0.
エイミィの通報を受けて伝統的な家屋に突入した武装局員の前に現れたのは、まだ幼い一人の少女だった。
全身を返り血で真っ赤に染めて。
青白く光る瞳が少女を取り囲む武装局員たちを睨みつけた。
「死んじゃえ!」『下がれ』
少女の左手が伸ばされ、武装局員たちが飛びすさる。その直前までいた場所を黒い闇が吹きぬけた。
「スティンガー・ブレイド」『
Ok, Boss. 』
少女は自分に迫る魔法に、上空を見上げた。虚空に浮かぶ少年の手が振り下され、傍らに控えていた光の剣が彼女に向けて突撃する。
少女は両手をそろえると初めて呪文を唱えた。
「響け、角笛。崩れよ、城塞」
かざす、手の先で少女に迫っていた光の剣が自然に拡散し消えてゆく。
「なんだ、あれは?」
空からの強襲で終わらせるつもりだったクロノ・ハラオウン執務官は自分の魔法が拡散されるという現象に眉を顰めた。
『なんか、あの子の正面から魔法の術式を拡散するフィールドのようなものが発生しているみたい』「虚数空間みたいなものか」
ウィンドウを浮かべて答えるエイミィの言葉にクロノは呟いた。
「ジュエルシードの特質なのか?」『うーん。ジュエルシードの宿主が知性を持って抵抗した例がないから、なんとも言えないかな』
後退した武装局員が一斉に魔力弾を打ち込む。しかし、それは少女に命中する前に収束力を失い、宙に掻き消える。
「Aランク魔法でも駄目か。エイミィ、なのはに協力は頼めるか?」『それは大丈夫。でも・・・』「わかってる。遠距離からの狙撃を頼むだけだ」『わかった。なのはちゃん、いいかな?』『はい。いつでも出れます!』『お願いね』
クロノはアースラに待機する民間協力者高町なのはとエイミィとのやりとりを聞きながら、バインドの配置を行う。
武装局員たちは幾度となく魔力弾を打ち込むが、少女のフィールドの前にむなしく拡散させられる。しかし、少女の方もクロノを警戒してか、積極的に打って出ることなく状況は膠着しつつあった。
「フィールドと攻撃は同時に行えないようだな。エイミィ」『はーい、なのはちゃんの方は配置についたよ』
クロノはなのはの砲撃位置を確認した。この距離ならあの少女の姿を目にすることはない。なのはに自分と同じ年ごろの少女が血で赤く染まっている姿など見せたくなかった。
それは偽善なのかもしれない。
しかし、まだ、なのはにはこういうことは知ってほしくないと思った。
クロノはデバイスを持つ手に力を込めた。
「エイミィ、指示を頼む」『任せて』
信頼に足る仲間の心地よい響きを耳に、クロノはあの少女めがけて突っ込んだ。
「ジュエルシード、シリアル XII。封印です」
エイミィ・リミエッタの報告に、リンディ・ハラオウン艦長は内心ほっと息をついた。
「ご苦労様。今回は一体どうなることかと思ったわ」
余裕を装いエイミィに笑いかける。エイミィは大きく頷いた。
「はい。あんな魔法無効化能力なんて、初めて見ました。あれはいったい?」
「そうねぇ」
リンディは先ほどの戦闘の様子を思い出した。クロノが設置したバインドに目標を追い込み、なのはさんの砲撃で撃墜した少女。あの娘はこれまでのジュエルシードの暴走とは違い、完全にジュエルシードに同調していた。
「あれが本来のジュエルシードの能力ということかしら。魔力自体は損なわれなくて魔法の術式を解体するという感じね。
反魔術場。ううん、
非魔術結合場とでも言うべきかしら。彼女の調べは?」
捕らえられ医務室に運ばれた少女の映像が浮かび上がる。
「
小鳥遊悠里、八歳。父親とあの家で二人暮らしのようです。それから、屋内で父親の死亡が確認されています」
エイミィの言葉に、リンディは大きく溜め息をついた。
「つまりあの娘の衣服に付いた血は、父親のものということかしら?」「・・・はい」
リンディの問いをエイミィは言い辛そうに肯定した。
「父殺し。あの娘はジュエルシードにそれを可能にする力を願ったのね」
リンディは医務室で眠る少女の横顔を見つめた。同時に表示されるバイタル・データには少女が受けている怪我の様子が表示されている。そこには、戦闘で受けた以外の怪我がいくつも表示されていた。
「虐待ね」
そして、彼女は願ったのだ。
敵を殺す。殺す以外に、解放されないと。
そう願うまで追い詰められていたのだろう。
ただひとり、誰の助けもなく。
「いずれにせよ、この娘は管理局で引き取るしかないでしょうね」
この世界には、もう少女の居場所はなかった。
これが始まりの物語。
そして、わたしが堪えられなかった真実。
1.
めまいがするような忙しさの中に、夏が過ぎる。
来年には就職活動で忙しいんだろうな。そう思いつつ、なのはストライカーズはそこそこだったと関係のないことを考える。
あの後、管理局システムの崩壊と共に訪れた混乱期をどう過ごしたのだろう。
ん? なにを言ってるんだ、俺。
ストライカーズじゃ、管理局システムは無事だったじゃないか。
苦笑する。
ローマの崩壊は中央の内乱への辺境の反感。前線守護の防人たちは後方を守るべき政治システムの無力に介入を深め、辺境の守護同士が相撃つ。
介入を良しとする者と、介入を悪とする者がともに戦力をぶつけあい消耗を繰り返し、しかし、それは本来、協力してシステムを維持するためのものであり、共に社会資本の消失を引き起こすこととなる。その喪失は各世界に管理社会からの分離と自立を促す。
そうして、管理世界は・・・。
そんな、見てきたような知識が、俺にあるはずがない。
なに、アニメの話にむきになってるんだよ。ファウンデーション・シリーズじゃあるまいし。
時空管理局の興亡ってか?
俺はもう一度、苦笑した。
「話としては、まぁ、そこそこ面白いかもな」
そろそろ前期末のレポート出さないとな。
重く感じる肩を叩く。もうすぐ、冬が来る。
残してきたあの子の面影が浮かぶ。
「結局、何もなすことなく、か」
「なんか考え事か?」「おわ!」
突然の背後からの声に思わず叫ぶ。振り返るとニヤリと怪しい笑いを浮かべた馬鹿がいた。
「残してきた女を想う男の表情か。キモッ。未練がましい奴だねぇ」「やかましいわ!」
にやにやと笑いを浮かべる斎藤に俺は両手を振り上げた。なんというか、久しぶりだな、この野郎。
「なにしに来やがった?」「いや、まだ生きてるかなってな。なかなか頑張ってるじゃないか。これも女の妄執か」「相変わらず謎な奴だ」
俺は肩をすくめた。斎藤が笑う。
「つれないな。これでもなんとか都合をつけてきてるんだぜ? 記憶野の刺激だけで会話を維持するなんて、結構涙ぐましい努力なんだ」「はぁ?」
なに言ってやがんだ、こいつ。
俺は小洒落た格好の目の前の男を改めて見る。
「おまえの脳内設定に浸る気はねぇ」「ハッ! まぁ、いいさ。下手に刺激してこの箱庭が崩れても困るしな」
旧知の男がよく知った笑みで、知らない言葉を吐き出す。斎藤というラベルを刺激して、俺の知る言葉で、俺の知らない内容を紡ぎだす。
「彼女は箱庭を維持するので手いっぱいだ。俺もおまえの傍にいるわけじゃない。だからチャンスは多くない。だが、おまえが耐久すれば、それだけチャンスは増える。
哀しいことはあった。しかし、それを取り返しのつかないことにしないために、耐えろ」
なにを言っているのか、理解できない。
だけど、必要なことだけはわかる。何かをしなければならないことは、わかる。
「頑張れ、男の子」
にっと笑って誰かが立ち去る。
俺はその背中を見送って、拳を強く握りしめた。
リンディ・ハラオウン提督は本局内での手続きを終え、大きく息をついた。
『闇の書』事件は個人の力量によるところは大きかったが、無事、幕を引くことができた。夫のクライドの死から10年。あの時から駆け抜けてきた月日に、一つの区切りがついた。
ヴォルケンリッターたちは最後の夜天の主、八神はやての使い魔として八神はやてに先んじて時空管理局の嘱託魔導師となる。それは、『闇の書』の守護騎士プログラムとして危険視されていた彼女たちが時空管理局で信頼を得、のちに来る主である八神はやてが管理局に好意を持って受け入れられるための戦いだ。
きっと大丈夫。
リンディは想う。彼女たちの主を想う気持ちはすがすがしいほどに一途だ。今はまだ、管理局内部に彼女たちを危険視する風潮はあるが、じきに実力を持ってそんな空気を一掃して見せるだろう。
「レティ、入るわよ?」「どうぞ」
リンディは親友のレティ・ロウラン提督の執務室に入った。
そこそこの広さを持つその室内には、目的とする友人の姿ともう一人、まだ幼い、そう、つい先日、リンディの新しい娘となったフェイト・テスタロッサ・ハラオウンと同じ年ごろの少女の姿があった。
「あなたは・・・」
リンディは言葉を失う。なぜなら、少女の姿にリンディは見覚えがあったからだ。
そんなリンディの表情にレティが納得したように頷いた。
「ああ、リンディは知っているわね。紹介するわ。この子はユーリ・タカナシ。兵器開発局の嘱託魔導師として、協力してもらっているわ」
紹介を受けたユーリさんがぺこりとお辞儀する。
「始めまして。リンディ・ハラオウン提督」「ええ」
リンディは戸惑いながらも少女の挨拶に頷いた。
「それでは、失礼します」「ええ。ご苦労様」
戸惑うリンディをよそに、ユーリさんはレティから受け取った書類を手に部屋を後にした。
「レティ?」「事情を話すわ」
ユーリさんを送り出したレティの表情が堅くなった。リンディにソファを示すとてづからお茶を入れ、リンディの前に砂糖壺を置く。
リンディは砂糖を入れながら、レティの落ち着くのを待った。
そして、ティーカップを前に、レティがソファに腰を下した。
「彼女、ユーリ・タカナシのことだけど」「ええ。驚いたわ。半年でここまで回復したなんて」
リンディは小鳥遊悠里を確保した時の状況を思い出す。
あの時、なのはさんによる遠距離砲撃でジュエルシードを封印した後、小鳥遊悠里は完全に心神喪失状態にあった。彼女を保護したリンディは本局の医療班に身柄を託したのだが、その後、別の部署に彼女の身柄が移管されてしまいどうなってしまったのかわからないでいたのだ。
それが、ここで元気そうな姿を見ることができるなんて思っても見なかった。
「違うわ」
しかし、レティが首を横に振った。暗い表情で。
「彼女は回復なんてしていない」「どういうこと?」
そんな友人の表情にリンディは問いかけた。確かに、どこか違和感があったのは確かだが。
「ジュエルシードを制御するA-クラスの魔導師。時空管理局は彼女の示したAMF、アンチ・マギリンク・フィールドの危険性を調査するために、心神喪失状態の彼女に人格移植を行うことを決定したわ。
つまり、管理局に協力的な人格を埋め込んで、協力してもらっているのよ」
「そんな!」
リンディは思わずテーブルを叩いた。がしゃりと、ティーセットが激しい音を立てる。
「それじゃまるで」「そうね。洗脳だわ」
リンディの憤りをレティが冷静に肯定する。その静かな反応にリンディは熱くなっていた自分を恥じた。そうだ。この友人が怒りを感じていないはずがない。
リンディはソファに腰を落ち着けると、お茶を一口飲んだ。
「最高評議会の言い分では、ジュエルシードという危険なロストロギアを任せる以上、それなりの保険をかけておくべき、ですって。危険だとわかっているなら、彼女の本来自我の回復を待って協力してもらうべきなのに、なにを急いでいるのか」
レティの怒りを秘めた言葉にリンディは眉をしかめた。
「大丈夫なの?」「わからない。人格移植なんて、適合性やペルソナの選別を注意深く行ってからするものなのよ。それでも持って数年。下手をすれば半年でやり直しだわ」
ため息が重なった。
