1.
グリフィス・ロウランは鏡の前でもう何度目になるかもわからない身だしなみのチェックを行った。
鏡の中には何となく身にあってない時空管理局航次士官学校の制服を身にまとう自信なさげな緑がかった長髪の少年の姿が写る。
「大丈夫かな」
なんとなくネクタイが曲がってる気がする。
それをきっと気のせいだろうと思い直して、視線を時計に向けた。
「そろそろ出た方がいいか」
母親との待ち合わせにちょうどいい時間だった。
「行ってきます」
誰もいない家に声をかけて、グリフィスは玄関を出た。
「グリフィス、遅いわよ」「シャーリー!」
玄関を出た小さな庭の先に、グリフィスは幼ななじみのシャリオ・フィニーノがおめかしをした姿で小さな桜色のハンドバッグを両手に持って、立っているのを見つけた。
「もう、ネクタイが歪んでるよ」
駆け寄るグリフィスを上から下までさっとチェックしたシャーリーは身だしなみの気になる部分をさっと整える。
「いや、シャーリーがなんで?」
驚きの声を上げるグリフィスに微笑みを浮かべると、シャーリーは歩き始めた。グリフィスも慌てて追いかける。
「おばさまに頼まれたの。男の子だけだと、相手の子が緊張するかもしれないから、家族として紹介したいって」「そうか。母さんが」
グリフィスは納得して頷いた。
たぶん、息子一人の家に養女に受け入れると、いろいろと心配なこともあるから、相談できる相手がいることを知らせておきたいのだろう。
「グリフィス、お
義姉様になるかもしれないんだから、ちゃんとしなさいよ」
「わかってるよ」
眉をしかめる。そんなに信頼がないのだろうか。
「シャーリーこそ、そんなに気合を入れてどうするんだい?」「・・・グリフィス、本気で言ってるの?」
呆れたようにシャーリーが腰に両の手を当てて顔を突き出す。
「はぁ。やっぱり、グリフィスは身内のことに杜撰すぎるわ。相手の娘のこと、なんにも知らないんでしょう」「え、うん」
シャーリーの剣幕に気圧され、頷く。
確かに、顔写真を見たり名前や年齢を聞いた程度だけど、そこまで言われるほどのことでは。
「ユーリ・タカナシ。デバイスの歴史を変える『
人間以上』。グリフィスはもっと
魔導技術に関心を持つべきよ。シートに坐っていれば務まる仕事じゃないんだから。
ああ、そんな人がお隣さんになるなんて!
グリフィス、失礼なことしちゃ駄目だよ」「しないよ」
苦笑がこぼれる。舞い上がるシャーリーを横目に納得もしていた。
あの母さんが引き取るといった娘。名前と年齢、顔写真程度で、どうしろと、そう思った。でも、きっと多分、母さんはそれ以上のことを知ってほしくなかったんだ。それ抜きで会ってほしいと思ったんだ。
家族になるために、彼女自身を偏見なく見つめるために。
グリフィスは母親の気遣いを思って微笑んだ。
「うん。きっといい娘だよ」「そうね。私、ミッドチルダ中を案内してあげるね」「頼むよ」
グリフィスは頷くとまだ見ぬ家族を思った。
2.
非常電源に切り替わり、視界が茜色のライトに染まる。
俺は首を傾げると胸元に輝く相棒に声をかけた。
「セイクレッド?」『
AMF has been sensored. Field pattern is Type Ancient Belka. 』
古代ベルカだと?
俺は警報が響く中、ちらりと独立電源で封印処理を行っているジュエルシードに目を向けた。
そう言えば、ジュエルシードがジェイル・スカリエッティに渡ったのって、研究用に地方に貸し出されたときだっけ。危険なロストロギアを貸し出すって、何事よ、とか思ったものだけど、貸してもらった当事者としては、うん無理。正直、さっさと持って帰ってもらおう。
俺は警備管制室を呼び出す。
『っ畜生! 魔法が通ってないぞ。もう少し近づけろ。この忙しいときに誰だ!?』
『嘱託魔導師の小鳥遊悠里です。状況はどうですか?』『!! 失礼しました! 現在、正体不明の無人機複数の攻撃を受けております。なんとか研究所に近づけないよう、防衛装置で攻撃を加えているところですが、すでに外周監視ラインを突破‐‐『第五監視塔、破壊されました!』−−内周防御線で食い止めている状況です』
この時期のガジェットは、確かなのはを落とした奴とI型だったか。『ゆりかご』防衛用の自動機械とそのコピー。もしかして、I型の実用化に成功したのはこの研究所の成果もあるのかな。これ以上、研究が進むと、AMF本来の使い方、つまり、AMFの魔力波長の解析に手が伸びると思われたのか。
『こちらは所長のマチルダ・カーティフです。現在、当研究所は何者かによる攻撃を受けています。
全員、規定のマニュアルに従って退避を始めてください!』
俺は封印処理中のジュエルシードに視線を向ける。少し時間がかかりそうだった。
「悠里、ジュエルシードは私に任せて、先に退避しなさい」
コーネリア・ルクレールさんが俺に退避を進める。うーん、どちらかというと、逆だと思うんだけど。いざとなったら、自分でジュエルシードも使えるし。
「いえ、ジュエルシードの封印は私が行います。皆さんは先に退避してもらえますか?」
俺はいまだ封印処理が行われていないジュエルシードに手を伸ばす。
繋がる感触。息づく脈動のようなものを感じる。
「悠里!」「セイクレッド?」
『
Jewel Seed Serial XI Sealing. 』
青白い輝きが光を失い、俺の手のひらに冷たく転がった。
「「「「おお・・・」」」」
ざわめきが広がる。
あれ、俺、これ見せたことなかったっけ?
パン!
首を傾げた瞬間、頬に激しい衝撃を感じて、視線がぶれた。
じんとしびれる頬の感触。正面に平手を振り切ったコーネリアさんの姿。
「え?」「稼働中のロストロギアに触れるなんて、馬鹿なことしないで!」
頬の熱い感触に左手を当てる。
ぶたれた?
「ロストロギアは本当に危険なんだから。そんな簡単に扱って良いものじゃないんだから!
