1.
久しぶりに訪れたはやての家。病院の帰りに誘われて、俺は八神家のソファに座ってお茶を飲んでいた。
それははやての一言で決まった。
「やっぱ、寒いときには鍋やな」
「主はやてのおっしゃる通りです」「素敵ですわね」「はやての料理はなんでもギガうまだからな」
若干2名ほど発言権がなかったりするけど。
「・・・」「えっと・・・?」
俺は首を横に傾げる。ふと、黙然と佇むザフィーラと視線があった。
ついっ。
うわっ! 視線を逸らしやがった。
「というわけで、悠里決まったで!」「だから、なにが?」
ぽんと俺の肩を叩いた八神はやてが満面の笑顔で告げた。
「なにって、悠里の今週のお泊まりや」「はぁあッ!?」
俺ははやての言葉の趣旨が掴めずに・・・、いや、ふと、ザフィーラを見る。尻尾が揺れる。駄目だ。犬の振りしてやがる!
「よかったじゃねぇか、
小鳥遊悠里」
はやての守護騎士、ヴォルケンリッター鉄槌の騎士ヴィータがなぜかアームド・デバイスを取り出し、ハンマーの殴りごこちを掌に叩きつけて試す。
「ふむ。鍋であれば私も手伝うことができよう」
ちゃりとヴォルケンリッターが将、シグナムが同様に長剣を取り出し、刀身の具合を調べる。
そして、無言でにっこりと指輪を見る湖の騎士シャマル。
そして、やっぱり尻尾を振るザフィーラ。ザフィー・・・。
「みんなも楽しみにしとるさかい。決定、な」
にっこりとはやてが笑った。
俺は肩を落として頷いた。
「はい」
いや、これ、脅迫だろ。
2.
あの闇の書事件が終わってひと月がたち、俺もはやても無事、海鳴大学病院を退院していた。とはいえ、完全に無罪放免になったわけではなく、はやては回復しつつある下半身のリハビリが、俺は精神面のカウンセリングを義務付けられている。
あれやこれや、事件の後始末が終わり、ほっと一息ついたころだった。はやてがお泊まり会リベンジを言い出したのは。
よほど以前にお泊まり会をできなかったのが悔しかったらしい。顔を合わせるたびに週末の予定を聞かれていた。
さすがに退院直後は児童福祉施設の院長先生の反対もあって、そう簡単には実現できなかったが、どうやら送り迎えの人を出すという条件ではやてと院長先生の間で合意が成立したようだった。
俺の意思は無視されてるような気がするのは気のせいですか?
まぁ、俺もさすがにあの時のことはちょっとだけ引け目に思っていたこともあって、積極的に反対はしなかったけどさぁ。
そして、なんだかんだで自己紹介。
改めてはやての騎士たち、ヴォルケンリッターの紹介を受ける。
寒い季節に鍋を食べ、暖まった身体でお茶を飲みながら、俺たちはリビングでほっとしていた。
と、はやてが両手に包んだ湯飲みから顔を上げる。
「せや、悠里は学校の方はどうなるん? やっぱり留年なんか?」
俺はそう言えば言ってなかったと思いだす。
「ううん。私は補習をして学期末の試験次第。試験に合わせて学校に復学ってことになる」「そっか。よかった。来学期からは私も聖祥に通うから、そのとき悠里だけ後輩になるのも可哀想やもんな」「む・・・」
俺はふと考える。学年が違うというのもそれはそれで。
「なんや? わざと留年なんてあかんで」
にやりと笑いながら覗きこむはやてに慌てて首を振る。
「や、考えてない・・・よ?」
「なら、ええんや」
はやてが軽く笑って首を振った。む、読まれてるか。
「それはともかく、結局、悠里の状態ってどんな案配なん?」「ん?」
はやてが問いかける。
俺はそれが何を意味しているのかわからず首を傾げた。
それを見て、正面のシグナムも居住まいを正す。
「それは気になっていた。我々としてもあのような状態に陥ったのは不本意だからな」
ああ。そう言うことか。
ちらりとはやてに視線を投げる。真剣にこちらを見つめる瞳とぶつかる。
ずっと気にしていたんだろう。
ちょうどいい。そう思った。
「ん。いいよ。確かに状態を把握しておきたいという気持ちはわかる。いずれ、話そうと思っていたことだし」
そうだ。いずれはやてには伝えようと思っていたことだった。
俺はどう説明するか、ちょっと考える。
ま、いいか。わかりやすく伝えればいい。
「私は、いや、俺は『小鳥遊悠里』じゃ、ない。そこから話そうか」
俺は口調を改める。
それは多分、いろいろな過去との決別になるんだと思う。
3.