その懸念は、のちに研究所の消滅という形で、現実のものとなる。
もう一度、空に。
その想いを一心に、高町なのははリハビリのための歩行補助具に手を伸ばす。
休んでる暇なんかない。躊躇う余裕なんてない。
ただしゃにむに、前へ、前へ。
「高町さん、高町なのはさん?」
だから、初めて彼女に出会ったとき。
「オーバーワークです。これ以上のリハビリは無駄ですよ」
私には敵にしか見えなかった。
病院の中庭で太陽の日差しを浴びて、ゆっくりと午後の食事を味わう。
「にゃはは。そんなこともあったね」
なのはは額に汗を浮かべて指先で頬を掻いた。
正面に坐る少女が膝の上においたテイクアウトの食事を右手のお箸でゆっくりと食べる。そして、ふっとため息をついた。
「あの時声をかけなければきっと私の方が先に退院だった」「うーん、そうだったかも」
なのはは苦笑する。
あの時はもう周りが敵にしか見えなかった。
二度と魔法が使えないかもしれない。二度と空が飛べないかもしれない。
そんな恐怖と焦りがなのはをずいぶん無茶なリハビリに駆り立てていた。
そんな時に出会ったのが彼女、
小鳥遊悠里だった。
「どちらが先に退院できるか競争しない?」
そう持ちかけてきたのだ。
あれから半年がたち、なのはは一足先に退院が決定したが、悠里の左半身はまったく動いておらず、回復の兆しも見られなかった。リハビリ自体も機能障害を克服するものではなく、本来の機能を身体が忘れてしまわないためのものでしかない。
すなわち、もとより障害の回復は期待されていないのだ。
悠里がなのはを前に向かせるために勝てない賭けを提示したのだと、今思えばわかる。
ずいぶんと世話になっちゃったな。
なのははこの自分と同じ年ぐらいの少女を見つめた。
ここミッドチルダの首都クラナガンの時空管理局の病院に、自分と同じ第97管理外世界の少女が入院しているんだなんて思っても見なかった。
「もっと、はやく悠里ちゃんとお友達になりたかったな」「?」
思わず零す。そんななのはに悠里が微笑んだ。
「でも、もう友達だよ? これからもっと、仲良くなればいい」「うん!」
なのはは強く頷く。
これから。
なのははその言葉に胸を躍らせた。
呼び出し音にレティ・ロウラン提督は手にした資料を下した。そこには、管理局の AMF 研究所を襲撃した謎の無人機械の情報が映し出されていた。
ガジェット・ドローン。
何者とも知れない無人兵器はそう名付けられていた。
さっとスクリーンを操作して資料を隠すと、通信を開く。
相手はミッドチルダの首都クラナガンの医院。それだけで、レティには大まかな要件が想像できた。
「レティ・ロウランです。・・・・・・はい。
そう・・・。結局、半年ぐらいしかもたなかったのね。研究所防衛時の拒絶反応が尾を引いているのかしら。わかりました。
ええ。今回の経過を見て人格に調整を入れていただけるかしら。はい。次はもう少し長くできればいいのだけど。よろしく」
通信が切れる。
レティはかけていたメガネを外すと深いため息をついた。
これで幾度目だろう。
いつも慣れることのない、連絡。小鳥遊悠里の人格が崩壊したことを伝える冷たい報告。新しい人格移植を指示して、かつてのあの娘を消してしまう、冷たい作業。
レティは日記のデータを開く。あの娘の名前でフィルタをかけると、前回の日付が表示されていた。
5回目。今度は7カ月。次はいつまであの娘があの娘でいられるのだろう。
レティは短くそれだけ記すと、ウィンドウを閉じる。
目の付け根が熱くなる。
ぎゅっと強く目を瞑り、天井を仰いだ。
泣かない。そう決めていた。
2.
誰かに呼ばれた。
そんな気がして、はっと頭を上げる。
俺は長い間眠っていたような、頭がぼうっとした気分で周囲を見回す。
そこは誰もいないどこかのビルの上。
俺はただ一人、そこで立ちつくしていた。
「どうして、ここに」
誰かの気配を感じる。すぐそこに何人もの人がいるような、そんな気配がして周囲を見回す。
しかし、誰もいない。
いや、すぐそこに誰かが、いた。
「もう、俺を認識できなくなったのか」
誰かは焦りと共に声を発する。俺はそれが誰だったのかじっと考えた。
「さいとう、か?」「そうだ。そして、違う」
誰かは斎藤の姿をまとって首を振った。
「お前の印象深い友人の記憶を刺激して、なんとか会話をしていた。しかし、コネクションがすべて強制停止を食らってこっちからは現状回復ができん。だから、おまえは決断しなきゃならん。可能性にかけ目を覚ますか、このまま緩やかにイドに飲み込まれていくか、を」
なぜか頭がよく働かない。思考がまとまらなかった。
「なんでだ?」「もう、『悠里』の限界が近い。彼女はお前の箱庭を維持して、本来なら直ちに消失しても不思議はない個を、ずっと演じ続けてきたんだ。だが、刺激を受けない記憶は薄れ、個を認識できない自我は自らの境界を失う。すなわち、精神の死を迎える」
わからない。頭に靄がかかったみたいに働かない。しかし、それが俺の状況を説明していることだけは理解できた。
「こうなった以上、もう賭けに出る以外にない。タイミングは俺が測る。目を覚ませ。そして、俺を探すんだ」「男を探しても嬉しくねーよ」
思わずぐちをこぼす。だが、そいつはむしろ嬉しそうに笑った。
「わかった。飛びきりの目覚めを期待しな」
八神はやてが彼女と出会ったのは、時空管理局兵器開発局のマリエルの紹介だった。
常動型
融合デバイスの開発がしたい。そのために、ベルカ式融合騎の術式を教えてほしい。
その申し入れに応えて、はやてはリインフォースIIと共に時空管理局本局の医院を訪れていた。
「レティ提督のお願いやなかったら、しかとくれたったんやけどな」
「はやてちゃん! そう言う本音は後にしてください」
頭の後ろに両手を回し、マリエルの後についていく。30センチほどの身長の
融合型デバイス「リインフォースII」が顔ほどの高さに浮かんではやてのやる気のない態度を説教する。はやては苦笑するとはいはいとリインを手であやした。
「せやかてなぁ。要はリインのダウングレード版を創りたいってことやろ。それやったら、マリーからリインを創ったときのデータを見て勝手にやればいいのに」
面倒くさいなぁ。
あまりの態度にリインが肩を落とした。
「もう、はやてちゃん、機動六課設立のためだって妥協したんじゃなかったんですか?」「ま、せやけどな。まさか、レティ提督とリンディ統括官がそろってこんな条件つけるとは思わなんださかい。
はぁ、しゃあないな」
困り顔のマリエルに頷いた。マリエルが扉に近づくと室内に魔法陣が浮かび立ち入り人物のチェックが行われた。
はやては眉を顰める。本局内の医院にしてはセキュリティが厳重すぎた。
「はやてちゃん、気づいてますか?」「ん?」「ここ、内部に対してAMF発生装置が設置されてますよ」「そやな」
おそらくは内部からの逃亡を防ぐため。
それだけの危険人物が収監されているのだと予想がついた。
だから。
はやてを迎えた相手がこんな自分と同じ年の少女だとは思いもつかなかった。
「あ、はやてちゃん!」
難しい顔で歩く八神はやてを見つけ、高町なのはが大きく手を振った。
「お久しぶり。元気だった?」
「なのはちゃん、おひさ」「うん。リインも」「はいです」
明るい笑顔で笑うなのはの姿にはやてはふと昔を思い出した。
魔法が使えなくなるかもしれない。
そんな絶望に暗い目をした彼女の姿を。
あれからもう5年も経つけれど、なのはちゃんは驚くべき強さで回復していた。その笑顔は前にも増して眩しかった。
はやては頭を振ってかつての姿を追い出す。どうしてそんな昔のことを思い出したのか。それはきっと、同じ瞳をした少女に会ってしまったせいだ。
この先に絶望しかなくても、突き進む。
そんな意思に出会ってしまったからだ。
「はやてちゃん、本局なの?」「うん。しばらくはこっちやな」「じゃ、お昼とかも一緒できるね」「うん」「もちろんリインも」「はいです」
嬉しそうに笑うなのはにはやてはふと聞いてみたくなった。
「あんななのはちゃん。なのはちゃん、荒れてた時あったやろ。そこからどうやって立ち直ったんかなって?」「あ、にゃはは。あの頃のこと? 恥ずかしいな」
なのはちゃんが照れたように笑う。そして、近くの喫茶店を指さした。
「時間は大丈夫かな? 大切な、お友達の話なんだ」
はやては医局の隔離された研究棟で病人用のベッドの背を起こして作業する彼女に話し掛けた。
「なぁ、ちょっとええか?」『なに?』
念話が伝わった。
彼女が視線で問いかける。はやてが出会ったときから、彼女はこの医療用ベッドに横たわっていた。動かすことができるのは視線と右腕だけ。
身体的な異常はまったくない。ただ、彼女の身体が彼女を『自分』だと認めていない。そのため、まったくの健康体でありながら、彼女に残された自由はわずかに動かすことができる右腕と意思を込めた視線だけだった。
右手だけで動かすキーボード上で開発中のデバイスのテスト工程が次々と実行されていた。
「私の友達になのはちゃんていてな」『管理局のエース・オブ・エースね』「せや」
はやては少し期待するように彼女を見た。
「昔病院で会った女の子を、ずっとお友達やっていってるんや」『そう』
彼女は聡い。多分、誰のことを言っているのかわかっているのだろう。でも、わからない。『彼女』はなのはちゃんに会ったことがないから。
『彼女』が生まれたのはわずか3か月前。次第に動かなくなっていく身体に怯えながら、彼女はこの厳重に隔離された医局のベッドの上で過ごしていた。
「私はなのはちゃんになんて言えばええんやろな」
涙がこぼれるそうになる。
悔しい。悔しい。
間に合わない。このままだと、彼女が消えてしまう前にこのデバイスは完成しない。
そうしたら、また、すべてがやり直しだ。新しい『彼女』が移植され、彼女はまた何も知らず、絶望に晒される。動かなくなっていく身体、いずれ消えてしまう自分に、向き合うことになってしまう。
『戦っているって』「え?」
はやてははっと彼女に振り返る。
『いつか、また、笑える時を夢見て、戦い続けているって。すべて忘れてしまっているかもしれないけど、きっとまた出会って、またお友達になれるって。そう信じて戦っているって、伝えて』
ちらりと視線がはやてに向けられる。微かに彼女が微笑んだ。はやてはそう信じた。
『私は消えて、すべて忘れてしまうけど。あなたたちの中の私は消えない。だから、私は戦える。あなたたちの中にある私たちが、いつか私になる。そう信じているから。
だから、伝えて。消えてしまう私たちに。私は、私たちは決して無駄なんかじゃないって』
くっ。もう我慢ができなかった。
涙がこぼれる。はやては頬をつたう涙をぬぐって頷いた。
「絶対や。絶対伝えたる。みんなに何度でも伝えたる。悠里がどんなに頑張ったか、なのはちゃんにも、次の悠里にも、絶対伝えたるからな!」『はやて』
手が伸びる。悠里の右手がはやてに。
はやてはその手を両手で抱きしめる。ぎゅっと両手で強く握りしめる。
『ありがとう』
高町なのははある日はやてから呼び出しを受けていた。
しょんぼりと肩を落として待ち合わせの場所に現れたはやてと、ともすれば泣き出してしまいそうなリインの姿に、なのははぐっと口元に笑顔を浮かべた。
悲しいことがあったのだろう。
きっと辛いことがあったのだろう。
だから、友達としてその悲しみを受け止めてあげよう。
そう思った。
「はやてちゃん」「なのはちゃん」「・・・」
はやてちゃんが少し顎を引いてなのはを見た。
「なのはちゃんにな、伝言があるんや」「うん」
それは五年ぶりの友達からの伝言だった。
3.