ちゃんと注意して扱わないと、貴方だけじゃない。他の多くの人を巻き込んで不幸にしてしまうものなのよ!」「・・・」
コーネリアさんが厳しい表情で俺を睨みつける。
ああ、やっちゃったか。
俺はぺこりと頭を下げた。
「御免なさい」「・・・ふぅ。いいえ、こちらこそ、御免なさい。でも、気をつけて。失ってしまってからでは遅いのよ」「はい」
真剣に俺を諭すコーネリアさんに俺は後悔とともに頷いた。
悪癖だよな。
自分の悪いところを実感する。ちゃんと説明しない。理解を求めない。それがどれだけ他人を振り回してきたのか。
独りで裁く。それを独裁者と言ったっけ。
「これを説明してなかったのかもしれません。私はジュエルシードを制御できるレアスキル保持者です。八つぐらいまでなら、直接制御が可能です。
皆さんを危険に曝すことを良しとしたわけではないことを、ご理解ください」
もう一度、実験場内にいる他のメンバーたちに頭を下げる。
傍から見れば、高エネルギー次元干渉結晶の活動中に手を伸ばす子供の図だ。ずいぶんと肝が冷えた光景だったのかもしれない。そんな危険にさらすつもりではなかったことをちゃんと言わないと。
そんな俺をコーネリアさんがぎゅっと抱きしめた。
むはっ。
「馬鹿ね。そんなことを言ってるんじゃないわ。私はあなたが心配だったのよ」
強く抱きしめられる。
その、暖かくて柔らかな感触に、なぜか俺は吐き気を覚えた。身体が、震える。
「悠里?」「ぁ・・・」
気持ちが悪い・・・。
「なにやってるんですかぁ!」
閉鎖された扉を勢い良く開いて、ジンジャー・センチュリオン伍長ともう一人、時空管理局本局内勤の制服を着た見知らぬ女性が飛び込んできた。
ピリリリリ。
幽かに煩わしさを掻きたてる電子音が響く。
静かなオフィスで、一通りの業務を終えてお茶の時間を楽しんでいたレティ・ロウランはデスクに表示された呼び出しを確認した。
そこに待ち合わせをしていた息子のグリフィスとお隣さんのシャリオ・フィニーノの名前を見つけるとレティはウィンドウを開く。
「グリフィス、早かったわね」『はい、母さん』『おばさま、今晩は』
「今晩は。シャーリー、今日は素敵な衣装ね」『ありがとうございます』
精いっぱいのおめかしをしてきたのだろう。
白のワンピースに淡い桜色のカーディガンを羽織ったシャーリーが息子の背後から微笑みかける。
そう言えば、あの娘の方もそろそろ店じまいのはずだけど。
「まだ時間はあるわね。二人とも私の執務室にいらっしゃい。お茶にしましょう」『『はい』』
レティはセキュリティに二人の魔力パターンを登録すると、入室の許可を出した。二人がロビーを通ってゲートを抜ける。セキュリティ・エリアに手間取ることなく通り過ぎたのを確認すると、レティは通信を繋げる。
もう、あの娘は研究所を出たころだろうか。
転送ポートの接続を考えると、そろそろ向こうを出る時間だった。
「時間には厳しい娘なんだけど」
呼び出しにはすぐに反応があった。
「悠里さん?」『現在、カスタマーは通信の届かないエリアにいる模様です。伝言を承ります』
一言、二言、伝言を残して、レティは首を傾げた。
変ね。もう、こちらに向かっていてもいい時間なのだけど。
『失礼します』『お邪魔します』「いらっしゃい」
執務室の扉が開く。
レティは入ってきた子供たちを笑顔で迎えると飲み物の準備を始めた。グリフィスとシャーリーにソファーを進める。
「楽にしてちょうだい。飲み物はコーヒーでいいかしら?」「うん」「はい。いただきます」
どことなく緊張した面持ちで座る二人の姿にレティは微笑んだ。
「ごめんなさいね。あの娘の方はまだ仕事が終わっていないようなの。連絡は入れておいたから、時間には間に合うと思うけど」
「そうなんだ」「わかりました」
グリフィスが少し格好を崩す。
レティは息子の様子に苦笑すると、二人の前にカップをおく。
そして、自分の分を入れようとコーヒーメイカーに手を伸ばしたときだった。
ピリリリリ・・・
先ほどより鋭い電子音が鳴り響いた。
「はい。運用課、レティ・ロウランです」
考えるより早く、反射的に通信を繋げる。開くウィンドウの向こうに固い表情の士官の姿が写った。すぐさま、敬礼する。
『次元根拠地隊、管理外世界無人世界管制班第2班班長フレデリック・シャーマン大尉です。急ぎ、武装隊を2班、いえ、4班派遣していただけませんか!?』
「なにごとかしら?」
レティは礼儀は整いながらも、規則破りな要請に眉を顰めた。シャーマン大尉はレティの気持ちを察したのだろう。すぐに口を開いた。申請書の写しが送られてくる。
『申請の方はいま、そちらに回している最中です。現在、第〇一二八管理外世界の管理局施設に対して。何者かによる大規模な襲撃が行われており、至急、支援部隊を派遣しなければ手遅れになってしまいます』「・・・」『はい、レティ提督』
レティは告げられた管理外世界の名前に小さく眉を上げた。しかし、すぐに何もなかったように、見せられた申請書コードを確認すると、呼び出した秘書官に転送する。そして、編成に必要な情報を問いかけた。
「敵の規模は?」『AMFを発生させた無人機が少なくとも1個飛行隊。映像に確認されただけでも、それだけです』『確認いたしました。現在、統合作戦本部に至急で流れています』
「AMF? 相手にAAA級魔導師がいるのかしら?」
だとすると、並みの武装隊では相手にならない。少なくとも、同クラスの魔導師を用意しなくては。
しかし、目の前の士官は激しく首を横に振った。
『違います! AMFを発生させた無人機が、多数、です!
AAA級の魔法を展開させた無人機に、研究所が襲撃されているんです。はやく、救援を』
レティは待機中の2個武装隊に出動命令を下すと、秘書官に近隣次元に展開する部隊をピックアップさせる。
「――一番近い任務群は?」『アーディティ戦闘団です』「――そう。戦闘団を前進させます。近接転送ポートに連絡を」『了解』
レティは安心させるようにシャーマン大尉に頷く。
「アーディティ戦闘団を派遣します。大尉は5106、5304の両武装隊とともに、アーディティに合流していただけますか?」『了解しました! 感謝します』
口早に敬礼するとシャーマン大尉の通信が切れる。
『提督、作本から許可がおりました』「そう。ありがとう。あの連絡は? ミゼット副議長から委任状が出てます』「そう。わかったわ」
レティは振り返ると心配そうにこちらを窺っていたグリフィスとシャーリーに苦笑して見せた。
「ごめんなさい。どうも行けなくなっちゃったみたい。こちらから連絡しておくから、二人は食堂でご飯にしてくれるかしら?」「うん。わかった」「はい。おばさま」
グリフィスがこくりと頷いた。物わかりがよくて助かると同時に、わがままを言わせて上げられないことを申し訳なく思う。
「今度は自宅でみんなを集めてご飯にしましょう。グリフィス、シャーリーをちゃんと送るのよ?」「もちろん」
二人がペコリと頭を下げて退出した。にこやかに二人を送り出すと、レティはすぐに表情を引き締めた。
次々と連絡のウィンドウを広げ、各所に指示を出す。とにかく、アーディティに戦力を集中する必要がある。あとは、AMF環境下での戦闘に経験がある武装隊隊員を現役、予備役問わず、かき集めて。他には戦技教導隊でAMF対策をやっていたはず。
レティはちらりとミゼット副議長からの委任状を一瞥する。
そこには、小鳥遊悠里の救出のために、必要な戦力抽出を許可する、と書かれていた。
3.
実験室に駆け込んできた二人はすぐさま敬礼した。
「時空管理局次元航行部隊遺失技術対応班デューテリア・ハイラックス少尉です。
ジュエルシードの回収を命じられてきました。こちらが命令書です」
スマートに亜麻色の髪の紺色の制服を着た女性が命令書を示す。
そこにはジュエルシードの安全な場所、つまり、本局への移送を指示する命令が書かれていた。
なるほどね。
俺はこの襲撃の意図を察知して、頷いた。これで退避のどさくさにジュエルシードを持ち逃げするわけだ。
どうぞどうぞ。
はいはいとコーネリアさんが手を叩いた。
「退避を急ぎましょう。ジュエルシードを」「はい」
さっきから背後で待っていたハイラックス少尉が持参したジュエルシード輸送用のケースを開いた。用心深く封印状態にあるジュエルシードをケースに収める。
「これで大丈夫です」「よろしくお願いします」
ケースを閉じて、左腕に抱えたハイラックス少尉が俺をちらりと横目で見て、笑顔で頷く。思えず顔が火照った。
美人さんですね。騙されたベルカの司祭の気持ちもわかる気がする。
「行きましょう」「え?」
ハイラックス少尉は空いた右手を伸ばして俺の左手を取った。
「急ぎますよ」
もう一方の手をセンチュリオン伍長が掴んだ。
「みんな、急いで」「「「「はい」」」」
二人が駆けだす。
当然俺の身体は宙に浮くわけで。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ・・・・」
すごい加速で転送ポートへまっしぐらですよ。
この管理外世界に設置された研究所には、管理局の根拠地隊武装局員のみならず、一般の職員、研究者を含めて60人ぐらいの人が駐留している。
ガジェットの侵攻が始まって‐‐『
About 3 minutes 20. 』‐‐およそ、4分弱。
人員の集合と退避は遅々として進んでいなかった。
原因は転送ポートの数の少なさと、この管理外世界があまりにも遠いことにあった。
俺たちが転送ポートにたどり着いたとき、まだ、20人近い人々が転送ポートの順番待ちをしていた。一度に転送が可能な人数は二人。一番近くの転送ポートまでおよそ30秒強の時間がかかる。
安全のために個人転送が不可能な遠距離に設置したことが見事に裏目に出ていた。
とはいえ、それも受け入れるべきリスクだったわけで、そのために常駐の武装隊までいたわけだけど。
『
They would come within 5 minutes. 』
ですよね〜。
さらに10人弱の追加で、この場にいる職員、研究者が退避するだけで10分以上かかる。もちろん、人数はさらに増える予定だった。
『
Master, it’s Emergency. You should get Jewel-seed and use them. 』「セイクレッド?」
眉を顰める。それはつまり。
『
At worst, you can escape from this world. 』「・・・」
見捨てろ、と?
