0.
「ねぇ、駄目だよ。こんなのやめようよ」
私は正面に立ちはだかる少女に哀願する。
でも・・・。
「きっと、これはもっと早くやらなきゃいけなかったんだ」
彼女が首を横に振った。
「うまくいってるんだと思ってた。別に艦のみんなに疎まれても気にならなかった。これが、なのはのためだと信じていたから。
なのはの無茶から、なのは自身を守るための最善の方法だって、ちゃんと管理局が未成熟者雇用のための法整備を進めるまでの、なのはの重し、そう知っていたから、必要なことだとわかっていたから、艦のみんなにどう思われようと苦じゃなかった。
でも・・・、なのは、私、言ったよね。無茶を重ねても駄目だって、なのはにはまだ時間があるんだから、すぐに何でもできなくたっていいって言ったよね。力が足りなければほかの武装隊のメンバーにも頑張ってもらおうって、私、なのはに言ったよね。カートリッジを使わなくてもいい戦い方を勉強しようって、使ったらちゃんと検診を受けようって、私、なんどもなんども、なのはに言ったよね」「あ・・・」
絶句する。
思い当たる節はいくつもあった。出撃のたびに、彼女はいつも私にいろいろと言ってくれてた。正直、煩わしいな、と思ったこともあった。
「でも、なのはは理解してくれなかった。私の言葉を、その心を、なのはは受け入れてくれなかったんだ!」
血を吐くように告げる。
身体が震えた。私は彼女のことを、彼女の思いをわかってなかったんだ。
「こんなやり方したくなかった。煙たがられているのはわかってた。こんなことしなくても、言葉を尽くせばきっとなのはもわかってくれるって信じてた!
でも、なのははわかってくれなかった。
わかってた。
誰かがなのはの無茶を止めなくちゃ駄目だって、なのはを力づくでも止めなきゃ駄目だって、わかってた。でも、信じてた。信じていたかった!」
両足から碧い魔力光を走らせ、宙に浮かぶ。手には音叉のような杖。深い碧のバリア・ジャケットに身を包んだ彼女が私に杖をつきつけた。
「だから、私がする。今、ここで」
彼女が宣言する。
今まで一度も見たことのない、冷たい視線。私のすべてを推し量るような、すべてを見通すかのような、沈思の青い瞳。それが私の心の奥底までも貫いて。
「すべてが手遅れになる前に。
私が高町なのはを墜とす」
私、高町なのはに向かって、初めて悠里ちゃんが攻撃の魔弾を放った。
1.
新しい年を迎え、無事、聖祥付属小の四年生に進級した俺たちを過酷な宿命が待っていた。
クラス替えである。
これまでは八神はやてが一人別のクラスだったが、今回のクラス替えで俺とアリサ・バニングスが別のクラスに、高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、月村すずか、八神はやてが同じクラスに集まるという、気ままな編成となっていた。
初めはアリサが別クラスになったということで、アリサちゃんを慰める的な雰囲気に溢れていたのだが、俺も一緒のクラスだよと励ますといきなり裏切り者を吊す会になりやがりましたよ。
厳しかった。
アリサとは奇妙な連帯感が湧いたけどな。まったく、この年ごろの女の子は。
ま、任務ではなのはやヴィータと一緒だし、兵器開発課でははやてと一緒だから、そこらを切り崩して、何とか週2回の翠屋タイムで許してもらいました。
主にフェイトとすずか。
アリサとの学園生活は良好。もともと頭が切れるアリサは余計な気兼ねをしなくても話ができる。本当は大学生な俺とちゃんとそれなりの会話が成り立つアリサには救われた思いがした。
そして、時空管理局本局での勤務。
俺はリンディ・ハラオウン軍務参事官とレティ・ロウラン提督に、AMF、アンチ・マギリンク・フィールドの研究協力、セイクレッドの持つ技術情報を交換条件に、次のような要求を出していた。
時空管理局で働く未成熟者の労働条件の管理局内部規定作成と、なのはと同じ部署に配属し、管理内規が施行されるまでの間、なのはの勤務スケジュールを俺を通して管理するという要求だ。
なのはの勤務を俺が管理するというのは、明らかに配属先の艦長の権限を損なうもので、やはり難色を示された。時空管理局は主に災害戦闘を想定しているが、それでも軍事組織なのだ。
なんとか、事前協議のうえ、必要な教育は一部配属先の艦で行うという条件で受け入れてもらった。なんと、魔導の講師は技術部から派遣してくれるらしい。
恩を売っておこうということなんだろうけど。
でも、よく考えると、優れた魔法特性を持つ子供に高度の教育を与えるのは、管理局にとって有利な話なんだよな。魔導に関するエリート教育ってことになる。
・・・あれ? もしかして、俺って、管理局のために尽くしてるんじゃ?