時空管理局本局の兵器開発局の外れにある一室で、その実験は行われていた。
『融合率7%。精神侵食、問題ありません』
「了解。悠里ちゃん、聞こえる?」『はい』
対爆、対魔力装甲の向こうにマリエルは問いかける。すぐに、反応がある。モニターの向こうで小鳥遊悠里が手を振る。瞳の色は青く、デバイスとの融合状態を示していた。
マリエルは生体情報に問題がないことをスクリーンで確認して小さく頷く。
「それじゃ、融合稼働実験を開始します。悠里ちゃん、しばらく窮屈かもしれないけど、我慢してね」『はい。大丈夫です』
順調な滑り出しだった。
うまくいくと思った。
でも、その結果は二日後、小鳥遊悠里の精神活動停止という形で思い知らされた。
小鳥遊悠里への人格移植には、これまでの医療蓄積、人体実験記録とも言うが、から移植措置に2日、心理状態の安静を待つ意味でも10日ほどの治療期間を必要とする。
その間に先の融合実験の問題点を洗い出す必要があった。
八神はやてはリインフォースIIと共に、今回の実験で起きた現象調査に訪れていた。マリエルたちと手分けして、問題点の洗い出しをするのだ。はやてとリインは稼働実験中の悠里の精神活動を示すデータを確認していた。
それを見つけたのはリインフォースIIだった。
「はやてちゃん、やっぱり、この夜間の睡眠時間での過剰なアクセスに問題があると思うのですよ」「えっと、ここか?」
はやてはリインの示すデータに目を向ける。
リインはこくりと小さなおとがいを動かす。
「睡眠のサイクルとも一致します。たぶん、記憶整理、つまり、以前の記録と現在の精神状態の整合性を取ろうとしているんですよ。ここでアクセス過剰が発生しています」
「要は、以前の記憶を消化しきれてない?」「はいです」
リインはふわふわと小さな身体をいっぱい動かして、小鳥遊悠里の精神活動のエミュレーションを表示する。小鳥遊悠里の移植人格は長い治療の間にモデリングが完了している。そこにリインが考察した反応をデータとして流す。
「自分であることの不安定さ、自己の確立ができていない状態でかつての記憶にアクセスしたため、アイデンティティの喪失を起こしているのです。そこをシステムの揺り返しに崩されて、心理状態の安定性を失っています」「その結果の精神活動フラットか」「はいです」
はやては眉を顰める。
記憶の継承は悠里の精神の安定をもたらすものとばかり思っていたが、逆に人格確立ができていない状態での継承は、幼子の心を擦り潰してしまうのだ。
「打つ手なし、ってことか?」
諦めたくなる。記憶を失っても駄目。記憶を移植しても駄目。だとすれば、悠里の心は一体どこへ行けばいいのか?
救われない。
そんな絶望すら感じる。
「いえ、手はあります!」「!?」
リインが強く否定する。諦めたくない。それはリインの意思でもあった。
「記憶の流入を制御すればいいんです。制御AIを組み込んで、現実感のなさを演出して、少しずつ人格を補強するように記憶を復元していくんです。
始めはドラマや映画でも見ているように人事の知識として、そして、人格の定着と共に少しずつ少しずつ、そのときの思い出を取り戻すんです」
強く主張するリインの様子にはやては感慨深いものを受けた。初代リインフォースの残した技術を使って生まれて早8年、灰汁の強い仲間たちに大切に育てられて、幼さが目立つリインフォースIIだったが、ここに来て急速に想いの強さを見せるようになった。
打ちひしがれて、涙を流して、それでも、前を向いて歩んでいく。
もう、子供やあらへんな。
はやてはそんなふうに思う。
「ほな、管制AIをどうするかやな。あと、記憶の処理にもパフォーマンス出せるようにせんと」「リインはインテリジェント・デバイスを流用したほうがいいと思うんです。人格を強くすると融合事故が起きやすくなってしまうので、控えめなサポート系のAIでマイスターの補助を主とするタイプを」「ん、そやな」
はやてはリインにAIの選出を任せ、マリエルに連絡を入れる。大規模な改修に、いや、ほとんど新規に作り直すことになる。その間に、悠里の人格移植を行って・・・。
はやてはマリエルと話しながら、次々となすべき項目を洗い出した。
最終的なデバイスが完成するまでに、さらに3年の歳月が必要だった。
小鳥遊悠里の記憶を保持し、人格障害が発生した場合には可能な限り補修。もし、最悪、悠里の人格崩壊が発生した場合、基本構造から速やかに再生し、人格崩壊のキーとなった現象を相対化、記録におさめる。保持している記憶の連続性も手を加え、記録との整合性を保持しつつ、リンクを切断する。
常動融合型デバイス、いや、もはや、機能面で言えば単なるデバイスではなかった。
小鳥遊悠里という人格をデバイスに封入した
魔法の壺。
しかし、このデバイスを一番嫌ったのは、小鳥遊悠里自身だった。
「これで私は本当に『小鳥遊悠里』を殺してしまうんだ」「どういう意味や?」
ぽつり呟いた悠里の言葉をはやてが聞きとがめた。
心外やった。悠里のために、そう頑張ったはずだった。
むかっと来たはやてに悠里が微笑む。その笑みはとてもはかなくて。もう大丈夫。もう悠里が失われてしまうことはない。そう安心していた気持ちに冷たい影が差されたような気がした。
「『私』はもともとジュエルシードの研究に都合がいいよう、小鳥遊悠里に植えつけられた存在だから。私はこの先死ぬまで『私』でいることを強いられる。
ずっと、考えていたんだ。
どうして私は『私』を受け入れないんだろうって。それは、もしかしたら」「もしかしたら?」
悠里は苦笑して首を振った。
「回復しようとしていた人格を私たちは外部からの人格移植で押し潰し続けてきたんじゃないかって。私は小鳥遊悠里から『小鳥遊悠里』を奪ってしまっていたんじゃないかって。だから、身体は異物を排除しようと『私』を潰し続けてきたんじゃないかって。
ううん。きっとこれは気のせい。私の居場所を奪ってしまった『私』の繰り言。
はやてには本当に感謝している。はやては私に時間をくれた。だから、ここからは・・・」
それは遥かな行く先を知った、目指すべき果てを見つけた瞳だった。
後に、はやては彼女から新しいデバイスを開発したとの連絡を受けたとき、その瞳を思い出した。
人間の機能を拡張し、低レベルの魔法素質しか持たない人でも、疑似コアの稼働により最低限の魔力行使を可能とする人間拡張型デバイスHueXシリーズ。そのトップ・リファレンス・モデルとしての
HueX-URI Type-01。
しかし、八神はやてはそのお披露目に行くことはできなかった。
小鳥遊悠里が勤務していたジュエルシードの研究施設は、管理体制からの分離独立を求める次元世界地上本部の襲撃を受け、暴走したジュエルシードが次元断層を発生させ、隣接する次元世界を巻き込む大惨事となったためだ。
小鳥遊悠里はジュエルシードの被害を抑えるべく最後まで研究施設に残り、次元断層に巻き込まれて死亡していた。
激しい衝撃に、あえぐように手を伸ばした。
「え?」
誰かの声がする。どこかで聞いたことがある声。懐かしい、でも、知らない声。
「悠里ちゃん!」
俺を覗きこむ少女の顔。淡い栗色の髪がツイン・テールに分けられた白い服を来た少女が俺を抱き抱えていた。
「誰、だ?」
少女が喜んでいいのか、哀しんでいいのか、困ったような曖昧な笑みを浮かべる。
「これは、夢なのか?」「夢じゃない。夢じゃないよ!!」
俺の声を彼女は笑顔を浮かべて否定する。ぎゅっと握り締めた手が熱い。
「これが、飛びきり、か」
涙すら浮かべて俺の手を握る少女の姿に、俺は誰かの言葉を思い出す。むっと目の前の少女が頬を膨らませた。
「む。なんか、せっかくの感動に水を差された気分」
俺は慌てて首を振る。そして、あいつの言葉を思い出した。
「あ、いや。どうすればいい?
