Lyrical Nanoha : SECONDARY PRODUCTION
It's a Sacred for the World.
Written by ヽ(゚∀。)ノうぇね

聖句 ストライカーズへの序曲 - 02
「The longest night.」


1.


 来年にはこの学園を卒業する。
 外界と遮る柵に肘をついて、春の暖かさが篭る風を感じる。その柔らかさに俺は小さく微笑んだ。
 聞こえるのは微かな声。
「ちょっと、早く」「そうや。せっかくのチャンスやで」「なのは、がんばって」
「う、うん」
 振り向く。
 これが目的かぁ。
 はやてに呼び出された小学校の屋上に、はやて自身の姿はなく、どうしたんだろうと疑問に思う俺の前には、みんなに背中を押される、なのはの姿。
 視線が重なって、思わず照れる。
 みんなおせっかいだな。
 階段の方に固まる人の反応に、俺は苦笑を抑えられなかった。
「なのは」
 声をかける。
 ぴくりと顔を上げたなのはが駆けよってくる。
 そして、俺の目の前に立った。
「「ごめんなさい!」」
 声がはもる。
 俺となのはは同時に頭を下げていた。
 焦っていた。自分のことに手いっぱいだった。
 だから、わかっていなかった。
 なのはが、どんな思いで頑張っていたのか。
 俺がなのはのことを思っていたように、なのはも一緒に働いている俺のことを思って、頑張っていたんだ。俺はただ、なのはの未来を気にしてばかりで、今のなのはがどんな思いで頑張っていたのかを理解していなかった。
「それじゃ、これであいこだね」
 頭を上げて、なのはが笑う。俺もつられて微笑んだ。
「ん。あいこ、だね」
 手を伸ばす。
 なのはの小さな右手を俺の右手が握りしめて、握手。
 目を見交わして、笑った。
 もう大丈夫。
 そう、思った。


 あまり期待していなかった。
 コーネリア・ルクレールは巡航L級戦闘艦アーディティに転送されてもいつもの喜びを感じなかった。むしろ、つまらない状況になったものだと思っていた。
 この艦にはあの娘がいない。
 次期計画に当たるリンカーコア人造計画と虚数空間研究の調整を取るために、当分は本局技術開発局に缶詰らしい。特に疑似コアと呼ばれる次期計画については本局でも多大な期待を抱かれていた。
 だから、一刻を惜しんで研究に戻りたいと思うのだが、これも自分で言い出したことだ。途中で放り出すわけにも行かない。
 コーネリアはずいぶんと顔見知りになったアーディティの士官に案内されて、いつもの講習室へ向かう。
「こちらです」「ありがとう」
 部屋を示す士官が妙に笑いを堪えるように扉を示した。
 小首を傾げながら、扉を開く。
「あら」「こんにちは」
 立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。ツインテイルとでも呼ぶべきか、左右に伸びるお下げが少女の動きにぴょんと跳ねた。
 そこには意外なことに、いつもすっぽかしていた少女の姿があった。
「その、あの、今までごめんなさい!」
 アーディティに所属する AAA 級魔導師高町なのはがコーネリアに勢いよく頭を下げた。その隣ではヴォルケンリッター、鉄槌の騎士のヴィータとおぼしき少女が腕を頭の後ろで組んでつまらなさそうに立っていた。
「悠里ちゃんとお話して、全部私のためだって聞いて。その魔法のお勉強ならレイジングハートも教えてくれるからそれよりも訓練した方がいいって思ってました。
 だから、その、お願いします。私に魔法のこと、ミッドチルダのこと、次元世界のこと、教えてください」
 コーネリアは微笑む。
 無駄じゃなかった。あの娘の想いはちゃんと伝わったんだとわかって嬉しかった。
「その、駄目ですか?」「いいえ」
 上目遣いに問いかけるなのはにコーネリアは笑顔で答えた。
「これまでの分もがんがん行くわよ?」「はい!」


 コーネリアさんは面白い人だった。
 なのはは講義を聞きながら思う。
 研究所での悠里ちゃんの話も織り混ぜながら、ミッドチルダを含む次元世界の説明をしてくれる。
 ふと、なのはは訊ねた。
「コーネリアさんはどうしてこんなに良くしてくれるんですか?」「あら?」
 不思議そうにコーネリアさんが首をかしげた。
「そうね。管理外世界が生んだ AAA 級魔導師に興味があった、というのはどうかしら?」「そうなんですか?」
 なのはは目を丸くする。と、コーネリアさんが苦笑した。
「ほかにも、いくつか打算があるのよ。ちょっといいところを見せて点数取り。見せたい相手がいなくなっちゃったけど」
 ぴんと来た。
「悠里ちゃんに、ですか?」「あは、やっぱりわかる? そう。実はね、あの子に私の養女にならないかって粉をかけているの」「そうなんですか!」
 驚きだった。
 悠里ちゃん、そんな素振りも見せたことなかったのに。
「初耳だった?」「はい! 悠里ちゃん、そんな話があるなんて、ぜんぜん」
「いろいろと事情があるらしくて、断られてばかりなんだけどね。ライバルもいて大変だわ」
 そう言ってコーネリアさんが笑う。
 ライバル?
 なのはが首をかしげた。他にも悠里ちゃんを引き取ろうという人がいるのだろうか。
「そう。管理局のレティ・ロウランって人がそうよ」「そうなんですか」
 はぁ。ため息が漏れる。コーネリアさんが眉を顰める。
「あの人、男の子もいるのに。娘が欲しいからって。息子の幼馴染みで満足するべきよ。他にも、リンディ・ハラオウン提督も狙っているようなのよね。娘はお嫁に行くから何人いても華やかでいい、なんて、まったく油断がならないわ」
「あははは・・・」
 なのはとしては苦笑するしかない。
 でも、困りながらも、なのはは感じる。その言葉の一つ一つに伝わる想い。
 悠里ちゃん、悠里ちゃんはこんなにも愛されてるよ。


2.


