0.
私が初めてあの娘に出会ったのは、あの海鳴のビル街だった。
私はジュエル・シードを探していた。
この世界に落ちたロストロギア。願望を叶えるための奇跡の宝石。
お母さんの願いを叶えるために必要なもの。
私にとって大切なのは、それだけだ。
それが私の全てだった。
だから、探した。
そして、見つけた。
ジュエル・シード、シリアルXII。
「渡して、ジュエル・シード」「!!」
肩までに切り整えられた烏の濡れ羽色の髪を揺らして、彼女が振りかえる。
「フェイト・テスタロッサ!?」「フェイト!」
なにも理解していない、驚きの表情。でも、今、この娘は私の名前を呼んだ。アルフが警告を発する。
この娘、私のことを知っている?
「あなたがジュエル・シードを持っていることはわかってる。手荒な真似はしたくない。だから、渡して」「?」
彼女が首を傾げて胸元に手を当てる。後ずさるその機先を制するようにアルフが回り込んだ。
「なんで、フェイトのことを知ってるのかも、教えてもらいたいものだね」「くっ」
彼女が顎を噛みしめる。そして、私を正面から見つめ返した。
「あなたのことなら、少し知っている。あなたが頑張っていることも、あなたのお母さん、プレシア・テスタロッサのことも。
だから、渡せない。
たとえ、私がジュエル・シードを持っていたとしても、あなたには渡せない!」
「なに、わかった口叩いてるんだよ!」「アルフ!」
かっとなって掴みかかろうとしたアルフを私は制する。この娘はお母さんのことを知っている。まさか・・・。
「あなたは管理局?」「違う」
ふるふると首を振る。その仕草をちょっと愛らしいと感じてしまう。気をつけなきゃ。
「これが最後。渡して、ジュエル・シード」
「駄目。だって、ジュエル・シードをあなたに渡しても、あなたが幸せになれないから!」「こいつ!!」
彼女の言葉にかっとなったアルフが飛びかかる。
いけない。
制止しようとした直後、私は良く知る魔力を感じた。
桜色を帯びた魔力弾が3発、空から降り注ぐ。
「悠里ちゃんから離れて!」「!!」『
Round shield』
バルディッシュがとっさにシールド呪文を唱える。アルフも腕を盾にあの子の魔法を防いでいた。
「・・・」「あ、待てッ!」
その瞬間、彼女が異様な速度でアルフのそばを駆け抜けた。
「嘘!」
隙を突かれたとはいえ、アルフが抜かれた?
「悠里ちゃん! 大丈夫?」「なのは!」
ふわりと、空から舞い降りる。
あの白いバリア・ジャケットの女の子。
彼女はあの子のもとに駆け寄った。
「ユーノくん」「任せて」
少女の使い魔が彼女を自分のバリアの中に収めると、なのははきっと私をまっすぐに見つめてきた。
「駄目だよ!」
あの子が杖を私に突きつける。そこにはいつもの戸惑いの表情はない。
あるのは決意。絶対に譲らないという意思だった。
「お願い、退いて」
用心深く、アルフを牽制しながら、あの子が語りかけてくる。
「私の持っているジュエル・シードと交換でもいい。だから、お願い。悠里ちゃんには手を出さないで!」
私にはわからなかった。あの子がどうしてそこまで必死なのか。
「駄目」
私は首を振る。
そう。ジュエル・シードは全部お母さんのとこに持っていくんだから。
「その子が大切なら、ジュエル・シードを渡して」
私は最後通牒を突きつける。でも、あの子は首を横に振った。
「悠里ちゃんは、悠里ちゃんの夢は、私が守るんだから!」
「ジュエル・シードは渡さない」
私とあの子のフィールドがぶつかる。
私たちは同時に空に飛ぶ。
その時、バリアの向こうの彼女と目があった。そんな気がした。
1.