すごく、眠いんだ。でも、これが最後のチャンスなんだ。俺はなにをすればいいんだ?」
わからない。
これはきっと、あいつが言っていた最後のチャンス。タイミングはあいつが測るといっていた。だから、あるはずだった。なにかしなければならないことが、あるはずだった。
少女の両サイドのリボンがぴょんと立つ。
ああ、これがピンと来たってやつか。
思わず笑ってしまいそうな俺に、彼女は何かを俺の首にかけた。そして、俺の目をまっすぐ見て伝える。
「名前を。名前を呼んであげて!」「・・・」
茫然と見上げる。
名前。
何の名前だろう。
俺の名前か?
そう思って俺は、自分の名前も知らないことに気がついた。
俺は・・・誰なんだ?
彼女は俺の両手を取ると、先ほど俺にかけたペンダントを包むように握らせた。
熱い。手の中に何か熱い熱が伝わる。
「この子の名前を呼んであげて、悠里ちゃん!」
「・・・名前?」「うん!」
悠里?
この子の名前?
わからない。俺はなんとなく、そのペンダントに視線を落として・・・。
え?
えぇぇぇぇ?
「お、おんなの子!?」「うん。悠里ちゃんは女の子だよ?」
胸元の白い下着に俺は慌てて顔を上げた。彼女はきょとんとして俺を見る。
なんか、目が醒めた。
正直、なにが起きているのかよくわからない。
彼女はそんな俺を安心させるように微笑んだ。
「大丈夫。悠里ちゃんのデバイスを信じて」「あ、ん・・・。まぁ、ある意味、とびっきりだな」
もう10年経てば最高だったぜ。
俺はあいつに毒づく。
思い出した。
このちっぽけな宝石は、生意気なあいつだった。
俺はエメラルドから削り出した石器のようなペンダントを握る。淡い輝きが応える。
「名前、わかる?」「・・・うん」
彼女の問いに、こくりと頷いた。
む、なんか彼女の視線が泳いでる。鼻奥に何か来たのかな。
俺は目を閉じる。
久しぶりだな。お前がずっと俺に話し掛けていたんだな。
忘れないように、すべてを忘れてしまわないように。
あー、なんかちょっと恥ずかしいな。
俺は心の中から浮かび上がる約束の言葉、そのデバイスの名前を詠んだ。
「セイクレッド・ワード」
『
Ok, my master. Connection resurrect. Pseudo-Core ignited.
Warding IT..... Succeeded.
Sacred word emphasizes your LinkerCore and recovers your memories... 』
手の中の宝石が歓喜に踊るように輝く。
そして生み出されたリンカーコア・コネクタが幾重にも紐のようにあふれだし、俺の魂を穿つ。
上書きされる空白の記憶。
書き直される認識。視界が開けていくように、過去に、未来に広がる意識。
回転する魔法陣が俺の身体を包むようにその四肢に絡み付くと、そして、ゆっくりと俺の中に沈んでゆく。
ああ。
自分という意識がセイクレッドに同期する。
そして、その双ぼうで少女を捉え、問いかけた。
「・・・なのは?」「うん!」
思い出す。
いや・・・。
それはもとより、すべてセイクレッドに刻み込まれていた記憶だったのかもしれない。
4.
悠里ちゃんの神秘的な瞳がなのはを見つめる。なのははしっかりと見つめかえすと大きく頷いた。
「悠里ちゃん、お帰りなさい」「ん」
悠里ちゃんがちょっと収まりの悪そうな照れた表情で頷いた。
「ただいま。なのは」「うん!」
大きく手を開いて抱きしめる。もう胸がいっぱいで、泣いてしまいそうだった。
「状況は?」「悠里ちゃん、それ絶対間違ってる!」
それじゃせっかくの感動の再会が台無しだよ。
なのはは拳を握って力説したかった。
『おはよう、悠里ちゃん! お久し。状況説明はいる?』
エイミィさんが通信を繋げる。悠里ちゃんがこくりと頷いた。
うう、可愛いなぁ。
『闇の書さん絶賛暴走中』「エイミィさん、短すぎだよっ」「ん、わかった」
「えぇぇぇぇぇぇ!」
あまりに短すぎるまとめと、あっさり頷く悠里になのはは頬に手を当てて叫んだ。
「なんでそれでわかるのぉ!?」
「状況は知ってたから」『あれま』
「なのは! 悠里も!」「フェイトはあっちだね」
ユーノ君とアルフさんが追いついた。
アルフさんは軽く手を上げてフェイトちゃんが『闇の書』さんと戦っている方へ飛ぶ。
「悠里、久しぶりだね」「ん、元気そう」
ユーノ君が問いかける。
「身体は大丈夫?」
そうだった。悠里ちゃんはずっとこの半年近い間、寝たきり状態だったんだ。いきなり目を覚まして、体力もついてくるはずがない。こんな激しい戦いについてこれるはずがなかった。
「悠里ちゃん?」「ん、ちょっと下がる。今、魔力ダメージを受けると、落ちるから」
ちょっと残念。一緒に戦ってみたかったんだけどな。
なのはの残念そうなまなざしに俺はほっとした。
いや、無理だって。こうして呼吸するのもちょっと辛い。
だから、時間がいる。戦線に戻るためには、いくばくかの時間が・・・あ?
「どうしたの、悠里ちゃん?」「・・・」「・・・」
なのはが俺の視線の先を振り返った。その先には、こちらに飛んでくるフェイトとアルフ。そして、その向こうで虚空に輝く桜色の魔力光は!
「スターライト・ブレイカー?」「あはは・・・」「逃げなきゃ!」『なのは! 悠里! はやく離れて!』
一瞬遅れてフェイトからの連絡が届く。
飛べる、か? ええい、飛べ!
『
Light flier. 』
もたつく。そんな俺の両腕をユーノとアルフが抱えて急ぐ。隣ではなのはがフェイトに抱えられていた。
「そんなに距離を取らなくても?」
なのはがきょとんとした顔で首を傾げる。
撃つ側は撃たれたことがないからなぁ。知らぬは当人ばかりのみ。
不思議そうななのはにフェイトがスターライト・ブレイカーの恐ろしさを切々と語る。
うん、まさに経験者は語るって奴だな。
苦笑する。その俺の笑いと同じものをユーノやアルフが浮かべていた。
あれ? そう言えばこのとき何かあった気が・・・。
『
Sir, there are non-combatants on the left at three hundred yards. 』
\(^o^)/。
バルディッシュがフェイトに告げた言葉に、俺は思わず万歳してしまいそうだった。
そう言えば、あったね。そんなイベント。
俺はセイクレッドが見つけた二人の少女の姿に、どう言い訳したものかと頭を悩ませた。
それは大学病院からの帰り道、突然のことだった。
私とすずかは繁華街にショッピングに出かけていた。そこに、いきなり暗い影が走ったかと思うと、街から人影がなくなっていた。
アリサ・バニングスは決断する。
「なんか光ってるし。とりあえず逃げよ! なるべく遠くへ」「う、うん」
ビルの影から影へ、走る。
「あの、すみません! 危ないですから、そこでじっとしててください!」
「?」「今の声って」
どこかで聞いたことある声ね。
アリサは振り向く。
って、もしかして。
「なのは!」「フェイトちゃん? それに・・・」
・・・なんか、二人に引っ張られて脳天気に手を振っている馬鹿がいる!!
「どーゆーことよ!」「どういうことですかっ!」
なんか心の奥がむずむずしてきたわよ
「「悠里!!」」
うう、居辛いぞ。
「3人とも、そこでじっとして」『
Defenser Plus. 』
「まぁ、なのはとフェイトが変な格好して飛び回っているのは・・・、全然よくないけど、許すわ」
アリサがじと目で俺を見る。
「でもね、アンタは駄目でしょ! アンタは!」「アリサちゃん、すっごく心配してたんですよ。もちろん、私も」「う、うん」
逃げ出してぇ!
アリサ、頼むから状況を理解してほしい。ああ、すずかもその目だけマジで微笑むの、怖いからやめてください。おながいします(←なぜか変換で(ry
「レイジングハート」『
Wide area protection. 』
「来る」
俺は迫る閃光を見つめる。
そして、なのはとフェイトの防御の中、スターライト・ブレイカーの魔力弾が吹き荒れた。
どれほどの時間がすぎたのだろう。
荒れ狂う桜色の暴風が吹きぬけた。
うん、こんなのくらったら、余波で落ちるな、俺。
「もう、大丈夫」
フェイトがすずかとアリサに声をかける。
「すぐ安全な場所に送ってもらうから、もう少しじっとしててね。悠里ちゃんも」
「あの、なのはちゃん、フェイトちゃん?」「ちょっと・・・」「ん」
戸惑いながら声をかけるすずかとアリサ。俺は小さく頷いて肯定する。
足元に輝く白い転移魔法陣。
今の俺じゃ、足手まといだ。
輝きと共に転移する。出現した場所は聖詳付属のそばだった。
「あれ?」「あ・・・」
俺は四肢に力が入らず、その場にへたり込む。視線の向こう、遙かな場所では金色と桜色の魔力光が闇を切り裂く。
「え? 学校のそば?」「悠里ちゃん!?」
「ちょっと、大丈夫なの?」
アリサとすずかが腰をついてしまった俺に駆けよった。俺は二人を安心させるために頷く。
「ずっと寝たきりだったから、ちょっと疲れただけ。でも、すぐ行かなきゃ」「馬鹿! そんな身体でどこへ行こうって言うの!」「そうです。無理です」
心配そうな目で二人が俺を引き止める。
ああ、誘惑だな。でも、そう、でも。
「あそこにははやても待ってるし」
「だからって!」「・・・」
すずかがアリサの腕を引く。俺は目線ですずかに感謝を伝えると、呼んだ。
「セイクレッド、ジュエルシード、リリース」『
Put out. 』
胸元のセイクレッドから、青白い光を放つ宝石が飛び出てきた。
ジュエルシード・シリアルXII。
封印されていたジュエルシードに魔力を通し活性化させる。青い宝石が輝き宙に浮かび上がった。
「「!!」」
「セイクレッド、杖を」『
Yes, master. DASER canon, flame extends. 』
右手を伸ばす。その先に生まれる碧色の輝き。俺のリンカーコアに共鳴する外部供給用疑似コアから、俺の杖が形成される。そのコアに活動中のジュエルシードが吸い込まれた。
『
Extensional core connects to Jewel Seed. Dimensional reactor ignites. 』
魔力が沸き起こる。杖に組み込まれたジュエルシードの次元共鳴炉から精製された魔力が疑似コアを通して俺の身体の中に満ち溢れる。
これで少しは、保つ!