「はやて、緊張してる?」
 時空管理局本局の大ホールを見回して、隣でかちこちになっている八神はやてを優しく見つめた。
「そらな、こんな大きな場所で御広めなんて、なんか私、舞い上がってしまいそうや」
「あうあう、リインも恥ずかしいです」
 なんか、初々しいなぁ。
 今日は技術開発部による、先進技術報告会がこの時空管理局本局、大ホールで開かれる。はやてはその先鞭として融合騎リインフォース II の発表をすることとなる。
 古代ベルカの先端デバイス技術の再現となるこの発表には、ミッドチルダの自治区からベルカ聖王教会の使節も来賓するということもあり、今年の報告会は例年と違い3日にわたるビッグ・イベントとなっていた。
 とはいえ、初日の今日はお偉いさんの訓示とリインフォース II のお披露目。明日以降は技術課題のデモンストレーションとなる。あとは、本局高官によるパーティだけど、それははやてを人身御供に捧げて、俺は壁の華、適当にはやてを救出して帰ればいい。
 俺にとっての本番は明日の報告会。だいたい中堅どころが集まる、この先10年の魔導技術動向に『耳を澄ます』、敏感な士官連中向けの説明会だ。技術的な話題はそこで盛り上がることになる。
 わざわざ、3日目を用意したのは、俺と本局技術開発部とで熟考した結果だ。
 もし、食いつきが悪ければ、俺と技術士官たちとの新技術についての質疑応答の場となる。まぁ、そうなるとせっかくの大ホールもほとんど必要なくなるので寂しい限りだが。
「そんなの、気にしなくたっていい」
 俺ははやての肩を軽く叩くと笑顔を浮かべた。
「どうせ、セレモニーに来ただけの連中。はにわが転がってるようなものだから」「あら、埴輪とは言い得て妙ね」
「「!」」『Sorry, sir. 』
 セイクレッドの探知を抜けた!
 俺は慌てて振り返る。その視線の先には小柄な、まぁ、俺よりは背が高いが、婆さんがにこにこと取っつき良さそうに微笑んでいた。
 ぞくりとする。背筋が凍った。
 はやてへの暗殺や嫌がらせを防ぐために、近接知覚の魔法が展開してあったはずなのに。
 この婆さんは一体。
 思わず一歩下がりかけて、はやてがいることに気がついた。足が止まる。
「あなたは、そう、本局内でのデバイスの使用を許可されているのね」
 何かを確認するように虚空に視線を投げた彼女が小さく頷いた。
 本局内秘匿回線。
 そのことにようやくながら気がつく。
 俺は今更のことながら彼女が老身ながら管理局高官の制服を身にまとっていることに気がついた。
「立派なナイトだわ」
 くすりと笑みを浮かべて、俺を見下ろす。
「でも、本局内でおいたは駄目でしょ。そこまで用心することはありませんよ」
 俺は唇を噛んで小さく頷くと、セイクレッドに声をかけた。
「『太陽の瞳』解除」『Yes,sir. Release resourses. 』
 俺の体内を循環する魔法陣。その中に紛れ込んでいる常動型感知呪文が解放された。
「よろしい」
 満足そうに微笑む。そして、椅子に坐るはやてに視線を向けた。
「始めまして、八神はやてさん。時空管理局はあなたのなした偉業に感謝します。
 私はミゼット・クローベル。時空管理局統合幕僚本部副議長を務めさせていただいているわ」
「これはご丁寧に、ありがとうございます」「あらあら。行儀のよい子ねぇ」
 慌てて立ち上がり、ぺこりと頭を下げたはやてに笑いかける。そして、俺に視線を向けた。
「こちらはあまり行儀のよい子とは言いがたいわね」
 意味ありげに笑う気持ち悪い婆さんに俺は内心憮然としながらも、頭を下げる。
 どうせ老い先短いしな。
「始めまして。小鳥遊悠里です」
「そう。あなたが悠里さんね。面白いことをしてるって聞いてますわ。明日も楽しみねぇ」
 知ってたくせに。
 俺は表情を変えずに頷いた。
「はい。よろしくおね・・・へ?」
 ちょっと待て。この婆さん、今何て言った?
 俺は聞き捨てならない言葉に目をまるくする。
「明日の報告会、楽しみにしていますわよ」
 ほほほほほ。
 声だけは好々爺のように笑いながら、その視線がニヤリと笑う。
「ちょっと、待って!」「あら、レジアス坊やだわ。久しぶりにいろいろと話したいわね」
 止める間もなく、自然に離れるその背を追おうとして、警護の局員に阻まれた。
 優しく肩を止められて、思い留まる。
「まさか・・・」「なんや、悠里。どうしたん?」
 あの婆さん、何を考えていやがる。
 不思議そうに俺を見上げるはやてに首を振る。
「なんか、あの婆さん。明日の発表会にも来るつもりらしい」「あ、そうなん」「うん」
 俺はため息をつく。
 なんか、嫌な予感がした。


