0.
八神はやては目を開けると、そこが病院であることを知った。
「ああ、びっくりした。夢やったんか」
「はやてちゃん、よかったわ。なんともなくって」
目をさましたはやてに石田先生がにっこりと微笑む。
そして、ベッドの横を指さした。
「で、あの人たちなんなのかしら?」
そこには、黒くぴっちりと身体にフィットした格好に身を包んだ四人の騎士たちがいた。
「お父様、八神はやての家で魔力反応を検出いたしましたわ。おそらくは、『闇の書』の起動かと」
頭に焦げ茶色の猫耳を生やした少女が、初老の男性に報告する。時空管理局本局に勤務する提督の制服を身にまとい、男は腕を組んで頷いた。
「少しばかり予定より早かったようだが」
ギル・グレアム提督はため息とともに自分の使い魔である、教導隊の制服を着たリーゼアリアに問いかける。
「はい。どうやら、リンカーコアの成長が順調で予定よりも早く許容量に達した模様です」「そうか」「父さま」
妹の報告に、姉のリーゼロッテが気遣わしげな視線を送る。
八神はやては両親を事故で失ったときから、ギル・グレアムが後見人となって育ててきた少女だ。
あの日、クライド・ハラオウンとその乗艦エスティアを失い、『闇の書』が新たな主の元に転移して以来、グレアムはずっと八神はやての動向を監視していた。
そして、ついにこの日が来たのだった。
「リンディ・ハラオウンとクロノくんは?」
リーゼロッテが左手のひらを翻して答える。
「ちょうど、第97管理外世界に行ってる。どうも、現地にロストロギアを集める非合法な魔導師がいるらしいって」「そうか。奇縁、だな」「ええ」「うん」
グレアムは顎に手を当てる。
「『闇の書』の守護騎士が直ちに蒐集を始めた場合、完成までの最短時間は?」
「はい。およそ3カ月です」「そうか」
グレアムは頷いた。
「デュランダルはクロノに預けよう。戦力を集めねばならんな」
ため息が漏れる。
これは10年も前から用意してきたことだ。
だが、だからこそ、今、一人の少女を犠牲にすることにため息がこぼれた。
「お父様」「父さま」
グレアムは使い魔たちの視線に胸を張る。
「大丈夫だ」
グレアムはリーゼアリアからの資料を受け取ると、ウィンドウを開いた。
『闇の書』の永久凍結を実現するために。
それがたとえ八神はやてという少女の犠牲の上に行われようとも、罪は背負う。
とうの昔に決めたことだった。
1.
転送ゲートから出る。
俺は光が掻き消えたあとに現れた回廊に、思わず感嘆の言葉を漏らした。
「わぁ・・・」
その言葉に、先を歩くクロノ・ハラオウン執務官が振り向く。
「君でも驚くんだな」「その言い方は酷いよ、クロノくん」
俺の横で妙に上機嫌ななのはが声を上げる。
「あ、ああ・・・」
そのおかげでクロノの問いかけは中途半端に終わっていた。
さすがにそのしょんぼりとした背中が気の毒になって俺は口を開いた。
「実物を見るのは初めてだから」「そ、そうか」
勢いよく振り向いたクロノに頷く。さすがに時空管理局の正規巡航艦。転送装置といい、艦内構造といい、こうやって見渡すと巨大だ。
これが時空管理局か。
ごめん。ちょっとわくわくしてきた。
「艦長がお待ちだ。そこで事情を話してもらう」「ん」
クロノが歩きながら説明する。
「それから、そのデバイスは・・・」「そこまで信用してないから」「そうか」
俺は融合解除を促すクロノの言葉をあっさりと無視する。ここで武装を解除すると『悠里』の反応が心配だった。
やがて、クロノが両開きの扉の前に立つ。
「ここだ。艦長、連れてきました」
扉が開く。変な日本通でうわさの艦長室かと思いきや、晩餐でもするかのごとき長いテーブルの置かれた会議室だった。
「いらっしゃい、悠里さん」「お邪魔します」
テーブルの奥には緑のポニーテールの女性が座っていた。
「で、なのはさんとユーノくんには、私じきじきのお叱りタイムです」
リンディ・ハラオウン艦長はぴっと指を立てる。俺の横に立つなのはとユーノがぴしりと背筋を伸ばした。
俺はなのはたちがリンディ艦長に叱責されている間、手持ちぶさたに周囲を見回した。艦内には通信用の魔術や警戒装置が機能しているのが見える。そのうちいくつかは、武装解除しない俺を注視しているのがわかった。
「気になるのかい?」「見えすぎるのも問題」
クロノの言葉に肩をすくめる。
「このデバイスは常動型だから、警戒されてもしかたがない」「変わってる」
クロノが眉をひそめた。
「ミッドチルダにそんなタイプのデバイスは・・・」「これは
融合型デバイス。
融合型は心当たりがあるでしょ?」「君は!?」
クロノがはっと身構える。俺は気にせず、叱責を終えたリンディ艦長の方に視線を投げた。クロノもそちらに意識を向ける。
「クロノ、事件の大元について紹介を」
「はい。エイミィ、モニターに」『はいはーい』