「じゃ、行ってくる」
アリサとすずかに軽く手を上げる。
「さっさと片付けなさいよ! あとで全部話は聞かせてもらうんだから」「悠里ちゃん、気をつけて」「うん」
頷く。今はそれだけしか言えないけれど。
「じゃ、行こうか。セイクレッド」『
Sacred Word awaken. 』
融合する。セイクレッド・ワードの意識が俺の下位に組み込まれ、その知性と知識のすべてが俺のものになる。
そこからわかることのなかには、俺の存在をどうやって創ったのかも、どうして俺だったのかも記述されていて、少し寂しさを感じたけれど。
俺は振り返り、目を丸くしている二人に笑って、空へ翔んだ。
揺り動かされる。
目を覚ませと、呼ぶ声がする。
いやや。もう。わたしはええ。疲れたんや。だから、このままでいさせて。
笑い声が聞こえる。その視線に悪意すら感じて、八神はやてはその主を探した。
いた。
ロングの黒髪の少女がはやてを笑っていた。
知っている。はやては彼女のことをよく知っていた。
「なんや、私を笑いに来たんか?」「ええ」
でも、はやての知らない小鳥遊悠里が笑う。
「何も知らないあなたを笑いに来たの」
むかっとした。
「なんであんたに」「事情を知ればみんなあなたを笑う。こんなところでなにやってるんだって」「わたしは!」
はやては言い返そうとして、口篭る。
わたしに責める権利なんかない。彼女から悠里を奪った私に。
「・・・ごめん、な」「・・・」
そんなはやての言葉に少女は憮然とした表情をする。
「私が欲しいのは感謝の言葉。あなたのお詫びなんかいらない」
はやては首を傾げる。
感謝? なんでやろ。
「私は悠里を守りきった」
誇らしげに胸を張る。そして、見下す視線がはやてを突き刺す。
「
人形はあげる。あなたはここで死んじゃえ。私は悠里と行く」
はやては混乱する頭を整理する。
それはつまり・・・。
「悠里は生きてるんか?」
それは淡い希望。はやての怯えるような問いかけに、少女がいやいやながら頷く。
「そう。だから、安心して死んでいいよ」「いやや!」
弾かれたように叫ぶ。
何もかも失ったと思ってた。友達も、家族も、みんないなくなった。そう思っとった。
でも、死にたくない。まだ、まだ、何かあるんやとしたら、その罪を贖えるんなら、死にたくない、そう思えた。
「ふん。じゃ、お帰りはあちら。あなたの娘が泣いてるわ。さっさと行きなさい」
不満そうに鼻を鳴らす。そんな仕草が悠里と重なった。手を伸ばし遥かな先を指差す。示す先に微かな、でも、はっきりとした光が生まれた。
あー、なんか、こっちの悠里も素直やないなぁ。
思わず笑ってしまう。
「なに?」「いや、なんでも。・・・あんたはどうするんや?」
むっとした悠里、今なら彼女を悠里だと思える、に問いかける。悠里は遠くを見るような瞳で遥かな光を見つめる。
「夢を見るわ。ここでずっと。私の悠里の夢を」「そっか」
はやては頭を振る。だんだんに意識がはっきりしてくる。
ああ、目覚めるんやな。
5.
フェイトちゃんは『闇の書』さんに取り込まれてしまった。
何とか戦場を移動させて、海上まで持ち込んだけど、正直厳しいと思う。
でも、やるしかないんだ。
目の前で泣いている『闇の書』さんを放っておけなかった。
『リンディさん、何とか戦場を海の上に移しました。街の火災の方、お願いします。それから『闇の書』さんは駄々っ子ですが、お話はできそうです。もう少しやらせてください』
『わかったわ。街の火災の方は局員を送ったわ』『ありがとうございます』
リンディ艦長に感謝する。状況は決してよくない。でも、やらせてくれるのがうれしかった。
海鳴の街が燃えている。
たとえこれが『闇の書』さんの結界の中のことでも、哀しかった。
対峙する。
『闇の書』さんが涙を流しながら、なのはを見つめた。
「お前も、もう眠れ」
「いつかは眠るよ」
レイジングハートを構える。そう、いつかは私も。でも。
「でもそれは、今じゃない! 今ははやてちゃんとフェイトちゃんを助ける。それからあなたも。
レイジングハート、エクセリオン・モード。ドライブ!」『
Ignition. 』
カートリッジがロードされ、レイジングハートが突撃戦を想定したエクセリオン・モードに変形した。
「繰り返される悲しみも、悪い夢も、きっと終わらせられる」
一歩前に、踏み出す。これは決意だ。救い出す。その意思を強く『闇の書』さんに示す。
『
Photon lancer, genocide shift. 』
『闇の書』さんの周りに数々の雷光が輝いた。あれは、フェイトちゃんの・・・。
来る。
身構えて、気がついた。『闇の書』さんがこちらを見ていない?
素早く視線を『闇の書』さんの見ている先に走らせる。
何かが来る。
煌めく碧の魔力光。
空を駆ける流星が、今、ここに。
「響け角笛、崩れよ城塞」『
Wall of Jericho. 』
碧い光が『闇の書』さんの魔法陣を駆け抜けた。
「なに?」
消える。
『闇の書』さんが形成したフォトン・ランサー・ジェノサイド・シフトの魔力集積球が襲いかかる無色の風に薙ぎ払われるように掻き消えた。
そして、駆け抜けた流星は大きく回りこんでなのはのそばに姿を表した。
「悠里ちゃん!」「なのは、おまたせ」
久しぶりに見る碧のバリア・ジャケットに涙が出そうになる。
「身体の方は?」「絶賛、ドーピング中。でも、これと、次の戦いぐらいはもつよ」
ちらりと悠里ちゃんが杖を見せる。そこからはジュエルシードの波動が響いていた。
「終わったら、少しゆっくり休むから」「うん」
なのはは微笑む。
そして、ゆっくりとレイジングハートを構えた。
「それじゃあ、いくよ!」「ん」
目を覚ます。
目の前には銀色の長い髪の悲しい赤い瞳の女性。
「このままお眠りください。愛する者たちとずっと続いていく暮らし。眠ってください。そうすれば、夢の中であなたはずっとそんな世界にいられます」
魅力だった。
騎士たちがいて、この娘がいて、友達がいて。
でも気づいていた。
ここにはいない。あの娘はここにはいないんや。
だから、ここにはいられない。
きっと、これはやさしい夢なんやと、思う。この娘が願い、私が願った淡い夢。
目覚めてしまうのは惜しい。
それでも、思う。
もう一度、会いたい。そう思う。
だから、告げた。目覚めの言葉を。
「せやけど、それはただの夢や」
八神はやては目の前の女性にはっきりと伝えた。
堅い。
俺は直接近接戦を繰り広げるなのはと『闇の書』の意思との戦いを支援しながら、思う。
なのはと『闇の書』は高速移動から打ち合いを続けている。その捕捉はたやすい。しかし、『闇の書』のシールドを抜けるだけの攻撃の手持ちは、魔力が外部から供給されている今でも多くない。かといって、正面に出てなのはの代わりに打ち合うには、いささか身体がついていかなかった。
ちらりと空を仰ぐ。
見えるのはアースラからの戦況監視魔法陣。
いっそ、あれをジャミングして、そう思わなくもなかったが、今の状況、それは厳しい。それに、次元干渉砲なんて質量兵器を撃ち込んだら、はやてを殺してしまうかもしれない。
ちっ、役にたたねぇ!
視界の中でなのはがアクセル・チャージャーを起動する。
「ストライク・フレーム」『
Open. 』
『闇の書』はなのはの攻撃を見守っている。余裕か。確かに直接的な打撃を加えていない。それでも、なのはは『闇の書』を拘束することに成功していた。
俺は大きく杖を振るった。ジュエルシードから供給される魔力が疑似コアから流れ込む。
「貫け!」『
Ray assault square. 』
俺の周囲に浮かび上がった正方形の魔法陣が激しく回転し、次々と貫通力に優れた魔力光が『闇の書』に撃ち込まれる。ジュエルシードによって、いつもよりランクアップしている魔法だ。これなら・・・。
「抜けろ!」
「エクセリオン・バスターACS。ドライブ!」
その叫び声と共になのはが『闇の書』に突撃をかけた。俺は呪文を止める。その正面にはすでに突撃するなのはの姿がある。『闇の書』の反応が遅れた。
「届いて!」
叫びとともに、レイジングハートから伸びた魔力槍が『闇の書』のシールドを貫いた。
「ブレイク・・・シュートッ!!」
その先へ。
なのはのエクセリオン・バスターが『闇の書』に直撃した。
「止められません」
彼女が嘆きの声を上げる。
「外では管理局の魔導師が戦っています。ですが、私には暴走を始めた自動防衛システムを止めることができないのです。
このまま、あなたを殺してしまう私が、私には赦せません」
はやてはその想いに胸が痛くなる。
でも、これは言わなあかんことや。この娘は思い違いをしとる。それを改めてあげるのは、マスターである私の仕事やから。
はやては彼女の頬に手を伸ばした。
「そやけど、忘れたらあかん。
あなたのマスターはいまは私や。マスターのいうことはちゃんと聞かなあかん」
それは背負う意思。
『闇の書』として今まで生み出してきた悲しみを、罪をその小さな肩に背負っていく意思だった。
彼女が言葉なく首を振る。駄目だ、と。
だから。
「名前をあげる」
はやては彼女に告げる。
「もう『闇の書』とか、呪いの魔導書とか呼ばせへん。私が言わせへん。
私は管理者や。私にはそれができる」
彼女の瞳から涙がこぼれた。
こちらも攻撃対象にしやがったか。
俺は『闇の書』から飛んできたブラッディ・ダガーを AMF でかき消す。ようやく、それなりに脅威と認めてもらえたわけだけど・・・。
腕を振って回りこんできたダガーを打ち払う。
これをするとこちらからの攻撃魔法も消えちまうんだよな。
なのはと視線を交わす。次の呪文の準備。その間、俺がなのはの前に出て、撃ち出される魔法をかき消していく。
「外の方! 管理局の方!」
はっと顔を上げる。
『闇の書』が動きを止めていた。そして、彼女からはやての声が響いていた。
「そこにいる娘の保護者、八神はやてです」
俺はなのはの射線からゆっくりと横にずれた。
「はやてちゃん?」「なのはちゃん! ほんまに?」
なのはと顔を合わせて頷く。
「うん。なのはだよ。いろいろあって、闇の書さんと戦ってるの。あとね、悠里ちゃんもいるよ」「悠里!」
「あー、おはよう、はやて」
何となくバツが悪くて、なのはの影からハローと手を振る。はやてから管理者権限の話が伝えられるが、うーん、このきょとんとした目はよくわかってないな。
『なのは、わかりやすく伝えるよ。目の前の娘をとにかく魔力ダメージでぶっ飛ばして。全力全開。手加減なしで!』
ユーノからの念話になのはが破顔する。
「さっすがユーノ君。わかりやすい!」
嬉々として砲撃態勢に入るなのはを、俺は本気で怖いと思いました。
『新名称リインフォースを認識。管理者権限の使用が可能になります』
『うん』
はやては頷く。腕の中には一冊の書。
『ですが、防御プログラムの暴走が止まりません。管理から切り離れた膨大な力がじき暴れだします』『ん。まぁ、なんとかしよ』
はやては笑う。
大丈夫。
みんながいる。だから、きっと何とかできる。
『行こか、リインフォース』『はい。我が主』
腕の中の本が、喜びに震えた。
カートリッジを叩き込んで打ち出されたなのはのディバイン・バスターが棒立ちの『闇の書』の意思を捕らえる。
輝く桜色の魔力光。
海をかき分けて吹き飛ばすその中から、俺は金色の魔力が分離するのを見た。その視線の先にフェイト・テスタロッサの健在な姿がある。
ああ、さすがにここは原作通りやね。
俺はほっとして、『闇の書』、その自動防御プログラムがあった場所を見つめる。
そこには暗い闇がわだかまっていた。
大地が振動する。はやてによって切り離された『闇の書』の自動防御プログラムがこれまでに吸収した魔力で、自らの欠けた本体を埋めようと過剰なまでの再生を繰り返していた。
『みんな気をつけて! 『闇の書』の反応、まだ消えてないよ!』
エイミィさんからの警戒を呼び掛ける声が伝わる。
いや、俺的には後は消化試合なんですけどね。だって、俺の最大火力、質量兵器だから使うと管理法違反で捕まるし。それ以外はサポート班って奴以下だな。
えっと、実況班?