新設の研究所、その会議室に集められた人々の中に多くの顔見知りを見つけて私は小さく頭を下げた。
知己の人々が驚いた様子もなく、軽く頷いて応える。その様子を見て確信した。時空管理局は本気でこの研究に全力を注いでいる。
私、コーネリア・ルクレールはこれでも管理世界で屈指の次元干渉を対象とした魔導技師だ。こと次元を扱う魔導にかけては、ミッドチルダのみならず、管理世界でも指折りの研究者だと自負している。
時空管理局本局の転送ポートから二つの中継ステーションを経由しなければ辿りつけない、管理世界でも最辺境にあたるこの第0216管理世界、知的生命体の存在しない0番世界に、この虚数空間研究所は新設された。こんな辺境の地に研究所がおかれた理由は、研究対象があまりにも危険であること。最悪の事態が起きたとしても、可能な限り被害が広がらないよう、せめてもの配慮ということになる。
そんな危険なものは研究しなければいい。そう声高に叫ぶものもいる。
でも、その可能性を知れば、悪意を持って利用されたときの恐怖を思えば、知らない、それでは済まされない。知っていること、それゆえの責務を、私は知っている。
そう、誰よりも知っている。
だから。
だからこそ、思ってしまった。
集合時間が過ぎる。
静まり返った会議室の正面に一人の少女を先導して技術部の士官が立った。
始まるのか、そう思う。しかし、その士官、階級章は佐官だ、は一言始めますと告げると場所を譲ってしまう。残されたのは先ほどの少女だけだった。
子供だ。
会場のあちこちから失笑が零れる。
なんの冗談か。
艶やかな黒髪を肩先で切り整えた、10歳ぐらいだろうか。確かに管理世界での就労者年齢は低い。しかしそれは、あくまで実戦面での人員不足に嘆く魔導師の分野でだ。
所詮は肉体労働。要するに、指示を受けて行動すればよい、責任を持たない範囲。どれほど優れた才能を持とうと、磨かれぬ玉はただの屑石に過ぎない。私たちの魔導研究という分野では、それはまた顕著となる。
こんな幼い少女が、管理世界の魔導技術で最先端である私たちに何を語るというのか。
それが会場に集った我々の共通した意識だっただろう。
と、誰かが息を飲んだ。
床に視線を落としていた少女が顔を上げる。少女の瞳が青く輝く。全身に広がる鎖に繋がれたような魔法陣が視覚化できるほどに強く世界に現れる。
「融合騎!?」
誰かが声を上げた。少女と一体化した魔法陣。全身に構成された魔導の痕跡は、確かに話に聞く融合型デバイスの特徴と告示していた。
「馬鹿な!」
驚きの声が上がる。
管理局に確認されている唯一の融合型デバイスはあの『闇の書』、つい先日、消滅が確認された融合型デバイスのみ。この管理世界からすべての融合騎は失われてしまったはずだった。
「『闇の書』は失われたはずではなかったのか?」
混乱と困惑が会場をざわめかせる。
「管理世界を代表する魔導技師の皆さんとお会いできて光栄です」
鈴が鳴るような、少女の声が会場内に響く。先ほどまでの浮ついた空気がさっと一掃された。どこか壊れそうな儚さを感じさせる澄んだ声に、耳が、心が惹きつけられる。
「始めまして。私はタカナシ・ユーリと申します。
今回、虚数空間の特性を使用した魔導組成解体技術、非魔導構成力場について皆さんに技術提供できることをうれしく思います」
ぺこりと小さな影が一礼した。
そして、顔を上げ会場をぐるりと見通す瞳が私の視線と絡まって、その深い深い青に背筋がゾクリとする。
でもそんなことよりも。
この醜くも美しい世界に現れた少女の姿を、私は美しいと思ってしまった。
『Protection.』「クッ」
悠里ちゃんから放たれた光の魔弾をレイジング・ハートの起動した防御魔法が食い止める。
速い!
高町なのははその魔力弾の弾速に驚いた。
精密誘導能力はなさそうだけど、それを補うに余りある速さの光の槍が、次々となのはの防御呪文に着弾する。悠里ちゃんの一度の攻撃に3発もの魔力弾が形成され打ち込まれる。そして、シールドに阻まれて爆発した。
衝撃に身体が震える。
でも、貫通力はない。
なのはのシールドを抜けるほどの威力はない。けれど、無視できるものでもなかった。
弾ける碧の魔力をかき分けて、前に出る。
『Master! 』「うん。すぐに・・・」
移動を。
レイジング・ハートの警戒を告げる声に応える。
『Flash Move. 』
いつのまに移動したのか左手から、足元に次々と悠里ちゃんの魔弾が爆発する。
「もう!」『Protection Powered. 』
杖を向ける。
カートリッジの撃鉄が振り下され、強化された防御魔法が悠里ちゃんの攻撃をすべて食い止めた。
「もう、カートリッジに頼るんだ?」
呆れたような悠里ちゃんの声が頭上から伝わった。・・・頭上?
「え?」
慌てて空を仰ぐ。
浮かんでいるのは10を越える碧色の魔法陣。
「光撃密集」『Ray Assault, Phalanx shift. 』
その向こうに立つ悠里ちゃんが杖を持つ右手を振り下した。
「行け!」「きゃぁ!」
慌ててシールドを頭上に。
土砂ぶりのような激しい爆発が私を翻弄する。
「あれってフェイトちゃんの?」『
Looks down grade version. 』
続く攻撃に耐えながら、私は呪文を唱える。
でもね、悠里ちゃんの攻撃じゃ、抜けないよ。
「ディバイーン」『Buster. 』
激しい攻撃が切れた。その隙を突いて、私は攻撃の魔力源に向かって砲撃を打ち込む。確かな手応えとともに、魔力の中心を捕らえ、あっさりと撃ち抜いた。
「あれ?」
魔法陣が弾け飛ぶ。でも、そこに悠里ちゃんの姿がない。
「なのはには結構手の内を明かしてたつもりだったんだけどなぁ」『Ray Assault. 』『Ray Assault. 』『Ray Assault. 』
再び、横から碧の光が次々と私を撃ち凪いだ。
「きゃぁッ!」『Wide Area Protection.』
レイジング・ハートの広域防御が悠里ちゃんの攻撃を遮断する。
振り返る。
右手には碧の魔法陣を空間に設置した悠里ちゃんが呆れたように首をかしげた。
・・・空間に、設置!
『Struggle bind. 』『Flash move. 』
襲いかかる束縛呪文をかいくぐる。拘束する段階で相手の魔法を解除するクロノ君お得意のバインドだ。レイジング・ハートの張った広域防御呪文が、束縛呪文に無効化される。
私は悠里ちゃんの手口に気がついて叫んだ。
「レイジング・ハート、魔力走査!」「させない」『Radiation Brow』
周囲の空間を舐めるように、円錐の指向性を持った広域攻撃呪文が悠里ちゃんの杖から放出される。
私の範囲防御を越えるほどの攻撃力はないけど、周辺の魔力走査を妨害するには十分な残留魔力が撒き散らされた。
「捕まえて!」『Chain bind. 』『Shield projection. 』
レイジング・ハートから伸びるバインドを悠里ちゃんは空間に配置したシールド呪文を起動して食い止める。
「設置式攻撃魔法・・・」
注意深く周囲に視線を送る。
そうだ。悠里ちゃんは以前から設置式の利点を説明してくれていた。事前に配置し、最後の誘導と起動タイミングだけ保持することで、相手の予想外のところから攻撃を行うことができる。そして、効果を継続することで、行動に自由度が生まれる。
だから。
私は感じた魔力の流れに左右に手を広げた。
『Ray Assault. 』『Ray Assault. 』『Round Shield. 』
左右から生じた魔力弾をとっさに両手に展開したシールドで受け止める。爆発。身体を揺さぶる振動を振り切るように、悠里ちゃんから目を離さず前に飛んだ。
その間に、悠里ちゃんが身体の正面に手を伸ばし、魔力収束球を発生させる。そして、呪文を唱えた。
「星よ、集え。至れよ、光」
聞いたことのない呪文。でも、撃ち合いなら、負けないよ!