 悠長なものだな。
 レジアス・ゲイズ准将は居並ぶ高官たちの姿に馬鹿馬鹿しさを覚えていた。
 今後十年を占う技術的蓄積の発表会。それは本来、政治的な駆け引きの場所などではない。それがあの子娘一人のせいでただの政治パーティになり果てるなど愚の骨頂だ。
 レジアスから見て『闇の書』などただの過去の遺物でしかない。それをあたかも古代遺失物に対する管理世界の勝利のように喧伝するなど、馬鹿馬鹿しい話でしかない。
 これまでが無力にすぎた。その失点を取り返しただけに過ぎない。
「レジアス坊や。気に入らなそうだねぇ」
 さっさと権力者の義務を果たして帰ろうとした彼を引き留めたのが、その声だった。
「クローベル副議長ですか。坊や呼ばわりは止めていただきたい」
 振り返る先に彼の胸までしかない小柄な老女の姿があった。
「儀式は必要だわ。それで安心が買えるなら安いもの」「それは弱い人間の言い訳にすぎん」「人間、どこかしら弱さを抱えている。強い人間なんて考えることをやめた言い訳よ」
「・・・屁理屈を」「おやおや」
 憮然とする。率いるものは強くなければならない。犯罪者への妥協など忌むべき惰弱に過ぎない。
 罪が裁かれなければ、道を誤らぬものが割を食うばかりでないか。
「とはいえ議論をしに来たわけではないのよ」
 ミゼット・クローベル副議長が笑う。
「レジアス坊やが急いで帰ろうとするものだから、ついつい。余計なことをね」
「ふん。こんな茶番に見るべきものなどありはせん」
 そうだ。茶番など、意味がない。
 レジアスはそう自分に言い聞かせると、背を向ける。ミッドチルダで彼を待つ仕事がある。今日、彼がその仕事をできないことで、明日助かるはずの部下に被害が出ないとも限らないのだ。
 だが、その背を穏やかな声が止める。
「あなたらしくもないわね。大きな花火に目が眩んでしまったのかしら?」
 なんだと?
 レジアスは執拗なまでに呼び止めるミゼットに怒りすら覚える。しかし、圧倒的なまでの身長差で見下ろされているはずのミゼットは軽く笑って見せた。
「明日は楽しいわよ。騙されたと思って見ていきなさいな」
「ぬぅ」
 はたしてミゼットをしてそこまで言わせるだけのものがあるというのか。
 レジアスは素早くスケジュールを思い出す。そして、歩き出した。
「明日だけだ」「そうね」
 一言、言い捨てる。
 明日一日であれば、今からスケジュールを開けることも可能だろう。
 調整と連絡に明け暮れることになる娘のオーリスに心の中で詫びながら、レジアスは歩を早めた。


 的中だよ!
『Sir, what’s matter? 』「大あり・・・」
「大入りやな」「部屋狭すぎたかしら」「どうしましょう?」「すごいですわね」
 翌日の報告会。前日のパーティを無難に乗り越え、今日は実務者向けの技術デモンストレーションから始まる。当然のことながら、年中忙しいお偉いさんは昨日のパーティでさようなら、のはずなのに。
 振り向く。昨日の面子から当社比2.5倍。
 はやてに技術部のマリエル、研究所からお手伝いのジンジャー・センチュリオン、そして。
「はやて、誰、このひと?」
 俺の問いかけに、長い金髪を赤いカチューシャでまとめたお嬢さま然とした少女がにこりと微笑む。
「始めまして。私はミッドチルダ、ベルカ自治区の聖王教会に務める騎士、カリム・グラシアと申します。騎士はやてとは親しくさせていただいております」
「始めまして。私は小鳥遊悠里。これの友達」「なんや、つれないなぁ」
 ぺこりとお辞儀。はやてがちょっと頬を膨らませる。
 いや、わかっていたけど、増えていくのね。確かに時期的に来ても不思議はないんだけど。
 先生、現実が辛いです。
「ベルカの使節は昨日で帰ったものと思ってました」
 俺の呟きにカリムが頷く。
「はい。ですが、騎士はやてが今日の方が断然面白いとおっしゃられるものですから、私、無理を言って全日参加させていただいたのです」「あはははは」「そーなのかー」
 ・・・Ex化したくなってきた。
 横で困ったように笑うはやてを一瞥する。
 ちらりと視線を投げると、カンファレンスの最前列に陣取るミゼット・クローベル統幕副議長がこちらを見てにこやかに手を振ってやがる。
 ちくしょう。
 俺はため息をつく。こんなところで目をつけられたくなかったんだけどなぁ。
 会場はすでに八割方席が埋まっていた。前列にはぞろぞろと妙に左胸に略章をつけたやからが多いんですけど。
 絶対あの婆ぁの仕業だよ。
「悠里の晴れ舞台やな」
 まるで自分のことのように純真に笑う、その笑顔が憎い。
 俺はふんと鼻息荒く、会場を見回した。
「絶対に大荒れの会議にしてやるから」
 約束だ。


3.


 午前から始まった報告会は冒頭のリインフォースIIの技術的説明から始まった。技術部のマリエルの説明はわかりやすかったが、やはり焦点が技術的なプレゼンテーションに向けられているため、その成果が見えづらい。幾人かの技術に理解のある士官からの説明も散発的で、盛り上がりに欠けていた。
 いや、盛り上がるようなものでもないけどな。
 俺はマリエルのプレゼンに拍手して迎える。
「もう、緊張したわ」
 ほっとしたのか笑顔ですれ違う。
「いいプレゼンでしたよ」「あまり派手さがないのも問題ね」
『正面の時計で1015から、嘱託魔導師小鳥遊悠里さんのデモンストレーションを予定しております。なお、デモンストレーションの技術的詳細は明日の午前に分科会が用意されております。詳細に関してはそちらの分科会で質問いただけるようお願いいたします』
 進行役の念話が会場に響く。
 俺は多くの人が出入りする中、壇上に上がると技術士官たちの手を借りて設定を始める。外見、12歳の少女がいろいろと指示を出しているのを無遠慮な視線が見つめていた。
「悠里さん、大丈夫?」
 レティ・ロウラン提督がちょっと席を離れて声をかけてきた。
「はい。大丈夫です。それほど時間をかけるつもりはありませんから」「そう。場合によっては他の人に任せてもいいのよ?」
 冷静に、でも、どこか心配そうにレティ提督が提案する。ありがたい言葉だが、俺は首を横に振った。
「どちらかというと、明日の分科会を他の人にお願いしたいです」「それは・・・無理ね」「はい」
 目を見交わして乾いた笑いを浮かべる。と、レティ提督が俺を驚かせないようにゆっくり、右手を差し伸べて頬を撫でる。
「困ったら、いつでも言いなさい」「はい」
 ぺこりと頷く。
 ちょっと残念そうに手を戻しながら、レティ提督は席に戻っていく。
 いつのまにかホールは静まっていた。時計を見る。時間だ。
 ちらりと視線を投げると、司会の人が笑顔で頷いた。
『それでは、これより嘱託魔導師小鳥遊悠里さんの「疑似コア生成技術のスピンアウトがもたらすもの」について、デモンストレーションをお願いいたします』
 俺は光り輝くライトに向かって声を張り上げた。
「始めまして」