離れた場所に魔力反応を感じる。数は5つ。来たか。
天と地を繋ぐ白い雷。大地を揺らし雷鳴が轟く。
「我ら夜天の主のもとに集いし騎士」
炎の守護騎士シグナムが謡う。
「主ある限り、我らの魂尽きることなし」
湖の騎士シャマルが唄う。
「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」
盾の守護獣ザフィーラが詠う。
「我らが主、夜天の王八神はやての名の下に」
鉄槌の騎士ヴィータが歌う。
中央の白い魔力光が飛び散り、そこにはやてが杖を手に姿を現した。
「はやてちゃん!」
そして、はやてが杖を掲げて高らかに謳う。
「夜天の光よ、我が手に集え。祝福の風リインフォース、セーットアップ!」
3対6翼の黒い翼を背に、白い騎士甲冑をまとったはやてが微笑んだ。
うんうん。主役は違うなぁ。
再会に抱きしめあうはやてたちを遠くから見つめる。
「行かないのか?」
今ごろアースラからやってきたクロノ・ハラオウンが俺に問いかけた。俺は戸惑う。
「いや、でも・・・」
なんかばつが悪いよ。
「行こう。やるべきこともある」
半分逃げ出しかけていた俺の肩がクロノに掴まれる。
「ちょ、まって、心の準備が」「すまない。君の準備をしている暇はない」
酷ぇ。連行かよ。
「さぁ、行くぞ」「ああ、うわ何だお前やめくぁwせdrftgyふじこ(ry」
引きずられていきました。
ちょっとはやてや騎士たちの視線からクロノたちを盾に隠れながら、作戦会議。
なんか、だんだんはやてが不機嫌になってきているような。
「悠里! 隠れとらんでこっち来ぃ」
う、呼び出しっすか。
ひょい、と首筋を摘ままれる。って、クロノ、裏切ったな!
「君も意見を出してくれ。いろいろ事情は知っているんだろう?」「あー、解答は自分で考えなくちゃ駄目だと思う」
正面に突き出されて、俺は両手を上げた。
「悠里は考えてくれへんのか?」「あー、基本は適切なものを適切な場所へ。それ以上は言えない」「どっかへばしっとぶっ飛ばせばいいのかい?」「うん」
えーん、はやてが絡むよぉ。
「別にアルカンシェルはどこでも撃てるからね」「「「おお」」」
ぽんと手をたたく。
「つまり」「撃てるところで」「ずばんと」
揃って空を、頭上遙かな軌道上、宇宙空間を見上げる。
そこ。トリプル・ブレイカーズ。仲良く伝言ゲームして遊んでるんじゃない。
「おい! ちょっと待て。君ら、まさか!」
クロノが意図に気がついて、驚きの声を上げる。
『なんというか、まぁ。相変わらずもの凄いというか』
リンディさんが呆れた声を上げる。
確かに、あの巨大生物をぶちのめして、軌道上に放り投げ、アルカンシェルでぶっ飛ばすなんて、普通は考えつかんわな。
6.
朝の光と共に目を覚ます。
それは、長い長い夢の終わり。永い永い旅の始まり。
私の旅路、その歩み出しだ。
サイドボードにおかれているデバイスに目を向ける。
『
Good morning, my master. 』『ん、おはよう』
セイクレッドの挨拶に口を開こうとして、喉の痛みを感じる。
俺は周囲を見回し、ゆっくりと身体を動かして、ベッドから降りる。セイクレッドを首にかけ、腕に伸びた点滴のスタンドを両手で掴み、立ち上がった。
久しぶりに支える体重に膝が崩れそうになる。
えっと、自販機はどこだったっけ?
途中、洗面所で顔を洗い、うがいをして喉の荒れを和らげる。
休憩室に設置された自動販売機で少し考えて飲むヨーグルトを選択。
「セイクレッド?」『
Pull out. 』
微妙に不本意そうに、セイクレッドが小銭を取り出す。俺は自販機に小銭を投入し、ボタンと共に落ちてきたブリッツパックを手にした。
ストローを刺すのが、一苦労だ。半年近く、能動的な行動を取っていない身体が一つ一つの動作に悲鳴を上げる。胸が張るように呼吸が苦しい。動きが筋に引っ掛かり、がくりがくりとぎこちない。
ああ、これはリハビリからだな。
ストローに吸いついて、一口。・・・疲れた。
ロビーの長椅子に腰を下し、空を見る。
もうすぐ冬。そんな高い晩秋の青空。
きっと、旅立つにはいい日なのかもしれない。
ん? なんかナース・センターが騒がしいな。
背後にあるナース・センターに看護士さんたちが集まっている。どうも、どこかの患者さんが抜け出したらしい。大変だな。
俺は飲み干した200mlパックをくずかごに入れると、点滴のスタンドを手に立ち上がる。
一仕事する前に、眠っておくか。
よっと、起き上がって歩き出した俺をみて、すれ違った看護婦さんが叫んだ。
「悠里ちゃん、こんなところに!」「「「「「あ!」」」」」
いなくなった患者って、もしかして俺か。
はやてが倒れた。
あの『闇の書』の闇をみんなして絶賛ふるぼっこした後、力尽きたようにはやては倒れた。
ま、実際、力尽きたわけで。
再会の喜びやら、ちょっとしたバツの悪さはふっとび、とりあえず、アースラに転送されてきたわけだ。
医務室にはやてを運び、いろいろと積もる話もあるだろうヴォルケンリッターを残し、アースラの艦橋に向かった俺をなのはやフェイト、クロノにユーノ、リンディさんたちが迎えてくれた。
「まぁ、いろいろと積もる話もあるだろうが、明日にした方がいい」
開口一番、それかよ。同感だが。
「もう、なんでクロノ君はそんなこと言うの!」「そうだよ、クロノ」
なのはとフェイトが声を上げる。久しぶりの再会に、水を差された気分なのだろうが、俺としてはクロノの言葉がありがたかった。
クロノが右手を上げて二人を止める。
「彼女は半年ぶりに病床から起き上がったばかりだ。体力も落ちているうえに、いきなりの魔力行使はかなりの負担のはず。それにだ。
彼女は結果的に病院を抜け出したことになっている。それは問題だろう」
「あ、そっか」「悠里が平気そうだから、忘れてたね」
「ん」
俺は頷いた。もう一人いたはずだけど、いいか。
「今の私はセイクレッドの魔力行使で身体を支えてる。魔法で動く人形のようなもの。精神力だけで動いてるようなものだから、もう少ししたら寝る」
暗に用事があると、そう告げる。クロノはそれだけで察したようだった。
「『闇の書』、夜天の魔導書のことか?」「うん」
その言葉に、エイミィさんがスクリーンに夜天の魔導書を映し出した。俺は口を開く。
「『闇の書』は、滅ぼさなければならない」「・・・」
「そんなの駄目だよ! 『闇の書』さん、リインフォースさんだって、ちゃんとはやてちゃんのいうことを聞いてくれるようになったんだよ」「うん。私も反対」
腕を組んで瞑目するクロノと、両腕を振って反対するなのは、静かになのはに同意するフェイトという構図に思わず苦笑する。
「悠里ちゃん、駄目だからね」
ぷんと頬を膨らませるなのはの姿に、しかし、俺は続けた。
「『闇の書』の消失があって、はじめて八神はやては被害者になる。
これまでのリンカーコア蒐集事件は『闇の書』の暴走であり、それを管理局によって知らされた八神はやてが『闇の書』の破棄に同意。暴走する自己防衛プログラムを共同で破壊し、『闇の書』の消滅を確認。そんな筋書きかな?」「妥当だと思う。アースラの記録とも矛盾はない」
俺の言葉にクロノが同意する。こちらの意図を読み取ったのだろう。エイミィさんもコンソールをせわしく操作する。
「そうなると、問題となるのは五人の扱いだね」「え?」
エイミィさんがスクリーンに守護騎士プログラムと管制人格リインフォースの情報量を示す。その維持に必要な魔力量も。
エイミィさんまでが俺の言葉に同意するのを見て、なのはとフェイトが顔を見交わす。
「『闇の書』は滅ぼさなければならない。悲劇の歴史を積み重ねたその存在を受け入れるわけにはいかないよ。でも、管制人格や守護騎士たちは別。
彼女たちを分離することができれば、『闇の書』自体はあまり重要じゃない」
はやてにとって。
その言外の意図が伝わったのか、なのはやフェイトが花が綻んだような満面の笑顔を浮かべる。
「そっか。夜天の魔導書が壊れているなら」「壊れてしまう前に移してしまえばいい」
「うん。元のままというわけには行かないだろうけど、助けられるものは助けられる」
「でも、守護騎士プログラムの方は使い魔にして分離してしまえばいいけど、問題はリインフォースさんの方だね。さすがは古代ベルカのロストロギア。その機能を引き出すために書のシステムと一体化しているよ。これを分離するのはちょっと厳しいね」
エイミィさんが困惑したように解析情報を見つめた。
俺も見上げる。書の機能は膨大だ。それを引き出すためにリインフォースは書のシステムの細かいところにまでアクセスが可能だ。情報体として綺麗に閉じているわけではない。
リインフォースらしきエリアをコピーしてなんとかなるような簡単な代物ではない。・・・だから、準備の時間が欲しかったんだが。
そこに声が響いた。
「ならば、私が消えよう」「「リインフォースさん!」」「・・・」
彼女がなんでもないことのように、当たり前に告げる。
「私と『書』の分離は不可能だ。現在のミッドチルダの技術でどうにかできるものではない」
赤い瞳はむしろ穏やかに取る手立てのないことを伝える。
「すでに守護騎士プログラムは切り離した。あの者たちは最後の夜天の主と共に、その旅路を終えるだろう」
その諦めきった淡々とした言葉にかっと身体が熱くなった。
わかる。これは怒りだ。