「レイジング・ハート!」『Load cartridge. 』
「突き抜けろ、星弓」『Starbow. 』
「エクセリオン・バスター」『Excellion buster. 』
星と星、光と光がぶつかりあう。
互いに自分の輝きで持って相手を打ち消さんと、碧と桜色の光が正面から衝突する。
レイジング・ハートを抱え、一気に押し込むべく私はレイジング・ハートにカートリッジ・ロードを命じ・・・。
「え?」
自分の見ているものが信じられなくて、目を疑った。
『Master. 』
悠里ちゃんの魔力弾が私のエクセリオン・バスターを突き抜けた。
「あ・・・」『Protection. 』
レイジング・ハートの防御魔法が間に合うかどうか。
悠里ちゃんのスターボウが私の身体を撃ち据えた。
2.
時空管理局が所有する巡航L級次元戦闘艦は、多発する次元災害に対処するため時空管理局が整備する戦闘単位、次元災害戦闘任務群 DHCTF の中核である。
時空管理局はこの独立した戦闘単位である巡航L級次元戦闘艦を既知世界各所に派遣し、災害への対処や犯罪の摘発を行っている。
しかし、広大な既知次元世界を網羅するには、管理局が維持する任務群は少なすぎる。それをカバーするのが巡航L級戦闘艦に配置されている転送ポートである。時空管理局本局から中継ステーション網を経由し、巡航L級で終着点を迎える転送ネットワークは貴重な高位魔導師の機動配置を可能とする。次元災害などの転送障害が発生しない限り、巡航L級戦闘艦は長駆派遣された艦隊と後方、管理世界を結びつける。
適宜、転送ポートを中継して時空管理局本局との連絡が取れるとはいえ、そう頻繁に艦を離れることができるわけではなく、哨戒任務で長期航行する彼らにとってはこの戦闘艦こそがわが家であった。
任務の重要度、必要性に応じ、複数の戦闘単位をまとめ、指揮官として提督が配置される。『闇の書』事件でもリンディ・ハラオウン艦長が周辺艦艇に対する指揮権を得て提督になっている。慣例によって先任艦長が提督に任命されるのだが、そもそも提督になる資格者でなければ任命されないため、普段からリンディ提督と呼ばれているのは間違いではない。
DHCTF には任務の性格上、専属の高位魔導師が1ないし複数配属されている。彼らを中心に陸戦隊が編成され、その手に余ると艦長が判断した場合、本局から武装隊が派遣されることとなる。
時空管理局次元航行隊、第11任務群アーディティは、巡航L級次元戦闘艦六番艦アーディティによって編成される部隊だ。
今日、この艦に新たな専属魔導師が配備された。
「今回この艦に配属になりました高町なのはです。皆さん、よろしくお願いします」
元気にぺコリと頭を下げるなのはの姿に好意的な微笑みが漏れる。
「同じく、ヴォルケンリッター、鉄槌の騎士ヴィータ。よろしくな」
赤い幼女がしぶしぶといった感じで挨拶をする。
俺の番か。
「小鳥遊悠里です。いろいろとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしく願いいたします」
ぺこりと一礼する。
くすくすと笑い声が広がった。えっと、なんで俺の時は笑い声なんだよ。
はやてのために管理局をなんとかする。
そう決めた以上、現在の時空管理局と無関係でいるわけには行かなかった。
アニメの Strikers で起きる事件、呼称 J・S 事件は時空管理局のあり方を揺るがす大きな事件だった。実行犯である次元犯罪者ドクター・ジェイル・スカリエッティは時空管理局最高評議会の支援を受けて戦闘機人の開発と遺失技術の研究を行っていた時空管理局の『黒い手』だった。
彼が古代ベルカの遺失技術、『聖王のゆりかご』を起動させようとするまで、およそ十年。『ゆりかご』自体は事件発生以前から見つけていたものなのだろう。もしかすると、時空管理局最高評議会がもとより管理していた遺跡をジェイル・スカリエッティに研究対象として与えたものですらあるかもしれない。アルハザードの技術すら管理する組織だ。秘匿する遺失技術は多い。
さらにはジュエル・シードがドクターに流出していたことから推測するに、時空管理局が保管する遺失技術もドクターの要請に応じて提供されていた様子も見受けられる。アニメの知識に油断していると、必要な技術が提供されて戦力見積もりを大きく見誤る可能性があった。
相手は時空管理局を監督する組織だ。危険視されれば、管理局が敵に回る。事件をでっち上げられて殺されるのは願い下げだ。
俺はため息をつく。
それに本当の問題はドクターや最高評議会などではない。
本来的な意義において、ドクター・ジェイル・スカリエッティの引き起こした事件など大した問題ではない。所詮は一次元世界における派遣争いだ。例え完全な形で『ゆりかご』が稼働したところで、立ち入り禁止世界が一つ増えるだけのことだ。それがミッドチルダというのがお笑いだが、時空管理局という組織に対するミッドチルダ世界の影響力の喪失として語られるだけでしかない。
本質的な問題は、管理局体制、その権力構造の歪みだ。
時空管理局はその発足から150年の歳月が過ぎる。発足当時からの積み増しでここまでの巨大組織を構成することができたのは、発足時からのメンバー、すなわち、最高評議会の賢者たちの直接的な監督があってのことだ。そのたゆまぬ努力には、まったく頭が下がる。
だが、発展期ならばともかく、はたして安定期の構造としてこれは正しいのか。
ドクター・ジェイル・スカリエッティが引き起こした権力の空白、すなわち、最高評議会メンバーの抹殺は、本来、100年以上前に行われているべき権力の移譲に時空管理局が失敗したという事実に他ならない。
政権の移譲を経験したことのない組織が、新体制へ移行の目処が立たない、いや、それ以前に時空管理局とはどのような権威をもって次元世界を統治しているのか、その理念すら見失ったことによって権威の再構築に失敗したことから、次元世界の解体が始まったといえる。
管理局の最優先事項は権威体系の移行だ。
つまるところ、俺がやろうとしているのは最高評議会無き後の統治体制の確立。言い換えると『静かなクーデター』に他ならない。
・・・無理だろ。
想定するべきことは多い。まずは最高評議会を失った時空管理局がなにを持って自らの行いの正当性を主張するか。それが定まらない限り、かつての政治闘争を繰り返すことになる。
最高評議会が存在するうちに、権力移行のプロセスを強力に推し進める。それしかない。
すべてを実現するには10年の歳月は短すぎる。だが、すべてを10年でやりきる必要はない。
俺には荷が重いよ。
最高評議会無き後、時空管理局がこの方向へ進めば問題ない。そう言う共通認識を時空管理局の構成員が信じることができれば、その実現手法にはいろいろと問題が起きようと、誰かが生き残ればいい。そこから管理局を再構成できる。
組織の乗っ取りも不可能ではない。
わかりやすい象徴を使い、実績がある人間のバックアップで見上げる先を安定させる。あとは現組織を差し替えて・・・あれ?
