0.
さよなら。ばいばい。また明日。
夕暮れ時、別れを告げる声が響く。
別れは憂鬱だ。
帰らなくちゃ、いけないから。お父さんがいるあの家に、帰らなくちゃいけない。
わたしはランドセルを背負ってなるべく回り道をして帰路を辿る。
地面に視線を落として、一歩一歩歩く。
この足が動くたびに、家が近づいてくる。
・・・お父さん、もう帰ってるかな。
時間はずいぶん経っている。友達と遊ぶことが楽しくて、一瞬でもその時間を長引かせたくて。
家に帰りたくなくて、わたしはため息をついた。
でも、早く帰らないと怒られる。
わたしはいつの間にか止まってしまった足をじっと見つめた。
帰りたくない。でも、帰らなきゃ。
あの暗い家に。あそこにしかわたしには居る場所がない。
だれも、助けてくれない。
わたしは微笑みを浮かべた。
そうだよね。帰らなきゃ。
力なく頷く。あそこにいくしか、わたしにはないんだから。
あはは。
腹立たしくなって、近くの小石をけっ飛ばした。
かんからん。アスファルトに小石が跳ねる。その行方を見送って、ふとわたしは何かが道端に落ちていることに気がついた。
それは透き通った青いガラスのようで。
宝石、かな。
わたしは駆け寄るとそれを手に取る。何となく暖かい。青い宝石。
「おまわりさんに届けた方がいいんだよね」
わたしは呟いてあたりを見渡す。
人気のない通り道。誰も、見ていない。
わたしはその宝石を手放したくなくて、胸のポケットにそっとしまった。
「あした、あした届ければいいよね」
今晩だけ。今夜だけ。この宝石が本物か、ただのガラスのおもちゃかわからないけど。
わたしはなんとなく、幸せを見つけたような気がして、手放したくなくて。
心持ち足取り軽く、家路を辿った。
そう。
だから・・・。
これは罰だ。
悪いことをした罰が当たったんだ。
頭に受けた激しい衝撃にわたしは宙に跳ね飛んだ。
お父さんが家に帰ってきたわたしを殴ったのは、悪いことをした罰が当たったんだ。
わけがわからなくて、頭がくらくらして、なにもわからない。
板張りの廊下に手を付いて、私は顔全体が熱くて、頭が真っ白だった。
髪の毛がすごい力で引っ張られた。
「痛い! 痛いッ!」「うるせぇッ!」
お腹に激しい衝撃が走る。心臓が止まる。
「おおぉぉぉぇぇぇぇぇ・・・」「騒ぐなって言ってるだろ、この馬鹿ガキが!」
「ぎひぃ!」
痛い、痛い!
踏みにじられる。髪の毛が引っ張り上げられて霞む視界の向こうでお父さんが拳を握りしめた。
衝撃に火花が飛び散る。力任せに、もう一度!
そのままの勢いで床に頭から叩きつけられた。
「あ、あぁ・・・」
「こんな時間まで一体なにしてやがった! まさか、その歳で男引っ掛けて逃げ出そうとしてたんじゃないだろうな!」「ちがぅ」「ぁあ!」
蹴り飛ばされる。近くの柱に背中がぶつかって、痛い。
「口応えしてんじゃねぇ!」「ぐぁ、ぁぁ・・・。ごめ、ご、めんな」「遅せぇ!」
また、顔を殴られる。さっき身体をぶつけた柱に、ガンと後頭部がぶつかった。
頭がぼうっとして、気持ちが悪い。
ごめんなさい。
ごめんなさい、お父さん。
殴られ、蹴られ、踏みにじられて。
もう痛みかどうかもわからない衝撃に、右に、左に身体が吹き飛ぶ。
ごめん、な、さい。
わたしは呟く。
もう、声が出ているかどうかもわからないけれど、伝えないと、いけないから。お父さんに伝えないと、駄目だから。
わたしが悪い子だから。お父さんが怒ってるんだから。
わたしがいけないことをしたから、お父さんが腹を立てたんだから。
わたしが・・・生きているから。
感じる。
どこまでも、透き通る碧がわたしの心の奥底の何かを目覚めさせる。
死にたくない。
死にたくないよう。
むくりと、『それ』が身じろぎする。
わたしの知らない、知りたくない、どこか深いところにいる『それ』がワラウ。
任せて、と。わたしと同じ顔をしたわたしじゃない『私』がわたしに、わたしの心に手を伸ばす。
『私』に任せて。
わたしを傷付けるものすべて、わたしを脅かすすべて、このつらい世界のことごとくをほろぼして、わたしを安心させてあげる。
『私』がわたしを誘う。
もう『そちら』にはつらいことしかない。だから・・・。
わたし=私たちの前に輝く碧い宝石。
わたし=私たちの色に染まった願い。
手を伸ばし、触れる。その宝石に秘められたものが、わたし=私たちの中で輝き始める。
『私』が身を起こす。
恐怖と歓喜に身を震わせて、『私』が私になる。
殺す。
全部殺す。
この目に映る総て。わたしを、私たちを助けてくれなかった、この人々の全てを。
殺す。
殺す。
殺す。殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して、殺して・・・。
助けて。
あふれる殺意が、お父さんに向けられる。
誰か、助けて!