さて、どうしてくれようか。
月村家の迎えの車が養護施設の前に止まる。
「ねぇねぇ、おねぇちゃん。凄い車が来たよ!」「悠里お姉ちゃん、お客さまー!」「「「おきゃくさまー!!」」」
優雅に降り立ったのは時代を無視したメイド・ロボ。ノエル・K・エーアリヒカイト。夜の一族の超技術の化身。
つまり、もはや逃亡は不可能なわけで・・・。
この月村家でのお茶会にお誘いを受けてしまった俺は、いったいどうやって現状のフラグを自然に叩き折ればいいのか悩んでいた。
たしか、このお茶会で魔王ご夫婦のお見合いが発生するんじゃなかったか。
手元にはお茶会用のお菓子。さすがにお誘いを受けて、手土産なしじゃ格好がつかないということで、施設の子供たち総出で作ったクッキーだ。味見をしたけど、旨いよ。さすがに万能メイドにはかなわないだろうけど。
正直、これから行く先が戦場になるとわかっていて、出かける勇気はない。
「お姉ちゃん、駄目だよ。お客さまを待たせたら」
「いや、まぁ、そうだけど、この格好じゃなきゃ駄目?」「「「「「だめ!」」」」」「はぁ・・・」
俺は自分の格好を見下ろす。
薄手のノースリーブに淡い緑のスカート。飾り気がない胸元には、バストもないけどさ、銀の鎖をまとったセイクレッドの奴がちゃっかりアクセサリの振りをしてやがる。
なんの羞恥プレーだよ!
「いいよ。やっぱり。ジーンズとシャツで」「駄目でーす」「お邪魔します」「あれがお姉ちゃんです。錯乱してて邪魔なので、持ってってください」「それでは失礼します」
くそぉ、周りは敵だらけだ。
なにが悲しゅうて鏡を見て「これが僕!?」なんて言わなきゃならんのDA。俺は僕っ子じゃねえぞ。
うがぁああああ・・・。
「悠里さま、月村家に到着いたしました」
「・・・」
って、もう着いてるしぃ!!
大きいなぁ。
中庭に案内されながら、思わず廊下を見渡す。
いや、この日本で廊下を見渡す規模の家って、なによ。
こういうのをお屋敷って言うんだと、感心する。
「アリサ・バニングスさま、高町なのはさまはすでにお着きです」
電波を受信したのか、ノエルさんが振りかえり教えてくれる。できれば、もう、猫騒ぎが終わっていてくれ。
切実に願う。
「こちらです」「うん」
ノエルさんが中庭のテラスを指し示す。
そこには、日差しの中に輝いた笑顔を見せる3人の少女たちと、その指先に弄ばれる哀れな淫獣、ユーノ・スクライアの姿があった。
「きゃあ、なのは。私にも抱かせて!」「う、うん・・・」
「こんにちは。すずか、アリサ、なのは。おまけのユーノくん」
茶色い毛のフェレットを右に、左に。哀れなくらいに振りまわされている獣をちらりと一瞥して、俺は盛り上がる一同に声を掛けた。
その言葉に三人がばっと振りかえる。うぉ、ちょっとすごい迫力だよ。淫獣、ごめん。少しお前の気持ちがわかった気がした。
「悠里さん、いらっしゃい」「遅かったわね」「もう、アリサちゃん。こんにちは、悠里ちゃん」
「うん」
それぞれ特徴的な笑みで歓迎してくれる。うんうん。嬉しいねぇ。
俺は手に持っていたクッキーの包みを、月村すずかに手渡した。
「ご招待ありがとう。これ、家のみんなで焼いたクッキー。翠屋のものほどじゃないけど、味はそこそこだと思うから。みんなで食べて」「わざわざ、ありがとう」「ん」
受け取ったすずかがファリン・K・エーアリヒカイト、ノエルさんの妹というか、次世代型とも言うべきか、薄紫にも見えるセミロングの可愛らしいメイドさんだ、に渡す。ファリンさんは一礼をして受け取ると、包みを手に下がる。
「あんたも勇気あるわね。クッキーを持ってくるなんて」
「他にお返しできるようなもの、思いつかなかったし」
アリサがぼそりと告げる。俺は肯いた。
「あ、アリサちゃん」「アリサちゃん」「あ・・・」