頭が・・・いたい。
これは覚えがある。何かがひっかかる。もしかして。
「悠里ちゃん、悠里ちゃん」
肩が叩かれた。俺ははっと顔を上げる。
なのはが心配そうな表情で俺の顔を覗きこんでいた。
「えっと、あの、なに?」「うん。挨拶が終わったから艦を案内してもらうんだけど」「へ?」
俺は慌ててあたりを見回す。えっと、注目を浴びてました。
へこへこ。
慌てて愛想笑いを浮かべて頭を下げる。
「なにぼけてんだよ」
ヴィータがごつんと頭に拳を当てる。
くっ。これは結構屈辱的だった。
「ごめん。ぼけてた」
素直に謝る。
いかんいかん。最近、妙な考えに頭がとろけそうだった。
『
Detect motion disturbance. Canceling to recover partial memories.』
貫かれる衝撃に身体がばらばらに砕けそうだった。
痛い。すごく、痛い。
身体から力が抜けて、あ・・・、落ちる。
ぐいっと、誰かに強い力で腕が引っ張られた。
見上げる。
私の左手を悠里ちゃんが掴まえていた。そして、その手をゆっくりと放した。
『Flier fin. 』「なのは、油断しすぎ」
私は慌てて飛翔呪文を発動する。身体が再び大空への自由を取り戻した。
悠里ちゃんはすぐに空を流れるように距離を取る。
「私の呪文は光属性を帯びるからどうしても直線的になっちゃうけど。その代わり速いよ」
悠里ちゃんが笑って告げる。
私はレイジング・ハートを抱えてそんな悠里ちゃんの一挙手一投足を見逃さないよう目を凝らした。
「・・・悠里ちゃんは強いね」『Yes, master. 』
私は思う。悠里ちゃんはとっても強い。
きっと私はどこかで思っていたんだ。A-のランクの悠里ちゃんが強いはずがない。私に勝てないって、慢心してた。
でも、違う。
悠里ちゃんのランクは確かにA-なのかもしれない。でも、私にレイジング・ハートがいてくれるように悠里ちゃんにはセイクレッドさんがいる。セイクレッドさんは控えめで自己主張は激しくないけれど、それはすべて悠里ちゃんをサポートするため。悠里ちゃんを悠里ちゃん以上にするためのデバイスがセイクレッドさんなんだと、私はあらかじめ悠里ちゃんから聞いていた。
だから、そのセイクレッドさんと融合した悠里ちゃんが元のランクに留まるはずなかったんだ。
「ほんとうに強いよ、悠里ちゃん」
呼びかける。
視線の先で、悠里ちゃんが首を振った。
「違うよ。私が強いんじゃない。なのはの魔法の構成が雑なんだ」「そ、そっかな?」「ん」
悠里ちゃんがこくりと頷く。
「なのはの魔力に対する把握はすごいよ。収束系なんてたぶん S ランク。放出系も大魔力の放出に耐える強度を持ってる。でもね、なのはは感覚で魔法を扱うことに慣れきっているから、構成が緩いんだ。だから、近距離砲撃用のエクセリオン・バスターですら、私に撃ち負けちゃう。あれじゃあ、スターライト・ブレイカーでもしかるべき魔力を持つ砲撃に押し切られちゃうよ」「そっかぁ」
私は悠里ちゃんの指摘にしゅんとなる。
「雑、なんだ・・・」『Master. 』
「なぜかわかる?」
悠里ちゃんが問いかける。私はその言葉に悲しみを感じて顔を上げた。
「なのは、座学をなおざりにしたでしょ」「・・・うん」
胸が痛い。
私は悠里ちゃんが依頼した魔法のカリキュラムを受けるよりも、前線に出て武装隊の人たちと魔法を使うことを優先してた。
「なのはは正規の訓練を受けた魔導師に比べて基礎的な部分が足りないから、任務の間になるべく座学を挟んで、身体の休息となのはの魔法への熱意を維持しようとしてたのに、勝手に任務に出て行っていたよね」「ごめんなさい」
今にしてわかる。
悠里ちゃんは私に足りない点を補おうとしてくれてた。駆け足で高みを目指そうとしていた私の足元を一生懸命に固めようとしてくれていたんだ。
「私はなのはが努力家だと思ってた」「・・・」
でも、裏切ったのは、私だった。
「魔法が大好きで、自分にできることを確かめていたいんだと思ってた」
いたたまれない。
悠里ちゃんが呆れたような、失望した目で私を見る。
「うそつき」
痛い。
痛いよぉ。
3.