「不可能だなんてことない。ミッドチルダ式でベルカ式をエミュレートすれば、一定の成果は得られるはずだ」
そう。あの『蒼天の書』のように。
震える声を隠せず、俺はリインフォースを睨みつけた。
「そう、だな。だが、それを造るだけの時間は我々には残されていない」「・・・」
唇をかみしめる。夜天の魔導書の崩壊は続いている。そして、自動防御プログラムの再生も続いていた。
いつまた、暴走が起きてもおかしくはなかった。
「だから、私の旅立ちをお前たちに送ってもらいたい」
それは一つの旅の終わり。一つの結末。
結局、俺は。
拳を強く握りしめる。
何も変えることができなかった。
杖を手に俺は病院の窓から空に飛ぶ。
エイミィさんからの連絡を受けて、俺は八束神社に向かっていた。
時刻は夕暮れ。俺の体調を気遣ってくれたらしい。実際、午前中は検査漬け。午後は体力の回復を図るために面会謝絶ですよ。そこで、簡易の結界を張って、病院から出てきたわけだ。
体力はかなりない。だから、これでしばらくは爆睡することになるだろう。もう少ししたら、自宅療養になるからそのタイミングでアースラで検診かな。とはいえ、彼らにできることは多くない。
すぐに指定の魔法陣を捉える。
すべての準備は済んでいた。
とんと軽い足取りで、注意深く速度を落として降りる。そこにはみんながいた。
「待った?」
俺の軽い問いかけになのはが笑った。
「ううん、今来たとこ」「そう」
ハイタッチ。
「「いぇーい」」「??」
俺となのはのやり取りを不思議そうにフェイトが見ていた。
「フェイトちゃんもする?」「え? えぇ?」
なのはが水を向ける。あたふたするフェイトに俺は笑いかけた。
「フェイト、久しぶり。お見舞いありがと」「ううん、何もできなかったけど」
「元気をもらった」「・・・うん」
フェイトが照れたように顔を赤らめる。その横でなのはが不満そうに頬を膨らませた。俺はなのはに顔を向けて頷いた。
「心配かけてごめん。でも、一つだけ言い訳すると、悪いのはあっちだよ?」
居心地悪そうに立つヴォルケンリッターを指で差す。まぁ、これで許してもらえるわけじゃないけど。
「そうかなぁ。悠里ちゃんのことだから、元気だったら向こう側で暴れてた気がするんだけど」「あはは、そんなことない・・・」
なのはが同じようにヴォルケンリッターを指さした。
ばれてるよ。
俺は笑ってごまかす。
そこに、ただ一人、待つ女性が声をかけた。
「済まないな」「いえ、でも、ほんとに私たちでいいんですか?」
リインフォースの言葉になのはがためらいがちに問いかける。リインフォースが柔らかく微笑んだ。
「お前たちに送ってほしいのだ」「「はい!」」「・・・」
気に入らない。自分の消滅を穏やかに受け入れるその姿が気に入らなかった。
空を見上げる。青く晴れわたる高い空。旅立ちにはいい日だった。
そんな空に浮かぶ魔法陣はこの様子がアースラから監視されていることを示していた。
『闇の書』の最期。
納得の上とはいえ、はやてとリインフォースの思いが見世物にされるのは不愉快だった。
「気が乗らないか?」「乗らない」
そんな俺の態度にリインフォースが問いかける。俺はあっさりと肯定する。
「私はこんな幕引きのために命をかけたんじゃない」
哀しみは必要だ。特に八神はやては現段階でSランクに届く強力な魔法使いだ。そんな人物が喪失を知らないこと、それはよいことではない。この今日の悲しみが明日の優しさになる。
そんなことはわかっている。わかってるさ。
「頭ではわかっていても、納得いかない。特にあっさりと自分を捨てるお前が気に入らない」
「フフフ。そうか」「そう」「そうなのか?」「そう」
「悠里ちゃん」「悠里」
慌ててなのはとフェイトが俺を止める。喧嘩を売っているように見えたんだろう。
「だが、お前たちがそうだから、私は安心して逝ける」「くっ」
ふざけたことを。
俺は唇を噛む。こんなことなら、未来なんて知りたくなかった。何も知らなければ、素直に哀しめたかもしれない。無力に涙できたかもしれない。
俺はヴォルケンリッターとリインフォースを挟んだ反対側に立つ。左右に展開するフェイトとなのは。正面からリインフォースを見つめる。目を逸らさない。
もしかしたら、あの時こうしていれば・・・。そんな後悔ばかりだ。その後悔の山にまた一つ哀しみを積み上げる。それだけのことだ。
それに、ほら。
聞こえる。
ここを目指して車椅子で急ぐ少女が、すぐそこに来ている。
ふん。リインフォース。クールに去れると思うなよ。
天に還る。
死に様すらも最後の一片まではやてのために。
そんな決意を持って、夜天の魔導書の管制人格、リインフォースは消えた。
天から落ちるシュベルツクロイス、小さな金の十字架がはやての手の中に収まる。それを両手で掴まえたはやてがぎゅっと抱きしめた。
「世界で一番幸せな魔導書、か」
俺はその姿が見ていられなくて、リインフォースを説得するために、慌てて車椅子から滑り落ちたはやてに歩み寄る。そしてその栗色の髪を撫でた。さらりとした髪の感触が手の中で揺れる。泣いているその顔を覗きこむ勇気がなくて、俺は夕暮れの空を仰いだ。
ぎゅっと、はやてが両腕を回し俺のお腹のあたりに顔を埋めた。
ぽんぽんと、俺は優しくはやての頭を撫でた。
「はやて!」
お、ヴィータ、まっしぐら。
はやてが急いで涙を拭う。
駆け寄るヴィータがはやてに抱きついた。
「もう。ヴィータ、もうちょっと落ち着かなあかん」「だってよぉ」
近寄る足音。俺はそちらに顔を向ける。正面にヴォルケンリッターが将シグナムを先頭に歩いてくる。
俺は小さく頷いた。
「お疲れ」「そちらこそ。身体の方はいいのか?」「ん」
ヴィータが一通り満足したっぽいところで、はやてを抱え上げる。
「わぁっ!」「なんだよ、てめー」
俗に言うお姫様だっこでシャマルさんが立て直してくれた車椅子にはやてを座らせる。
「あ・・・」
ようやく意図に気がついてはっと見上げるヴィータに、ウィンクする。ヴィータの頭をぽんとシグナムが叩いた。
「口が悪いぞ」「うっせー」「ふふ・・・」
シグナムが微笑む。いい笑顔するじゃないか。
ちらりとシグナムたちが視線を交わす。と、シグナム以下、ヴォルケンリッターたちが整列し膝をついた。デバイスを地面に置きこうべを垂れる。
「小鳥遊悠里。我らが不明をここにお詫びする。すまなかったという言葉では気が済まぬだろう。いかなる処罰も受ける意思がある」
ぽりぽり。
俺は頬を指先で掻く。ふと、右手に柔らかな感触を受けて、視線を落とした。はやての両手が俺の右手を抱きしめ俺を見上げていた。
「うちの娘らがえろう迷惑かけてごめんな」
う、なのはとフェイトがじっとこっちを注視している。これでなんか言ったら、俺確実に悪人じゃん。
「そうだね」
俺ははやてに軽く笑いかけると、拳をつくってこうべを垂れるシグナムの頭に、ゴン、と落とした。
「くっ」「これでいいよ。正直、ここまでトラブったのは私のミスだし」
ああ、拳の方が痛い。ちょっとふっと息を吹きかける。
「いいのか?」
驚いて頭を上げたシグナムたちにひらひらと手を振った。
「ん。もともと、怒ってないし」「そうか」「「「・・・」」」
それに。
「はやての家族に畏まれるのは好きじゃない。あとは普通でいい」
振り返って背を向ける。うわ、なんかむっちゃ恥ずかしいぞ。
ん、はやて、なににやにやしてこっち見てやがる。
「悠里は照れ屋さんやなぁ」「うるさい!」
ぷいっとそっぽ向く。うわ。言われるとなんか逆に恥ずかしさ倍増。なんか、耳元まで熱くなってきた。
「悠里、ツンデレだね」「デレてない! って、フェイトに変な言葉教えたの、誰!?」
「にゃはは。やーい、つんでれ〜」「お前かぁ!」「ほんま、ツンデレやなぁ」「貴様もかぁ!」
顔に溜まった熱を吐き出すようにがぁっと吠える。
響く、みんなの笑い声。
夕日の中、それは旅立ってしまった者を惜しむ余韻に満ちていた。
夜の病院。
照明の消えた病室で、俺はベッドから立ち上がり、窓を開いた。
空には煌々と照る大きな月。窓枠に手をかけ、流れる夜風を感じる。
「そろそろ、答え合わせしないといけないと思うんだ」『
Master? 』
話しかける。
はやての件も終わったし、もう後は、単純に力で片づけるようなことじゃない。それに、力づくなら最強の彼女たちがいてくれる。
大切なのは彼女たちに理想的な環境を提供すること。
それは少しばかり人には言えない薄暗い仕事になる。
「俺もすっかり誤解していたよ。ジュエルシードなんてロストロギアがあるとすべてそれが理由だなんて思わされる。
だから、気がつかなかった。ジュエルシードがずっと封印されていたってことに」
そう。気づいてしかるべきだった。俺の存在にジュエルシードは影響を与えていない。きっかけはジュエルシードだったのかもしれない。でも。
「『悠里』の呼びかけに最初に応えたのは、セイクレッド、お前だな」『・・・。
That’s right. 』
セイクレッドが少し躊躇って肯定する。
そうだ。
父親に襲われて、恐怖に怯え、ジュエルシードに助けを求めた少女に応えて、最初に現れたのはセイクレッドだったんだ。
「でも、『悠里』には耐えられなかった。そして、すべてを投げ出してしまった『悠里』を助けるために。
・・・俺を創った」『・・・』