なのはとすずかが止める。アリサも思わず口元を隠す。俺は気にしていないことを示すためにかぶりを振った。
「翠屋のお菓子は美味しい。それはみんなで食べればいいし。すずかの家のお菓子も美味しいだろうけど、それはいつでも食べることができるだろうから、まぁ、比較されると切ないけど、適当に摘まんでくれればいい」
ファリンさんが皿に分けたクッキーをテーブルに置いた。
「そこそこ形が整ったものを持ってきたから。味見した分には、食べられないわけじゃない」
肩をすくめて、一つ摘まむ。うん。まぁ、そこそこ。
「ふーん、悠里が作ったの?」「ううん。手伝いはしたけど、妹たちに駄目出しされた」
「ふーん」
肩を落とす。味が雑だって、言われたんだよ。否定はせんが。男の料理だからな。
そんな俺を横にアリサがひょいと口にクッキーを一つ運ぶ。
「まぁまぁね」「そう?」「あ、わたしも頂くね」「頂きます」
腕を組んで評価するアリサ。それを見て、なのはやすずかも手を伸ばした。
薫る紅茶を口に含み、その味わいを楽しむ。
「いい紅茶」
とても、俺にゃ買えん。
「悠里ちゃん家ってうちみたいに大家族なの?」「なのはちゃん・・・」「?」
ひとつ味わいながら、なのはが聞く。それをすずかが袖を引っ張った。迎えに来てもらった住所から、すずかはうちのことを知ってるんだろう。気にしなくてもいいのに。
「うん。私、施設だし」「?」「・・・」「・・・」
なのはが意味がわからないという表情で首を傾げた。アリサが逆に苦い表情をする。素直なもんだ。
「孤児院のことだよ」「あ・・・」
悪いことを。そんな表情をするなのはに俺はひらひら手を振る。気にしてないんだって、ほんとに。
だって、俺、もとは大学生ですよ。親から自活できてるわけじゃないけど、そんなことでひねるような歳じゃないんで。
「今の家族は明るくて、気楽だから。だから、気にしなくていい。
身軽だよ」
笑う。
あまり、意識されても面倒なんだよね。
三人の少女たちはちょっと互いの顔を見合わせた。
「それでは、このクッキーを焼いた妹というのは?」
「うん、可愛い子だよ。みんな」
すずかの言葉に笑顔で肯く。
「騒がしいけどみんながいて、笑える毎日。幸せだよ、私」
うむ。疑う余地はないと思うんだ。
ちょっと暗くなってしまった雰囲気を我関せずと紅茶を呑む。
美味しい。
「ユーノくん?」
そのとき、ひょいとユーノくんが身を起こして駆けだした。なのはが慌てて追いかける。
・・・無理だったか。
「ちょっと探してくるね」
「大丈夫?」「うん、大丈夫だから」
立ちあがって問いかけたすずかになのはが首を振った。
「でも・・・」「ユーノくんは賢いから大丈夫」「人手があったほうが?」「逆に逃げちゃうかも」
まだ、手伝おうとするすずかとアリサを先ほどまでの所行を思い起こさせて止める。そして、なのはを視線で促した。
「うん」
なのはが大きく肯く。
「もう!」「大丈夫かしら」「大丈夫」
まだ手伝いたそうな二人に念を押す。
「待ってあげるのも、友達だよ」
「わかってるわよ、そんなこと!」「もう、アリサちゃん」
声をあらげるアリサの言葉を紅茶を呑んでスルーする。
『
Master, warding magick has been casted.』「ん」
今ごろは、猫さん相手に頑張っているところか。
セイクレッドに様子を聞こうとして、止める。相手はフェイト・テスタロッサ。大魔導師プレシア・テスタロッサに正規の訓練をねじこまれた、実際に鍛えたのはリニスだっけ、魔導師だ。変に干渉してばれたらやっかいなことになる。
まぁ、これ以上、なのはに関わらなきゃいいか。
あっさりと見捨てる。
いやだよ。将来の A's 二人のガチ・バトルに関わるなんてさ。死んじゃうよ。
俺はせめてもの応援ということで、不機嫌になるアリサの相手をすずかと二人ですることに決めた。
なのは、頑張ってな。
2.