 レジアス・ゲイズ少将は壇上に立つ子供の姿に憮然とする。
 こんな子供に管理局の技術が劣るというのか。
「私が管理局に提供する派生技術のひとつは、リンカーコア・コネクションと呼ばれる魔力の伝送技術になります。これはもともと医療用に開発された技術です。
 魔導師のリンカーコア、そこから発生する魔力の行使は、高度になればなるほど術者に収束された魔力が漏えいし、術者自身を傷つけます。
 リンカーコア・コネクションから発生する補助バイパスは収束された魔導の組成を術者の身体ではなくバイパス内を通すことで身体に耐えられない魔力の行使を可能とします」
 正面のウィンドウに映し出された概念図は魔導師の身体から発生するリンカーコアから伸びた、外部コネクションが効率的に魔導の構成を編み上げることを示していた。
 レジアスは眉を上げる。
 ミッドチルダには数多くの現役を引退した魔導師がいる。そのほとんどが、高位の魔導師であっても、いや、高位の魔導師であるからこそ、前線勤務が多く無理な魔力行使や激務によって自身の魔力に耐えられなくなり職を辞す場合が多い。
 もしかすれば、この技術はそう言った引退した魔導師をもう一度現役に戻すことができるのではないか、そう思ったからだ。
「具体的な例をお見せいたしましょう。まず、協力者を紹介いたします。
 虚数空間研究所で警護任務を務めていただいているジンジャー・センチュリオン伍長。魔力ランク D の陸戦魔導師です。そして、もう一人は昨日の主役、魔力ランク S+、夜天の主、八神はやてさんです」
 どう言うつもりか、壇上には視線を浴びて恐縮している伍長とあの犯罪者の姿があった。
「センチュリオン伍長にはあらかじめリンカーコアから補助バイパスを生成する拡張デバイスを用意しています。また、八神さんにはこちらの簡易伝送機、管理局標準戦闘艦に配備されている高ランク魔導師への魔力伝送機のモデルです、この戦闘艦の魔力炉を模したものとして協力いただきます」
 ・・・一体何をするつもりだ。
 予感がする。これは何か凄いことが起きようとしている。あのミゼット・クローベル副議長が見せたかったものが、これなのだという確信があった。
「では、失礼をして。伍長?」「はい。テルミナス、セットアップ」『HueX-TerMiNus-01 Set up. 』
 呼ばれた伍長の手の中にあるデバイスが輝く。そこから伸びる淡いオレンジの光の帯が幾重にも伍長の身体を取り囲み、その身体の中に沈み込んだ。
 青い、青い。深く沈む海のように青が瞳に宿る。
 ウィンドウにその瞳が拡大表示された。
「これが拡張デバイスの活性化状態となります。拡張デバイスは『闇の書』、『夜天の魔導書』と呼ばれた融合騎の技術を流用したデバイスです。古代ベルカの融合騎に対して、ミッドチルダ的にリファインしたものと言えましょう。このテルミナスは昨日お披露目されたリインフォースIIのはとこぐらいの関係ですね」
 手を伸ばして壇上の八神はやてを示す。
 恐縮してお辞儀をする姿が気にいらない。早くしろ。早くその先を見せろ。
 その八神はやてが簡易伝送機に手を伸ばす。伝送装置に八神はやてから魔力が投入された。
「安全を確保するために、この伝送装置には事前に登録されているリンカーコア・パターンにのみ魔力を伝送するよう設定しております」
 暗い闇色の魔力が伝送装置に注ぎこまれ、装置が魔法陣を形成した。そして、その輝きに応えるように伍長の身体が魔力に満ちる。
「「「「「おぉ・・・」」」」」
 ざわめきがホールを満たす。
『Point warding. 』『Protection. 』
 壇上と会場を遮断するフィールドが発生した。それと同時に、伍長のデバイスが呪文を唱える。発生したのは基本的な防護呪文。
 しかし、問題なのはその単純な防護呪文の強度が B ランク魔導師を超えていた点だった。
「まさか」
 レジアスは小さく呟く。
 やばい。これは本当にヤバイものだぞ。
「センサからの情報をご覧ください。
 現在、伍長の発生させている防護呪文は単純な魔力強度が反映するタイプの呪文です。探知機の検出している魔力強度は B+ を示しています。伝送時の魔力ロスは実験の閉鎖性を示すためにこの簡易伝送機の起動自体が魔力を必要としているためであり、そこで消費されている魔力量と、センチュリオン伍長に伝送されている魔力を足し合わせると概ね八神さんから供給されている魔力量と一致します」
 虚空に開いたウィンドウにセンシング情報が評価されていく。レジアスの周囲でも多くの高官が部下にセンシング情報の検証を命令していた。後方では何やら次々と指示を出す怒鳴り声が響いている。
「ですが、これだけではセンサが受け取った情報自体が偽装されている可能性があります。そこでBランク程度のバインドを投射します」
 そう告げるなり、壇上の少女の周囲に魔法陣が浮かんだ。数は4つ。
「そんなの聞いてないですよぉ!」
 伍長の叫びが響くや否や、少女のバインドが次々と投射され、伍長のプロテクションに止められる。一つ、二つ、三つ目に耐えきれなくなった防護呪文が破壊され。
『Protection. 』
 再度張り巡らされた魔法に止められた。
「「「「「「うぉぉぉぉぉ・・・」」」」」」
 会場にどよめきが走る。
 発動した呪文の継続性も耐久性も、そして、再度の呪文キャストも文句のつけようがない。
 レジアスも唸る自分を抑えきれない。
 これは明らかに管理局のこれからが変わる。
 下位ランクの魔導師が戦力化できれば、これまでのように高位ランクの魔導師をみすみす本局に渡していた状況が変わる。
 少女が手を上げると伝送機に魔力を送っていた八神はやてが手を止めた。すると、センチュリオン伍長の防護呪文も次第に威力を落としていくのがわかった。
「このベルカの融合騎の技術を利用した拡張デバイスは、リンカーコアを登録することで術者の魔導行使能力を引き上げます。
 そればかりではありません。
 将来、疑似コアと呼ばれる魔力炉を内包することで、リンカーコアを持たないすべての人々が魔導を行使する能力を得ることになるでしょう。
 誰もが自然に魔法を使える時代。
 その時こそ、真に万人に開かれた魔法社会が実現するのです!」
 少女の言葉に背筋が震えた。
 これは革命だ。
 旧来の個人の才能、魔力資質に依存した管理世界に対する、理想家による宣戦布告。
 世界が不満なら、世界を創り変える。
 そんな純粋な子供の、世界に対する宣言だった。
 レジアスは震える手を意思の力で押さえ込むように手元の端末を操作する。すぐに、ウィンドウが浮かび上がり、娘のオーリスの姿が浮かび上がった。
『閣下、いかがしましたか?』「オーリス、明日のスケジュールはキャンセルする」『は?』
 驚いた表情で見返すオーリスにレジアスは告げた。
「明日はお前もこちらに参加するんだ。技術に目端が利く奴もだ。どこまで使えるか、現場の意見が欲しい」『了解しました』
 ふぅと息を吐く。
 ふと、顔を上げると、ミゼット副議長がこちらを見て悪戯っぽく笑みを漏らした。
 使えるものなら何でも使う。
 いいでしょう。今はあなたの思惑に乗って見せましょう。
 レジアスは顎を引くと、壇上に注意を凝らした。
 わずかの言葉も聞き逃すまい。
 それが今の彼にできる全てだった。