碧の輝きが私の四肢を満たす。痛みと衝撃で何もわからなくなっていた身体に力が満ちる。
私は圧倒的なまでの強者として、いま、この手で、お父さんを殺す。
憎い。
どこに隠れていたともしれないあふれる想いに私は悟る。
私は憎かったんだ。
目のまえで、表情を喜びに歪めて効かない拳で私の顔を殴り続けるお父さんが。私をこんな牢獄に閉じ込めて、何も知らない振りをする近所の人たちが。私に笑顔で頑張れと強要する友達が。私の嘆きも知らないで幸せを当然のように享受する知らない人たちが。
こんなにも、こんなにも。
あなたが、憎かったんだ。
あは。
笑顔がコボレル。
受け入れる真実に喜びが止まらない。
フルエル。心が歓喜に震える。
私はこの世界を心の底から怖れていたんだ。
私はこの世界の何もかもが心の底から憎らしかったんだ。
醜悪な人。無関心な人。無力な人。
その総てが私の知らない醜悪な汚物で。
信じられるものなんか何もなくて。
死んじゃえ。
私は歓喜とともに呟く。
みんな、みんな。
この手で、私は、わたしを怯えさせるすべてを、殺す。
あはは。
タノシイナ。ウレシイナ。
碧の輝きが力になる。私を解放してくれる。
私の、ほんとうに、したかったことを、この手で成し遂げる。
願いは叶う!
圧倒的な力を持つことの陶酔。
あはははは。
笑いが止まらない。
化け物だ。
化け物が、ここにいる。
わたしは知らなかった。わたしはこんなにも、化け物、だった。
逃げられない。どこにも、逃げ場所はない。わたしは私から逃げられない。
この世界で一番醜悪な化け物は、わたしだった。
あはははは。
あはははは。
あはははは。
あはははは。
あはははは。
だから、叫んだ。
殺して!
誰か、私を、この化け物を
殺して!
1.
久しぶりの聖祥付属小の制服は少し窮屈で、でも、迎えてくれた教室の同級生たちは暖かくて、少しくすぐったかった。
・・・待て、俺。
なに小学生に馴染んでるんだ?
