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くすくすくす。 笑う声が響く。 くすくすくす。くすくすくす。 祐巳を嘲う声が薔薇の館に響く。 「だってぇ、祥子お姉さま。このひと、おっかしいんですもの」 注意する誰かの声に、あの娘は甘えるように嘲った。 くすくすくす。くすくすくす。 耳の奥に笑う声が響く。 祐巳は新鮮な空気を求めてあえぐように、彼女の『お姉さま』を振り返った。その視線の先で。 「駄目よ。瞳子ちゃん。学校では公私混同しないで」 瞳子ちゃんに優しく微笑む『お姉さま』は、しかし、祐巳の心を守っては、くれなかった。
また、思い悩んでる。 島津由乃は窓際に座る同級生、福沢祐巳の様子に腕を組んだ。 同級生、そう、由乃は念願の同級生の立場をついに手に入れていた。 思えば去年、祥子さまのつまらない意地で祐巳さんが薔薇の館に出入りするようになって以来、祐巳さんにとって無二の存在となるべく努めていた由乃にとって、教室が違うという壁は手強かった。ただでさえ他のライバルたち、中等部から祐巳さんの親友的存在の武嶋蔦子さんや同じクラスで祐巳さんを誘惑しつづけていた藤堂志摩子さん、そして、祐巳さんと姉妹の契りを交わした小笠原祥子さま、に対して一歩下がった位置に甘んじざるをえなかった由乃にとって、ついに訪れた「一番身近にいる存在」となるチャンスだった。 む、これもチャンスね。 由乃は立ちあがった。 思いついたら即断即決。チャンスは待つものじゃない。掴み取るものだ。 その間、わずか、コンマ数秒。 由乃は疾きこと風のごとく祐巳さんの傍らに歩み寄った。 「どうしたの? 暗いわね」 腰を浮かせて出遅れたという表情を浮かべた蔦子さんを横目に、由乃は語りかけた。 ふふん、これからはそうはいかないわよ。 祐巳さんが驚いたように小さく目を見開く。由乃はちょっと傷つくが、それは逆に彼女の雄志を駆り立てた。 祐巳さんの一番の親友の座は私がもらうんだから。 由乃はちょっとすねたように祐巳さんに話した。
藤堂志摩子は窓から流れる空気の冷たさに身体を震わせた。 一年のとき同じクラスだった福沢祐巳は同じクラスにいない。いつも朗らかな笑顔で志摩子を迎えてくれていた姿はここにない。そのことにいちまつの寂しさを憶えてしまうのは、春という季節のせいだろうか。 志摩子を繋ぎ止めていた鎖は今もまだ左の手首にかかっている。 お姉さまである佐藤聖さまも少し先の大学部にいる。 なのに抱いてしまう喪失感に、志摩子は自然と彼女の姿を探してしまう。 一緒に、そう言ってくれた真剣な面持ちはいつでも思い出せる。 でも、ここに彼女はいない。 窓から吹く風に志摩子はふと立ちあがる。 風の中に舞う桜の花びらに、志摩子は誘われた。
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