0.
スクリーンに映し出されるのは、白と黒の二人の少女。
右に、左に、激しい空中戦を繰り広げている。
「ふたりとも凄いですね」「そうねぇ」
時空管理局巡航L級次元戦闘艦アースラを指揮するリンディ・ハラオウン艦長は、じっと画面を見つめている。
「あ、エイミィ。今のところもう一度、スローでお願いできるかしら」「へ? あ、はい」
オペレーターのエイミィ・リミエッタが艦長の指示にもう一度、状況を表示する。疑問に思いながら、しかし、その指は素早く状況を再生していた。
「ふーん、やっぱり」
なにかに納得したように、リンディが肯いた。
「今度はあの子たちに集束した情報も同時に流せるかしら?」「はい」
リンディがひたすら逃げ続ける少女と守るフェレット、追う赤い狼を指差す。繰り返される映像。魔力や現象に目を凝らす。
それはとても微かで、前もって注意していなければわからないほどの反応だった。超次遠距離とはいえ、アースラのセンサすら偽装する。リンディは知らず微笑みをもらした。
「欲しいわね。三人とも」「みんな、あの年齢で凄いですよね」「?」
同意するエイミィの横で、クロノ・ハラオウン執務官が首を傾げた。あの二人なら文句なしでわかるが、三人となるとあの防御に専念している彼も指しているのだろうか。確かに年齢からすると非凡だとは思うが。母親が浮かべる微笑みに悪い予感が止まらない。
「艦長。艦長の言う三人というのは・・・」「ふふふ」
リンディは微笑んで答えない。クロノは母親の見つめているものを見つけ出そうとスクリーンに目を凝らす。
防戦一方の少女が狼に追われて、前に大きく跳ねる。その瞬間、碧色の魔法陣が微かに生まれ、少女は軽々と目の前の乗用車を飛び越えた。
1.
目を覚ます。
また、見覚えのない天井だった。
だんだん定番の台詞を言いたくなってきた。
「し・・・」「むにゅむにゃ、悠里ちゃん・・・」
左側にがっしりとしがみつく感触。
うう、なんか最近外泊が多いよ。・・・なんかのフラグが立ってるんじゃ、ないよな。
こう外泊が多いのは小学三年生の生活じゃない。自重しないと。
反省する。やむをえない事情とはいえ施設の他の子供たちにも教育上よくない。
くいっと隣を見る。そこには後に管理局の白い悪魔として管理世界にその名を響かせる少女のあどけない寝顔があった。ほっぺた柔らかそうだな。
『起きたかい』「おはよう、ユーノ・スクライア」『うん』
『
Good morning, master. 』「うん。おはよう、セイクレッド」
高町なのはに抱き枕にされているため、念話で朝の挨拶を交わす。
昨夜はずいぶんと遅くまで、なのはからこれまでの説明を受けることになってしまった。おおむね、アニメの通りだったのだが。
ため息が出る。
しかし、まさか、ジュエルシードか。
胸の辺りに触れてみるが、特異な魔力の存在は感じない。
「セイクレッド、知っていたのか?」『
Yes, master. I'm sorry. 』
セイクレッドから申し訳なさそうに詫びが入る。
俺の中に、ジュエルシードがある。確かに想定してしかるべきだった。この事態を引き起こせるのは、次元震を誘発し、アルハザードへの道すら切り開く、ジュエルシードを真っ先に疑うべきだった。
そりゃ、巻き込まれるわな。
もう一度、ため息を吐く。
「つまり、俺はジュエルシードの力でここに引き寄せられたってことか」『
Perhaps. 』
考える。一人の少女のことを。この世界に、誰も助けてくれる人がいないと絶望した少女のことを。