なにから話そうか。
そんな様子で悠里が首を傾げる。
私は悠里が普段の悠里と違う砕けた口調に、これが悠里の普段考えている言葉なんだと、知る。その心をさらけ出してくれてるんやとわかった。
「俺は『小鳥遊悠里』にとっての守護騎士プログラムのようなもの。『小鳥遊悠里』の保持を最優先とする管制人格だと思ってくれてかまわない」
「なんだと!」「うそ!」「ふぅん・・・」
悠里の言葉にみんなが驚く。
でも、私は知っとった。悠里と『悠里』がいることを私は知っていた。
「それで?」「ん」
先を促す私の言葉に、悠里が頷く。
「本来の『小鳥遊悠里』はここで眠りについている。俺は現実に生きることを放棄した『悠里』を守るためにセイクレッドによって構成された仮想人格だ。
だから、当然のことながら『小鳥遊悠里』が魔法を行使できない状態、まぁ、そう言うときはセイクレッドがサポートにはいるんだが、それもできない状態になれば、俺は消える」
悠里が何か微かな痛みを堪えるように表情をこわばらせる。なんか、考えとうない何かを別の言葉で追い出したような、そんな気がした。
みんなは自分のことを告げる緊張とでも思うたかも。
はやてはちょっと思い出す。
初めて悠里が声をかけてきてくれてからの、数々の思い出。
わずかひと月ほどの、いつの間にか守護騎士たちとの付き合いの方が長くなってしまった期間だったけれど、それでも大切な日々だった。
嘘やな。
はやてはあっさりと結論を出した。
『小鳥遊悠里』の保持を最優先にしていたら、私に声をかけるはずがない。『悠里』にとってあの子の蒐集能力は鬼門や。その術式のすべてを、存在を奪い取られる。そんな相性最悪な相手に話しかけるなんて、できるはずがない。
ま、悠里のことやから、私が困っているのを見ていられなくて、うっかり声をかけてもうたんかも。
そして、苦笑する。思い出してしまった。悠里が初めてお泊まりに来た日のことを。はやてに向かって、「『悠里』はわたさない」と告げた『彼女』のことを思い出す。
そうだ。
むしろ、『小鳥遊悠里』の保持を最優先とする管制人格は『彼女』のことを示しているような気がする。はやてに胸を張って、「私は『悠里』を守りきった」、そう誇らしく告げた『彼女』こそ。
でも、悠里には受け入れられない。
それを受け入れたら、悠里こそが『小鳥遊悠里』本人になってしまう。そんな自分は『小鳥遊悠里』じゃないと言い張る姿に、滑稽なまでの痛々しさを憶える。
「では、なぜあの時セイクレッドを手放した? 自分の存在が危うくなることはわかっていたのではないか?」
シグナムが問いかける。はやてはこうして客観的に聞いたシグナムが悠里を襲ったときの問答無用ぶりにちょっと頭が痛くなった。
「セイクレッドの術式を蒐集されないためだ。あの時、セイクレッドの術式をリインフォースが蒐集していたら、『闇の書』の闇、自己防衛プログラムを破壊できなくなるかも知れなかった。そんな危険を冒すわけにはいかない」
悠里、半年も前にそこまで考えとったんか。
いや、出会ったときから、いつか来る日のことをずっと考えていたのかもしれない。どうすれば、はやてを助けることができるのか、そして、それ以上を。
「家族は4人か5人、やったな」「・・・」
思い出す。悠里の何気ない言葉。でも、それは本当は誓いの言葉だったのではないだろうか。
「悠里は最初からわかっとったんか・・・」「ん」
はやての言葉に悠里が頷く。それは受けるべき非難を受ける意思。赦されることなど必要としない、強い意思、そのはずだった。
でも、今のはやてにはそれは涙を堪えて一生懸命強がる姿に見えてしまって。
「馬鹿やなぁ」
笑う。悠里が驚いたように目を見張った。
ああ、こんなところが悠里やな。
全然変わらない姿を見つめてはやては伝えた。
「そんなことで悠里のこと嫌いになったりするわけあらへんやろ?」
ちゃんと、その心の奥底まで届くように。
はやての言葉に、悠里が耳元を赤くしてこくりと頷いた。
4.