表示されるのは一人の魔導師。プレシア・テスタロッサについての情報だった。
「僕らと同じミッドチルダの魔導師プレシア・テスタロッサ」
「フェイトちゃん、あの時、母さんて・・・」「親子、ね」
なのはがうつむきながら伝える。リンディ艦長が痛ましげに呟いた。
「その、驚いてるっていうより、怖がっているようでした」「・・・」
俺は奥歯を噛みしめる。プレシア・テスタロッサの辛い気持ちは想像できる。だが、そのはけ口に虐待をするのは、駄目だろ。
想像に身体が震える。体罰の痛みを連想するだけで、身体が恐怖に強ばる。
大丈夫。ここは大丈夫だから。
ぎゅっと右腕を身体に回して抱きしめる。
「悠里さんは何かご存じ?」
リンディ艦長の問いかけに、はっと顔を上げる。
「・・・なにについて、ですか?」
暗にいろいろとあることを明かす。でも、証拠能力がないんだよな。どこまで話すか考える俺にリンディ艦長が問いかける。
「そうですね。では、まずはプレシア・テスタロッサに関してお願いしたいのですけど」
「大魔導師プレシア・テスタロッサ。違法とされた新型魔力炉の開発を押し付けられ、失敗の責任を押し付けられた人ですね」「え?」
なのはが驚いたように俺を見る。
「そうなの?」「うん。ほかにもいろいろとね」「?」
暗になのはに言えないことがあることを伝える。
なのはを除く面々はさすがに察しがついたようだった。アリシアがいなくてフェイトがいて、プレシアがいるということ、それはすなわちそういうことなのだと思う。
「証拠は?」
リンディ艦長がさすがに険しい表情で訊ねる。俺は首を振った。そう。アニメの知識の最大の欠点。立証能力のなさだ。だから、キーワードを出して調べてもらうしかない。
「わかりました。ですが、あなたのいうことを鵜呑みにはできませんものね。
なのはさんは一度ご自宅や学校に顔を出された方がいいでしょう。一時帰宅を許可します」
なのはがユーノと顔を見合わせて笑顔を浮かべる。ああ、気づいていないな。
「それから、悠里さんの身柄はこの事件が片付くまで、アースラで保護いたします」
きっぱりと、リンディ艦長が俺の方を向いて告げる。
「え?」「やっぱり」「・・・」
さすがにユーノはわかってたか。
時空管理局が最後のジュエル・シードを確保するこの機会を逃すはずがない。
俺は頷いて同意した。
「施設の方への連絡は?」「私が説明させていただきます」「ん」
まぁ、それぐらいはやれ。
俺は不安そうな表情を浮かべて俺を見るなのはを安心させるために軽く笑いかける。
「大丈夫。この状況で協力者を減らすような真似はしないよ」「でも」
ん、この間のことを心配してくれているのかな。
「デバイスと融合してるからね。大抵のことはセイクレッドが警告してくれる。今の私の隙を突くのは現有技術では無理だから」
まただ。意識していない異常な知識が俺の言動に変更を加える。現在の自信を支える知らない背景技術が次々と引き出されてくる。
「
融合状態にある私は安全だよ。だから、彼女も出てこない」
この頭の中に溢れかえる知識。眩暈が、する。
「そう? あ、でも・・・」
ぼうっとしていた俺の手をなのはがきゅっと掴んだ。
「あっちの『悠里ちゃん』ともお話してみたいかも」
・・・。
やばぃ。俺が落とされそうだよ。
高町なのはは転送ゲートまで見送る悠里の姿をじっと見つめた。
なんか印象が違うの。
融合状態?を示す青い瞳。この世界にない何かを見つめているような、時折泳ぐ視線。淡い碧のバリア・ジャケットがとても神秘的で。
なんだか違う人みたい。
「なのはさんのお宅に寄った後、悠里さんの施設にご挨拶してきますね」
隣に立つリンディ艦長が伝える。その言葉に悠里ちゃんがこくりと頷く。
思いだす。さっき握った手と手の温もり。そして、なのはにすがって泣いた小さな背中。
とても、リンディさんが言ったような『造りものの人格』には見えない。
「皆さんに少し話しておきたかったの。
小鳥遊悠里さんのことで」
悠里ちゃんが割り当てられた部屋に落ち着くまでのしばらくの間に、リンディ艦長から告げられた言葉。
「これは、あくまでも仮定にすぎないのだけれど、ミッドチルダには精神治療の一環として、人格移植を行う場合があるの」
あくまで、治療の一環。社会に適合するためのペルソナを作る心の力が足りない人のための精神的な外科手術。
「人格移植ってなんですか?」
「違う人の性格を埋め込むの。大抵は本来の人格に負けて1年ぐらいしか持たないのだけど、社会適合した人格を介して本来の自我の回復を待つという方法なのよ。心の松葉杖ね。問題は」
リンディさんは暗いため息をついた。
「悠里さんの状態がとてもそれに似ているの。もしかすると、ジュエル・シードの制御をしている『悠里』さんの状態がそれほど深刻であるということかもしれないわ」
深刻ってなんですか?