「私は悠里ちゃんみたいに頭良くない!」「あっ・・・」
待ってと伸ばした手の向うで、なのはが背を向けて走り去る。
アーディティ艦内の廊下になのはの軽やかな足音が響いた。
嫌われた。
がっくりと肩を落とす。
なのはに嫌われたよぉ。
どーんと額に縦線をたらして落ち込む。
「くすくすくす。さすがの天才児も型なしね」
背後からの笑い声。
今日のなのはの講師としてアーディティに来てくれた管理局外の魔導技師、コーネリア・ルクレールさんだ。
「私は天才じゃありません。ただの『人間以上』、それだけです」
とんとんと胸のデバイス、セイクレッドをつつく。
やっぱり、なのはの説得は難しいなぁ。
ため息をつくと、俺はコーネリアさんに頭を下げた。
「すみません。わざわざ、時間を開けていただいたのに」
「そうね。噂のAAA級魔導師。将来の管理局のトップ・エリートの魔法をじかに見てみたかったのだけど、残念」「また、機会を作ります」
俺としてはそう言うしかない。
なのははすぐに逃げ出してしまうらしいけど、なのはの教育のために派遣されるコストも管理局にとっては大きいはずだ。最悪、リンディさんは現役を引退したけど、レティ提督の責任問題にもなる。
なのははもっと、魔法について貪欲になるべきだ。
魔法を使う。超常者としてふるまうだけなら、今の感覚だけで組み上げるのもいい。
でも、そうではない、その一歩先の領域に足を踏み出すのなら、なのはは管理外世界の住民として、すべてに疑問を抱いてほしい。
俺にはなのはが魔法を好きなのか、ただ手にした常人以上の力を振り回すことに酔っているだけなのか、わからなかった。いや、後者ではないと思う。
憧れは原動力だ。その先にある限界や制限にもどかしさを感じながら、その先へと進むための踏み出す力だと信じる。
だから、なのはには魔導が構成する社会と生活、利点と欠点を理解してほしかった。
「いいわよ。その代わり、私の方の相手をしてほしいの」
ひらひらと片手を振って問いかける。コーネリアさんは研究所の人たちの中でも好意的に接してくれる。
俺は基本的に技術的課題は解答を明示するわけでなく、解決の仕方を示すやりかたで研究所の人たちに接している。そのうえで検証、つまり、AMFの観測や発動に協力している。
「いいですけど、どこまで進みましたか?」「宿題のこと? あれは数こなす話だもの。実験屋に任せてるわ。そろそろ再現性にめどはついてきたけど」
天才肌は現状に満足しないからたちが悪い。
「AMF現象の再現性が確認されれば、管理局の方向性が変わってしまうわ。虚数空間の研究に資金が出なくなる前にいろいろと調べたいのよ」
「AMF自体はすでに古代ベルカで利用されていた技術ですから。再現性ができれば一気に応用が広がりますよ」「それこそ、私の関心じゃないわ」
肩をすくめる。
「創世の根源。世界の始まり。万物の興り。どうして、管理局が興味を示さないか不思議だわ」「アルカンシェルがあれば満足だからです」「即物的ね」
二人で苦笑する。
「では、『人間以上』。虚数空間、その果てを知るものとしてあなたの見識をうかがいたいわ」「なのはの教育に来たんじゃないんですか?」
「知識を与えられても、心構えは伝わらないわ」
俺は頷く。
知識はそれを望むものにしか宿らない。
なのはが手遅れにならないうちに。
俺にできることはそれを祈ることだけだった。
悠里ちゃんの周囲にいくつもの碧の魔法陣が浮かんだ。
あの構成はさっき受けたフェイトちゃんのと同じ。ううん、これはリインフォースさんの。
「なのはは武装隊に向いてないよ」
悠里ちゃんが冷たい視線で私を見下す。
「だから、もう二度となのはが魔法を使えなくしてあげる」『Ray Assult, Genocide shift. 』
増える。先ほどとは比べものにならないほどの数の魔法陣が悠里ちゃんの周囲に形成される。
今ならわかる。
これは悠里ちゃんが自分の弱点を補うために作り出した魔法だ。
周囲の魔力を収束して打ち出す術式を簡易に空間設置したものだ。制御には負担がかかるけど、魔力の消耗は最低限。しかも、手早く数を生成できる。
悠里ちゃんが二股に分かれた杖の先を私に向けた。
「なのはの空を翔ける翼を、私がもぎ取る」『Barrell extends. Absorption. 』
杖の先端に四重の収束魔法陣が発生した。きっとこれが悠里ちゃんの最大の収束砲撃魔法。弾丸は悠里ちゃんの背後に浮かぶ無尽の光弾。
『Master. 』
私は茫然と悠里ちゃんの魔法の完成を見つめていた。
レイジング・ハートの警告にも反応できない。
私、駄目なのかな。
悠里ちゃんを失望させちゃったのかな。
太陽まで飛べると信じたこの翼は、実は蝋の羽根で、溶けて落ちちゃうのかな。
「さよなら、なのは」『Klein quasar, 』
呪文が完成する。
悠里ちゃんの背後から打ち出される光弾が次々と渦を描いて悠里ちゃんの杖の先に展開された魔法陣に吸い込まれていく。捻れる光。輝きのすべてが渦を描いて、寄り合わされるように凝集し、堅靭の魔法を構成する。
私は目を瞑った。
悠里ちゃんが私を裁くというのなら。
受け入れる。
『Master! 』
「・・・私の魔法少女」『Strike. 』
あ。
目を開いた。
凝集された光の奔流が迫る。
でも、その向こうで悠里ちゃんが。
泣いてる!
「駄目ッ!」『Load Cartridge. 』『Load Cartridge. 』『Load Cartridge. 』『Load Cartridge. 』
手を伸ばした。
堅く。剛く。
折れぬ心を。
編む。
『Round shield full powered. 』
できたのは小さな盾。
派手さはないけど、範囲も小さいけど。
これは私が悠里ちゃんを想う心。
「だからッ!」
輝きに、手を伸ばした。
「絶対に!」
それはきっと、悠里ちゃんが私を想う心!