『なのは、落ち着いて聞いてほしい』
お茶会の帰り道のことだった。
ずっと黙りこくっていたユーノくんが私、高町なのはに話しかけてきた。
「なに?」「・・・」
ユーノ君がつかの間躊躇いを見せる。そんなユーノくんの姿に私は不安を憶えた。
『あの子は、
小鳥遊悠里はジュエル・シードに取り憑かれてる』
私はぎゅっと拳を握りしめた。
「・・・そんなの嘘だよ」
拳を強く握りしめる。
聞きたくない。心の奥はユーノ君の言葉を認めてる。でも、だから、そんなの、認めたくなかった。
『嘘じゃない。なのはにだってわかるはずだよ。あの子からジュエル・シードの反応があることを感じているはずだ』
「そんなの知らない。感じてなんかないっ!」
私は強く否定する。思いだしたのはあの宝石を大切な人にプレゼントした少年の姿。
あの時、私はあれがジュエル・シードだとわかってた。そして、発動したジュエル・シードは街を壊してしまった。
私はまた、同じ過ちを繰り返すのか。
「だって、変だよ。ジュエル・シードに取り憑かれた人たちはみんな自分の強い願いに暴走したよ。でも、悠里ちゃんは暴走していない。だから、だから、悠里ちゃんはジュエル・シードに取り憑かれてなんかない!」
そうだ。
悠里ちゃんは明るく強い。そんな悠里ちゃんがジュエル・シードになにかを望む必要なんてない。だから!
そんな私をユーノくんは悲しげに見上げた。
『今のあの子が、あの子の願いが正しく果たされた姿だとしたら?』「・・・」
すずかちゃんの家での猫さんの姿が思い浮かぶ。あの猫さんはジュエル・シードに取り憑かれていても、大きさはともかく、暴走したりしなかった。
でも・・・。
『あの子の中でジュエル・シードが安定してる。なのはだってわかっているはず。さっきの話であの子が強い願いを抱いても不思議じゃない・・・』
それでも!
「違う! 絶対に違うよ!
だって、だって、そんなの、そんなの哀しすぎるよ。悠里ちゃんの願いが、すべてを忘れて静かに暮らしたいだなんて、そんなの嘘だよ!」『なのは・・・』
「悠里ちゃんはもっと幸せになるべきなの。幸せを願うべきなの。こんなの変だよ。絶対におかしいよ・・・」
そうだ。こんなのおかしい。絶対におかしい。
私はもう一度、強く拳を握る。
「決めた。私、お話する! 悠里ちゃんからジュエル・シードのこと聞きだす」
心を決める。そう。繰り返しちゃいけない。わかっていて、目を瞑っていたら、また街が壊れちゃう。
私は胸元の赤い宝石を見つめて、強く肯いた。
最近、なのはの様子がおかしい。
アリサやすずかから相談を受けたりしたんだが、話せないことは誰にだってあるから、今は待ってあげよう、なんてごまかしたんだけど、あえて俺も言おう。
なのはの様子がおかしい。主に俺に対して。
いや、だってさ。
「悠里ちゃん、どこいくの?」「ん。お手洗い」「じゃ、私も」
妙に付きまとってくるんだが。
俺はちらりとすずかたちのほうに視線を向ける。視界の中で二人が小さく肯く。俺も頷いて答えるとなのはと一緒に教室を出た。
今はなのはの好きにさせたほうがいい。
事情を知っている俺としてはすずかとアリサの気の使いようが痛いほどわかる。こうしてみると、将来起きる『あの事件』の兆候はすでにあった。
なのはは周りの心配に頑張ってしまう。そう言う意味では、むしろなのはに必要なのはストッパーなのではないか。遮ってでも、押えつけてでも、なのはに休みを取らせる人物が必要なんじゃないかと思う。
一緒に歩く視線に、時折、殺気のようなものを感じて居心地悪いんだが、今はこうしてなのはを楽にさせてあげられるなら、それでいいかと思った。
3.