4.


 人造魔導師計画、涙目プギャー!
 そんなふうに思っていた時期が自分にもありました。
「艦船からの魔力伝達距離はどれぐらいかね。最悪の状況でだ?」「魔力のロスは? 伝送効率はどうなる?」「量産性は?」「現在の実験室レベルでの製造単価は?」「安全性はどうか?」「使用時間に制限はあるのか?」「帯域はどれぐらいだ?」「魔力の伝送限界は?」「起動に必要な魔力ランクは?」「試作として提供可能なサンプル数は?」「うちの部署にサンプルを20ほど用意してくれ」「うちには50だ」「いや、うちが優先だろう」「現場に出ない奴が何を言う!」「あるだけくれ。むしろ、全部くれ」「てめぇら、全員表に出ろ!」
 勘弁してください。
 分科会は混乱を極めていた。
 これだから分科会を変わってほしかったんだ。いいからおまえら、プレゼンターを無視して言い合ってんじゃねぇよ。
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
 張りのある声が、狭くない会場に響く。カツンと何か固いものでテーブルを叩いた音が響き渡った。
「悠里さんが困っているでしょう? 質問はデバイスの説明が終わってからにしなさい」
 さすがは統合幕僚本部副議長。
 小柄ながらも立ち上がったミゼット・クローベルが周囲を睨め付ける。
 怒鳴りあっていた連中が、バツの悪そうな顔で席についた。
「よろしい。では、よろしくお願いできるかしら」
 借りができたか。
 楽しそうに笑うミゼットの婆さんに一礼をして、俺は表示資料を入れ替えた。全体スクリーンに映し出されたのはFAQの文字。質問前に見せてから、話を聞くつもりだったんだが。
 俺はため息をつくと、全員の端末に資料を示した。
「資料をご覧ください。こちらは現在の Huex-01 の生産単価と工程、また、魔力の伝搬諸元と消費魔力量、実験室レベルでの限界性能が記述されています。安全性を優先しての開発となりますので、実用レベルでの提供は半年後を予定しております。
 最初の量産向け参照モデルは、HuE-101 シリーズで、魔力提供に対し、一律、B ランクの魔力を伝搬いたします」
 FAQ 用に用意していた資料を最初に明示する。技術部内ではすでにリファレンス・モデルのテストは始まっているが、いきなり魔力が切れたときの安全性対策をどうするのか、という点でどういう仕様にするべきか議論となっていたのだ。
 安全性優先なら、空を飛んでいたときの対策も考えて一定の魔力を保持するストレージを組み合わせた方がいいんだがな。
「その 101 シリーズは一律 B ランクなのか? 本人の魔力ランクにかかわらず?」
 おっさんが手を上げて問いかけてくる。
 なんかいかついがたいのひげのおっさんだ。俺は軽く頷く。
「はい。F ランクに対しても、B ランクに対しても、一律、B ランクの魔力提供を行います」
 多分、これが一番実用的なモデルになる。あとは頂点を目指すしかない。
 おっさんはなんか満足そうに頷いた。
「この伝搬技術は他にも次のような応用が可能です。たとえば、管理局に存在する無限書庫。この書庫はいま、スクライア一族によって発掘が行われておりますが、何らかの知性化存在がスクライア一族の解読魔法を利用することで、検索要求に基づき、関連情報の継続的検索が可能となります。
 これまで人手に頼りきっていた作業を魔法存在によって自動化することで、永続的な秩序化を可能とします」
 表示するのはリインフォースIIを簡易化し、外部から供給される魔法を唱える妖精たちの姿。それぞれの妖精たちは解読呪文を唱え、書庫に収められた多くの本から要求された情報を同時並列に回収する。
「『使天の書』と称するこのデバイス群はベースとなるデバイス本体をデータベースに接続し、転送される魔法を行使します。オペレータは代行される魔法によって得られた情報を監督します」
 これは融合型デバイスを利用した遠隔作業のテストベッドだ。
 いまはまだ、危険な場所での作業を高位の魔導師に頼っている状況を、デバイスのアウターフレームとリンクしたオペレータに置き換えていく。オペレータ自身は拡張デバイスで魔力供給を受けることで、どんなランクであろうと一定の能力を示すことになる。
 まぁ、最後は魔力制御能力次第なんだけど、そこもいずれは。
「このシステムのテスト結果を元に、将来的には危険地域での作業代行者を運用することになります。
 システム自体の単価は高くなりますが、危険地域での作業に命の危険のないオーバー S ランク魔導師を自在に投入できるのは、それを補ってあまりある利点となるでしょう」
 俺は周囲を見回す。
 さて、どこまでこの意味を理解しているのやら。
「それでは、これらのシステムについてマイルストーンを説明させていただきます」
 ようやく、今日の説明テーマに立ち戻って、俺は説明用の資料を表示させた。
「それではまず、第一段階として無限書庫の自動走査システムについて説明させていただきます・・・」