『
They are nessesary to keep lines. 』
少し考えて頷く。俺が戦線を支え続ければいいだけだ。
「あの‐‐「管理局の命令です。転送を優先していただけませんか?」‐‐!?」
誰もが殺意すら込めた目で振り向く。しかし、その視線をものともせず、デューテリア・ハイラックス中尉が鞄を掲げて転送待機しているポートへと堂々と歩く。その左手に手を繋がれていた俺も引きずられて前に進むことになる。
「あなた、一体どう言うつもりですか?」
研究所の所長として転送ポートのかたわらで指示を出していたマチルダ・カーティフが割り込む形で前に出てきたハイラックス中尉と俺を見て声を挙げる。ただ、反対する様子はなさそうだ。どうも、事態を退避待ちしている人たちに教えるために、あえて声を上げたのだろう。ハイラックス中尉も予想していたようで、周りの人たちに聞こえるように応えた。
「はい。私は本局より
遺失技術『ジュエルシード』の回収を命じられました。早急に本局の安全な場所まで、このロストロギアを輸送する責務があります。そのため、転送の優先権を主張いたします。こちらが命令書です」
宙に浮かんだ魔法陣に命令書を映し出して見せる。マチルダ所長は一つ頷くと、転送待ちをしていた研究所員にひとこと御免なさいと謝る。待っていた所員は苦笑とともに横に首を降ると手を差し伸べて自分たちの前、転送ポートを示した。
「感謝いたします。それでは、行きましょう」
敬礼をすると、ハイラックス中尉が俺の手を握ったまま歩き始めた。
「え? ちょっと!?」「ユーリさんはジュエルシードに一番詳しい専門家ですものね。ジュエルシードの輸送に随伴するのは当然です」
マチルダ所長が、私たちのために転送ポートをあけた所員が、そして、同じように退避の順番待ちをしている研究所の同僚たちが温かい眼差しで頷いた。
後ろを振り向くと、コーネリアさんが笑った。
「すぐにみんな追いつくから」
だから、行きなさい。そう、言って背中を押す。
いや、だから、それは。
俺は唇を噛む。人質かよ。
「転送準備完了しました。どうぞ」
転送ポートのオペレーターが転送機への移動を促した。
やばい。このままだと流される。ぐだぐだ言い合っている時間はない。
「行きますよ」「あの! 私は警備隊に協力します。これでも嘱託魔導師ですから!」
ごめんなさい。
せっかくの心遣いを無碍にする言い方になるが、俺はそう言ってハイラックス中尉の手を、ドゥーエの手を払いのけようとした。その動きがぐいっと横に引っ張られて、俺がたたらを踏む。姿勢を崩した俺にハイラックス中尉が一歩踏み込んだ。
避けられない!
『
Round shield. 』
みぞおちを狙って手だけで打ち込まれた拳を、セイクレッドの魔法が食い止めた。
くそっ! こんなところで、争っている場合じゃないのに!
俺の周囲にセンシング用の全周魔法陣が形成される。
「悠里!」「やめなさい!」
制止の声が響く。俺は構わず、周囲の影響を最低限にするべく魔力ダメージだけの射撃魔法を構成した。一気に展開する。
『
Spell complex. 』『
Accel shooter. 』『
Accel shooter. 』『
Accel shooter. 』『
Accel shooter. 』
浮かび上がる碧の魔力球。同時に4つの魔力球がさらに魔力球を形成し、16の、さらに、32個の、続けて、64個の魔力球が術式を帯びて、部屋いっぱいに広がりハイラックス中尉にその照準を定める。
「クッ!?」
ハイラックス中尉が抵抗するべく、右腕を突き出した。が、俺の過剰とも言える魔導行使に驚きの表情を見せる。
青白い光が疾り、魔法行使ではないエネルギーの流れが複雑な回路を宙に刻んだ。
「シュート!」『Shoot. 』
「ウワァァァッ!」
叫び声とともに、広がった青白いフィールドがハイラックス中尉めがけて駆ける碧の光弾を受け止める。時間差をおいて次々に着弾するアクセル・シューターが物理的な圧力すら帯びて、ハイラックス中尉を押し下げた。
「インヒューレント・スキル。管理局が戦闘機人を使っているという話は聞かないけど」
ハイラックス中尉の動きを見逃さないよう、注意深く問いかける。それとなく、露骨にならないように視線を彼女が持つジュエルシードのケースに向けながら、ハイラックス中尉の、ドゥーエの回答を待った。
「特務ですから」
言った本人も信じていないような、そっけない言葉。思わず、彼女と目を見交わして嘲う。
「狙いはジュエルシード? そんなコンテナで私の支配が防げるとでも!」
大きく右手を伸ばす。もちろんはったりだ。転送ポートの準備はオッケー。
さぁ、逃げろ!
ドゥーエの姿勢が下がった。
「・・・」「!?」「!」「!」
次の瞬間、目の前でドゥーエが右腕を振りかぶっていた。握られた拳からは赤いクローが伸びる。
あれ?
『
Master! 』「悠里!」『
Protection. 』
ドゥーエの拳が俺の腹にめがけてまっすぐに突き出される。
あれれ?
デバイスの張った防御呪文が淡い青に輝く。
どんと身体に走る激しい衝撃に意識が瞬間途切れる。
ドゥーエのクローの前で防御呪文が中和されて、コーネリアさんの腹部に突き刺さった。
「がッ・・・」「え?」
フローリングの床に転がった身体を、両手を着いて押さえる。
振り返った視線の先で、ドゥーエがクローを引き抜いた。ゆっくりと、コーネリアさんがその場に座り込む。
滴る赤い血。
じっと、床に広がるそれを見つめる。耳元で誰かの声が囁く。殺しちゃえ。
「貴っ様ァ!」
センチュリオン伍長がデバイスを振りかざすとドゥーエに躍りかかる。
「ふッ」
しかし、軽い吐息とともにドゥーエは軽く後ろにバックステップすると、伍長の一撃をやり過ごして背後に回ったドゥーエが俺の前に立った。
「・・・ぁ」『
Master, please calm down. 』「逃げて!」
顔を上げる。ニヤリと端正な顔を醜悪に歪ませて、ドゥーエが俺を見下ろした。
身体が震える。
グラリと視界が歪む。頭の奥で何かが叫んでいる。敵を殺せ。そう叫ぶ。手を伸ばす。その先には青い宝石が・・・。
『
Master! 』「まさか!!」
クワンと周囲の空間が軋んだ。表情を険しくしたドゥーエが周囲を見回し、俺を見下ろした。
手を伸ばす。
あの向こうの宝石に、直接、触れて・・・。
「チッ」
ドゥーエが腰をひねって振り向いた。その次の瞬間、左の側頭部に激しい衝撃を感じて俺の意識は闇に落ちた。
4.
高町なのはは最重要緊急度の呼び出しに慌てて転送装置から飛び出した。いくつもの転送ポートを至急の指示の元、最優先で転移してきたのだが、それでも召集から30分近い時間が経っていた。
「なにがあったんですか?」
駆け込んだ艦橋には、いつもより2倍近い人たちが大きく映し出されるスクリーンを睨みつけている。
なのはの隣に常勤のヴィータちゃんが立った。
「管理局遺失技術研究所が何者かの襲撃を受けた。所員の大半が取り残されてる。アーディティは今本局からの命令で彼らの救出と襲撃者の迎撃に向かってる」
スクリーン上には脱出した研究者の持ち出した映像が映し出され、無人機械の姿が表示されていた。
「交戦した連中がいうには、魔法がかき消されたって。敵はどうやら AMF、
反魔術結合場を発生させて、物理兵器、質量兵器による攻撃を仕掛けてやがる。ランクB以下の魔法は効かねぇ。いつもの調子でばらまいてると、怪我するぞ」「うん」
なのはは強く頷いた。以前の自分なら、こんなことがあれば慌ててしまっていたかもしれない。でも、今のなのはには確かな自信がある。大丈夫。簡単に無効化なんてさせない。
ふと、ヴィータちゃんがなのはの顔を覗きこんでいることに気がつく。
どうしたんだろう。
「いいか。落ち着いて聞けよ。取り残されている魔導師の中に、悠里がいる」
「え!?」
頭が真っ白になる。
今、なんて?