なのはは恐ろしくて聞けなかった。知り合ってからこれまでの悠里ちゃんの様子は、どこか戸惑っているようだったけど、いつもしっかりと明日のことを考えていた。
でも、それはまるで、いつ自分が消えてもいいかのように見えて。
ぞくりとする。
記憶から今に、頭を振って意識を切り替えたなのはは、そんなことない、そう自分に言い聞かせてもう一度悠里ちゃんを見る。なのはを安心させるように、悠里ちゃんが優しく口元を綻ばせた。
「行ってくるね」「ん」
悠里ちゃんがにぎにぎと肩まで上げた右手で送ってくれる。
きっと大丈夫。
なのははそう信じて海鳴市への転送ポートに入った。
2.
なのはとフェイトの戦いが始まったのは、翌翌日の早朝だった。
ごめん。もうね。こんなに展開が早かったっけ?
昨日は人造魔導師製造計画プロジェクトFATEとプレシア・テスタロッサの一人娘アリシアの関係を調査するクロノやエイミィに付き合っていたため、ずいぶんと夜が遅かったから、まだ、頭が寝ぼけていた。
昨晩、アルフを見つけた報告があって、そろそろかな、とか考えていたんだけど、やっぱり、もうずいぶん前に見たアニメの記憶だから、細かい時期を覚えてないや。
アースラの艦橋に駆け込む。そこに映るのは、フェイトがいくつもの雷球を侍らし呪文を唱える姿だった。
『フォトン・ランサー・ファランクス・シフト』『
Photon lancer phalanx shift』
なのはの姿は、あ、バインドされてる。
『ファイア!』
蹂躙する意志を持って、雷撃がなのはに襲いかかる。もともと唱えてあった防御呪文が展開するのが見て取れた。
「うわぁ、なのはちゃん、大丈夫かな」
エイミィさんが思わず素直な感想を漏らした。俺は思わず口元を緩めてしまう。
「君は違う意見のようだな」
そんな俺の姿を見かけたのか、クロノが振り向いて問いかけた。
「なのはが勝つよ」「悠里ちゃん、自信満々だね」
エイミィさんの言葉に首を振る。違う。俺は知っているから。なのはの切り札のことを。
「そろそろ決着が付く。――来るよ?」
映像になのはが無事にいる姿が映る。ほっとして、俺は艦長席のリンディ艦長を振り向いた。
いや、アニメではあっさり決着が付いたけど、なんか魔力量とか見ると結構厳しい戦いになってるし。なのはにはもう大きな砲撃を仕掛けるだけの魔力が残っていないことを見てのエイミィさんの言葉なんだろうけど、もとより集束砲を切り札にする戦いをしていたなのはの場合、魔力の残量がほとんど残ってなくてもスターライト・ブレイカーを撃ってくるから、ここからなんだよな。
「大丈夫です。前回、あなたが警告してくれたおかげで被害は最小限に済みましたし、武装隊にも注意するよう言ってありますから」「それなら」
上方に設置された艦長席からリンディ艦長が説明してくれる。ざっと艦橋内の状態を見渡して頷く。練度の高い乗組員なのだろう。上方で行われている戦闘にも、あまり見とれている人はいない。武装隊の準備もできている。あとは位置特定と説得だけだった。
『これがわたしの全力全開!』
不吉な言葉にスクリーンを見上げる。そこにはバインドされたフェイトが絶望するようになのはの姿を見上げていた。
ああ、これが俗に言う、らめぇぇえ、そんなの、壊れちゃうぅぅっ、って奴か。
納得。
視線の先に輝く桜色の魔力球。周囲にばらまいた自分の魔力を集束して打ち出す集束砲、スターライト・ブレイカーはフェイトが言う通りそんなの反則だよな。
『スターライト・ブレイカー!』『
Starlight breaker』
輝く桜色の光の塊が撃ち出される。
バインドされたフェイトに容赦なくその塊が叩きつけられた。その迷いのない砲撃。恐ろしい戦闘種族だ。
「なんつー馬鹿魔力!」「フェイトちゃん生きてるかなぁ」
海面にまで勢いよく叩きつけられた魔力が大きな波を起こした。
「次元干渉来ます」「対魔法防御」
アースラのセンサで捉えたプレシア・テスタロッサの超次遠攻撃を逆に追跡する。事前に攻撃が来ることがわかっていれば、追跡自体は困難ではない。
「座標を」「もう割り出して送ってるよ!」
「武装局員、転送ポートより出動」「「「「「「ハッ!」」」」」」
武装局員たちがプレシア・テスタロッサの居城に転送される。管制官の指示の元、次々と『時の庭園』を駆け抜け、プレシア・テスタロッサの購入前の地図との違いがアースラに転送された。
アニメで見るとすぐにプレシアの元にたどり着いた気がするけど、そうでもないんだな。
こうして艦橋から動きを見ると、練度の高さがよくわかる。
「抵抗はないようね」
リンディ艦長がほっとしたようにスクリーンを見つめる。