ふう、いい仕事したぜ。
俺は全国的な連休に温泉に行こうというお誘いを無事に断ることに成功した。ま、なのはが妙に一緒に行こうと勧めてきたんだが、巻き込まれたくありません。
はやてのほうも定期的な調整が必要だし、さすがにひょこひょこ出歩いてちゃ、院長先生や他の子たちに申し訳がない。
申し訳なさそうに、その辺りを匂わせて。
ごめんなさい orz
こっちのほうが罪悪感を憶えるくらいに、許してもらいました。お土産まで約束してもらって。
あとは、淫獣、いい仕事しろよ。
あんな美人、美少女のヌードを拝めるんだ。役得だろ。
あ、そういえば、警告するの忘れてた。まぁ、いいか。
連休を利用して、八神はやてを施設にご招待。
保護者がいないということでそのまま一緒にお泊りですよ。院長先生がどうもはやての親権者の放置っぷりに眉を顰めていたのに、なにかのフラグを立てたか、と危機感を憶えた。
ネグレクト=監護放棄も良く考えると児童保護の対象なんだよな。
この場合、はやての保護者であるギル・グレアム提督に院長先生か、児童福祉相談所から問い合わせが行くのは避けられない。その場合、提督がどのような手を打ってくるか。はやての誕生日以降であれば、ヴォルケンリッターが現れて、その手の心配からはやてを守ってくれるはずなんだが。
「なんや、悠里。悩み事か?」「うん」
翌日、はやてを家まで送って、ゆっくりとソファに座って、コーヒーを呑みながら、肯く。
そうだ。ちょうどいい。名前だけでも今のうちに知らせておくか。
「なのはって友達が小学校でできたんだけど、最近、夜遅くまで頑張ってて、疲れ気味。でも、私やすずか、アリサには言えないことらしくて、ずいぶん無理してるんだけど、大丈夫って一人で抱え込んじゃうの。
私は事情を知っているから、どうしようかなって、ね」
「どないしたら、やなくて、どないしよう、かぁ」
俺の言葉にはやてが腕を組んでうんうん肯く。
「悠里はポジティブやな」「そお?」
俺は首を傾げた。
「どうしたい、が決まれば、どうすればいいのかも決まるよ。でも、この場合の問題は、私が関わらなくてもうまくいくってことかな」「へぇ。悠里に太鼓判押されるなんて、いい子なんやな」「うん。いい子たちだよ」
ちょっと意地悪な笑いを浮かべるはやてに、真面目な表情で肯く。
「今度、はやてに紹介する。きっと仲良くなれる」「そか?」「ん。はやてもいい子だから」「・・・」
俺の言葉にはやてが照れて頬を染めた。
よし。なのはの件が終わったら、みんなを家に招くか。子供たちに手伝ってもらえば、いろいろと気晴らしになるだろう。
「じゃ、私、そろそろお暇するね」「え、もう、帰ってまうんか?」「遅くなると、ね」「・・・」
う、はやて、寂しそうな顔しても駄目だぞ。
がっくりと肩を落とすはやてに見送られて、俺は八神家の玄関を出た。
はやてもずいぶんと俺に甘えるようになってきた。いい傾向だと思う。これでなのはたちと友達になって、ヴォルケンリッターが稼動を開始すれば、はやてが寂しさに涙することはないはず。
あとの問題は、リインフォースか。
『
Alert, master!』「へ?」
考え込んでいたせいだろうか、気がついた時にはビル街に人の姿がなくなっていた。
しまった。広域結界に!
「渡して、ジュエル・シード」「!!」
振りかえる。
街灯の上に立つ人影は金色のツイン・テール、黒いバリア・ジャケット。右手には大振りの漆黒の鎌が金色の宝玉を掲げていた。
「フェイト・テスタロッサ!?」「フェイト!」『
Get set.』
思わずその名が口を衝く。言ってから、しまった、と思う。フェイトに同行する赤い髪の巨大な狼が、警告を発していた。
俺、絶体絶命ですか?
4.
むしゃくしゃして言った。今は反省している。
油断していた。まさか、この事件がこんなにすぐ起きるなんて思っていなかった。
だって、もう、いつなにが起きたかなんて、詳しく憶えてねーよ!