「壊れない!」
私たちの小さな盾が、悠里ちゃんの悲しみに激しくぶつかった。
4.
最後の手段だと思っていた。
この方法はとりたくなかった。
でも、これが最後のチャンスだ。これを逃すとなのはは倒せなくなる。
俺がなのはに勝てるのは今が限界。
なのはを叩き潰す。その最後の機会。
俺はアーディティ艦長に一通の申請書を転送する。
それは火力演習の申請だった。
聖祥付属小のバスが走り出す。
窓から手を振るすずかちゃんとアリサちゃんに大きく手を振って、高町なのはは小さく溜息をついた。
「なのは、一緒に帰ろう?」
そんななのはの背にフェイトちゃんが優しく声をかける。
「うん」
きっと、気を使ってくれたんだと思う。だから、なのはは精一杯元気な声で頷く。
「行こう」
フェイトちゃんが先に立って歩き出す。それはいつもの帰り道だけど、いつもと違う帰り道。
フェイトちゃんはいつもの角を通り過ぎて、歩き続ける。なのはにはどこに向かうのかすぐにわかった。この道の先には、海鳴海浜公園がある。
懐かしい、場所だ。
あれから二年。フェイトちゃんと出会い戦って、はやてちゃんとも、ヴォルケンリッターさんたちともお友達になって、そして、悠里ちゃんと話し合った。
ついこの間のことのはずなのに、なぜか遠い。
海浜公園の遊歩道はほどよく空いていた。
なのはは海に面した手すりに両肘を着いた。
「なんでこんなことになっちゃったのかな」
「うん」
フェイトちゃんが隣で頷く。
「私は頑張りたかった。悠里ちゃんが正しいことはわかるよ。でも、私は私の精一杯がどこまで通じるのか確かめたかった」「そっか」
「それにね。私、許せなかった。アーディティのみんな、酷いんだよ。悠里ちゃんのことを私のおまけだって、役立たずだって言うんだ。だから、私はみんなに伝えたかった。悠里ちゃんは凄いんだって、私はこうして戦うことしかできないけど、悠里ちゃんはもっといろいろなことができるんだって、私の自慢のお友達なんだって言いたかった。だから、悠里ちゃんの分も私がって、そう思って頑張っていたのに」
「・・・そっか」
フェイトちゃんがほっとしたように溜息をつく。
む。こんなに悩んでいるのに。
ちょっと頬を膨らませる。そんななのはにフェイトちゃんが微笑んだ。
「あのね、安心したんだ」「どういうこと?」
なのはは首を横に傾げる。
「きっとね、今はちょっとすれ違っちゃってるだけなんだと思う。なのはの思いを悠里にぶつければ、きっとすぐに仲良くなれるよ。たぶん、悠里もなのはにぶつけたい思いがいっぱいあると思うんだ。だから、頑張ろう」
「・・・うん」
なのはは頷く。
そう。今はちょっと行き違ってしまっただけだって、そう信じる。
なのはは自分のことを心配してくれた大切なフェイトに微笑んだ。
「フェイトちゃん、ありがとう」「もう」
フェイトちゃんが照れて頬を赤らめる。
うん。きっと大丈夫。
なのはは少しだけ軽くなった歩調で、フェイトと家路を辿った。
リインフォース・ツヴァイが完成したのはあの秋の日から一年ほど過ぎた日のことだった。
不安そうに目を開け周囲を見回す『彼女』に八神はやてが名前をあげる。
その微笑ましい姿を背後から見守って、同時に俺は焦燥感を覚えていた。
時が過ぎる。
一つ一つ、その時が近づいてくる。
でも、俺はまだ、なのはを説得できていない。
リンディ元提督、レティ提督から提出してもらった法案は法制局を通って成文化された。あとは、評議会の承認が下りて公示されることになる。もう半年とかからないはずだ。そうなれば、運用上、なのはに無理させることはなくなる、はずだ。
心配なのは、そう言った大人の事情を無視してなのはが勝手に出撃しかねないことだけど・・・。
「どうしようかな」「悠里ちゃんが顔を顰めてるのです」
これこれ、ほっぺを引っ張るものではないですよ。お行儀の悪い。
「こら、リイン!」「あぅ、はやてちゃん」
俺の肩に坐ってほっぺをぷにぷに引っ張っていたリインフォース・ツヴァイの襟をひょいと摘んで、はやてがリインを持ち上げた。
「そんなことしたらあかん。悠里ももっとリインの相手をしたってな」「ごめんなさい」「ごめん」
素直に謝るリインをテーブルの上に、そして、はやてが隣に坐る。
「なのはちゃんとまだ仲直りしてへんのやて?」「ん」
今度ははやてが人差し指で俺の頬を突っつく。
そうだ。俺となのははあれ以来ずっと冷戦状態。
なのはは向うの武装隊の人たちと仲よくして、俺がアーディティに向かうとなんだかんだ理由をつけて逃げまわっている。最近は体調管理のための定期診察も受けていないらしい。
忙しい。そうなのはは言う。
でも、なのははわかっていない。それを口にすることが、どれだけアーディティの運用側を馬鹿にした台詞なのか。俺やなのは、ヴィータがいなくても、去年までのアーディティはそれなりに任務をこなしていたのだ。
なのはが忙しいと口にするのはおかしい。
それは他の武装隊の仕事をなのはが奪っているということに他ならないのだと、気づいていないのだ。
「やっぱり、やるしかないのかな・・・」
「そうやなぁ。なのはちゃんも頑固やから」
暗に俺のことも頑固というはやてにため息が漏れる。
「けど、やっぱり今の状態はあかん。なのはちゃんらしくないし、悠里らしくあらへん。一度ちゃんと悠里はなのはちゃんに考えてることを伝えるべきや。
どんなに大切なことも、口にせな伝わらへん。なのはちゃんが話を聞いてくれへんのなら、なのはちゃん流に『お話を聞いて』もらわなな」
楽しそうに言うはやてに俺はじと目を向けた。
「・・・実は楽しんでる?」「わりと」
あっさりと答える子狸。人事だと思って。