「おびき寄せているだけかも」
俺は記憶を漁りながら、呟いた。
「もしくは、自分がやろうとしていることを知ってほしいのか」
プレシアの最後を思い出す。失意の中、アリシアの再生だけを願ってここで研究してきた。そして、最後の賭けに出ざるを得なくなった今、誰かにその決意を伝えることで踏み出す力にしようとしているのではないだろうか。
はっと気がつくと、リンディ艦長やクロノ、エイミィさんまでもがこちらを見つめていた。
「?」「「「なんでも」」」
首をかしげると、一斉に首を振って慌ててそれぞれの仕事に戻る。
「なに?」
「いえ。なのはさんたちも来たようね」
武装局員たちが二手に分かれて、侵入を開始する。
艦長席後方に、フェイト・テスタロッサを連れたなのはたちが現れた。
「なのは、お疲れ」「うん」
迎える俺に浮かない表情でなのはが応えた。
「お疲れさま。それから、フェイトさん、初めまして」「・・・」
リンディ艦長が立ち上がってフェイトたちを迎えた。そして、なのはたちに別室に行くよう指示を出す。スクリーン上では局員たちがプレシアのいる玉座の間にたどり着いていた。
また、第2小隊がアリシア・テスタロッサの遺体を発見する。
その時、突然、アリシアの遺体の前に転移したプレシア・テスタロッサが、事前に準備してあったであろう広域攻撃魔法を発動させた。
「いけない! 局員たちの転送を!」
攻撃に巻き込まれた局員たちを回収するようリンディ艦長が指示を出す。
「あれは・・・?」
なのはがフェイトとそっくりなアリシアの様子に驚く。
沈痛な表情でエイミィが説明する。プレシア・テスタロッサの一人娘アリシアが事故で死んでいたこと。そして、フェイトがその後のプレシアの研究で生み出された人造魔導師であることを。
俺は両腕に拘束具をつけられてうつむいて震えているフェイトを見た。プレシアの告げる言葉の弾丸のひとつひとつが幼い少女の心を穿つ。
「止めて」
暗い表情の少女をかばうようになのはが呟く。だが、プレシアの言葉は止まらない。
俺は唇を噛みしめる。
止める? プレシアの言葉を?
『あなたはもういらないわ』
目の前の少女は悄然と顔を青ざめさせる。その心の痛みを目の当たりに、俺は強く唇を噛みしめて振り返った。
『だから、どこへなりとも消えなさい! アハハ、アーッハッハッハ!』
「もう、止めてよ!」
高笑いするプレシアになのはが叫ぶ。そんな姿を楽しそうに、プレシアが最後の言葉を口にする。
『いいことを教えて上げるわ、フェイト』「言うな!」
思わず、制止の言葉が俺の喉をついて出る。
たぶん、フェイトが母親の呪縛から解放されるためには、これは必要な儀式なのかもしれない。でも、耐えられない。俺には、その言葉が発せられること自体が、耐えられなかった。
「それ以上しゃべるな!」「悠里ちゃん?」
『ふふふ、あなたを作り出してから、ずっとね。私はあなたのことが』「止めろ!」
一瞬の間合い。
『大嫌いだったのよ』
その言葉ががんと俺を撃つ。明確な嫌悪。たとえそれが俺ではなく、隣の少女に向けられたものであっても、剥き出しの悪意を受け止めるには辛かった。
カチンと金属音が小さく響いた。
それは大切に握りしめていたデバイス、バルディッシュがフェイトの手から零れ落ちた音だった。
「あ、フェイトちゃん!」「・・・」
崩れ落ちる彼女をなのはが受け止める。なのはの言葉に反応がない。俺は彼女のデバイスを拾いアルフに手渡すと、スクリーンを振り返った。
胸の奥が煮えたぎるように熱い。
無駄だとわかっている。でも、なんとか一矢報いたかった。
「プレシア・テスタロッサ、一体何をするつもり?」
地響きを上げて『時の庭園』に多くの魔力反応が発生する。リンディ艦長が問いかける。
『邪魔されたくないの』
プレシアがアリシアの遺体を宙に浮かべ歩みを進める。玉座の間に、そして、ジュエル・シードを発動させた。
『私たちは旅立つの。忘れられた都アルハザードへ』「馬鹿な」「アルハザードですって!」
「アルハザードならもうない」
俺は皮肉すら込めて告げる。
『なんですって?』
俺の言葉にプレシアが表情を不快げに歪めた。それは、今まで自分の行いを告げるだけだったプレシアから引き出せた初めての反応だった。
俺はプレシア・テスタロッサに明確に伝わるように、言葉を声に乗せた。
「アルハザードはとうの昔に質量兵器の撃ち合いで滅んだ。あなたがアルハザードにたどり着いたって、見るのは滅びた文明の残骸だけだ」
『あなたのような子供に何がわかるというの!』
プレシア・テスタロッサが俺を見て、叫んだ。
3.