茫然と見上げるなのはにヴィータちゃんが苦虫を噛んだような表情で答えた。
「小鳥遊悠里はあの研究所勤務だ。襲撃を受けたとき、悠里の奴は研究所でジュエルシードの調査をしていたんだ」
なのははスクリーンの中で破壊され続ける研究施設を見上げた。
ふっと目を覚ます。
まず、視界に入るのは揺れる天井。身体を揺する振動に意識を鋭くする。
『
Good morning, master. 』「ん」
身体を起こす。周囲を見回して気がついた。ここは・・・。
「小鳥遊悠里、目が覚めましたか」
研究所の所長であるマチルダ・カーティフさんが声をかけてくる。周囲を見回すと、マチルダ所長を中心に話し合う警備隊の人たちの姿があった。
「ジュエルシードは?」「奪われました。現在、私たちは非常災害用シェルターに移っています」「・・・コーネリアさんは?」
「重態です。一刻も早い治療が求められます」「わかりました」
俺は小さくため息をついて、起き上がった。
「手伝います。前線に出してください」「・・・」
『
Master, your condition is worse. You should be calm. 』
ざっと気絶していた時間を確認する。およそ10分ぐらいだろうか。あたりを見回すと、不安そうな表情が俺を窺っていた。人数は減っている。たぶん、この非常災害用シェルターを守るために魔法が使えるものをすべて投入しているのだろう。
脱出は失敗した。
防御線をここに張るのはそれ以外にあり得ない。転送ポートはおそらくドゥーエの脱出後に破壊されたのだろう。最悪、受信側ポートが破壊された可能性が高い。
俺のせいなのだろうか。
そんな不安が顔に出ていたのか、マチルダ所長が俺の肩にそっと手をおいた。
「あなたが一緒に行っていたら、多分、さらわれていたわ」「え?」「だから、気づいてよかったわ」「・・・」
俺が狙われた?
覚えず自分の身体を抱きしめる。あれから背は伸びたけど、それでも小さくひ弱な身体。支援なしで転送中継ステーションでドゥーエとの殴りあいになったとき、俺は排除できただろうか。
殺してしまえばいい。
ふと、湧き上がる言葉。
みんな殺してしまえばいい。誰も彼もコロしてシマエバ・・・。
「ちょっと、悠里さん!」「はい!?」
強く肩を掴まれて、飛び上がるように顔を上げる。
あれ?
俺は頭を振った。なんか、胸の奥がイタイ。
「もう少し横になっていた方が」「いえ、大丈夫です。私はむしろ、狭い場所の方が苦手なので」
「そう。わかったわ。AAA級魔導師と戦える力。頼りにしてる」「はい。任せてください!」
周囲のみんなに知らせるような響く声に、俺も大きな声で応える。
たとえ虚勢でも、不安を少しでも和らげるために。
俺は周囲を見回してセイクレッドを右手で握りしめる。
そう。
ちらりと救命ポッドに横たわるコーネリアさんに視線を投げる。
絶対に、負けない。
負けてなんて、やるもんか。
5.
戦闘機人。
その元はミッドチルダの企業体が開発した、人間の能力を拡張する機材を埋め込むことで、魔導師に対抗できる兵隊を製作するものだった。時空管理局地上本部によって摘発され研究データが押収されたとき、最高評議会はその研究自体に可能性を感じ、ドクター・ジェイル・スカリエッティに開発の継続を命じた。
基本となった戦闘機人は、数少ない成功例となった地上本部に保護されたプロト・ゼロを除いて、素体との相性問題を引き起こし安定した性能を発揮できずにいた。しかし、ジェイル・スカリエッティは搭載を予定した機材に素体を合わせて加工することで、十全な性能を発揮できるようにした。
その成果として生産された第一期シリーズが四体。すでに調整を終え、今回の作戦に投入されていた。
そのうちの一人。
前線にて作戦指揮を行うクアットロの元に、長女であり後方で作戦全般の統括をしているウーノからの連絡が入った。
「ドゥーエお姉さまは受け入れ側転送ポートを破壊して脱出。ジュエルシードは確保するもオプションの確保に失敗。状況は3-Eで進行中。管理局は増援部隊を編成中、アーディティ任務群が投入される模様、と」
クアットロは脱出用の転送ポートのそばに作戦指揮端末を広げていた。彼女の指揮下にあるのはAMF展開無人戦闘機械2型、管理局ではガジェットI型と呼ばれている、が2個飛行隊48機と古代ベルカの遺跡である『ゆりかご』のオリジナル無人機が1個中隊12機である。他に戦術予備として。
「作戦は順調か?」
同じ戦闘機人であるトーレが待機していた。
クアットロはクッと唇を吊り上げると楽しそうに伝えた。
「ドゥーエお姉さまに多少のアクシデントがありましたけど、状況は修正の範囲内ですわ」
オプションこと小鳥遊悠里の確保に失敗したのは意外だったが、どうせもう逃げる場所はないのだ。皆殺しにするついでにゆっくりと拾えばいい。
トーレはこくりと頷いた。
「そうか。ならばいい」
「トーレ姉さまもゆっくりしていただいていいんですよ。ここは無人機だけで十分ですもの」
クアットロは戦況を宙に映し出す。根拠地隊を中心に激しい抵抗を行っているが、無人機側にいまだ被害はない。慌てなくても勝手に魔力切れで戦力外になっていく連中をじわじわとなぶり殺す。それで十分だった。
廊下の一つ一つをAMFを全面に押し出して無人機の群れが押し通る。必死に負傷者を後送する姿が滑稽だった。
「どうせ行き場なんてないのに」
笑える。
「ふふふ、さぁ、出てらっしゃい、『
人間以上』。圧倒的なまでの絶望に、突き落として上げるわ」「・・・ふむ」
そう。標的はあの小娘。
クアットロは父親であるジェイル・スカリエッティが意識する少女が無残に蹂躙され命乞いするさまを想像して身体が震えるほどの喜悦を覚えていた。
「結界開放10秒前、5、3、2、1、Go!」「Go, Go, Go!!」
一瞬開放された閉鎖区画を走り抜ける。
小鳥遊悠里は前方でぐるぐると腕を回して彼女を待っていた警備兵たちに片手を上げて礼を言うと、前線指揮官の場所を尋ねる。
「はい。カール・レオパルド中尉がお待ちです」「ありがとう、曹長」
前線に近づくに連れて振動と爆発音が酷くなる。ああ、これが戦場の音楽。
先導する曹長について、研究所の通路を姿勢を低くして駆け抜ける。AMF 環境下ではバリア・ジャケットのフィールドも効果が怪しい。破片を止めることも難しいだろう。
曹長の手招きに通路を横断する。その先に、警備隊は仮設の陣地を形成していた。
「小鳥遊悠里です。指揮下に入ります」
スクリーンを映して指示を出している30前の男性に小さく敬礼する。
「ユーリ・タカナシ少尉、よく来てくれた。状況は?」
「はい。状況はよくわかっていません。屋内戦で食い止めているようですけど?」
悠里の素朴な返答にレオパルド中尉が頷いた。
「そうだ。正面からの攻撃はほとんど AMF で無効化されてしまうからな。現在はバリケードを積み上げて動きが止まったところを物理破壊している」
バールのようなものでな、そう言って中尉が苦笑した。中尉の心遣いだろう。悠里もそっと口元を緩めた。
「それで、AMF の専門家である少尉に率直に聞きたい。アレを食い止める方法はないか?」
端てきな問いかけに悠里は頷いた。
「制御 B ランク以上の魔導師には射撃用の術式があります。いったん、光学現象に変換して攻撃する術式です。D ランク以上の魔導師には質量攻撃を勧めます。複数名で同期した質量加速砲です。術式はこちらを」『Transfer spells. 』『Received. Thx. 』『Welcome. 』
悠里はセイクレッドに術式転送を命じると、中尉の手元にあったストレージ・デバイスに送り込んだ。
中尉がその術式をざっと確認すると、近くにいた下士官に同様に転送して部隊の再編を命じる。20名以上いた警備兵もすでに半数が後方に運び込まれ、研究員である数名のA、B ランク魔導師まで戦線に投入している状態だ。使える手札が増えるのはありがたかった。
「助かる。さて、少尉には司令部直援として」「できれば、ひとりつけてもらえますか?」
それはなるべく安全な場所でという配慮だったのだろう。でも、悠里は首を横に振った。
「どういうことだね?」
「戦線を変更します。外に出て、無人機を一掃します」
悠里はスクリーンを指さすと大きく腕を回して研究所の建屋から外へ線を描いた。
スクリーンを見ながら二人の人物が話し続ける。
『だが、それでは危険すぎる』『狭い屋内ではむしろ私の性能が制限され続けてしまいます』『しかし、空戦で君に追随できる魔導師がいない』
それを見つめて、クアットロは笑みを浮かべた。
「トーレお姉さま、オプションが火中に飛び込んできそうですわ」「そうか」
それは既定の戦術だ。防戦一方に追い込まれたとき、戦力的な余裕があれば撃って出る。もとより、狭い屋内での戦闘は無人機からすればAMFを正面に集中できる好ましい戦場だ。むしろ危険なのは、AMF の影響範囲外の場所で魔法を用意されて物理破壊現象をぶつけられること。
それが対 AMF 戦における正解となる。
相手の求める戦場で戦わない。相手の好まない局面こそ戦場に組み込んで、対応を強いるというのは戦略の基本といえた。
小鳥遊悠里の不幸はそんなことすでに読まれていたということだろう。
戦域を障害物のない広い屋外にまで展開する。それを想定してトーレがここにいた。
「わかった。配置位置に移る。前線指揮はどうする?」
「そうですね。前線指揮所も移動しましょう。私も同行しますわ」「ああ、それは助かる」
決断は素早く。展開は急いで。
『しかしそれは・・・』『危なくなったら逃げ出します。随伴はセンチュリオン伍長にお願いしたいのですが?』『彼女は D ランクだぞ?』『TeRMiNus のリミッターを解放します』
それが戦場におけるリロケータブルというやつですわ。
戦場のオーケストラを回収して、トーレとともに移動を開始する。
だから、気がつかなかった。
移動するためにいったん消したスクリーンの向こうで、奇妙に床に動く少女の指先に。
6.