彼女は願い、探し、俺を呼んだ。俺を呼び寄せたのはジュエルシードだとすると、もし封印されてその力を失ってしまったら、この娘はどうなる。
・・・。考えるまでもない。
世界どころか、自分にも裏切られた。
そう思うだろうな。
となると、俺はフェイトやプレシア、そして、時空管理局からも、ジュエルシードを守らにゃならん訳だ。
俺と、こいつで。
「そういえば、お前もユーリだったな」『
Sure. 』
HueX-Uri Type-09。09式と言うことは、それ以前にもバージョンがあったか、09年式か。いずれにせよ、いくつかのシリーズを持つはずだった。
「うみゅ・・・」
なのはが目をこすりながら頭を起こした。
「なのは、おはよう」
「ふみゅ、悠里ちゃん? おはよう」
寝起きの悪いなのはの姿に思わず笑みがこぼれる。挨拶はしているけど、頭が左右に揺れている。
そうだ。今のうちにお願いしておくか。
ふと、思う。この事件で俺ができるわずかばかりのこと。
「なのは、忘れていい。今だけの、お願い」「なぁにぃ?」
たぶん、まだ頭が働いていない様子のなのはが可愛くて、俺は憶えず微笑んでいた。
「ずっと私の友達でいてね」
いつまでも。そんなのただの願望だ。現実はきっと冷淡で、誰にでも平等だ。悲劇はいつでも起きる。
きっと俺たちの頭上に降りかかってくる。
「だから、お願い」
「んー」
なのはが頭の上にいっぱいのはてなを浮かべて肯く。俺は思わず吹きだしていた。
忘れてくれていい。
いつか、この子を残していったとき、なのはがこの子の友達になってくれれば、それでいい。
俺は眠そうにまぶたをこするなのはの頭を撫でながら、そう、思った。
高町士郎さんの運転する車で施設に送ってもらって、院長先生に頭を下げて外泊を謝ってから、なのはと一緒にスクールバスを待つ。
すずかやアリサにはいつもの場所で合流しよう、と、なのはがメールを打った。
ようやく秘密を共有できる友達を持てたからだろうか。なのはの表情は以前に比べて明るかった。まぁ、俺は昨日の涙を思い出して、むちゃくちゃ恥ずかしかったが。
これはいいことなのか?
俺というバッファが入ることで、すずかとアリサはなのはの心配を相談することができ、なのはは秘密を一人で抱え込まずに済む。
とはいえ、俺が新たな悩みの種になったようだが。
「だからね。悠里ちゃんにはなるべく私かユーノくんと一緒にいてほしいの」「う・・・」
なのはの言葉に悩む。
ジュエルシードのことがある以上、どう考えても、巻き込まれることは確定だった。だが、このままなのはと行動をともにしていると、確実に時空管理局に捕捉される。できればそれは避けたかった。
フェイト・テスタロッサは単独犯だが、組織を敵に回すのは辛い。
俺は二人でバスを待つ間になのはが切り出した提案に少し考え込んだ。
うん、やはり施設を盾に取ろう。
「なのはの心配はうれしい。でも、あまり遅くなるとみんなが心配するし・・・」
「う、そっか・・・」
『ユーノ・スクライア、フォローを頼む』『え、うん。なのは、なのは』
「え? ユーノくん?」
突然の念話になのはが小首を傾げた。
『いざとなったら、僕から念話で連絡ができるから、大丈夫だよ』
「え、そうなの?」『うん』「ん」
驚きの視線を頷きで受け止める。
「そっか。でも、何かあったらすぐ呼んでほしいな」「うん。頼りにしてる」
真剣に見つめる視線に罪の意識を感じながらも頷く。
「よかった」
嬉しそうに笑顔を浮かべたなのはに、俺も微笑みを浮かべた。
ごめん。俺は君の何倍も邪悪だったよ。
ちょうどやってきたスクールバスに乗り込みながら、俺はなのはの背中にそっと呟いた。
2.