怒りに過熱する心を、冷静な知性が冷ます。
俺はプレシア・テスタロッサがようやくこちらとコミュニケーションを取り始めたことに手応えを感じていた。
「プロジェクトF。人造魔導師製造計画。
あなたがアルハザードの存在を確信したのは、時空管理局から導入されたアルハザードの技術。でしょう?」『・・・』
プレシアが険しい視線で俺を見る。
「悠里さん、一体何を」「最高評議会はアルハザードの遺産を管理している。そして、後ろ暗いことを切り捨て可能な連中にやらせている」
リンディ艦長の向ける困惑した視線を無視して俺は話を進める。プレシア・テスタロッサを引き止める最後の機会だと信じていたから。
「あなたはその技術に死者蘇生の可能性を見た。でも、駄目だよ。もう、アルハザードという文明自体が存在していないんだ。だから、アルハザードにたどり着いても、アリシアを蘇生することはできないんだ」
『見てきたわけではないでしょうに』「くっ・・・」
つまらないことを聞いた。そんな表情でプレシアは俺から興味を失ったように、いや、実際に興味を失ったのだろう。ジュエル・シードを展開して見せた。
『そんな引っ掛けで私たちの旅路を邪魔しようとしても無駄だわ』「あなたはただ、自殺じゃないと言い訳をしているだけだ!」『ふっ』
「ジュエル・シードが暴走を始めました!」「庭園敷地内にAクラス魔力反応多数!」
拒絶するその姿にいらだちが募る。
なぜだ。どうして、なにもできないんだ。
「悠里ちゃん・・・」
なのはの声がかけられた。
『それよりも、自分の身を心配することね。そんなデマを言いふらす場所を考えるべきだわ』「!!」
俺ははっと顔を上げた。プレシアが俺に忠告を?
「ジュエル・シード9個発動。次元震さらに強くなります!」
「転送可能距離を維持したまま、影響の薄い宙域に移動を」「了解」「駄目です。このままだと次元断層が!」
「馬鹿なことを!」「クロノくん!」
クロノが振り向いて走り出す。
「僕、止めてくる。ゲート開いて」
クロノの手の中のカードがストレージ・デバイスに切り替わった。
「どんな魔法を使ったって、過去を取り戻すことなんてできるもんか!」
クロノの叫びが、なぜか俺の心に突き刺さった。
「悠里さんは行かないのね?」「・・・ん」
リンディ艦長の言葉に俺は小さく頷いた。
クロノに続いて駆け出していくなのはたちを見送って、俺は・・・。
「私が行くと、ジュエル・シードの共鳴を利用されてしまうかもしれないから。それに私はどうしてもアンチ・マジックに弱いから、虚数空間に干渉されると困る」
そう。現在、精神活動を魔法によって維持しているわたしは魔法を無力化する攻撃にどうしても弱くなる。特にジュエル・シードを封印している今、その共鳴現象を抑え込むには多くのリソースを振り分ける必要がある。次元干渉の機能を制御するのにアクセス端末がひとつでは本来の性能を維持しきれない。最低でも後八つジュエル・シードがあれば・・・。
俺は勝手に展開していく思考を頭を振ってかき消した。
行かない理由はいくつでも思いつく。
行きたくない理由もある。
だから、俺は。だけど、俺は。
「私も出ます。庭園内でディストーション・フィールドを展開して、次元震の進行を抑えます。
――あなたはもう少しわがままになってもいいんじゃないかしら?」
ぽんと俺の肩を軽く叩いて、リンディ艦長が転送ポートへ駆けていく。俺は言い様のない敗北感を抱いて、その背中を見送った。ぐっと拳を強く握りしめる。
何をしている、俺。
振り返ると、スクリーンに映るのはクロノやなのは、ユーノが
傀儡兵と戦っている。
目を落とす。その先には、リンディ艦長が映し出していた医務室の様子があった。そこではフェイト・テスタロッサがベッドから身を起こそうとしていた。
強いよ。
思う。力じゃない。みんな心が強いよ。
起き上がる彼女が呟いた。
『私たちのすべてはまだ始まってもいない。だから』
画面の中でフェイトが立ち上がる。伸ばした手に傷だらけのバルディッシュが起動する。
まだ、まだ、諦めていないんだ。
俺は唇を噛みしめた。
『本当の自分を始めるために』
転移魔法陣が金色に輝く。
心が痛い。その強さが眩しくて、自分の矮小さが、惨めだった。
『今までの自分を、終わらせよう』
その呟きとともに、一番傷ついていたはずの少女が戦場に向かう。
「ごめん。やっぱり、俺にはできないや」
胸に手を当て、謝る。どくんと心臓の音が強く響いた、そんな気がした。
俺は艦長席のブロックを出る。ウィンドウを開いてエイミィさんに繋げる。
『あれ、悠里ちゃん?』「私も出ます。ジュエル・シードのことなら私が一番よく知っていますから」『でも!』
「ジュエル・シードの暴走を止めます。リンディ艦長のところに転送してもらえませんか?」
俺は転送ポートに駆け込んだ。
4.