フェレットが生意気にも俺の肩に駆けあがる。
ちょ、こそばゆいから、止めろ。
「落ち着いて聞いてください。なのはが彼女を足止めしますから、悠里さんは僕と一緒に」「いいから渡しな!!」
巨大な狼がのしかかるように襲いかかってくる。
「やらせない!」
『
Master?』「・・・」
セイクレッドの問いかけに無言で否定を返す。
ユーノ・スクライアが耳元で叫ぶと、周囲の空間に魔法円が展開された。薄い緑に輝くそれは、強固な障壁を形成し、飛びかかってくるアルフの衝撃に激しく揺れた。
鼻先に寄った皺。剥き出しの顎から白い牙が覗く。吐き出される生暖かい息がかかるほどの距離に、いる。
「今です! 悠里さん、こっちへ」「・・・」
『
Master!!』
セイクレッドが叫ぶ。
「あ・・・」
身体が動かない。
初めて見る魔法戦の実態に、俺は完全に立ち竦んでいた。
「悠里さん、しっかりしてください!」『
Master, wake up!』
「あぁ・・・」
ぺたりと膝を着いて、腰が地面に落ちる。
障壁の向こうから睨みつけてくるアルフの意思。闘い、邪魔するものはひねり潰そうとする傲岸なエゴ。押しつけてくる、奪い尽くそうとする悪意に、俺は腰を抜かしていた。
「悠里さん、立って!」「悠里ちゃん!」
心が冷えきったように凍えて、アルフと視線が合う。障壁の向こうで、アルフが勝ち誇ったようににやりと笑った。
嘲った。
ワラッタ。
「あ、あぁあ・・・」
怖い。怖い。怖い。
殺される。
このままじゃ、殺される。
すっと、頭が冷えていく感触。
死にたくない。
心の奥底から誰かの祈りが聞こえる。
助けて。
誰もいない。彼女を助けてあげられるものは、どこにもいなかった。
誰か。
怯える。舌足らずな呼び声。俺はなにをしている。
わたしは死にたくない。
立ちあがらない膝に力をこめる。アスファルトの地面に手を着いて、痛みを感じる。
わたしを、助けて。
起きろ、俺!
ぐいっと身体を起こす。
障壁ごしに俺を見ていたアルフがおやっとした表情を浮かべる。俺はその目を睨み返した。
「セイクレッド」『
OK, master!』
静かに息づくリンカーコアから、淡い碧の光が身体の隅々に染み渡る。冷えきった身体に熱が戻る。
「・・・もしかして、君は?」「それはあと」
ユーノ・スクライアの疑問を後回しに、俺は周囲に視線を投じた。なのはとフェイトがビルの間を飛び交い、激しい空中戦を繰り広げている。
時折、送ってくるなのはの気づかわしげな視線に、俺は小さく頷いて応えた。
振りかえって走りだす。
「逃がすもんか!」「急いで!」
背後で障壁が崩れる音が響いた。肩に乗ったユーノ・スクライアが叫ぶ。
足に魔力を込めて、駆ける。
セイクレッドが俺の身体に展開する魔法が、手に、脚に、魔法陣を形成し、マニ教のドラムのごとく回転し祈りを捧げる。一回転ごとに廻る祈りが、身体を加速させる。
わかる。きっと望めば空も飛べる。
視界に入ったビルの角を曲がった。
今必要なのは、時間を稼ぐこと。
空を飛び交い、凶悪な砲撃を繰り広げる少女たちから少しでも距離を取ることだ。
「こいつ! ちょこまかと!」
アルフが焦れて飛びかかってくる。靴のかかとを立てて、急ブレーキ。ゴムの焦げた匂いが嫌な臭気を漂わせる。俺はユーノ・スクライアが落っこちないよう首根っこを捕まえ、そのまま、アルフの下を駆け抜けた。
「畜生!」「あばばばば・・・」
うわ、本当に悔しそうだ。
その時、ふと、なにかの気配を感じた。
俺は思わずそちらを振り向く。もちろん、視界の片隅にアルフの姿を残したままだ。
空を衝いて輝く青い光。
「あれは?」「ジュエル・シード! まだあったんだ!」「なんだってぇ!? ここんところ感じてたのはそっちかぁ!」
耳元で叫ぶなよ。
アルフがダッシュするところを、ユーノ・スクライアの魔法の鎖が絡めとろうとする。
なぜに止めるかな、ユーノくんや。
宙に脚を止めてこちらをアルフが見下ろす。
「そっか。フェイトがあれを手にいれて、私がこっちを手にいれれば、2個手に入るってことよねぇ」
べろりと舌なめずりをする。
食われる。
今、別の意味で危険を感じたよ、俺。
「私、美味しくないよ?」「誰が食べるかって!」
ノリいいな。
『
Master, alert! 』「!!」
その時、ひときわ強い衝撃が空間を伝わって世界を揺り動かした。
これは・・・。
『
Dimensional quake has occur.』
「これは!?」「フェイトぉ」
アルフが駆けだす。俺とユーノ・スクライアも互いに目を見交わし、走りだす。
たしか、この次元震が時空管理局 L 級次元戦闘艦アースラを呼び寄せるんだっけ。
辿りついた視線の先で、フェイト・テスタロッサがジュエル・シードを握りしめていた。
あれはもう体力的にぼろぼろだろ。
なのはの傍に歩み寄る。
「あ、悠里ちゃん」「お疲れ。いいの?」
視線がフェイトの持つジュエル・シードに集まる。
「うん」「そ」
フェイトを背に乗せたアルフがちらりとこちらを一瞥して立ち去る。
その背中をなんとなく見送って、俺は声を掛けた。
「帰ろっか」「「うん」」
なのはとユーノくんの声が唱和する。
「あ、悠里ちゃん」
背中のほうで、ちゃきっとなのはのデバイス、レイジング・ハートが構えられた、そんな気配がした。
「お話があるの。今日、うちに泊まっていってくれないかな?」
にっこり微笑んで、背後からレイジング・ハートを突き付けるな。
俺に選択肢はないようだった。
「うん」「あは。お泊りなの」「・・・」
ユーノくんが俺の肩を優しくぽんと叩いた。
5.