急報を受けた時空管理局次元航行艦隊、第一一任務群アーディティは、旗艦である巡航L級次元戦闘艦アーディティに追随できない艦船のすべてを最寄の寄港地に向かわせると、高速補給艦、施設艦との合流次元を本局に伝え、全速で次元航行に突入した。
追随できたのは新鋭の高加速フリゲート艦として配備が進められていた駆逐 XII 級次元戦闘艦2隻のみ。これら XII 級フリゲート艦は最近の次元航行艦隊整備五ヶ年計画によって配備が始まった最新鋭の次元戦闘艦である。長期航行を前提とし、旧来の艦艇よりは武装の面で低下しているが、速度面では主戦列艦を大きく引き離しており、拡大期から警察任務を主とする安定期に移行した時空管理局の艦隊業務にマッチするものだった。
次元航行艦隊では現在各根拠地隊で運用している小規模艦艇をその次元世界に払い下げ、この XII 級フリゲート艦と XV 級主戦列艦を主力とした次元間戦闘に特化した艦隊編成に移行する予定だ。これまで小規模艦艇を運用してきた根拠地を現地政府に順次移管し、できた余剰人員を転用して任務群の拡大を図ることになる。
こうした時空管理局本局の動きは各次元世界から人員の引き上げを誘発しており、根拠地隊を統括する地上本部から次元世界の切り捨てだという批判が上がっているが、つい先日までは次元間世界の調停を主務とする時空管理局が管理世界に所属する根拠地隊を抱えていることこそ新植民地主義だという批判が上がっていたことと合わせて考えると、現状維持であれ改革であれ、とかく批判の種は尽きないということだろう。
時空管理局のグランドプラン。100年後の社会体制を睨んだ次元世界と時空管理局の役割分担は明快であった。
時空管理局は次元交通網の安定、次元間災害の対応、次元間犯罪の取り締まりを主務とし、各次元世界のことは各次元世界に任せる。
次元世界の根拠地隊は現地政府、ところによっては時空管理局地上本部と称している、との折衝役であり、次元世界間の利益調整を円滑に行うための組織に徐々に切り替わることとなる。
その本局の意向が各地上本部に十分に伝わっていないためか、地上本部の権限拡大を強く主張する勢力が根強く抵抗を続けているが、本局としては地上本部を解体し時空管理局と現地政府という役割分担が浸透していけば、自然と消えていく主張だと判断していた。
次元管理局がすべての管理世界の政府であった時代は終わった。それが時空管理局本局の認識であり、これからの社会体制、次元世界の調停の形式をどのような形に進めるべきか、それが大きな課題だった。
高町なのはは艦橋の片隅でスクリーンに映し出される現状を食い入るように見つめていた。一緒にいたヴィータちゃんはベルカにおける AMF 環境下での戦闘についての説明を求められ、ブリーフィング・ルームに缶詰だ。本局から教導隊に所属する人員も派遣されており、今そこで根こそぎといってもいいぐらいの勢いでかき集められた高ランク魔導師たち、恐ろしいことになのはと同じ AAA 級魔導師が二ケタを越えている、がとるべき戦術の研究が進められている。また、同時に部隊が臨時編成されており、その部隊間での最低限のコンビネーションを取るための訓練で、アーディティの訓練室の予定は埋め尽くされていた。なのは自身はすでにヴィータちゃんを分隊長とする部隊への配置が決まっており、ほかにも4人の AAA 級魔導師が配置されていた。
高ランク魔導師の集中配置。これはなのはたちが前線に切り込む役目が与えられていることを示していた。
なのはにできることは、今はない。
アーディティは連絡が途絶した最終中継ポートに向かっている。そこで破壊された中継ポートを代行し、管理局の転送ポート網への復旧を図ることとなる。
なのはの出番はそれからだ。ヴィータちゃんが率いる部隊は誰よりも先行して、第0216管理世界に突入する。
そして、悠里ちゃんを助けだす。
なのははぎゅっと胸元の赤い宝石を握る。レイジング・ハートがなのはを励ますように点滅した。
なのははもう一度スクリーンを見つめる。アーディティの転送圏内に入ればすぐにもで駆け付ける。
悠里ちゃん、待ってて。
そんな想いでなのはは艦橋のメインスクリーンに映し出されているアーディティの航跡をじっと見つめ続けていた。
悠里はジンジャー・センチュリオン伍長と二人で周囲を見回すと、ダッシュで近くの階段にたどり着き、駆けあがる。途中で階段を確保している局員に軽く敬礼すると、用心深く杖を構えた。
周囲にガジェットの気配は、ない。幸いなことに敵は上空からの3次元機動ではなく、陸兵による陣地戦に付き合ってくれているようだった。
このまま時間が稼げるなら。
そう思う弱気を首を振って払いのける。
ここまで相手の作戦目的の把握に失敗していた。悠里は最初、ジェイル・スカリエッティの目的をジュエルシードの回収だと考えていた。外周から圧力をかけ、標的を中からかっさらう。ついでに戦術データが取れればいい。しかし、ガジェットの整然とした布陣を鑑みるに、いまだナンバーズによる戦術指揮は進行中だ。
認めよう。連中はこの研究所を落とすつもりだ。たぶん、挑発すらしている。このままいいようにやられるつもりか、と。打って出ることすら、誘導された結果かもしれない。
しかし、他に打てる手がない。阻止線と遊撃戦力による挟撃以外に、戦況を打開できる方法がなかった。
いざとなったら、ミンナケシテシマエバ・・・。
「悠里さん?」「あ、ごめんなさい」
ぼうっとしていた。悠里ははっと顔を上げる。センチュリオン伍長が心配そうにこちらを覗きこんでいた。軽く微笑んで頷いた。
「今のうちにリミッターを解除します。TeRMiNus、上級権限。リミッター解除。全機能自由」『
Ok, Call overviser. Master? 』「あ、はい。受け入れてください」『
Accepted all functions free. Get ready. 準備宜し。』「TeRMiNus セットアップ!」
センチュリオン伍長の手の中で、HuX-01 TeRMiNus が淡い赤の魔力光に輝いた。
『
Master? 』「ん。セイクレッド。いざ、我が前に眠るすべての死者が目覚めん。集いしはメギドの丘」『
Hills of Megiddo. 』
繋がる。
手繰る糸のように魔法陣がセンチュリオン伍長のデバイス TeRMiNus との間を結び、セイクレッドの形成した疑似コアに集約された魔力が流れ始める。同時に、悠里の構成する仮想の戦況が戦闘情報としてセンチュリオン伍長と共有された。
「これは・・・便利ですねぇ」「ま、ね」
周囲に映し出される哨戒情報に感嘆の声が上がった。センチュリオン伍長は目を輝かせると周囲を見回す。そこにはセイクレッドが集積した周辺情報が脅威度も込みで評価されていた。
「サーチャーや物理デバイスからの情報を取り込めるともっと楽なんだけどね」
はやてがここにいればなぁ、と思う。リインフォースIIの処理能力とはやての無尽蔵の魔力があればどれほど楽か。
とはいえ、贅沢は言えない。
『以後、秘匿で。