「行くよ、レイジングハート! 撃ち貫いて、ディバイン」『
Buster』
「貫け、轟雷」『
Thunder smasher』
海鳴海浜公園の上空に浮かび上がったなのはが桜色の魔法陣を輝かせて砲撃を撃ち下す。そして、地上からはフェイト・テスタロッサが金色の魔法陣を輝かせて雷撃を撃ち込んだ。
「見事」
そのコンビネーションに俺は思わず感心していた。
俺は二人に気付かれないよう、公園の藪の影から見つめていた。
その日の夕方のことだったなんて覚えてねーよ。
「悠里さん?」「ユーノ・スクライア・・・」
がさりと近くの藪の中から、フェレットの姿が現れる。そのもの問いたげな視線に苦笑する。
「これは偶然。まさか、もうレイジングハートが直ってるなんて思わなかった」
そして、空を見上げる。
「?」『
Master.』「うん」
何もいないはずの空に、ユーノくんが首を傾げていた。でも、わかる。俺にはそこに探査魔法が周囲の魔力をかき乱している様が見えた。
「来る」「え?」
虚空に刻まれるのは超次遠距離からの次元転送魔法陣。時空管理局L級次元戦闘艦アースラからの転送魔法だった。
そのすぐそばで、なのはとフェイト・テスタロッサがジュエルシードをかけて、今にも激突しようとしている。
魔力がたどり着き、虚空に一人の少年の姿が現れた。執務官クロノ・ハーヴェイじゃなくて・・・、ハラオウンだっけ。年上の嫁さんをゲットするエリートだ。
「ストップだ!」
交差する両腕。右手でなのはのレイジング・ハートを、左手のストレージ・デバイスS2Uでフェイトのバルディッシュを止める。
あれって、やっぱり危険な方をデバイスで受け止めたんだろうな。
「あれは!?」
驚きの声を挙げてユーノくんが俺を見上げる。俺は静かに呟いた。
「時空管理局」「!!」
「ここでの戦闘は危険すぎる。
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンだ」
そして、クロノは威圧するようになのはとフェイトを睨む。
「詳しい事情を聞かせてもらおうか」
視線の先ではクロノにデバイスを押さえ込まれた二人が地上に降りた。
俺は周囲の感知魔法に気をつけながら、ユーノくんに声をかけた。
「ユーノくんはなのはのところに」「わかった。君は?」「私は・・・」
首を横に振る。
さすがに時空管理局に接触したくなかった。
ユーノくんはその心情を察してくれたのだろう。小さく頷くと、フェレットはなのはのもとへと駆けていく。
俺はその姿を見送って、小さくため息をついた。
あとはアースラに見つからないように・・・。
と、茜色の閃光とともに爆音が轟いた。
「セイクレッド!」『
All right, master.』
胸元から右腕を一閃。うなりを上げて碧色に輝く杖が生み出された。
視線の先では、クロノが攻撃を防御した隙に空に飛び出したフェイト・テスタロッサがジュエルシードに向けて手を伸ばし。
「やばい!」
そんなフェイトに向けてクロノのストレージ・デバイス S2U から青白い光が突き立とうとしていた。
『
Shield Projection. 』
碧色の輝きが危ういところでフェイトの前に盾を形成する。青白い閃光を遮り、2撃・3撃と受け止め、爆発する。その飛散する魔力の煽りを受けてフェイトはジュエルシールドを手に取ることなく弾き飛ばされた。
「誰だ!」「しまった・・・」
クロノがこちらを振り向いた。勘の鋭い奴。俺は舌打ちする。
「フェイト!」「ちっ」
フェイトを助けたアルフにクロノの杖が向けられる。
『
Stock casting』『
Ray Assault』『
Ray Assault』『
Ray Assault』
セイクレッドが牽制用の射撃魔法を積み上げ、宙に浮かぶ3つの碧色の魔法陣をクロノに向ける。
「駄目!」
なのはがクロノの射線上に手を広げて飛び出した。
「えッ」「ん!」『
Shield Projection. 』
反射的に切り替えた呪文でなのはの前にシールドを形成する。
「止めて! 撃たないで!」
「逃げるよ、フェイト。しっかり掴まって」
フェイトを乗せたアルフがその隙に逃げ出す。
「あ・・・」「・・・」
なのはの視線が飛び去るフェイトの背を追う。追跡を試みるクロノが浮かび上がった。
俺はそれを確認もせず、背を向けて脱兎のごとく逃げ出す。
「アースラの追跡は?」『
Jamming...』
追いかけてくる視線の気配から逃れるために、俺はただひたすら藪の中を駆け抜けた。
「アースラのセンサが妨害されています」
「捜索者の追跡、できません!」
アースラの艦橋ではいきなりの探知妨害に驚きの声が上がっていた。
「慌てないで。エイミィ、クロノとの通信は?」「大丈夫です」「そう。通信帯域を分けて、アースラにセンシング情報を流してくれるよう伝えて」
「了解です」
リンディ・ハラオウンは最悪の事態でないことに内心ほっとしながら、指示を出した。相手が組織的な犯罪集団であれば、反撃の前兆かもしれなかったからだ。
だが、こちらからの探査を知りながら、通信妨害をしないなどあり得ない。となると、反撃というわけでなく面が割れるのを避ける目的なのだろう。
「センサ回復。ジャミング停止しました」
「そう。クロノ執務官、状況はどう?」「済みません。もう一方には逃げられました」
リンディは少し考える。いくら次元をまたぐ超次遠距離とはいえ艦船の探査機器を妨害する出力を持つ相手は厄介だが、特に連携している様子もない。
第一、今回の目的は次元震の調査とそれを引き起こすロストロギアの回収だ。
リンディはぽんと両の掌を打ち合わせた。
「ま、良しとしましょう。事情もいろいろ聞けそうだしね」
リンディの視線はスクリーンに映る少女に向けられた。
3.