俺は小さくため息をつくと、決意を固めた。
「わかった。
私はなのはを潰す」「・・・」「悠里ちゃん・・・」
拳を握る。
これが最後のチャンスだと決意を込めて。
警戒任務として、なのはとヴィータの二人を先遣する。
俺は二人が帰ってくるのを静かに待っていた。
上空にはアーディティからの様々な探知機が展開され、これから起こる戦いの一部始終を記録する準備が整っていた。管理局はなのはの能力だけでなく、俺が伏せてきた拡張デバイスの機能を探るべく、兵器開発局から解析チームまで派遣してきていた。
ヴィータには事前に哨戒任務が演習の場を用意するものだと伝えてある。合流と同時にヴィータはバックアップとして不慮の事態に備える。
『高町なのは伍長がまもなく演習領域に到着します』
アーディティのオペレータが状況を知らせる。もちろん、俺のセイクレッドはすでになのはとヴィータの接近を伝えていた。
「悠里、ちゃん?」
俺に気がついたのだろう。
なのはが速度を落として近づいてくる。
今の俺はバリア・ジャケットを展開し、杖を手にしている。完全武装状態だった。
なのはが俺のこの姿を見るのは『闇の書』事件以来だろう。
「どうしたの? 特に異常はなかったよ」「ん」
俺は頷く。それに感じ取ったヴィータが素早く巻き込まれないよう距離を取った。
「え?」「演習許可を取った」
いきなり離れて距離を取るヴィータをなのはがいぶかしげに見送る。俺はなのはに伝える。
「だから、これから起きるのはあくまで演習。
これが正しいなんて思ってない。でも、なのはに『お話を聞いて』もらうには、もうこれ以外に方法が思いつかなかった」『GASER Canon, Barrel extends. 』
杖が、『
Sword of Eden』が砲身を伸ばしその姿を露わにする。
『Master. 』「う、うん」
なのはが戸惑うようにレイジング・ハートを構える。
俺はなのはに声をかけた。
「すこし『話を聞かせて』もらうよ。なのはの流儀で」
「悠里ちゃん!?」
俺は高らかに杖を振りかざした。
5.
・・・。
あれに耐えるかよ。
俺は絶望とともに眼下の少女を見下ろした。
まったく、管理局の白い奴は化け物か。
「もう、諦めたと思ったよ」
そんなこと、かけらも思ってない。
「素直に受け入れれば、楽なのに」
なのはの胸に輝く不屈の心。
「これ以上辛い思いをしなくてもいいのに」
奇跡を創り出す、譲れない想い。
「私が、すべて終わらせてあげたのに」
時に惑い、時に見失ってしまうけど。
「すべて忘れさせてあげたのに」
ちゃんと思い出すことさえできれば。
「なのはは馬鹿だね」
俺に撃ち砕けるはずがない。
「うん。私は馬鹿だから」
バリアジャケットは壊れ、傷だらけになっても。
その向こうでバスターモードになったレイジングハート・エクセリオンを構えたなのはが微笑んだ。
俺! テラ死亡!
「時々、道を間違えちゃうかもしれないけど」
なのはの手の中でカートリッジが次々とロードされる。
ああ、\(^o^)/オワタ。
「でも、こうやって」『Starlight breaker. 』
強力に収束された魔力が強靭な構成に編まれて光り輝く。
それは以前のスターライト・ブレイカーに比べると小さな魔力にしか見えないけど。
「正してくれるお友達がいるから!」『Count. 3 2 1』
それはきっと、新しい光。
「だから、これが私の気持ち」『Zero. 』
嫌です。
無理です。
勘弁してください。
「受け取って! シュート!」『Shoot. 』
死んじゃうよ!
「セ『
Distance to the Holy. 』 どわぁあああああぁーーーーーーッ!」
視界が桜色に染まって。
俺の意識はすかっと刈り取られた。
「はぁはぁ・・・」『Nice shot. 』
大きく肩で息をしながら、なのはは空を見上げた。
撃ちあがる桜色の輝きは、今までの砲撃と違って、いまだ色濃く天空に刻み込まれている。
なのははぐっと拳を握りしめた。
「この感覚・・・」『
Good Job. 』
確かな感触を覚える。これはきっと悠里ちゃんが伝えたかったこと。なのはは身体に感じる疲労よりも暖かな思いに笑顔を浮かべた。
「あれ? 悠里ちゃんは?」
なのはははっと周囲を見回す。
人影はない。
「あれ?」『
It's a direct shot. 』
首を傾げる。そんななのはにレイジング・ハートはどことなく満足そうに応えた。
「えっと・・・」『
It's a direct shot. 』
周囲を見回す。
誰もいなかった。
「えぇぇぇぇ!」『
It's a direct shot. 』
なのはは慌てて周囲に目を凝らした。
遥かな遠くに一筋赤い光が走るのが見えた。
「あれはヴィータちゃん?」『
Yes, she is. 』
こちらに飛んでくる。確かに巻き込まれないように離れていたけど、あんなに遠くじゃなかったよね?
やがてその小さな肩に碧色のバリアジャケット、の残骸、を纏った少女を担いで、ヴィータちゃんがなのはのそばに近づいた。
「砲撃を放つにも程ってもんがあんだろ!」「ごめんなさい」
ああ、悠里ちゃんだ。
「えっと、生きてる?」「たぶんな」
ぐったりと意識を失った悠里ちゃんがヴィータの肩に担がれていた。
私はほっと胸に手を当てた。
「よかった」「そう思うなら、最初から撃つんじゃねぇ」
ヴィータちゃんの担いだ悠里ちゃんの胸に手を当てて、鼓動を確認する。ゆっくりと動く胸の温かさに安心した。
「ほら、艦に戻るぞ」「うん!」
転送魔法陣が形成される。
「悠里ちゃん、私の勝ちだね」
私はそっと微笑んだ。
6.