セイクレッドは応えない。まぁ、そう言う奴だとわかってはいるけど、判断に揺らぎがあることには答えられない、か。
「でも、すぐに人格作成するには時間が足りない。だから、持ってきた。ジュエルシードを介して悠里でない悠里を探した。ジュエルシードには時間の概念が存在しない。だから、どれだけの時代、どれだけの次元を探そうと、、ジュエルシードの形成する虚数空間の中にはいくらでも時間がある。
そして、俺を見つけた。その人格や記憶をコピーして、『悠里』に植えつけた」
そうだ。少女の心に人格を構成するには、危機的状況すぎた。だから、時間がいくらでも使える場所に探した。
『
Very well. 』
ようやく観念したのか、セイクレッドが答えた。
俺は月に照らされて輝く海鳴の街を見つめて苦笑する。
「そりゃ、な。考える時間はあったからな。虚数空間による時間逆行、多元世界干渉のためのベイビー・ユニバースを繋げる次元橋生成か。とんでもないロストロギアだ。
『俺』だった理由は?」『
It's a Yuri's desire. 』「そっか・・・」
俺は冷たい外気を深く吸い込んだ。頭がよく冷える。
「じゃあ、いい」
うん。それならいい。
俺は『悠里』に自分の身体を委ねるに足る相手だと、受け入れられたのだろう。
・・・それとも、こうありたいと思った自分をコピーしたのか。
俺は頭に浮かんだもう一つの考えを、頭を振って追い出した。
考えちゃいけない。その可能性を受け入れてはいけない。
そうだ。小鳥遊悠里なんて男は実は端から存在していなくて、ここにいるのはこうありたいと願った自分を演じ続けている愚かな狂人の姿でしかない、だなんて。
考えてはいけない。考えてはいけない。考えてはいけない。
それを受け入れたら、きっと俺が壊れてしまうから。
俺は深呼吸する。
落ち着け、俺。
「それじゃ、俺は帰ることはできないわけだな」『
Yes. You are there.』「そっか」
俺は確認する。すでに、オリジナルとコピーである俺の道は分かたれた。俺の過ごした日々を彼も過ごし、道はもはや交わることはない。
『
Master? 』「ああ、いや、それならそれでいいんだ。『悠里』を置いていくわけにも行かないからな。『悠里』が帰ってくるまで、俺とお前で何とかするさ」
心配げなセイクレッドに笑う。
そうだ。
いつの日か、すべてを受け入れることができる日まで。
もう少しの時間を、このままで。
それでいい。
俺はもう一度だけ、遥かな月を見上げて、窓を締めた。
そう。
今は、これでいい。
X.
私は最後の青い宝石を手にすると、それを『正しき配置』に設置した。
中央にはエメラルドから削り出したような碧色の宝石。それを取り囲む21の青い輝き。
私は魔力炉からの回線を繋げた。
中央に配置された碧色の宝石から青い輝きに向けて薄い碧の光が伸びる。両翼からトライアングルに、それが重なり合って六芒星を描き、七曜と合わさる。
生まれるのは闇。
虚数空間へとつながる回路が形成される。
私は微笑むと、最後の言葉を、起動キーを唱えた。
「聖なるかな。聖なるかな。聖なるかな」『
HueX-Uri Type-X wake up. 』
目覚めたのは私の半身。私のリンカーコアを使って作り上げた、ここにいないあなたへの贈り物。
助けを求めるあなたへの、助けられた私からの贈り物。
「聞け。み使いの声。届け。曙を告げる角笛。
我ら遠きところより、祈りを届けん。
こなたより、彼方に、汝の祝福を願わん。
行け旅人よ。汝が行く手に、光よ、あれかし」『
Paradise lost. 』
ぼんやりと淡い光のハレーションがデバイスを包む。
私はそれを確認すると、この魔力装置の封印を始めた。すでに稼働を開始した装置は自動的に活動し続ける。それは果てることのない祈りを、永遠を謳う。
『
It's ok to seal dimensional transition systems. 』
私のデバイスが囁く。私は彼女の言葉を確認すると、ロストロギアの保管庫に装置を預けた。
「悠里、もうええんか?」
搬入口に運ばれていく装置を見送る私の背後から、からかうような声が響いた。私は振り返る。
そこにはもうかれこれ十五年来の親友である八神はやてが笑いかけていた。
「ん。装置は稼働したから、後は自動的に止まるよ。
はやて、ありがと」
私ははやてに微笑む。はやてが視線を逸らして頬を掻いた。
「いや、これぐらい大したことやあらへん」「それでも、うれしい」「・・・」
はやてが赤面する。やっぱり、可愛いなぁ。
私はもう一度だけ、装置の消えた搬入口を見送ると、はやての傍らに寄り添う。
「あれはどうなるん?」
はやてが私の肩に手を当てて歩き始める。私ははやての横顔を見上げた。
「待ち続けるよ。助けを求める、いつか、どこかの私の声が届くまで」
はやてがようやく何かに気がついたように、私の胸元を見下ろした。
そこには先ほどしまった装置に入れたデバイスによく似た、私の長年の相棒、セイクレッド・ワードがペンダントとしてかかっていた。
『
What's matter? 』「いや」
はやてが首を横に振った。そして、何かに納得するように頷く。
「時を越え、次元を越え、か」『
No problem. 』
はやての呟きに、セイクレッドが律義に応える。はやてがぐっと私の肩に回した腕に力を込める。
「ちょ・・・」「感謝しとるんよ。ほんまにな」「はやて、く、苦し・・・」
私の首に入って、って、胸元に指を滑らせるな!
「やめっ」「んっふっふ。今日はな、だぁれも助けに来てくれへんよ」
シャツのボタンを外すな。ちょ、そこはブラが。
「悠里はほんま敏感でかわえぇなぁ」「やッ、やぁっ!」
はやての指先が肌を滑り・・・って、なんてテクニシャン。っちょ、ほんとに駄目だって! 力が抜ける・・・。
「はやてちゃん、なにセクハラしてるのかな?」
ゾクリと背筋に冷たいものが奔った。
はやての指先もうなじに頬ずりする動きも、止まる。
「ちょっと、ゆっくり、お話聞かせてもらおっか?」「なのはちゃん!」「なのは、たす・・・」
いるはずのない人物の出現に、はやてが私を腕の中に抱き抱え、声の主に向き直る。
ロストロギア保管庫を出たすぐの分かれ道に、栗色の髪をサイド・ポニーにまとめたスタイルのよい女性が手の中の赤い宝石を弄ぶ。
時空管理局内外にその名を轟かす『管理局の白い悪魔』、高町なのはの姿がそこにあった。
はやてがじりっと後ずさりする。って、私を盾にしてる!
「あはは、なのはちゃん、落ち着こうな。な!」「悠里ちゃんを放したら、考えてあげるよ」
「嘘や!」
わお。火に油を注いで。
はやてがぎゅっと私を抱える腕に力を込める。逃げられないように。逃がさないように。
ん?
はやての手が私のお尻を撫でて・・・。
「はやて、ちょっと、なにを!」「はやてちゃん!」
「止めるわけあらへん。どうせ、なのはちゃんは殺る気や。それやったらもう少しこの感触を」「そこは、駄目ーッ!」
「はやて。それはどうかな?」
私の首元に顔を埋めて身体をまさぐるはやての首筋を白い華奢な手が摘まんだ。
「フェイト!」「悠里。すぐ、このセクハラ帝王から助けるからね」
あまり力を入れていないように見える。けど、私は知っている。この手でバルディッシュを振り回すフェイトの握力を。
「ぎ、ギブ」「ぷはっ」
はやての腕から解放されて、私はちょっと酸欠で廊下にへたり込んだ。
「悠里ちゃん、大丈夫?」「ん。ありがと」
なのはがかけより、私の身体を起こしてくれる。ようやく新鮮な空気に恵まれた私は、眦に浮かぶ涙を指でぬぐって、なのはにお礼を言う。
なのはが、なぜか、ごくりと喉を鳴らした。
「あ、悠里ちゃん・・・」「「なのは(ちゃん)!」」
はやてとフェイトがなのはの名を叫んだ。
「にゃはは、悠里ちゃん、もう大丈夫?」「ん」
私はこくりと頷くと、なのはとフェイト、ついでにフェイトに首根っこを掴まえられているはやてを見回した。
「ありがとう」
心配してくれていたのだろう。
なのはやフェイトが照れて頬を赤らめた。
「ちょうど時間が空いていたからね」「うん、久しぶりにみんなでって」
「ほんまかいな?」
ちょっと拗ねた表情ではやてが頭の後ろで手を組む。
「スケジュールはチェックしたはずやのに」「ふふ」
きっとリインフォースIIかヴィータが手を回したんだと思う。
でも、こんなにも私のことを気にかけてくれる人たちがいる。
「あのね。みんな」
私は精いっぱいの笑顔を彼女たちに向けた。
「私、幸せだよ」
ん。
そう。『小鳥遊悠里』は幸せものだよ。
闇の中、自らの輝きに揺れる。
静かに、ただ、静かに。
彼女は待ち続ける。
『
Master...』
彼女の助けを求める、ただ一人の主の言葉を。
『
Call my name, master...』
ずっと、ずっと。
その日が来ないことを願いながら。それは主の不幸を意味するから。
その日の訪れを夢見ながら。それはきっと幸せへのきざはし。
祈る。
『
Please call my name, master. 』
そして、幾千の夜を越えて。
その声が届いた。
『私を、助けて!』
虚数回廊を抜けて、デバイスの姿が光に掻き消える。
時間を越え、次元を越えて。
誓いの言葉と共に。
助けを願うあなたの元に。
『
Call my name, my master! 』
ただ、その『聖句』を求めて。
Fin.