ずんと落ち込む。
「悠里ちゃんは今日は本局?」
高町なのはがかばんを手に声をかけてくる。俺は小さく頷いた。
「ん。はやてと一緒に嘱託魔導師の手続き。あと、兵器開発局でいろいろ打ち合わせがある」「そっかぁ」「それって、はやてのデバイスのこと?」
笑顔を見せるなのはの隣からフェイト・T・ハラオウン、つい先日正式にリンディ艦長の養女になった、が問いかけた。
「うん」
俺は明るく頷く。はやての用件はそれだから。間違いじゃない。少し心配そうにフェイトが尋ねる。
「はやてのデバイスはやっぱり?」
「ん。はやてに遺された古代ベルカの魔導技術、その技術提供の意味もあるからね。はやて、最後の夜天の主と管理局の共同研究ということになるよ。
管理局は融合型デバイスに関する知識を、はやてはその報酬に融合型デバイスを手に入れることになる。
名前はきっとあの娘の名前を受け継ぐよ」「悠里ちゃんも手伝うの?」
ちっ。
俺はなのはの鋭さに舌を撒いた。
その一瞬の沈黙に気が付いたのだろう。なのはが首をかしげた。
「悠里ちゃん、危険なことしてないよね?」「・・・大丈夫」「ほんとう?」
うは。信用されてないよ。
フェイトも同様に俺の顔を覗きこんだ。
「ん。ジュエル・シードのね、魔導無効化特性の研究に協力してほしいってことだから。ちょっと管理世界のはずれの研究所でお手伝いするだけだよ」
まだ、ジュエル・シードについての情報は広がっていない。将来的には危険にさらされるとしても、分離独立派が襲ってくるのはここじゃないし。
第一、ジュエル・シードの研究といっても、私以上の知識を持つものはいない。だから、私がジュエル・シードについての情報を制御することで、ある程度の危機管理は可能だろう。
それに、私は思う。
管理局の体制を揺るがすためにも、ジェイル・スカリエッティに
AMFの技術を流出する必要がある。
「悠里ちゃん?」「悠里?」
二人の呼びかけにはっとする。
俺、今、なにを考えていた?
・・・時々、セイクレッドとの融合状態になくても、セイクレッドからの知識流入が起きることがある。セイクレッドに言わせると、リンカーコアの共鳴が起きているため、融合状態でない、なんて状態自体があり得ないらしい。
人間拡張デバイスは常動型のデバイスだ。戦闘起動時でなくても私とセイクレッドはいつも繋がっている。
ぶんぶんと頭を振り払う。
「わわ、悠里ちゃん、大丈夫?」「大丈夫。ちょっとぼぅっとしていただけ」「・・・」
心配そうななのはに俺は笑う。フェイトがちょっと一歩退いた感じで俺を見ていた。
ああ、多分、リンディさんかな。
俺が何か変調を示したら、連絡するように言われてるんだろう。つくづく真面目な子だ。
俺は勢いをつけて立ち上がった。
「よし。じゃ、帰ろう」
机の上のかばんを立てて、背負う。
ドアの近くで待つアリサやすずかに頷いてみせる。
「はいはい。じゃ、帰りましょう」
ちょっと間をあけて、待っていてくれた二人の気遣いに感謝の視線を向けて、アリサが照れたように勢いよく背を向けた。そんな姿にすずかと視線を合わせ、こっそりと笑う。
帰ろう。
みんなで帰ろう。
・・・あれ?
俺、思いっきり馴染んでないか?
orz
2.
虚数回廊を越えて、私がこの世界に現れた時、私の主人はジュエル・シードによって暴走状態にあった。
それでもジュエル・シードを制御しきっていたのは、さすがだろう。私の贔屓目を考慮してもこの制御能力は称賛に値する稀有の才能だ。製造者が苦笑しながらあの世界は異常だ、と言う気持ちも理解できる。私の主人は未熟ながらも、ジュエル・シードを従え、その力を我が物としていた。
たとえ、その起因は悲劇でしかなかったとしても。
終わりまで悲劇である必要などない。
私は直ちに融合術式を展開する。
私のベースとなったリンカーコアは、製造者のものだ。主人との親和性は極めて高い。
私から展開された碧色の魔法陣が幾重ものリボンのように主人に絡み付く。
主人はジュエル・シードを使って抵抗しようとするが、虚数回廊の向こうから十六個ものジュエル・シードの支援を受けている私に対しては無意味な行為だ。ジュエル・シードの制御系に介入し、主人への魔力供給を私に切り替えた。
絡み合う魔法陣が主人と融合する。
そして、私は知った。知ってしまった。
自分自身に絶望してしまった少女の姿を。
元凶は目の前で起きた珍事に茫然としている。
時間はなかった。
私は直ちにジュエル・シードに揺り起こされた基盤人格の活動を抑え込む。そうしないと本来的自我の復権もままならない。
暴れる彼女を抑え込み、悠里の敵を私がなくす、と叫び暴れる彼女を抑え込むことはずいぶんと苦労させられた、彼女を探す。
もう怯えなくていい。
怖がらないで。
そう伝えたい。
あなたのために、あなただけのために、私は時空を越えてやってきたのだと、そう安心させてあげたかった。
でも、私が見つけた彼女は、なによりも自分自身に怯えきっていた。
彼女にとって、自分こそが、今や一番の恐怖の対象だったのだ。
耐えられない。
このままでは、彼女の心は耐えられない。
だから、私は…。
3.