「ふふふ、ほんとに生意気な子ねぇ」『素直じゃないところも可愛いわねぇ』
「ははぁ、ほんにゅあああもええひゅよ」『ばばあ、本音が口から駄々漏れですよ』
「うふふふふ、ふふふふふふ・・・」「いひゃひひゃあい」
 ミゼット・クローベル副議長が爽やかな笑顔で悠里の頬を摘まんで引っ張る。
「悠里、言ってもええことと、あかんことがあるやろ」
 八神はやては大人げなく頬を引っ張りあう護衛対象と、友人の姿にため息をついた。
 リインフォース II のお披露目も終わって、無事、管理局の嘱託魔導師になった八神はやては最初の任務を受け取っていた。
 それは、三提督と呼ばれる管理局設立の英雄たちの護衛である。
「っても、ただの顔見せみたいなもんやしな」
 はやては護衛らしく周囲を見回す。彼女たちが一緒だからといって普段の護衛が外されているわけではない。チームで活動する護衛官たちからみれば、自分たちなどただの素人だ。多分、管理局としては将来有望なエリートたちに管理局のトップがどんな活動をしているのか、また、管理局のトップたちは人柄の確認というところなのだろう。
 と、それが、まあ、あそこで遊んでる悠里のセリフだったが、かといってあそこまで羽目を外していいとは思わない。はやてなりにできることがあるなら、努力するのが義務だろう。
『はやて、前進して左を確認』『はいよ』
 はやてはちょっと角にまで出て周辺視界を確保する。悠里から地形に合わせた確認ポイントが送られてくる。そこに視線を向けて、魔法的な確認を行った。
『あい、クリア。しっかし、便利なもんやな』『そういうものだし』
 護衛の管制チームに確認ポイントのクリアを告げて、はやては視界に投影されていた管制魔法を解除した。ちらりと視線を背後に向ける。悠里が小さく頷く。その瞳は融合状態を示して青く輝いていた。
 本来なら後方指揮車両で展開されるべき管制魔法が、現場の前線指揮官によってチームに提供される。共有される現場景色には様々なコメントが付与され、注意するべき場所がマーキングされる。それを一つ一つ確認することで、見落としがないよう護衛任務が行えるのだ。
『今は、私とはやてだけしか参加できないんだけどね』『そら、仕方がないわな』
 ほかには後方の護衛指揮車両のオペレータたちだ。そのオペレータたちも今のはやてたちのように現場視界を共有できるわけではない。融合型デバイスを扱うが故の恩恵だった。
 ときどき、護衛官たちのなかなかわかってる的な視線が面映い。
 ぶっちゃけ、カンニングやもんな。
「まぁ、そんなにふてくされないでお婆ちゃんに付き合ってちょうだいな」『借りがあるでしょう?』「ふん」
 悠里が一歩前に出て、射線を閉ざす。それに合わせてチーム全体が前進した。
「あなたも自分の立場がわかっているでしょう?」
 軽い冗談のような口調で、ミゼット副議長が悠里に突っ込みを入れた。悠里が唇を噛む。
『ミゼット副議長も拡張デバイス推進派だと見られますよ?』『実際、その通りだからいいのよ』
 なかなか悠里の立場は政治的に難しいらしい。
 拡張デバイスに関しては能力よりも政治的に待ったがかかっていた。リファレンス・モデルの提供を前に、拡張デバイスの普及することが社会的にどのような影響を及ぼすかの研究が上がってきたらしい。
 今回、はやてが受けた任務に悠里がおまけされたのは、悠里の政治的立場を保護するためのものと聞いている。
 拡張デバイスは魔導師とそれ以外の人の垣根を取り払う。
 それは言葉にすると美しく聞こえるが、それだけの施設を用意できれば誰でも高位の魔導師を用意できるということになる。犯罪者であろうと、分離独立を願う地上本部であろうと。
 高位魔導師を管理局本局に集めることで各地上本部の刀狩りをすることで次元世界の統合を計ってきた本局としては戦力の分散に繋がるような事態は避けたいということだった。
 他にもこれまで人手不足の解消を名目に非合法な研究をしていた組織などは特に悠里を目の敵にしているらしい。どう考えても、彼らの計画を続ける必然性がなくなってしまうからだ。今までいいように利用してきて切り捨てるというのなら、そう言う連中が激発しないよう小鳥遊悠里が管理局の高官の庇護下にあることを示す必要があった。
「あなたがレティ提督の申し出を受け入れてくれれば、一番簡単なんですけどねぇ」
「む」
 悠里が眉を顰める。
 レティ・ロウラン提督の養女にならないか、そう言う申し出を悠里は保留していた。
 悠里は人の世話になることにどうも抵抗があるようだった。
「リンディさんのところでもいいわ。統括官に転身したといってもセキュリティは高いもの。あなたもいずれは管理法に基づいてミッドチルダへの移住を考えなければいけないでしょう?」
 そうだ。高位魔導師である彼女たちは管理外世界からの転居を要請されている。いずれは、考えなければならない話だった。
 はやては少し迷って、悠里の裾を引っ張った。
「なに?」
 悠里が不思議そうに首をかしげる。
「あのな、まだ、先の話やけど、もし悠里がよかったら、私と一緒に住まへんか?」


5.