まず二階ラウンジから窓を抜けて包囲網を突破します。その後、魔力回復を行い、戦域に突入。大規模物理魔法でガジェットを一掃します』
作戦そのものはシンプル。共有する作戦地図の上で、イメージを描く。
『了解です。ですが、第一段階の戦域突破が一番骨じゃないですか?』
当然の疑問に悠里は頷いた。
『短距離移動を行います。このAMF下での転移は困難ですから、光速移動します。短距離転移ができれば本当は不要な魔法ですが』
脅威は外部からの狙撃のみ。それをできない速度で、狙撃できない距離まで移動すれば、次の戦域への突入は自由になる。
そこに申し訳なさそうにセンチュリオン伍長が問いかけた。
『あの、私、そんな魔法持っていないんですけど?』『わかっています』
わかってる。きっと、他の誰もそんな呪文を持っていない。だから、拡張デバイスを持ったセンチュリオン伍長を随伴に指名したんだから。
『デバイス同期します。多人数による共同魔法で同時移動を行います』『
Ok, my master. Command control order. 』『
Extends Core-Linkage. All condition green. 』
悠里はセイクレッドを上位指揮者に、魔法リンクのパスの一部として TeRMiNus を取り込む。センチュリオン伍長が眉をひそめた。
『この機能は?』
しかし問いかけと同時に、悠里の知識がセンチュリオン伍長に植えこまれる。思考回路のパスの一部として悠里の記憶層がジンジャーに公開されていることを、伍長は当然のように理解する。理解させられる。
『記憶、魔法能力の共有・・・』『そう。必要な人の元に、必要な魔法と、実現可能な魔力を配送する。人の能力を、始めからそうであったかのように共有する、それが人間拡張。Hue シリーズは個人の能力を強化するものじゃない。個人の能力を必要な人に割り振る。個人の能力を全員で共有する全員による単一魔法回路化。
そう。端的にあらわすなら、We're the one. 共有する意思による人間の枠を超えた能力の発揮!』
悠里は廊下を駆け抜ける。
『
Ray assult. 』
センチュリオン伍長のレイ・アサルトが悠里を追い越し、2階食堂の大きな窓を吹き飛ばす。
「汝玉座を運ぶ車輪」
悠里の周囲に魔法陣が車輪のように回転しながら浮かび上がる。センチュリオン伍長が駆け付け唱和した。
「「駆けよ!」」『
Wheel of thrones. 』
次の瞬間、碧に輝く光が遥かに向けて軌跡を描いた。
7.
それは一瞬の流星だった。
トーレは碧色の光を狙撃用スコープから目を離して見送らなければならなかった。
いや、その瞬間、スコープを離すことができたトーレが優秀すぎるといえるだろう。それは彼女が顔を上げた直後、背後でオーケストラと呼ばれる作戦級戦域管制システムを展開していたクアットロがいまいましげに舌打ちしたことでもわかる。
「目標をロスト。管制域外への離脱を確認」「今のは?」
「略式儀式による高速、いえ、もう光速、移動呪文ですわ。あんな馬鹿げた呪文を使うだなんて」
クアットロはすぐさま配下の無人機械に指示を出した。小鳥遊悠里があの『闇の書』戦で見せた個人用魔力炉を展開するまでの時間は数分だった。どこまで移動したかは不明だが、それでも次に打つ手は知れていた。
そのまえに、無人機械群の移動を終えるかどうかが、勝負の分かれ目だった。
「『闇の書』を相手に戦域突入に使った光速移動呪文。それを拡張デバイスとユニゾンした足手まといを連れて儀式呪文による共同投射で、AMF 圏外に逃げ出したのでしょう」
「ふむ。とすると、次に来るのは」「広域制圧」
だから、すぐさま移動しないとね。
クアットロはうっすらと唇を歪めてみせる。トーレは頼もしげな妹の判断に頷いた。
わかる。
拡大した認識の中で、戦況や次になすべき事柄が理解できる。すべては自分の手の中にあり、何をなすべきか、そして、それをなすための力が送り込まれてくる。
自分が個々のパーツでありながら、自身の行動の一つ一つが織りなす結果が伝わってくる。総体である『私たち』の中で『私』の役割や貢献がダイレクトに理解できる。
卓越した認識。
これが、そう、『
人間以上』であるということなんだと強く理解できる。
ジンジャー・センチュリオン伍長はそんな全能感すら覚えて酔い痴れるようだった。
『彼女』が唱える呪文が次々と完成する。一つの魔法が完成することで、ひとつ、また一つと可能な作戦行動の幅が広がる。
ジンジャーは『彼女』が自動索敵システムを展開し終わったのに合わせて呪文を唱える。
それは本来、彼女に使えない魔法。
でも、今ならできる。高度な個人転送魔法。
転送に必要な処理は『私たち』が行ってくれる。必要な魔力は『私たち』から供給される。
きっと『私たち』にできないことなんてない!
『彼女』の瞳がジンジャーを見つめて、頷く。ジンジャーはただ、デバイスを地面に立てると、その呪文を解放した。
光り輝く魔法陣が淡い赤に輝き、ジンジャーと『彼女』を包み込んで、消えた。
空に淡い赤の輝きがいくつもの同心円を描いて、広がった。
仰ぎ見る空に現れたのは二人の人影。そのうちの一人が二叉に分かれた杖を天に掲げた。
虚空に次々と沸き立つように碧に輝く魔法陣が浮かび上がる。
その数、10、20、50、100・・・。
数えきれない魔法陣が一対となって暗い夜空を空を埋め尽くす。
「星よ、集え。至れよ、光」『
Starbow blue shift, 』
魔法陣の手前に収束された魔力球が対になった陣の間で跳ねかえった。その勢いは後方の魔法陣がより強く跳ねかえすことでさらに増し、行き交う魔力で淡く青色に輝く光の筒が形成された。
杖が降り下される。
「突き抜けろ、星弓」『
Burst strike. 』
力を解放された光の筒が光の柱となって地面を薙ぎ払う。
魔力から物理現象に質的変化を遂げた強力なレーザーが大気をイオン化し、本来不可視であるはずの光条を青く輝かせる。大気すら焼き切り、オゾンの匂いが周囲に立ちこめて、研究所に群がる無人機械を貫き、切り裂いた。初撃を避けた無人機械が必死の回避を繰り返すが、遙か上空から見下ろす射手から見て哀れなほどに遅い。
次々と追い立てられ、切り裂き、引き裂かれる。
いくつかの無人機は集合し、強力な AMF を発生させた。しかし、すでに物理現象化したレーザーを遮ることができず、なすすべなく撃破される。撃破された無人機の影に隠れて遮蔽を取った無人機には3基、4基の光の筒が焦点を合わせ、遮蔽ごと焼き尽くされる。自身の兵装での撃ち合いを試みるものも、上空の絶対者には届かず、また、その手前で防御呪文を展開する守護者の前に空しくかき消された。
わずかな無人機械が上昇し、光の剣を振るう絶対者に抗おうと試みるが、無人機の持つ兵器の射程に届くまえに、まるでその動きを知っていたかのように機先を制され、撃ち落とされた。
全ての抗う者は躓き倒れる。
火が荒野を焼き滅ぼし、炎が動く全てを焼き尽くす。
暗い夜の闇を、輝ける炎の柱が支配する。
逃れ得る者はどこにもいなかった。
8.