連絡を受けた本局の動きは素早かった。
すぐに医局からやってきた医務官たちは悠里ちゃんを連れて本局に転送してしまった。
私とヴィータちゃんは付き添いも断られ、連れていかれる悠里ちゃんを見送るだけだった。
「なんかよぉ、あいつ VIP 扱いだよな」「そうだね」
悠里ちゃんの消えた転送ポートを見つめる。
ヴィータちゃんがちらりと視線を送った。
「やっぱり、アレはまずかったんじゃねぇか?」「うう、そっかなぁ」
悠里ちゃん、大丈夫だよね?
目が醒めた。
「あ、悠里、起きたんか?」「ん」
頭を起こす。はやてがベッドのそばの椅子に坐って、宙に浮かぶスクリーンを見つめていた。
すっと待っててくれてたのか。
「ここは?」「本局の医局や。ヴィータに聞いたで。なのはちゃんとやらかしたんやて?」「あ・・・、うん」
思い出した。
じっと手を見る。
震えてる。よく生きてたな、俺。
「負けたんだ・・・」「せやな」
恥ずかしい。
俺は顔を手で隠した。
「あんな大口叩いて、負けたのか」「ぷ」
はやてが吹き出す。
「ま、なのはちゃんが相手やしなぁ」「でも」「勝つつもりも、なかったやろ?」「・・・」
顔を上げた俺にはやてが右手を伸ばし、頬に触れた。
「悠里がなのはに魔法を辞めろなんて、本心から言うわけあらへん。だって、悠里にとってなのはちゃんは大切な、魔法少女、なんやろ?」「うん」
頷く。
そうだ。
俺にとってなのははいつだって奇跡を生み出す魔法少女だ。
挫けず、諦めず、明るい未来を信じて手を伸ばす。そんな、魔法を贈る、輝く幻想。
だから、見たくなかった。
暗い瞳でただひたすらにリハビリに励む彼女の姿を。
自暴自棄になって、ただ身体を痛めつけるだけにその努力が向けられる姿を、見たくなかった。
・・・俺はなにを思い出してるんだ?
「ま、これでなのはちゃんの洗礼を受けてないのはおらへんな。フェイトちゃんは最初にスターライト・ブレイカーをくらっとるし、私は『闇の書』の時に、今回が悠里やから、これでみんな一緒や」「いやな友情」
ぼそっと呟く俺の背中をぱんとはやてが叩いた。
「なに言うてんの。これは勲章や? なのはちゃんと正面からぶつかり合った、私たちの勲章」
ああ、そっか。
思わず頬が緩んだ。
私たちはみんな、なのはと正面からぶつかって、伝えたくて、闘ったんだ。
「・・・伝わったかな?」
結局、あの事件は起きなくちゃ駄目なんだろうか?
なのはは傷つかなくちゃ、学べない、そんな娘なんだろうか。
止められないんだろうか?
「うわぁッ!」
突然、はやてが覆い被さってきた。
「な・・・「大丈夫」・・・え?」「大丈夫やって」
はやての息が耳元をかすめる。はやての腕が俺の頭を抱え込み、頬に柔らかな髪がこそばゆい。て、言うか、胸、胸!
「なのはちゃんがわからんわけない。悠里がこんなに頑張ったんや。心を込めて、闘ったん。なのはちゃんにわからんはずがあらへん」「そっかな・・・」
「ふふふ・・・」
不安そうに呟いた俺にはやてが顔をこちらに向けて笑う。
えっと、はやてさん、ちょっと近いですよ?
「わたしな、思うんやけど。悠里はもうちょっと自信を持った方がええな」「自信?」「せや」
はやてが顔を寄せる。うは、おま、ちょ・・・。
俺は身体をこわばらせる。俺の頭を回りこんだはやての腕に力が入る。
逃げられん。
「あ、あの・・・、はやてさん?」「悠里はな、自分で思っとる以上に愛さ」
こんこんとノックが響いた。
「悠里? お見舞いに・・・来た・・・よ?」
「「フェイト(ちゃん)!!」」
助かった!
「ちっ」
舌打ちしながらはやてが身体を起こす。今、舌打ちしたよな! な!
「悠里、大丈夫?」「あ、うん」
フェイト・テスタロッサ・ハラオウンが鋭くはやてを睨みつける。大丈夫って、砲撃のことだよ、ね?
はやてがゆっくりと乱れた服を整える。フェイトちゃんに見せつけるように。
なんかえろいですよ。
フェイトが身を起こしたはやてと入れ替わるように俺のベッドに腰を下した。
「はやて、無理やりは駄目だよ?」「いや、あんまりに悠里がかたくななもんやから、ちょっと力ずくで調k・・・教育しよかてな」「いま! 違うこと言おうとした!」「もう」
身を起こして異議を唱えようとした俺をフェイトがさりげなく押しとどめ、呆れたようにため息をついた。
「はやて、あんまり悠里をからかわないで。悠里も、すぐ熱くなるんだから」「私はまんざらでもないんやけど」「なんで、私が!」「ほらほら」
苦笑とともに俺はフェイトに腕を取られ、ベッドに身体を横たえさせられた。
なんか納得いかねぇ。
「もう。――それで、悠里。またあの艦に戻るの?」
ちょっと気遣わしげにフェイトが尋ねる。俺はあっさり首を横に振った。
「もうあそこにいる必要はないから。予定通り、ジュエル・シードの研究施設に移るよ。なのはの無茶を止められればよかっただけだし、例の法案も無事通ったらしいから、この先はあの艦長さんの責任。私が口出すことじゃない。
それでも、なのはが無茶をするなら・・・」
暗い思いが浮かび上がる。
「こんどこそ、ほんとうに魔法が使えなくなってしまえばいい」「悠里・・・」「・・・」
フェイトとはやてが視線を交わす。
俺は小さくため息をついた。
努力はした。だから、あとはなのはの問題だった。
「なのはと一緒にあの艦にいるのは未成熟者の労働保護法が通るまで。そう言う約束だから、ね」
だから、あとは信じるだけだった。