すっかり暗くなってしまった帰り道。
俺たちはなのはの家に向かって歩いていた。
「レイジング・ハート、壊れちゃったね」「うん」
ふと、言葉が喉を突いて出る。なのはは表情暗くうつむいて頷いた。
「大丈夫。今、自動修復中だから」
明るく、ユーノ・スクライアがなのはを元気づけようと答える。
知っている。そして、再び、なのはが戦いに舞い戻ることも知っていた。
「・・・ごめん」「?? 悠里ちゃん?」
俺はなのはを見捨てた。母親に虐待されて苦しんでいるフェイトと正面切って向かい合うこともできずに、真実を告げることもできずに、逃げ出した。
そして、今も騙し続けている。
「ごめん、なのは」「ゆ、悠里ちゃんは全然悪くないよ。わ、悪いのは、そう! ユーノくん! ジュエル・シードを落としたユーノ君なの!」「な、なのはぁ。そんな目で僕を見てたんだぁ」
あたふたと手を振って、俺を慰めてくれるなのはと涙目になっておろおろするユーノ君の姿に、俺は笑おうとして、視界がぼやけた。
「ごめん、なさい・・・」
「あ、あの! 大丈夫なの! 悠里ちゃんはもう大丈夫だから」「そうそう。僕やなのはがいるから」
首を振る。
・・・恥ずかしい。この歳になって、こんな子供の前で・・・。
でも、瞼が熱くて、零れる涙が止まらない。
「怖かった・・・」「悠里ちゃん・・・」「・・・」
思い出すだけで、身体が震える。甘く見ていた。九歳の少女がにこにこと笑って出て行ける程度の暢気な戦場と、軽く考えていた。非殺傷モードなんて言うご都合能力がある安全な戦いと、侮っていた。
でも、現実に目前に襲いかかってきたアルフは人を食い殺さんばかりの意志で俺を睨み付け、破壊は本物で、俺は何もできず、恐怖に真っ白になった頭で、ただ逃げまどうことしかできなかった。
俺は、遠いスクリーンの向こうでポップコーンを食べながら、ああだこうだ、批評していただけの無責任な観客だったんだ。
「怖かった・・・」
手の震えが止まらない。思い返すだけで、恐怖が俺の心を縛った。
「大丈夫・・・」「あ」
その手を、なのはが包むように取った。
「悠里ちゃんは頑張ったの」
なのはが柔らかく微笑む。
「ね?」「あぁ・・・」
俺は十以上も年の若い少女に縋って泣いた。
なのはは俺の背中に手を回すと頭を胸に押し当てるように抱きしめてくれた。
その柔らかな腕はとても暖かくて、俺の涙は止まってくれなかった。
夜、ひとり、なのはの布団から抜け出た彼女の姿に、僕も身を起こした。
前から疑っていたことがある。
なのはには言えない。
だから、僕も彼女の後を追った。
彼女は手洗いにいくと、台所で水をコップに注いだ。そして、この家の庭に面した大きな窓を開けると、下弦の月に照らされた庭を眺めて縁側に腰を下ろした。
「話しが、あるのでしょ?」
しばらく庭を眺めていた少女が振り向いた。その視線はまっすぐにフェレットの姿をした僕を見つめていた。
疑いようもない。
彼女は僕を、知っている。
「あまり長くこうしていると家人が起きてくる。ユーノ・スクライア、彼らはとても鋭い。きっと私が起きていることにも気付いている」
「うん」
僕は少女の横に並んで座る。
彼女は一口、水を含んだ。
「それで、なのはにもできない話?」「きっと、君が知られたくないと思ったから」
僕は彼女の顔を下から見上げた。
「君は魔法を知っていた。ジュエル・シードのことも」
僕の確信を持った問いに彼女は苦笑を浮かべ肯いた。
「うん。知識として、ね」
あっさりと答える。