コンクリートが溶け、鋼が焼け、大気が焦げる。
そんな地獄のような光景の中に、二人はゆっくりと空から舞い降りた。
研究所を仕切る外壁は攻め手の無人機械に破壊され、それを灼熱の光に焼かれて溶け崩れている。かつては目を楽しませるために整備されていた中庭は破壊された機械に掘り返され、ことごとくが薙ぎ払われていた。誰もかつてここで昼のひとときを楽しんでいたことがあるなど信じられないだろう。
「これはまた、目で見ると違いますねぇ」
ジンジャー・センチュリオン伍長は二又の槍状になった管理局標準のストレージ・デバイスを肩にかついでため息とともに周囲を見回す。
ずいぶんと激しい模様替えをしたものだ。
率直にそう思う。それをなしたのがA+級の魔導師であるこの少女と、すこしうぬぼれていいならたかだかDランクの自分のたった二人で成し遂げた戦果かと思うと、ぞくりと背筋に甘美な何かを感じずに入られない。
その良し悪しはともあれ、これが拡張デバイスによって集合された『人間以上』の威力と知ると、この先の管理局には必要な力だと確信すら抱く。
と、視界に警告が表示される。
『
Warning, Ancent Velka AMF camofrage detected. 』
次々と小鳥遊悠里の探知魔法に検出された古代ベルカ式の無人機械が研究所屋内から姿を表す。その凶悪な殺人機械としての姿は目には見えない。しかし、強力な AMF の存在が逆に彼らの存在を浮き立たせていた。
ジンジャーは唇を噛みしめる。読める。彼女の振るう光の槍から逃れるには研究所の所員、警備員を盾にするしかない。誤射をしないために、近接する無人機を撃つことはできない。おそらくはこちらの意図を読んで、無人機が殺到したのではないだろうか。その圧力にはたして警備隊は耐え切れただろうか。
全滅ではない。でも、彼女たちの離脱を引き金にこれらの無人機が残った警備隊に襲いかかったのかと思うと、無事でいてほしい、その一言以外思いつかなかった。
「吹き飛ばしますよ!」
突き出したデバイスの先に輝く炎の魔法陣が二つ浮かび上がる。小鳥遊悠里が『玉座』と呼ぶ魔力収束球から魔力が引き出され、魔法陣に閉塞された空間の中で共鳴発振する。術式によって光学変換された光が魔法陣の間を反射することで整流され、圧縮された空間の中で高エネルギーレーザーとなってぼんやりと青く発色する。
「先手必勝」『
Starbow blue shift. 』
デバイスを横に薙ぎ払う。
姿を隠し、いまだ存在を知られていないはずが、あっさり接近を気取られた古代ベルカの無人機は態勢を整えるまでもなくレーザーに薙ぎ払われる。
爆炎が上がるのは一機。もう一機は薄く装甲を撫でぎるに止まり、もう一機は機体の半ばを焼かれながら、機能を維持していた。
「こんのっ!」『
Frame lance. 』
ジンジャーのストレージ・デバイスが炎に包まれる。その炎の槍を頭上で一回転させると烈迫の気合とともに振り下す。本来ならばジンジャーの魔力ではあり得ない属性の物質化現象が上から激しい勢いで無人機械に叩きつけられた。炎が薄い装甲を一瞬のうちに気化し、発生した金属蒸気が膨張し亀裂を生じさせる。そのまま撃ちこまれた打撃が内部構造をかき回し、無人機械が動作を止めた。
その影から、まだ機能を維持した無人機械が激しい勢いでジンジャーに体当たりするように襲いかかった。
『
Phoronic needle, projectile sentory. 』
ジンジャーの背後から次々と光の針が無人機械を捉え、突き抜ける。姿を隠していることなどなんの障害にもならないと言わんばかりに、こっそりと近づく姿を捉え、撃ち貫いた。
「助かります」「気をつけて。危なかったら上空に逃げた方がいい」
問題はそれができない場所だけど。
小鳥遊悠里の考えが伝わる。そう。この連中が厄介なのは、掃討することができなかった唯一の場所、研究所内に潜まれた場合なのだ。そこにはまだ彼女たちを信じて戦う管理局警備隊がいるはずだった。
間に合わないなんて、信じない。
「行くよ」
強い拒絶すら込めて、悠里が声をかける。ジンジャーも強く頷く。
手には炎の槍を持って、ジンジャーは悠里の前に踏み出ると半ば廃墟と化した研究所へと足を踏み入れた。
最初に見つけた遺体は潰れたガジェットの影に二つ折り重なっていた。
ちらりと視線を向け、その視線に気づいたのか、センチュリオン伍長が間に入り、遺体を確認した。
「警備隊のパーシング上等兵とシャーマン二等兵です。これは前方警戒を狙われたんですね。鋭い刃物で胸を刺されています。傷口はあの透明な無人機械のものです。シャーマン二等兵は上官を連れて逃げよとしたところを襲われたようですね」
研究所の所員リストから二人の名前が消された。
最初に狙われることになるのは覚悟の上。とはいえ、実際に殺されるのは胸が痛む。
小鳥遊悠里はこくりと頷くと、小さく手を前に振った。センチュリオン伍長が頷いて杖を小脇に抱えて前進する。
悠里はくっと目を閉じると頭の中から二人の死体を追い出す。わかっていた。警備隊に大きな被害が出ることはわかっていた。それでも、このままじり貧になるよりはましだと、逆侵攻を提案した。この二つの死体はその結果だ。
そして、これからまだ見る始まりに過ぎない。
「悠里さん?」「ん」
先行するセンチュリオン伍長が声をかける。悠里は無理やり頭を動かして視線を外した。
ざっと周囲に探知魔法を展開する。
狭い。
統合された複数の探知方式によって拾われた情報が、ただちに現在の戦術地図を更新していく。しかし、多数発生する残像やセンシング自体を阻害するAMFの前に、悠里たちの知覚範囲は限られた範囲に閉ざされていた。
彼らはその影にいる。
外部に配置している広域探知呪文は研究所からの異物を検知していない。単に暴れるのが目的であれば研究所の外に脱出するには今が一番いいタイミングだ。
でも出てこない。
つまり、来いといってる。
ここで決着をつける。そう、告げているんだ。
敵の能力はわかっていても人数は不明。ナンバーズ以外の戦力投入の可能性も考えると安易に敵を想定するわけにはいかない。
最悪、レリック・ウェポンを埋め込まれた蘇生魔導師と相対する可能性だってあった。
だから、ひとときだって息を抜けない。
そう、意識を引き締める。
後から考えてみれば、それがいけないことだった。人間には緊張を維持し続けることはできない。もし、それを続けているのであれば、それは緊張ではなくただの惰性だ。緊張している感覚を身体の中で固めてしまった意識の焼きつきに異常反応を繰り返すことになる。それは傍から見れば実戦経験のない新兵がわずかな物音にも過剰反応して消耗していく姿、そのままだった。
次に見つけたのは崩れた部屋の中に倒れた数人の男女の姿だった。
吐き気がする。
ここは前進防衛拠点に当たる。部屋の壁はぶちぬかれ、築き上げられたバリケードの残骸が周囲に散らばる。緊急用シェルターへ向かう回廊の手前の部屋の壁を撃ちぬいて後方への脱出路を確保し、通路側はバリケードとなる資材やガジェットの破片を積み上げた大きなサイズのものが通れないよう封鎖されていた。
数を数える。人数は男の警備隊員が二人と女性が一人。制服を着ていない研究員は、悠里の顔見知りだった。
センチュリオン伍長が室内に立ち入ろうとして足を止めた。
強力な AMF の存在。それは近くに無人兵器の存在を示唆していた。
メインの回廊は封鎖されている。その向こう、回廊の角に当たる部分から屋内にかけて、魔法的なセンシングを無効にしていた。
悠里はセンチュリオン伍長に待機させ、索敵プローブを屋内と後方、悠里たちが通ってきた回廊に放つ。屋内に入ったプローブは向こう側の回廊に出た瞬間に、そして、後方に放ったプローブはしばらく安全を告げた後、出口付近でかき消された。地図を思い描く。セイクレッドが元の研究所の地図に、確認された破損、障害物を加えて脳裏に描き出した。
『出口を塞ぎかかってます?』『もう少し、中に引き付けてくると思ったんだけど』
手前で仕掛けなければならない。それはよい知らせだ。シェルター周辺の最終防衛線を攻めあぐんでいるということではないだろうか。
そんな希望的観測をぐっと抑える。