さてと、どうしたらいいものか。
俺は施設に帰ると、院長先生に帰りが遅くなったことを怒られた。ただでさえ最近外泊が多い。実際、院長先生も俺を怒ることよりも、ルールを守ることを他の子たちに教え諭すために見逃せない、と言ったところだろう。そして。
「おねえちゃん、大丈夫?」「うん。平気」
他の子供たちも罰の家事仕事をしている俺に同情的だ。さすがだと思う。
子供たちの洗濯物にアイロンをかけながら、考える。
今ごろ、なのはたちはあの甘党の艦長に状況を説明しているころだろう。問題なのは、なのはたちがどこまで話すか、か。
いや、それは問題じゃない。アースラが本気で探せば、俺がジュエルシードを持っていることはすぐわかる。時間の問題でしかない。問題なのは時空管理局が活動中のジュエルシードをどう扱うのか。
この場合は、どちらかと言えば、全部吐いてもらった方がいい。ただ、俺がどこまで知っているかは、ばらさないで欲しいものだが。
しばらくは、はやてのとこに遊びには行けないな。万が一にも、見つかってしまったら困る。監視を前提とした動きを考えないと。
電話しておくか。
俺は最後の一山を抱えると、院長先生を探した。
翌日、なのはは学校でアリサやすずかと何かを話し合っていた。察するところ、明日からなのはが学校に来れないという件についてだろう。つまり、管理局と何らかの話し合いができたということになる。
おや?
ふたりと話し終わったなのはがこちらに振り向いた。困ったような表情で、声を出す。
「悠里ちゃん、いいかな? 今日の帰り、少しお話があるの」「ん。いいよ」
俺は頷く。まずはなのはとユーノ・スクライアをバッファに仕掛けてくるのか。俺は雲の浮かぶ青い空を見上げた。
なんで小学校にはゴールデン・ウィークがないんだろうな。
スクールバスを降り、なのはと一緒に歩く帰り道。なんとなく無言で、海鳴臨海公園に向かう。
「悠里ちゃん」「ん?」
なのはの声に顔を上げる。
見上げる視線の先、臨海公園の一角の海の見える場所に、長い髪をポニーテールにまとめたすごい美人の女性の姿があった。
「小鳥遊悠里さん、かしら。お呼びたてしてごめんなさいね」
かけられた言葉にどきりとした。
少し緑がかった髪の色。額には4つの徴が。
まさか。まさか、まさか、まさか。
「なのはさんから話をうかがっています。あなたとお話ししたいの」
リンディ・ハラオウン艦長か。
胸元に自然と右手がかかる。てっきり事前にアースラからの介入があるとばかり思っていた。まさか、艦長が一人で直接現れるとは。
だが、相手はオーバーS級魔導師だ。油断は禁物だった。
「ふふふ、そんなに警戒しないで。私は時空管理局L級次元戦闘艦艦長、リンディ・ハラオウン」「小鳥遊悠里です」
ぺこりと頭を下げる。礼儀をもって接してくる以上、あまりこちらを刺激したくないということだろう。
「少し、歩きましょうか」「・・・」「悠里ちゃん・・・」
リンディ艦長が歩き出す。心配そうななのはに小さく頷いて、俺は一度だけ周囲を見回した。
宙に浮かぶ超次遠魔法。おそらくは、こちらの動向を監視するのと、いざというとき、人員を投入するためのものだろう。
俺はもう一度、なのはを安心させるために軽く笑みを浮かべると、後に続いた。
4.