 いくつものディスプレイに映し出されるのは、人体に融合するデバイスの詳細な仕様と設計概念。
 ジェイル・スカリエッティはそれらを眺めながら、口元に指を当てた。
「フム」
 融合型デバイスはスカリエッティが昨今研究のテーマとしている古代ベルカ文明に端を発した技術だ。そのバリエーションは融合騎やレリック、ジュエル・シードなどのロストロギアに広がる。極論を言うと、『聖王のゆりかご』ですら、聖王ただ一人のための融合機とも言える。
 人の性能を強化する。
 それは彼も彼女も共通するテーマだ。
 ただそこには、アプローチの違いがある。
 ジェイル・スカリエッティは人間の機能にそうそうに諦めをつけた。人の能力には限界がある。だからこそ、人間以上の能力を手に入れるために、目的に特化した機能を外部に作り埋め込んだ。そして、素体に問題があれば素体の組成に手を入れ、結果として生まれたのが戦闘機人となる。
 もっとも、戦闘機人というアイデア自体はジェイル自身が選択したものではなく、以前行われていたタイプ・ゼロのデータを元に安定的な生産方法を時空管理局最高評議会のお偉方から要求されたものだ。
 だが、ジェイルにもプライドというものがある。設計思想『無限の欲望』。そう名付けられただけの衝動を、欲求を持っていた。
 作るからには完璧を、そして、それ以上を。
 ライバルがいるからには勝ちたい。それもただ勝つだけでは駄目だ。より緻密に、より大胆に。想定された果ての果て、観念の彼岸に立ってこその勝利こそすべてだ。
 だからこそ、目の前にある成果に、ジェイルは笑いを浮かべずに入られなかった。
 敵だ。
 これこそ、私が打倒するべき敵だ、と思えるからだ。
「ドクター、どうされました?」
 ことりと控えめな音を立てて、コーヒーがジェイルの傍らに置かれた。
「ああ、ウーノ」
 ジェイルは満足げに自分の作り上げた作品、ジェイル・スカリエッティが手掛けた最初の戦闘機人であるウーノの美しく整った顔を見上げた。白銀のプラチナ・ブロンドの髪が長く自然とウェーブをまとう。
 完璧なフォルムだ。
 成長後の設計通りの姿にジェイルは満足を感じる。
 ジェイルの言葉を了承と取って、ウーノが端正な顔をジェイルの見ていたディスプレイに近づけた。
「これは、例のデバイスですか?」「ああ、そうだ」
 ジェイルは一目で判別しえたウーノの慧眼に頷く。
「君はどう思うかね。このデバイスを」「・・・」
 ジェイルは楽しげに尋ねる。意地悪な質問だ。なにしろこのデバイスはこれまでの時空管理局の方針をひっくり返しかねない劇物だ。そして、その方針転換によっては戦闘機人計画は中止、ないしは、破棄が命じられることとなる。ようやく、四体の試作量産型がロールアウトし、先行量産型の生産準備が整ったというのにだ。
「これはその、私たちにも使えるのでしょうか?」「ほう」
 おずおずとウーノが問いかける。もちろん、このデバイスが自身の立場を悪くするものだとわかっていても、関心はあるようだった。
「インヒューレント・スキルとの相性は良くないな。リンカーコアに接続することがある以上、戦闘機人のような別動力パスを持つ素材とは干渉する可能性がある。ただ、リンカーコアがあれば、どんな存在にも利用可能だな。
 フム、面白い。戦闘機人でありながら拡張能力を持つ、いや、戦闘機人の内蔵する炉から魔力に変換できれば・・・」
 現在専用機としての能力を極めている戦闘機人に汎用性を付与することも可能ではないか? となると、いくつか現物を回してもらう必要があるが。
 ジェイルは幾度か頷くとウーノに最高評議会への依頼書を送るよう指示を出す。
「できれば、『彼女』が持っているデバイスも手に入れたいものだが」
 笑って付け加える。
「はてさて、最高評議会のご老人方はこのデバイスの危険性にどこまで気がついているのやらね」「危険性ですか?」「ああ」
 ジェイルは満面の笑みを浮かべた。
「このデバイスは甘い毒だ。いずれ、管理局の隅々にまで染み込み、気がついたときにはもう手の施しようがないのさ。
 くくく、さすがだよ。これが『人間以上(オーバーマスター)』か!」
 ジェイルは感極まって立ち上がる。
「でも今なら、簡単にその野望を打ち破ることができる。技術の夢が政治に打ち砕かれる。管理局体制に対して牙を剥いたことの意味を、すぐに『彼女』は知ることになる。
 それとも、それをわかったうえでの行いか!
 ありとあらゆる人の欲望を、上回るというのか?
 ああ、楽しいな。ウーノ、私をここまでぞくぞくさせてくれる差し手がいるなんて、次元世界は広い。これだから」
 ジェイルは大きく深呼吸すると、ウーノを振り返った。
「人間は面白い」
 ジェイルの言葉に、ウーノは深く一礼した。