その日、その夜、世界が揺れた。
夜天の主に集いし、ヴォルケンリッターの将シグナムはその振動に不穏なものを感じて、主である八神はやての元を訪れた。
いざとなれば、主を連れて他世界に転移する心構えを持って。
「なんや、シグナムは心配性やなぁ」「はっ、しかし・・・」「大丈夫やって」
はやてはシグナムの腕に抱き抱えられると、八神家のテラスに出た。
晴れ渡った夜空には多くの星が瞬き、先ほどの不穏な揺れが、また、世界を歪める。
「これはおそらく次元震ではないかと」「うーん、シグナムがそういうならそうなんやろうけど」
はやてはシグナムの腕の中で笑う。
「なんでやろな。大丈夫。そんな気がすんねん」
はやては自信とともに空を見上げる。
「あんなぁ、シグナムはみんなのリーダーやから約束してな?」
「はい?」
「現マスター、八神はやては『闇の書』にはなんの望みもない。私がマスターでいる間は『闇の書』のことは忘れてな。みんなのお仕事はうちで一緒に仲良く暮らすこと。それだけや」
はやては大切な最初の友達の言葉を思い出す。
『具体的には四人か五人かな』
思わず笑みがこぼれた。
「約束して、な」
シグナムは柔らかな微笑みを浮かべて頷いた。
「誓います。騎士の誇りにかけて」
それは、大切な家族との絆。
はやては満面の笑みを浮かべて、思った。
悠里、一番に紹介するからな。
押さえ込んだ。そう思ったときだった。
ひときわ強烈な魔力反応とともに、活性化していたジュエル・シードが暴走を始めた。
「くっ」「あぁあ・・・」
俺はすぐに意識を集中して、オーバーロードされたジュエル・シードへの干渉を続ける。
なのはたちが無事に、この庭園を脱出するまで、次元振動を安定させ、これ以上の破壊を発生させないこと。それが俺のなすべきことだった。
俺の目の前に展開させたジュエル・シードが俺の魔力を吸収し、プレシア・テスタロッサによって形成された次元干渉の網に浸透を図る。
ジュエル・シードの本来の機能は虚数空間への干渉領域を形成し、虚数回廊を形成すること。これだけ強力な魔力を流し込まれたことでオーバーブーストされたジュエル・シードは不完全ながらも、虚数空間に対する干渉域を形成しつつある。侵入した存在は虚数と実数の鏡界面に弾かれて・・・。
「あ・・・」
俺は気づいてしまった。こんなときに、こんなことを、気がついてしまった。
ジュエル・シードに干渉していた制御が思わず甘くなる。
制御を取り戻そうと、ジュエル・シードに指示を出そうとした俺の横で、庭園を外から抑え込んでいたリンディ艦長の魔法陣が崩れた。その反動で発生した次元干渉が庭園内を揺るがし、俺たちの足元にも巨大な亀裂が走った。リンディ艦長が足を取られたところを、手を伸ばして支える。
『艦長、駄目です。庭園が崩れます。ふたりとも戻ってください。この程度の崩壊なら、次元断層は起こりませんから』
「悠里さん!」「この方法なら、いける・・・かも」
『クロノくんたちも脱出して、崩壊までもう時間がないの!』『了解した。フェイト・テスタロッサ! フェイト?』「悠里さん、しっかり!」「あ」
リンディ艦長が肩を揺らして俺を呼び戻した。
どうする。どうする?
