れたまま呟く。
 油断をすると、次の痛みが来る。はやてはしばらくそのままの姿で、痛みが完全に引いていくのを確かめた。
 ベッドの手すりにかけられているタオルで身体の汗をふき取り、はやては時計を見上げた。まだ、消灯前の時間。この時間なら少しばかり部屋を出ても問題はなかった。
 カーディガンを羽織り、車椅子に乗る。この面会時間を終えた時間。館内の出入りは意外と容易い。
 向かったのは悠里の病室だった。

0.


 リンディ・ハラオウン提督は本局内での手続きを終え、大きく息をついた。
 『闇の書』事件は個人の力量によるところは大きかったが、無事、幕を引くことができた。夫のクライドの死から10年。あの時から駆け抜けてきた月日に、一つの区切りがついた。
 ヴォルケンリッターたちは最後の夜天の主、八神はやての使い魔として八神はやてに先んじて時空管理局の嘱託魔導師となる。それは、『闇の書』の守護騎士プログラムとして危険視されていた彼女たちが時空管理局で信頼を得、のちに来る主である八神はやてが管理局に好意を持って受け入れられるための戦いだ。
 きっと大丈夫。
 リンディは想う。彼女たちの主を想う気持ちはすがすがしいほどに一途だ。今はまだ、管理局内部に彼女たちを危険視する風潮はあるが、じきに実力で以てそんな空気を一掃して見せるだろう。
「レティ、入るわよ?」「どうぞ」
 リンディは親友のレティ・ロウラン提督の執務室に入った。
 そこそこの広さを持つその室内には、目的とする友人の姿ともう一人、まだ幼い、そう、つい先日、リンディの新しい娘となったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと同じ年ごろの少女の姿があった。
「あなたは・・・」
 リンディは言葉を失う。なぜなら、少女の姿にリンディは見覚えがあったからだ。
 そんなリンディの表情にレティが納得したように頷いた。
「ああ、リンディは知っているわね。紹介するわ。この子はユーリ・タカナシ。兵器開発局の嘱託魔導師として、協力してもらっているわ」
 紹介を受けたユーリさんがぺこりとお辞儀する。
「始めまして。リンディ・ハラオウン提督」「ええ」
 リンディは戸惑いながらも少女の挨拶に頷いた。
「それでは、失礼します」「ええ。ご苦労様」
 戸惑うリンディをよそに、ユーリさんはレティから受け取った書類を手に部屋を後にした。
「レティ?」「事情を話すわ」
 ユーリさんを送り出したレティの表情が堅くなった。リンディにソファを示すと手ずからお茶を入れ、リンディの前に砂糖壺を置く。
 リンディは砂糖を入れながら、レティが落ち着くのを待った。
 そして、自身のティーカップを前に、レティがソファに腰を下した。
「彼女、ユーリ・タカナシのことだけど」「ええ。驚いたわ。半年でここまで回復したなんて」
 リンディは小鳥遊悠里を確保した時の状況を思い出す。
 あの時、なのはさんによる遠距離砲撃でジュエル・シードを封印した後、小鳥遊悠里は完全に心神喪失状態にあった。彼女を保護したリンディは本局の医療班に身柄を託したのだが、その後、別の部署に彼女の身柄が移管されてしまいどうなってしまったのかわからないでいたのだ。
 それが、ここで元気そうな姿を見ることができるなんて思っても見なかった。
「違うわ」
 しかし、レティが首を横に振った。暗い表情で。
「彼女は回復なんてしていない」「どういうこと?」
 そんな友人の表情にリンディは問いかけた。確かに、どこか違和感があったのは確かだが。
「ジュエル・シードを制御するA-ランクの魔導師。時空管理局は彼女の示したAMF、アンチ・マギリンク・フィールドの危険性を調査するために、心神喪失状態の彼女に人格移植を行うことを決定したわ。
 つまり、管理局に協力的な人格を埋め込んで、協力してもらっているのよ」
「そんな!」
 リンディは思わずテーブルを叩いた。がしゃりと、ティーセットが激しい音を立てる。
「それじゃまるで」「そうね。洗脳だわ」
 リンディの憤りをレティが冷静に肯定する。その静かな反応にリンディは熱くなっていた自分を恥じた。そうだ。この友人が怒りを感じていないはずがない。
 リンディはソファに腰を落ち着けると、お茶を一口飲んだ。
「最高評議会の言い分では、ジュエル・シードという危険なロストロギアを任せる以上、それなりの保険をかけておくべき、ですって。危険だとわかっているなら、彼女の本来自我の回復を待って協力してもらうべきなのに、なにを急いでいるのか」
 レティの怒りを秘めた言葉にリンディは眉をしかめた。
「大丈夫なの?」「わからない。人格移植なんて、適合性やペルソナの選別を注意深く行ってからするものなのよ。それでも持って数年。下手をすれば半年でやり直しだわ」
 溜め息が重なった。
 その懸念は、のちに研究所の消滅という形で、現実のものとなる。

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Lyrical Nanoha : SECONDARY PRODUCTION Written by ヽ(゚∀。)ノうぇね