ごめん、幼女。
激しい激闘の末、シグナムに抱え上げられたヴィータは最後まで俺を威嚇しながらはやての部屋を連れ出されていった。
さすがにほんとは男の子。てへっ。
ってのは、ぶっちゃけすぎたか。
身体は女の子、心は男の子。
今はまだ、第二次性徴期を迎えていないから、性同一性障害とかに悩まされてはいないけど、いずれは考えなきゃいけない問題だ。
俺は悠里の身体に責任があるからな。とはいえ、今悩んでも仕方がない。徴候を見逃さないように、そして、後は・・・、セイクレッドに任せるさ。
「やっぱり私は」「悠里は気にせんでええて」
はやてがぱんぱんとベッドの自分の横を叩く。遠慮しようとする俺の言葉をはやてが塞ぐ。いや、俺は主張したんだよ。前のようにはやてのベッドの横に布団を敷いてそこで寝るって。でも、ヴィータと一緒に寝るようになったはやては一緒のベッドで寝ることを頑として譲らなくて、いつも一緒のヴィータは今日は別のベッドで眠ることに。そして、俺ははやてと一緒のベッドに寝ることになったんだけど。
「はやては、いいの?」「別に悠里とやったらええよ」
ぐはっ。
にっこりと笑うはやての横に潜り込む。
熱い体温が寄り添う。はやてが俺の左手に指を絡めた。
「なぁ、悠里」「なに?」
耳元に吐息を吹きつけるような呼びかけに、反射的に振り向く。はやての瞳が思いも寄らぬほどのすぐそこから俺を見あげていた。
「悠里には私がおるからな。心配せんでもええんよ」
ぐっと心をえぐるような言葉に泣きたくなる。
でも!
ぐっと顎を引き締める。はやての向ける熱い視線を頬に感じながら、俺は天井を見上げた。
ん? そういえば・・・。
「知らない天井だ・・・」「そやな」
なんとなく、満足した。
5.
予感はしてた。
多分、会える。そう思ってた。
しびれるように冷たい夜の空気。昇り始めた下弦の月に照らされて、悠里はとても神秘的だった。
「悠里は綺麗やな」「はやても」
声をかけられて彼女が振り返る。月の光を受けて藍色にも見える瞳がはやてを見つめた。
小鳥遊悠里の中の人。
はやては多分、彼女こそが悠里の管制人格だと思っていた。
「命びろいしたわね」「そうやったんかぁ!」
氷のように冷たい視線。でも、それはともすれば激発しそうな熱情を堪えるための仮面やと感じる。
「あなたが悠里を壊すなら、赦さない」
つまりは下手なこと喋ったら殺すと。
「私かて悠里のこと大切や。下手なこと言えへんのはわかっとる」「そ」
満足そうに彼女が頷く。
ああ、釘刺しに来たんや。
はやては彼女が表に現れた理由を悟った。
「やっぱり、あんたの方が悠里のいう管制人格なんか」「違うわ」
彼女ははやての疑問をばっさりと切って捨てる。
「私はジュエル・シードによって掘り起こされた怪物。それ、とも、Id とも、呼ばれる災厄の箱。悠里が虐待の中で育んだ、悠里が忘れたかった全て。
恐怖、殺意、憎しみ、激情、そして・・・」
彼女の瞳が束の間青く輝いた。
「どんなことをしてでも生きたいと願った意思」
彼女の身体に碧の魔法陣が包帯のように浮かび上がる。それは多分、彼女を戒める鎖。セイクレッドが張り巡らせた魂の拘束具。
はやては問う。
「悠里が危ないとあんたが暴走するかもってことか?」
彼女が首を振る。
「問題は、悠里が私を無意識に拒否していること」
それはつまり・・・。
はやては眉を顰めた。ようやく彼女が現れた理由が掴めたからだ。
「悠里が死にたがってるってことか?」
暴走してでも生きることを望むのは、生命の本能だ。それを拒否するというのは危険なことだった。
「消極的な死を選択する可能性がある、という程度だけど。気をつけて」
「任せとき」
はやては強く頷いた。
せや。そう言うフォローならお手のものや。
悠里のために何かができる。それははやてにとって、ようやく悠里のためにできることが見えた瞬間だった。
「あんたは・・・眠るんやったか」「ええ」
どうするんやろ、と思って思い直す。
もう答えは以前聞いていた。
悠里が空を見上げる。
月明かりに照らされて、蒼銀に輝くその姿を、忘れないと思った。