逡巡する心とは別に、知性はジュエル・シードの制御に介入する。現在暴走中のジュエル・シードに自身の魔法陣を重ね、展開する制御系にあとは魔力を流し込むだけ。
迷う。
だが、俺の決断を待つまでもなく、冷静な知性は俺の両翼に貯蓄していた魔力を一気に制御系に流し込んでいた。
「悠里さん、一体何を!」
怒りすら込めた瞳でリンディ艦長が俺を叱咤する。次元振動が強くなり、増強された。
『うそ! 次元震深度増大 』
増幅し続ける次元震は、限界まで圧縮され、もう、いつ次元断層が発生してもおかしくなかった。
「虚数回廊を安定させます」「いったい、なにをするつもり!?」
正面に浮かぶジュエル・シードが注入された魔力に励起する。同様に活動を活発化したジュエル・シードはすでに過動作中の9つのジュエル・シードとともに、次元に高度の共鳴現象を発生させようとしていた。
虚数空間に輝きが浮かぶ。
「リンディ艦長、次元干渉を止めてください」「勝手なことは」「お願いです」
俺は叫ぶ。そこに何を見たのか、リンディ艦長はそれまで抑えていたプレシアの次元干渉魔法を解放した。ジュエル・シードによって制御されたそれが虚数空間に映り激しい光を放った。
『ぁ・・・! 母さん!』『フェイト! 危ないよ』
フェイト・テスタロッサの悲痛な叫びに俺は強く目を瞑る。
『お願い! みんな、早く戻って!』
「なにが、起きているの?」「虚数空間に対して干渉した次元のハレーション現象です。いま、その中心に虚数空間に対して干渉可能な境界が発生します」
リンディ艦長によるフィールドの抑制を失った次元震は世界を揺り動かしてより大きなうねりに広がってゆく。
『艦長、もう駄目です。次元断層が!』「違う」
中枢の境界の輝きが広がっていく。きっと、プレシア・テスタロッサとアリシアを包んで。
俺は告げた。
「この『時の庭園』の質量を使って、回廊を閉じる。退避を」
「わかりました。エイミィ、全員、『時の庭園』より撤収します」『はい!』
俺は共振状態を安定させて、これ以上の次元震の規模の拡大を防いだ。つぎつぎと、エイミィからリンディ艦長に撤収済みの人の名前が告げられる。
俺は左右の魔力炉の残存魔力量に目をやる。残りの量はそれほど多くはなかった。
『みんな、撤収したよ。残りは艦長と悠里ちゃん』『悠里ちゃん』『悠里』
リンディ艦長が俺を見る。俺は頷いた。
最後の魔力を集中して、ジュエル・シードに吸収させる。ジュエル・シードの一層の輝きを持って『時の庭園』を内部から輝く光が食い潰していく。その周囲を回る、かすかな9つの輝きが強い閃光を放ち、次の瞬間、『時の庭園』ごと一瞬にして縮小し、消滅した。
「・・・はぁ」
覚えず、大きく息を吐く。
指先は冷えきり、消費し尽くした魔力のせいで、身体に力が入らない。
「悠里さん! エイミィ、急いで転送を!」『はい!』
震える手を伸ばして俺はセイクレッドにジュエル・シードを格納する。
『
sealing...』
セイクレッドの声に俺はそれまで握りしめていた意識を手放した。
目覚めると、白い天井。
もういい加減、いいよな。あのネタ、やってもいいよな。
「知らな「悠里ちゃん! 目が覚めたんだね」・・・orz」
口を開くと、俺に気がついた高町なのはが大きな声でベッドの上の俺に抱きついた。
畜生! ちょっとだけ、言ってみたかったんだよ。
内心涙目で、俺は抱きついているなのはをそのままに身を起こす。どうやら、なのはの言葉によると、この数日、次元震の余波が収まるまでの間、眠っていたらしい。
なのははフェイトに会えなくて、しょんぼりとしていたようだったが、俺としては少しほっとしていた。
なぜなら、きっと俺は・・・。
扉が開く。姿を現したのは、リンディ艦長と、クロノ・ハラオウン執務官だった。
事後処理、ということか。
「悠里さん、目が覚めたようね」「リンディ艦長、クロノくん」
医務室にわざわざ尋ねて来てくれたようだった。
「お疲れさま。次元震の制御、ご苦労様でした」「帰路の確保、感謝している」
リンディ艦長が目配せをすると、クロノがなのはとユーノ、って淫獣いたのか、を連れて外に出る。
「それで、どうします?」「あら、せっかちね」
俺の問いかけに、リンディ艦長が口元を手で隠して微笑む。
「そうですね。ジュエル・シード20個を確保。最後の一つは引き続き現地協力者に追跡調査を依頼、ということでどうでしょう?」
「・・・嬉しい話ですね」
リンディ艦長の事実上の見逃し発言に、俺は小さくため息をついた。
「それで?」「話を聞かせてほしいの」
なのはさんのやり方ではなく。そう、リンディ艦長が笑う。
『プロジェクトF?』『ええ』
すばやく念話に切り替える。
『残念ながら、私も知ってることはあの程度、だけですよ?』『でも、信じられないわ。あの方たちがまさか』
眉を顰める。その姿に俺は思わず皮肉な笑みを浮かべずにいられなかった。
『リンディ艦長自身がおっしゃったんじゃないですか?
『私たち時空管理局は最善の手を打たなければならない。冷酷に見えるけれど、これが現実』って。
なのはには許せないことでした。艦長にとっては、どうでした?
ご老人方についても同じことではないでしょうか?』
リンディ艦長は無言で俺を見つめかえすだけだった。
5.