 こぽりと音を立てて、老廃物を含んだ泡が湧き上がる。
 光を避ける暗い部屋にうっすらと計器の発光に3つのシリンダーが浮かび上がっていた。
 その中には生存、それだけのためにすべての身体機能を捨て、脳髄だけの姿になって生きる人々の姿があった。
 それぞれがかつては英雄と呼ばれ、大混乱期に時空管理局を設立した人物だ。
 彼らは今、最高評議会の一員として時空管理局の活動を監査する立場にあった。
『さて、困ったことだな』
 念話が響く。
『まったく持って。誰も彼もがこの話題に興奮しておりますよ』『だからといって、軽挙されては困ります』
 浮かび上がるのは数々の研究資料。
 また、多数の上申書が上げられていた。その多くに共通するのは一刻も早い現場への配備の申請だ。人間拡張デバイスの一刻も早い配備を求めて、その審議を行っている最高評議会に送られてきたものだった。
『彼らは目の前の問題に釘付けですから。それを解決する方法があると飛びつくのも無理はないでしょう』『その意味を果たして理解しているのでしょうか』
 映し出されるいくつもの資料。それは人間拡張デバイスが社会に与えるインパクトを分析したものだ。多くは経済的効果を含めて、次元世界の発展にプラスになるとの数値を上げている。
 ただ、彼らが問題にしているのは、時空管理局の体制のもたらす影響だった。
『社会的側面。特に次元世界の治安維持への影響は深刻ですな』
『うむ。現場の者たちは良くやってくれている。しかし、管理局の重要な人材が魔導師だという側面を忘れてしまっているようだ』『現在現場で働く魔導師たち、その多くが明日からお払い箱だと言われて、黙っていられるわけがありません』
 そう。人間拡張デバイスはすばらしいものなのかもしれない。しかし、その導入を推し進めた場合、今まで管理局に勤めていた多くの魔導師の立場がなくなってしまうのだ。
『特に深刻なのは管理外世界から移住した魔導師たちですな』
 時空管理局では管理外世界に現れた魔導師を、管理法で管理世界、主にミッドチルダに移住することを義務付けている。
 これは魔法が存在しない社会に魔導師がもたらすあつれきを防ぎ、魔導師自身にその能力を生かした職場を斡旋する、もちろん、それが高位魔導師であれば管理局自身に、という一石二鳥にも三鳥にもなる法案だった。
 だが、この拡張デバイスが普及してしまったら、どうなるだろう。
 高位魔導師であれば、まだいい。しかし、Bランクまでの魔導師たちはそれが当たり前となった不慣れな社会の中でどうやって生計を立てていくというのか。ミッドチルダで訓練を積んだ社会支援のあるCランク魔導師と管理局法によって移住してきた同ランク魔導師では社会適応の競争にならないではないか。
 また、才能ある魔導師たちにとっても問題は変わらない。
 今までは自分たちが頑張らなければ、次元世界の問題が解決しないという責任感が、様々な出身の魔導師たちを管理局の元に団結させてきた。
 だが、高ランク魔導師ですら『創れる』時代に、果たして『自分たちがしっかりしなければ』、そう言う高貴なる義務は説得力を持たない。
 管理局の機材があれば誰にでもできる。
 そんな時代に望んで危険な任務に身を投じる者がどれほどいるだろう。他の誰かにできることであれば、誰だって慣れ親しんだ故郷から離れようとはしない。
 次元世界の危機もその世界の連中に任せればいい。自己責任という言葉で、次元世界に対する個々人の責任感が失われていく。共同体という幻想が失われてしまえば、解体は素早い。魔力炉を押さえた勢力によって地域の権力が切り崩され、各次元世界が自立を叫び、次元世界は混乱の時代に向かっていくだろう。
 管理局が法と秩序の守護者であった時代の黄昏が始まろうとしていた。
『認めるわけにはいかぬ。管理局体制の緩やかな自壊を受け入れるわけにはいかんのだ』
 あの混乱の時代を再現させないために。
 力を奪い、才能あるものに世界への責任感を埋め込み、治安が悪化しようと兵器の拡散を抑え込んだ。
 統一された安全な世界のために、尊い犠牲を積み重ねた。
 人の姿を捨て、法を守る道具に成り果てても、守りたいものがあった。
『ですが、すでに技術は明かされてしまいました』
 そこには夢があった。人が追い求める永遠の夢。
 すべての悩みを解決する、そんな技術が私たちの未来を幸せにしてくれる。
『夢を見るから、絶望する。現実をどこまでも冷徹に見つめてこそ得られるものがある』
 夢では世界は救えない。だからこそ、犠牲を出してでも、非道と罵られても、奪い、押さえつけた。再び、あの暗黒の時代を繰り返さぬために戦ってきたのだ。
『・・・Bランクまでのデバイスは認めよう。すでに存在する製造技術を禁止するわけにもいくまい。だが、各次元世界毎への割当は厳重に管理することになるだろう』
『管理局で公開した、というのは管理を任せるということでしょうな』『配慮、ということですか』『子供の浅知恵ではないか?』『はて、どうでしょう』
『しかし、それだけでも影響は大きい』『『・・・』』
 無言の同意。
 この先の社会的変革は避けられなかった。
『どう、しますか?』
 問いが上がる。それは、デバイスのことを指しているのではないことは明らかだった。
『AMF の研究はもう十分だったな』『ええ』『そう言えば、スカリエッティから例のデバイスとジュエルシードが欲しいとの要請もありましたな』
『では、くれてやれ。研究所の後始末を。あとは取り放題だと』『よろしいのですか?』
 それは失われるであろう多くのものに対する問いかけだった。
『構わん。それで失われるような未来など、もとよりその程度のものだ』
 そのため息は誰がついたものだろうか。
『我々も老いたのだな』
 ぽつりと呟く。
『夢を信じることができなくなるとは』
 それは思わずこぼれた愚痴のようなものだったのかもしれない。
 だが、重かった。


6.


 微かな振動が身体を揺すった。
「地震?」
 俺は首を傾げる。
 この世界は地殻活動が活発な方ではなかったと思ったんだけど。
 正面で検査機器のセットをしていたコーネリア・ルクレールさんと目が逢う。
「念のために、一旦、止めましょう」
「そうね。実験停止。ジュエルシードを封印します」
 コーネリアさんが声をかけ、周囲で検査機材の調整をしていた研究員やオペレーターの人たちがジュエルシードの封印処置を開始する。
 俺はジュエルシードのコントロールを手放して、一歩下がった。
 魔導の力場に支えられ、宙に浮かぶのは青い宝石。
 次元干渉型エネルギー結晶。
 通称『ジュエルシード』。
 先の技術報告会の成功を受けて、俺の研究に管理局からずいぶんと便宜が図られるようになった。
 遺失技術の貸出許可もその一つだ。
 個人でこのような許可を得られるのは多くない。
 この虚数空間研究所に魔導技術的に虚数空間に対する干渉を確認できたジュエルシードが貸し出されたのは、研究所にとって大きな成果だった。
 ドン!!
 もう一度、大きな振動が実験室を襲った。
「いったい?」「とりあえず、管制室に問い合わせを・・・」
 その時だった。
 実験室の電源が落ちた。
 すぐさま非常用電源に切り替わり、省電力モードとなった室内が茜色に照らし出される。
『警報! 現在、当研究所は何者かによる攻撃を受けています。全員、規定のマニュアルに従って退避を始めてください!』
 引きつったような声に、俺はどこか既知感を覚えた。


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Lyrical Nanoha : SECONDARY PRODUCTION Written by ヽ(゚∀。)ノうぇね