魔法技術の塊ともいえる艦内を、高町なのはとユーノ・スクライアはクロノ・ハラオウン執務官の案内の元、進んでいた。
途中、ユーノ・スクライアがフェレットから人間に戻り、なのはが大騒ぎしたりもしたが、艦長私室についたころにはすっかり打ち解けていた。
「艦長、お連れいたしました」「どうぞ」
なのはは通された部屋の和風ぶりに目を丸くする。そして、自分の抹茶に一匙、二匙と次々に砂糖を放り込むリンディ・ハラオウン艦長の甘党ぶりに耳から砂糖がたれてきそうな感じがして、身震いした。
「では、ただ今をもって時空管理局が本件ジュエルシードの捜索を引き継ぎます。ご苦労様。あなたたちはそれぞれの世界にお帰りなさい」
「え・・・?」「そんな!」
ユーノくんが畳を手で叩いて声を上げる。
「これは君たちのためなんだ。これ以上、民間人に危険な真似をさせるわけには行かない」「まぁ、いきなり言われても、気持ちの整理がつかないでしょう。一晩、ゆっくり考えてほしいの」
なのはは思わずユーノくんと顔を見合わせる。
しかし、なのはには譲れないものがあった。それは、とても大切な誓いだった。
「でも、私はどうしても」「駄目だ! ロストロギアは子供のおもちゃじゃないんだ」「どうしても」「絶対にだ。次元震を起こすような代物なんだ。危険すぎる」「だからこそ、逃げたりできないの!」
なのはは自分の言葉を否定するクロノくんと睨み合う。
退けない。ここで退いたら、守れなくなるの。
リンディ艦長は興味深そうに二人の様子を眺めていたが、突然笑みをこぼした。
「ふふふ。あら、ごめんなさい。あなたたちがそれほど強く言う以上、何か事情があるようね?」
リンディ艦長がもう一匙、砂糖を抹茶に入れてかき混ぜる。なのはは思わず両の手で頬を押さえた。
「うう、歯に染みそうなの」「?」
ユーノくんがどうしようという視線で問いかけてくる。なのはは一瞬だけ迷ったが、すぐに問いかけた。
「もし、ですけど、ジュエルシードが誰かの命を支えているとしたら。それでも、封印するんですか?」
重い問いかけに、リンディ艦長とクロノくんが目を見交わす。
「・・・」「そう、ね・・・。難しい問題だわ」
なのははしゅんと肩を落とす。
「あ、いや。それは」「なのはさん、もしかしたら、私たちの技術で何とかできることかもしれません。だから、もう少し詳しくお話を聞かせてもらえないかしら?」
リンディ艦長が魔法による治療を提案する。
なのはは少し思案すると頷いた。
「はい。私のお友達の・・・」
「気になるかしら?」「別に」
リンディ艦長が俺の視線を追って問いかけた。
くすくすと手で口元を隠し、微笑む。俺は別に騙し合いをするつもりはない。向こうがかけてきたかまに、あっさりと乗った。
「ふふふ、ごめんなさい。そうね。ジュエルシードの力と適切な助言者がいれば、アースラのセンシングにジャミングをかけるぐらいはできるわね」
そう言って、おかしそうに震える体を必死に止める。そして、俺の胸元の、セイクレッドに視線を落とした。
「その子があなたのデバイスね。お名前は?」「にゃっ!?」
リンディ艦長の問いかけに、少し離れてこちらを見守っていたなのはが声を上げる。
「セイクレッド・ワード」「悠里ちゃん、私、悠里ちゃんも魔法使いだなんて聞いてないよ」「うん。ごめん」
俺はなのはの拗ねた声に謝る。
えっと、尻に敷かれてるのか、俺。
頬を膨らませるなのはを遠目に、俺はリンディ艦長の動きを意識する。たぶん、今ごろアースラでは、クロノ・ハラオウンが機を見ているのではないか。
リンディ艦長が横に首を振った。
「今日は貴方とお話に来たの。そんなに警戒しないでと言っても無理かしら」「別に。私も戦うつもりはないもの」「そう。よかったわ」
ほっとしたように豊かな胸に手をあてる。む、なんというおっぱい。
「あなたの身体を少し調べさせてほしいの。そうしたら、あなたを助ける方法が見つかるかもしれないわ」
俺はちょっと考えて頷く。確かに、それは俺としても願ってもないことだ。現状の自分がどうなっているのか、知っておきたかった。
俺は口を開く。そして、そのことを伝えようと・・・。
「わかっ――嫌!」「!!」「悠里ちゃん!?」
なんだ? 今のはなんだ!?