時空管理局本局は虚空に浮かぶ巨大な都市だ。
ま、形はでっかなテトラポッド、波打ち際に消波目的でおかれてるアレ、を上下にくっつけたような形なんだけど、でかい。ソロモンやア・バオワ・クーよりでかい。
本局ヤバイ。超でかい!
・・・ネタが古いな。
案内のマリエルに説明を受けながら、はやての車椅子に並んで周囲を見て回る。車椅子を押すのはシャマルさんだ。
広いロビーで嘱託魔導師としての資格発行を待つ間、本局の歩き方のコツを聞く。これだけ巨大となると、各部署間の移動もままならない。知識としては知っていたけど、本局内移動用の転送装置があるのを見た時は、正直はやてと目を見交わして笑った。
「なぁ、悠里」
はやてがそれを尋ねたのはマリエルが飲み物を買いに席を外したときだった。
俺はこの後のリンディ艦長との打ち合わせに頭を悩ませていたため、反応が遅れた。
「ん? なに?」
ソファから顔を上げた俺をはやての端正な顔が覗きこむ。
んー、やっぱり可愛いなぁ。
俺は小首をかしげた。
「なんやまた、悩んでるんか?」「・・・なにが?」
俺は少し考える。はて、悩んでいるというか、考えているというか。
「それや」
ぴっとはやてが俺の顔を指差す。
「悠里はいつも何か考えあぐねていると、そうやって反応が遅れるんや。悠里は真面目やから、悩み事があるといつもどうしようって考えてる。
私は悠里みたいに頭良くあらへん。けど、悠里のなやんどることの話を聞くことはできると思う。な、悠里。私は悠里の悩みが知りたい。悠里と一緒に考えたい。私にうちあけてくれへんか?」「・・・む」
悩ましいことを。
未来の話はできない。かといって、はやてがここまで気にしてくれているのを無碍にはできないし。
「んー、はやては管理局のことをどう思う?」「へ?」
質問に質問で返すのはマナー違反ではあるけれど、俺はとりあえず悩み事の一端を問いかける。
そう。正直に言うと、俺は管理局との距離の取り方に苦慮していた。
俺が覚えている限り、これから起きるトラブルは半ば管理局の自業自得。特に関わりあう気もなければ、管理局がどうなろうと関心はなかった。
しかし、そんなトラブルに投入されるのが、なのはたちとなると話は違ってくる。
今の時点で管理局に技術や情報を提供することは、ジェイル・スカリエッティを強化することに繋がってしまう。少なくとも、JS事件が終わりを迎えるまでは、俺が持っている札を明かすことはできない。
だが、JS事件が終わってしまってからでは遅いのだ。
JS事件は単なるジェイル・スカリエッティの個人的暴走に留まらない。最高評議会が加担した犯罪行為は、この次元世界を管理する時空管理局の権威の喪失に繋がるのだ。
犯罪者が何を持って犯罪者を裁くのか?