「あなたの事も知ってる。スクライア一族の少年。事故で散逸してしまったロストロギア、ジュエル・シードを回収するために、この管理外世界に来たことも知っている。
そして、その事故が事故でないことも」
やっぱり。
僕は確信を深めた。
「君はミッドチルダの?」「違う」
でも、あっさりと首を振る。てっきり、ミッドチルダからこの世界に移民してきたと思ったのに。
「ロストロギア、ジュエル・シードか」
そして、逆に僕に問いかけてきた。
「ねぇ、父親に殺されようとする子供がなにを願うと思う?」
「・・・」
ぞくりとした。彼女はなにを聞こうとしているのか。
「母親は彼女を捨てて逃げた。父親は彼女を今殺そうとしている。本来、安全なはずの『家』は彼女を捕らえる牢獄になった。
誰も助けてくれない。
どこにも逃げられない。
そんな少女がなにを願うと思う?」
告げる言葉から想像される凄惨さすら、大したことではないと言わんばかりに、少女は軽く問う。
そう。その時、君はなにをジュエル・シードに願ったのか。
「死にたくない、かな?」「うん。私もそう思う」
彼女が同意した。まるで他人事みたいに話す彼女への不信が現れていたのだろうか。彼女は軽く笑った。
「私には記憶がない。だから、その時、なにが起きたのか、どうしてこんなことになったのか、わからない」
だから、推測するしかないんだ、と。
淡々と、首を傾げて。
「多分、彼女は偶然、ジュエル・シードを拾っていた。彼女には少しばかり魔法の才能があった。そして、その時、ジュエル・シードを制御して、願いを叶えた」
「それは凄い才能だよ」「そう?」
素直に僕は肯く。ジュエル・シードを制御する。それも魔法を知らない素人が。それは普通の才ではできないことだと思う。あ、でも、猫にもできたかな。
「望んだのは庇護者。助けてくれる誰か。でも、信じられる人は誰もいなかった。助けてくれる人も。
だから、探した。自分でありながら、自分でない異世界の自分。そして、彼女は全てを委ねて逃げ込んでしまった」「それが君?」
僕の言葉に彼女はあいまいな笑みを浮かべた。
「わからない。あくまでも推論でしかないから。でも、多分、あまり外れじゃない。
私はそんな彼女をいとおしく思う。
愚かなのかもしれない。自分勝手なのかもしれない。だけど、そんな彼女を私は守りたいと思う。だから――」
彼女は言葉を繋げた。僕をまっすぐに見つめて。
「ジュエル・シードを貸してほしい。この娘が再び歩き出せるまで。私の守りが必要でなくなる、その時まで。お願い」
ぺこりと彼女が頭を下げる。
小さく僕はため息をついた。もとより、選択肢なんてなかったから。僕には肯くしかできなかった。
「僕ならかまわないよ。でも、あのフェイトって子や・・・」「管理局が出てきたら?」
彼女は空を仰いで笑った。
「戦う」「・・・」「例え、世界を滅ぼしてでも」
僕はその言葉に複雑な思いに捕われた。そんな僕を彼女が苦笑して見下ろした。
「もちろん、話が通じなかった時には、の話。
大丈夫。私となのはが戦うなんて、きっとない」
第一、なのはにはかなわないよ。
そう彼女が笑った。
僕もそう思いたい。でも、融通の利かない人が出てこないとも限らない。
彼女が世界を滅ぼしてでも、そう思ったとき、きっとなのはも彼女の側に立つ。だって、なのはは彼女を守るって決めてしまったから。
「大丈夫」
僕の思いが伝わったのだろうか。
彼女は空を仰いで、苦笑した。
「きっと、みんなうまくいく。だから、私じゃなくていい。なのはを信じてあげて」
そう言って立ちあがる。
星を見上げるその背中はとても小さくて、闇の中に今にも消えてしまいそうに思えた。