胸の奥から湧き出てくる強烈なまでの拒絶。
圧倒的なまでの情感に自意識がめまいする。揺れ動く激しい激流に俺の意識は酩酊しているようだった。
「あなたたちなんて信じない」「小鳥遊さん?」「・・・」
激情を吐露するように、次々と口をついて言葉が吐き出される。
まて、誰だ。この言葉を語るのは、まさか・・・。
「悠里はわたしのもの! あなたたちなんかに渡さない!」「悠里ちゃん、なの?」
俺は一体何を言っている?
「なのはさん、下がって。悠里さん、落ち着いて。私たちは貴方から何も奪ったりしません」「嘘!」
激しい激白が、喉をつく。
これは、悠里・・・なのか?
揺れ動く激しい感情に圧倒される。この情動の前には、俺なんかまるで荒れ狂う嵐に舞い散る木の葉のようなものだ。
「信じられない。誰も信じない! みんないらない。
わたしには悠里以外何もいらない!」
意識が、落ちる。駄目だ。このままじゃ、俺が・・・消える。
『
Wait!! My master, please be calm!』
ち、く、しょ、う。い、し、き、が、もう・・・。
「悠里ちゃん、駄目!!」「なのはさん、危険よ! 下がって!」
呑み、こまれ、る。くっ。
意識を失う直前、俺は碧色の輝きに包まれた気がした。
5.
高町なのはがレイジングハートを起動しようかと迷っている間に、小鳥遊悠里の胸元のデバイス、セイクレッド・ワードから悠里の身体に碧色の魔力に輝く魔法陣がまるで彼女の身体を拘束するかのように幾重にも巻きつき身体の中に沈んでいった。
「悠里ちゃん!」『
She is all right. I suppress her existence.』「・・・」
崩れ落ちそうになる悠里になのはが駆け寄る。支える身体はとても軽くて、先ほどまでの彼女とは全然印象が違っていた。
「悠里さんは大丈夫かしら?」
なにやら考えていたリンディ艦長が確認するように問いかけた。そっと、なのはと一緒に、悠里を公園のベンチに横たえる。
『
Yes.』「そう。・・・悠里さんの自宅はわかるかしら。そちらまで運びましょう」
セイクレッドの答えに、リンディ艦長が両手を合わせた。
「あ、はい。じゃ、お父さんに頼んで車出してもらいますね」「お願いできるかしら?」「はい」
なのはが翠屋に電話をかけている間にリンディはアースラに念話を送った。
「状況は見えたかしら?」『はい、艦長。小鳥遊悠里から異常な次元干渉が発生していたことをエイミィが確認しました』「そう。とりあえず、悠里さんは要監視対象とします。下手に刺激できないわ」『同感です』
リンディは厳しい視線を向ける。それに反応するかのように悠里のデバイスが微かな光を放った。
「あなた、さきほど自分の主人に魔法をかけたわね? 主人の意に反する魔法を」『
What's matter?』
それはインテリジェント・デバイスにあるまじき振舞いだった。リンディは眉を顰める。
「あなたと、悠里さん。一体どちらが主人なのかしら?」
『・・・』
セイクレッドは答えない。
リンディはもしかしたらジュエルシードよりもこのデバイスの方が注意する必要があるのではないかと疑いを深めていた。
「いいでしょう。ジュエルシードの暴走は貴方も望むところではない。そういうことね」『
Yes, of course.』
リンディは頷く。とりあえずは、これで。
なのはが呼んだ車が到着するまで、リンディは悠里のデバイスから目が離せなかった。
俺が目を覚ましたのは、夜遅く、施設の自分のベッドの中だった。
一緒の部屋で眠る妹たちを起こさないように、静かにベッドを降りる。枕元のダッシュボードに置いてある碧色の輝きを放つ宝石を手に取る。
暗い、でも、もう慣れてしまった廊下を歩き、パジャマ姿のまま外に出た。
「セイクレッド」『
Hi, Master. Are you all right? 』「ああ」
セイクレッドがすぐに応える。
俺は空を見上げた。暗い闇の中、輝く満天の星は美しく、でも、凍えるような冷たさを宿らせていた。
「俺は・・・誰だ?」『・・・』
問いかける。セイクレッドは目を瞬かせるように、碧の光を宿し、応えない。
俺はもう一度問いかけた。
「俺は本当に、小鳥遊悠里なのか? 本当に・・・」
ここにいるのか?
その言葉は口にすれば、何か、決定的に失ってしまいそうで。
俺はその言葉を問いかけることができず、呆然とセイクレッドを握り締めたまま、星空を見つめていた。