結局、すべてが片付くまで一月近い時間を要したわけで。
俺はアースラが帰投するまで、はやての家に近づくことはできなかった。
最終的にはリンディ艦長が折れてくれたおかげで、こうして無事施設に戻ることもできた。下手をすれば、あのまま管理局本局にお持ち帰りされていたかもしれないと思うと、ちょっとひやひやものだったんだが。
まぁ、代わりにフェイト・テスタロッサを献上しておいたので、当分はこっちに関わってくることはないだろう。
フェイトには謝った。どうして謝られるのか、フェイト自身は理解していないようだったが、いつか話せるときが来ればいい。
俺が、プレシア・テスタロッサを、虚数空間の向こうに弾き飛ばしたんだ、と。
フェイトからいつか和解できるかもしれなかった母親を奪ったのは、俺だ。
この罪は、忘れない。
でも、気づいてしまったんだ。あの時。
このやり方なら、アルハザードが存在していた時代に跳べる。
そのための、ジュエル・シードだということに、気がついてしまったんだ。
はぁ。
園長先生にはやての家に外泊する許可をもらう。
はやてのことは先生も気にかけているらしく、戻ったら内情を説明するよう言われてしまった。もうすぐはやての誕生日だし、ヴォルケンリッターが現れれば、保護者として振る舞うだろうから、それまで持たせれば大丈夫だろう。
先生、すみません。
さて、それじゃあ、翠屋によって、いくつか見繕っていくか。
「ほな、みんな。今日は気合いれていくさかいな」
はやては車椅子の上から明るく声を張り上げた。
「主はやて。どうされました?」
一瞬顔を見合わせ、ヴォルケンリッターを代表して烈火の将シグナムが問いかけた。
「妙に張り切ってんなぁ」「はやてちゃん、いいことでも?」「ふむ?」
口々に問いかける。はやては舞い上がりすぎて、自分が何の説明もしてなかったことに気がついた。
あかん。ちょっと駄目っぽい。
自分に突っ込みを入れて、顔を上げる。
そういえば、カバーストーリーって奴を用意せんとあかんかったなぁ。
半分、説明しなくてもいいような気がしたが、そこはそれ、お約束という奴を忘れたらあかん。はやてはちょっと首をかしげた。
「今日、私の友達の悠里がお泊まりなんや。それでみんなのことを家族やって紹介したいんやけどな」「まぁ、はやてちゃんのお友達ですか」
金色の髪のシャマルが手を合わせて声を上げる。
「せやさかい、みんなをなんて紹介しようか悩みどころやねん」
まぁ、悠里やったら一目で、「ん」とか頷いてスルーしそうやけどな。
悠里の仕草が目に浮かぶようで、はやては照れたように笑う。
約束やった。
真っ先に悠里に紹介するって。それが果たせる。こんな嬉しいことはない。
「今日はみんなで、せやな、鉄板焼きでもしよか。みんなで箸つつけるんがええから。シグナムとシャマルは買いだしや。ヴィータは私と家の片付け。それから、ザフィーラは男手として、いろいろと力仕事お願いな」「承知いたしました」「わかりました」「おー」「こら、ヴィータ」「わかりやがりました」「うむ」
「あはは。ヴィータはちょっと不満そうやな」
はやては手を伸ばして車椅子の横に控えるヴィータの頬をなでた。ヴィータはちょっとくすぐったそうに目を細める。
「そいつ、どんな奴なんだ?」「ヴィータ! 主のご友人だぞ」「だってよぉ、反りの合わない奴だったら嫌だし」「うーん、どうかなぁ」
はやては苦笑する。
突っ込みのヴィータと天然ボケの悠里の取り合わせは微妙に楽しそうだった。
「おもろいと思うで。おもに私が」「はやてだけかよ!」
打てば響くような反応に、はやては笑いが堪えられなかった。
「うん。きっとみんなも気に入ると思う」
はやては満面の笑顔で頷いた。
はやては壁掛け時計を睨みつけた。時刻はもう、約束の午後6時を長針で半周ほど通り過ぎていた。
「遅いなぁ」
ため息がついて出る。買い物は済んだ。ご飯も炊けてる。はやての家族たちも、テーブルに並べられた具材を前にずっと客の到来を待ち続けていた。
「悠里がこんなに時間にあわへんなんておかしい」
はやては携帯電話を片手に悩む。
「はやてちゃん、お宅に連絡して見てはいかがかしら?」「うむ。急用ということもある」
「そやなぁ」
はやては悩む。これがもし悠里の事情だとしたら、下手に電話をすると藪をつつくようなことになるんやあらへんか。
「よし」
とはいえ、いつまでも待ち続けるわけには行かない。出してもらえていないなら、あの院長先生にはやてからもお願いするべきだろう。
『ルールルールー・・・』
はやてが携帯をかけようとしたその時だった。
逆にはやての携帯が音楽を奏でた。相手は・・・石田先生?
「もしもし、八神です」『あ、はやてちゃん?』「はい。なんですやろ?」
最近は身体の調子もいいし、定期検診もまだ先の話だった。
『あの、ね』
ためらうようなその歯切れの悪さに、はやては嫌な予感を感じた。
聞きたくない。
でも、聞かなければならない。そんなアンビバレンツ。
しばしの逡巡ののち、石田先生はその言葉を告げた。
『悠里ちゃんが倒れたの。つい先ほど、病院に運ばれて・・・はやてちゃん? 聞こえてる? はやてちゃん?』
とさり、と柔らかな絨毯にはやての手の中から携帯が零れ落ちた。