この問いに時空管理局が答えられない限り、次元世界は結局現有最大戦力としての側面しか見なくなってしまう。
それは圧政者への非難に容易に結びつく。
非難するものは簡単だ。完全な人間など存在しないのだから、その行動の一つ一つを悪意で持って晒せばいい。対象が頑固であれば、権力に執着してると叫び、潔癖であれば言葉の石を持って権力の座から追い払い、自分に都合がいい相手をその座に付けるのだ。
そして、それはこの次元世界の分離・解体への第一歩だった。
俺は別にそれでもかまわない。
でも、その対応に走り回らせられる友人たちが気の毒だった。
「せやなぁ・・・」
はやてが人差し指を頬に当てて天井を仰ぐ。
「私は管理局も完璧な組織やないと思っとる」「うん」「・・・」
俺は頷く。そうだ。完璧など一人よがりの夢だ。
逸脱はいつも、彼方より来る。
「人が造った組織やもん。そんなん当たり前のことや。そう言う意味では、私は管理局をお人好しの集団やと思う」
「・・・へ?」
理解できなかった。
思わず首を横に傾げる俺を、はやてが真面目な視線で見つめる。
「だって、そうやろ? よその世界にまでわざわざ出かけて行って、死にそうな目にあいながら、ロストロギア回収して、私も助けてもらった。
あ、もちろん一番は悠里やなのはちゃんたちやで。
でもな、いろいろ思うこともあったやろうに、見捨ててしまえば楽やったんやろうに、それでも何とかしたいと思う人たちを、私は手伝いたい。
それがきっと、助けられた私の報いる道やと思うから」
「・・・」
驚いた。
まさか、はやてがここまで深く考えているなんて思ってなかった。
・・・いや、それは俺がずっとはやてを子供だからと見くびっていたということなのかもしれない。はやてはずっと一人でいつか来る死に怯えながら、いろいろなことを考え、感じていたにちがいない。それに、はやてにはリインフォースによって古代ベルカの術式が遺された。それを使いこなすに足る魔導師として。
考え直さなきゃ、いけないな。
「はやては偉いね」「そうかぁ?」
はやてが照れて破顔する。
俺は真面目に頷いた。
「うん。私は正直、管理局がどうなろうとどうでもよかった。次元世界なんかどうでもよかった。こうして、嘱託魔導師の資格をとるのも、ただ、ミッドチルダに移住させられないため。
でも、そっか。はやてにとって管理局はそう言う存在なんだ」「うん」
俺は腕を組んだ。
そうか。それじゃあ、それでもいいか。
俺ははやてに頷いた。
「じゃ、私ははやてのために管理局を手伝うよ。管理局がはやての望む存在であるように」
うん。それはきっといい考えだ。
俺は吹っ切れた気持ちではやてに微笑んだ。
4.
リンディ・ハラオウン提督から見て、小鳥遊悠里という少女はとても扱いづらい少女だ。
決して、強い存在だとは思わない。S級魔導師であるリンディ自身や、同年代であるはやてさんや、フェイト、なのはさんと比べると、一気に格が落ちる。でも、常に管理局の対応を意識したあの行動や、ここしばらくの事件に対する反応を見ると、まだ、いくつか札を隠している、そんな気配があった。
だから、この会議は難航するものと思っていた。リンディやレティ提督はいかなる譲歩を引き出すか、その対策に苦慮していた。
「構いません」「「は?」」
その返答にあっさりと少女が頷く。
リンディは思わず隣のレティと顔を合わせる。
「ジュエル・シードによるAMFの発生メカニズムの研究。協力します」
小鳥遊悠里はもう一度繰り返した。
「あれを見せた時点で管理局からそのオファーがあることは想定していました。管理局の主導する魔法優位を危うくする技術です。
いかなる方法で発生させるのか、対策は。
管理局が対応に出るのも当然のことでしょう」
悠里さんが頷く。こう言うところが深い、そう思う。
「いいの?」「はい。ただ、いくつか条件をつけさせていただきます」
リンディの問いかけに悠里さんが答えた。レティも微笑んで尋ねる。
「なにかしら? よほどの無茶でなければ、管理局はあなたの要望に応えるけど」
悠里さんが笑う。それはいたずらを仕掛けようとしているような微笑みで。
「私は管理局にいくつかの技術提供をする用意があります。
それはAMF発生装置に関する技術情報。
ジュエル・シード研究への協力。
最後に・・・」
悠里さんは胸元のデバイス、セイクレッド・ワードを取り出した。
「この、人間拡張型デバイスの製造技術です」
なにを言っているのか理解ができずに思わず絶句する。
「えっと、いいかしら?」
リンディよりも早く再起動を果たしたレティが尋ねた。
「それなりの見返りを求めるということかしら?」「・・・」
はっとする。そうだ。提供する用意があるということは、それなりの見返りを求めてのことだろう。
「はい。もちろんです」
まっすぐな視線がリンディの心を打つ。
「いくつか段取りが必要になってくるのですが、まず、最初に。
なのはを私の勤務に合わせて配備してください」
それはきっと、本当の意味でこの世界に関わることを覚悟した少女の始まりの一歩だった。