この目で見ない限り信じない。期待しない。友軍はすでに壊滅済み。そう自分に言い聞かせて、時折感知する振動や魔力の拡散に友軍の痕跡を見つけてしまう。
じりじりと焦燥が肌を灼く。急げと叫ぶ心を、理性と恐怖が押しとどめる。
おそらくは屋内に入ったところを無人兵器で押し込むつもり。屋内乱戦に持ち込んで一気に勝負を決めるつもりなのだろう。それに対抗するなら、そもそも屋内に入らないか…。
「セイクレッド」『
Stored spell opens. 』
前方のセンチュリオン伍長が地面に伏せる。杖の先に浮かぶ二重の魔法陣。悠里はそこに惜しみなく魔力を注ぎこむ。杖を正面の回廊を塞ぐバリケードに向けて。
「吹き飛べ!」『
Starbow strike blueshift, Full powered. 』
杖の先を思い切り横に振り薙いだ。
金属すら瞬時に蒸発させるだけのエネルギーを込めた高エネルギーレーザーが、正面のバリケードをぶち破り、そのまま、研究所の壁を焼き切って回廊の角、バリケードの影に隠れていた無人兵器を次々とまっぷたつに切り飛ばす。その直後、センチュリオン伍長が屋内に転がり込むと、AMF 反応が強い影に向けて、炎の槍を突き、薙ぎ、払う。
『
Ray assult. 』『
Ray assult. 』『
Ray assult. 』
低下した AMF の中、悠里もセンチュリオン伍長に続く。そして、屋内の安全を確認して、破損している開口部に魔力弾を撃ちこんだ。
「なんでよ!」
女の声が響く。
センチュリオン伍長がちらりと悠里を一瞥して、そのまま、開口部に飛び込んだ。悠里の見ている前でくるりと地面に前転し、死角となっていたシェルターに向かう回廊の奥の人影に杖を向ける。
『
Bind. 』「チッ」
素早い動きで避ける。それは人のなせる機能を超えた動きで。
「止まりなさい! ただちにその場に両手を着いて」
『
Ray assult. 』「こんな小娘なんかに!」
悠里も直ちにセンチュリオン伍長の後に続いて杖を向け、魔力弾を撃つ。なびくウェーブのかかった長い髪。青いボディスーツ。特徴的な彼女が身を翻し、逃げ出した。
「待ちなさい!」「この!」『
Warning. It’s looks a trap. 』
セイクレッドの警告を無視して、悠里は呪文を用意する。レイ・アサルトは消えなかった。だから、ここに無人機はない。後方作戦担当のクアットロを押さえれば、一気に状況は改善する。
勝負に出るべきだ。
「駆けよ!」『
Light shift. 』
長い距離を一瞬で詰め、悠里は『
Sword of Eden』を振りかぶった。
「これで、終わり!」「まったくな」
振り向いた女性から偽装の幻影が掻き消えた。手には青い光を放つ二つの剣。
「あ…」「終わりだ」
彼女の精悍な声が終止符を告げた。
間にあわな・・・。『
Noli me tangere』
青い閃光が振り抜かれた。
背後から碧い光が駆け抜けた。
ジンジャー・センチュリオン伍長は彼女のはるか先、背を向けて逃げ出した不審人物の背後に現れた小鳥遊悠里の姿に驚く。精密誘導はできない。そのはずだった
光速転移を悠里は素早く実行すると、標的に杖を振り下したからだ。
だが、その驚きもすぐに別の表情にとって変わった。
「悠里さん!」
駆けだす。振り返った両手に青い光を放つ剣を抜き放った女性が悠里の小柄な身体を振り払った。
『
Noli me tangere』
かすかに届くデバイスの防御呪文。次の瞬間、異常なほどに軽々と跳ね飛ばされた悠里の身体が回廊の床や天井にぶつかって跳ね回りながら迫る。慌てて手を広げ、悠里の小柄な身体を抱きしめた。
ふわりと身体が浮かぶ。つま先に力を込めて、引きずられないよう抑え込んだ。
「クっ・・・」
腕の中の少女の暖かな感触。バイタルのデータが流れ込む。物理的なダメージは抑え込んだ。でも、ずいぶんと魔力を消耗している。これ以上の戦闘行動は不可能なほどに。
躊躇うまでもなかった。
ジンジャーは悠里の身体を肩に背負うと、踵を返して走り出した。
作戦は失敗だ。相手の伏兵、いや、おそらくはこれが本来の主力、に友軍との合流を阻まれた以上、するべきことはただ一つ、速やかなる退却以外にない。
中尉、すみません。
心の中で上官に詫びる。でも、今はこの少女を守ることを優先したいと思うんです。
退避できれば再侵攻の目もある。無人機械によるAMFの影響がない場所で態勢を立て直すことができれば。
と、正面にAMFをまとう見えざる影が現れる。その向こうには先ほど逃げた女性と同じ格好をした人影があった。
「残念。回りこまれてしまったわけ」
彼女のかけた眼鏡がきらりと光った。これが私たちの敵。背後から駆けてくる音が大きくなる。
行く道はどこにもなかった。
「じゃあ、死んじゃいなさい」
「ふざけるな!」
ジンジャーは大きく杖を降りかぶる。
「焼き尽くせ」『
Flame lance. 』
守り抜く。肩に担いだ重みにジンジャーは決意を強く、正面の無人機械に突撃を駆けた。
9.
どさりと身体が投げ出された。
小鳥遊悠里はぼんやりと霞む頭を振った。
痛い。
お腹が切り裂かれたように痛い。腰から背中にかけて、どこかにぶつけたようにしびれて、身体が動かない。
『
Master! Please wake up. 』「・・・ぁく・・・・・・」
誰かの声が俺を呼ぶ。目を開けろ。身体を起こせ。
痛みに涙がにじむ。何もしたくない。立ちたくない。もういい。もう、知らない。
辛いよ。
とっても辛いよ。
嫌だ。もう嫌だ。
「逃げ・・・、早く!」『
Master! Be aware. Don’t miss your conscious! 』
うるさい。
悠里は苛立ちとともに目を開く。その視線が彼女と、地面に膝をついて杖に縋るジンジャー・センチュリオン伍長と合った。
「すみま・・せん。逃げて、くだ・・・」「ばーか。逃がすわけないでしょ」
ジンジャーの背が青いスーツの足に蹴り飛ばされた。
ずしゃりと鈍い音がして、ジンジャーの身体が簡単に二転する。飛び散る赤い液体が白い回廊を濡らす。ジンジャーの手が零れ落ちた杖を探して地面を掻いた。
ぐしゃ。
その手を青いスーツのヒールが踏み潰す。ジンジャーが目を大きく見開いて、口をぱくぱくさせるが、肺が傷ついているのか声が出ない。
「たかだか D ランクがてこずらせてくれるのね。オーバーマスターが意識を失ったら、てっきり魔力供給も途切れるものだと思ってたのに。
ああ、シャワーを浴びたいわ」
顔を上げる。悠里の方をみて、女がワラウ。
クアットロと呼ばれる戦闘機人が勝ち誇った笑みを浮かべて悠里を見下ろしていた。
「でも、これで任務完了。シェルターは封鎖されちゃったからどうしようもないけど、ドクターへのお土産は確保できましたわ」
「あ・・・」
ようやく理解した。
こいつらの目的は俺だ。
魔法技術の厳格な管理を望んだ最高評議会が許可を出したのだろう。
私を殺しに来たんだ。
痛みを訴える身体に魔力を流し込んで引きずり起こす。クアットロの表情に嗜虐的な笑みが浮かんだ。
「あらま。まだ、動けるの。トーレお姉さまもまだまだね」
クアットロがこちらを向く。そして一歩、足を踏み出し、止まった。
「やら、せ、ない」「・・・」
踏み抜かれた反対側の手を伸ばして、ジンジャーの手がクアットロの左足を掴んでいた。
クアットロが表情を失う。とても無機質な、物をみるような冷徹な目で足を掴んだジンジャーの顔を見た。
あ。
クアットロの掴まれた左足がゆっくりと持ち上がる。
悠里は哀願する。
「お願い。や、め、やめて・・・」「・・・」
「その、子は」
クアットロが表情一つ変えず、ジンジャーの頭に左足を乗せ・・・。
クシャッ。
踏み潰した。
卵の潰れたような音が、たしかに悠里の耳に届いた。
それは。
ヒトガシヌオト。
「あ、あああぁぁぁぁぁぁぁ」
壊れていく。
耐えられない現実に、俺が、私が壊れて・・・。
さぁっと音を立てて真っ暗になる視界の中、誰かがささやいた。
わたしに、まかせて。
優しい手が私を包む。
だいじょうぶ。
暖かい声が聞こえる。
身体の力が抜ける。優しい暗闇が私を呑み込む。
『
悠里』の敵は、わたしが殺す。